リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
「悪いな、付き合ってもらって」
「いえ、手は多い方が良いでしょうしね」
森に入ってすぐの所で籠を背負い直し、銛を脇に抱えながら紐で固定をする。
カスカルに習って同じように籠を背負うのはイッチである。
悪いとは言っているが、イッチがカスカルに付き合う事で助かっているというのは彼も分かっているのだろう。
イッチの立場はユウバナ村においてかなり信用されることのない立ち位置なのだ。
事実としてイッチは100%、ユウバナ村と縁のない余所者であり、アムースコの温情によって村長宅に居ついた遭難者の居候。
かつてない災禍でてんやわんやのユウバナ村に余所者が関わる事を嫌う人は少なからず存在している。
言葉にこそ出さない物の、自然と関わり合いを避けようとする人は居た。
村長のアムースコが言い出したから、飲み込んでいると言った方が良いだろう。
そうしたユウバナ村の人たちの感覚は正しいものだ。 怪人1号の存在はユウバナ村にとっては害悪である。
「もともと大陸では錬金術士のサポートをする仕事をしていましたから、むしろ採集の手伝いなどの方が気が楽です」
「ははは、てことは素材集めに関してはプロみたいなもんか。 頼りになりそうだな」
「プロかどうかは判りませんが……出来る限り役に立ちたいですね」
「期待してるぜ。 っと準備も終わったし、行くか」
「ええ」
真実は言いたくても話せないし、カスカルに話した所でどうにもならないのでイッチはレッドマンの作ったカバーストーリーに沿って嘘を並べ立てた。
既に知っているゲームの内容とは違い、怪人1号という異物が居て、トルテという謎の錬金術士が居る。
そして端役と言っても良いレッドマンが大きく話の流れに食い込んで居るのだ。
本来この段階でユウバナ村に立派なアトリエが建つことは無い。
リオリールは自宅の納屋のアトリエを厳しい資産で四苦八苦、なんとか運営していき器材や参考書を集め、少しずつ錬金術について学んでいく頃だ。
壊れない錬金術用の釜は高額で手を出せない時期なので、父から定期的に貰える鮮魚などをお小遣いとして運用し錬金用の失敗したら壊れる釜を購入したりする。
エルオネの行商に調合アイテムを卸してお金を溜めたり、大陸の貴族である母親の伝手を頼って参考書を手に入れたり、ストーリー序盤の大きなイベント・三つ大島の成人の儀に向けて錬金レベルを上げたり、採取地に出かけて調合アイテムを発想したり、鉱石・植物などのカテゴリ毎の知識を深める為の勉強をする為の期間なのだ。
リオリールがアトリエ運営の土台を作っていく時期であるのだが、裏ボスのレッドマンの介入のせいで初っ端から土台は滅茶苦茶である。
獣道のような山道を先導して、邪魔になる背丈の高い雑草を銛の柄を使いながら器用に掻き分けて行くカスカルの後姿をぼんやり見つめる。
最初から無償でパーティーを組めるリオリールの双子の兄は、この世界でどうなるのだろうか。
リオリールの錬金術士としての名声が上がっていくと、成人の儀を迎えた時にリオリールの名声値によって彼のルートも変化していく。
最後までパーティーを組んでいられるパターンもあるし、リオリールと別れてパーティーメンバーから離れて行くこともある。
ゲームでのカスカルは成人の儀を終えた後、錬金術士でなくても調合アイテムを使用できるメンバーの一人なので、戦力で考えるとパーティから外れるルートに進めば戦闘の難易度が上がる。
思考をしながら森を進むと少しばかり道が崩れてしまったのか。
背が届かなかったので、ちょっとした段差を登る為にイッチは抱き上げられ、土手っ腹を手でつかみながらカスカルへと声をかける。
「カスカルさん」
「ん? なんだ」
「三つ大島の成人の儀では、何をするんですか?」
「成人の儀? ああ……イッチさんは大陸から来たからそもそも良く知らないのか……まぁ儀式で何をするのかは俺も知らないんだけど、個人的な推測でいいなら」
三つ大島の伝統。 遥か昔から続く文化であり今後も続いていくだろうしきたり。
三つ大島に住む15歳を迎えた男女全員が受けなくてはならない。
細かい規定は多くあるが、とにかく最初に目指すのは中央島に向かうこと。
そしてそこで行われる洗礼と試練を終えて、成人したと認められなければどれだけ歳を重ねようが決して大人になったとは認められないのだ。
中央島にて受ける試練は10人いれば10人とも違う物になると言われている。
また、ひと島・ふた島・みつ島全ての同い年の子供たちが中央島で顔を合わせる事になるので、成人の儀での出逢いが切っ掛けで終生の友や夫婦が生まれることも稀ではないらしい。
「多分だけど、中央島に行くことそのものが一つの壁なんだろうな」
「行くことそのものが?」
「ああ、大人たちは皆、成人の儀を受けに中央島へ行きなさいとは言うけれど、どうやって中央島へ行けば良いのかは教えてくれないしさ」
「普通に船に乗っていくんじゃないんですか?」
「そりゃ、そうだと思うんだけど。 何ていうか、一筋縄ではいかない気がするんだ」
「考えすぎではないでしょうか。 心配しすぎだと思いますよ」
「杞憂で済むならそれでいいだろ。 その時に想定外になって焦ってしまうよりかは断然マシさ」
大嵐の影響だろう。 倒木に遮られた道を迂回して、段差のある場所を二人して登りきってから自然と肩を並べて歩く。
実際のところゲームと同じなら、カスカルの考えは正しいという事をイッチは知っている。
「中央島に着くと今度は洗礼を受けるんだってさ。 自分がどういう道を進むか……要は未来の自分はこう在りたいっていうのを説明するんだそうだ」
「それに合わせて試練を受けると言う事ですか」
「そうじゃないかと勝手に思ってるってだけで、実際どうなのかは受けてみる迄は分からないけどな」
「カスカルさんは将来のことについて決まってるんですか?」
「いや、ちょっと恥ずかしいんだけど。 はは、実を言うとそれについてはまだ何も無いんだよね……」
三つ大島の成人の儀で受ける試練。
その具体的な内容はまったく不明だが、自分の希望する職業と何らかの関わり合いがある物なのではないか。
カスカルが未来の自分のあるべき姿が思い浮かばず、悩んでいるのは、成人の儀を失敗してしまうのではないかと少なからず恐れているからだった。
まだもう少し先の話とはいえ、そろそろ時間もない。
「近い時期とは聞いていましたが、後どのくらいで?」
「俺とリオは5カ月……いや、後4カ月ちょっとってとこ」
「中央島へ向かうことを差し引くと、確かにあまり時間はありませんね。 ユウバナ村のことも考えると……」
「ああ……そうだな……そういうイッチは、どうして今の職業に就くことにしたんだ?」
少し考えてからイッチは、リオリールのアトリエの設定を思い出しながら適当にでっちあげた。
孤児であり身よりも居なかった為に子供の頃から労働に従事することを選択したかったこと。
大陸では錬金術士を目指す若者は多くても、それをサポートする錬金助手を希望する者が少なく早い段階で雇ってもらえたこと。
そうして自然と今の立場に収まったと説明を続けた。
実際に錬金術士をサポートする者たちは錬金助手と呼ばれるが、彼らの大半はかつて存在していた『冒険者』と呼ばれた者たちである。
新王国としてフィンデラーント王国が立ち上がり、大陸に安寧が訪れてから数百年。
かつて未開であった地のほとんどは拓かれ、未知であったものを識ることが出来てくると冒険者の存在は自然と減少していくことになったのだ。
もちろん大陸は土地が広く、まだまだ人類未踏である場所は多い。
とはいえ開拓の進んだ都や街では、錬金術の技術が広まった影響もあって素材の採集などはかつて冒険者をしていた者たちが代行することが普通になっていき、受け入られてきたのである。
「しかし、そう考えるとカスカルさんもやってる事はボクと似たような物ですね。 素材の採取、錬金術士の護衛、アトリエ内の清掃や調合道具の実験台とか的になったりとか……」
「いやまて、最後なんかオカシイぞ」
「ふふふ、冗談ですけど……でも三つ大島では馴染みが無いかもしれませんが、錬金術士の助手というのは立派な職業の一つですよ。 妹さんを支えてあげるのはダメですか?」
「錬金術士の、助手かぁ……」
イッチから言われて思わず歩みを止めて考え込む。
カスカルは腕を組んで空を見上げた。
背の高い木々が日差しと風を受けて揺られ、木漏れ日が降り注いでいた。
一部の木々には実り始めたクルミが見え隠れしており、近くにハチの巣があるのだろう。
不確かな軌道を描いて小さな一匹の蜂が、蜜を得ようと忙しなく木々を飛び回っている姿があった。
視線を足元に向ければ青々しい葉を見せつけるようにコバルト草が根元の合間から顔を出しているし、周囲を少し見回せば色とりどりの花がちらほらと姿を現す。
一本の樹に近づくと、木目に沿うようにして成長途上と思われる変貌してしまったロイヤルクラウンが姿を現した。
転々と地面に落ちている茶色のトゲトゲは嵐によって落とされたウニだった。
どれもこれも、森の中に居てパッと目につくものは確かに錬金術で使う素材ばかりだ。
今、ユウバナ村の状況と復興、そしてアトリエの事を考えれば、それは自然なことかもしれないが。
振り返ると森に入る時は、妹の影響で錬金術に使う素材を見ることが多くなったような気がした。
つい最近まで、それほど気にしていなかったのに。
イッチの提案から『はぐるま草』の群生地に向かう前に、ここで軽く採取を行うことになった。
距離的には大したこと無いが、大嵐のせいで森の地形がやや変わっている。 少し休憩を兼ねてとのことである。
カスカルは先程の話を頭の中で振り返りながら、魔法の草であるトーンをむしる。
たしかに、三つ大島と大陸では違う。
錬金術士を支えることは普通に一般的な職業なのだろうと思う。
そうした職業を選べば、今までの生活から劇的に何かが変わるわけではないだろう。
むしろ、職業に就くということにそういった刺激を求めすぎているのかもしれない。
成人になって職に就く。
大きな転機の一つであることは間違いないけれども、このユウバナ村で家族を支えて暮らしていくのが一番良いことかもしれないのだから。
そうなればカスカルはリオリールとトルテをバックアップするということになる。
錬金術士は今のところリオリールとトルテしか居ないからそうなる。
つまり、雇い主はリオリールになる……要約すれば妹に雇われ―――
「―――ハァッッッッ!!」
「うわっびっくりした。 カスカルさん、どうしたんです急に」
「う! あ、え、いや、何でもないぞ!」
思わず声にも出てしまって慌ててカスカルはイッチに首を振った。
思考が衝撃を受けて一瞬呆然としてしまった。
カスカルは確認するかのようにもう一度考えを整理することにした。
足元に生える青いコバルト草を根元から引きちぎりながら、一つ一つ思考を纏めて行く。
冷静に考えていくと、やはり結果は同じ答えに辿り着いた。
妹にお金を貰って暮らしていくのだ。
お兄ちゃん、今月のお小遣いもう無くなっちゃった? 大丈夫だよ、はいこれ。 また足りなくなったら、言って。私がお金を用意するからさ!
などと笑顔で言われてコールを受け取る自分の姿が鮮明に脳裏の奥に映し出される。
「ちょっと待て、それは、どうなんだよっ」
「さっきからどうしたんですか」
「俺が助手になるのはダメだ。いや、ダメか?別にダメって訳でも……いやなんか、俺がダメかもしれん」
「そうですか? 良い考えかと思ったんですけど……ああ、もしかして妹さんに養われ―――」
「察したなら言わないでくれって! いや、これはもうアイツの兄としての意地みたいな話なんだけど……」
「なるほど、ボクには兄妹が居ないので分からない感覚ですけど、そういうものなんですか」
「ああ、そういうものかも……俺も今考えて、初めて気づいたことなんだけどな……」
悪い事とは思わない。 いやむしろ家族と一緒に働けるというのは、とても幸せな事だと思う。
良いか悪いかで言ったら、別に良いに決まってるじゃないか。 家族ぐるみで仕事についているのは、何処にでもある光景なんだから。
しかし生活の基盤を作るのが自分ではなく妹になるというのは、何とも言い難い気分だった。
「とにかく、この辺はもういいだろ。 はぐるま草の採取に向かおうぜっ―――ってうわっ!」
「カスカルさん!」
妙ちくりんになった気分を払拭しようと、カスカルは勢いをつけて跳び、倒木を乗り越えた。
跳躍した先で着地しようと足を伸ばした時に、地を踏みしめる感触はなく、そのまま斜面に投げ出される―――直前に何かに引っ張られてカスカルの視界がぐるりと回る。
何が起きたのか分からないまま着地したカスカルは混乱したが、ややあって何か滑り落ちて行く音が耳に届いて慌てて顔を上げた。
落ちかけたカスカルの身体をイッチが引っ張り上げて、逆に落ちてしまったのだろう。
カスカルは何て馬鹿な事をした、と自分を責め立てながら声を上げた。
「っ、イッチさん! 無事か!?」
叫びながらカスカルは自らを内心で責めた。
大嵐が通り過ぎた後に森の地形が変わる事は珍しくない。
特に今回通り過ぎた嵐はユウバナ村にも多大な被害を与えており、森に入る前から分かっていた事である。
豪雨に晒され地盤が緩み、小規模な地滑りを起こしたのだろう。 記憶の中ではあるはずの道が無くなっていて、地面が大きく抉れていた。
こういう知識はあったはずだし、出発前に事前に予測出来ていたのに何とも迂闊な行動を起こしてしまったものだ。
10メートルほど滑り落ちたであろうイッチはすぐに見つかった、うつ伏せ気味に身を起こしているので命は無事だろう。 しかし怪我をしている可能性がかなり高い。
「待ってろ、動くなよ、すぐ行く!」
安全なルートを探して迂回しながら、カスカルはゆっくりと山の斜面を下って行った。
数分を要してイッチがうつ伏せに寝転がっている近くに地面に足をつける。 イッチは先ほどは起き上がろうとしていたようだが、今は倒れたまま動いていない。
この位置から顔も見えず、大きな怪我をしてしまったのかと焦燥が僅かに張り付き一歩踏み出した時、声がかかる。
「カスカルさん、動かないでください。 どうもこの辺りは天然の泥濘になっているようでして、下手に近づくと泥沼にはまってしまいます」
「!……確かに、今……少し足が沈んだ……」
「二人して天然の泥の泉に嵌る事もないでしょう。 少し離れていてください」
「イッチは大丈夫なのか? 怪我はあるか?」
「ええ、問題ありません。 いえ、まぁ上着が何処かに引っかかってしまったのか、服がダメになってしまいましたが身体は無事です」
言われた通り、崖の近くに生えている木々を利用してイッチ周辺の泥沼から離れた。
イッチの方を肩越しの視線で追えば、後ろ向きの為に分かりずらいが、腰から下が泥の中に入っており両腕を広げて身体を揺らし、脱出を試みているようだった。
「何か掴めるものを……!」
「大丈夫です、焦らなくてもそこまで深みに嵌っていないので……くっ! っと!」
重そうな身体を引きずって、うつ伏せの態勢のまま泥だらけの足が浮き出てくる。
ゆっくりと時間をかけて泥沼を這うようにして、イッチは少しずつカスカルの居る場所へと向かって行った。
「よし、いいぞ! もう少しだ」
「ええ……っ、そう、ですね! はぁ……くっ」
粘土の高い泥のせいか、途中で休憩を挟みながら。
僅か4メートルほどの距離に15分以上の時間をかけながらようやく抜け出すと、カスカルの差し伸ばした手を取って気怠げに身体を持ち上げる。
引っ張り出されて起き上がった身体を、すぐに近くの木々に体重を預けて腰を落とすと、しばらくの間息を整える。
カスカルは身体を引き上げたイッチを見て言葉を失い、しばらくじっと見つめた後に身体ごと後ろを向いた。
「……はぁ、なんとか、抜け出せましたね……っ、良かったです」
「あ、ああ、け、怪我も無さそうで良かった……っていうか、すまん! 俺のせいだ」
「謝る必要はありませんよ、まぁ、頭から泥の中に入っていたら危ない所でした。 運が良かったですね、ボク」
「ああ、そうだな。 それは確かに、幸運だった……ああ、うん、本当に良かった」
「カスカルさん、なんでずっと後ろを向いてるんですか」
「なんでって……あー、えっと、イッチ、さん、その……胸が……その、だな」
男物の上着が殆ど破れており、首元辺りにだけ生地が残っているイッチの上半身は殆ど裸体だった。
残った服も身体も泥塗れであり、ほぼ全身を灰色に染めた肢体には女性特有の丸みを帯びた双丘が慎ましやかに膨らんでいる。
外見から華奢な人だなとカスカルは思っていたが、男物の服装だったこともあって、まさか女性だったとは気付かなかったのだ。
「……ああ、そういえばそうですね……えっと、少しそのままでお願いします」
「あ、ああ」
カスカルは背後から聞こえる泥と服擦れの音を頭から追い出し、ちょっとした絶望感を抱きながら空を見上げた。
周辺に木々が無く、開けた空から降り注ぐ陽の光と垣間見れる白い雲の切れ端に目を細めて。
良い天気だな、そう思った。
その後、採取を一旦諦めて下山したカスカルとイッチは、迎えられたリオリールとトルテから不思議そうに尋ねられた。
「あれ? お兄ちゃん……なんで裸なの?」
「いや……色々と衝撃の新事実に気付いてな……お兄ちゃんはちょっと、考えを整理する時間が必要だったんだ」
「? 良く分からないけど、それでお兄ちゃんは裸になったの?」
「なんだ、良いだろ、パンツは履いてるんだから」
「全裸で歩くのは恥ずかしい、本に書いてあった」
「トルテ、俺は時たま、裸で歩きたくなる時があるんだ」
「そう……変わった趣味なんだね……」
「いや、あの、カスカルさん、その弁明は流石にどうかと思いますよ」
そしてしばらくの間、カスカルは森の中で全裸のまま銛を手にして、カゴを担いで徘徊する変な趣味があるとトルテは本気で信じ込んだ。