リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
シーバーシーから提案された、少し話をしましょうか、という言葉。
その提案に、一も無く頷いたリオリール。そしてトルテはそこで衝撃を受けることになった。
まず前提として、リオリールとトルテは錬金釜を使った錬金術しか知らないし、それが大陸では古いやり方になっていた事。
リオリールはともかく、トルテもそうだったのは、一重にレッドマンが錬金釜を使った旧式の錬金術しか知らなかったからである。
ガイドブック等では当たり前の様に錬金釜だけで作られる調合物が紹介されていた。
実際に揃えられた参考書も釜を使う物ばかりだったので、新しいやり方が生まれているなど、レッドマンですら考えにも浮かばなかったのである。
話が弾み始めると、シーバーシーは二人の少女の才覚を実感することになる。
まずリオリールだが、あらゆる発想点が柔軟だった。
シーバーシーから得た知識を即座に転用できる考え方が出来ていたのである。
例えば、中和剤に種類がある事、その説明を行った時に特性や効果を 中和剤を経由 して『移植』する方法を思いついていた。
これはシーバーシーをして唸らせる一事であった。
前提としての知識を与えるだけで、錬金術の神髄に勝手に近づいていくような発想の持ち主。
これだけでアカデミーの講師としては、彼女を合格にしてあげたい位には驚くべきことだったのだ。
一方でトルテは、その知識量と錬金理論、その構築の速度に唸らされた。
シーバーシーはゼッテル用紙に走り書きしているレシピを全て見せてもらったが、釜を攪拌している最中でも理論を組み立て直しているというのだから、その回転の速さたるや一流と見做しても遜色は無いだろう。
実際に簡易的なテストである事を伏せて、質問に答えてもらったが、トルテは考え込むこと無くシーバーシーの問に即答している。
しかも、全て正解だった。
アカデミーでは体系立てて整理され、あらゆる資料をその場で確認できる。
しかし、トルテはその頭の中に全てが収められているのである。
三つ大島という錬金術に向いていない環境下で、これだけの理論を頭の中に叩き込むのに、どれだけの苦労があっただろうか。
シーバーシーには想像することすら出来なかった。
そして、知識と言うのは適切な場所で適した形で役立てなければ意味がないものだ。
その事を体験としても知っているシーバーシーは、瞬発力の居る場面でも知識を活用できるトルテの才覚に感心しきりである。
今、こうして幾つかの素材について話して居る時でも、シーバーシーから知識を吸収していることだろう。
目の前の幼い子供たちが輝き魅せる才能に、シーバーシーは年甲斐もなく興奮を覚えていた。
「ううむ、規約が無ければ今すぐにでもリオリールさんとトルテさんを、アカデミーに招待したいところです」
「へ? アカデミーの招待、ですか?」
「大陸の、アカデミー……」
口元に指を当てて首を傾げるリオリールに、腕を組んで考え込むトルテに苦笑する。
錬金術士としても幼い、二人の子供の才覚にシーバーシーは本題も忘れて話に聞き入ってしまったことに、この時に気付いたのである。
「ええ、僕の本来の目的は、リオリールさん。あなたをアカデミーに迎え入れたいので、招待を受けてくれませんか? という話だったんですよ」
「えええええ!? わ、私が大陸の錬金術士のアカデミーに!?」
「……あの、シーバーシーさん。それは無理」
「え!? トルテちゃんが答えるのっ!?」
「リオ、何を驚いてるの? だって、大陸のアカデミーに行ったら、ユウバナ村の復興はどうなるの」
「あっ、そうか!」
そもそも、成人の儀を受けない限りは三つ大島の人間は、三つ大島の外に出る事は禁止されている。
現状ではどちらにしろ無理な話ではあるのだが。
トルテの指摘通りにユウバナ村の復興を捨ててまで、アカデミーへと行くことなんてリオリールは出来ない。
だが、その事はシーバーシーもちゃんと折り込んで居たのであろう。彼は順序だてて、アカデミーに入学する為の手順を教えてくれた。
まず最初に、リオリールの成人の儀である。
これは必ず行わなければならない、三つ大島の伝統であり、リオリールもそこは譲れなかった。
「なので、成人の儀で行われる試練と洗礼……それを終えればアカデミー試験受けられるよう配慮します」
アカデミー試験と成人の儀は別物と処理する。
その約束をシーバーシーは先手を打ってしているのだ。 これは中々凄いことなのだが、当の本人たちはあまりよく分かっていないようだった。
リオリールをスカウトするに当たって、最初にシーバーシーが構想していたことでもある。
彼女がこの話に納得すれば、成人の儀の試練を乗り越えた時、リオリールはアカデミー試験への挑戦が認められ、合格すればアカデミーに入学することが認められる。
勿論、アカデミーに向かう事にリオリールが断れば、普通に三つ大島で行われている伝統的な試練を受けて、成人して終わりだ。
そして現状、この話で最も大きな枷となるのはユウバナ村の復興。
まずそもそも、錬金術で復興の為の道具を作る事は、大陸に居ても出来る事である。
アカデミーでの授業や試験と平行して、個人的な調合を行うことは十分に可能なのだ。
「首都であるメーテルブルクは港に面しているのをご存じですか? 数年前から船での三つ大島の定期便が出ているのですが──―」
ユウバナ村の復興の為に作られた道具は全て、シーバーシーの名で借りた貨物の枠でメーテルブルクから送ってくれるというのだ。
そこにかかる経費は全て、シーバーシーが負担して支払ってくれる事を約束してくれた。
貴族であることを差し引いても、この出費は大きな物だ。
彼も本来はここまで踏み込むつもりはなかった。
だが、このリオリールとトルテのアトリエを。
そして三つ大島に産まれた錬金術士を実際に見て、それだけの価値があると思ったのだ。 シーバーシーは自分が興奮していることを自覚している。
リオリールは復興の為に行う調合の場所がユウバナ村から、メーテルブルクに移るだけ、という話なのだ。
「それと、ユウバナ村に着くまで貴女を知らなくて恐縮だったのですが、私の裁量でトルテさんもご一緒にアカデミーに招待したいと思っております」
「え?」
「トルテちゃんも……」
「勿論、同じようにアカデミー試験という体で成人の儀の時に受けてもらう事になるでしょうが」
シーバーシーは人の良い笑みを浮かべながら、眼鏡の淵を一つ持ち上げて。
「悪い話ではないと思います、どうでしょうか?」
アカデミーの資料と思われる物を、机の上に取り出しながらシーバーシーは、にこやかにそう提案した。
パラリ、パラリとページを捲る音が響く。
リオリールとトルテの二人は、ソファーに腰掛けながら二人でカタログを、真剣な眼差しで見つめていた。
見ているのは錬金機材の販売カタログだった。
小さな試験管から、とても使い方が想像できないような大型の専用器具まで、そのカタログにはあらゆる物が値段と共に表記されていたのである。
これはアカデミーで一般販売されている錬金術用のカタログであり、シーバーシーは好きな機材を一つ、プレゼントしてくれることを約束してくれていた。
だけど、カタログの中身はまるで頭に入ってこなかった。
リオリールも、トルテも。
もちろん、自分の知らない錬金機材や道具は気にはなるけれど。
ぼんやりと浮かぶのは、シーバーシーの残した言葉の数々だった。
アカデミーの錬金術士が訪れたのは、二人の錬金少女にとって大きな出来事となっていた。
リオリールはカタログをめくる。
見た事も無い錬金釜が、サイズなどが大きく載せられていて、下の方に値段が129万コールと書かれていた。
その横に視線を移せば、これまた110万コールと、目が回りそうな金額で売られている。
旧式として、大陸では使われる頻度が少なくなったからだろうか。
それとも別の要因だろうか。
決して錬金釜での調合が無くなった訳ではないらしいが、それでも今では珍しい物となったらしく、釜は目玉が飛び出るほど高価だった。
調合専用の錬金釜は、当然の様に錬金術によって作られている。
調合の為だけに拵えた釜は、何よりも真っ先に用意しないといけない物。
アトリエという環境を整えるに当たって、一番に錬金術士が揃える仕事道具だ。
その金額は、とても今のリオリールやトルテに捻出できるような額ではない。
一番小さい、鍋と変わらないような大きさの物でも10万コール以上はする。
どれだけ調合中に失敗して爆発させても、殆ど瑕がつかないし割れないという話らしいので、使い続けていれば結果的にコストは安くなるのだろうが。
カタログに目を落としながらも、リオリールはシーバーシーの残した言葉が気になってしまう。
錬金機材のことも、アカデミーに招待されたことも、勿論そうなのだが。
一番はやっぱり、その後に人形を抱えながらリオリールの前に来た妹のこと──―
『さぁ、ミルミスさんからの依頼がありますよ。 本当は最初、僕にお願いされたのですが……この先は自分から伝えた方が良いでしょう』
「うん……あ、あのね、お姉ちゃん──―」
ミルミスからの依頼。それは、今まで知らなかった愛する家族の懊悩だった。
幽霊・ゴースト。
存在は聞いた事があるし、三つ大島でもモンスターとして出現したと噂されたことがある。
だけど、まさか家族であるミルミスが生まれた時から、ゴーストや幽霊に悩まされていたなんて、リオリールは今の今まで気付けなかった。
もちろん、ミルミス本人が話してくれなかったから、というのもあるけれど。
どうして気付いてあげられなかったのだろう。
どうして悩みを聞いてあげられなかったんだろう。
そして、そもそもどうやってミルミスのお友達である『幽霊のパメラ・イービス』さんを出してあげれば良いのだろうか。
シーバーシーは錬金術を使えば、幽霊であるパメラを認識する道具を作れると教えてくれた。
その理論や方法も、精査をしていないので確実ではないが、という前置きの下で解決のための導をリオリールに教えてくれたのだ。
だけど。
なのに。
リオリールには、シーバーシーが教えてくれたこと、話してくれた物が、まったくと言っていい程に何一つとして理解できなかった。
曖昧に頷いて浮かべた笑みは、きっと誰が見ても分かるほど引きつっていた事だろう。
愕然とした。ショックだった。
今までに無いくらいに、自分が無力だと思い知らされた瞬間だった。
祖父の遺した、くたびれた錬金術のレシピ。
子供の頃、私が錬金術を始めた切っ掛け。
私は愛する家族の為に 「立派な」 錬金術士になりたかった。
自分の錬金術士として目指していた根幹を、重たいハンマーで殴りつけられた気分だった。
「もっと錬金術のことを学ばないと、私は苦しい思いを抱えている家族でさえ助けてあげられない……! 錬金術があれば、ずっと悩んでいたミルミスの力になれる筈なのに……その方法だって分かっているのに、何も出来ないなんて」
カタログから顔を上げれば、机の上に置いてある、アカデミーの資料が視界に飛び込んでくる。
そして同じく、イッチによって纏められたアトリエへの依頼のゼッテル用紙の束が映りこんだ。
ユウバナ村の復興。
アカデミーへの招待。アムースコ村長に我が儘を言ってアトリエを作って貰った。
知らなかったミルミスの依頼。
錬金術士としての実力。 リオリールの進路に。
そして、成人の儀。
ぐるぐると想いが、やるべき事が、やらなきゃ行けないことが、洪水の様に頭の奥で渦巻いている。
「どうしよう……私、どうすれば良いんだろう……」
しばし俯いて、顔を上げた時。
リオリールはトルテがアトリエの一階に居ない事に気が付いた。
トルテが何処かに行ってしまったことにすら、彼女は思考の渦に放り込まれていて気づかなかったのである。
──―・
トルテはアトリエの2階、そのベランダから柵に手を掛けて海を眺めていた。
頭の奥で鳴り響いているのは、リオリールと同じように、シーバーシーが残した言葉だった。
『もしかしたら、トルテさんは新しい方式の錬金術の方が、向いているかも知れませんね』
知らなかった。
知らないままだったなら、きっと違った。
錬金釜で攪拌し、素材を反応させて調合することで、錬金アイテムを創りだす。
それが全てだと思っていた。
それで結果を出さなければいけないと思っていたのに、新しい錬金術なんて言われても分からない。
だが、カタログには見た事も聞いた事も無い、トルテの知識には無い錬金機材がいくつもあった。
その用途も、その使い方も、多分シーバーシーがユウバナ村に訪れなければ決して、知ることが出来なかった物。
300万コールとか、200万コールとか、目玉が飛び出すような大金が並べれていて。
トルテは最初こそ物珍しさや、錬金機材についての考えを巡らせていたが、やはり行きつくところは、シーバーシーが残した言葉だった。
『新式の錬金術なら』
トルテがアトリエの二階に上がる時に声を掛けたリオリール。
彼女はカタログを捲りながら、思い詰めている表情をしていて、トルテの声には気づかなかった。
その時に、たまたま視界に入った、自分が作った解毒剤とリオリールが作りだした解毒剤が置いてあった机。
アトリエにある依頼の中で一番大きい稼ぎになるだろう、ということでロイヤルクラウンの解毒剤は調合し続けている。
だから分かる。
トルテは、リオリールの作った解毒剤よりも品質の良い調合アイテムが作れない。
トルテは言葉にはしなかった。
いや、出来なかった。
リオリールの事は認めているけれど、それとこれとはやっぱり話が違うから。
ずっと胸の内に燻っていた感情はもう分かっていた──―きっと、嫉妬だ。
どうして同じ釜で、同じ場所で、リオリールの調合したアイテムより良い物が出来ないの?
それはトルテにとって錬金術士として、譲れない物だ。
錬金術士をこの世から滅ぼす為、爆殺しなくてはいけないのに。
敬愛している父から与えられた使命は、未だに成せず錬金術士を一人も倒せていない。
ようやく現れたと思えば、シーバーシーには簡単に。
動物をあやすように、頭を撫でられて脅威とすら思われてないレベルであしらわれる。
だって。
そんなの。
父が与えてくれた最高級のアトリエ。
子供の頃から、私が錬金術を始めた切っ掛け。
私はおとーさんの為に 「最高の」 錬金術士になりたかった。
おとーさんの為に、世界征服の為に、トルテにはそうならなければならない使命がある。
そしてそれは、そのまま自分の夢だった。
自覚することは遅かったが、それでも初めて描いたトルテの将来の展望を、このユウバナ村で気付けた。
最高の錬金術士として、おとーさんが世界を征服した後に、おとーさんの為の錬金術士を育てること。
今のトルテでは到底、その使命を。夢を追う事は出来ないだろう。
もし、アカデミーで行われている新式の錬金術が、その為に近づけるのであれば。
いや、新式の錬金術も旧式の錬金術も、全てを修めなければならない。
そうでなければ、最高の錬金術士に成ることなんて不可能だ。
アカデミーに行きたい。
今のままでは錬金術士として 「最高」 になれないから。
アカデミーに行きたい。
もっと、錬金術を学びたい。
アカデミーで学んでいる、教えている、全ての錬金術士。
他の誰よりも。
私は最高の錬金術士として──―高みに行かなくちゃ夢すら追えないのに。
『やるからには本気で、だ。中途半端な覚悟なら即刻この話は無かったことにする。 さぁ、どうする?』
アムースコ村長の問いかけと、真剣な顔。
『なぁ、ユウバナ村の復興の為に、頑張ってくれよ』
そして、目を瞑っていた瞼の裏に、ヘーゲの声が蘇った。
トルテは驚いたように目を開いて、手を掛けていたベランダの柵を思わず握り込んでしまった。
屈託のない笑顔を向けられ、トルテはアムースコ村長と、ヘーゲと、ついこの間に約束したばかりだ。
ユウバナ村の復興の為に、アムースコ村長に直訴して。
村に100万コールという物凄い大金である負債を背負わせてアトリエを建ててもらった。
それは何のために?
錬金術は必ず復興の為に役に立つ。錬金術で出来ない事は無い。ユウバナ村の為にと啖呵を切ったのだ。
トルテが自分から言い出した事だ。
だって、トルテには錬金術しか無いのだから。
それしか出来ないのだ。生まれてからこの方、それ以外の方法や、やり方など知らない。
そうやって、アトリエを建てて貰う為に。
言い出しっぺは、トルテだ。
それを投げ出してユウバナ村から離れて、大陸のアカデミーに向かう?
余所者は信用ならない、と言ったヘーゲやその取り巻きの眉根を顰めた顔が鮮明に瞼の裏に映りこむ。
「はっ……はぁ、はぁ、……」
気付けばトルテは胸元を抑えて、呼吸を荒げていた。
なぜ体調が急におかしくなったのか、分からなかった。
ただ、何故だか分からないが、とにかく胸が苦しくなってしまったのだ。
ユウバナ村の復興。
建ててもらったアトリエ。アムースコ村長、そしてヘーゲとの約束。
おとーさん。
リオリールとの差。錬金術士。爆殺。
言いつけである、成人の儀。
……アカデミーへの招待。
頭の奥を鉄槌で踏みつぶされたような気分だった。
自分の立って居る場所が、急に無くなってしまって宙に浮いているような感覚である。
「おとーさん……どうすれば……どうすれば良いのか、分からないよ……」
自分の服に身に着けている装飾品。
誕生日プレゼントで貰った、おとーさんとの繋がりのある小物類。
じゃらじゃらと。
両手で抱き寄せて、トルテは海から聞こえるユウバナの潮騒を、ただただベランダで聞き続けた。
────────────―・
大陸の首都・メーテルブルクから少し離れた場所には、深い森がある。
王国が出来上がる前まで遡る過去には、多くの人間が命を奪い合ったという戦地の跡だった。
悪霊や凶悪なゴーストが多く集うと言われているその場所に、レッドマンは居た。
「自らの滅びを自覚できる。 ふははっは、まったく、羨ましい物だ」
歩み寄るレッドマンに、蹲ったまま恐怖に歯の音を震わせる男は己の不幸を嘆いていた。
その男の名はリード。
かつてアカデミーに所属していた、マイスターの称号を授けられたこともある、高位の錬金術士だった。
このリードという男は、人の寄り付かない森の奥深くに、隠れ住んでいた。
「グリード・エングルード・リード。 今年で46歳か……アカデミーの施設の大半を破壊する計画を建てていたようだな」
その素行さえ真っ当であれば、アカデミー創設以来、並ぶ者の居ない天才、と評価されていたリード。
悪魔怪人レッドマンは、魔本の力で経歴を丸裸にしたリードに対して、確認するようにそう呟いた。
生い立ち・経歴、そして人には言えない隠していた……アカデミーの破壊。
まさしくレッドマンが求める人材として、最も適した者であった。
これからの計画が全て見抜かれている事に気が付いたリードは、口も開けずに苦虫を潰した貌を俯かせる事しか出来なかった。
既にレッドマンとは決着がついていた。
暗黒水・ラアウェの写本・テラフラム・ブリッツスタッフ……そしてリードの奥の手である人生を捧げて作り上げた極上品の『見えない鎖』と『N/A』
常人ならば投げつけ、鎖に拘束されるだけで息の根を止めてしまうだろう、凶悪な特性を持った殺意に満ちた数々のアイテム。
レッドマンはその全てを己の身体で受け止めていた。
そして、リードが放った虎の子。
アカデミーの破壊の為だけに造り上げた 『N/A』 は、片手で握りつぶされた。
己の錬金術士としての力を全て注ぎ込んだリードの作り上げた一品は、レッドマンの前には何の意味も成さない道具であった。
アカデミーを脱してから10年。
たった一人で心血を注いで研究し、復讐の為に作り上げた全ての調合アイテム。
リード自身の命を守る為だけに吐き出しても、まるで歯が立たない目の前の、赤い悪魔。
恐れおののき、震える彼を前に。
レッドマンはまだ、少しだけ期待していた。
「それで…………もうタネは尽きたのか? 『見えない鎖』……中々面白かったぞ。 その後に投げつけられた爆弾で……ほら、見てくれ」
レッドマンは震えて動く事の出来ないリードの目の前に、自らの腕を突きだした。
恐怖に歪む顔を持ち上げて、リードはレッドマンに言われた通りに見上げることしか出来ない。
レッドマンの腕、その毛皮にだが……ほんの少しだけ焦げた跡が残っていた。
「フフフ、フハッ、フハハハッハハッハハハァッ! 虫に刺されるような、ほんの少しだけの感触だったが、お前の爆弾からはダメージが体感できたのだっ! ああっ! 何時ぶりだろうか! 痛みを感じるなど! ハッ! ふはははははは! 素晴らしい! 素晴らしいぞ、グリード・エングルード・リード! お前のような錬金術士が居た事が、俺は本当に嬉しいんだっ!」
「ば……ばけものめ……」
「ふぅふぅ……っくっくっく、良いぞ……大陸にはお前のような実力を持った奴等が居る。 それが分かった時の俺の嬉び様が、リード……分かるか?」
「く、くそ……っ、お前の目的は、なんなんだ……俺の人生の目的を奪って、俺の全ての道具すら失わせて……っ! 一体俺に、何をするつもりなんだ! 悪魔、えぇっ!」
レッドマンはリードの叫びに、すん、と先ほどまで興奮したような様相はなりを潜め、小さく鼻で笑った。
再び魔本に目を落とし、レッドマンは告げた。
リードは大罪人になる未来だった、と。
それは事実である。
錬金術士はその技術を使い、悪意をフィンデラーント王国に向け、叛いてはならないと法律で定められているのだ。
アカデミーを破壊すれば、それは平和なこの国において前代未聞の大事件となったことだろう。
「つまりだ、貴様はすでに死罪が確定していた罪人と言えるな。 ならばだ。 死ぬ前に、役に立ってくれても良いだろう?」
「や、やめろおおおおぉおぉぉ! た、助けてくれっっ!」
リードの頭に、レッドマンの手が覆いかぶさった。
必死に顔を歪ませ身体を捻じるリードに対し、レッドマンはぐにゃりとお面を張り付けたような貌を歪ませた。
「安心しろよ……命など取らないさ。お前は、これから俺の為に、悪の錬金術士・レッドとなるのだからな」
リードの大きな悲鳴が、森の中に盛大に響き渡った……