リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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06. 甘いお菓子を挟んで 1

 

 

 

 何度も言っているが、三つ大島には古来より幾つかの習わしが存在している。

 

 

最たる物は『成人の儀』なのだが、他にも『ひと島』『ふた島』『みつ島』で似たような風習が形を変えて続いている事も多くある。

何かしらの決まり事・行事という物は、団体を纏める為の手法として標榜されてきたもので必要なことだから。

 

特に村を始めとしたこじんまりとしたコミュニティの中で必要とされ、自然とそれらは形成されて続けられていることが殆どだ。

時にそれら仕来りは風化し、また復古しを繰り返していた。

 

 ユウバナ村にも仕来り事は存在している。

そんな風習の一つが、村長が中央島に出向きユウバナ村へ戻ってきた時の細やかな祭事 『帰還祭』 である。

 

 

 かつては三つの島から行政本庁である中央島へ出向くことも多くの危険があった。

村長を失うことで、そのまま村が崩壊する事も珍しくない物だったのだ。

今となっては古びた風習ではあるが、それでも道中に危険がまったく無い訳ではない。

 

 中央島へ出向くほどの大きな用件は通年を通してそれほど多くなく、村によっては何事も無ければ数年単位で一度も出向かない事も珍しくない。

村長が中央島へと出向くこと。

それは三つ大島全体でも慶事・災禍問わず大きな出来事が起きた時のことなのだ。 

見送った村民たちは出向いた中央島へと出向いた村長の無事を祝い、村長はお土産を村へと渡す。

そうした仕来りが三つ大島全体で当たり前の事として存在し、ユウバナ村にも当然あったのである。

 

 そんな訳で、アムースコ村長が数日後に戻ってくることが知らされると、テーブルの上に並べられたゼッテル用紙の束を挟んで、リオリールとトルテは顔を突き合わせることになった。

 

 

 錬金術士の二人がこの祭事に提供する物が決まるまでは、それほど時間をかからずに会議も停滞することなく順調であった。

ところが、何を作るかという段になって意見がぶつかってしまった。

 

「私はね、ずっとアムースコ村長が戻ってきた時は家族で作って渡していたワッフルパウンド・マドレーヌが絶対良いと思う。 森で取れる濃密な蜂蜜ソースに新鮮な牛乳で、手間暇を掛けてじっくりと作った芳醇なバター。 一度食べたら絶対にトルテちゃんも美味しくて蕩けちゃうから~」

「うわぁ……美味しそうだね……だけど。 でも私はやっぱりおとーさんが食べさせてくれた大陸のお菓子職人・『メッチャー・ウマイネン』の絶品チーズケーキを再現したい。 口の中で溶けて仄かに香る質の良い紅茶と、バター、チーズのハーモニー。 甘いのに味わい深い衝撃が三段階で口の中に広がっていくの……どん、どん、どんって口の中で爆発する感覚。 本当に筆舌にし難かった」

「あああ、おいしそぉぉ! いやでも、ワッフル作ったことあるから絶対そっちが良いと思うんだよぉ」

「うぅぅ、ワッフル、食べてみたいけどぉ……」

 

 想像が勝手に味覚を刺激して、リオリールとトルテの二人の少女はだらしの無い顔を晒して涎を垂らし、まだ見ぬお菓子を夢見ていた。

そう、彼女たちにとってこれはある意味、祭事以上に重要な祝いの品選びである。

なんてたって、ここで選んだものを実際に作って村の皆で共有し、食事を行うのだから。

 

 

 今回はかなり洒落にならない大嵐の被害で中央島に出向いたので、あまり浮かれることはしたくないのだが。

 リオリールにとって今までアムースコ村長が中央島へと出かける=めったに食べられない甘い甘いお菓子を食べられる機会なのであった。 

実際、母のユトネがちょくちょく大陸ではポピュラーなちょっとしたお菓子を作って村の人たちに振る舞っているので、他所より食べる機会に恵まれている。

 

 一方でトルテも殆どお菓子を口に入れる機会は無かった。

レッドマンにそうした機微はなく、チーズケーキに関してはたまたまトルテの誕生日と重なった為に気紛れで用意したものを戴いたという経緯である。

 

「これは結論が出そうにないよぉ」

「うん、ちょっと解決できそうにない」

 

 意見はぶつかってはいるものの、リオリールもトルテもお互いに提案しているお菓子に非常に興味をそそられている。

じゃあ二つとも作って食べればいいじゃない、と思うかも知れないが祭事に出されるお菓子は一つだけという謎の縛りがここに来て邪魔をしているのだ。

 

 お互い、錬金術でお菓子を作ってみようかという話になっただけ、気合は十分。

 

 そんな二人の少女が困った時、視線を向ける相手はだいたい何時も、お兄さんである。

ソファーの上に足をあげてだらーんと寝転がっていたカスカルは、少し悩んでから

 

「……どっちでもいいんじゃないか?」

「ちょっとお兄ちゃん、もっと真面目にやって貰わないと困りますんですけどっ!」

「そうだよ、カスカル。 投げやり過ぎて、良く無いと思う!」

「あー……じゃあ、ワッフルで」

「えー! カスカル、身内びいき! ずるい!」

「うるさっ! じゃあチーズケーキでいいだろ」

「トルテちゃん、その言い方は卑怯だよっ! もう、この話はお兄ちゃんじゃだめだぁ!」

「俺に聞いといてそれか……ったく、そもそもな、お前らワッフルだチーズケーキだって言ってるけど、今回のお菓子係が誰かはまだ決まって無いんだぞ」

 

 出迎えの際の出し物は料理とお菓子であり、メインの料理の方はユウバナ村では普段から作られることの多い海鮮鍋であることが多い。

 

 一度に大量に作れて獲れたての鮮魚がふんだんに使われた、漁村ならではの豪華な一品である。

 翻ってお菓子の方は子供たちから提案されるのが常であり、甘いスイーツを楽しむ数少ない機会に躍起になる者も少なくない。

 

 例えば、カスカルの目の前にいるリオリールとトルテとか。

 

 そのうえ、お菓子作りとなると普通の料理とは違った腕が要求されることをカスカルは知っている。

かつてアムースコ村長を出迎えた際にカスカルは、リオリールと共に母のユトネから教わりながらワッフルパウンドを作った事があるのだ。

出来た物は正直に言って、美味しく無かった。

やり方やレシピを教わったからと言って、本当に美味しく作るにはお菓子作りの経験や腕が無ければ難しい。

 

「ま、こういうのは気持ちだからな。 昔作ったまっずいお菓子も、アムースコさんは笑顔で食べてくれただろ?」

「あははー、あれは本当に美味しく無かったからなぁー。 お母さんと同じように作ったんだけど……不思議だね」

「ん、じゃあやっぱりチーズケーキにしよう」

「トルテちゃんだってお菓子作るの初めてでしょ? ここは経験のある私のワッフルにした方が良いよ~」

「美味しくないのはやだ」

「そだね、私もやだなー……ふふ、でっもさぁ~、うふふふっ、でっも~~~? 今回は美味しく作れる可能性があるんだよね~!」

 

 リオリールの興奮した様子に、カスカルは双子特有の嫌な予感が走った。

 

リオリールは手元に置いてあったかき混ぜ棒用のオールを手繰り寄せて、ハキハキとした動きで天井へとオールを掲げた。

 

「そう、錬金術なら~~? 錬金術ならーーっ! お母さんの作るような美味しいお菓子が作れるかもなんだよ!」

「釜でお菓子を作るのか?」

「大丈夫、参考書ではお菓子もちゃんと錬金術で作れるって書いてあるから」

「そりゃ凄いな……いやいやまて、お前らも錬金術でお菓子作りなんて初めてだろうが!」

「うん」

「そおだよ」

「アムースコさんになんてものを食べさせる気だよ……お腹を壊したら目も当てられん」

「もぉー! お兄ちゃんさすがに失礼です! 私達がアムースコさんにそんな物を食べさせるわけないでしょー!」

「ハッ……お菓子で毒殺! ……シンプルだけど、だからこそ?」

「おい、そこ物騒な事を呟くな。 はぁ、まぁどうせ止めても錬金術で作るんだろうな……」

 

 カスカルはソファーにうつ伏せで突っ伏し、お菓子係が妹達に決まったら、味見役になる事が確定してしまったので憂鬱そうに息を吐き出した。

もしもリオリールやトルテの作ったお菓子を村長が食べた時に何かあってはまずい。

ただでさえ一部村民に疎まれているトルテなんかは、格好の材料を相手に与えてしまいかねない。

 

 実際『ロイヤルクラウンのシチュー』を作っているリオリールを知っているので、錬金術でお菓子を作れても不思議はないのだろう。 

 

 原理はまったく分からないが。

 

「ま、なんでもまずは物は試しってわけだよお兄ちゃん! レシピは分かってるし、ささっと一発作っちゃいますかぁ!」

 

 頭巾をかぶり、袖口を上げてかき混ぜ棒を持って立ち上がる。

リオリールは意気揚々と煮立っている鉄鍋へと向かって行き、間違えた『素材』を手に取った。

あっ、と声をあげるトルテ。

間に合わない事を悟った瞬間、手際よく窓を開け放つカスカル。

 

 トルテは今までの人生の中で見事と言うしか無いほど一切無駄のない、爆発する為の手順を全て完璧にこなし

 

 勢いよくかき混ぜ棒を鉄鍋の中に突っ込むリオリールを見送って

 

 

 

 ―――アトリエは爆発した。

 

 

 

 ちなみに立候補者がリオリールとトルテだけだったようなので、アトリエの片づけをしている最中に、お菓子作りの担当は彼女たちに無事に決まった。

 

 

 

 

 

―――・

 

 こつりこつりと音を立てて木目を叩く音がツルットマン家の一階に響く。

 一階部分は作業場を兼ねていて、現地に行って作業を行う必要がない物の大半は、自宅の一階工場にて仕上げているのだ。

 ヘーゲは完成した部品を上下左右から見まわして、一つ息を吐いた。

 父親であるヘイジの作った部品と見比べて、なんとも荒い仕上げだった。 曲りなりにも本格的に大工仕事を始めてから2年の歳月。

 子供の頃から作業の手伝いをしてきたことを考えれば、他人からすれば大して変わりがあるように見えないだろう。

 だが、だからこそヘーゲは明確に父親との差を実感する。

 手がけた時間も工程も、明らかに自分の方が長い。 だというのに完成された部品の品質に差があることが分かってしまう。

 勿論、ヘイジの腕に一年や二年で追いつけるとは思ってはいないが、その背中の陰すら踏めないのはもどかしい気持ちになる。

 

「くそ、下手だな……」

 

 道具を置いて凝り固まった身体をほぐし、額から落ちる汗を拭うとヘーゲはおもむろに外へと足を運んだ。

作業で拭き出た汗を乱雑に拭い、大きくため息を吐く。

こうして躍起になっているのは、父のヘイジにこっぴどく酷評されたからだ。

荒い削り方であった巾木の装飾部分である。

 

 一見すればそれは、父親の作った物と殆ど変わらない。 使っている材質、道具、全て一緒であるし、規格も統一されているのだから当然だ。

 出来合いは職人の腕だけで決まるところ。 装飾部分の先端や端の粗どり、角度のバラツキなど細かい部分で如実に差があった。

 こうして家の作業場で集中していても、一体何が原因で下手をこいてしまっているのか、まったく判らない。

 悔しかった。

 原因さえ判れば、それに集中して取り組むこともできるのに。

 

「ヘーゲ兄!」

「おーい!」

「なんだ、お前ら?」

「ヘーゲ兄さん、さっき皆が集まって一緒に遊ぼうって話してたんだよ。 兄さんもやっぱ誘わないとと思ってさ」

「そうそう、一緒にバンメンやろうって話になったんだよ。 広場のゴミ、片付け終わってバンメンできそうだからって」

 

 唇を尖らせ、眉をしかめてヘーゲは頭を掻いた。

災禍に見舞われたばかりで、遊んでる暇なんてあるわけもないのに、と内心で毒づく。

もしかしてユウバナ村の状況を分かっていないのでは無いんだろうか。

集まった面子を聴いてみれば、誰も彼も成人していない子供ばかりだった。

 

 そして、ふとヘーゲは思い返す。

 確かに皆が皆、大嵐によってユウバナ村に危機が迫っているとなって遊ぶことを忘れていたように思える。

朝から晩まで復興の手伝いをしていて、大人だって心に余裕が無かった。

子供たちの相手をするのも大人の役目か。

 

 ヘーゲは手元で弄っていた道具を置いて、一つ息を吐いた。

心残りはある。

それでも休息や心の余裕は大事にした方が良い。

思い返してみれば、自分も随分と切羽詰まって仕事に打ち込み過ぎていたように思えてきた。

 

「ち、しょーがねぇなぁ! 久しぶりにバンメンすっか!」

「やった!」

「良かったー! ヘーゲ兄が居ないとチームバランス悪いもんなー!」

「……ってことは相手チームにはオーレンジスさんが居るのかよ。 何やってんだあの人は」

 

 自分の事を棚に上げながら非難を一つ。

 大方ヘーゲと同じように息抜きが必要なのだと、オーレンジスも思ったのかもしれない。 まぁ、まったく何とも思っていないかも知れないけれども。

 

 どちらにせよオーレンジスが居るなら自分が行かないと一方的なゲームになってしまうだろう。

 

 ちなみにバンメンとは、スゴロクとカードゲームとテニスの要素を混ぜ合わせたような、ユウバナ村にだけ伝わるローカルスポーツで、子供たちを中心に流行っているものだ。

 ルールは割愛する。

 

「分かった分かった、じゃあここ片付けてから向かうから準備しとけよ!」

「よっしゃ! 勝てるかもな! ヘーゲ兄ありがと!」

「いこうぜ!」

 

 苦笑をしながらガキ共を見送って、ヘーゲは道具の片づけを終えると広場へと向かって足を伸ばした。

 どうも子供たちが矢鱈と気合が入っているのは、村長の出迎えで作るお菓子を何にするか決めようという話になったときに、バンメンで決めようという流れになったからである。

 ヘーゲは甘い物が苦手なので、お菓子に特に興味は無かったが、オーレンジスがユウバナ村に来る前は一番のバンメン上手であった。

 

 内心はどうあれ、ゲームを始めてしまえば現金なもので、自然と熱中していってしまった。

 

 

 ゲームの行く末は最終盤にまでもつれ込み、オーレンジスとヘーゲの一騎討まで進んだが、決着つかずの引き分けで終わってしまった。

 バンメンというスポーツ競技の観点で言えば、ユウバナ村でも有数の好試合ではあったが。

  

「あーあ、結局お菓子を何にするか決まってないじゃん」

「まー俺はどっちでも良かったけど、バンメンには勝ちたかったなー」

「久しぶりにやったけど、バンメンやっぱ面白れぇって!」

「もうお菓子は投票で良いんじゃない? 俺はチーズケーキっての食べたいな~」

「ってか、誰が作るんだよ。 今回のお菓子は」

 

 痺れる試合を制することが出来ず、やや悔しさを滲ませながら汗を拭いていたヘーゲが尋ねると、ゼッテル用紙に書き込まれたメモを渡される。

 目を落とせば、作られる候補であるお菓子はワッフルとチーズケーキ。

 

 品目の横には提案者であるリオリールとトルテの名が添えられていた。

トルテの名を見て、ややあって、ヘーゲは鼻を鳴らした。

 

「へっ、ワッフルで良いんじゃねぇか? 余所者の作る菓子なんて食いたかねぇや」

 

 言い捨てて、ヘーゲはそのまま踵を返して家へと向かう。

 帰路にはもう、ユウバナ村特有の、夕陽の華が咲いていて。

 夏の終わりに強く吹く潮騒と風に煽られながら、自身も建設に携わっていた沈みゆく陽に赤く照らされたアトリエが視界の中に入り込んでくる。

 

 ユウバナ村の中でもひときわ目立つ建造物となった、リオリールとトルテのアトリエ。

 成人の儀が終わり、大人と認められて、心に決めた職業として父の後継となるべくヘーゲは大工の道を選んだ。

 

 

 日々の研鑽の中で気付けばもう、2年も経っている。

大工作業の殆どはまだ、父のヘイジが担っていてヘーゲは雑用ばかりを任される日々だ。

もっと自分に力が在れば、ユウバナ村の復興の先頭に立てるのに。

歯がゆい思いが胸の奥にじっとりと灯る。

 

「遊んでる場合じゃねぇよな……」

 

 気付けば家に帰る足はアトリエの前で止まり、ヘーゲは父の作り上げた立派なアトリエを前にそう呟いていた。

 彼も大工だ。 父の手伝いをしてこのアトリエの一部はヘーゲの作品と言っても良い。

自分が作りあげた部分的な場所へと、視線は自然にそちらへと向かっていってしまう。

 

 しばしアトリエの周りを巡る様に、父が施工した場所と、自分の作り上げた場所を確認する様に見回っていると、窓枠の一部の木材が欠けている事に気付いた。

 

「ちっ……」

 

 急いで作り上げたアトリエだ。 このような失敗した部分も少なからず出てきてしまう。

父の仕上げは完璧であるのに、自分の物はどうしても見る人が見れば粗が目立っていて。

 

ほんの小さな欠けと歪みに過ぎない。 

他の村人たちからすれば気付かないような、細かいミスである。

しかし父は同じ時間しかなかった筈なのに、まるで完璧であった。

 

自分の未熟さをハッキリと突きつけられてるようで、ヘーゲは思わず舌打ちをして視線を逸らした。

 

「ヘーゲ、お前さん、そんなところで突っ立って、何をしとるんじゃ? もう陽も暮れよるぞ」

「あ、ロモイの婆ちゃん……いや、別になんでもねぇよ。 何か悪いところが無いか、チェックしてただけだ、仕事だよ仕事」

 

 隣家のロモイに声を掛けられて、バツが悪そうにそう言う。

 実際に小さなミスを発見したり、今後の課題を完成品から洗い出す事は仕事とも言えるので、言い訳という訳でも無い。

 そのまま何を見ていたのかを説明していると、アトリエの中から今はもう聞き慣れてしまった。

 小さな爆発音と衝撃が響き渡った。

 

 窓が近かったせいか、振り返った視界の中でトルテが釜を前に慌てている様子が視界の中に飛び込んでくる。

 

「あははは、今回は大変そうだねぇ。 朝からもう5回は聴いたかなぁ、この音も」

「ったく、ドッカンドッカン、煩いったらねぇよ。 俺の家でも聞こえてくる時もあるしな」

「それだけユウバナ村の為に頑張ってくれているんだねぇ。 ありがたい事だよ」

「ふん……」

 

 そのままロモイ婆と別れ、ヘーゲも家へとたどり着くと、父であるヘイジも帰ってきた。

 まだまだユウバナ村は大嵐で破壊された建造物が多く残っている。

修復のために必要な作業や、その準備のための打ち合わせを、食事を取りながら父と交わす。

口頭でのやり取りの後、実際に段取りを進めるべく準備を始めてみれば建材に使う木材の『アイヒェ』が足りない事に気が付いた。

 

 作業場で時間を確認してみれば、もう真夜中の前。

とはいえ明日の朝の一番から仕事で使う建材が足りないのは流石にまずい。

 

「くそ、起きてるかな、イモールさん……」

 

 寝間着から外着に慌ただしく着替えて、父に一言残してから家から飛び出す。

走りだして数分もしなかった。

アトリエの前を横切った時に、もう聞き慣れてしまった爆発音が耳朶を打って空気が震える。

 

 ドンっと、大きく大地を揺らして。

 

「うおっ……!」

 

 夕刻にロモイ婆さんと一緒に聞いた時よりも大きな音。 

そして少女の小さな悲鳴。

まさか、怪我でもしたんじゃと不安になって、ヘーゲは急ぐ足を止めて夕方と同じように窓の外からアトリエの様子を覗き見る。

 

 夕方に見た光景と同じように、釜の前ではトルテが額に浮かぶ汗を拭いながらかき混ぜ棒で攪拌している様子が目に飛び込んできた。

 

「アイツ……こんな時間まで……」

 

 ロモイ婆さんは早起きだ。

そんな婆さんの話からすると、トルテは朝からずっと釜の前に居たらしい。 この真夜中になる今までずっと、休むことなく釜の前に居たというのだろうか?

 

 リオリールが子供の頃から釜の前に立って遊んでいた―――たまに災禍を齎した―――錬金術というもの。

何をやっているのかなんてヘーゲには分からなかったし興味もなかった。 なんなら、村に再び被害が出る前に辞めてくれとも思っていた。

 

だが、ロイヤルクラウンの中毒騒ぎがあって。 

それの解毒剤をリオリールが創りだしたと聴いて、半信半疑ながらもヘーゲは喜んだ。

ずっとリオリールが続けてきた努力が報われた事が、単純に嬉しかったからでもあるし、錬金術が役に立つ物なんだと初めて認識できたからでもあった。

 

 しかし、解毒剤を作った当のリオリールは余所者の錬金術士であるトルテの事ばかりを褒めていた。

 

 レシピがどうのこうの。

 トルテは天才だのなんの。

 

 

 それはヘーゲには面白くない物であった。

 

 錬金術の事は分からなくても、リオリールの事は子供の頃からの付き合いだ。

迷惑ばかりかけられた思い出しかないけれど、それでもリオリールはユウバナ村の大事な仲間の一人で。

口癖のように立派な錬金術士になるのだと、子供の頃から聞いていたから、その努力に、報われた解毒剤の開発に、ヘーゲは手放しで応援できていた。

 

 だが、詳細を聞いてみれば少し違った。

突然現れた余所者のトルテが、レシピを考えたというのだ。

それも、リオリールが苦心して作り上げたものをちょっと改造しただけと言うではないか。

 

 昔から見ていたリオリールの努力をトルテが横から攫ったようにも見えてしまって、どうしても素直に認めることが出来なかったのだ。

そんな事は無いとリオリール本人からも、カスカルからも話されたいたのヘーゲは納得できなかった。

 

 アトリエの窓から離れると、思い出したようにポケットに突っ込んだまま、放置していたゼッテル用紙のメモを取り出す。 

一つ頭を掻いて、もう一度。 

 

窓の外からアトリエの中を眺める。

リオリールとトルテが、真剣な表情でレシピを片手に話し合いをしている様子が見えていた。

 

「……ガキなのは俺の方なのかもな」

 

 おし、と声を出して一つ。

 ヘーゲは本来の目的である建材をイモール家から調達すると、そのまま家へと戻って真っすぐに作業場へと向かった。

 

「おい、ヘーゲ。 お前、明日早いのに道具引っ張り出して何やってやがんだ」

「……寝付けねぇからちょっと準備進めとくわ。 親父は先に寝てていいぞ」

「ああん? なぁ~~にぉ急にやる気だしてんだ、テメーは」

 

 父親の声を他所に、作業に没頭する息子を見て、ヘイジは驚いたように暫くその背中を見やった。

 やがて肩を竦めて髪の無い頭を掻いて、苦笑を一つ。

 

「ったくよ~~~~おい、ヘーゲッ! 朝寝ぼけてたらケツ叩いて起こすからな!」

「これだけやったらすぐ寝るよ。 おやすみ」

「へっ……一丁前によ。 無茶すんなよ」

 

 ツルットマン家の作業場の灯りは、その日の夜深くになるまで消える事は無かった。

 

 

 

 

 翌日。

朝日が昇り初めてユウバナ村を照らし始めた頃。

アトリエから素材の採集に出かけるカスカルの姿があった。

 

「じゃあ行ってくるよ。 昼頃には戻れるようにするからさ。 イッチさん、悪いけど妹達の事は頼んだ」

「ええ、何時もの森の中とはいえ、気を付けてくださいねカスカルさん」

「ありがと。 じゃあまた後でな」

 

 カスカルが村の大人たちと合流し、西の森の中へと入っていくまで見送って、イッチは息を吐き出しながらアトリエの中に戻ろうと踵を返す。

 偶然だった。

 名前も書かれていない、アムースコ村長を迎える為に作る、ユウバナ村の仕来り用のお菓子作り。

 

 

 

 

 チーズケーキに投票された無記名の用紙が、依頼掲示板に乱雑に張り付けられていたのをイッチは見つけたのである。

 

 

 

 

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