リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
「ねぇ、お兄ちゃん。 あのさ……ちょっと良いかな?」
普段は釜の前で爆発させる仕事をしているのに、珍しく錬金術の真似事をしていないリオリールから、カスカルは相談を受けた。
話あう双子を目敏く見つけたエルオネも、リオリールの相談に乗っかって。
「あのね、お医者さんに診てもらったミルミスが大陸から帰ってきたらもう、ミルミスのお誕生日も近いよね?」
「予定通りに母さんたちが帰ってこれるかは、分からないけど、まぁそうだな」
「お母さんが三つ島から出る前に言ってた話の通りなら、リオ姉の言ってる通りだよね」
「で? リオは何を言いたいんだ?」
「うん、それでね、帰ってきた時にミルミスが喜ぶような物をプレゼントしてあげたいって思ったの」
「リオ姉、私は賛成しまーす! ミルミス、元気なくなっちゃったもん!」
「プレゼントか……それは良いかもしれないな。 俺も気になってたし……でも、何を送れば喜んでもらえるのか……それに俺達はあんまりお金も無いし」
真剣に考え込む兄のカスカルの前に、いち早く意見を出したのはエルオネだった。
「でもでも、妹が元気になってくれる為なら、お金が無いなんて言ってられないわ!」
「うん、そうだよねエルオネ。 お金なんて、いらないもん。 待って、私、今どのくらいお小遣いが残ってるか持ってくる!」
「あ! 私も! まってリオ姉!」
慌ただしく自分の部屋へと戻る二人の妹を見送って、カスカルは困ったように顔を顰めて振り返った。
台所で普段するところを見たことが無い、家事姿をみせる父ウータスも微笑みを称えて送る視線とぶつかる。
「父さん……えっと、お金、借りることになるかも」
「カスカル、別に構わないさ、遠慮をするな。 それに、リオの提案は良い物だ。父さんが力になれる事であれば、何でも頼ってくれ」
「ありがとう、父さん。 ……にしても、具体的にどういう物が良いんだろう。やっぱり、あんまり高いプレゼントになると大変だし……」
「うん、確かにそうだ……おっと」
洗い終わった皿を落として割りながら、カスカルに頷くウータス。
照れ隠しのように咳ばらいをして、いそいそとお皿の破片を片付けながら、カスカルは父の代わりに洗い物を手伝い始めた。
「父さん、俺もやるよ」
「ああ。ありがとうな、カスカル」
言いながら、床に落ちた破片を拾ったウータスの視線の先に、今は子供たちも触れることが少なくなったおもちゃ箱が目に入る。
うん? とウータスは立ち上がっておもちゃ箱の前まで歩くと、そっと持ち上げて箱を開いた。
カスカルとリオリールの双子が生まれてから。
エルオネが生まれてから。
そしてミルミスが生まれてから、ウータスが自分で買った思い出のある幾つかのおもちゃが姿を現す。
殆どが幼児用の簡単な仕掛けが施された玩具である。
一番、真上に置かれていたのは、ただ何の仕掛けもない、毛糸で編まれた魚を模した人形であった。
他のおもちゃは少しばかり埃を被っていたが、この人形だけは殆ど新品のものでウータスが購入した覚えのない物でもあった。
顎に手をやり一つ。
ウータスが考えていると洗い物を終えたカスカルが声をかけてきた。
「父さん? どうしたの?」
「うん、いやな。 カスカル、この人形に見覚えはあるかい?」
「これは……ううん、ごめん。 見覚えがないよ」
二階からコールを抱えて戻って来た二人の姉妹にも尋ねてみれば、やはりこの魚の人形に心当たりは無さそうだった。
だが、人形という言葉にリオリールはハッとしたように気付いた。
ミルミスは手に何かを持って居たり、抱えて居たりすることが多いことに。
それが何であるのか、対象はまばらだったが、確かに最近はこういう魚の人形を持ち歩いていたような記憶が薄っすらとある。
ウータスが見つけた玩具だったり、普段から使うマグカップだったりする時もあるが。
そして、何か見えない物に話しかけるように、よく独り言をしているのだ。
リオリールの話に、カスカルも同意する様に頷いた。
「確かに……ミルミスは、何か手に持ってそれ弄っていたりすることが多いよな」
「誰も居ないのに会話をしてるような時もあるよね」
「お父さんは海に出かけちゃうから、あまり知らないかもだけど、ずっと部屋で独り言をしてる時もあるし」
「ふむ……そうか」
口数が少なくても、一人で居る時は言葉を発している。
その事にウータスを始め、気付いた事でフェルエクス家の子供たちは不安げな顔を見合わせていた。
「やっぱり、ミルミスって何か悪い病気になっちゃったの?」
「馬鹿、リオ。そんな訳あるか」
「でも……じゃあ、もしかして、ミルミスは私たちの事、嫌いなのかな?」
「お前たち……そんなことは無いさ。 ミルミスはお前たちの事を愛しているよ」
嫌われているんじゃないか。 そう言ったエルオネの不安そうな顔をみて、その頭をウータスは抱き寄せた。
子供たちの不安を掻き消すように、ウータスは柔らかい笑みを浮かべ、子供たちの背丈に合わすように座り込んで口を開いた。
ミルミスに、持ち歩けるような人形を、プレゼントしてあげよう、と。
「お前たちが愛情をこめて作れば、ミルミスもとっても喜んでくれるはずさ」
そう決まってからは早かった。
売っているものをただ渡すだけでは、自分たちのミルミスを愛する想いに気付いてくれないかも知れない。
そう考えた子供たちは、自分たちで人形を作ろうと決めて、ウータスもそれに同意した。
母のユトネが帰ってくるまでの間、子供たちの面倒を見る為に陸の上で過ごす事になったウータスは、慣れない家事の傍らに人形作りの勉強をするようになった。
人形を作るための道具や素材はカスカルとリオリールの双子が、アサハレ村やターラタラベ町まで足を運んで調達することに。
そしてエルオネは、ユウバナ海岸に出かけていた。
「エルちゃん。 最近よく浜辺に一人で出かけてるけど、何をしているの?」
「あ、ムーエンさん。 こんにちは~! あのね、ミルミスの為に色々してるところなの!」
「ミルミスちゃんの? あの子も大人しくて、良い子よね~」
「うん、私に似てめっちゃ可愛い妹なんだ! へへ、自慢の妹ってやつね! 将来はいい女になるわよ~~~!」
「まぁまぁ。 ふふ、それじゃ少しだけエルちゃんのお手伝いをしてあげるわね」
「ホント? ムーエンさんありがとう!でも大丈夫だよ! エルが自分で探したいんだ!」
熊の人形を作る事になったのは、ウータスがミルミスの言っていた言葉を覚えていたからだ。
海に熊がいる。
何を言っているのか、ウータスは理解が出来なかったが、我が子の言葉は意味が分からなくても印象深いものでもあった。
エルオネは熊を模した人形を作ると聴いて、熊にくっつける目や鼻などのパーツを、綺麗な宝石などに出来ないかと思ったのだ。
実際に宝石を買うことは難しい。
リオリールやカスカルのお金を借りても、父からお小遣いを貰っても、宝石を買うお金を捻出することがエルオネには出来なかった。
言えば勿論、ウータスは無茶をしても用意してくれるだろう、というのも子供心に分かってはいる。
でもこれは。
ミルミスに送る家族からのプレゼントとなる、この人形においてはお金の力で埋めてしまってはいけない気がした。
「はぁ……でも、宝石が海岸に流れ着くことなんて、普通は無いもんね」
それでもエルオネは毎日、ユウバナ海岸へと足を運んだ。
何か間違って、綺麗な宝石が海から流れ着くこともあるかもしれないと。
そんなエルオネの想いは彼女が海岸へと足を運んで10日目に、思わぬ形で報われることになった。
エルオネが見たことも無い形で、見たことも無い色をしたそれは、見たことが無くても間違いなく宝石だと思える姿をしていた。
透き通るような、完全なる深い蒼。
一目見て、完璧な形。
きっとミルミスのプレゼントの事が頭に無ければ、見つけたとしても綺麗な石だね、という感想で終わり放置されたであろう。
その宝石。
もし大陸の錬金術士がそれを見れば、目の色を変えて貴重な素材として持ち返る事だろう。
超一流の錬金術士も、努力の末に辿り着く最高峰の到達点の一つ。
エルオネがユウバナ海岸で見つけた宝石の名は、最高級品質の 『深蒼の石』 と呼ばれていた。
家族全員での人形作り。
初めての試みな上に技術が必要な人形作りは、お世辞にも順調とは言えなかった。
型を作るのも一苦労だ。
用意した生地やクロースは何度も作り直す上で足りなくなり、買い足すことも多かった。
昼は子供たちがそれぞれの時間を多く費やして布の裁断や型の下地を作る。
夜はウータスが荒々しい作りである型や当て布を整え、中身に当たる綿を詰め込む土台を作っていった。
不格好ながらも何とか形に成り始めた、不揃いな熊を模した人形が出来たのは、制作の開始から1ヶ月が経った頃だった。
何度も繕い直したせいで、布地が混ざり合って様々な色合いが残った姿は、お世辞にも調和のとれた美しい人形とは言えなかった。
胸元に取り付けられた『深蒼の石』が凄まじく美しさと完全さ。 そして余りに綺麗なせいで、余計にアンバランスだ。
「うぅ……青色に、茶色に、赤色に……何だか見た目が不気味な熊の人形になっちゃったね……」
「が、頑張って作ったけど不気味な見た目になっちゃったよなぁ」
「こんな物を貰っても、ミルミス喜んでくれるのかなぁ」
出来上がった人形を眺めながら、子供たちの話声が聞こえてくる。
机の前で三人並んで感想を言い合っている姿は微笑ましいが、その顔には不安が張り付いていた。
「リオ、エル、カスカル。大丈夫だよ。 綺麗じゃないか」
ウータスは苦笑しながら、彼らの後ろのソファーに腰かけ、子供たちを抱えるようにして口を開いた。
カスカルとリオリールもまだ12歳。
不安になるのも分かるが、努力をして作り上げたこの人形はウータスが欲しくなるほど魅力的な物だ。
「お前たち、そんなにこの熊の人形さんは変かな? お父さんは、とても良い人形が出来たと思ってるが」
「お父さん……」
「うん、でもでも、可愛くない……」
「可愛く無いか。 確かに、見た目はそうかもしれないな」
ウータスは手を伸ばして熊の人形を掴むと、自身の胸元あたりに引き寄せた。
自然と父親の動きを目で追っていた子供たちの前に、不格好な人形を抱えたウータスの顔が現れた。
「ここの手足の接合部。 中々うまく出来なくて、カスカルとリオリールが頑張って繋ぎ合わせただろう?」
「あ、ああ……」
「お、お父さん、あんまり引っ張らないで! も、もげちゃうよ!」
「はは。大丈夫さ、リオ。 ほら、この熊さんの目や、熊さんに着せる服をエルオネがちゃんと作って縫い合わせたじゃないか」
「ぬ、縫い合わせたというか、押し込んだというか……」
「ちゃんとした職人さんが作れば、それはもっと綺麗な物は出来るだろうな。 お父さんも人形を作ったのは初めてだ。だけど、こんなに父さんやお前たちの気持ちの籠った人形は、世界に一つしか無い。 ほら、こんな風に不格好でも良いじゃないか。 世界に一つだけの、この熊の人形を、お父さんはミルミスにプレゼントしたいぞ」
人形の手を挨拶するように動かして、ウータスはそう言った。
「ああ、そうだ。 ちょっとほつれている所や、部品が取れそうな所がそんなに気になるなら、ははは、帰って来た時にこっそりお母さんにお願いするとしようか」
「そうか、母さんは裁縫も得意だもんな! それなら……!」
「カスカル、お父さんも一応、頑張ったんだけどな?」
「あ、いやっ、それは」
「あははっ、お兄ちゃん酷いよ! でも、お母さんが直してくれるなら、可愛い人形になるかも!」
「うん! 私、お母さんがすぐに直せるように、裁縫道具の準備を万端にしておくっ」
「良いね、エルオネ。 リオリールもカスカルも、エルオネを手伝ってくれよ」
「分かった! そうと決まったら、すぐにロモイお婆さんの所で買い物しよっ!」
それから1週間後。
母のユトネは大陸から戻り、三つ大島の中央島からの定期船でミルミスはユウバナ村に戻って来た。
そして。
「ミルミス!」
「8歳のお誕生日!」
「おめでとう!」
大好きな兄と姉たちのプレゼントである熊の人形を、ミルミスは大きな感動と共に受け取った。
こっそりと解れた人形を修繕しようと、ユトネは熊を預かろうとしたのだが。
「お母さん、だめ」
「あら、困ったわね~」
母であるユトネにさえも、預けない程に。
その日からミルミス・フェルエクスは熊の人形を手放さなくなったのである。
鏡に映る自分の姿を見るたびに、ミルミスの心の傷は静かに、ゆっくりと育まれた。
髪の色。 瞳の色。
家族とは違うその容姿が、ミルミスには怖かった。
自分だけは違って、自分だけしか見えない。
そう、大陸のメーテルブルクから三つ大島のユウバナ村。その自分の家に戻ってきても、それは変わらなかった。
目の前でふわふわと浮いている、このユウバナ村の漁村には不似合いな、ゴシックな装いで佇んでいる少女が居る事も、誰も気づいていない。
ミルミスだけは見えている。
ミルミスだけが知っている。
だけど、今までと一つだけ違うことは、目の前の少女は明らかに。
『人間』の姿を保っていたということだった。
「あなたは誰?」
ユウバナ村に帰ってきて大好きな家族から、大きな愛情そのものとなった。
その熊の人形を抱きかかえ、熊の人形の近くから離れない形でメーテルブルクから一緒にユウバナ村にやってきた客人にミルミスは尋ねた。
違っていても、愛されている。
家族が苦労して作ってくれた。自分の為だけに作ってくれた。
世界で一つだけの、ミルミスにとって最も大事になった熊の人形を抱えると、心の奥底で勇気が湧いてきた。
変わりたい。
ミルミスはもっとウータスと。ユトネと。
カスカル兄と、リオ姉と、エル姉と。もっともっと、もっと話をしたい。自分を分かって欲しい。
大好きだから、愛しているから。家族の想いに、ミルミスも応えたいから。
だから、ミルミスは自分だけが違う事を話す為に。
「あなたは誰? 教えてください」
目の前の少女に、彼女たちの。 目に見えない、だけどミルミスだけが見える存在が何なのかを初めて確かめようと思った。
違う世界の事を知って、大好きな人たちに説明できなければならないから、と勇気を持つことができた。
この時、初めて8歳のミルミス・フェルエクスは、自分が違う世界を見ている事に本気で向き合えたのである。
『私はパメラ・イービスよ。こうして話すのは初めてね~、よろしく~』
「パメラ……さん。あの、私はミルミス・フェルエクスです。お姉さんのことを知りたいです」
『うふふ、良いわよ。私ね~、実は~、幽霊なのよ~!ばぁぁ~~~』
「ゆうれい……」
『やっぱり怖がってくれないわ~~、私ってダメね~~~』
その日から、ミルミス・フェルエクスの熊人形に憑りついたパメラ・イービスは、彼女の友人となったのである。