リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
長い話になる、と借りているアムースコ村長の家まで戻って、たどたどしく語るミルミスの話を聞き終えたシーバーシーは、腕を組んで頷いていた。
不格好な熊の人形、それはミルミスという少女にとっては、何よりも人生の中で大きな出来事だったのだと思う。
幼いころから悪意ある幽霊やゴーストが周囲に存在することに気付いていて、無防備であったとしたならば、精神に大きな影響を与えた事は疑いようが無かった。
ミルミスはパメラという幽霊少女と友人となり、そのパメラが彼女の周囲に集う悪意あるゴースト達を力で押しのけているという。
そして、熊の人形に埋め込まれた『深蒼の石』が、パメラという幽霊の依り代になっているのだろう。
『深蒼の石』はアカデミーの大講師であるシーバーシーも、一度だけしか見た事のない超高度な錬金術での調合品である。
そして『魂』の器として見れば、その代用品として最も適している錬金アイテムの一つと言えた。
偶然は重なっただろうが、シーバーシーは『深蒼の石』が彼女の手元にあることは喜ぶべきものだと思った。
「話してくれてありがとう、ミルミス君。それで、君のお願いしたい依頼というのは、パメラ君のことで良いんだね?」
そう、ミルミスからのお願いは、彼女の友人となったパメラ・イービスをユウバナ村の皆に―――特に家族であるリオリールなどに―――紹介したいという事だった。
心を塞ぎこんだ原因である、幽霊。そして現実と違う世界が見える瞳。
人とは違う事を認めて、受け入れて、そして明かす事。
まだ10歳になったばかりの少女。
彼女がその問題に相対し、解決する為に勇気を出すことは、きっと難しいことだったはずだ。
シーバーシーには幾つかの方法。
必ず成功するとは言えないが、錬金術によって他の人々がパメラという幽霊に気付けるかもしれないアイテムが思いつく。
気持ちとしては、今すぐにでも手伝ってあげたい。
だが、それはきっと彼女の姉であるリオリールが行った方が良いと思えた。
その方がユウバナ村というコミュニティでパメラ・イービスという少女が受け入れられる。
大陸では幽霊やゴーストは、モンスターとそう大差ない認識である。 三つ大島でもそうであろう。
そんな存在を見ることができ、触れ合うことが可能なミルミスの想いを先入観なく見れるのは、やはり家族だけだとシーバーシーは思う。
真剣な眼差しでシーバーシーを見つめるミルミスに、彼は言葉を間違えない様に慎重に口を開くことになった。
この一件は、姉であるリオリールにとっても大事になる。
シーバーシーはこれから彼女のアトリエへ赴くに当たって、ミルミスに着いてきてもらうように丁寧にお願いした。
「分かりました。私……リオ姉に頼んで見ます」
「それが、宜しいと思います」
「リオ、だめっ!」
「え!?」
シーバーシーが足を運んだと同時。 少女の叫び声が上がったと思ったら、アトリエは爆発した。
ドンっと腹の底に響くほどの音と衝撃が外まで伝わってきて。
ユウバナ村の規模には似つかわしくない、立派なアトリエの窓と煙突から大量の噴煙が立ち上り、おやおやとシーバーシーは苦笑した。
中は相当に煙で充満しているのか。咳き込みながらアトリエから何人かの子供が叫びながら飛び出してくる。
「けほけほっ、ったく、リオ。久しぶりに盛大にやらかしたな!」
「うええ、お兄ちゃん、でもだってしょうがないじゃん! 爆弾なんて作った事ないもん!」
「あんなにフロジストンを何個も放り込んだらダメだよ」
「う! で、でもでも、ちゃんと素材の分量は先に紙に書いておいて、そのまま試してみただけ……なんだけどなぁ」
「なんで急にレシピを自分で変えようとしたの?」
「良い思いつきだと思っちゃったの……」
「おばか。 リオのことだからフロジストンを増やした分、跳ね上がる爆発反応を考えてなかったでしょ」
「え! い、いやぁ~~え、えぇと……えへへ、注意はしてたはず……あはは~」
「マジで忘れてそうなのが我が妹ながら怖い……って、あれ、お客さんかな?」
そこでようやくシーバーシーに気付いたのだろう。カスカルが認識してくれたのを確認し、手を挙げると小さく頭を下げてきた。
リオリールがミルミスにも気づいて手を振り返し、トルテが考え込むようにしてシーバーシーへと視線を送る。
「こんにちは、初めまして。私は大陸からやってきた、シーバーシーという錬金術士です。よろしくお願いしますね」
「初めまして、シーバーシーさん。俺はカスカルです。こっちは妹のリオリール。その隣のがトルテです。 ミルミスを見てくれてたんでしょうか? ありがとうございます」
「初めまして、よろしくお願いします、シーバーシーさん!」
カスカルの握手に応じていると、興奮した面持ちでリオリールが手を差し伸べてきた。
リオリールにとって本物の錬金術士と出会う事になったのは、彼で2人目なのである。
当然、自分も錬金術士であるとは思っているし、トルテのおかげで少しばかり知識はついてきたが、無駄に育った胸を張れる自信は全く無かった。
挨拶に握手を終えると、リオリールはキラキラとした視線をシーバーシーへと向けながら口を開いた。
「凄いよ、お兄ちゃん! 本物の錬金術士さんに会っちゃった!」
「いや……本物って。 ていうか錬金術が出来るなら、全員本物ってことになるんじゃないのか?」
「え、でも、私とトルテちゃんは爆発いっぱいさせちゃうし……」
「私を巻き込まないでリオ。それより―――」
そんな兄妹の漫才が始まりかけた時、トルテは『ねこさんポーチ』の中に手を突っ込みながら、シーバーシーへと敵意ある視線を投げていた。
「貴方は大陸の錬金術士?」
「ええ、そうですよ。トルテさんでしたか―――おや?」
「ということは、あなたはおとーさんの敵ですね。爆殺します」
言うが早いか。トルテはポーチの中から先ほど作ったばかりのフラムを取り出し、シーバーシーへと蹴飛ばした。
その行動を咎められる人は誰も居なかった。
あまりに突然の凶行であり、出会い頭に爆弾を投げつけるなど、思いもしなかったからだ。
ゆっくりと転がっていくフラムをカスカルはただ見送って。
リオリールはアッ、という声を絞り出すのが精一杯で。
シーバーシーの足下に到達した時には、もう誰も止める事は出来なかった。
だが、フラムがその効果を発揮しようと、大きく光りながら膨張した時。
シーバーシーの首元に巻いてあるスカーフが一瞬で足下へと飛んでいき、フラムそのものを包み込んだのである。
本当に一瞬の出来事だったが、足下にあったフラムは爆発することなく、どういう原理か完全にその存在が消えてしまったのだ。
ひらひらとスカーフは舞い上がり、そしてゆっくりとシーバーシーの首元にまた巻き付いていく。
呆気にとられたようにトルテは口を開いたまま固まって、リオリールとカスカルも何が起きたのかを把握することが出来なかった。
「うーん、警戒されちゃいましたか?私は怪しいものでは無いですよ。それと、フラムを人に蹴飛ばすのは、褒められた行為ではないので止めましょうね」
「って、おい!ちょっと待てトルテ!お前何をした!?」
「トルテちゃん!いきなり爆弾を人に蹴飛ばしたら危ないよ!」
「な、なんで!?そのスカーフは一体……!」
「あはは、お守りみたいな物です。これは一応、私の旅のお供で良く持ち歩いているんですよ。名付けてヒラリマント君です」
そう言いながらシーバーシーは首元のスカーフを外して、トルテへと手渡した。
平謝りするカスカルにまぁまぁ、と声を上げているシーバーシーを無視して、リオリールとトルテは『ヒラリマント君』と呼ばれた物を食い入るように見つめてしまう。
大陸の錬金術士。その人が作り上げたという、調合アイテムとその効果。
リオリールとトルテに気にするな、という方が無理であろう。
・―――――――――――――――――――――――●
●ヒラリマント君 作成:シーバーシー
装備している人の危険を察知すると、自動で巻き付く『生きている』装備アイテム。装飾品。
布地の裏側は亞空間になっており、対象物を包み込むことであらゆる事象を現実世界から切り離す。
ただし、一度効果を発揮すると、しばらくの間は活きが悪くなり、ただのスカーフとなる。
時間が経つとまた、効果を取り戻す。
レシピ:ぷにぷに玉・(布)*3・???・???
● 効果 ● 特性
・生きている ・危険に飛び出す
・境界をつくる ・マッハスロー
・永久機関 など
トルテ「……っ、何で出来ているか、想像もできないなんて」
リオリール「わわ、凄い良い布を使ってるんだね。すごいサラサラだよ!」
トルテ「一応聞いておくけど、リオは分かる?」
リオリール「え」
トルテ「そうだよね……分からないよね……」
リオリール「ちょっと、トルテちゃん!」
トルテ「分かるの?」
リオリール「わかんないっ!」
●―――――――――――――――――――――――・
そんなやり取りを経て、トルテはシーバーシーの顔を睨む、しかし。
錬金術士としては今のトルテでは太刀打ちできないほど、高みに居る事を認めてしまっていた。
このふざけた名前がつけられた危機回避用の調合アイテムは、トルテには作成過程がまるで不明であったからだ。
使っている素材すらも分からないのだから、歯噛みするしか無い。
こんなことでは、世界征服の為に錬金術士を滅ぼせない。
トルテは焦燥を感じながらも、カスカルからポーチを没収され、この場で打つ手は無くなってしまった。
どちらにしろ、シーバーシーを相手には分が悪いだろう。
トルテは素直に従って、息を吐いた。
「それにしても、やっぱり大陸の錬金術士さんって凄いんですね~! あんなアイテム、見た事も作り方も分かりません!」
「あはは、これでも僕はアカデミーの大講師らしいんですよ。 肩書だけは立派なんですねぇ」
不器用なウィンクを見せてシーバーシーはおどけて。
続く言葉でアトリエの中をぜひ見せて欲しい、というシーバーシーにリオリールは案内を進んで買って出た。
トルテが迷惑をかけたというのもあるし、錬金術士の先生というだけでリオリールは興味心で一杯だったのだ。
そうして手を引かれて調合失敗の爆発をした跡のアトリエに足を踏み入れた、シーバーシーだが、すぐに絶句することになった。
釜がある。
いや、大陸で広く使われている釜ではない。
どちらかと言うと、これは普通の料理で扱う大きな鉄鍋に近いだろう。
爆弾を調合していたようで、盛大に爆発させてしまったようだから、鍋そのものが歪んで不気味な形になってはいるが。
「こぉ…れは……なるほど。 いや、納得です。しかし予想外でした、錬金釜での調合だったんですねぇ~」
シーバーシーはリオリールとトルテのアトリエの中を見て、納得と同時に驚いてしまったのである。
今、主流となっている錬金術の作業は、用途に合わせた専用の錬金術専用に作られた機材を用いて調合を行う事が殆どだ。
昔ながらに錬金釜を用意して、攪拌する作業は大陸でも殆ど見かけることが少なくなった『旧式』のやり方なのである。
しかし、考えてみれば当たり前の話だ。
大陸は錬金術が盛んであり技術的に体系立てられてアカデミーまで存在しているが、たいして三つ大島は錬金術とは無縁であった。
そんな三つ大島で錬金術を始めようと思ったら、旧式である錬金釜を用いた調合方法しか出来るはずがないのだ。
シーバーシーは机の上に置かれている、リオリールが作った解毒剤と、トルテが作ったばかりのフラムを手に取って眺める。
「出来合いは物によって疎ら……品質が良い物もあれば悪い物もある、か」
釜の中を覗いてみれば、大陸で使っている調合に最適化された錬金溶水ではなく、不純物の塊である海水に満たされている。
素材用のコンテナは空間が少しだけ広げてあるだけだ。 温度関係は手つかずなので、氷室のような役割は期待できそうになかった。
周囲を見渡せば調合機材は見た目が立派なアトリエとは思えないほど不足している。
シーバーシーは何度か頷きながら、解毒剤とフラムを置いて、錬金用に纏められたと思われるレシピを見てみた。
恐らく、依頼される物が多様に渡っているのだろう。
即席で考案されたような走り書きのレシピが多く、試行錯誤の跡が随所に見られた。
中にはその発想力に、どうしてその素材を選んだのかと舌を巻くほどの物も散見された。
キッチンの奥に放棄されている産業廃棄物の量が、苦難の証拠であるかのように高く積み上げられているのだから、最早言うまでもないだろう。
「なるほど。 まったく、驚きました。 リオリールさん。トルテさん。 君たちは、もう立派な錬金術士ですよ」
シーバーシーは素直に二人の少女を讃えた。
アトリエの環境下は悪く、旧式である錬金釜を使った錬金術は、凄まじく個人が持っている錬金術士としての才覚に左右される物である。
恐らく、アカデミーに在籍している殆どの錬金術士は、このアトリエでは依頼された調合アイテムを作るという作業を行うことが出来ないだろう。
この称賛を素直に受け取ったリオリールは飛び跳ねて喜んだが、一方でトルテは顔を曇らせた。
おや、とシーバーシーは思ったが、深く追求する事は無かった。
ユウバナ村の復興の為に、あらゆるカテゴリ・あらゆる作成物が求められる現状で、出来る限りを尽くしている事がシーバーシーには良く分かった。
このゼッテル用紙の束にある、見慣れないレシピの数々と自然物が中心に積み上げられた素材。そして、その作成物がそれを物語っていた。
そして、そんな彼女たちの努力と本気に、彼は同じ錬金術士として熱意に応えたい気持ちが湧き上がっていたのだ。
シーバーシーの本来の目的は、あくまでリオリールをアカデミーへ招致するための勧誘である。
だが、このアトリエを見て、リオリールとトルテを見て。
シーバーシーは思った。
申し訳程度ではあるが、手を貸したい、と。
「リオリールさんとトルテさん。少しばかり時間を戴いて良いですか? 僕とお話しをしましょう」
彼の提案に、リオリールとトルテは顔を見合わせたのだった。