リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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02. 初歩こそ礎

 

 

 長閑な風景が広がるユウバナ村。

 晩夏も真っ盛りのこの村では、真昼間は気温が高い為に人々の活動は少しばかり緩やかになる。

 例年よりも復興の為に動き回る人が多いのだが、それはそれ。

 ユウバナ村で過ごす子供たちは思い思いに一夏を過ごしていくのだが、ここに一人の少女の不満が爆発していた。

 

「つまんない! ああ、もう、退屈だわっ!」

 

 フェルエクス家の次女。エルオネ・フェルエクスはうんざりするような顔を隠さずに吐き捨てた。

 でろーんと家の縁側でだらしなく身体を倒して寝転ぶ。

 

 何しろこの村には海以外には、なんにもない。

 

 ただでさえ何もないのに、今は災害を受けて更に何もすることがないのだ。

 勿論、エルオネも自分が出来そうな事で手伝えそうな事は積極的に関わっており、ユウバナ村を応援している。

 でも12歳の子供が出来る事なんて、たかが知れている、ということをエルオネはしっかりと分かっていた。

 

 そもそも、自分の得意の一つである商売の真似事は、所詮は真似事である。

 ユウバナ村の物流を支えようという試みなんて無理だし、モンスター出現の末、街道封鎖をされたせいで子供のエルオネは村に戻されてしまう。

 じゃあ村に残って何が出来るかというと、これまた何にもないのだ。 

 精々が簡単な雑用くらい。

 それも子供だからという理由で、ハッキリ言って疲れない程度の労働で終わってしまって居る。

 ここ最近は、陽が昇って真昼になる事まで雑用をすると、昼食を食べて、その後の時間は本当に、なぁーーーんにも無かったのである。

 

 まったく、暇だ。

 

 エルオネは思う。

 これなら、村から飛び出して大陸にでも渡り何処ぞのカッチョイイお兄さんを捕まえて、玉の輿を狙った方がよっぽど村の復興支援になるんじゃないか、と。

 いや、この際お金が貰えるならダンデーな叔父様で構わないかもしれない。

 

 復興するのに必要なのは物資や資材もそうだが、一番大きな助けになるのはコールだ。 

 つまり金だ。 

 金は凄い。なんでも実現出来てしまう。

 そうだ、欲しいのは金なのである。 

 エルオネは子供だが、大人だってお金が欲しいに違いないのだ。

 ユウバナ村の人でも、イモールさん達はお金は大事だって言ってたのを見た事があるから。

 これは間違いないと思っている。

 助けを貰うのに必要な 『縁』 とやらが必要なら、お金をいっぱい持っている人に嫁いでしまった方がよっぽど話は早い、とエルオネは思う。

 そうして捕まえた旦那様に支援してもらい、エルオネは裕福で不自由のない暮らしを手に入れ、ついでにユウバナ村も復興し、色々美容とかに気を使って好きに生きるのだ。

 

 まったく隙が無い完璧なプランがエルオネの頭の中で完成した。

 ―――まぁ、それは最高だったが、ふと真顔に戻って自分の身体と顔を触って息を吐く。

 

「ぬぅん……私みたいなガキんちょじゃ、良い人には相手にもされないよねぇ~……あー、早く大人になりたいなぁ~~~~~」

 

 子供と言われるのは嫌だけど。

 嫌になるくらい子供であることは分かっていた。

 見た目もそうだし、身体もそうだし。

 

 シーバーシーの来訪で大陸から来たという人達や、身分が高そうな騎士の叔父様などにエルオネは積極的に自分をアピールしていたが、成果は無い。

 確かに彼らはエルオネに優しくしてくれたし、煽ててくれて、褒めてくれて、可愛がられたと思う。

 よしよし、と言った感じで。 

 違うのだ。 

 あっはーん、うっふーんってしても眺める視線の質が違うのである。

 

 だから女としてよりも、子供として見られている事の方が多いのは嫌でも分かってしまう。

 ちょっとだけ無駄に育っている姉のドデカいおっぱいに嫉妬している。

 流石に妹よりは存在を主張しているが……

 

 とにかく、今は夢物語だ。

 現実にしっかりと向き合わなくちゃいけない。

 差し当たっては、この暇を何とかしたい──―出来ればユウバナ村の役に立つ方向にやる事を見つけたい──―のだが、いかんせんエルオネの頭では何をするべきか分からなかった。

 

 雲一つない陽が燦燦と照って居て、家の軒先で座り込むエルオネに容赦なく光が降り注ぐ。

 しばしぼんやりと、家の縁側で空の太陽を見上げていたエルオネはそのまま後ろに身体を倒して寝転がった。

 さぁさぁと風が吹いて、履いているスカートが捲れる。

 足をパタパタと無意味に上げ下げをしながら。

 

 反転した視界。

 眩さにくらんだ目が慣れてきて、影の在る家の中で熊の人形を抱えたミルミスが、布地を幾つか抱えて裁縫の準備をしているのが見えた。

 暇があれば最近は布と針を使ってチクチクチクチク。

 細かいところを何度も繕って、チクチクチクチク。

 エルオネも裁縫の経験は何度かあるが、あんなに集中して糸を手繰る事は性に合わない。 

 

 ミルミスは飽きずに糸を手繰っている。

 こういう時、趣味があるのは良いことだなーとエルオネは妹を眺めながら思った。

 

「いつもならカスカル兄やリオ姉を遊びに誘うとこだけど、今は忙しそうだしねぇ~……」

 

 ユウバナ村にリオリールとトルテのアトリエが出来てからという物、エルオネはまったくリオとカスカルに構ってもらえなくなった。

 そうなった原因も、構ってくれない理由もちゃんとエルオネは理解しているから何ともしがたい。

 

 いかに貧相で貧乏で何も無いクソ雑魚ド田舎の極み・ユウバナ村でもエルオネの故郷だ。

 その復興は大事だ、エルオネは口では馬鹿にしているがユウバナ村の事は大好きである。

 嫌いだけど、好きなのだ。

 エルオネはこの気持ちを上手く自分の言葉で説明することが出来なかった。

 

「エル姉」

「んあー?」

「邪魔しちゃダメだよ」

「そーだねー。でもさー、ミルミス。暇な物は暇なのよ」

 

 そう言いながら体を跳ねさせて元気よく立ち上がると、エルオネは勢いそのままにミルミスが座っているソファーの横へと滑り込んだ。

 むぎゅっと身体ごと押しつぶされて、ミルミスは両手に抱えた布を護りながら姉に迷惑そうな顔を向ける。

 邪悪な笑顔を向けるエルオネが、両手を前に構えていた。

 ミルミスはそんな姉の変貌した姿を見て、ひゅいっと身を引こうとするがソファーの肘掛によって退路が塞がれていた。

 

「そーんな事を言うってことは、お姉ちゃんの暇つぶしにぃ~……ミルミスが付き合ってくれるってことだよねぇ?」

「やだやだ」

「問答無用ー! 口は災いの下よー!」

「やぁー!」

 

 指先をわちゃわちゃと動かして襲い掛かったエルオネになす術は、ミルミスには持って居なかった。

 

 きゃーっと悲鳴が上がる中、幼い娘達の騒乱をユトネは眺めて苦笑した。

 

 

「うふふ、後で洗濯用の中和剤でも、リオに頼もうかしらね」

 

 リオリールやカスカルが忙しいのは分かっているので、ユトネは口実を付けて娘達をアトリエに向かわせることを頭の中でさっと思い描く。

 大きなお腹になった腹部を両手で抱えて、娘達の微笑ましい光景を眺め続けた。

 

 

 

「リ……リオ、な、な、なんてことを……」

「トルテちゃん……私……やっちゃった……」

 

 そんなアトリエの中では、二人の錬金術士が凍り付いていた。

 

 フィールドワークから帰って来たばかりのリオリール達が、早速取って来たばかりの素材で調合にチャレンジしていた。

 モンスター出現時の対応。その戦闘における作戦、そして行動。対策。

 そうした物を7日間の期間を設けてカスカル達に扱かれ、しっかりと準備して採取地に出かけたところ、一度もモンスターと会うことは無かった。

 

 実践が積めなかったのは残念だったが、出会わなくて良い苦労をしなくて良いなら、それに越した事は無い。

 

 ちなみに採取地として今回選んだのは、アサユウ街道(アサハレ村とユウバナ村を繋ぐ主街道で、比較的安全が保証された場所)

 そして街道の脇に転々と並び連なる窪地みたいな場所だった。

 

 大嵐などの直後は大きな池溜まりとなるが、土地柄のせいかアサユウ街道の窪地はとにかく乾きが早い。

 大量の水も瞬く間に引くため、乾季と雨季で地勢がまったく変わるのも大きな特徴と言えるだろう。

 そうした環境が大きく変わる場所には、錬金術の素材として形成される物が数多くある。

 

 例えばそれは、シロヒメ草やナナシ草と言った池に根付く植物類が顔を出す。

 堆肥が貯まりやすい環境から、コエ草なども手に入りやすいだろう。

 その土壌も素材として見ると面白いかもしれない。乾きやすさというのは、吸収の良さである。

 土中にはそこにしか生息しない『潜ら虫』などの生物が。そして、土に混じって磁鉄岩などが発見できるだろう。

 

 まみどり大森林やユウバナ海岸では中々手に入りずらい、新たな素材の数々を手に入れて胸を躍らせない錬金術士は居ない。

 

 少なくとも、リオリールとトルテは採取地から戻って、取る者もとりあえず、と言った形で釜の前に張り付いたのである。

 

 

「どうしよう……」

「どどど、どうしよ!?」

 

 さて、リオリールが挑戦したのは磁鉄岩を基材にしたインゴット作りであった。

 トルテと一緒に考案したレシピは、リオリールにとっては珍しく一発で正解を導き出せたようで、調合は滞りなく終わったのだ。

 そして喜びの声『でっきたぁー!』と共に釜から取り出し──―手を滑らせて飛んでいき、隣で調合しているトルテの釜の中にインゴットは吸い込まれていった。

 

 既に鉄の釜はプツプツと良くない兆候を現している。

 

 どうしよう、と悩んでいる間にとっとと対処しなくてはならない。

 だが、余りに咄嗟の出来事でリオリールは勿論、他人の完成した調合物が錬金中に混ざるという珍事に、珍しくトルテの頭の中も真っ白になっていた。

 そうなれば猶予なんて物は殆どなく。

 やがて爆発反応は一気に高まって、アトリエは爆発した。

 

 

 

「まぁ、インゴットがちゃんと成功したのは良かったね」

「そ、そうだね、あはは……はぁぁぁ~~~、私ってば成長しないなぁ。何かしらでドジって爆発させちゃうもんなぁ~」

「でも試験で必要な素材を作ることができたのは、成長って言えるかもだよ」

「それもそうかー! うんうん、何事もポジティブにだね!」

 

 

 実は、成人の儀で行う事になったアカデミー試験は既にリオリールとトルテに開示されている。

 

 

 そもそも今の時代の錬金術というものは、事前の準備を丁寧に進めることが前提である。

 それはメーテルブルクにあるアカデミーでも同じ事で、錬金術に関わる全てにおいて段取りをしっかりと組めるかどうか、という項目をかなり重要視しているのだ。

 

 特に、アカデミー入学前の未熟な錬金術士の卵たちには、その点が求められた。

 これは錬金術士が大きな事故──―すなわち、調合時に起こり得る人災を起こさないために求められる物だからだ。

 

 アカデミーと共に大きく育ったメーテルブルクの発展した都市には、当然ながら安全が求められるのだ。

 

「調合に必要な設備は、アカデミーが中央島に持ち込みで用意してくれているんだよね?」

「うん。試験の時はそうだって。 錬金用の釜とか、設備は全部置いてくれるっていう話だよ。ただ、調合時に使う水とかは自分で用意する事になるかな」

 

 トルテがシーバーシーから貰った資料を開いて、その横から覗き込む形でリオリールが身体を寄せた。

 

 リオリールは調合で感覚に頼るところが多い。

 試験で海水とは違う水を使った時に、慣れていないと試験会場で思わぬ災害を起こしかねない。

 

 

「実地で調合するものは3個のアイテム」

 

 1つは、リオリールが挑戦していた『インゴット』を素材として、錬金術で作られる装備品。種類は問わない。

 1つは、トルテが作ろうとしていた『クロース』こちらも最終的にはクロースを素材として、錬金術で装飾品を作って提出するものとなっていた。

 そして最後の3つ目、選択式。

 実地の試練で作らなければならないのが『中和剤』『ゼッテル』『蒸留水』の3ついずれかの内一つである。

 

「インゴットやクロースは、多分だけど難易度としてはそれほどでも無いよね?」

「うん、ただ作るだけならね。装備品や装飾品を作る点で、少し大変なくらいかも。 でも、アカデミーの試験って事を考えると……」

「そうだね~、やっぱり品質や特性を見ているのかなぁ?」

「多分。だから、素材からやっぱり手は抜けない」

「うーん、そうなると一番大事なのはやっぱり素材選び?」

「最初から素材を用意することは禁じられてることを考えるとね……現地で採取するんだから、絶対に大きなファクターだと思う」

 

 書面を指さして、実際に現地で行われる試験内容へ目を移す。

 現地で採取地を用意する為、自分で素材を持ち込むことは禁止と明確に記載されていた。

 それはつまり、錬金術に用いる水から、その素材まで全てを現地で調達して、調合を行う環境を作っていかなければ行けない事を意味しているのだろう。

 

「でも、最後の3つ目が中和剤とかなのは、何でだろう?」

「……」

 

 インゴット、そしてクロースから装備品を作る試みはリオリールにもトルテにも初めての事。

 気を抜けないのはそうだが、今の実力でも頑張ればなんとかなる難易度だと思っている。

 ただ、最後の内容が一番気になってしまうのは、錬金術士としての初歩であり基礎。

 

 中和剤が指定されていることだ。

 

 どれだけ高名な錬金術士でも、一番最初に錬金術を錬金術として行うのは、この中和剤から。

 最も難易度が低い中和剤を試験の実地に指定するなんて、何かの意図が隠されているに違いなかった。

 

 リオリールやトルテも、今の環境下で中和剤の調合を失敗することは滅多にない。

 ゼッテルもレシピさえ分かってしまえば、作成難度は中和剤に次いで簡単だと言われている。

 それなのに試験の最後に、とても調合が簡単なアイテムの一つとして、選出されて。 

 少なくとも、品質を求められるのは間違いないのだろうが……

 

 そうして来るべき成人の儀、そのアカデミー試験内容に二人で考え込んでいると、アトリエに来客があった。

 妹達の、襲来である。

 

 

「お姉ーちゃーん! やほー! ちゃんと頑張ってるー? エルオネちゃんが~、サボって無いか監視しにきたぞぉー!」

「リオ姉、なんか久しぶり」

「エルオネ? ミルミスも……どうしたの? アトリエでお昼ご飯は食べちゃったよ?」

「洗濯用の中和剤の取り立てに来たのだ。さぁ、お姉ちゃん。出す物を出して貰おうじゃない。払えなければ、その無駄にエッチな身体で払って貰おうか―ぐへへへへ」

「ミルミス、エルはどうしちゃったの? なんか危ない物でも食べた?」

「ううん、リオ姉。 エル姉は最初から危ない人だよ?」

「ああ、なぁるほどぉ」

「なるほどじゃないっ! ノリが悪いなー、もう」

「あはははっ、それじゃ怖い取り立て屋さんが怒る前に、中和剤取りに行っちゃおう」

「いっちゃおー」

「待ってよ、置いてかないでってば!」

 

 一通り姉妹漫才をかましてから、リオリールはぷんすか怒りだした妹と一緒に、作り置いていた中和剤を取りに倉庫へと向かった。

 それを受け取る為に姉の後ろをついていく妹達を見送って、トルテはうーん、と首を捻った。

 

 今の話の中でなんだか凄く、何かを思いつきそうな気がするのだが、どうにもそれが言葉に出てこない。

 

 腕を組んで考え込んでしまったため、胸元に仕舞っていたドラが苦しくなったのか。グアグア言いながら飛び出してくる。

 ついこの間まで掌に乗っかっていたドラだが、今ではもう小さめのラグビーボールくらいに成長していた。

 実際、胸の中に仕舞っておくのも厳しいのだ。ちょっと重くなってきたし。

 

 胸元で暴れたため、トルテの顔に羽毛がベチベチと当たり、思わず顔をしかめてしまった。

 

「ドラ、なんかもう結構大きくなってきたね。こんなに成長って早いものなんだ? でも、そろそろ胸の中に仕舞えなくなっちゃうよ?」

「グぁー」

「このままどんどん大きくなっちゃったら、大変だよ?」

「グアァー」

 

 分かっているのか分かっていないのか、鳴き声を上げて応えるドラに、トルテは笑みを浮かべながら頬を指で突いてやる。

 反射でトルテの向けた指を口に咥え、甘えてくるドラ。

 

「ふふ、可愛い」

 

 ドラを構っていると、リオリール達が戻って来た。

 

「リオ姉さー、もっとちゃんと整理しといた方が良いよ、コンテナの中。 お母さんに怒られちゃうよ」

「うーん、ちゃんとしてるつもりだけどなぁ。 でも確かに、中和剤はしっかり別けた方が良いよね」

「そうそう、なんで洗濯用の中和剤を受け取りに来ただけなのに、コンテナの整理整頓の手伝いまでやらされちゃうかなー?」

「エル姉、嬉しそう」

「何言ってんのミルミス! こんな雑用やらされて嬉しい訳がないでしょっ」

「ふーん、なぁーるほどー?」

「リオ姉ぇ! なにその笑い! 怖いんだけどっ!」

「あははっ、でもエルがお掃除を手伝ってくれたら助かるかも。 どうも私が片付けると時間がかかっちゃうんだよねぇ、不思議だよー」

「そりゃリオ姉が掃除が下手だから……中和剤見ては別の特性がってうんうん唸りだすし……手を動かさないで止まっちゃうんだもん。掃除のコツはとにかく手を動かす事なのです!」

「うう、まだじっくり見ないとちゃんと特性が把握できなくて……洗濯用の中和剤と混ざっちゃったから」

「言い訳禁止!」

「ひぇ~、ごめんなさ~い!」

 

 ハッとトルテは姉妹の会話から、先ほど思いつきそうな言葉が閃いた。

 

 そう、中和剤の種類だ。

 中和剤は確かに作成難度は低い。

 それは色にもよるが、中和剤の作成そのものは色に左右されずに用いる素材の蒐集難度が原因である。

 

 ともかく、明確にトルテは試験の意図が理解できた。

 試験に中和剤やゼッテルが選ばれるのは、特性の移し替えと品質の維持だ。

 つまり中間素材として有用な物を作れるか、その品質を一定値以上に保てるかどうかを見られるのだろう。

 それが容易に可能な調合アイテムだからだ。

 錬金理論が頭の中で一気に構築されていき、覚えている理論と試験に使われる完成品。 点と点が繋がり理屈のすり合わせが高速でつなぎ合わさっていく。

 

 課題に出されている中で明確に造る事になるアイテムは4つ。

『中和剤』『ゼッテル』『蒸留水』『インゴット』『クロース』

 この中から選ぶことになるのだが、こうして挙げた調合アイテムは、全て特性と効果の移し替えが比較的容易に可能なアイテムである。

 一貫して試験に選ばれた道具は中間素材にもなることに、トルテは気が付いた。

 

 例えば中和剤に付与する『貫通力』などの特性は、装備品を作る際にそのまま同じ中和剤を使っても、特性を引き継ぐことは普通は出来ない。

 もしかしたらトルテが知らないだけで、特性を引き継ぐ方法はあるのかもしれないが、少なくとも今はそれしか知らないのだ。

 リオリールの『たる』などの事は例外として頭の隅から意図的に追い出すとして。

 

 しかし、中和剤から特性を継承させた錬金術によって予め作った『インゴット』ならば。

 中和剤から特性を引き継いだ金属そのものを用いて作るのだから、当然出来上がった装備品には特性が付与されることになる。

 質が良い装備品を作るには『インゴット』を作成する前段階―――中和剤から良い物を作らなければ不可能だ。

 

 所謂、中間素材を経由して特性の橋渡しをするという手法である。

 

 試験の三つ目にある 『中和剤』『ゼッテル』『蒸留水』 の作成は、最初に行わなければならない。

 この中から一つを選んだアイテムに、出来る限り高品質で、多くの特性を盛り込む事と特性を移し替える実践を見ている。

 それが錬金術士として実践できるのかどうか、というのを測るつもりなのだろう。

 いや、まず気付くことができるかどうか、というのが一番か。

 

 そうであるならば、特性の抽出作業が現地で最も時間を割いて求められることになる。

 現地で採取する中にそれらの品質を高くする素材が、意図的に用意されているかも知れない。

 

 可能性を言えば、狙った特性を付与させるような試験内容を突然告げられるということも在り得た。

 万全を期すなら品質を向上させるのに必要な手順も、同時に行わなければいけないのだから。

 

 中和剤は確かに基本中の基本のアイテムだ。

 だけど、その中和剤のポテンシャルを引き出すには、錬金術士としての『眼』が最も求められる。

 シーバーシーが強く言っていたように、確かに『鑑定眼』という錬金術士の才覚を測る試験に相応しい課題なのだろう。

 

 時おり独り言を繰りながら、トルテは虚空にメモするように指を動かしていた。

 

「おーい、トルテちゃーん」

「なんか、完全に自分の世界に入っちゃってるね」

「こういう時、錬金術のことを考えてるんだよねー、トルテちゃんの邪魔しちゃ悪いかな?」

「かも」

「じゃあリオ姉だけでいいや。 夕方までには帰りたいだろうし、早く行こーよ」

「そうだねー、戻って来るかもわからないし……あのねートルテちゃん、妹たちとオーレンジスさんの所に出かける事になったから、アトリエのお留守番よろしくね」

 

「グアアァー」

 

 元気のいい返事が返ってきたのは、自分に構ってくれなくなって考えに没頭したトルテに放置されたドラだけだった。

 

 

 

 その夜、考えのまとまったトルテから中和剤と試験に関して話し合うためにリオリールの部屋へと訪れた。

 

 扉を開けると、なんとゼッテル用紙の束を抱えたトルテが現れた。

 なんとか笑顔を作って受け止めて、それでもその笑顔を引きつらせながらリオリールは言った。

 

「と、トルテちゃん……あ、あのね、今日は私もオーレンジスさんとこで色々、そう! 色々あったから! お、お手柔らかに……お手柔らかにね!」

「うん、がんばろう、リオ」

 

 特性の移し替えと品質を保つのに必要な錬金理論を、夜遅くまで叩き込む事になったリオリールは悲鳴を上げながら、トルテと一緒に机にかじりつく事になったのである。

 

 

 ちなみに調合課題とは別に、ペーパーテストも当然の様にあるので、リオリールのこの辛い経験は、後にトルテへの感謝と変わったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

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