リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
トルテは14歳である。つまり、リオリールとカスカルの双子とは同い年だった。
少なくとも、レッドマンの用意した三つ大島での年齢は、そうなっている。
目が覚めてもモヤモヤとした気持ちは晴れなかった。
夜明け前。
トルテはリオリールの部屋をそっと覗くと、机の上に突っ伏して眠っていた。
昨日から結局、彼女とはずっと顔を合わせても居ないし、話もしていない。
こんなことは、ユウバナ村に来てから初めての事かも知れなかった。
息を吐いて一つ。
アトリエから外に出れば、海の向こうが少しだけ赤く焼け始めた空が見えた。
朝を迎えたのだ。
寝ぼけた眼を擦って、トルテはまた溜息を吐き出した。
おとーさんの目的のために、錬金術士を排除しなくてはならない。
今までトルテは無意識的に考える事を放棄していたが、それはリオリールも含まれることに一晩考えていた時に気付いた。
いや、本当はもっと前から気付いていた。
使命を果たすという事。
リオリール・フェルエクスを殺す、ということ。
「……」
トルテはそのまま薄暗いユウバナ村を歩いた。
三つ大島の中央島・その地下奥深くに存在するレッドマンの居城。
そこからユウバナ村のある"みつ島"で、出会ったリオリールとカスカルの二人の友人。
「私は、何にも知らないね……」
生まれてきてから、この歳まで。トルテが知る世界は余りにも狭かった。
誰かと出会い、誰かと絆を深めることは、トルテにとっては新鮮で刺激的なものだったのだ。
その刺激の中には尻込みしてしまいそうになるほど、怖いこともあるけれど。
それを自覚もしていて、トルテはリオリールと出逢い。
そしてユウバナ村に来て、日々の生活を送る中で、新しい経験を目一杯に楽しんでいたのだろう。
やっと分かった。
少なくとも、この胸に抱く思い。その経験はトルテ自身が価値を認めている。
かつて納屋を改造してリオリールのアトリエにしていた跡地を過ぎて、坂道をゆっくりと歩く。
大嵐の影響もあったとはいえ、アトリエを破壊したのはトルテにも責任がある。
空が白く染まり始めた海岸。潮の満ち引きによって波が生まれて、鳴り響く音にもすっかり慣れてしまった。
海岸に降りて、じっと海を見つめる。
ユウバナ村。
トルテは、この村が好きになってしまった。
きっと今は誰よりも、トルテの事を知ってくれているリオリールとカスカル、双子の友人が居て。
その家族たちは優しさに溢れて、トルテが居候していることを受け入れてくれていた。
依頼を通じて錬金術の価値を、少しずつ知ってくれる村の人たち。
優しい声を掛けられる事も増えて、感謝を受け取った時のむず痒い感覚が忘れ難かった。
アムースコ村長は余所者の提案を受けれ入れてくれるほど、懐が深い。
立派なアトリエを作って貰って、そこで錬金術士としての自分の未熟さも理解することができたのだ。
嫌われてたヘーゲにも、認めてもらった自身の錬金術。
その錬金術が、あまりに未熟であることに、シーバーシーと出会った事によってトルテは改めて気付いてしまったから。
「私はユウバナ村が好き……」
それはもう、トルテには誤魔化すことが出来ない事実。
だから、トルテは怖い。
トルテにとっての至上命題。
存在価値はおとーさんの世界征服の役に立つためだと、本気で思っているから。
リオリールを殺すことなんて、きっともう出来ない。
そんな事をしてしまったら、と想像するだけで、トルテには言い様も無い恐怖が襲い掛かっていた。
誰かと絆を繋げば、誰かと想いを交わせば、それだけおとーさんとの約束は守れなくなってしまう。
「もし、アカデミーに行ったら……私は」
大陸の首都・メーテルブルクは錬金術の本山と言えるだろう。
多くの錬金術士、すなわちおとーさんの敵となる人間ばかりで溢れ返るはずだ。
そんな人達と一緒に暮らし、その仲を深めてしまったらユウバナ村の人達と同じように殺すことなんて不可能になってしまう。
何も知らなければ、トルテは幸せで居られたのかもしれない。
だけど、ユウバナ村で育んだリオリールとの思い出は、トルテには捨てきれそうに無かった。
おとーさんの為に、錬金術士を爆殺しなくてはならないのに。
爆殺するには、今のトルテの実力では遠く及ばなくて。
それなら、アカデミーに行き、新式の錬金術士を試し、自分の錬金術士としての実力を伸ばすべきだと冷静な部分が指摘して。
だけど、アカデミーへと向かえばユウバナ村で約束した多くの物事を反故にしてしまうし、仮にそこで友人が出来てしまったらトルテはきっとおとーさんの使命を完遂出来ない。
でも、ユウバナ村でずっとアトリエに籠っていても、きっと限界がある。
錬金術士として、大成はきっとできない。
おとーさんの為に、錬金術士として……自分の求めた夢さえ根幹から失われてしまうだろう。
「わからない……どうすればいいのか……」
思い悩みながら、トルテは海岸に沿って歩いていた。
少しばかり陽が昇って、朝日が眩しくなった頃まで。
足を止めずに、ゆっくりと歩いていた少女に、影が降りた。
「え?」
ふっと影になった正体に気付き、トルテが顔を上げれば、そこには赤い羽根を広げる大きな怪鳥が現れていた。
アードラーと呼ばれるそのモンスターは、グルルと喉を鳴らし、威嚇するようにトルテを睨みつけて唸る。
慌ててトルテが周囲を見回せば、モンスターの近くには子供と思われる大きな卵が、三つほど砂浜に埋まっているではないか。
知識と知っているトルテは、ポーチに思わず手を伸ばす。
だが、そこで気付く。
ポーチはシーバーシーへ凶行に及んだせいでカスカルから没収されて返却されていない。
「あっ……!」
フラムが無く、対抗する術を失っていた事にトルテは、顔を青ざめさせた。
そして、アードラーがそんなトルテを追い詰めるように、大きく翼を広げて吼える。
我が子である卵を護るためなのだろう。
勢いよく跳躍し、砂浜から粉塵が巻き上がって飛び込んでくるアードラーを視界に納めて、トルテは叫び声をあげる暇もなかった。
暴風と言って良い程の風が巻き上がり、トルテはその風に押されるようにして身体を泳がして尻もちをついてしまう。
向かってくるアードラーの身体が視界一杯に埋まったと思った瞬間。
何か、黒い物がトルテの目の前に覆いかぶさって。
その衝撃が頭に響き、トルテはそのまま意識を失ってしまった。
アムースコ村長がユウバナ村に戻ってくる時に、船の上で帯同していたのはアカデミーの大講師であるシーバーシーの姿が見えた。
その隣に、フィンデラーント王国の紋章が刻まれたマントを羽織った騎士がいて。
年齢はアムースコ村長と殆ど変わらない、40歳を越えた壮年の男性だ。
背丈は190cmを越えている身の丈の大きい男。
さらに分厚い鋼鉄の鎧を着用していることもあって、かなりの大柄で迫力のある人だった。
少なくとも、ユウバナ村のような寒村には、その出で立ちから不釣り合いの人物であることは間違いない。
まるで燃えているような赤い髪に、整えられた髭を揃えて、きっちりした騎士の恰好でユウバナ村の広場などに佇んでいるのである。
観光という名目で彼はこの三つ大島に来ているのに、彼は難しい顔をずっと崩さなかった。
そんな人だから、周囲の村人たちはどうも近寄りがたく、ユウバナ村の中でも浮いてる存在となっていた。
騎士の名は アドラウス・インヴェルン・アーテムハイド
フィンデラーント王国の騎士団の一つ『赤色騎士団』の団長であり、このユウバナ村には、とある目的をもって観光に来ている。
「それで、人探しはどうですか、アーテムハイド伯」
「……シーバーシー殿、私は休暇中です。爵位で呼ぶのはお止めください」
「おっと、そうでしたね。でもそれなら、もう少し愛想を良くした方が良いんじゃないかな? インヴェルン」
「悪かったな、苦手なのだ」
アーテムハイドは腰に下げた刀剣を履き直し、鎧の音を響かせて肩を竦める。
名目は観光ではあるが、シーバーシーとは友人関係であり、ユウバナ村へと向かうに当たって彼の護衛も兼ねていた。
アカデミーの大講師であるシーバーシーに護衛が必要か、と言われると疑問符が付くが、アーテムハイド伯爵からすれば護衛はついでに過ぎない。
シーバーシーが言うように、彼には人を探すという目的があった。
もっとも、見つかると期待している訳ではない。
いや、探し人が見つかる方が、もはや奇跡だろう。
「まぁまぁ。それにしても、良い所ですよね。このユウバナ村は。長閑ですが、活気もあると思いませんか?」
「うむ、大きな災害の直後だというのに、前向きな人が多い。強い人々だな」
「ええ、本当に。漁師というのは、そういう気質の人が多いのかも知れませんね」
「彼らが相手にするのは大自然だ……こういった村では、くよくよと悩んでる暇すら無いのかもしれん」
「確かに、そうかもしれませんね」
雑談もそこそこに、シーバーシーは用事があると言ってそそくさと村の中心へと向かって言った。
仲が深まったのか、ウマが合ったのか。
このユウバナ村に居る間、シーバーシーはよく村長宅へと足を運んでいるのを見かける。
そんな彼の姿を見送り、インヴェルンは潮の混じる嗅ぎなれない空気を大きく吸い込んで、背嚢を掴み上げると砂浜へと向かった。
何てことは無い、朝の散歩である。
インヴェルンはもう10年以上も、定期的に休暇を取って世界中の様々な場所へと足を運んでいた。
その目的は、亡くなってしまった妻が残してくれた、たった一人の子供を探し出す為だ。
産まれてきたその日、ただの一度だけ、インヴェルンは自分の子供を抱き上げた事がある。
小さな小さな、その身体を抱いていると、手伸ばして顔に触れてくれた。
インヴェルンと我が子との思い出は、それだけだ。
生まれてきてくれたことへ、感謝の涙を流した事は人生で一時ですら忘れた事は無い。
それから、王国に仕えている騎士であるインヴェルンは、家に戻ることも出来ずに妻の死と、子供の失踪を告げられた。
インヴェルンが住んでいるアーテムハイド家の屋敷が燃えてしまい、妻はその時に逃げ遅れてしまって亡くなった。
インヴェルンが大規模なモンスター退治の任務についていた最中の凶報だった。
ユウバナ海岸に向かいながら、懐から手帳を取り出す。
古びた手帳で、ずっと持ち歩いているせいか、くたびれて擦れている、その手帳は妻との思い出の一品だった。
何回か修繕した跡も見られ、大事に使われていることが窺える。
その手帳には、探し人の手掛かりが残されていた。
「手掛かりは二つだけ。 一つは目元の下にある黒子」
インヴェルンは妻の生前の最後の手紙で、自分の子供にできた特徴の一つとして、目元の下に黒子が出来た事を知ることができていた。
そして、もう一つの手掛かりが妻と二人で決めた、子供の名前だ。
本来ならば、フィンデラーント王国の伯爵家の一人娘として、登記されていただろう、その名前。
「アドラウス・トルテット・アーテムハイド」
任務で首都を離れる直前。
妻と取り決めた、我が子の名前を忘れない様に……と手帳に記された、この名前だけが手掛かりなのだ。
この二つの手掛かりだけで、インヴェルンは10年以上も消えてしまった我が子を捜索していた。
普通に考えれば、死んでいることだろう。
生きていればインヴェルンの下に娘の事は知らされるはずである。
それはインヴェルンも分かっている。
しかし、死体を確認したわけではない。
そもそも、忽然と消えてしまったのだ。
ならば、まだ生きているかもしれない。 生き延びて、健やかに育っているかもしれない。
この世界の何処かに、まだ居る可能性があると思うと、消えてしまった子供を捜索することをインヴェルンは止めれなかった。
立場場、女々しい行動とも思われかねないので、捜索が打ち切られてからは一人で世界を巡っている。
我が子に会って、どうするのか、という事さえ分からない。
いや、仮に見つかったとしても、今更だ。
親としてどう接して良いのかなど、まるで想像もつかなかった。
もう14,5年になる。
生きていれば、その姿はきっと大きく成長していることであろう。
残された頼りの無い2つだけの手掛かりだけで見つけられるなんて幸運は、きっと―――
インヴェルンは足を止めて、ユウバナ海岸で海を眺めた。
大嵐によって破壊された漁船の残骸は殆どが片付けられていたが、よく見れば移動の難しい竜骨の骨組みなどはまだ残っている。
しばし、インヴェルンはこのユウバナ海岸で何をするでもなく、海を眺めていた。
どれほどの間、そうしていたか。
そう長くは無かっただろうが、踵を返してユウバナ村に戻ろうとした時に、彼は人の気配を感じとった。
このユウバナ村に住んでいる子供だろうか。
年頃の娘にしては身長も低く、肉付きも華奢に見える。
色白であり、このユウバナ海岸にて陽が当たると真っ白のようにも思える。
薄い桃色の頭髪は短く大雑把にまとめられ、些か過多に思える装飾品を肩から、腰から、そしてふとももに張り付けていた。
じゃらり、じゃらりと音を鳴らして歩く様は、鉄鎧を着ているインヴェルンとそう大差ない騒音を撒き散らしている。
ブローチやペンダント、ネックレスに指輪、ポーチにハンマーに日記帳・メモ帳・コンパスとロープと水筒と鈴に試験管。腕に巻かれている大きな藍色のリボン。
装飾品や小物類の多さは、些かやりすぎな位で、独特のファッションだった。
こういった派手で、やたらと気合の入った妙な服装をしている人間は、大概が錬金術士であることをインヴェルンは知っていた。
「シーバーシーが言っていたリオリールという錬金術士の子供とは、いささか印象や姿が違うようだが……」
どうしてだか、その子供が気になったインヴェルンは声を掛けようかと近寄ろうとしたところで、大きな獣の声が上がった。
絶妙に曲がり角と絶壁が、視界を遮っていたようだ。
咄嗟に周囲を警戒し、大鎧を着ているにも関わらず素早い身のこなしで走り出す。
流れるように腰に履いた剣を鞘から抜き放ち。
直後。
少女の目の前に、赤色の大型化しただろうアードラーが今にも飛び込もうとするのが視界に入った。
「くっ! 間に合うか―――」
インヴェルンは言うが早いか、興奮状態に見えるアードラーと少女の間に向かって、一目散に駆けて抜刀した。
「―――『アインツェルカンプ』」
トルテが意識を取り戻すと、目の前に見慣れないおじさんが頭に手を置いて包帯を巻いてくれていた。
視界の奥には討伐されたのだろう、身体を真っ二つに割かれて息絶えている赤いアードラーが横たわっている。
「あ……」
「目が覚めたか。少しそのままジッとしてくれ。どうも君を抱えて庇った際に、頭を打ち付けて君の額が切れてしまったようでな」
「あ、ありがとう、ございます」
「私は騎士だ。人を護ることは当たり前の事だから、礼には及ばない」
「私、海岸に住み着いたアードラーが居るって事を聞かされて知っていたのに……本当にごめんなさい……ごめんなさい……」
平と謝る子供に、インヴェルンは慣れない様子で顔をしかめてしまった。
「……ところで、包帯を巻いていて気付いたが、君も目元に黒子があるんだな。私の娘にも、目元に黒子があるんだ。はは、だから君を護れて良かったよ」
慣れない笑顔を頑張って作るインヴェルンは、不器用な笑みであった。
モンスターに襲われた気落ちしている少女が安心してくれれば良い、そう思っての試みだったが、残念ながら彼は笑うのが少しばかり下手だった。
結局トルテが満足するまで、頭を下げられてインヴェルンは困ってしまったのである。
インヴェルンは頭を打ったトルテを、砂浜に流れ着いた倒木に座らせて、アードラーの寝床を探った。
モンスターの多くは討伐した際に、人々へ恵みをもたらす。
それは例えば、鎧の素材となる鱗だったり刀剣の素材となる爪であったり。
アードラーもその肉は多くの人々にとって御馳走となる食材だったりして、様々な用途が人にとってある。
トルテの見た目から、錬金術士であることを知ったインヴェルンは、そっとアードラーの築いた巣から卵を抜き取った。
動物の卵や羽は、一般的に錬金術士にとっては素材となる。
インヴェルンは騎士なので錬金術での用途は知らないが、トルテにとってはお土産として申し分ないだろう。
「私が貰っても、朝食にベーコンエッグが一品増えるくらいだからな。君が貰ってくれ」
「ありがとう……」
「具合はどうだ? 気分が悪くなったりはしていないか」
「大丈夫、だと思います」
アードラーの卵と羽を両手で抱えて、トルテはインヴェルンを見た。
彼はトルテにとって見上げるほど大きな人だったが、気が使える人なのだろう。膝を曲げて目線を合わせてくれている。
それは優しく、とても有難いことではあったが、少しだけ居心地が悪い物でもあった。
人と接することに慣れていない部分が垣間見えたと言えよう。
「体調が落ち着いたなら、ユウバナ村に戻るとしようか」
「……」
顔を俯かせてじっと戦利品である卵と羽を、懐で抱えて弄るトルテ。
ユウバナ村は好きだとトルテは思っているのだが、何故だか今はとてもアトリエに戻りたくなかった。
カスカルやイッチから、アードラーの巣が海岸に出来ていると注意されたのに、こうして頭に怪我までしてしまったからだろうか。
それだけでは無いんだろう。
トルテにはもう分かっていた。
アカデミーに行きたい自分が居て、ユウバナ村を裏切ってしまうのが怖い自分が居る。
顔を俯かせて黙ってしまったトルテを見て、インヴェルンはゆっくりと同じ倒木に腰を下ろした。
「何か、思い悩んでいるようだな……もし、私で良ければ話を聞くが」
顔を上げたトルテは、何だか申し訳ない気持ちがふつふつと浮かんでくる。
きっと彼が居なかったらアードラーに襲われて、大変な事になっていた。
いや、もしかしたら死んでしまったかもしれない。
初めて会った人に、命を助けてもらうだけでなく、悩みまで相談しても良い物かと。
考え込みそうになるトルテに、柔らかな低音の声が聞こえた。
良いんだ、と。
「時には親御さんや友人に言いにくい事も、旅先で出会った後腐れの無い人の方が、相談しやすいこともあるものだよ」
自分で持ってきていたのだろう。腰から水筒を取り出して、水を注ぎながらインヴェルンは続けた。
「それに、最初に君に言った通り。 君は私の娘と共通点があるのを知って、何だか放っておけないからな」
彼は器用にほくろがある目元を指でさし、トルテも釣られて自分の顔の目の下を手で抑えた。
「娘さん……じゃあ……あの、聞いて貰っても良い……ですか?」
「その前に、自己紹介だけしておこう。私はインヴェルン。観光でユウバナ村に訪れたばかりの、王国の騎士だ」
「私はトルテです。このユウバナ村で、錬金術をやっています。村の中央にある大きなアトリエで、普段は調合してる……」
「トル、テ?」
「? はい、トルテです」
「そうか……トルテ……」
何故だか驚いた顔をして固まってしまった騎士のおじさんに、トルテは首を傾げたが、すぐに疑問は氷解することになった。
「あ、いや、すまない。 私の娘もトルテットという名でね。似ていて、とても驚いたよ」
「そうだったんですね」
「歳の頃合いも近そうだ……まぁ、私の事は良いか。それで、トルテ君の悩みというのは、どういった物かな」
トルテは若干、話し始めるまでに時間を要したが、自分の考えを言葉に乗せてみると滑る様に声が漏れ出した。
話して居て、確かに何の関係も無い人の方が話しやすい事もあるのか、と考えにも及ばなかった事実に驚いてしまう。
自分がしたいこと。
このままでは父の託された役目を果たせそうにない事。
アカデミーの事やユウバナ村で人と約束したことなど、胸の奥で燻っていた思いの丈がスラスラと言葉となって。
途中でインヴェルンも確認のために質問をいくつか投げる以外は、じっと耳を傾けて聞いてくれていた。
波の音がザァと一際大きく響いた頃になって、ようやくトルテの話は終わった。
こんなに一度に自分の想いを言葉に乗せた事など、人生であっただろうか。
話を終えたトルテは、少しばかり恐れを抱きながら顔を上げてインヴェルンを見た。
そして、彼は言った。
「そうか、トルテ君。辛かったな」
短い一言で纏められた、共感する言葉に、思わずトルテは目尻が潤んだ。
きっと話した多くの事は、インヴェルンに正確には伝わらなかったかもしれない。
途中から話はとびとびになっていたし、上手く要点を伝えられたかも自信がない。
そもそもからしてトルテは、他人に自分の感情を伝えるのが得意ではないと自覚していた。
それでも、こんなにたった一言で染み入ってしまうなんて思わなかった。
思わず目元を手で拭う。
「親元を離れて自立しようとしているなんて、素晴らしいことだ。もっと胸を張ってもいいぞ、トルテ君」
鼻の奥が詰まって、グスッと音を立てる。
トルテは純粋に興味を持った。
こんなに優しくしてくれて、悩みを打ち明けたのもあってインヴェルンという人間そのものに興味が沸いたのだ。
自然と彼との話の中から、会話が繋がりそうな物にトルテは当たりを付けて口を開いていた。
「あの……娘さんも、私みたいに悩んで事があったんですか?すごく、あなたが話を聞くのが上手だから……」
「うん?……ああ、いや。実を言うと赤子の頃に別れてから、娘とは一度も会ったことが無いんだ」
「え?一度もない?」
「昔、屋敷が燃えてしまってね。妻は亡くなって、娘はその時に私の傍からは居なくなってしまったんだ」
なんてことを聞いてしまったのだろう、とトルテは慌てた。
そんな彼女に、インヴェルンは苦笑してトルテが落ち着くのを待ってあげた。
「私はね、娘は生きていると思っている。まだ死んだという証拠も無いからね。だからこうして、私は暇を見つけては手掛かりを下に、今も娘を探している」
「ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ無くて」
「分かっている。ただ……私も不安が無い訳ではない。もし娘が見つかったとしても、自分が父親として名乗り出る事は本当に正しい事なのか、と不安でな……」
幼過ぎて、自我が芽生える前に消えてしまったインヴェルンの娘だ。
もしも探し人が見つかっても、いきなり現れた大人の男性が、私が本当の父親だよ。
そう名乗り出ても困惑するだけであろう。
だが、それでも、とインヴェルンは続けた。
「父として願うのは、娘の幸せだ。例え会えなかったとしても、名乗れなかったとしても……子供が幸せに生きてくれていることを、ずっと想っている。そしてそれは、全ての親が願うことなのだろうと私は思う」
「……しあわせ」
「うん。トルテ君。君のお父さんも私と同じように、君がやりたい事をしてくれるのが一番良いと思っているはずだよ。 使命なんて関係なくね」
「私の、やりたい事を?」
「トルテ君の夢は。本当にやりたい事は、何だい?」
真正面からインヴェルンに見つめられ、トルテはその顔を見つめ返した。
やりたい事。
夢。
言葉には詰まったが、ちゃんと答えないといけないと思った。
トルテは決まっている。
ユウバナ村に来てから、思い描いた物だ。
「私は 『最高』 の錬金術士になりたい……おとーさんの為に、頑張りたい」
「うん、それで良いだろう。 君にとって最高の錬金術士になること。 良い夢だと思う。 他の誰でもない、トルテ君自身の人生だ。トルテ君が幸せを掴むこと……その根幹を忘れないで居ることが何事も肝要だよ」
「良いのかな……でも私、ユウバナ村の皆との約束を、破りたくない……です」
「勿論。 そこは、きちんと話を通すべきだ。 約束を破ってしまうことは怖いかもしれない。 だけど、ちゃんと話し合わないとならないんだ。 自分の為にも、約束を交わした相手の為にも勇気を持つことが大事だ。礼節と、夢の為に歩くための 『勇気』 だ」
ゆっくりと、トルテはインヴェルンの『勇気』という言葉を呟きながら、じっくりと飲みこんで頷いた。
そんな時だ。
トルテがお腹に抱えていたアードラーの卵から、パキっと小さな音が鳴ったかと思うと見る間に殻を蹴破って、元気なひな鳥が顔を出した。
それはトルテの顔をじっと見つめて、クゥと小さく鳴く。
突然、卵が孵ったことに驚いてトルテとインヴェルンはお互いに顔を見合した。
多くの鳥類がそうであるように、アードラーも同じような習性を共通して持っている事は、有名なモンスターであることから広く知られている。
「これは……トルテ君を親と認識してしまったかもな」
「え。ど、どうしよう、インヴェルンさん……」
「う、うむ。私も討伐が専門だから、こういったことは何とも……」
あれほど頼もしく思えた大きなインヴェルンが、ほとほと困った顔で頭を掻く姿に、トルテは思わず笑ってしまった。
手の中で返ったひな鳥が、もぞもぞと動いてトルテの顔を見つめては、細かく動いてはクゥクゥと鳴く。
「か、かわいい……!」
「ユウバナ村に戻ろうか、トルテ君。しかし、困ったことになったな……モンスターなんだが……」
「はい……あの、インヴェルンさん」
立ち上がって村へと促すインヴェルンを呼び止め、トルテは頭を下げた。
「ありがとうございます。私、ずっと悩んでいたけれど、自分の幸せのために……決めました」
「はは、役に立てたなら良かった。私も普段はメーテルブルクの王城に滞在している。もし大陸のアカデミーに来る事になったら尋ねてきてくれ。私が首都を案内しよう」
「はい、必ず行きます。あの……!」
「どうした?」
「娘さんが見つかるの、応援してます。 きっと、見つかりますから」
インヴェルンはトルテの心のこもった励ましを受けて、少しだけ驚き。
「その時は、ちゃんと父親だって教えてあげてください。 勇気をもって」
そして続いた言葉と共に、胸に手を当てるトルテへと微笑んだ。
「ああ、そうだな。 約束しよう、トルテ君」
「はい……私も、勇気を出して皆にお願いしてきます」
自分が励ました言葉で励まされて、インヴェルンは何とも爽快な気分になって一頻り笑う。
「ありがとう」
作りものじゃない、本当の笑みを浮かべて、インヴェルンはトルテへと礼を言った。
そして、二人は一緒に、ユウバナ海岸を辿って村へと戻っていったのである。
・
「んあ?大陸の首都のアカデミーにか?そんなん、別に行きたきゃ行けば良いんじゃねぇの?」
「い、良いの、ヘーゲ……兄さん……」
「わはははっ、お前はもう俺が認めた村の一員だぜ、トルテ。夢の為に頑張るっていうお前を詰るような奴ぁ俺が懲らしめてやるっての」
うっ、とトルテは顔を手で覆った。
想像していたものより、数百倍は優しすぎる回答が返ってきて、頭が熱くなる。
トルテは思った。
今日はインヴェルンと出会ってから、ずっと目元の栓が外れっぱなしみたいだ。
そしてインヴェルンと同じように、涙を流すトルテにヘーゲは困りはてた。
ヘーゲは幾つか質問をして、ユウバナ村の為に首都のアカデミーに行っても復興のために、便利な道具を送ってくれる事。
そして、アカデミーからユウバナ村に帰って来る事をトルテが約束すると、気風よく盛大に笑った。
「なんだよ、何も問題ねぇじゃんか。なら、お前が頑張るのを俺は応援するだけだ」
「ヘーゲ兄さん……ありがとう。私、がんばる。あの、ちゃんとチーズケーキも送るから!」
「ばかやろー、俺は甘ぇ物は嫌いだっつってるだろーが!」
ベシっとトルテの頭を叩いて一つ、ヘーゲは途端に顔を歪めて鼻を手で擦った。
叩かれた頭を両手で抑えて、呻くトルテ。
「あうぅ……頭が痛い、ヘーゲ兄さん」
なにも叩くことは無いじゃん、と抗議の視線を向けるが、降りかかって来た言葉に肩を落としてしまう。
「うっせ! んなことよりだ、お前が連れ帰ったアードラーのガキの方がよっぽど頭が痛ぇだろ。どうすんだ、アレ」
「はうっ……うぅぅ……私が皆の注意を無視したから、親鳥を殺しちゃったし……私を親だと勘違いしてるみたいだし……放っておけない……」
「モンスターを育てるなんて、聞いた事もねぇぞ」
「わ、私が責任を持つから……こんな可愛い雛鳥を、殺せないよ……」
「う~~~~ん、今更メシの材料にするのも確かになぁ……まぁ、何とかやってみるしかねぇか? 俺も知り合いに詳しい奴が居ねぇか聞いてみるからよ、後でまた俺の家に来てくれよ」
「あ、ありがとう、ヘーゲ兄さん……」
「へん、気にすんな。困った時はお互い様だぜ……しっかしアードラの雛って何を食べるんだ?やっぱ肉か?」
トルテは快活に笑って家の中に戻って行ったヘーゲの後姿に、しっかりと頭を下げた。
ピィと鳴くアードラーの雛鳥を一つ撫で、トルテはその足でアムースコ村長の下に向かった。
「怒る? いや、少しばかり残念な気持ちはあるが、私はトルテ君を応援するよ。私にも打算というものはあるけれどね」
アムースコ村長はリオリールも来たばかりだ、と朗らかに笑って優しくトルテの夢を応援してくれた。
彼が言う打算とは、錬金術そのものであることだと言う。
「トルテ君やリオちゃんが、錬金術士として大成してくれるなら、それは未来の投資と等しいものだ。何事においても投資をするというのは将来を見据えて行うものだからね」
リオリールとトルテが有名になればなるほど、三つ大島においてユウバナ村にとって大きな利益になるという事をアムースコ村長は知っていた。
なんせ、錬金術は大陸で最も力が注ぎ込まれている『確かな実績がすでに存在する技術』なのである。
フィンデラーント王国が発展してきたその裏側に、数多の錬金術とそれを扱う錬金術士が居た事は、歴とした事実であるのだ。
あの発展した大国で重要視されている錬金術を、ユウバナ村は三つ大島で唯一手に入れている。
アムースコ村長はユウバナ村にとってこれは大きなアドバンテージを持っていると、兼ねてから考えていたのだ。
「実際、リオちゃんに村を焼かれてしまったことは痛恨ではあったが……何とかそれも乗り越えてきたし、今回の大嵐にだって、我々は負けないさ」
だから、錬金術士として成長することを期待するよ、とアムースコ村長は言って
最後にちゃんと帰ってきて欲しいけどね、とトルテにそうお道化て締めくくってくれた。
イッチはトルテがアカデミーの入学試験を受けることに一も二も無く賛同していた。
イッチにとってトルテは、レッドマンから託された大事な護衛相手の一人であるし、命の恩人ということにもなっている。
怪人一号という役割の中で最優先はリオリールの身の安全の確保だが、リオリールとトルテが一緒に行動してくれた方がイッチにとっては楽でもあった。
そしてアトリエに戻ると、イッチはカスカルと約束をしていたのか。
カスカルに料理を教え始めて、二人がエプロン姿で肩を並べて騒いでいるのをぼんやりと見つめながら、机の上に置かれたカタログへと視線が向く。
「……錬金釜……古くなった錬金術の道具、か……」
思いも拠らなかった真相に、トルテはそっとカタログの表紙を撫でた。
今よりももっと、誰よりもずっと。
錬金術の『最高』に至る為に。
アトリエのドアが開く。
カスカルが出迎えて、顔を出した同じ錬金術士―――ユウバナ村で出会った、トルテの大事な友人と視線が交わった。
トルテはリオリールを認めて、椅子から立ち上がると自然、見つめ合う。
それからお互いにどのくらい見合って。
どちらともなく、声が出た。
「リオ……」
「トルテちゃん……」
そして、お互いの声が同時に重なったのである。
『私、アカデミーに行きたい!』
この日、トルテはアカデミー試験を受けることを正式に、ユウバナ村に滞在している大講師のシーバーシーへと告げた。
錬金術士のトルテとしての、本当の一歩を。
成人の儀でアカデミー試験を受け、踏み出すことを、決意したのである。
アトリエ特有の挿入歌アニメみたいなのを入れたい気分。
もし良ければ評価感想など頂けると嬉しいです。
次回更新はまたキリが良い所まで書けたら投稿しようと思ってます。