リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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02. 失敗したっていい

 

 

 

 三つ大島では全域にわたって菌類の王様とも呼ばれる立派なキノコが生えている。

その名をロイヤルクラウン。

名前に恥じぬ威容を持ち『お化けサイズ』もしばしば見かけるこのキノコは、地元島民にとって見た目良し・味良し・サイズもヨシ・と評判の人気食品であった。

旨みが凝縮された傘の部分は食用として特に人気で、三つ大島が大陸に積極的に輸出する交易品物の一つである。

 

錬金術という観点で見れば、ロイヤルクラウンが持つ目に見えないほど細かい胞子は、通常のキノコと比べて多くの有効成分を持つ。

菌糸には強烈な柔軟性と張りがあり、これを特別な技術で束ねて結合する事で馬車のタイヤを保護するゴムなどに加工できる。

また朝露をたっぷりと吸い込むため、有用な液体素材として活用する事もできる。

液体素材はキノコが個々に持つ品質や特性に左右されるため、一般人にとってはあまり意味ある物ではなかったが。

 

「……いやしかし、これだけ劇的な変化が見られているのは、信じがたいことですね……」

 

 三つ大島に囲まれた中央島。

大陸から訪れる船は、この中央島の船着場を経由して『ひと島』 『ふた島』 『みつ島』へと向かう為、そこに降りたアカデミーのシーバーシー講師の姿がそこにはあった。

 

中央自治区から三つ大島における注意点として、ロイヤルクラウンの異常が認められたことを知ったのだ。

大陸には珍しいキノコということで数個の実物と、その検証結果を知っていたシーバーシーは錬金術士として今回の異常に敏感に反応したのである。

錬金素材としの観点から、品質もよく、どのような素材とも相性が悪くないロイヤルクラウン。

食事としても何度か楽しんだこともある、アカデミーでも三つ大島特有の錬金素材として有名なキノコ。

 

シーバーシーもロイヤルクラウンの変化には目を剥いて驚き、予定を変更して中央島の一部屋を借りて研究を始める事に。

中央島自治区を運用する職員達も、見慣れない錬金術士が用意する錬金道具が運び込まれた部屋や、主要輸出品の劇的な悪変化に落ち着きの無い様子が見られた。

 

「明らかに毒性が増している……特性も随分と禍々しい……いや、これはもうロイヤルクラウンとは別物に近い」

「シーバーシー殿。 何故ロイヤルクラウンは、こんな事になってしまったんでしょう」

「現段階では分かりませんね。 しかし、食用としてはコレは絶望的でしょう……錬金術の観点からみれば、新たな可能性を持つことにはなったでしょうが」

「なんてことだ、損失の規模が計り知れないな……」

「まだ詳しく調べていないので分かりませんが、今後はこのキノコには近づかない方がいいでしょう。毒をもつキノコは胞子そのものが人体にとって有毒であることも珍しくありませんから」

 

 言いながら、シーバーシーは実行するには難しい事を話していると心の中で苦笑した。

 

三つ大島全域にわたって繁殖しているロイヤルクラウンは、少し森の中に入れば数多く自生しているものだ。

話を聞く限りでは、ロイヤルクラウンそのものが毒キノコへと変化してしまっている。

元々存在したロイヤルクラウンは何処にも見当たらず、この毒キノコと取って代わるように消えてしまっていたのだ。

そして、三つ大島に広く存在するキノコによる被害は、目を覆うばかりの物になりつつある。

 

「実際に森の中で採取できれば、より多くの情報を得られるかもしれません。 宜しければ、この部屋を研究用にお借りしたいのですが問題はないでしょうか」

「問題が解決できるなら、是非ともこちらからお願いしたいところです、シーバーシー様」

「ありがとうございます……解決できるかは分かりません、恐らくは……いえ、難しいでしょうが、力を尽くします」

 

 妙な事になってしまった、とシーバーシーは思った。

ただ、アストリア家の4女が嫁いだ先のリオリールという少女をアカデミーに勧誘しに来ただけだったのに。

気持ちを切り替えて、シーバーシーは首を振った。

 

錬金術士としては見逃せない環境の変化である。

少なくともアカデミーの講師であり、一流を自負する錬金術士としてシーバーシーがこの現象を無視することは、あまり褒められたことではない。

何より、ロイヤルクラウンは彼も気に入っていた物の一つであった。 錬金素材というよりかは、食材としての好みの方が大きかったが。

 

大きなお腹を揺らし、シーバーシーは眼鏡をかけて気合を入れなおした。

一筋縄ではきっと、解決できない問題であろう。

 

 

―――・

 

「うわわっっ!」

 

 可愛らしい少女の声が跳ね上がって、釜の中身が弾けて飛んだ。

熱を加えすぎて釜の内部の圧力が上がり、その出口を求めて内容物が飛んでしまったのだろう。

フリルのついた白く綺麗なワンピースと、胸元のブローチを汚して、黄土色に染め上げる。

雨が天井に打ち付けて音が響く部屋の中、必死に素材を放り込んでかき回す。

 

「あぇえっ、あぶないっ! また爆発するとこだったよ~!」

 

 ぐるぐると掻き混ぜ棒用のオールを回し、無我夢中に入れた中和剤が偶然にも爆発反応を抑えることに成功すると、大きな溜息を吐き出した。

 

下準備でこしらえたすり鉢の中身は『はぐるま草』と呼ばれる薬品に良く用いられる植物である。

三つ大島にはそこそこ群生している場所があり、昔から薬士などが良く用いた素材として有名だ。

村人からの聞き込み調査で、その事を知ってからリオリールはとりあえず『はぐるま草』を中心にしたレシピを組み立てた。

 

『はぐるま草』は茎の部分の薬効成分をすり鉢で潰した物で抽出し、『妖精の日傘』は中和剤に浸すことで傘から薬液が浸透する。

リオリールも中和剤の次に作る事が出来た調合アイテムが、この『はぐるま草』と、これまた森で採れるキノコの『妖精の日傘』を使った薬である。

名付けて "渋白湯" 。 由来はすごく渋い薬であるから。

 

 そんな特徴を持つ素材であったが、実のところ……リオリールは『はぐるま草』や『妖精の日傘』について理論的に素材の成分や効果を把握しているわけではなかった。

錬金術の参考書やレシピが存在しない、この三つ大島。

そもそも錬金術という存在そのものが大陸との繋がりから広まって、ようやく周知され始めたのが数年前である。

 

三つ大島に住むリオリールにとって錬金術とは、基本中の基本の理論と繰り返した失敗と実践を通して得た、経験則だけが全てだ。

 

毎日のように釜を煮立て、粗雑な環境で成分の抽出のような真似事を繰り返す。

数多の素材と爆発四散した錬金釜の残骸、そして戻る事のない時間を無駄にし、得てきた勘と経験こそがリオリールの錬金術士としての礎であった。

 

しかし、リオリールも分かっていた。

昔から薬の材料として有名であるこの二つの素材だけで解毒剤を作るのは、ほとんど賭けのような確率であると。

錬金術を成功させる為に試行錯誤した経験はあっても、素材に対して圧倒的に知識が足りていないリオリールではレシピを生み出す事がとても難しかった。

 

肝心の素材である『はぐるま草』の品質も特性もまちまちの物ばかりで、人様に出せるような物はなかなか出来上がらない。

ましてや彼女は素材の持つ成分・属性に関しての知識は皆無に等しい。

気を抜いて釜を攪拌していると、調合に慣れてきた今でもすぐに錬金釜は爆発して、産業廃棄物が出来てしまう。

 

 祖父の残した明確なレシピは各種中和剤のみ。

成功に至ったのは赤色と青色だけ。 黄色と緑と紫と白に関しては何度挑戦しても失敗ばかり。

調合に成功した錬金アイテムは全て、リオリール自身がオリジナルで産み出したレシピからである。

 

その成功例は、両の手で数えられるほど少ない物であったが。

 

「毒の薬だから、茎そのものが薬だっていう『はぐるま草』は絶対使うと思うし、液体にするのに妖精の日傘と中和剤は必要……だよね? 多分……」

 

 リオリールは液体カテゴリから成分を抽出する素材については、実体験からこの二つだけしか知らない。

近くの森で良く採れる妖精の日傘と、祖父が書き記した中和剤のみ。 

そんな彼女が釜から取り出して出来上がるのは、仮に調合に成功していても体力の回復や、酔い止め薬ばかりであった。

 

「うぅぅ、はぐるま草の効果を引き出そうと分量を大目にしちゃうと、釜の中で爆発しちゃうし、どうすればいいの~!」

 

 このままでは、おそらく解毒の効果は得られないのだろう。

レシピが間違っているとしても、何をどう治せばうまく行くのか、リオリールにはまったく見当がつかないのだ。

肝心の『はぐるま草』の量も、保管している物は尽きかけていた。

 

リオリールは肩を落として掻き混ぜ棒であるオールを立てかけると、大きな溜息を吐き出した。

最近は寝つきの悪さも相まって、集中力も切れ気味である。

 

「リオ」

「……」

「リオ、居るかな?」

「え? あ、お父さん? ちょっと待ってて。これだけ終わらせちゃうから」

「ああ」

 

 アトリエの入り口が開いて、声をかけてきたのはリオリールの父であるウータスだ。

漁師という職業を体現したような筋骨隆々としていて、まるで岩のような顔立ちに大きなガタイ。

そんな厳つい顔に張り付くつぶらで可愛い瞳。

その小動物のような瞳こそが、大陸の貴族であるアストリア家の4女を虜にした、魔性の瞳の持ち主である。

 

一家の大黒柱として、普段は海洋に出て漁を営む父ウータスは、陸に居る日の方が珍しかった。

釜の中身を掬い出し、手作りの試験管に移し変えて色合いを眺めるリオ。

 

「よし、なんとか終わったぁ……けど、うー、やっぱり駄目、爆発してないだけで失敗作だぁー……」

「リオ、大丈夫か」

「うん、ごめんね待たせちゃって。 どうしたの、お父さん」

「ロイヤルクラウンの話、それとシチューの事はお母さんから聞いたぞ」

 

 アトリエの中に招いて椅子を勧めると、ウータスは腰掛けながらそんなことを言った。

 

毒キノコになってしまったロイヤルクラウンの話題は、この三つ大島で大流行中である。

変化を知ったあの日からもう、10日は経っているだろうか。

未だにロイヤルクラウンの被害に会った人は、猛烈な悪夢と吐き気を催す食事に魘されており、どんな薬も効かないとあって恐怖の対象になってしまっていた。

 

あれだけ美味しく、どこの家庭の食卓にも並んでいたのに、今はもうキノコそのものが避けられている。

悲しい現実がそこにあった。

 

「お前が錬金術でキノコの解毒薬を作っているのを試していると、母さんから聞いたよ」

「うん、そうなんだよ。 でも、全然うまく行かなくって……」

「そうか」

「ねぇお父さん、私……錬金術ってもっと凄い良い事ばかり起こせるって思ってたけど、爆発させちゃうだけで何も出来なくて……」

「……どんな技術も、扱い方や考え方で変わるものさ。 さて、それはさておき、お土産だ、リオ」

 

 ウータスは娘の元気のない顔を少し眺め、やがて小さく笑って、リオリールへ持ってきていた籠を差し出した。

中身を覗いて見れば、大好きなワカメと新鮮な鮮魚が籠の中一杯に入っていた。

漁で取れた魚は、錬金素材にもなる(まだリオリールは気付いていないが)

もちろん、そのまま捌いて食用にもできるし、三つ大島では主要な食品である鮮魚がお金の代わりにもなるので物々交換として日用品の購入もできる。

 

リオリールにとって父が取ってくる魚は家族にとって無くてはならない、大切な資産だった。

 

「うわぁ、すごい! こんなに一杯。 ワカメもたくさん……すごいすごい、大漁だねっお父さん!」

「なに、娘が笑ってくれるのが一番嬉しいからな。 この籠に入ってる魚はリオのお小遣いだから、好きに使うといい」

「ホント!? やった、ありがとう! 嬉しいよ、お父さん!」

「それで、毒キノコのことなんだがな」

「あ、うん……なんでこんな事になっちゃったんだろうね」

「それは分からないが……そうだな……海にも毒を持っている生き物が居るのを知っているな?」

 

 逞しい腕を組みながら、ウータスに問われてリオは頷いた。

これでも漁師を営む一家の長女である。

普通の人達よりかは、海のことについても詳しいつもりであった。

 

「実は今回の漁で"ふろしきフグ"が多く掛かってしまってな。 卸す分よりも捕れてしまって余ってる」

「そっかぁ。 でも、なんでそんな話を私に?」

「"ふろしきフグ"は毒を持ってることで有名だが、この魚の場合は蛇のように毒を持った牙で相手を噛んで殺してしまう。昔は対処方が無くて漁師がフグに食われる、なんて諺も生まれたが、今はそうではない」

「えーっと、確か漁師さんたちが集まってフグ毒を集めてどうすれば毒で死なないか、っていうのを色々試したんだっけ?」

 

 三つ大島の船乗り達が漁を行う時に、一番の危険となるのは天候である。

自然の猛威に晒されれば、漁で使っている自慢の船は紙のように吹き飛ばされてしまうからだ。

そして二番目が、海の中を自由に闊歩するモンスターたち。

 

"ふろしきフグ"もそうしたモンスターと呼ばれる中に含まれており、漁師たちが生涯向き合い、付き合っていかなければならない脅威なのである。

 

そして、三つ大島の漁師たちが"ふろしきフグ"に対抗しようと一丸となって研究されたのが毒の対抗手段である。

 

「漁師になる者が海に出る前に絶対に行われる事の一つが、フグの毒の抗体を身体に作ることだ」

 

 そこまで聞いてリオリールは、ウータスの始めた話の意図に気がついた。

海の男達はフグ毒を自ら少しずつ摂取し、時間をかけて毒の抵抗力を造る。

それと同じ事をすればいいのではないか、とリオリールへと伝えたかったのである。

 

「そっか! 薬で治すんじゃなくて、毒を―――」

 

 いやしかし、と其処まで声を挙げて思う。

今の話だけだと毒に強い身体を作るという話となり、予防にはなるかも知れないが根本的に今苦しんでいる人達への薬にはならないだろう。

幸いな事に、未だにロイヤルクラウンによる毒キノコで死亡した人は今のところ居ないようだが、それでも激烈な症状を引き起こしているせいで予断は許せない。

精神的に激しく憔悴している人も居て、一刻も早く解毒方法が求められていた。

嘘か本当か、自殺しようとした人を止めたなんていう噂話まであるのだから。

 

薬士の処方する薬品ではロイヤルクラウンの毒キノコに効果が無いのも判明している。

たとえ完全な解毒が出来なくても、症状を和らげるところくらいまで何とか持っていきたい。

 

「ありがとう、お父さん。予防策としての薬の発想はできたかも……錬金術で薬ができるかどうか分からないけどね、あはは……」

「そうか、リオの役に立ってくれれば嬉しいよ。 まぁ……そうだな。何が言いたいかというと、あまり根を詰めすぎないようにってことだ」

「あ~~……うん。 あんまり寝てないの、やっぱり分かるかな?」

「ああ。 お父さんだからな……リオもまだ子供だ。少なくとも、冬を越すまではな」

 

 半年経てば、リオリールは双子の兄であるカスカルと共に成人を迎える。

それはシキタリだから。

三つ大島では15歳となって成人を迎えると、中央島に向かい成人の儀を行うことになるのだ。

そしてシンボルを刻み、儀式が行われるまでは、決して大人になったとは認められない。

 

まだリオリールは大人では無い。

子供として扱うことを仄めかす父ウータスに、彼女は咄嗟に反論しそうになった。

自分がキノコによる病気の蔓延。

その原因の一端を担ってしまったかもしれない重圧は、リオリールの心に重いものを残し続けていたのである。

 

「だけど……」

「お前が錬金術というもので成そうと頑張っていることは、きっと素晴らしい事だ。解毒薬があれば、どれだけの島の人が救われて喜ぶのだろう」

 

 そこでウータスは一つ区切って、諭すようにリオリールの頭を撫でて口にした。

 

「だけど出来なくたっていいんだ」

「え?」

「ロイヤルクラウンのことは大変な問題だが、大人である私達が向き合うべき問題でもあるんだ。失敗してもいいし、そもそも何もしなくても別にいい。子供は甘えてくれても良い、そして甘えて欲しい、リオ」

「……うん」

「リオも、もうすぐ成人ではあるが……急ぐ必要なんて無いんだぞ」

「お父さん……やっぱ、さっきの私の顔で分かっちゃったかな?」

「はは……でもそうだな。 薬を作るのに成功したら父さんの仲間に目一杯、リオのことを自慢させてくれ。立派な錬金術士……リオのお爺ちゃんの、お父さんの親父の夢を引き継いでくれた、可愛い娘が俺にはいるんだってな」

 

 錬金術のことは、正直なところ良く分からないが、と続けながらごつごつした輪郭が歪んで、優しい笑みを象る父ウータスの顔。

リオリールが子供の頃から甘えて抱きついた、大好きなとっても優しい笑顔がそこにはあった。

 

自然、リオも晴れ渡った笑顔を見せてウータスの手を握った。

 

「お父さん……ありがとう」

「久しぶりにリオの顔を見れて良かったよ。できれば、今度は元気な姿を見せておくれ」

 

 椅子から腰を起こし、それじゃあな、と一言声をかけてアトリエから退室するウータスを見送って。

最近は沈みがちだったリオの心中に何とも言えない元気が沸いてくるのを自覚していた。

少なくとも、今後はロイヤルクラウンの毒を予防することがウータスの助言で可能になるかもしれない。

 

アトリエという名の納屋の扉が閉まって、錬金釜の煮立った音だけが残る部屋の中。

先ほど頭を撫でた父親の手の感触を確かめるように、リオリールは手を握りこむ。

父と同じように立ち上がって伸びを一つ。

換気用に取り付けた窓の外を覗いて見れば、いつの間にか雨は上がっていて晴れ間が室内に差し込んでいた。

 

 失敗してもいいのだ。

それでもきっと何とかなる。 

 

駆け出しの子供の錬金術士が、ちょっとくらい失敗しても、別にいいんだ。

成功した時はその時、お父さんに思いっきり自慢して貰えば良い。

 

「えへへ……よし、頑張るぞー! うおおおおー!」

 

 その声は一週間ぶりに響き渡った。

 

リオリールが生来持つ快活で元気に満ち溢れた掛け声であった。

 

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