リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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07. 甘いお菓子を挟んで 2

 

 

 

 

 

 遠方には既に、中央島から『ふた島』を経由して渡って来た大きな船舶が合計で5艘見えている。

一番大きな、中央島所属を表わす旗が翻っている帆船にはユウバナ村の村長アムースコが乗っていた。

その隣、大柄かつふくよかで、目立つ赤色のコートを纏った男。 

大陸のアカデミーからやってきたシーバーシー講師の姿もあった。

シーバーシーの背後には、騎士の恰好をした壮年の男性の姿もある。

 

 そんな船舶の向かう先。

ユウバナ村の浜辺に、村の住民の大半が寄り添うように海を眺めていた。

浜辺の一角には、いよいよとなった 『帰還祭』 の為に大きな大きな鉄の鍋に、海鮮がたっぷりと盛り込まれた煮込み料理が用意されている。

 

 普段よりもユウバナ海岸に人が集まっているのは大嵐の影響もある。

ユウバナ村の今後も左右するとあって一際、アムースコ村長の帰還を待ち望んでいた人は多かった。

 

 大人たちの複雑な胸中を他所に、浜辺の脇の方で子供たちが騒がしく開票作業に勤しんでいる。

こちらも子供たちにはある意味で一大事。

普段は食べる事が殆ど無い 『甘いスイーツ』 の行く末を決める、開票作業であった。

 

 子供たちの代表として、カスカルが纏められたゼッテル用紙を一つ一つ捲ってはメモを取っていく。

そんなカスカルを手伝っているのはイッチである。

大概、こうした開票作業は地道で単純な作業だった。

雑談相手にイッチが選ばれたのは、たまたま彼の目についたから、という理由である。

 

「みなさん、海辺ではしゃいでいますね。さすが、海の近くに住む人々と言った感じです」

「別に海岸に皆が集まった時は、だいたいこんな感じだけどな……えーっとコレはワッフルか」

「ボクはあまり海には馴染みがないですから。海を怖がっていないというか、そんな印象を受けますよ」

「はは、まぁ海に慣れてないならそう思うかもな。 ああ、そういえば最近、この辺の海岸近くでアードラーが住み着いたって話も聞いたから、イッチさんも気を付けてくれ」

「そうなんですか、モンスターが出ることもあるんですね」

「ああ、稀にだけどな。 アードラーが海岸沿いに住み着くのは珍しいけど」

 

 そうした雑談の最中も、カスカルは開票の手を休めなかった。

 

「わっふる・・・わっふる・・・チーズケーキ・・・・わっふる・・・・チーズケーキ」

「なんだか呪文を詠唱してるみたいですね」

「いやだって、これ絶対大人の人の票も入ってるだろ。 子供の数と票数が合わないぞ……多すぎるって」

「甘味が好きな大人の人は多いですよ。 特に女性は」

「イッチさんもこういうの、好きなのか?」

「もちろん、ボクも甘いものは好きですね」

 

 リオリールとトルテは今回、お菓子の作成者となる。

 その為、浜辺には来ておらず、アトリエの中でお菓子作りの準備を進めているところだ。

 この開票作業が終わり次第、アトリエでお菓子の作成が始まるのである。

 

「えーっと、チーズケーキと。 んで最後が……ワッフルだな」

「ちょっと待ってくださいね、集計して……っと。 お、同票数で並びましたね」

「あー、数え間違いじゃないよな? もう一度数えるのは嫌だぞ、俺」

 

 同票数は想定していなかった、と頭を掻くカスカルに、イッチはややあって思い出す。

名前の記載の無かった投票用紙が掲示板に貼ってあった事を。

 

 

 

「くぅー! ワッフルじゃなかったかぁーっ!」

 

 

 結果、チーズケーキを振る舞う事に決まった事が伝えられ、リオリールは悔しそうに拳を握った。

 母と兄、一緒に家族で作った思い出のワッフルパウンド・マドレーヌ。 今度こそ美味しく食べてもらおうとリベンジしたかったのは、掛け値なしの本音だ。

 リオリールの横で開票結果を聴いたトルテもまた、かつて一度だけ父レッドマンに振る舞われたチーズケーキを作る事になって、小さく手を握る。

 

「よし……頑張る!」

「うん、トルテちゃん。 私も悔しいけど、美味しいチーズケーキが作れるように手伝うよ!」

 

 普段、ユウバナ村の復興の為に使う素材とは一変。

台所に並ぶような調味料や素材がズラっと並べられた机の前に、リオリールはヘラを取り出して意気込んだ。

 

トルテもまた、気合十分な様相でおたまを構える。

 

 今回はお菓子作りということもあって、リオリールは三つ大島で一般的な割烹着のようなものに身を包み、トルテはエプロン姿で三つ大島でも高価な『三つ牛乳牛』を手に取った。

 

 ワッフルパウンド、もしくはチーズケーキ。

 

 どちらが選ばれてもすぐさま調合できるようにレシピは考案済み。

 

釜の温度も朝一番から調節している。

ちなみに今のところ、試験的に作ったワッフルとチーズケーキは一度も成功しておらず、3回ほど産業廃棄物行きとなっているが、彼女たちの中では無かった事になっていた。

 

 

「よぉーし! 美味しいチーズケーキ、皆に食べてもらうゾぉー!」

「おー!」

 

 

 爆発すること2回。

 

 それでも浜辺にアムースコ村長を乗せた船が係留された、お昼頃にはリオリールとトルテの二人はチーズケーキをしっかりと錬金術で作り上げることに成功したのである。

 

・――――――――――――――――――――――――――――――――●

●普通のチーズケーキ      作成者:リオリール・トルテ

 

  レシピ:三つ牛乳牛*3・ピュアオイル・はちみつ・甘露の枝

 

 ● 効果       ● 特性

・HP回復(中)     ・量産品

・ふわふわ       ・あまい

            ・パサパサする

 

リオ「美味しいチーズケーキ! でっきたーぁー!」

トルテ「うん。 手応えあり」

リオ「ちょっとだけ皆より先に試食しちゃおうか?」

トルテ「そうだね、誰かがお腹壊しちゃっても大変だし……いただきます」

リオ「いただきまーす! はむっ!」

   ……

リオ「……なんか、別にまずくはないんだけど、すっごくパサパサする」

トルテ「メッチャ―ウマイネンのチーズケーキには程遠いね……まずくはないけど……」

リオ「うん、ほんと、まずくはないけど……」

●――――――――――――――――――――――――――――――――・

 

 

 特段、美味しいというには物足りず。

不味いと言うには行きすぎている。

……という何とも言い難い絶妙な味わいのチーズケーキが完成した。

 

 リオリールからすれば思い出のリベンジ、といかず。 かと言ってワッフルではなくチーズケーキという点で何とも言えない。

 トルテからすれば再現の失敗となり、かと言って普通にチーズケーキ特有の美味しさはパサパサしているが、ちゃんと感じ取れるので失敗とも言い切れなかった。

 

 二人ともそれぞれ、結論としては『微妙』である。

 

 成功とも言い難い、しかし失敗とも決して言えないこの微妙さ加減には、もどかしい感情しか残さなかった。

 錬金術士としても、お菓子作りとしてもである。

 

 ただ一つ付け加えるなら、チーズケーキそのものはお菓子として普通に食べれるくらいの出来合いであったのは幸いだろう。

 

「はぁ……なんとも残念さが残るけど、もう時間もないねトルテちゃん」

「今から追加で作るのは、時間も素材も足りない」

「うぅ~、結構気合を入れて作ったんだけどなぁ~、くやしーかも!」

「うん、普通に悔しい……」

 

 調合につかう素材はユウバナ村の人達がしっかりと揃えてくれていて、確保の難しい『はちみつ』や値段の張る『三つ牛乳牛』まで取り揃えてくれていたから、余計に悔しかった。

 

 調合後の釜の清掃や片づけをしながら、反省点などをお互いに話し合うリオリールとトルテ。

 でも二人とも分かっていた。

 お菓子職人のような料理の技術は無い。

 しかし錬金術であれば再現は可能だと考えていた。 それはリオリールもトルテも同様で。

 

 これは錬金術士としての腕前が、単純に一流のお菓子職人と比べて劣っているからだという結論になることを。

 

 錬金術士として、下手っぴだから、とても悔しさが残るんだ、と。

 

 勿論、すぐに錬金術士としてお菓子職人と並ぶほどのチーズケーキを創りだせるとは思ってはいなかった。

 むしろ、この結果も今のリオリールやトルテの腕前からすれば上々の成果物だったのかもしれない。

 

 あらかたアトリエの片付けも終わり、反省会も一段落すると、気まずい沈黙がおりてしまった。

 そんな空気感を変えるように、アトリエの玄関の扉がダン、と叩かれる。

 返事を待たずに開かれて、ドアの前に立って居たのは意外な人物だった。

 

「おい、アムースコ村長が到着したぜ。 祭り用のお菓子は出来上がったのか?」

「わ、珍しいね、ヘーゲ兄さんが直接来るなんて。 うん、大丈夫。 人数分は出来上がってるよ~」

「……」

 

 ぶっきらぼうな低い声。 M字の額が特徴的なヘーゲが顔を出した。

笑顔で迎えるリオリールに、トルテはチーズケーキを持ち運べるように黙々と梱包作業へと勤しんでいた。

 

「ならいいや。 荷車をこっちまで回したから、一緒に浜辺に持って行こうぜ。 皆待ってるぞ」

「分かったよ! 今ね、持ってくまでに崩れない様に梱包してるから、もうちょっとだけ時間ちょうだい?」

「ああ。 いや、俺は今貰うわ。 おい、それくれよ」

「え、ヘーゲ兄さん皆と一緒に食べなくて良いの?」

「……ああ」

 

 そういってヘーゲは手を突きだしたのは、玄関のドアの前に来たリオリールではなく、机の前で作業をしていたトルテの方へと向いていた。

 リオリールは驚いてトルテの方へと思わず振り返り、トルテも水を向けられるとは思わずに手を止めてしまう。

 

「なんだよ、俺の分、もしかして無いのか?」

「ある、よ……」

 

 おずおずとトルテは梱包する手を止めて、一切れのチーズケーキをお皿に乗せるとヘーゲの元に差し出した。

 片手で受け取って、ヘーゲはしばしチーズケーキを品定めするように見やる。

 そして、手に取ったかと思うと、たったの一口で全てを中に入れてしまって、咀嚼を始めたのである。

 

「うわ、ヘーゲ兄さん……豪快だなぁ……」

「すごい……」

「でもそんな一口で食べる必要なんて無いのになぁ。 あ、そうだ、ヘーゲ兄、味の方はどう? 二人で頑張って作ったんだよ~」

 

 一口で食べるのはいくら何でも大きさ的に大変そうだ。

 

 実際に口の中に入れたヘーゲも、かなりの時間、パサパサ感が強くて口を開くことも出来ずに顎をひたすら動かして飲みこんでいた。

 彼はたっぷりと口の中に広がるチーズケーキの味を堪能しながら、視線を机や調合用に使っている鉄の釜に目を向けて。

 そして一言。

 

 一所懸命に作ったリオリールとトルテにとっては余り聞きたくない言葉が飛び出してきた。

 

「……あんま美味くねぇな」

「うっ!」

「ちょ、ちょっとヘーゲ兄ぃ! そこはお世辞でも美味しいって言うところなんじゃ無いんですかね~~~!?」

「はっ、お世辞を言ってもしょうがねぇだろう。 もともと俺は甘い物って好きじゃねぇの、リオは知ってるだろ?」

「んもぉー、にしたって、言い方があると思うんだけどーーー! むかつくーーー!」

 

 ヘーゲは口周りを拭きながらリオリールの声を受け流し、味の感想を言うまで待っていた目の前のトルテの視線と目を合わせた。

 自分の事を余所者と嫌う、年上の男性。

 はっきり言ってトルテは彼の事が苦手であった。

 

「でもよ」

 

 それでも、目を合わせて言ってくれた。

 

「不味くはねぇ。 多分、それはお前らが……そのなんだ、リオとトルテが頑張ってたから、不味くなかったんだと思うぜ」

 

 リオリールはこれまた、驚いたようにヘーゲの顔と、トルテの良く分かっていないような顔を交互に見やって。

 そして思わず吹き出してしまった。

失礼な物言いに憤慨していたのも、一瞬で吹き飛んでしまうくらいの衝撃だ。

 

 ヘーゲを初めとしてツルットマン家の人達は、遠回しな言い様をしない人達であることを、リオリールは知っているから。

 なんだか遠慮がちにそう言ってくれる彼が、リオリールには可笑しくて溜まらなくなってしまったのである。

 

「っ……あははははっ! もーう、美味しいなら美味しいって素直に言えばいいのに、ヘーゲ兄さん」

「ふん、美味くはねぇよ。だから、まぁ、次に作る時はもうちょっと美味いもんを食わせろよな。 さ、皆待ってるんだ。とっとと運んで村長の出迎えと行こうぜ」

 

 突き放すように言い放って、背を向けるヘーゲにクスクスと笑うリオリール。

 トルテは不思議そうに彼の背中を見送って、笑っているリオリールに視線を向けた。

 

「あはは、トルテちゃん、気付かなかった? ふふ、ヘーゲ兄さん、トルテちゃんの事を名前で呼んだよ?」

「? それが何?」

「あの人ね、村の人以外は名前で呼ばないんだ。おい!とかお前!とかしか言わないんだよ? ふふ、でもね。ヘーゲ兄さんは、トルテちゃんの事を名前で呼んだの」

「えっと……?」

「トルテちゃんがユウバナ村の住人だって認めたんだってことだよ」

「そうなの? でも……いきなり何で……? 理由が分からない」

「んふふ~、それはほら。 ヘーゲ兄さんが言ってたように私たち、結構頑張ったからかもだね!」

「……うーん。 良く分からないけど……でも」

 

 頑張って作ったチーズケーキを食べて認めてくれたというのなら、それは錬金術士として認めてくれたようでトルテは嬉しいなと思う。

去り際にヘーゲが残した言葉を思い返せば、次はもっと美味しいチーズケーキを寄越せと言っているのだと気付いた。

 

 トルテは空になったお皿の器を眺めて。

錬金術士として腕を研鑽する事に、今後も邁進するつもりなのだ。

今よりももっともっと、錬金術が上手くなれば、自然とチーズケーキもどんどん美味しく作れるようになるはずである。

 

 あのちょっと、関わりづらい雰囲気のあるヘーゲ。

いずれは彼が唸ってしまうような『絶品のチーズケーキ』を創りだしてみせようではないか、という気分に知らずトルテはなっていた。

 

「トルテちゃん、ヘーゲ兄さんがへそを曲げちゃう前に、チーズケーキ運んじゃおう!」

「うん、そうだね。 あの人なんか、怒りやすいっぽいし……」

「後は~、ああ、釜の火も消しとかないとね。 私アトリエ片付けちゃうから、トルテちゃんに運搬お願いしても良いかな?」

 

 アトリエの戸締りをしに行ったリオリールを見送って、トルテは残りのチーズケーキを荷車へと運び出した。

途中でヘーゲが手伝ってくれて、思ったよりも早く運搬を終えてしまう。

見た目通り、彼は凄く力持ちでいっぺんに運び出してしまうのだ。

トルテはとっても驚いた。

 

 

 

二人してリオリールがアトリエから出てくるのを待つ間、ちょっとだけ気まずい沈黙が流れて。

 

 

「俺は、この村が好きだ」

 

 

 口火を切ったヘーゲへと自然に視線が行くトルテ。

彼はアトリエから広がるユウバナ村の光景を見やりながら、柵に体重を預けて海の方を見ていた。

 

「だから、今回の災害も、どうしたってユウバナ村が無くなってしまうのは防ぎてぇって思ってる。この大事な時によ、錬金術なんていう良く分からない物が本当に復興の役に立つのか、今でも分からねぇしな」

「錬金術は、昔から人々の暮らしを支えてきた技術だから、絶対に役に立つと思う」

「ああ……その通りかもな。だけど、俺は知らなかったし、不安だった。 なぁ、トルテ」

 

 ヘーゲは鼻を掻いて言った。

 

「へっ、余所者は嫌いだけどよ。ユウバナ村の為に頑張ってくれる奴は、俺は好きだ。だから、頑張ってくれよ」

「……うん、頑張る」

「約束したからな。俺も村の為に力を尽くす……だから、なんだ。その、今まで悪かったな……トルテ」

 

 そっぽを向いたまま、彼はそう言った。

慣れない謝罪だったのだろう。トルテはそのまま彼の言葉を受け取って、ややあってから答えた。

 

 

「今度また、チーズケーキを持っていくね。もっと美味しく作ってくるから」

「俺ぁ甘い物は嫌いだっての。 覚えとけよ」

 

 

 そう言ったヘーゲの顔には屈託のない笑顔が浮かんでいた。

 

 

 こうしてリオリールとトルテが作ったチーズケーキは、ユウバナ村の人々に振る舞われた。

評判は贔屓目ありで、まぁまぁと言った評価に落ち着いた。

味の感想は、それぞれに満足の行かないものとなってしまったが。

 

 

 リオリールとトルテ。

 

初めての錬金術で作った甘いお菓子を挟んで、ユウバナ村の人たちと錬金術を繋ぎ合わせる、確かな一事となったのである。

 

 

 

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