リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
フェルエクス家には3人の女の子が居る。
その誰もが、ユウバナ村の子供たちの中である意味、尖った性格をしている子ばかりであった。
あえて悪意ある言い方をすれば。
ユウバナ村で人当たりの良い笑顔を持っている裏腹に、一番の悪名を持っていると言って良い。 釜に異物を放り投げて村を炎上させるヤバイ女。 長女のリオリール・フェルエクス。
ユウバナ村の中で最も意地汚さに溢れている、コールさえあれば悪魔にすら魂を投げうつ、野心に塗れたがめつい女。 次女のエルオネ・フェルエクス。
そして末妹でまだまだ子供である10歳の末っ子は、虚空に向かって独り言を延々と繰り返す、電波っぷりの光る、三女のミルミス・フェルエクスである。
さて、そんなちょっとだけ特徴的なミルミス・フェルエクスには忘れられない思い出がある。
それは彼女がどんな時も手放す事のない、古ぼけて不格好な熊の人形を受け取った日の事だ。
これはミルミスが7歳の頃の話。
綺麗に前髪を揃えた艶のある紫色の髪。 宝石をそのまま埋め込んだように明るい赤色の瞳。
父や、母とは違う。
兄や、姉とも違う。
家族の誰とも似ていない、髪の色や瞳の色をミルミスは幼心に知っていて、それがとても嫌なものだった。
母のユトネは誰よりもミルミスの事を構ってくれていた。
困ったことがあった時、寂しいと感じた時、いつでもすぐにミルミスの不安を取り除くべく傍に寄り添ってくれた。
幼心に一度気付いてしまえば拭う事の出来ないしこりが残り、時折ミルミスは何も無いとこで突然泣き出し、家族の皆を困らせてしまうこともあった。
ミルミスが癇癪を起すと、感情表現が豊かな二人の姉が優しくしてくれた。
母と同じ髪色を揺らして暖かく迎えてくれた。
それが、また自分とは違う事を知って。
だから、ミルミス・フェルエクスはこの家族の事が世界でもっとも大切な人たちであると同時。
大事な家族の一員であるはずの自分が、容姿を含めて酷く異端であることに我慢がならなかった。
見ている物が違うからだ。
誰よりも優しくて。 誰よりも助けてくれる。
母の美しいクリーム色の長い髪が好きだった。
兄や二人の姉も、母と同じ黄色の髪を持っていて。
幼いミルミスにとってクリーム色の髪は母性と優しさの象徴であった。
そして父の黒い髪は、雄々しさと力強さのシンボルだったのだ。
そしてミルミスにはそんな家族の見ている物と違うモノが、ハッキリとみえていた。
『紫色の髪に、赤い眼。 どうして私だけ、違うの?』
ミルミスの真っ赤な瞳に映る世界に、家族が見えている物とは異なる存在が現れる。
誰よりも信頼している母のユトネに言った。
―――ねぇ、あそこに泣いてる人が居るよ。 ずっとこっちを見てる人が居るよ、お母さん。
誰よりも頼りになる一家の大黒柱。 ごつごつした大きい父のウータスへと、ミルミスは言った。
―――海に見たことも無い熊みたいな動物が居るよ、お父さん。 あれは何?
大好きな兄に、姉に、ミルミスは言った。
みんな、みんな何も無いよ、そんなのは見えないよ、とミルミスに教えてくれる。
あんなにハッキリと見えるのに、どうして家族の皆は見えないんだろう?
幼いころに気付いたその違い。
気付かなければきっと意味も無く涙を流して、家族を困らせる事は無かっただろう。
鏡に映る自分の姿を見るたびに、ミルミスの心の傷。
それは静かに、ゆっくりと育まれていった。
髪の色。 瞳の色。
自分だけは違って、自分だけしか見えない。
誰からも認識できない存在をミルミスだけが知っている。
家族との差異に気付いて、それを口に出す事が怖かったミルミスは、知らず口数が減っていった。
当然、一緒に暮らしている母のユトネは彼女の変化に敏感だった。
「ねぇ、あなた。 ミルミスの事なんだけれど」
「ああ、ユトネも気付いていたか」
「それはそうよ。 それよりも、心配だわ」
「……うむ。 心の問題だってことは、分かっているんだが……」
時間が経つほどにミルミスが自発的に話をすることが少なくなっていく。
逆に、一人で虚空に向かって声を掛けることが増えている事に、ウータスもユトネも気付いていた。
いや、一緒に暮らしているのだ。
双子の兄と姉妹も気付いてはいた。
しかし、その原因までは分からなかったのだ。
ミルミスは一度も家族との外見の差異に何かを言う事は無かったし、家族と同じ物が見えないという異常性にショックを受けている事なんて思いもよらなかったからだ。
日々を過ごすごとに暗い顔をする事が多くなった娘を、もっとも近い場所で暮らして寄り添っていた母のユトネはある日の朝、決断した。
「一度、お医者様に見てもらった方が良いかも……よし、決めたわ」
何か精神にも影響がある病気を患ったのかもしれない。
その可能性も検討し、一度『三つ大島』から離れたユトネの故郷。
大陸の首都『メーテルブルク』にミルミスと戻ることを家族と相談し、戻る事にしたのである。
相談した時に一番、反対の声を上げたのはエルオネだ。
ミルミスがそんな悪い病気になっていることなんて信じない、といった様子だった。
結局ユトネとリオリールに諭されて、エルオネは渋々と認め―――ミルミスは大陸に渡って医者に診てもらう事になったのである。
表向きはユトネが元気で『三つ島』で過ごしている事を報せる為に、実家に戻ること。
ウータスを追いかけて三つ大島に嫁ぎに来る前、ユトネはこれでも『アストリア』という王国貴族の端くれだった。
その伝手で腕の良い医者を用意して貰い、ミルミスに感づかれることなく、調べてもらう事にしたのだ。
そうした経緯から、ユトネとミルミスが家から居なくなった。
――――――――――――・
王国の首都・メーテルブルク。
長らく平和な王国では、のびのびと都市や文化が成長を遂げて、今やメーテルブルクの人口は40万人規模の都市となった。
当たり前の様に錬金術が使われており、その学習や技術的成長の為に作られたアカデミーも存在している。
そんなフィンデラーント王国が発足した当時から仕え続けてきた貴族の一つ。
アストリア家で生まれたのが、リオリール達の母親。
ユトネ・アストリアだ。
「まったく。 出て行くときも急であれば、帰ってくる時も大わらわで、我が妹ながら人を騒がせる事しかしないな」
「う、ごめんなさい、お兄様」
頭を下げながら娘のミルミスを抱くユトネに、現アストリア家の跡取りであるリヤド侯爵が溜息を吐いた。
左右に別けた金髪に、耳の辺りまで伸びた髪をくるくるとカールするように纏めて、貴族らしく口元の髭をたっぷりと伸ばしていた。
部屋の中にはリヤド侯爵と、今までのアストリア家を引っ張ってきた歴代の肖像画が丁寧に並んでいる。
ユトネには兄弟姉妹が6人いる。
そのいずれも母方の血が違うところは、流石に貴族と言ったところか。
こうして面と向かってリヤド侯爵にユトネが文句を言われているのも、貴族であるが為であった。
思い人が出来たと言って、家を飛び出したまま帰ってこなくなったユトネである。
そのまま子供が生まれるまで、一度も便りを出さずにいて、アストリア家では誘拐でもされたのでは、と捜索の為に一時期大きく動いた物であった。
三つ大島に居る事が確認できたは良いものの、当時は三つ大島の領土を王国領に組み込む最終段階。
重大ながらも細かな折衝が続いていて、貴族だからと言って押しかける訳にも行かない場所であった。
フィンデラーンド王国での外交面を考慮して、アストリア家の者が会いに行くことは出来なかったのである。
そして、久しくユトネから手紙が届いたと思えば。
出迎える準備を済ます前に侯爵の館の前までその足でユトネは来てしまったのだ。
これの何が問題なのかというと、ユトネは未だにアストリア家からその名前が消されていない事である。
つまり、ユトネ・アストリアは建前上、フィンデラーンド王国の貴族のままなのだ。
「それが市民用の牛馬車に乗って駆け付けるわ、農民の服でアストリア家の者だと喧伝するわ―――挙句、我が屋敷の門前で騒ぎを起こすなんて。 そもそも一日前に便りを寄越すなんて、非常識にも過ぎるだろう」
「もう、だから御免なさいって謝ったじゃないですか。 手紙が遅かったのは、多分私と同じ船で来たからです! 私だって、もっと前に準備が終わってると思っていましたし、リヤド兄様の対応が遅いと思ってわざわざ屋敷に直接来たんですから」
「アストリア家の品位や対外的な面子に繋がる。 妙な噂話を流されても困るんだから、そこは待って欲しかったがな」
「はぁ……ホント面倒くさいです、貴族って。 形式的な事が多すぎて疲れちゃいます」
「ユトネ、言っておくが君はまだ貴族なんだよ。 面倒だろうが、今後は同じことをしない様に頼む」
「そんなことより、ミルミスの事ですお兄様」
「そんな事にするな……コホン、まぁいい。 ミルミス……君の娘か。既に今日の朝に腕の良い医者と信頼できる錬金術士を呼び寄せている。 2~3日もすれば診てもらえるだろう」
落ち着かない様子でユトネの手を握っていたミルミスが、リヤド侯爵の声に眉を顰めた。
自分は何かの病気だったのか、と。
そんな不安な顔を見せるミルミスに気付いたのか、リヤド公爵はわざとらしく咳ばらいを一つ。
「ミルミス嬢、安心しなさい。 アストリア家に連なる子供には安全のために、何年かに一度、お医者さんに診てもらう決まりがあるんだよ」
「そうよミルミス。 お母さんも診てもらうついでに、一緒にミルミスも受けようっていう話になったのよ」
「お姉ちゃんたちもそうだったの?」
「……ああ、そうだ。何時もはユウバナ村まで人を送っていたが、今回は都合がつかなくてね。ミルミス嬢に来てもらったという訳さ」
「そうよ、だから安心して、ね」
「うん……」
そう安心させるようにユトネはミルミスの頭を撫でた。
ミルミスはリヤド公爵の顔を見て、そしてユトネの顔を見てからゆっくりと頷いた。
「……なんにせよ、長旅で疲れただろう。 部屋を用意してあるから、今日はゆっくりと休むと良い」
「お兄様、ありがとう……それと、本当にごめんなさい」
「ふっ、良いさ。 久しぶりに元気な顔が見れて安心したよ。迷惑を掛けている自覚があるなら、せめて心配させないよう便りを増やすことだ」
「はい。 今後は必ず便りを出しますわ。 さ、ミルミス、行きましょう」
ミルミスは見慣れない街並み、そして大陸の町で落ち着かない様子で頻繁に景色を眺めていた。
時折、その視点が一つの場所に留まって、やがて何かを追うように視線が動くことを除いて。
アストリア家でも随一の名医として知られている者が、ミルミスを診ている時もそうだった。
アカデミーから派遣された名う手の錬金術士が彼女の心身について調べている時も、ミルミスの視線の先は落ち着かない。
とはいえ診断の結果、ミルミスに異常は何処にも見られなかった。
フィジカル面ではまったく心配なしと医者からお墨付きを貰い、錬金術士からは情緒を安定させるという『そよ風のアロマ』を頂くだけで終わる事となったのである。
―――・
『う~~~ん、これはもう間違いないわよねぇ』
診断結果を聞いて安堵する母親と、姿を隠しているにも関わらず自らの姿を視線で追ってくる娘。
それを覗くようにして見つめる一人の少女は、夜空にふわふわと浮かびながら困ったように微笑んでいた。
薄紫とも白髪とも獲れる色素の薄い長い髪。 気品あるゴスロリ調のドレスに、愛用している外出用の黒い傘。
彼女の名はパメラ・イービス。
数多の時代を越えて世界を巡る幽霊である。
今現在は仮宿として、メーテルブルクにある有名な老舗『黒猫ノ亭』に住み着いているパメラは、ある日を境に都市の異常に気が付いていた。
その異常とは、一人の少女を取り巻くように、ゴーストや霊が集まり始めたのである。
通常、意思を持たない、あるいは気薄なゴーストや霊といった存在がある一点に集合する様になる事は稀である。
ましてメーテルブルクのような人が大勢集まる大都市になれば猶更。
それがどのような者や形であれ、魂が一か所に集まるというのは何かしらの意思が介在しなければ成り立たないのだ。
内因にせよ、外因にせよだ。
この平和な王国で何かしらの思惑が働いているのか、と気になって調査に乗り出したパメラだったが、その中心にミルミスという少女が居る事に気付くのに時間はかからなかった。
騒ぎにならない様に姿を隠しながらメーテルブルクを飛び回るパメラを、ミルミスはしっかり視認し認識していたのである。
試しにパメラが手を振ってみれば、恐る恐るといった形で手を振り返してくる。
完全に隠れてみようと本気を出して存在感を消してみたが、ミルミスがパメラを見失う事は無かった。
気が付けば、パメラは逆になっていた。
ミルミスの事を、自然に目で追うようになってしまったのである。
超々ちょ~~ベテランの幽霊であるパメラでも、これほど輝くように霊体を惹きつける少女は稀。
ミルミスは桁の違う霊感を持ち、現世と幽世の境界。 その隔りが無い人だった。
そんなミルミスは危険な人でもある。
ゴーストたちからすればミルミスのような魂を惹きつける少女は、大概に『憑りつきやすい』
悪意ある霊が集まれば、ミルミスではない意思が生まれて事件にまで発展しかねないだろう。
それがどういう物になるのかは予想出来る事では無いが、楽観視して良い物では無い。
それは良い。
長く死んで霊体となって世界を渡り歩いていれば、このような特徴を持つ人も現れる事もあるのだとパメラは知っている。
ミルミスでなくとも霊感の強い人間が現れれば、パメラの知らない所で大きな事件が起きてしまう事もあるだろう。
もしかしたら前例もあったのかもしれない。
「でも知ってしまったら、放っておくのも具合が悪いわ~……え~いっ」
パメラは持っていた傘をバッと広げて、ミルミスの近くを巡る悪意ある霊体を追い払うように薙ぐ。
意思を持たない魂の集合体が、広がった傘に驚くようにして跳ねて霧散していった。
「もぅ~~仕方ないわね~、私が憑りついちゃいましょうか~」
こうしてミルミスの元にパメラは憑りつく事となった。
案内された部屋は客室とは思えないほど豪華な場所だった。
そんな場所で夜になって、ミルミスはそっと瞳を開けた。
視界には窓から差し込む月光が仄かに照らす、見た事のない天井が広がっている。
ミルミスの世界を象るのは、誰もが見ている景色と同時に、誰もが見えない光景が同時に見えている。
それは、見た事のない場所で、知るはずのないメーテルブルクの中でも、ユウバナ村に居た頃と変わらなかった。
隣で体温を感じる。
その背にそっと手をかける。
息を一つ漏らし、身をよじるユトネの背に抱き着くことしばし。 ミルミスはまたそっと目を開けてベッドから降りた。
月の灯りが差し込む窓辺に置かれている椅子に飛び乗って、見慣れぬ景色の夜空を覗き込む。
蒼く黒くどこまでも広がっていて、その中に白い星が瞬いて。
それら全てを覆うように数多の光点が空模様を彩っている中で、ふわりふわりと人の影が揺蕩っていた。
ミルミスは思わずその人影を目で追っていく。
どのくらいの時間、ミルミスは顔を上げていただろうか。
半円を描く月を沿うように、ゆっくりと建物を『通過』していって、その人影は闇夜に溶けてゆく。
他人とは違う視界の中で、人の影を見たのは初めての事だった。
「お母さん、お母さん」
「うぅん、ミルミス? どうしたの……」
「人が居るよ。 女の人が向こうに行ったの」
「? あっちの窓は中庭だけど……侵入者? まさか……」
そんなちょっとした騒ぎを起こしながら、ミルミスはメーテルブルクの日々を過ごしていたのである。
―――・