リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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12. リオリールとトルテのアトリエ

 

 

 浜辺で遭難者が拾われた話は瞬く間にユウバナ村全体に広がった。

 

イッチと名乗った者(怪人一号から命名)は幸いと言って良いのだろう、大きな怪我はなく衰弱もしていない、健康体であった。

紆余曲折を経てアムースコ村長の元で事情を聴きだし終える頃には、姿の見えないトルテを探していた双子の兄妹達も顔を出して経緯を把握することになった。

ちなみに発見者のトルテはイッチと会話をしてから、難しい顔をして考え込む表情を見せていた。

 

「それにしても、本当に運が良かったですねイッチさん。 海に飛ばされて、そのうえで流されて浜辺に辿り着くのは珍しいんだ、海流の関係でさ」

「ありがとうございます、カスカルさん。 見つけてくれたトルテさんに感謝しています」

「ああ本当にな、偉いぞトルテ」

「あはは、イッチさんの命の恩人だね、トルテちゃん」

「別に……ぐ、偶然だし」

「偶然でも命の恩人に違いはありません。 トルテさん、胸を張ってください」

 

 アムースコ村長は柔和な笑みを浮かべて、遭難者を救助したトルテを賞賛する。

 

ユウバナ村の村長として今回の災禍において死傷者が居ない事がまず、非常に喜ばしいこととして受け止めている。

大人たちの会合の中では現実的に非常に厳しい事態に陥ってしまった事を理解しているし、感情的な意見も厳しい意見も飛び交ったが、それとこれとは話が別。

 

イッチは話を聞くにカスカルやリオリールと同い年であり、大陸出身者だ。

大嵐の存在を知らず、見立てが甘くても不思議ではなく。

昨晩の大嵐の異常な荒れ様と、ユウバナ村の損壊状況を考えれば、人知れず命を落とす可能性の方が高かっただろう。

 

「……ユウバナ村の人たちは暖かいですね、とても感動しています。 ただ、これからどうすれば……」

「確か、師匠が一緒に居たんだって?」

「はい、私がサポートしている錬金術士、師でもあるレッドは私と島の調査をしていたんですが、昨日の大嵐のせいで離れ離れになってしまって……」

 

 イッチはカバーストーリーを上手く説明し、演技を交え肩を落とす。

尊敬する錬金術士レッドと逸れてしまってどうすれば良いのか分からない、と酷く困惑している様子を見せつけていた。

 

リオリールが悲しみの表情を浮かべイッチに同情し、カスカルへと視線を向けた。

同様に難しい顔を崩さないトルテも、何故かカスカルへと視線を向けた。

 

カスカルは頭に手を当てて息を吐いた。

 

「……あの、アムースコさん。 イッチさんは中央に?」

「もちろん、事情が事情だからね。 私が預かるよ……と言いたいところなんだが……」

 

 困ったような笑みを浮かべてアムースコは頭を掻いた。

 

大嵐のような災害で大きな被害を被ることは、ユウバナ村にとっては初めての事だが三つ大島全域で見れば良くある一事に過ぎない。

結果的に村が無くなってしまう事もあれば、何とか立ち直って存続していく村もある。

立ち直って今も生きている村たちは例外なく、三つ大島の中央島の世話になっていた。

 

災害時には中央自治区から復興支援を受けることができるのだ。

 

アムースコはユウバナ村の村長であるため、責任者として中央島にこれから出向かなくてはならない。

救助された遭難者が中央島の自治体に保護されることは極めて自然な事でもあるから、イッチもアムースコと共に中央島へ向かうべき……なのだが。

 

「すみません、師を置いて中央島まで戻るわけにはいきません……ごめんなさい、迷惑だとは分かっているんですが」

「そうだろうね、うん。 いや、大丈夫だよイッチ君」

 

 イッチは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

アムースコはそうだなぁ、と顎に手を当てて考えてから、そのまま人差し指を一本立てた。

明日には中央島へとアムースコ村長は出向かねばならないので、その留守役に村長宅を使ってくれないか、と提案。

イッチは何度も頭を下げて感謝を告げ、その申し出を了承した。

 

「俺からもすいません、トルテが救助したから本当はフェルエクス家で面倒を見るべきなんでしょうけど……」

「カスカル君、こんな時に遠慮はいらないよ。 むしろ家に帰る時に人が待っていてくれると思うと、なんだか懐かしい気分になりそうだ」

「良かったね、イッチさん」

 

 リオリールが目に見えて喜色を浮かべてほほ笑み、カスカルはアムースコに尊敬の念を抱いた。

確かに災害に見舞われたこの時を置いて、余計な気遣いは無粋だろう。

だが、良く知らない赤の他人を家に住まわせ留守を任せるなど出来る事だろうか。

 

イッチが頭を下げるのに合わせて、カスカルもついついアムースコへと頭を下げてしまった。

アムースコは苦笑して片手を挙げた。

 

「よしてくれ、僕は人として当たり前の事をしているだけだからね。 さて、長話になってしまったし、そろそろ解散しようか」

「あ……あの!」

「ん? トルテ君、なんだい?」

 

 椅子から立ち上がって勢いよく切り出したは良い物の、アムースコの視線を受けてトルテは思わず目をそらした。

口の中でもごもごと、声にならない音を出してやっぱり難しい顔をしながらカスカルへと視線を向けた。

 

カスカルは不思議そうに首を傾げながら、とりあえず困ったらカスカルを見るというリオリールの得意技を習得しないで欲しいと内心で願う。

 

リオリールにも話していないのだろう、何だろう、と首を傾げながら。

言い難くそうにしているトルテへ、続きを促した。

 

「トルテちゃん、どうしたの?」

「……あの、えっと……」

「何か他にも気づいた事でもあるのかな? とりあえず落ち着いて。 ほら、椅子に座りなさい」

 

 アムースコの声に素直に従って、トルテは椅子に腰を落ち着けると俯いた。

自然と視界に空になったカップの底が見え、そこにはユウバナの実を模したイラストが描かれている。

トルテはややあって顔を上げると、急かさずに待ってくれている全員の視線を受けて頷いた。

 

アムースコが頃合いを見計らい、小さく それで? と声を掛ける。

 

「アムースコ村長、あの……私とリオリールに錬金術のアトリエをください!」

「えぇ!?!?」

 

 素っ頓狂な甲高いリオリールの声だけが響いて、視線がアムースコに集まった。

 

災害に見舞われ余裕の無いユウバナ村にとっての急務は、主産業の漁業を復活させること。

三つ大島に点在する漁村から漁に用いる船舶を借りる、或いは中央島から支援を受け新しい船の制作を依頼するなど何かしらの行動を起こさねばならない。

 

錬金術士を目指しているリオリールのアトリエが、大嵐によって倒壊したことは報告を受けて知っている。

しかし、アムースコは村長という立場からあくまで、ユウバナ村全体のことを優先しなくてはならない。

 

如何に親しい間柄でも、あくまでリオリールのアトリエが吹き飛んだのはフェルエクス家での話である。

集まる子供たちの視線を受けて、うーん、と一つ唸ったアムースコは、自身の考えを口に出そうとしたが、その前にトルテの声が被さる方が早かった。

 

錬金術なら、今の大変なユウバナ村の助けに必ずなれる、と。

 

具体的な事を言うなら、未だに三つ大島で大きな問題である変質したロイヤルクラウンの解毒剤が開発出来たこと。

これを量産し、それを取引することでユウバナ村の財政を潤すことが可能なこと。

また、錬金術のアトリエを構えることは長期的に見て、ユウバナ村へのメリットの方が大きいことをたどたどしく説明し始めた。

 

例えば漁村の命ともいえる『船』の建造に関しても、錬金術の力は発揮できる。

大規模な船を一艘作る事は簡単な事ではないだろうが、錬金術だけでも作成可能だろう。

 

トルテはあくまで錬金理論からの説明だけしか出来なかった。

しかし、錬金術の師を持っている設定のイッチが、トルテの話を捕捉したことで信憑性が増した。

 

仮に船を作る事が難しくても、船を補強する部品や大嵐に遭遇しても耐えられるほどの船体、船の性能そのものを上げることも可能なのだ。

それは長期的に見れば確かに、漁を営みの中心にしているユウバナ村にとって、必ず利益をもたらす話だった。

 

破壊されてしまったユウバナ畑や、モニュメントの再生だって錬金術ならば必ず復活できる。

錬金術に不可能な事は、その発想を止めない限りまず無い、とイッチも適度に客観的な合いの手を入れてトルテを援護していた。

 

アムースコは顎を擦って次第に難しい顔をして眉根を顰めた。

機嫌を損ねたわけじゃない。 

むしろ心情としては嬉しささえアムースコは感じている。

子供たちが村の為に自分が出来る事を必死に考えて、こんなにも強く訴えてくれているのだ。

 

村長としてそんな様子に胸を打たれない訳が無かった。

 

意地の悪い質問を投げてみれば、トルテが言葉に詰まる。

しかし、途中から議論に参加したリオリールが、ユウバナ村に住む一人として、そして錬金術士としての二つの視点から質問に応えていく。

そこから言葉を引き継いで、決して喋ることが得意ではないトルテが必死に言葉を紡ぐ。

 

アムースコは大きくを息を吐いて両手を上下に動かすジェスチャーを行い、加熱している子供たちの勢いを止めた。

 

「オーケー、一旦落ち着こうか。 トルテ君、話は分かったよ」

「アムースコ村長、どんなアトリエでもいいです。 風雨を凌ぐ掘立小屋と釜と、素材があれば、後は私とリオで何とかするからっ」

 

 力強いと言っていい、初めて見せる意思の籠ったトルテの瞳を見つめて、アムースコは一拍置いてからトルテへと向き直った。

 

熱意は素晴らしい。

 

だが、彼女の提案には致命的な欠陥が存在している。

 

「まず最初に言っておこう。 いいかな。

 子供の思い付きで村の存亡を懸ける訳には行かないんだ。 

 私にはこの村に住んでいる94名……いや、イッチ君を含めれば95名になったが、村の住人全員への責任がある事は分かっているね。

 子供たちだけで大陸にある錬金術の真似事をして、それで成功すると言うのかい? 主産業でありノウハウの蓄積されている漁業に変わって? 掘立小屋で何とかすると? それは私を含めユウバナ村に住む大人たち全員を、侮辱しているに等しい事だと気付いてほしい」

「そ、そそん、そんなつもりは!」

「ちがいます!私たち、そんな風に思ってなんて居ません!」

「リオ君、トルテ君、落ち着いて聴きなさい。

 私は君たちの意見を下らないと蔑むつもりはない。 不可能だと断定する気も無い。 何故ならば、錬金術の力は大陸の隆盛を見ればわかるからだ。

 否定しているんじゃないんだよ。 君たちが本当にユウバナ村の事を想って発言してくれているのも分かっている」

 

 そこで一つ、言葉を区切った。

 アムースコが本当に彼女たちに、伝えたい事を分かって貰う為に。

 

「だからこそ、村長としてトルテ君の申し出をはっきりと拒否する」 

 

 普段のアムースコからはとても想像が出来ない、低く重い声ではっきり通告される。

 

「成人すらしていない君たちだけに、ユウバナ村存亡の下駄を預けるなんて、そんな事は出来ない」

 

それは子供たちにとって常に優しい大人であったアムースコと違い、大人として威厳のある姿であった。

 

何時の間にか立ち上がっていたリオリールも、慣れない議論に肩で息をしているトルテも、ややあって力が抜けるように椅子へと腰を落とす。

 

アムースコの言っている事は全くもって正しい。

実際にリオリールとトルテは錬金術士として見た時にひよっこも良い所だろう。

 

かたや海水に慣れず中途半端な品質しか生み出せない。

かたや錬金術士として爆発ばかりしていて調合に成功したのが数カ月前。

 

大人たちが自らの力で切り拓いて来たからこそ、今のユウバナ村があり、そのおかげでリオリールを始めとした子供たちは健やかに育てられてきた。

そんな子供が村を背負うことに是と返す大人たちがこの村に居るのだろうか。

確かに、侮辱に等しい暴論だった。

 

良い考えだと、思いついたから話してみたのだろうと言われても反論できない。

トルテはアムースコに短くない葛藤の末、ゆっくりと頭を下げた。

一部始終を眺めて傍観者に徹していたカスカルが、首を一つ振って立ち上がろうとした時。

 

アムースコは腕を組んで椅子の上でのけぞった。

 

「しかしだね……ああ、私はね、錬金術を少しは知っているよ」

「え?」

「そりゃ詳しくは無いが、ユウバナ村の中では君たちに次いで詳しいと思ってる。 まぁ村長なんてものに収まっていると中央島に出向く機会も多くあるからね。

 そして、大陸の人と交流をする機会がある中で、錬金術の話題はそれほど珍しいものじゃないんだ。 錬金術という学問については中央でも興味深く探っていて三つ大島でも導入を検討しているからね。 個人的に書物を幾つか知人に読ませて貰った事もある」

 

 話が終わった物だと思っていたカスカルは浮きかけた腰を落としながら、不思議な様子で口を開いた。

 

「えっと、アムースコさん、いったい何を言って……?」

「まだ分からないのかい? 君たちの話は大事なことが抜けているから私は提案を拒否したんだよ。 なぁ。どうして私のような大人たちを仲間外れにするんだい?

 もしかして、錬金術というのは子供の専売特許というやつなのかな?」

 

 アムースコの言葉に驚いて顔を上げるトルテとリオリール。

 

気軽に冗談を言うような口調で向けられたアムースコの声は、イッチへと向かっていて。

 

「まさか。 アカデミー含め、大人が錬金術を学ぶ、扱うというのは大陸では普通のことですよ」

 

淡々とした口調でイッチはアムースコへと応えた。

アムースコは右手で白髪混じった頭髪を一つ撫でてハッキリと告げた。

 

「やるからには本気で、だ。 ユウバナ村の皆……全員総出でやるんだ」

「あ……」

「中途半端な覚悟なら即刻この話は無かったことにする。 さぁ、どうする?」

「え、あ、あの……」

「覚悟を聞いているんだ。やるのかな?それとも出来ないかな?」

「あ、は、はい!はい! やります! 私、頑張りますアムースコさん!」

「いい返事だねリオ君。 トルテ君は?」

「あ、アムースコ村長……!」

「なんだい?」

「がん……ううん、ユウバナ村のために、必ず成功させてみせます!」

 

 子供たちの返答を受けて、アムースコはユウバナ村の大人たちが面倒を見て、リオリール達が気負い過ぎない様責任を請け負わないとな、と一人内心で苦笑する。

 

そう。

子供たちの提案は決して悪い提案ではなかったのだ。

アトリエを作るという指標を置けば、まずは災害に立ち向かう為に必要な住民たちの一体感を得られる。

こうした何か一方向に向かって情熱が傾く事を、アムースコは軽視していなかった。

 

特に災害時に必要なのは意思の統一であることを経験則から知っていた。

何か大きな目標を持って目の前の危難に立ち向かう……アムースコからすればむしろ、それらを態々用意する手間を省けたとポジティブに捉えることができた。

 

今のユウバナ村には災禍の爪後として塵も散乱している。

あの釜に全てぶち込んだら勝手に爆発してゴミ処理を手軽に素早く終えれるという可能性もある。

当然、リオリールやトルテたちにはとても口に出して言えない打算なのだが、勝算は高い。

 

彼女たちが挙げたメリットには同意すべきところも多く見受けられた。

特にロイヤルクラウンの毒性を打ち消す特効薬は、三つ大島全域で大規模な収入が見込める。

こんな美味しい話を活用しない手は無いだろう。

 

本来はフェルエクス家、あるいはリオリールとトルテ達だけで独占出来得る利益がユウバナ村全体の利益になるというのは、村長として歓迎できる。

 

大陸で運用されるような本格的なアトリエの建設は結構な初期投資になるだろうが、錬金術が順調であれば問題なくペイ出来る範囲に収まるだろう。

それに、三つ大島に普及していない錬金術が目立てば、ユウバナ村の知名度も高くなる。

先を見据えれば大陸にある錬金術を三つ大島全体で一等早く取り入れた村として名声を得られる。

 

こうした村の評判は中央島での商取引にも多くの影響を及ぼすし、ユウバナ村復興の為に役立つ事も想定できる。

 

当然ながら、村長としてアトリエだけを当てにしている訳ではない、むしろアトリエの方がおまけである。

 

現実的にユウバナ村の根幹は漁業だ。

 

船の手配は最優先、百年前に村ができた頃から漁業を続けてきたユウバナ村はウータスを始めとして優秀な漁師のスペシャリストが揃っている。

色々と理由はあるが簡単に言ってしまえば中央島で折衝する内容にアトリエの建設を追加するという、多少の変化をするだけなのである。 

 

アムースコは村民90名以上を元より背負っている。

アトリエ一軒作るのがそれにくっついてきただけであり、子供たちからすれば一大事でもアムースコから見れば話はそう複雑ではない要求だ。

 

椅子から立ち上がってアムースコは両手を叩いた。

 

「決まりだ。 さぁ! 君たちのアトリエを作ろうか! まずは、村の皆を説得するところから……かな?」

「アムースコさん、ありがとうございます! 大好きです! よぉーし、お兄ちゃん! 皆を呼んでこよう!」

「は?」

「待ってリオ! 私も行く! アムースコ村長、私も好きです。 ちょっとカスカル、なに突っ立てるの、邪魔だからどいて」

「お、おい? ちょっと待て押すな! うわっ!」

 

 慌ただしく村民へアトリエを作るというイベントを知らせに、それこそドタバタと騒ぎながら飛び出していく子供たち。

微笑ましくその様子を見て頷いて、アムースコはコップを持ち上げて水を飲むイッチへとちらりと視線を送った。

 

トルテから始まった一連のアトリエ建設という話の中、表情を変えなかったのは彼だけだった。

まるで最初から口裏を合わせて、こうなることを予測していたか、そもそも最初からトルテを使って誘導していたのだろう。

 

「アトリエの話に関してトルテ君を誘導したのは君かい?」

「え、いや……」

 

 言葉を濁して鼻を掻く。

イッチは水を飲むふりをして持っているコップで表情を必死に隠した。

納屋のアトリエが無くなってしまっているのはゲームでは在りえない事だったので、不安をトルテに話して、アトリエを建設することのメリットをつらつらと挙げて誘導していた自覚はあった。

 

「若い女の子に好きだと言われるのは意外と照れくさいものだね、でも良い経験をさせて貰えたよ。 ありがとう」

「あの、それはボクに言われてもって感じなんですが、嫉妬するべきですか?」

 

 アムースコは何かが琴線に触れたのか、クスクスと一つ笑ってからイッチへと向き直った。

 

「ふふ、どうだい? 君が良ければお師匠のレッドさんが見つかる迄、私に雇われてみないかな?」

「えーっと……」

「いやぁありがとう、助かるよ。 最初の頼みは家の留守番になるけど、お願いするね」

「……はい、よろしくおねがいします」

 

 イッチは諦めてアムースコの提案を受け入れた。

リオリールとトルテの監視をするのに都合は悪くない、むしろ出来過ぎたくらいの状況なのだ、満足するべきだろう。

いや、これはアムースコが譲ってくれたという事だろうか。

怪人一号ことイッチは、心中穏やかになれないまま、とりあえず良い結果が出たと納得することにした。

 

 

アムースコはユウバナ村に欠かせない人である。

 

 

彼が漁師の適性が無いという事実は、ある意味でユウバナ村にとって幸運だった。

 

イベントなどでアムースコという男が切れ者である事を良く知っていた怪人一号は、素直に彼に逆らうことを止めたのだ。

そもそも、助けられた遭難者を家に置いてくれているという恩人である。 提案を拒否するのは体裁が悪い。

 

ユウバナ村のような村社会では猶更だ、気を付けなければあっという間に村八分なんてことにも……この世界でそうなるかは分からないが、それを含めての提案なのは間違いない。

 

実際のところ、災禍の影響で人手が死ぬほど欲しいというのも理由の一つだろうし、村民90名をただ遊ばせる気も無いはずで、それはイッチにも適用されてるだろう。

 

多分、どうせそれも全部アムースコは計算済みなのだとイッチは思う。

ただ問題は―――

 

「でも……村長の手助けできるほど、ボクは頭は良くないと思いますけど……」

「奇遇だねイッチ君。 私も学はないんだ、これから一緒に学んでいければ嬉しいよ……っと。 さぁ、待たせちゃ悪いからね」

 

 不細工なウィンクをかまして、アムースコはイッチを促し玄関へと向かって行った。

イッチは心の中で白旗を挙げて―――恐らく村民への紹介も兼ねるのだろうな、と思いながら、ゆっくりと村長の背を追うために椅子から立ち上がった。

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 ユウバナ村の中央に ドデン と構えられた建物は、急いで建てられた割には村人総出で建造を行ったせいか随分と立派になってしまった。

 

この村で最も大きな建造物として建立されることになったのだ。

中央島へと出向いたアムースコ村長が下した決断に、村の大人たちが全力でアムースコの話に乗っかった結果である。

 

物理的に漁へと出れない船乗り達が瞬く間に地を馴らし基礎部を作り終えると、ユウバナ村唯一の大工師であるヘイジ・M・ツルットマンが陣頭指揮を執って凡そ70名を超える人数で石造りの二階建ての家屋を作り上げた。

 

その面積は使えなくなってしまったユウバナ畑の耕地を半分ほど潰して、おおよそ80坪近くにまで至っている。

物資の搬入を考えたのか、玄関口の間取りは広く取られており大人が集まってもスペースに余裕があった。

そして内装だが、ここは実際に作業をするリオリールとトルテの二人の意見も重視されることとなった。 

 

大きな間取りは素材を保管する為の戸棚や箱が、建造段階で備え付けられている。

生産効率を考えて錬金釜を設置するスペースは3か所も構えられており、釜の大きさを使い分けて扱うことも考え小さい土台から大きな土台まで用意してある。

それぞれの釜の前には大きな窓が簡単に開けるようになっており、調合の失敗時に発生する噴煙をすぐさま換気できるようになっていた。

換気に関しては冬季の寒波を考えて窓とは反対方面に大きな暖炉と、外へと通じる煙突が伸びている。

この煙突はユウバナ村の中にある煙突でも、一層高くなって最も立派に作られていた。

 

メンテナンス面で手間が掛かるのが煙突なのだが、二階のベランダから簡単に構造内に入れるように作られておりトルテやリオリールでも清掃が容易になっている。

他にも作業机は大きな物が中央に、作業用の椅子も3つ運び込まれており、休憩用として3~4人はゆったりと休める大きなソファーもある。

 

素材保管用の床下には小さな地下室へと繋がっており、年間を通して気温の変動も少なく気密性が高いことから調合の済んだアイテムの保管を用途に作られた。

これはトルテの知識からの提案であり、間取りこそシンプルなもののユウバナ村にとって初めての地下室のある建造物となっている。

 

二階へと続く階段は太陽の光がしっかりと差し込むように角度も考えられて、天窓が二か所設置された。採光をしっかりと入れて、太陽が昇る昼間は、非常に明るい雰囲気が階段と部屋を包み込んで。

階段の下は水回りを取り扱う形になっていて、軽食などを作るに適した台所やトイレが設置された。

 

二階は渡り廊下に部屋が二つ。 

余裕のあるスペースを持ったベランダと、ユウバナ村のシンボルであるユウバナの実を象ったオブジェクトが置かれている。

 

また漁村であることからだろう、ベランダの日当たりのいい場所に天干しを行えるスペースが設けられていて、魚介類の干物を作るのに適した場所もあった。

 

大嵐の大禍から明けて1週間も経たずに造られたこの建物は、間違いなくユウバナ村総力を注ぎ込んだ物である。

ユウバナ村の規模からすると些か不相応な、村の住宅地の中央に建設されたアトリエ。

 

建築が完了するとユウバナ村の住民たちは施工記念に酒宴を開いて、祭りがあった時のように飲み騒いだ。

 

 

それから。

 

一夜明けて。

 

 

朝の陽の光が村を照らし始めた頃。

 

リオリールとトルテの二人は、揃ってアトリエの前に立つこと暫し。

 

やがてお互いに一度顔を見合わせてから。

玄関に通じる柵に立て掛けられた看板を見て。

 

そして、二人でその建物の中へと入っていった。

 

 

玄関口の近くに立て掛けられたブリとモグラの様な生物を模した看板が、錬金術を行うアトリエだと証明している。

 

 

高く上がった太陽の光を鈍く反射して、看板は潮の匂いが香る風に煽られてゆっくりと揺れる。

 

カラリ、カラリと潮風に揺られて。

 

そこにはこう記されていた。

 

 

 

 

 

 『リオリールとトルテのアトリエ』  と。

 

 

 

 

 










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