リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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08. 不格好なテディベアと幽霊少女

 

 

 きっとユウバナ村に暮らしている皆にとっては、何時もと何も変わらない日だった。

だけど、リオリールとトルテにとっては、違う日だった。

 

根底にあるものをひっくり返されたような、そんな一日。

 

 やっぱり、とリオリールは思う。

 

 

私は、知らない事ばっかりなんだ。

 

 

 

 

 

 深夜。 

フェルエクス家には戻らず、アトリエの二階で泊まる事になったリオリールは、ゼッテル用紙に錬金理論を纏めてる最中にぼんやりと、最近になって迎えた衝撃的な一日を振り返っていた。

 

事の発端はアムースコ村長が持ち返った中央島からのお土産だ。

援助物資を初めて、災害に立ち向か為の様々な道具や資材が運び込まれたのだが、その中には少なからず錬金素材も混じっていた。

 

 その素材を見ている時の事。

 

チーズケーキを村の子供たちと一緒に食べていた時、リオリールとトルテは錬金素材があると聴いて一緒にその中身を覗きにいったのだ。

その中にフロジストン・カーエン石・ライデン鉱を始めとした爆発物などを作成する素材もたんまりと入っていた。

 

トルテの様相が著しい変化を見せたのは、その時だった。

 

普段から少し物騒な事を呟くことが多い彼女だったが、素材を見た時から『爆弾作りたい』しか言わなくなってしまったのである。

本来、依頼されている調合アイテムが溜まっているので消化すべきなのだが、爆弾を作りたいモードになってしまったトルテは集中力が散漫になっていて失敗ばかりを繰り返してしまった。

 

「仕方ない、明日はもう爆弾作りに専念して、トルテを正気に戻す日にしよう」

 

 カスカルの決断によって、アトリエの作業変更が決定された。

 

翌日からはアトリエで爆弾を作る事に決まり、調合内容を決めて朝から作業をすること、しばし。

太陽がユウバナ村の真上を通過するくらいの時刻に、アトリエへ客人が現れた。

グラナート大陸の首都。 そこの大きなアカデミーで錬金術の講師をしているというシーバーシーという人物である。

 

 そんな彼との出会いは思い返すと困惑や衝撃の方が多かった。

リオリールにとっては今までにない程に錬金術という存在に、どれだけ無知であったのかを突きつけられてしまった。

 

 

まぁ、アトリエやリオリール自身の事はともかくとしても。

 

 

 シーバーシーと出会えて良かったなと思う。

アムースコ村長が無事に戻ってきて、中央島からの支援を受けられて村の大人たちは色めき立って居た。 

 

ユウバナ村の主産業、漁に出ることが出来るようになったのだ。

 

全てが元通りに、という訳にはいかないし、漁に使う船舶も中央島から貸し出されている物を暫く使う事になるだろう。

結局、アムースコ村長が最初に見立てた通り、ユウバナ村には大嵐の影響で生じた負債は600万コール以上となった事が告げられてもいる。

 

その内の100万コールは、アトリエの利益から還す事になっている。

ここからが、リオリールとトルテの本当の戦いになるのだ。

 

 

 アトリエの何処かから、軋む音がする。

 

 

アカデミーで大講師を勤めているというシーバーシーさんの来訪。

それに付随する色々な話があった。

分からない事も、これからの事も、何もかも含めて大きな転機を迎えたと思う。

 

 

だけど、今のリオリールとトルテは、できる事から手を付けて行くしかない。

 

 

 連日、アトリエの前に設置した依頼用の掲示板には何枚ものゼッテル用紙が張り付けられている。 

トルテと分担して依頼をこなしているが、出来上がった調合アイテムの出来合いはまちまちだ。

会心の出来で褒められる事も多いけれど、依頼者の納得いく物が出来ずに申し訳ない気持ちになってしまう事も多い。

感謝されることもあるし、表立っては言われないが微妙な雰囲気でお礼を返されることもある。

そもそも、依頼されたアイテムの作り方が分からずに断念してしまう事もちらほら。

 

そうした失敗を繰り返すたびに、リオリールは責任を感じてしまうのだ。

 

自分たちの我が儘でアトリエを建設してくれたユウバナ村の人達の為にも、負債をいち早く返還する為にもリオリールはアトリエの運営を成功させなければならないと感じていた。

朝から晩まで。

錬金釜の前で調合を続けるのは正直に言えばとても疲れる事もある。

 

 お菓子作りは良い気分転換にはなったのだが、爆弾作りは少し苦手だ。

爆発物を扱っているというのが、とても神経をとがらせてしまう。

たぶん、過去に起こした事故のせいだ。 リオリールにとって恐ろしい思い出である事件は、今になっても時折、身震いするくらいのトラウマだったから。

 

 錬金術に慣れてきたところとはいえ、やはりレシピは大事だ。

学びも得たが、爆弾作りという慣れない作業に付き合わされたリオリールは、非情に気疲れした一日となってしまった。

 

これから私はどうなるんだろう。どうするんだろう。

 

リオリールを兄のカスカルや遭難者のイッチまで、誰もが心配の目を向けてくれているのも実感している。

 

 

 リオリールは目を擦ってアトリエの二階で眠気と戦っていた。 

ちなみにベッドの中には末っ子のミルミスが、人形を抱きながら眠っているので、今日はリオリールはソファーで寝る事になるだろう。

眠気でぼんやりする中、妹のミルミスから受けた依頼を頭の中で描く。

睡魔に負けない様にリオリールは頬を叩いて、机の上に置かれたゼッテル用紙の把の一つ掴んだ。

 

 錬金術で創りだすアイテムの数々は、大まかにカテゴリー別けされている。

 

その事をトルテと出会うまで知らなかったリオリールは、実際に釜の前に立つ時以外は座学の時間を多く取るようになっていた。

きっかけは、何時かウニとたるを見ていたトルテの疑問から。

『ウニ』に植物と鉱石の二つの異なる性質があることを、リオリールは初めて知ったのだ。 

海に同じような形をした『くり』の認識は共通していたので、そちらに何も無い事はちょっと残念だったが。

 

 

トルテが用意してくれた座学用のゼッテル用紙を捲って溜息を一つ。

ペンを置いて身体の凝りをほぐすように伸びをする。

見上げたアトリエの天井は、まだ新しい建物なだけあって木目すらハッキリと見えるほど綺麗なものだった。

天井を見つめながら、リオリールはどれだけ自分が何も考えずに、錬金術に向き合っていたのかに打ちのめされる。

 

 

 アトリエの何処かから、また、軋む音がする。

 

 

 トルテが初めてリオリールのアトリエを見た時に、この世の地獄みたいな環境だ、と言っていた。

言われた当初は、自分の大切な場所であるアトリエを馬鹿にされたようで、正直なところリオリールは頭にきたものだが。

 

 錬金術士として見れば、それは真っ当な指摘だった。

 

 錬金術の調合に使う釜は、極めて重大な機材の一つである。 使用する釜が、出来上がった調合アイテムの品質や効果に直結するのも珍しくない。

調合時に爆発する原因は数多あるが、ちゃんとした錬金釜であればその爆発反応も抑え込めることがある。

錬金釜と、それを満たす品質の良い真水。

 

 実を言うと、シーバーシーさんが言うにはこの真水も、錬金術で作る『錬金溶液』が最も望ましいらしいのだが。

何にせよ、どちらも錬金術士としての仕事として見た時、これらを揃えている事が最低条件であるのだ。

これを疎かにすることは、建築道具を持たないで現場に来た大工みたいなものだ。 

真っ当に仕事を始める土台さえ揃っていないのだから、まともなアイテムを作ることなんて出来ないに決まっている。

 

 

 そうした仕事の土台を作ること。 

錬金術の土台を作る事をリオリールは軽んじていた。

錬金術でアイテムを作れて喜ぶだけなら、それでも良かったかもしれない。

『立派な錬金術士』を目指さないのなら、それで良いのだろう。

 

 

「はぁ……ちゃんと覚えないと駄目なのは分かってるんだけど、やっぱり辛いなぁ……」

 

 分かっているが、勉強は辛い。

 

 錬金釜、それに使用する水を初めとする、錬金機材の数々とその用途。

乳鉢・ハンマーなどと言った直感的に使い道が分かる機材から、アタノール・遠心分離機と言った習熟が必要なものまで。

実際にアトリエの中に用意できている機材は殆どないし、トルテから教えられただけの機材は想像することしか出来ないが、使い方、使い道を一つとっても多岐に渡る。

その全てを理解するには、実践だけでは補えない。座学で正しい知識を得なければ、事故に繋がる事を身をもって体験しているのだから。

 

しっかりとした知識を扱う術を、学ばなければ錬金術士として大成できないことを、シーバーシーと出会ってリオリールは再び強く実感していたのである。

実感はしているが、すぐさま覚えられるほど簡単なものでもない。

頑張らなきゃいけないのに。

ミルミスの依頼を達成する為にも、出来なきゃいけない事は数多くある。

 

 

そうした想いとは裏腹に、ゼッテル用紙を抱えたままリオリールは、ついに船をこぐ。

ギシギシと天井から音が鳴った。

 

「うみぅ。パメラぁ~、うるさいよぉ……」

 

真夜中。

珍しく釜の音が止んでいるアトリエの二階。

寝泊りする為のベットの傍に、熊の人形が置かれて、そんな彼女を見つめていた。

 

 リオリールは座ったまま眠気に負けて瞳を閉じた。

 

 

 

 アトリエから軋む音を、聴きながら。

 

 

 

―――・

 

 

 少し前の話に時間は戻る。

 

 

 大陸のアカデミーから三つ大島へ訪れたシーバーシー講師はようやく、といった形でユウバナ村に滞在することができた。

 

 中央島に着いた直後、ロイヤルクラウンの異変から急遽、実地での調査を行う事になり、本来の目的を果たすのに遠回りをしてしまうことになったのだ。

その目的とは、錬金術が普及していない『三つ大島』で、独学で錬金術士としての道を拓いたという、恐らく『天才』と思われる少女のスカウトだ。

 

身内の贔屓目がないと言えば、嘘になるだろう。

 

 シーバーシー講師の妻は貴族のアストリア家の血に連なる者。

アストリア家からは一人、駆け落ちのような形で飛び出した女性がいる。

それがリオリールの母親である、ユトネ・フェルエクスである。

 

 アストリア家に属することになったシーバーシーからすれば、いわば遠い親戚に当たる子供が錬金術士としての才能に溢れているのならば、アカデミーに招待するべきだと思ったからモスフォイ学園長に提案をした。

 

 ロイヤルクラウンの調査を勧める傍らで、毒性研究が一旦落ち着いた頃、アカデミーの講師であるシーバーシーは援助申請に訪れたアムースコ村長と出会ったのは幸運だっただろう。

 

そんな彼が、ユウバナ海岸から、村の入り口に入って飛び込んできた立派なアトリエを見た時は、心底から驚いた。

 

 

 

 

 突然だが、王国のあるグラナート大陸の話を少ししよう。

 

 

個人で開設するアトリエというのは大陸内でも名の知れた錬金術士が開設するもの、という認識が一般的である。

熟達して十全に仕事を遂行する事が出来て、かつ安全性が担保できていると示す、免許を取得していることが前提条件であるからだ。

街中で調合の失敗を起こしてボンボン爆発されては近所に迷惑極まりないし、爆発の規模によっては大事件となってしまいかねない。

アカデミーでしっかりと経験を積んで、独立試験に合格し、免許を取得した者にしか許されないのだ。

 

 過去には王国アトリエ内の爆発事故が切っ掛けで、災害が起きた事も一度や二度では済まなかった。

フィンデラーント王国の首都に存在するアカデミーでは厳格な審査によって許可証を発行しているくらいには、個人でのアトリエ開設は難しいものなのである。

 

だからこそ、錬金術が普及しているはずのない、この三つ大島で。

ユウバナ村の中央に どでーん と鎮座するアトリエを見てしまった時は暫く呆気に取られてしまった。

村の中央広場の近くに建てられたアトリエは、建築の都合もあってか密集した住宅の中心にドン、と鎮座している。

あの距離では下手をしなくても調合による騒音問題は発生している事だろう。

 

 シーバーシーはリオリールがどの様な錬金術士であるのかを頭の中で反芻していた。

大陸と違い錬金術の技術が発達していない中で、どのような環境で錬金術を行っているのか。

そして、どう錬金術を用いているのか。

頭の中で思い描く妄想は、子供の頃に未知を想像する感覚と似ていてシーバーシーにとって興味深い事だったのである。

 

そんな好奇心を胸に一杯にしたシーバーシーが、ユウバナ村のアトリエを見て最初に思ったこと。

 

 

 あ、アカデミーの規約に違反している、であった。

 

 

 

 現実的なところに注意が言ってしまう自分に、思わず苦笑してしまう。

 

「王国の法とアカデミーにおけるルールと規約がまだ、三つ大島という場所で適用されていないというのは分かっているんですが、いやはや……」

「職業柄ということでしょう。 何となく私にもその感覚は分かりますよ」

「そもそも災害の結果ですから、仕方ない事だとは理解してますが常識が邪魔をするというのはこういう時の事を言うんでしょうね……」

「はははは、気にしていませんよ」

 

 滞在初日での、アムースコ村長との1コマである。 

眉間を指で挟んで、眼鏡をかけ直しながら、シーバーシーは思い返す。

 

 

 

 さて、ユウバナ村を訪れて驚いたのは他にも多くある。

まず二人の少女だった。

リオリール・フェルエクス。 そしてトルテ。

三つ大島に存在しない筈の錬金術士が二人も居るという事に、面食らった物だ。

 

国家が主導で推し進める政策の一つ。 アカデミーによる人員の育成と技術の発展。

そこで曲りなりにも錬金術士という職業であり、大講師として務めているシーバーシーは、こと錬金術に関しては目敏い観察眼を持っている。

 

 そんな彼が好奇心をそそられ、興味を抱いたのはユウバナ村の広場を歩いている、二人の小さな子供。

 

 一人はリオリールの妹であり、フェルエクス家の3女である、10歳のミルミス・フェルエクス。

三つ大島に足を運んでからというもの、シーバーシーは彼女の存在にまず目を瞬かせた。

まだ子供であるミルミスの何がそんなに気になったかと言うと、彼女の持ち歩いている熊の人形だ。 正確に言えば、その熊についている宝石。

 

 そしてそんなミルミスと手を繋いで生気の感じられない顔で立って居た、黒髪の子。 イッチ。

 

シーバーシーはこの二人の子供を錬金術士として強い興味を抱かずにはいられなかった。

 

「ごめんね、少し良いかな、君たち」

「はい? すみません、貴方は誰ですか?」

「……」

「ああ、私は怪しい者ではありませんよ。 大陸から来たアカデミー所属の錬金術士、大講師のシーバーシーと言います」

 

 見慣れない人にやや警戒するように身を引く子供たちに、シーバーシーは大きなお腹を揺らして怖がらせない様に柔和な笑みを浮かべる。

それでも初めて会う大人だからだろうか。

ミルミスはイッチの背に廻る様に、人形を抱きながら隠れるように身を潜めた。

頬を掻きながら眼鏡を上げて、シーバーシーは苦笑した。

イッチが困ったように笑って、ミルミスと自分の名を告げて挨拶を返す。

 

「それで、シーバーシーさん、何の用事で僕たちに声を?」

「ああ、えっとですね。 イッチさん、でしたよね? もし間違っていたら申し訳ないのですが。あなた、ホムンクルスでは?」

「え」

「それとイッチ君の後ろに隠れてるミルミスちゃんの持っている人形。その胸につけている宝石を、もし良ければ少し見させて戴いても良いでしょうか?」

 

 すぐにシーバーシーが気付けたのは、錬金術と関わりのない三つ大島において、イッチとミルミスの人形が余りに目立っていたからだ。

 

木を隠すなら森の中では無いが、調合品や錬金アイテムが飽和している大陸で、イッチとミルミスの二人とすれ違っただけならばシーバーシーはこの子供たちの存在に気付かなかっただろう。

ユウバナ村という小さなコミュニティの中だからこそ、彼は気づいたのだ。

 

 熊を模した人形、その胸元にはめられているのは宝石だ。

それも生半可な技術で創られたものではない。 

大陸の錬金術士でもお目にかかる事は少ないだろう、超高度な技術でもって調合された貴重品のようにしか見えないのである。

見間違いでなければ、それこそ『賢者の石』に匹敵しそうなほど完成された物に見えた。

 

 これは錬金術士としての性と言っても良い。

呆気に取られるイッチを置いて、そう言ったシーバーシーへとミルミスは赤い瞳を大きく広げて目を合わせた。

 

 ミルミスは守る様に人形を抱く手に力がこもる。

 

「おじいさん……これは私の、大事な、大事な物なんです」

「おじい……こほん、まぁそうですよね。 いきなり申し訳ありません。ただ、私も錬金術士なものですから、気になってしまって」

「錬金術士ってことは、おじいさんはお姉ちゃんと一緒なの?」

「おや、ミルミスちゃんのお姉さんも錬金術士なのですか?」

 

 会話を聞きながら、ややこしい事になりそうだ、と思ったイッチは口を挟むことにした。

 

「……えっと、シーバーシーさん。 ミルミスはフェルエクス家の三女ですよ。錬金術士であるリオリールの妹です」

「ほう! それはまぁ! 巡り合わせが良いと言いますか。 丁度いいですね! これからお姉さんのアトリエに向かおうと思っていた所なんですよ」

「おじいさんは凄い人なの?」

「やや、どうでしょうか。 肩書だけはまぁ、いくつか立派っぽい物がついてますが、普通の人だと思っていますよ?」

「えっと、アカデミーの大先生だよ。ミルミスさん。錬金術士として、凄い人なんだ」

 

 呆けた顔から戻って来たイッチが話を捕捉する。

シーバーシーは機嫌良く大きな腹を叩いて、いやいやそんな、と快活に笑った。

そんな彼の服の裾を、何時の間にか傍に寄ってきていたミルミスがそっと引っ張った。

 

何度か言いよどんで、人形とシーバーシーの顔を見返して。

そして、やっと彼女は言葉を紡いだ。

 

持っていた人形を、差し出すように手で抱えて。

 

「うん? 見せてくれるのかな?」

「あの、えっと……お願いが、あります」

「お願い?」

 

 

 

 幼い子供の真剣な嘆願を聞いて、シーバーシーは目を瞬かせた。

 

 

 

 

 

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