リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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03. 白衣と螺子頭

 

 

 

 トルテが考え事をするだけの存在になった頃、リオリールは妹達を連れて都合6枚目の納品となる『びよぉぉぉん合板』をオーレンジスに届けに行く最中だった。

 西のまみどり大森林の入り口近くにあるオーレンジスの家屋。

 ユウバナ村に入っているのか、外れているのかちょこっと微妙な辺鄙な場所に在る。

 そこで不幸にも青ぷに2体と遭遇してしまった。

 

 妹のエルオネと、ミルミスが一緒に居る事も相俟って、リオリールは持ち歩いているオールを両手で構えて戦う事を決意した。

 

 自分がどんな事になってしまっても、必ず妹達は生かしてユウバナ村に返すのだ。

 そう悲壮な覚悟を決めた時に助けに来てくれたのがオーレンジスである。

 

「ハハハハハ! 見たまえ! 17にも及ぶ小さな兵隊を! これがボクが作り上げた軍団<<レギオン>>だ!」

 

 両手と白衣をブワっと広げて飛び出したのは、オーレンジスの言う通りに17体ほど小さな物が飛び出していた。

 よく見ればそれら一つ一つは、拳大ほどの大きさの鉄であることが分かる。

 綿と布ではなく、鉄と石で造られて、頭上には大きな『ネジ』が巻かれていた。

 

 一体の青ぷにへ猛然と襲い掛かり、一撃を加えると森の奥へと大きく吹っ飛ばしていく。

 攻撃が終わるとまた、オーレンジスの白衣の中へと戻っていき、彼は片眼鏡の淵を大袈裟に持ち上げて笑った。

 

「どうだぁ! うん、計算通りの挙動だ! 合格点に近いんじゃないか? どう思う、リオ君」

「え、えっと、助かりました、オーレンジスさん! あと一体居るので、気を付けてください!」

「そうだろう、そうだろう? まぁ、単一の挙動しか出来ないのとエネルギー源の確保の関係上、僕がイチイチ白衣を大きく鳥の様に広げ、巻き付けた身体を晒さないとマトモな威力が──―」

「ま、前! 前っ!」

「うん、そうだ、前方にしか攻撃できないのと身体を大きく広げないと威力が出ないのが改善点だ。飛び出す絡繰りの挙動と、その容姿は中々納得がいく出来合いなんだが操者がちょっと不格好になっちゃうのはマイナス点かな。とはいえ力学的観点から言えば、人が物を射出するのに最大限の伝達効率を誇る方法の一つなんだよね。計算上の理論はややこしいから省くが、大柄な人の方が威力は比例して上がるから、護衛用の商品として売れるかもしれないと僕は考えているんだ。なんせ両手を広げるだけで前方のモンスターに対して広範囲で物理的な衝撃を与えられるから、なかなか使い勝手は悪く無さそうだろう? ああ、そうそう、仕組みに関しては最初は蒸気を利用することを考えたんだけど、そもそも熱源の確保と、衣の中が無茶苦茶に蒸れるというのが難点でね。いくつか試作してみたんだ眼鏡は曇るは、前が湯気で視認できないわ、ロクなもんじゃ無かった。でも実用できるなら威力はとんでもないぞ。大型のモンスターでも大きなダメージを与えられることは実証済みさ! ハッハッハッハ! まぁ、その後色々とボコられてね。苦い体験だったよ。いや、そうじゃない、良い経験にはなったんだ。失敗から新たな知見を得るのは何時でも楽しいものだから、こういった点に不満は無かったんだけどね──―おや? リオちゃん、何を遊んでるんだい」

 

「お、オーレンジスさぁーん! 意味の分からない事を言っていないで、タスケテぇぇぇー!」

 

 ポコポコと左右からぷにぷにの攻撃を、まるでデンプシーのように叩き込まれながらリオリールは叫んだ。

 相変わらず攻撃は当たらないし、全ての体当たりをその身で受け止めているが、あまりにモンスターの攻撃を身体で受け続けて痛みその物には慣れてきたリオリールである。

 こころなしか、食らう時に打点をずらすことで威力を軽減する技術まで身に着け始めていた。

 

 そんな折り、青ぷにがリオリールを攻撃している最中にそっと近づく影が一つ。

 気付いた時には目の前におり、ミルミスは熊の人形を突き出すようにして青ぷにへと向けた。

 

「あ、危ないミルミス! 逃げないと駄目だよっ!」

「ミルミス!」

「んっ、大丈夫!」

 

『え~い』

 

 気の抜けるような声(ミルミスだけに聞こえる)が突き抜けて、何も無い所で青ぷには吹っ飛んだ。

 そのまま空中で身体を構成するジェルなのか、水分なのか良く分からない物が中空で粉々に砕け散る。

 ミルミスの人形に憑りついているパメラが、傘で殴りつけただけなのだが、周囲からは最早何が起こったのかまるで分からなかった。

 

 いち早くミルミスの攻撃と、その結果に興奮を示したのはオーレンジスだった。

 

「ええ! 凄いね! ミルミス君! もしかして、空気を振動させたり、空間を圧縮したりしたのかな!? それとも何か僕の知らない物理法則が働いたのかい!? 興味深い物理現象だ! 不可視の攻撃……ロマンだね! ああっ、君を隅々まで研究したい!」

「きゃっ、や、やぁー!」

 

 高速でカサカサとにじり寄って来たオーレンジスに、ミルミス(パメラ)は明確な拒絶を示して熊の人形を前に突き出した。

 

 結果。

 

 オーレンジスは見事に吹っ飛んで、彼の家屋に大の字になって叩きつけられたのだった。

 慌てて介抱に向かうリオリールたち三姉妹を他所に、当の吹っ飛ばした幽霊は小さく舌を出して誤魔化すように両手を叩いて笑った。

 

 

『あ、あらやだ……力加減って~姿を見せないままだと難しいわねぇ~』

 

 

 

 

 

 パメラの拒絶で気絶してしまったオーレンジスの大きな体を姉妹三人で引っ張り、なんとか彼のベッドの上へと寝かせることができた。

 家主が気絶してしまったのを良いことに、早速と小屋の中にある物を物色するエルオネ。

 

「もう、エル。 だめだよ、勝手に人様の物を弄っちゃ」

「だって気になるし~。オーレンジスさんって変わった人だから、変わった物を集めてるよね。これは何に使うんだろ?」

「変なガラクタばっかり」

「ミルミスも~。そんな風に言っちゃダメです! オーレンジスの研究では貴重な物かも知れないでしょ? お兄ちゃんに怒られちゃうよ」

 

 妹達の奔放な行動を諫めながら、確かに不思議な道具が所狭しと置かれている事にリオリールも気付いていた。

 恐らく、オーレンジスが進める研究に関連するものなのだろうが、使い方や用途はリオリールにはさっぱり分からない。

 一つ特徴を挙げるとするならば、機械やカラクリに使う部品のような物が多いという事だろうか。

 

 ただ、確かにリオリールにも気になる道具はあった。

 ガラクタばかりに見えるオーレンジスの私物だが、とある一角にはリオリールにも非常に見覚えのある道具類が揃って置かれているのだ。

 

 鉄で造られたような口が広く底の深い釜。

 かき混ぜ棒と思わしき表面の滑らかな鉄のパイプ。

 そして、錬金術でも使う素材の数々が、乱雑にコンテナの中に放り込まれていて。

 

「うぅ……」

 

 リオリールがじっとそれらの道具に注視していると、低いうめき声がオーレンジスを寝かせたベットから聞こえてきた。

 もっとも近くに寄り添っていたミルミスが、心配そうにオーレンジスを覗き込みながら謝っていた。

 パメラという幽霊の友達がいることや、依頼の品を受け取りながら、オーレンジスは苦笑した。

 

「そうか、幽霊・ゴーストかぁ。 目に見えないのはそういう事だったんだねぇ」

「ごめんなさい、こんな事になるとは思わず」

「はは、大丈夫だ。少しだけビックリしたけどね。なんだか存在しないはずの質量に押し出されるような奇怪な現象だった。貴重な経験、そして体感を出来て幸運だよ……さて、君たちの方こそ、怪我は無いかい?」

「あ、おかげさまで。ぷにに襲われた時は本当に助かりました~、ありがとうございます、オーレンジスさん」

「あはは、格好いい、とは言えなかったけどね」

「もう、エルオネ、失礼だよ」

 

 確かにモンスターの目の前まで走っていき、白衣を両手で大きく広げ裸体を晒すのは些かシュールな光景ではあった。

 だが、リオリールはその言葉は心の中に仕舞っておくべきだと思っている。何より、ちゃんと攻撃として成立しているのだから、リオリールよりもよっぽど戦闘面はマシである。

 

「しかし、ミルミス君の人形にゴーストが憑りついているというのは、驚きだ。それも君たちを護るようにしてくれるなんて、随分と珍しい現象に思うよ」

「うん、私の大事なお友達なの」

「いやー、リオ姉よりもよっぽど、パメラちゃんの方が頼りになりますなー」

「ううう、確かに私、思い返せば『青ぷに』に殴られてただけだったなぁー!」

 

 よわよわの姉でごめんなさい、と謝るリオリールに、あんなに攻撃を受け止められるなんてスゴイよ、と微妙なエルオネの称賛を受け取って何とか精神を繋ぎとめる。

 リオリールはモンスター対策の件で苦労している事を自然と話し始めて、オーレンジスはなるほど、と相槌を打った。

 

 三つ大島は自然環境が厳しく、主要な街道以外の整備はしっかりと行われている所は少ない。

 その関係上どうしても移動の際の危険は、旅人や行商人にとって少なからず付き纏う問題である。

 そして、三つ大島は自然発生的に遭遇するモンスターの対処をしていないのだ。

 

 それは物理的に人数を割くほどの余裕や予算が無いという事情もあるが、三つ大島の成人の儀も少なからず関係している。

 大人であれば移動に関する事故やトラブルは、すべて個人で対処をするのが基本だ。

 もちろん、大規模な災害などは別として、一般的に良く見られるモンスターには個人で何とかしなくてはならないのである。

 オーレンジスも22歳とまだまだ若造だが 『ひと島』から『みつ島』に移り住む際には、何度かモンスターに襲われた事もあった。

 背は高い物の、幼いころから研究肌だったオーレンジスは、そうしたモンスターとの対峙には頭を悩ませたものである。

 

「結局、力自慢の人にお金を払って守ってもらうのが一番良いと言うのが、僕の結論になったけどね。餅は餅屋、というか」

「はぁ~、やっぱり採取の時は誰かに護衛してもらうって形しか無いのかなぁ? でもお金、無いしなぁ~~~」

「貧乏なのって、罪だよ、お姉ちゃん」

「そうだねぇ、エル~……世知辛いですー」

「やっと分かってくれたんだね……さぁ、これからはリオ姉も釜を混ぜるだけじゃなくて、着飾って男の人を誘惑するのよ! 金持ちを付け狙ってガンガン押してけー! ゴーゴーゴー!」

「あははは、それとこれとは話は別だってば~、もうエルったら」

「ん~……オーレンジスさん。なんでこれ、みんな螺子が頭についてるの?」

 

 ミルミスがオーレンジスの使用していた武器である、絡繰り人形を弄りながら不意に尋ねた。

 

「はは、ミルミス君。それを聞くのかい? 長い話になっちゃうよ」

「え、たまたま気紛れで付けたってだけじゃ無いんですか?」

「うーん、そうだな。リオ君たちには錬金術でお世話になっているし、話しておこうか!」

 

 オーレンジスは立ち上がると、ソファーに座っている姉妹を促して奥の部屋へと案内し始めた。

 不思議そうに顔を見合わせる三人に、部屋の奥の扉を開けると、かなり大掛かりな装置が目に飛び込んでくる。

 

 紐がいくつもぶら下がり、間取りの奥には何に使うのかも想像できない大きな歯車が置かれていた。

 

 その一つの紐を力を入れてグイグイと引っ張ると、やがて地面から今までの部屋とは違う、2つ目の部屋がゴリゴリと騒音を立てながら生えてきた。

 家の部屋そのものが、その場を移動せずに切り替わるという強引さが見える方法で、オーレンジスは小さな小屋で最大限のスペースを確保していたのである。

 

 

「は、はぇぇぇっ、す、すごぉーい! こんな仕掛けがある家だったんですね!?」

「はははは、僕が考案した切り替え式・三階部屋αバージョンだ! ちょっと煩いのが難点で、ユウバナ村の近くには流石に家を建てられなくて、こんな場所に住処を作る事になってしまったけど。 ま~騒音はやっぱりご近所さんに迷惑になるからねぇ……あ、その顔はカスカル君に見せた時と同じ反応だ。流石は双子、良いリアクションをしてくれるね!」

「えー、お兄ちゃんはもう三段式の部屋を知ってるんだぁ」

「お兄ちゃん教えてくれなかったなぁ、ずるいー」

「まぁ開発段階の所をたまたま知られちゃっただけ何だが。 さてさて、見てくれ。 僕が『ひと島』から『みつ島』へと移り住んだ、理由がコレなのさ」

 

 そうして部屋の奥に視線を向ければ、少しばかり埃が舞う中、陽に差し込まれて椅子に座っている女性が居た。

 オーレンジスがまだ結婚しておらず、独り身であることはユウバナ村では広く知られている事である。

 その女性は瞬きもせず、身動ぎもせず、まるで銅像のように固まっていて。

 

「オーレンジスさん……あの、彼女は?」

「彼女は機械だ。 人間に限りなく近い、機械」

「機械?」

 

 好奇心旺盛なエルオネが、駆け寄って覗き込むように機械と言われた女性を覗き込む。

 

「す、すご……本物の人みたい! 肌だって普通の人の物と変わらないかも! えっと、冷たいけど!」

「人形……なの?」

「美人な人だね」

 

 ミルミスが余りの精巧さに少しだけたじろぐ様にして、リオリールの腰へと張り付いたが興味は抱いているようだ。

 リオリールも近づいて確認してみれば、確かにオーレンジスが言う様に、生命活動は感じない……言うなれば、これは人を完全に模した物質……人形だった。

 驚く姉妹に、理解できるという様にして首肯しながら、彼はそっと人形の傍へと寄って頭を撫でた。

 

 その頭上には、唯一人間とは絶対的な差異の象徴として、不思議な『螺子』が巻かれている。

 

「 『ひと島』 の最南端に僕の故郷はある。 そこには絶対に枯れることのない木が、古い遺跡の中で一本立って居るんだ」

「絶対に枯れることのない、木?」

「そう。枯れることも無いけど、葉や実をつけることも無い一本の大樹。 ……どんな衝撃を与えても倒れないし、枝を切ることだって出来ない。生きているのかも……時間だけが止まってそこに取り残されたとしか思えない。 そんな不思議な木が、一本あるんだよ」

「それって、本当に植物なのー?」

「ああ、昔からずっと調べられているけど、植物以外の何物でもない組成であると結論づけられているね」

 

 オーレンジスは幼いころから、その不思議な大樹を解明したかった。

 一緒に住んでいた家族や大人たち、そして友人たちは『そうであるもの』として受け止めていて、まるで気にしていない。

 だが、オーレンジスはただその事実を受け入れる事に対して、どうにもすんなりと『そうである』納得ができなかったのだ。

 

 自然とオーレンジスは、その木の成り立ちの根本を知りたいと願うようになり、そしてそれが彼の生涯をかけての夢となるのに時間は掛からなかった。

 

 この倒れない一本の木は、村に見える場所に存在したわけではない。

 

 少しばかり歩いて、廃墟となっている遺跡と思われる中でずっしりと根を張って存在していた。

 

「この子はそんな木の幹で、見つけたんだ。まるで大樹を見守る様にして、じっと動かず……最初に見つけた時は夜中だったこともあって、子供のボクは幽霊なのかもって怖がったのを覚えてる」

「そうなんだ……わわ、腕だけでもすごい、重たい。本当に人じゃないんだ」

「あはは、どうも特殊な素材を使って身体が造られてるようでね。色々と調べては居るけど、分からない事の方が多いんだ。まぁ……とにかく、木の謎を解き明かすのに必要な情報は、この機械の子が持っていると僕は睨んだ」

 

 人間と見紛うほど精巧につくられた人形の動力となるのは、あからさまに取り付けられている頭上の螺子だとオーレンジスは言う。

 もちろん、力技で巻く事は人間の力では難しい。

 鉄製の道具や歯車などの機構を使って無理やり回そうとしても、まったく螺子は動かなかった。

 

 何か特殊な機材が必要なのか、それとも二度と動くことができないほど壊れているのか。

 それすらも判別がつかない。

 

 オーレンジスの研究とは、彼女を蘇らせるために始めたものの延長線にある。

 

 彼女……この明らかに機械で造られた人形を復活させることができれば『謎の遺跡の木』について多くの情報が得られるに違いないと踏んだからだ。

 

 もちろん、彼女が動力を得たところで『物言わぬ機械』である可能性があることも判ってはいる。

 しかし、ここまで人間に近似した姿であれば期待も出来るだろう。

 遺跡の木を知る為の手掛かりには違いないのだ。

 その為には、この機械人形を復活させるための知識を得る必要があった。

 オーレンジスは独学で力学を中心に持論を発展させてきたが、その全ては彼女の復活の為に行われた研究の副産物だったのである。

 

「それで、僕が『ひと島』から『みつ島』に移り住む事を決断したのは、この子の螺子と似た物が此処で見つかったという話を知ったからなんだよね。 大きさは、全然違ったけど」

「え、ユウバナ村で?」

「あはは、正確には家のすぐ外に見える、まみどり大森林の中の遺跡から、だね。行商人が何処で仕入れたのかを教えてくれて……それが切っ掛けだった。 僕が護衛用に作った絡繰りは、この子を模して作ってみた物を転用した武器なんだよ」

「へー、だから頭に螺子が全部ついてるのね」

「でも、オーレンジスさんが造ったのは無骨というか、なんというか」

「僕も最初はこの子と同じような人間の姿で作ろうと思ったんだけど。いやぁ~、残念なことに僕はそういうセンスは無かったみたいなんだなぁ」

 

 おかげさまで、鉄のヘルメットと螺子を被った人型のブリキ人形のような形になったらしい。

 それにしても、とリオリールは思う。

 まみどり大森林というのは、何時もユウバナ村の皆が森の恵みを手に入れる為に通う事のある西の森の事である。

 なのに、そんな古い遺跡があるなんて話は聞いた事も無かった。

 そんな疑問をぶつけてみると、オーレンジスはバツが悪そうに頭を掻く。

 

「実をいうと、ユウバナ村の大人たちから、遺跡については子供たちには秘密ってことになってるんだ。あそこを縄張りにしているらしいモンスターは凶暴で、遺跡に住み着いているからね。危ないんだ」

 

 その狼はかなり巨大化しており、大人たちであっても逃げる事しか出来ないという。

 少なくとも、オーレンジスは直接見た限りでは太刀打ちできそうにないと判断して一目散に逃げだした。

 

 ただ群れで行動しているわけではないハグレのようで、向こうも深追いして来ない事から、今のところは人的な被害は出ていないらしい。

 

 遺跡そのものも少し入り組んだ地形を進まないと入り込めない場所であり、子供たちが迷い込むことはまず無い所だ。

 

「君たちが成人の儀を終えれば、教えてもらえることだ。 だから、僕が教えちゃったのは秘密にしておいてくれないかな?」

 

 意外と子供には秘密な事も多いんだなぁと思いつつ、ミルミスはオーレンジスへと尋ねた。

 

「この子は、なんていう名前?」

「ん? さぁ……分からないけど、一応はこの螺子の所に書いてある名前を拝借して、 アデーレ、と呼んでいるよ」

「そうなんだ。アデーレさん……」

 

 そう呟いて熱心に観察を続けるミルミスは、どうも人形であることから興味を深く惹かれているようだった。

 そしてエルオネもまた、機械人形を前にして、顎に手を当てて考え込む様子を見せている。

 リオリールはバイタリティ溢れるエルオネが、アデーレで何かしらの商売を思いついたのでは無いかと少しだけ不安になった。

 幾らなんでも、オーレンジスの私物であるアデーレを、好事家などに売り飛ばそうなんて事はしないだろうが。

 少しばかり妹に対して失礼な妄想を繰り広げていると、オーレンジスはリオリールに向かい合って真剣な顔をしていた。

 

「リオ君」

 

 普段からは考えられない低い声に思わず驚いて、目を合わせるリオリール。

 

「オーレンジスさん、じっと見てきて何ですか?」

「リオ君、この子は錬金術で造られた可能性があると思うかい?」

「えーっと? あ、はい……え!? 錬金術で造られたんですか、この子!」

「あはは、それを僕は聞いてるんだけどね。 普通の素材じゃない組成の身体。 通常は考えられない螺子による動力。 そして、精巧に人に似せられている姿……今の三つ大島の技術で再現できる物じゃないから、もしかしたら……ね」

 

 少なくとも、僕にはわからない。

 そう言われて、リオリールはじっとアデーレの顔を見つめた。

 確かに、オーレンジスが言う通りに見た事も無い素材を使って作られているようだが、見た目は本当に人間と変わらないままだ。

 真剣に観察を始めたリオリールを尻目に、オーレンジスは持論を語っていた。

 

「僕はリオ君の錬金術というのを見た時に、昔から釜の中がどうなっているのかを考えていたんだ。そう、煮立った釜に素材を入れ込むだけで爆発を起こすような現象は、通常は起きない。世の中はある程度の法則に縛られて成り立っているからね。 だけれど、何故か不思議と錬金釜の中ではそれは起こる……どうしてなんだろう、と疑問には思わないか」

「うう、それは思いますけど、でもそういう物だったから深く考えた事はあんまり無くってぇ……」

「僕は釜の中は、異界なんだと思っている」

 

 リオリールは呆気に取られて、無意識に彼の言葉を繰り返した。

 

「いかい?」

「本来の物理法則から外れた挙動を見せるんだ。素材を投入した時点で、釜の中はこの世界とは違う法則が成り立っている異界へと繋がる……まぁ、僕が観察した限りの情報を基にしただけの穴だらけの推論に過ぎないけど」

 

 何時の間にか取り出したゼッテル用紙に、オーレンジスは図解を描きだして分かりやすく解説を始めていた。

 水を張って煮立った釜を用意するところまでは、この世界の法則のままだ。そして素材を投入した時点で、水の鏡面を境に異界と繋がる。

 この世界の法則と切り離された、理解の及ばない異界の法則が適用されて、異界の中で素材同士が混ざり合う結果──―錬金術で造られるアイテムは異界の物理法則によって塗り替えられるという論理だった。

 

 調合の失敗で爆発が起こってしまうのは、境目となる水が扉の役目に耐えきれないからである。

 水は現実と異界とを抑え付ける蓋でもあり、潜り抜ける穴でもある。 

 

 錬金術士というのは、自然とこの異界に素材を投入するという行為を始動に、『異界』へアクセスできる人物が成れると言えよう。

 

「でも、それだと釜を扱う錬金術でしか、錬金術士になれませんよね? 大陸の方では、なんだか新しい錬金術が産みだされたみたいで、私みたいな錬金釜を使うのは旧式だーって言われちゃったんですけど」

「へえ、そうなのかい? うーん、それなら間違った考えかもしれないな。でも、待てよ。釜に水を張る以外にも異界へのアクセス方法を発見したという見方であれば……っと、いやいや、今はそれを考える時間じゃなかったね」

「う──ーん、難しくて頭がこんがらがって来ちゃった。多分そういうの、トルテちゃんの方が詳しいんですよねぇ」

「まぁ彼女の意見も是非とも聴いてみたいところだが……さて、それよりも僕のアデ―レの事だ」

 

 居住まいをただし、錬金釜の中=異界説の説明に使ったゼッテル用紙を懐にしまい込んで、オーレンジスは改めてリオリールへと口を開いた。

 

「僕も錬金術の真似事をしてみたけど、まるで上手く行かなくてね。才能が無いのだろう」

「あ、だから錬金釜が前の部屋に置いてあったんですね?」

「そう、最初は自分で試してみたんだけど、釜に入れた素材がただ水に濡れただけになってしまったよ」

「爆発しなくて良かったですね……」

 

 リオリールは何とも言えない気持ちでオーレンジスへとそう言った。

 最初に始めた頃、彼女はほぼ100%の確率で釜を爆発させていたのを思い出してしまったからだ。

 

「今までにこの世の中の法則によってアデーレに様々なアプローチをしてきたが、君たちの作る『びよおぉぉおん合板』などの錬金術で造られたアイテムを精査した結果、調合されたアイテムは特別な物質に変質していることが多く見受けられたんだ」

「そ、そうなんですね、へぇ……」

 

 リオリールは曖昧に頷きながら、よっぽど自分よりも詳しいオーレンジスに相槌しか打てなかった。

 

「アデーレのような機械人形は錬金術と深く関係性がある可能性を捨てきれなくなったんだよね。 自分では上手く錬金術を調べることが出来ないことも分かった……そこで……リオ君たちに依頼をしたいんだ」

「い、依頼ですか? うぅ、なんだか難しそうなことを言われそう!」

「あはは、そう構えないで。僕も現実的な物理法則からのアプローチは続けるしね」

 

 アデーレの再起動に、錬金術によるアプローチで協力をしてほしい。

 

 具体的には、リオリールには動力となりうる螺子の模倣、もしくは代替できる動力の確保を最終目標として。

 

 改めて正式にそう依頼されたオーレンジスの要望に、妹達と顔を見合わせて。

 

 リオリールは自信無さそうにゆっくりと頷き、彼への協力を約束したのである。

 

 

 

 





オディーリアとクローネ。可愛いですよね。
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