リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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01. 漁村の娘と悪魔の子

 

 

 ただ、そこに建っているだけで今にも崩れ落ちそうな、粗末なあばら家の中。

廃村になったのだろう、風化した人工物と言った様子の家屋を軒先に、トルテはそこに入り込んでいた。

 

薄暗い室内で持ち込んできた蝋燭の火をともし、ぼんやりと即席のベットの上でうっそりと爆弾を眺める少女が一人。

 

世界征服を目論む父、悪魔レッドマンの娘として育てられた箱入り(監禁)少女のトルテである。

彼女は幼少の頃から最高級のアトリエを与えられ、レッドマンが大陸から蒐集(盗み)してきたという大量の錬金術を行う為の道具や参考書を用いて勉強をしながら暮らしてきた。

 

錬金術は外に出ることが許されなかったトルテにとって、勉学と同時に娯楽でもあり、常に生活の一部として共にしてきたものである。

朝に目覚めては参考書を片手に、数えきれないほど試行と考察を繰り返して釜を攪拌し、夕食を食べて眠る。

コミュニティに属することなく、ただ一人きり、そうして日々を過ごす。

 

それ、その物が『暮らし』になっていたのである。

 

そんな彼女は、当然ながら錬金術士として必要な知識が詰め込まれていた。

特に、父レッドマンに求められた爆弾系の調合については一流の錬金術士であっても舌を巻く知識量(のはず)なのである。

 

「おとーさんの敵である『錬金術士』を爆殺するのは分かってるんだけど、どうすれば爆殺できるのかな……?」

 

 しかし、彼女には"実際に調合アイテムを使ってみる"という経験が皆無であった。

自分が作った錬金アイテムが何なのか、それは勿論分かる。

錬金理論だって参考書ばかり眺めていた生活をしていたトルテはしっかり把握しているし、特性や効果も出来上がった調合アイテムを観察すれば把握できた。

手に持った爆弾を眺め、導火線として作った綿の部分を手で弄くりまわす。

ぼんやりと見つめてしばし、トルテは徐に立ち上がった。

 

「……一回試しに使おう」

 

 手っ取り早く効果を実感する為に、トルテは外に出た。

導火線に火をつけて、自分に効果が及ばないように思いっきり投擲。

 

爆弾はトルテの1メートルほどで力なく落下し、あわてて装飾品が擦れる耳障りな音を立てて逃避するトルテ。

 

そして爆発。

 

その威力は大地を抉り、破片物を周囲に撒き散らして噴煙を上げた。

規模としては三つ大島では珍しく、大陸の方では普及している一般的なフラムよりも低いであろうか。

特性と素材を厳選すれば、さらに爆発規模は大きくなるであろうし、もっと強力な爆弾も作れるだろう。

 

「……あれ? 思ったよりもあんまり……」

 

 トルテはその爆発した中心地を眺めて首をかしげた。

理論では『テラフラム』に匹敵するほどの爆発規模になるはずだったのに、些か物足りなさ過ぎる破壊力であった。

いや、実際にテラフラムの爆発力を目の当たりにしたことは無いのだが。

 

父であるレッドマンはよく、トルテが作った爆弾を使ってさまざまな破壊工作を行ったと報告してくれたのである。

人間の建てた建造物。

重要なランドマークや偉人とされ称された巨大な彫像などなど。

 

その破壊活動の報告を聞くのは、監禁されていた少女の密やかな楽しみの一つであった。

 

何よりも自分の爆弾が役に立ったという事実は、この歳まで育ててくれた父であるレッドマンに恩返しができているようで嬉しいものだったのである。

だが、それらを破壊するほどの爆発には、今の爆弾では到底もの足りないはず。

 

「あぁ、そうか。 きっと品質の良くない失敗作か、もしくは劣化品だったんだね」

 

 腰からぶら下げたレッドマンから貰った ねこさんポーチ から新たな爆弾を取り出した。

独自に改良を重ねて錬金術で空間を弄ってあり、見た目以上に収納可能なトルテの大事な収納用アイテムだ。

取り出したるは、レッドマンの顔を模した、トルテ印とっておきの爆弾。

 

盛り込んだ特性は 威力+5/祝福された/範囲を広く+3 

名付けて『おとーさんボム』である。

 

理論上で爆発物としては現在のトルテが作成できる上級品であり、周辺一帯を火の海にすることも出来る(はず)

トルテの現在所持している爆弾の中でも一番威力があるものだった。

 

自身の投擲力は、どうやら凄く頼りないものだと理解できたので今度は地面に設置して導火線を延ばしてから火をつける。

急いで遠くの岩陰にダッシュする少女トルテ。

 

「はぁはぁ……し、しまった。 凄く遠い、あの岩……ハァハァ……」

 

 なんてことだろうか、と青ざめて息を上げるトルテ。

全力疾走しているのに爆弾が爆発するまでに、とても岩陰に退避できるような距離に縮まらないのだ。

このままだと想定している爆発の威力、そして爆風の範囲から逃げ切る事ができない。

 

酸素を求めて息を荒げ、筋肉は悲鳴をあげ、体力がマッハで尽きておぼつかない足取りで必死に距離をはなす。

ちらりと背後を振り返ったトルテは、絶望感を顔に染めて立ち止まってしまった。疲れたとも言う。

 

導火線の火花はもう、爆弾の目の前だ。

 

「おとーさん……」

 

 悲痛な声を上げて、空を見上げるトルテ。

 

青く透き通る快晴に白い雲が浮かぶ中を、大型の赤いアードラーが悠々と飛翔していた。

 

爆弾のテストでミスを犯し、父レッドマンの大いなる野望の助力すら出来ずに死んでしまうという、情けない死に様をこのまま晒す事になるであろう。

空気が膨張し、熱風が肌を打つ感覚に身を任せながら、トルテは静かに目を閉じた。

 

 そして、身体の芯すらも揺るがすような、大きな爆発音と感覚が駆け巡る。

 

……

 

 爆発の起こした轟音と、爆風が運んでくる熱波。

そして周囲の空気を奮わせる振動が落ち着くと、飛び跳ねて木々の中に隠れる小動物やギャアギャアと煩く囀る野鳥の声。

だんだんと噴煙は空気の中に溶け込んで、やがて近くの海から香る潮の匂いがトルテの鼻腔をくすぐった。

 

「あれ?」

 

 トルテが瞑っていた目を開ければ、先ほど試した爆弾より一回り大きい爆心地があった。

与えた被害は確かに最初の爆弾よりも大きい事が伺えたが、それでも大きな人工物を倒壊させるには至らないであろう規模だったのだ。

 

 つまり、まぁ、そういうことである。

 

幼少の頃からトルテは錬金術に触れており、レッドマン自ら用意した最高級の錬金釜を使用して。

数多の参考書に超高価な調合器材、そして素材ですら潤沢な環境に身を置いていた。

大陸で一番規模の大きな首都のアカデミーよりも、下手すれば整備されていたアトリエの中で軟禁されていたのである。

 

全て、レッドマンが強奪や窃盗、盗掘、魔本の力を頼って―――こっすい悪事を繰り返して手に入れてきた物だ。

 

錬金術そのものは少女トルテにとって生活の一部になったほど、錬金関係の道具は身近な物であり、10年以上も磨き続けた錬金術の腕は確かだ。

幼い時はともかくとして、今では調合を失敗して爆発させることも0と言って良いくらいに熟達している。

 

そして、理論においてはアカデミーの生徒はおろか、講師であっても注目を浴びておかしくない知識を有しているのだ。

 

だがしかし、トルテが生来持ち得ていた 『錬金術の才能』 という点に関しては余り優秀な者ではなかったのだろう。

普段から作る錬金アイテムは、父レッドマンが喜ぶ為に作り続けた爆弾ばかりに傾注している。

回復アイテムやその他の攻撃アイテムなどは、トルテ自身も自覚するほど得意ではなかった。

 

その自慢の爆弾の威力もたった今、テストを行ったばかりの結果である。

当然ながら破壊工作の殆どは魔本イービルズブックに書き込んだ結果であり、トルテの作った爆弾は密かにレッドマンが処分(自傷)していたのだ。

 

 トルテは爆弾の試験を終えて徐に立ち上がると、あばら家に戻って机の前に立った。

どうも自分の作っていた爆弾はとっても非力だったようで、その事実は些かショックが大きかったが、問題はそこではないのだ。

 

父・レッドマンの世界征服の為に、この世に存在する邪魔な錬金術士どもを爆殺できればそれでいいのである。

 

そこがトルテにとって全てであり、トルテの一番大事な人である『おとーさん』から与えられた使命なのだ。

そして、あの爆弾の威力でも人間一人を爆殺するくらいは、恐らくだが可能であろう。

 

少なくとも、トルテ自身が爆発の範囲に巻き込まれた場合はただ事じゃすまないだろうし。

 

とはいえ課題は浮き彫りになってしまった。

投擲して相手にぶつける事はとてもじゃないが上手くできそうにない。

こんな爆発物を設置しても、すぐに見つかって対処されるか逃げられてしまうだろう。

 

「……どうすれば、うまく爆殺できるかな?」

 

 そしてトルテは振り出しに戻った。

手元に自慢だったはずの爆弾を一つずつ、並べながら。

今後、一人暮らしを始める自分に必要な道具や家具・アトリエに必要な器材の準備を想像しつつ手を動かし……そして重大なことに気付くのである。

 

「……錬金道具も素材も無い……どうしよう」

 

 悩んだ末に翌朝、早くから拠点とした廃墟を捨てて森の中に向かう事にした。

もちろん、トルテも初めて入ることになる森の中。

気を付けるべき点は知識として知っている。主に錬金術の参考書(主に採取に関しての知識)を見ているからだ。

 

 森の中は錬金術士にとって素材の宝庫と言っても良い。

草木はもちろんの事、花もそうだ。その花の密や木の洞などを求めてやってくる虫も同じ。

その虫を食べるという小動物からも素材は多く獲れる。

想像の中だけでしかしたことのない採取についてトルテは夢想し、それはだんだん未知への展望の好奇心と共に、素材を使った調合アイテムにまで広がっていく。

 

 今までにない高揚した気分に胸を躍らせながら、トルテは気が付けば急ごしらえの寝床の上で、小さな寝息を立てることになったのである。

 

 

 

 

 

 三つ大島から少し離れたフィンデラーント王国は600年もの歴史を持つ、グラナート大陸一の大国である。

長らく平和であり、大きく国家として平和に発展してきた背景として、錬金術の発見とその技術の成長が挙げられた。

技術力の飛躍という面で錬金術の存在は、フィンデラーント王国にとっても重要となり、その習得が国を挙げて促進されるようになった。

 

 

錬金術。

 

 

かつて、その真髄は時を跳躍し空間すら自在に操れ、概念すらも捻じ曲げ……そして、にんじんの超巨大モニュメントが首都に鎮座したらしい。

遥か昔から連綿と続く独自の秘匿技術。

それを学問として成立させたのは、記憶に新しい近年のことである。

 

国家学問に錬金術を推奨し、首都に街と見間違える程の巨大なアカデミーを発足してからは目に見えて技術力が伸び、海洋を視野に入れた行動すら可能となったのだ。

そして船出をしていた冒険者たちが海洋で、大陸とは違う人達が住む島を発見する。

 

『三つ大島』の存在がフィンデラーント王国に明るみに出たのは、今からちょうど100年ほど前のことである。

現地人との接触、そして三つ大島に眠る大きな海洋資源と人の手が殆ど入っていない大自然。

見たこともない植生にそこを生きる動植物たち。 未知なる遺跡に豊富な新鮮な素材。

 

大陸のアカデミーで錬金術を営む者たちにとっても、三つ大島の発見は、それはもう非常に注目されたのである。

もともと三つ大島に住んでいる現地の人達を刺激しないよう、慎重に交流を続けたある日。

 

フィンデラーント王国にとっても喜ばしい話が世間を風靡した。

 

「いやぁモスフォイ学園長。聞きましたか、あの話」

「うむ、王様が正式に 『三つ大島』 を王国領地に組み込む事を決定したようじゃな」

「発見から100年。当初は上陸過程で揉めまして排他的な態度でしたが、態度が軟化して各種の資源や特産品の貿易交流が始まったのが20年前。ようやくこの度に王国との折衝で平和的な併合できたようで……これで本格的な三つ大島の交流が活発にできますね」

「そうじゃなぁ。わしが子供の頃から騒がれておった。懐かしいもんじゃ。儂も一度だけ『みつ島』に乗り込んだことがあるが、あそこは錬金術士としては素材の宝庫。まったく、長生きはするもんじゃの」

「ははは、それはおめでとうございます。 あまり現地の人達を刺激しないように、数年前まで錬金術士の往来や三つ大島の実地調査は禁止されてましたからねぇ……私も調査をするのは楽しみですよ」

「まだ何か言いたいことがあるんじゃろ。 それだけの話なら、わざわざ言いに来る様なことでもないしの」

 

 そんな錬金術の盛んな大陸一の規模と実績を誇る、首都のアカデミーの一室。

学院長を務めるモスフォイ学園長は、伸びた顎鬚に触れながら柔らかな笑みをたたえ男性を迎える。

 

モスフォイ学園長の指摘に、アカデミーで大講師を務めている中年男性のシーバーシーは苦笑した。

大きなお腹を押さえて、眼鏡を一度手元で丁寧に拭うと、シーバーシーは本題に入った。

 

「三つ大島は3つの島があります。大陸側から見て南西に "ひと島" 東南に "ふた島" 北東に "みつ島" が。

 最後に挙げた "みつ島" の漁村の一つに、独学で錬金術を修めた子が居るみたいなんです」

「おう?詳しいのぉシーバーシー君。 三つ大島と我々が住まう大陸との交流は今まで殆ど無いというに。しかし、そうか。錬金術という学問を独学で成すとは……その若者は素晴らしい才能と発想を持っているんじゃなぁ」

「三つ大島の規定で、成人するまでは島の外には出れないみたいですが、私としては是非ともその子をアカデミーに招きたいと思ってるんですよ」

「ふむふむ、それは確かに気持ちは分からんでもない。 それで、その子の名前は?」

「確か、リオリール。 えーっとメモ帳が……ああ、リオリール・フェルエクスです」

 

 モスフォイは眉根をしかめて、顎をさすり少女の名前を思い出そうとした。

フィンデラーント王国でフェルエクスなどという家名は聞いたことが無い。

シーバーシーはそんな学園長に、頬をかきながら続きを話した。

 

「貴族のアストリア家の4女を覚えていますか?もう十年以上も前の話ですが、三つ大島の漁師さんと出会う縁があったそうで」

「うむ、アストリア家は知っておる」

「その子が三つ大島まで追いかけて、現地島民の男性に嫁いだそうです。既に5人も子供を生んでいるとか。そこの長女が錬金術を習得したという少女なんです」

「なるほど、アストリア本家への家族の手紙で判明したパターンじゃな」

 

 モスフォイ学園長は、シーバーシー大講師が三つ大島の少女を推薦してきた理由に得心がいった。

独学で錬金術を修める、というのは珍しいことではあるが才能のある子供たちの中には、そうした天才も少ないが存在している。

特筆して優遇措置を取ったり、わざわざアカデミー側が個人を配慮して積極的に引き入れたりするような存在かと言われると、悩むところだ。

 

普通は。

 

普通じゃ無いのは、リオリールという子供が三つ大島に居るという事である。

この少女に関しては確かに一考の余地があろう。

三つ大島は大陸との環境の違いは大きい。

普段の生活の中で少なからず錬金術に関わりが深く、錬金術がどういう物なのかという理解と馴染みがある大陸の人と根本が違うからだ。

アストリア家が錬金術に造詣が深いなら納得もいくが、そんな話は聞いた事も無かった。

 

 つまり、三つ大島には錬金術を用いた技術は現在のところ確認されてない。

 

少なくとも、モスフォイ学園長はそのような報告を受けた記憶が無い。

錬金術を何も知らない状態であるのにも関わらず、錬金術士としての最初の一歩を踏み出すことが出来たリオリールという少女。

 

こと錬金術に関して間違いなく天賦の才を持っているに違いないと思わせる。

そんな彼女はアカデミーの立場からすれば大歓迎できる存在であろう。

それに、シーバーシー講師はアストリア家の次女と結婚している。

 

彼が三つ大島に住む村娘のリオリールという少女をアカデミーに誘いたいのは、私情も少なからず影響していると思われた。

 

「まぁ優秀な者が増える分には損は無いしの。 良いんじゃないかね、シーバーシー君」

「ありがとうございます、モスフォイ学園長」

「じゃが、実際にリオリールという子を審査してからじゃな。 アカデミーの試験は難しいからのぉ」

 

 入学するにはアカデミーの用意する試験を突破しなくてはならない。

下は17歳。 上ともなれば40歳以上にして初めてアカデミー試験に合格できた者たちも居る。

この難関試験の免除となれば、厳しい試験を突破してきたアカデミー生たちの反感をリオリールが買うことになりかねないからだ。

 

入学させるとしても、無条件では難しい。

相応に前準備が必要なことは学園長が言葉にしなくてもシーバーシーは理解していた。

 

「リオリールは三つ大島の規定で、そろそろ15歳の成人を迎える頃のようですから、その時に審査や試験も兼ねてしまおうと思ってます」

「ふむ……まぁ好きにやってみたまえ。 この件はシーバーシー君に任せよう」

「ありがとうございます」

 

 この一連の流れを経て、シーバーシーは三つ大島に向かう旅船に乗り込む事になった。

恐らく、三つ大島で見れる素材について見識を深められる好機とも考えていた筈である。

 

アカデミーの大講師を務める一流の錬金術士として、三つ大島の激変した一部の植生(キノコ)について研究を始めることになるとは知らず。

リオリールを招致する為に、シーバーシー講師はメーテルブルクの港から意気揚々と船に乗り込んだのであった。

 

 

 

―――・

 

 

 

「んん? リオ、どうしたんだ? 釜の前で顔をしかめて……調合しないのか?」

「あ、お兄ちゃん。あのね、お兄ちゃんがこの前取ってきてくれた、このキノコなんだけど……」

「ああ、ロイヤルクラウンか。美味しいから見つけたら出来るだけ採ってきたんだけど、使えないのか?」

「うーん……いや、そうじゃなくて……なんかこれ、今までのロイヤルクラウンと違う……気がするの。普通のキノコじゃないかも」

「はぁ? 何が違うんだ?」

「う、何がって言われると……そのぉ、私も何が違うのか良く分からないんだけど……うーん……でも変!これ絶対変なんだよぉ~!」

「変なのはリオの頭なんじゃないか?他のロイヤルクラウンと同じにしか見えないぜ」

「なぁ!? お兄ちゃん、いくら妹だからって言って良い事と悪いことがあると思うんだけど! 訂正しろー!」

 

 がーっと両手を挙げて行われる少女の猛抗議に、兄と呼ばれた少年は、面倒そうに溜息を吐いた。

 

 三ツ島と呼ばれる最北端に位置する漁村・ユウバナ村。

 

このユウバナ村に、漁で扱う道具をしまう納屋の一部を片付けて、錬金釜が設置され、素材置き場に木箱があるだけのアトリエがあった。

 

母親譲りのクリーム色の長い髪に白い花とブリを象った人形が乗っているカチューシャで流し、快活な印象を与える大きな翠色の瞳。

首下にリボンの着いたブローチ。

大きく育ってきた胸元……を隠すフリル型の藍色ワンピースと肩口を守る大きな薄手のケープを身に着けている少女がアトリエの主である。

 

名前はリオリール・フェルエクス。 

 

近々15歳の成人を迎える予定のアカデミーで噂されていた人物であり、悪魔怪人レッドマンの希望である少女だ。

 

 リオリールが錬金術にのめり込んだ切っ掛けは、祖父の手記を実家で見つけた時だった。

 

50年以上も前に三つ大島から王国のある大陸へ、一人で渡ったリオリールの祖父が居た。

そして大陸で出会ったのが、錬金術という未知の技術であった。

その素晴らしさに魅了され、リオリールの祖父は錬金術を修めようと本業である漁師を一時的に廃止して、大陸へ数年の間住み込んでいた時期がある。

 

結局、祖父は錬金術を習得する事ができず、三つ大島へと戻り漁師として生涯を全うしたらしいのだが。

 

 子供の頃のリオリールはそんな祖父の手記を発見し、錬金術に強い興味を覚え好奇心を刺激されて、それからずっと錬金術を独学で学んで来た。

それこそ、若き祖父がそうだったように、リオリールも錬金術に魅了されたのだ。

憧憬に近い感情に突き動かされ、リオリールは15歳の成人になろうかという今でも、情熱を失うことなく真似事を続けてきたというのが実態だ。

 

爆発ばかりで親兄妹やユウバナ村の人達には迷惑をかけっ放しだったが、数ヶ月前に錬金術が初めて成功してからは目に見えて爆発の頻度も下がり、毎日が急速に変わっていったのである。

 

 そんなリオリールに兄と呼ばれた少年。

 

名はカスカル・フェルエクス。

 

リオリールとは双子の兄妹で、現在14歳の少年である。

こちらも母親譲りのクリームの髪(どちらかと言えば金に近い)を短く切り揃え、切れ長の目元が特徴的だった。

身の丈はリオリールよりも頭一つ大きい。

身長は母譲りではなく、大柄な父の方の血が濃かったようである。

 

漁師の息子でもあるからか、細身ではあったが同年代の少年よりかは筋肉がついているだろう。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん! アトリエに居る!?」

「エルオネ? 慌ててどうしたんだろう?」

「お兄ちゃん、ちょっと入り口の前を塞がないでよ! 邪魔ぁ!」

「うわ。 なんだよ、どうしたんだ?」

「あのね!ロイヤルクラウンを使った料理を食べた人が病気になったって! 大変なことになってる!」

「ええ!?」

「それは本当か、エルオネ」

「冗談でこんなこと言わないよ!」

 

 まだ12歳であるエルオネ・フェルエクスは活発でおませなリオリール達の妹だ。

フェルエクス家の中では次女にあたる。

エルオネの将来の夢は大陸に居る貴族や経済力のある旦那様を捕まえることで、田舎暮らしかつ貧相な漁村の産まれに不満があるらしかった。

 

いつかグラナート大陸にあるフィンデラーント王国首都でお金持ちの旦那を探し出す為、精力的に行商人の真似事を行って資金を貯めこんでいる日々だ。

そんなバイタリティと野望に溢れる12歳の少女、エルオネが商品を仕入れする先は村の人達の好意で分けてもらった物か、家族が用意した物だということだ。

 

「エルオネ、まさか持っていった商品の中に……」

「あったんだよ! お姉ちゃんが錬金術で作ったロイヤルクラウンのシチュー!」

「嘘っ、どうしよう!」 

 

 そして錬金術を修めたばかりのリオリールは、エルオネが行商を始めた際にお願いされて、商品を作って卸していたのである。

リオの住むユウバナ村の周りには深い森に繋がる森や海辺での採取地が多くなる。

 

当然ながら海、そして村の西側に広がる大森林の恩恵を受け日々の糧を採って暮らしている人達も多かった。

駆け出し錬金術士のリオリールが作れる錬金アイテムは決して多くなく、未成年でもある彼女の行動範囲は狭くなってしまう。

手軽かつ身近な物から調合を試すのは当然のことだ。

 

まだ自分の家族からの依頼ばかりとはいえ、錬金術で作ったロイヤルクラウンのシチューが原因だったとすれば、リオリールは居てもたっても居られない。

実際に売り捌いてしまったエルオネも、事の重大さに取り乱すばかりだ。

大金を稼いで大陸の首都を目指すという自身の野望もそうだが、自分が売り捌いた商品のせいで苦しむ人々が居ることに青ざめていた。

 

 混乱して取り乱す妹たちに、カスカルは手を叩いて声を上げた。

 

「はいはい! とにかく、二人とも落ち着け! 一度深呼吸しろって」

 

 胸を押さえたり頭を抱えたりして落ち着きを失った妹たちの肩に手を置き、少女たちを宥めた。

不安と焦燥が張り付いていて、顔色は悪かったが、カスカルは妹達が落ち着いた頃を見計らって声をかけた。

 

「リオ、確かさっき、俺の採ってきたロイヤルクラウンがおかしいって言ってたよな」

「う、うん。 またシチューを作ろうと思って素材を準備してたら、あのキノコが変な感じがして……」

「エル、売りにいったシチューって何時ごろ仕入れて、何時ごろ売り捌いたんだ?」

「え? えっと、お店を出したのが一昨日だから……うん、仕入れたのは三日前だよ。これは確かだよ」

「俺がロイヤルクラウンをリオに頼まれて採ってきたのも三日前だ」

 

 カスカルは顎を抑えて考えつつ、リオリールに目線で促して、その意図をリオは察した。

 

「うん、私がシチューを作ってエルに手渡したのも三日前のはずだよ……それで、その時は特にキノコに違和感はなかった……気がする」

「そうか……それなら、もしかしたらリオの作ったシチューのせいじゃないかもしれないな」

「……で、でも」

「ああ、まぁ実際のところは分からないけどな。でも、リオやエルのせいじゃないかも知れないだろ」

 

 納得がいっているのか、そうではないのか。妹達は曖昧にカスカルに頷いた。

 

「錬金術士は感覚が普通の人とは違うっていう噂もあるし、リオがキノコの異常を感じたのも今日初めてなんだ。勝手に焦って自分達のせいにする事もないじゃないか」

 

 とはいえ、このまま原因を特定しないわけにも行かない。

今からロイヤルクラウンを採って、異常が無いか見てくる、とだけ告げてカスカルは外出用の服と、武器として使っている銛を装備する。

 

「とにかく、勝手に焦って決めつけて行動しても意味なんか無いからな。村の人達には俺の方から、ロイヤルクラウンを食べないように呼びかけとくから、リオたちは母さん達に伝えておいてくれ」

「うん、村の人達が同じような病気になったら大変だもんね。分かったよお兄ちゃん、魔物に気をつけて……」

「ああ、分かってる。 それとリオ、エル。 二人とも思い込みで変なことするなよ」

「……分かった。今日はもう、家で大人しくするよ……あ、リオ姉。私、お母さんに話してくるね」

「うん」

 

 アトリエを飛び出していく兄妹を見送って、リオリールは胸元のブローチを握り締めて俯いた。

祖父の手記にあった『立派な錬金術士』になること。

それが彼女の夢である。

 

中和剤一本を作り出し、初めて錬金術を成功させた記憶に新しい、あの日。

 

三つ大島に錬金術士は居ない。

 

少なくとも、リオリールは子供の頃に錬金術士を目指してから話を聞いた事も出会ったことも無かった。

そんな自分が作り出した錬金術での調合アイテムで、人々を苦しめたかも知れないなどと、思いたくも無い。

 

 自然とリオリールの視線が地面から煮だった釜へと向いて行く。

祖父の手記に残された、たった一つのレシピ―――中和剤。

中和剤を初めて自らの手で作り出し、錬金術士として駆け出したあの日から、何をするかなど漠然な思いしかなかった。

 

だが、今は。

自分の産み出した物で苦しんでる人が居るかもしれない。 

 

 兄であるカスカルはああ言っていたが、リオリールの作ったロイヤルクラウンのシチューが原因であることも否定は出来ない。

それはとても、とても嫌だった。

リオリールは胸を手で抱いて、喉を鳴らす。

 

「キノコってことは、毒……だよね。 毒を中和する薬を錬金術で作れば良いのかな?でも、どうやって作れば良いんだろう……ううん、とにかく、やってみないと!」

 

 リオリールは掻き混ぜ棒に使うオールを手にとって俯いていた、蒼白い顔を上げて釜の前に立ったのであった。

 

 

 

 




●リオリールの家族構成
 父     ウータス    
 母     ユトネ    
 兄     カスカル  
 長女    リオリール 
 次女    エルオネ   
 三女    ミルミス   


●フィンデラーント王国
フィンデン王国(UD)とカナーラント王国(ヴィオ)が合併した感じの王国。 
首都近郊には季節ごとに噴火しまくるボッカム山みたいな山があり、首都には『にんじん』を模した超巨大ランドマークが鎮座している。

●メーテルブルク
大陸首都のメーテルブルク。元ネタはメッテルブルク。

●王国アカデミー
王国主導の教育機関。 錬金術を"含む"超巨大アカデミー。 
錬金術の他にも専門職を育て人材を集めている総合学園。
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