リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
大きな鉄鍋に満たした海水が白濁した色に変化していく。
熱を加えられて沸騰した鉄鍋の中に入った蒸留石が、薄く満たされていった結果だ。
蒸留石を溶かした溶液を攪拌しながら、トルテは昼間の事を思い返していた。
勿論カスカルが全裸で森を徘徊して戻ってきた時の事ではない。
昼食後、再度『はぐるま草』の採取に出かけていくのを見送った後、リオリールとトルテはユウバナ村の中を目的もなく歩くことにした。
実際のところ、トルテに休憩時間などいらなかったのだ。
錬金術そのものが暮らしそのものであった彼女にとって、こうしてのんびりと過ごす事の方が慣れていない。
隣を歩くリオリールを覗き見れば、彼女も疲れている様子は微塵も見えなかった。
錬金術士は長時間の調合に慣れているものなのだ。
しかし、この散歩の最中、彼女は意味を見つけ出す。
一見どちらにとっても意味のない散歩の中でトルテはリオリールとの違いを発見したのである。
それは違う景色を見ている事だった。
トルテがリオリールとの会話を交わす中、ユウバナ村を見た時に視界に入ったモノ。
それは例えば、あの災害の後だというのに、道端に力強く伸びるトーン、所謂『魔法の草』と呼ばれる素材が生えていたこと。
浜辺に足を運べば『白砂』や『黒砂』が滞留している場所も散見できると知ったし、海の中には素材そのものになる『カメノテ』や『島魚』などが悠々と泳いでいるのが確認できた。
ちゃんと『くり』が海に沈んでいることも判明している。 こちらはトルテが見た参考書の通りのままで、一安心したのは秘密である。
とっても遺憾かつ気に食わない事実に、西の森の中には植物カテゴリのままの『ウニ』が生い茂っており、錬金素材はユウバナ村の近くでも多く採取出来る事が分かる。
こうして村の中を歩く中、トルテが意識をして見ているのは錬金術で扱う素材ばかりであった。
一方でリオリールは同じ視点からでも見ている物は違う事だった。
大人たちが大勢で木材を持ち上げて縄で縛り上げている所を見て『生きてるナワ』と『引き揚げる道具』の着想を得ていた。
泥にまみれて汚れてしまった洗濯物が一まとめにゴミとして出されているのを見て『中和剤』を錬金術にではなく、洗濯に利用することを思いついたり、一部倒壊しそうな家屋を大工のヘイジ・M・ツルットマンが補修しているところを見学した後に、物質の修復が錬金術で出来ないのかなと疑問を口に出していた。
実のところ、トルテの知識にはリオリールが考えていた物を参考書で見かけたことがある。
確か『アルハイルミテル』といった調合アイテムだったが、かなり高度な内容だった為、何度か読み返してもトルテでは原理が分からなかった物だ。
『生きてるナワ』はかなりポピュラーな錬金道具であり、参考書にも多くそのレシピ等が載っている。
しかし、リオリールは存在を知らないはずなのに、その発想を得ている。
村の中を歩き回っている時に感じた景色の違い。
それを言葉にして明確にするのはトルテにとっては難しかった。
同じ錬金術士としてアトリエの中で調合をし、ユウバナ村の復興という同じ目標を目指している中で見ている景色が違うことが理解し難かった。
同じ物を見て。
違う事を思う。
それは普通に考えれば当たり前の事なのかもしれない。
見る人が違えば、想いが違って当然だ。
狭い世界の中で自分一人の思考しか持たなかった分、明白に分かる。
だからこそ、トルテは視点の違いの大切さというものに気付けた気がする。
自分一人だけでは気付けない事が、この世には錬金術だけでなく他にも沢山あるのだろう。
大陸のアカデミーは、きっと想像以上に大きい存在なのだろう。
それがリオリールとの出会いで分かった大きな収穫の一つでもあるのだ。
少なくとも、トルテにとっては。
「……ぅん、そろそろ」
解毒薬を量産する為の調合が始まっている。
釜を攪拌する手を止めて、今度は今までに加えられた鍋の温度を下げなければならない。
その間はぐるま草をコンテナから取り出して薬効を引き出す為の作業へと移る。
一足先に解毒薬の調合を始めていたリオリールが作業机の上ですり鉢を回し終え、一度レシピを確認してから立ち上がる。
トルテはすれ違うリオリールを何となく目で追いながら、はぐるま草を丁寧にすり潰していった。
ちょうど見ていた時だったから、トルテはすぐに気付いた。
リオリールがはぐるま草、続けて中和剤を投入しようと手に持ったのは青ではなく赤。
「リオ! 違う!」
「え!? あっ!」
手に持ってから殆ど間もなく傾けられていた中和剤は、静止が間に合わず半分ほど残して鉄鍋の中に入ってしまっていた。
一口に中和剤と言っても色によってその性質と属性は多様となる。
青と赤では殆ど相反する性質を持っており、反発性が高い―――すなわち調合中の爆発反応も一気に跳ね上がる。
そしてそれは素材の投入直後が最も顕著だ。
リオリールは間違いに気付いてからややあって、青の中和剤へと手を伸ばしたがトルテはそれを止めさせた。
「中途半端に投入するともっと危険だから、赤の中和剤は使い切ってそのまま!」
「う、うん、ごめん!」
「入れ終わったら混ぜて、次の素材は相反しない属性の物を放り込む」
解毒薬に使うレシピは はぐるま草・蒸留石・妖精の日傘・中和剤(青) となる。
その中和剤を間違えてしまった今、コンテナの中で反発を抑える素材を頭の中で纏めながら取り出していく。
この状況から完成品を解毒薬にするのは難しい。
癖なく属性が被らない範囲となると手持ちの素材からではトーン『魔法の草』くらいしか可能性がない。
未使用のすり鉢を手元に引き寄せて、トルテは淀みの無い動きで魔法の草をすり潰していく。
失敗のフォローをしてくれているトルテに感謝しながら、リオリールは中和剤を投入したことによる爆発反応を抑え込む攪拌に集中した。
突き入れたオールをぐるりと一つ回し、手首だけで角度を調節しもう一度ぐるり。
高まった反応から爆発の兆候を見せていた鉄鍋の中が、ゆっくりと攪拌される中で気泡の浮きが一つ一つ消えて行く。
数分の間、鉄鍋が煮える音とそれが混ぜ合わされる音。 そしてすり鉢からの音でアトリエが満たされる。
爆発の反応が完全に治まりを見せると、リオリールはかき混ぜ棒のオールを傍らに置いてそっと汗を拭った。
「……ふぅぅぅ、、危なかったぁ~……」
「リオ、これを入れて混ぜて」
「へ? このままトーンを入れるの?」
「蒸留石がノイズになって品質は落ちるけど、投入されてる素材を考えれば『ピュアオイル』が作れると思う。 品質は悪いと思うけど、素材は無駄にできないし」
「あ、う、うん? そ、そうだね? ……分かった、やってみる」
リオリールは頷きながらも作業を続け、出来上がったアイテムを見てリオリールとトルテは両名ともに衝撃を受けていた。
リオリールはトルテへと尊敬するような気持ちを抱いた。
投入素材の失敗という致命的なミスを別の調合アイテムへと生み出す深い知識。
そしてそれを僅かな時間で導き出し、リオリールへの的確なアドバイスとレシピ変更に伴う調合工程の変更判断。
トーンを投入し、10分ほどかき混ぜたところで本当にピュアオイルが鉄鍋の底に完成品として現れたこと。
トルテはリオリールの技術に舌を巻いていた。
並外れた攪拌の技術。
機材を殆ど使用することなく感覚だけでの投入量の調節。
蒸留石というノイズを混じっている事実にも関わらず維持された完成品の『品質』
そして投入素材の失敗があったとは思えない、爆発反応の完全な抑え込み。
お互いに思い出すのは、大嵐の夜に交わした会話だった。
リオリールはトルテに。
トルテはリオリールに。
錬金術士としての自らの初志を高めていくために学び合える。
同じ道を、違う景色で見ているからそれが出来る。
自然と二人は言葉にしていた。
「トルテちゃん、あのね、錬金術を教えてください!」
「えっと……リオの錬金術、私に教えてほしい」
同じように頭を下げて、言葉の意味が耳に入ってくると同じように顔を見合わせる。
パッと目の前でリオリールは我慢ができないように笑った。
釣られてトルテも口元を抑えて息を漏らす。
想像できないほどのマイナス100万コールという借金も、リオリールと力を合わせればきっと返せる。
根拠のない楽観を自覚して、そしてまた笑みがこぼれた。
「ふふっ、頑張ろうねリオ」
「うん、トルテちゃん! 頼りにしてますっ!」
少女たちのアトリエからしばし、笑い声が響いたのであった。
―――・
待って、そうじゃない、ダメ、ありえない、解釈違う、暗記して、なんで分からないの!?
錬金理論、素材の取り扱い、属性の知識、成分のバランス、カテゴリ別け、その他もろもろを纏めたゼッテル用紙の山に放り込まれたリオリールはぐるぐると目を回して奇声をあげた。
「リオっ、全然違うじゃん! 言ったよね、素材に含まれる成分や属性まで加味しないと意味がないって。 この投入順序は何!?」
「やあああぁぁだあああぁぁ、もう無理ぃぃぃ! お兄ちゃん! お兄ちゃぁぁぁぁぁああんん!」
違う、そうじゃない、もっとぐるぐる~、ぐる~ぐる~ぐ~るだよ、なんで分からないの!?
ドバーっ、ザっ、スススッ、ぐる↓ぐる~、↑ぐるぐ~る、クイクイ、ギュイーン! その他もろもろの擬音の渦と共に鉄鍋の前に放り出されたトルテは頭を揺らして奇声をあげた。
「トルテちゃん違うよっ!! 言ったよね、ぐるっぐるっサササッ、ススッイって! このぐるぐるぅぅ~~↑は何!?」
「あああああああああっ、もう、ぜんっっぜん!擬音違いが分からないぃぃ! もうやだぁ! おとーさぁぁぁぁぁぁん!!」
後日、二人がお互いの教師役としての相性は、とてつもなく最悪だったことが判明。
この頃からリオリールとトルテのアトリエでは爆発音に加え、定期的に年若い女性の悲鳴が聞こえるようになった。