リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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錬金術士の私
01. マイナス百万コール


 

 

「……―――も合わせて―――万……2980コールを足して……」

「えーっと、いち、に、さん、よん……」

「トルテちゃんダメ! 数えちゃダメだよ!」

「7……7桁? えーっと、つまり……じゅう、ひゃく、せん、万……」

「ああああ~~~数えちゃだめだよぉーーー!」

「リオ、煩いぞ」

「リオ、うるさい」

 

 リオリールとトルテのアトリエの中。

一人で目を回すリオリールを冷めた目付きで見やるトルテとカスカル。

そんな中、黙々とイッチはアムースコ村長が試算した資料を眺めてゼッテル用紙に計算を纏めては次の資料へと手を伸ばす。

 

何をしているのかというと、現在のユウバナ村の被害を補うために必要な金額を算出中なのである。

中央島へと旅立つアムースコが一夜で計上した為、大まかな概算に過ぎないがユウバナ村の隅々を知っている者が出した試算だ。

ほぼほぼ彼の推測は正しい物だろう。

 

そうして出てきた金額はイッチの計算に誤りが無ければ、アトリエに課せられた負債は凡そ100万コールである。

ちなみに失った船舶分や復興全体にかかる物を試算すると600万コールを越える計算になっている。

 

「3度は計算したんでミスは無いかと思います」

「うぅぅぅ、こんな額を返せるのかなぁ……」

「最初に聞いた時は何かの間違いかと思ったけど、とんでもない金額なんだな……本当に」

 

 イッチの声に深いため息と共にカスカルが肩を落とす。

ユウバナ村は大嵐によって漁村としての機能を喪失しており、村の財産はアムースコが管理していた保管庫に殆ど集約していた。

各世帯の財産はほぼ無事に済んだのだが、それでも家屋の一部が吹き飛ばされたり、家財や仕事道具を喪失したりなど被害がまったく無かったわけではない。

親しまれたモニュメントの消失、ユウバナ畑の壊滅、近隣の森から吹き飛んで来た倒木など修繕や改修が必要になってしまっている場所は数多に及ぶ。

落ち込んだ様子のカスカルに、トルテは彼の肩を叩いて顔を上げさせた。

 

「大丈夫だよ、錬金術なら全て解決できる」

「その自信はどこから来るんだ。 失敗しました、ごめんなさいじゃ済まない事なんだぞ……分かってるのか?」

「……できる、って書いてあった……」

「お兄ちゃん、あんまりトルテちゃんが不安になる事を言わないでよ」

「不安にならない方がどうかしてるだろ……もっと危機感を持てって。 あーっもう、なんでアムースコさんはこんな事を決断できたんだ」

「まぁまぁ、お兄さん、落ち着いて」

「やめてくれ、イッチさん。 その枠は妹達とトルテだけでもう一杯なんだ」

「? 私も?」

「あ、最近はリオとトルテはずっと一緒だったからつい。 ああ、いや、そんなことは今はどうでもいいんだって!」

 

 トルテが不思議そうな声を挙げて、自然とリオと同じ枠組みに入れていた事にカスカルは頭を降った。

そんなカスカルを見つめてしばし、トルテがそっと呟いた。

 

「カスカルお兄ちゃん?」

「おい、やめろって、悪かったよ」

「わぁ、トルテちゃんが妹になったら楽しそうでいいかも!」

「もしリオと姉妹だったら私が姉のはず」

「そう? じゃあそれでもいいかな? 私お姉ちゃんも欲しかったから。 えへへ、トルテお姉ちゃん」

「うっわ」

「え?」

「ごめん、リオ、気持ち悪いから止めて」

「ええ~~! なにそれ、ひどいよ!」

「だあぁぁっ、じゃれ合ってないでお前らちゃんと考えろよっ! 100万コールだぞ、100万コール! どうやってそんな額を稼げっていうんだ」

「そうだよね……ブリが10万匹あっても足りないからね~、もっと高く売れるお魚さんがいれば良いんだけど」

「ちょう大きいブリなら一匹で10万コールくらいで売れるかも?」

「リオ、トルテ……お前ら、ホントに真面目にやれって……」

 

 カスカルは頭を抱えて机の上に突っ伏した。

 

「それほど悲観する必要は無いですよ、皆さん。

 村長は目下の目標として村人たちと協力して、解毒薬の生産に取り組んでもらえればそれで良いと話していましたから」

「……そうだな、アトリエはもう建ってしまったんだしな……」

「それに、村の全員が協力してくれるんです。 我々だけで返すのではないんですよ。

 何にせよアムースコ村長の掲げた目標を柱にアトリエの運営を始めるのが良いでしょうね」

 

 イッチは言いながら机の上に積み上げられたゼッテル用紙から、纏められた一束の用紙を手元に引き寄せて目線を落とす。

出立前にアムースコ村長からイッチが頼まれたことは、アトリエの施工が完了してからの行動方針であった。

話の流れから自分たちの事だと気付いたリオリールとトルテの二人が、両脇から覗き込む。

用紙の内容はなんだかとても個人的な内容に傾倒していた。

リオリールは不思議そうに首を傾げて、ゼッテル用紙を捲るとこれまた個人的な要望が書き連ねられている。

同じように見ていたトルテもリオリールと同様に困惑しながら声をあげた。

 

「これは何?」

「それはアトリエを作っている間に村の人たちに色々と聞きまわった物です。 解毒薬の生産の傍らに錬金術で解決できそうな事を纏めていました。簡潔に言えばユウバナ村の住民たちの依頼書、のようなものです」

「なるほど……」

「イッチさんが聞いてくれたんだ?」

「ええそうです。 アムースコ村長から指示を受けまして。 他にもユウバナ村に残る塵の処理なども頼まれていますね」

「この依頼ってやつをアトリエで俺たちがやれって事か……」

「そのうちアトリエの前に分かりやすく目立つ掲示板を設置しようと思います。掲示板で頼まれた村の人たちの依頼を全て受ける事になりますよ。そうした調合依頼をこなしていくことになるでしょう」

「ぜ、全部かぁ~……で、できるかなぁ~……」

「リオ……大丈夫、がんばろう」

「う、うん」

 

 イッチの対面に座っていたカスカルが突っ伏していた身体を起こして、ゼッテル用紙の束を一つ取り出し眺めた。

ユウバナ村のはずれに住んでいるオーレンジスさんが牛馬車用の幌の調達を望んでいるようだ。

まだ年若いが独身であり、一人で暮らしているオーレンジスさんは毎日のように村はずれで妙な道具を弄繰り回している22歳になる青年だ。

彼の職業が何かと言われるとカスカルも分からない。 本人は研究職と言っているが遊んでいるだけのようにも見えてしまう。

タータラベのような大きな街に出かける時は牛馬車を使っているのを何度か見かけているから、大嵐の影響で馬車が壊れてしまったのだろう。

村の大人たちが目下取り組むのは漁に使う船のことである。

ユウバナ村において船の確保が最も重要であり、既に男の漁師の者たちはその為に三つ島の方々へ声を掛けに村を出ていた。

女性たちは吹き飛ばされてしまった食料や日用品などの確保に忙しい。

そう考えると、大人たちが手の届かない部分、疎かになってしまう場所、労力を割く時間が無いところは出てきてしまうだろう。

 

「なんか、けっこう書いてあるのを見てると雑用みたいな感じだな……」

「仕事という物は特別な専門職でない限りは基本的に殆ど雑務です。 それにこうした依頼を聞いてきたのは、依頼内容に応じて負債を返還していくと言う話をされたからですね」

「お~! と、いうことは村の為になることをすれば……」

「村のマイナス分のコールが減っていくってことだよね?」

「何かを作る、もしくは購入しなければならない部分を素材を採取し、錬金術で調合して補填するのですから、可笑しい事では無いと思います」

「そうなんだ! うーん、いいねっ! 私が錬金術をやればやるだけ、ユウバナ村が幸せになるんだよね! そう言う事なら、なんだかやる気が出てくるよ! 私、頑張れそうっ!」

 

 元気になって立ち上がり、ぐっと拳を握って鼻息を荒くするリオリール。

当然、こうした村ぐるみの取り組みは全体で行っていくわけである。

100万コールという数字の大きさは実態を表す正確な物で、生半可な負債ではないのだが災禍を経た者たちに課せられた運命でもある。

むしろ錬金術で村を助ける事が出来るので、リオリールのやる気に火を点けるには十分すぎる采配だった。

 

トルテも同様にやる気には満ちている。 

そもそもイッチからの提案を受けてアトリエの建設を言い出したのは彼女だ。

ユウバナ村の為に何かできる事を探した時に、イッチと出会ったことでアトリエ建設の着想を得た彼女であるが、他に何かできたかと問われれば何にもなかった。

イッチを救助した事くらいだが、結局は自分が出来る事は人生の大半を共にした錬金術だけ。

リオリールのアトリエが吹っ飛んでしまった心当たりもあって、罪悪感も理由の一つではあるが。

 

何にせよリオリールもトルテも錬金釜からこれだけ長期間離れることは稀であった。

率直に言えば、錬金術に飢えていたとも言う。

調合そのものに取り組みたい欲が高まっていたのだ。

 

抑えきれない様子で腰を浮かしたリオリール。 それに釣られるようにしてトルテも立ち上がる。

 

「よし、トルテちゃん!」

「うん!」

 

 椅子から立ち上がってお互いに顔を合わせ作業場へとリオリールとトルテは一歩踏み出して、立ち止まった。

そして椅子に座ったままのカスカルとイッチに身体ごと振り向いて訴えた。

 

「お兄ちゃん! どうしよう、釜が無いよ!」

「無いと何もできない!」

「そうですね。 まずは錬金術に使える道具を用意する事から始めましょうか」

「あぁ……不安だぁ……」

 

 こうしてリオリールとトルテのアトリエは、本格的に稼働を始める事となった。

 

 

 

 

 錬金釜の代わりに村の祭事に使う大鍋を提供されたリオリールとトルテの二人は、そこに海水を注ぐとイッチが集めてきたゼッテル用紙に書かれた依頼をこなすことにした。

アトリエが吹っ飛んでしまったことで基本的な素材の殆どが喪失していることから、解毒薬は『はぐるま草』を確保出来てからになる。

採集には『はぐるま草』の群生地に足を運ばなくてはいけないので、村の近くで獲れる素材で出来る事から始めている。

ただ、初めて扱う調合アイテムも多く、とてもじゃないが順調とは言えない滑り出しであった。

 

例えば今回トルテが選んだ牛馬車の幌の作成。

 

リオリールとトルテは必要な素材をお互いに相談しながら纏めて行くのだが、初めて作成する調合アイテムのレシピである。

トルテは実物を知らない事もあり、実際に牛馬車の幌を見に行かなければレシピの想像もできなかった。

結果的にトルテはアードラーの羽毛や綿花などの糸や植物皮から作成し、動物の皮などを用いて『なめし皮』や『手織り布』が必要だと判断。

木材や金属も少量在れば枠組みから作り直すことができるだろうと当たりをつけた。

 

出来上がったレシピを見直して、次に問題になったのは素材の調達とその分量だった。

一般的な牛馬車のサイズではあったのだが、多く作りすぎるのは問題だし幌そのものが馬車の大きさと合わなければいけない。

基本的に錬金術では釜へ投入する素材の分量と特性、そしてその配分がサイズに直結する。

そしてサイズが大きい物を造ろうとすればするほど、調合時の爆発反応は大きくなる。

余裕があれば調整を繰り返してサイズを調節するのがベストだろう。 それが本来のやり方だ。

 

 しかしユウバナ村には余分な素材を提供する余裕はない。

ついでに言えば素材を採集しにいく時間もあんまり無い。

『なめし皮』や『手織り布』だって持って無ければ調合して作るものだ、時間だって手間だってかかるし当然失敗だってする。

 

「うわっちゃ!」

 

 隣の鉄鍋で攪拌していたリオリールの小さな悲鳴と、爆発音が聞こえてきた。

モクモクと立ち上る煙がアトリエ内に充満していき、慌ててカスカル達が窓を開けて行くのを視界の端に捉える。

 

リオリールが選んだ依頼は『背負い樽』である。 

 

 携行できる荷運び用の樽であり、『たる』を作りなれているリオリールには適任であった。

とはいえ求められているのはただの樽ではなく錬金術で作る道具だ。 

空間を弄る為に特性を抽出しなければならず、その為のノウハウをリオリールはまだ知らない。

ハッキリ言ってとても気になるし、煙が視界をふさいでいて邪魔なのだが今はトルテも攪拌中で手が離せない。

 

 爆発反応が高まっている事を示す兆候が鍋の中に現れていて、吹いてはまずい気泡が浮き上がっている。 気を抜けば煙の量は2倍になるだろう。

トルテは先に作っておいた中和剤を手に取って、しばらく躊躇った。

爆発反応を抑える中和剤、これは海水を用いた錬金術に慣れていないトルテに取って必要な物だが、使用する度に本来のレシピにはない中和剤を投入することになるので品質が低下する。

間に合わせとはいえ、余りに酷い物を納品すれば錬金術を知らない村の人たちは、錬金術そのものを倦厭するようになるだろう。

そういう事態は何としても避けたい。

 

 初めて作る調合アイテムに対して、品質が下がることが分かっている素材を投入することに、錬金術士として無意識にブレーキが掛かる。

だからこそ躊躇っていたのだが、攪拌している鍋から僅かに泡立つ気泡が破裂したのをトルテは見逃さなかった。

葛藤を置き去りに間髪入れずに中和剤を鍋の中に入れて反応を抑え込む……と、同時に何とも言えない匂いがアトリエの中に充満した。

一息吐いてからトルテは鍋の中にかき混ぜ棒を突っ込んで、攪拌作業の続きを行うと間の抜けた音と調合アイテムが出来上がった。

 

 新品とは思えないくすんだ色合いを混ぜた手織り布がずるずると鍋の中から引っ張り出されていく。

布の端はところどころ解れており、馬車の大きさから比較すると取り出された布は長さが足りなかった。

 

「こ、これは……」

「ごめん失敗した……ねぇ、リオの方は?」

「そりゃ爆発したからな、失敗だ」

「違う、鍋は無事だったの?」

「ああそっちか、いや、まぁすぐには壊れないと思う」

 

 ソファーの方へ振り返ればリオリールがあ~~っと情けない声を挙げながら天井を見上げ体重を預けていた。

効率を考えて二人で依頼を別けていたが、時間に押されて雑に錬金術の調合を行っていては何時まで経っても終わりそうもない。

アトリエで調合を始めてから順調なのは、現状ゴミの処理だけである。

錬金術士にとっては忌々しい 『産業廃棄物』 だけは量産できていた。

 

「昼食をとってから少し休憩にしましょうか」

「ああ、そうしよう。 昨日から始めてずっとアトリエの中に居るのも身体に悪いしな」

「え、でもまだ全然、貰った依頼が終わってないよ……?」

「素材だって少ないんだ。 一旦調合は置いて纏まった素材を手に入れとこうぜ」

「リオさんとトルテさんは休んでいてください。 少し集中力も散漫になっていますしね」

「ああ、そうだな」

 

 イッチの提案に乗っかってカスカルがリオリールとトルテ達を追い出しに促す。

睡眠を挟んでいるとはいえ丸1日中アトリエに籠っている事が健康的とはとても思えない。

カスカルは食後、しばらくして落ち着いたら『はぐるま草』の採取に出かけると言い残してアトリエを出て行く。

リオリールとトルテもこの提案には素直に頷いて、鍋周辺や机の掃除を一通り済ませてからフェルエクス家へと向かって行く。

イッチはそんな彼らを見送ってから、手元に書き込んでいたゼッテル用紙の束を脇に避けて立ち上がったが、食事に向かう様子は無かった。

 

 懐から出したぷにぷにを模した石をしばし眺めて、それからアトリエをそっと後にしたのであった。

 

 




●ユウバナ村の掲示板依頼●

アトリエおなじみ、依頼システム。
依頼を達成することで、所持金のコールは増えないが、ユウバナ村の借金の100万コールが減っていく。
基本的に依頼料は作る調合アイテムによって左右されるが、数万コールを稼げる大口の依頼は殆ど無い。 みたいな設定。
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