リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
一度、本格的な遠征を組んでおくべきだ。
成人の儀に向けて中央島への出発が、いよいよ現実味を帯びてきた。
リオリール・トルテ・カスカルとイッチの四人が、リビングで集まった時に、そんな提案がされていた。
隙間時間を目一杯使って訓練に明け暮れた成果があったのか。
訓練に付き合ってくれたカスカルやイッチ、そしてヘーゲを始めとしたユウバナ村に住む子供たちの協力もあり、リオリールもトルテも、錬金術士として作った道具の扱いを覚えることがどうにか出来た。
トルテはなんと、フラムやウニといった投擲物も、だいぶ狙った場所に蹴り込む事が出来るようになったのである(たまに靴にトゲが刺さって転んでいたが)
ちなみにリオリールは逆にパワーがありすぎたのが、コントロールできない原因だったので、抑えてぶん投げる方法を会得した。
上から振りかぶるのではなく、サイドから持ち上げるように投げ込むことでコントロールの精度を上げたのである。
ソフトボールなどに見られる、下投げという方法だった。
「既に実践も経験していますし、ぷに以外の魔物とも、そろそろ戦ってみるべきです」
「確かにな。この辺じゃ間引きもしてるから殆どは危険度の低い野良のぷにくらいしか居ないけど、三つ大島には多様なモンスターが居るからな」
カスカルは、護衛役の立場としても妹達にはモンスターを知って欲しかった事から、イッチに同意する。
「モンスターから獲れる物も、貴重な錬金術の素材だからね」
「うん、今はモンスターから獲れる素材は全部コールで買ってるから、そこの経費を埋めれたら大きいよね」
「獣の羽だけは、ドラのおかげで補充が容易なのは助かってるけど……」
「うん、確かに」
「グアァー」
トルテとリオも同じように、モンスター討伐には積極的になる理由がある。
海のモンスターの素材などは、ユウバナ村全体で漁を行っている関係で充足しているのだが。
「それだけでは無く、成人の儀で採取を行う際も、モンスターが現れる採取地が指定されるかもしれません」
「モンスターから直接獲れる素材じゃないと、試験が難しくなる可能性もある」
「そっか。それなら私たちだけでも素材が採取できるように、最低限の対応は出来ないとダメだよね……」
「そこも試験って事になるのかも知れないしな」
「カスカルさん、他人事では無いですよ。もしかしたら、モンスターと戦う事になるのはカスカルさんの方かも知れないんですから」
「ああ、まぁ……俺は別に強いつもりは無いけど、弱くもないと思ってるんだけどな……」
ユウバナ村周辺──―アサハレ村や、その道中であるアサユウ街道。
ユウバナ海岸にまみどり大森林の入口付近などは、もうある程度は巡り終わっている。
採取地の幅を広げる事を考える時期に差し掛かっているのは、イッチの知識から照らし合わせても違和の無いところだった。
候補となるのは3つの採取地だ。
クラウス兄さんが運営しているボーク牧場の西に沿って広がる『岩こぶ平原』
アサハレ村から東、タータラベからユウバナ村の近くまで。 海岸沿いに延々と連なって続く『古址街道』
まみどり大森林から南西にある『樹門の磯辺』
イッチの知識では何処も新しい素材に出会えるし、モンスターも多様化しており次に目指す場所としては適当なところである。
ただ、今までよりも集団で襲ってくることが多くなっているので、フラムやウニを始めとした全体攻撃系のアイテムの活用ができないと、ジリ貧になっていく場所でもある。
一つだけ注意点があるとすれば、『岩こぶ平原』だけは養殖されていない野生の三つ牛が群生している場所が在る。
野生の三つ牛を怒らせると、育ち切った最終盤のパーティーでも初見では崩壊しかねないほどのとんでもない強さを誇っている牛が大量に居るので、リアルな世界となったこの場所でバッタリと出くわさない様に気を付けなければならないだろう。
みんなで相談した結果、リオリールたちは『古址街道』に向かうことに決めた。
成人の儀で中央島に向かう際には、今のところアサハレ村やタータラベを経由することになる予定だったからだ。
下見を兼ねて、採取地に向かうのに丁度良かったのである。
道中アサハレ村で少しだけ売り買いをして、足りない物資を補充しつつ、案内人をつけて東へと足を向けて5時間弱。
ゆっくりと歩いてきたというのもあるけれど、古址街道の入口に辿り着いた頃には、太陽が西に沈んでいってしまう所であった。
「今日はこの辺にキャンプを敷いて、明日から街道に入っていくのが良いと思うぞ」
慣れない採取地にて、逐一アドバイスをくれているのは、アサハレ村に住んでいるシャボール=ゼルマという30歳くらいになる女性だ。
フィールドワークというと錬金術士だけが行っていると思われるが、自然の恵みを得る為に村の外に糧を求めて出歩く人というのは少なくはない。
普段の生活の中で、島の自然の力に寄り添って恵みを得る人たちは三つ大島では多いからだ。
特に冬場が近くなると、食料関係で備蓄が始まってくるので、少しでも自然の恵みを得ようと糧食を確保しようとする人は増えてくる。
そんな時、村の近くで土地勘のある者が、訪れた人達の案内人を買って出るのは珍しくない光景だ。
実際にカスカルは、ユウバナ村に不慣れな人の案内人を勤めた事があった。
リオリール達はアサハレ村が最も近い、ご近所ということで土地勘はある方だったが、実際に『古址街道』へと足を運ぶのは初めてとなる。
安全をコールで買えるのであれば、ケチる理由は殆ど無かった。
何より、キエーシャ先生との繋がりから、ゼルマはリオリール達の知人である。
普段は薪などの生活必需品を売って暮らしている人だが、副業として案内人もやっているのだ。
「この街道沿いの遺跡はタータラベからユウバナ村の近くに沿って伸びている……昔は『みつ島』で最も大きい都市だったのではないか、という話なのは有名だろう?」
「ああ~、学校で聞いた事があるような」
「そんな発展していた都市が、どうして地下に埋没するくらいに廃れてしまったのか……結局その謎は解けないままだけど、調査が盛んだったから当時作られた地図はしっかり残ってるのさ」
今でこそ『古址街道』への入口は、アサハレ村にしか存在しないのだが、昔は大きな街であるタータラベから入る事が出来たのだ。
ところが、タータラベ側から入る事が何時しか出来ないほど、地形が変わったらしい。
「理由は不明だけどね。当時の人達にとって、タータラベ方面は封鎖しなくてはならない何かがあったんだろう」
「こんなに建物や残された跡があっても、過去の事って分からなくなっちゃうんですね」
「ご先祖様だって馬鹿じゃない。何も無ければ入口を封鎖するような事はしない筈だ」
「それって、やっぱり危険があったって事なんでしょうか?」
「ああ。きっとね。案内人として申し出たのも、カスカル君やリオちゃんが無理しないように御目付してるってのも少しだけあったのさ」
「えへへ、ありがとうございます、ゼルマさん。 助かってますよ~」
コールを受け取って案内している以上、案内人としての役割を全うするつもりは最初からあるが、ゼルマとしては見知った子供たちが無茶しないように見ておきたかったのも本音である。
錬金術士という存在は解毒剤の件もあるので最近になって認知はしているが、何をするのかは知らないゼルマは、危険な場所まで深入りしないようにするつもりだった。
『古址街道』は『みつ島』でも有名な遺跡群だ。
遥か昔に作られた町として、確かな形跡が残っている。
今でこそ当時、建物の屋根であった部分が街道の地表に少しだけ出ているだけの、埋没してしまった場所だが。
当時の光景を予測した、専門家の話によると盛況な港町と、大きな工場を有して発展していたとされていた。
だが、それ以上の事は殆ど何も分かっていない場所でもあった。
調査が進まない原因の一つは、『古址街道』の建物である。
建物の中に入れないせいで、結局外側の表面的な地勢などしか分からないのだ。
何処の地面を掘っても建物の屋根にぶち当たるだけで、その屋根はどんな方法を用いても破壊が難しかった。
フラムのような爆発物の衝撃に対して頑健であり、どれだけの力自慢な人が杭を打ち込もう繋ぎ目すら無い屋根は凄まじい硬度を誇って穴すら空かない。
三つ大島に存在する、どんな道具を使ってもビクともしないのだ。
運よく、屋根のない所を掘り進んだ人もいたが、そうした場合でも堆積した土量を掻きだす方法に困ってしまう。
調査隊は毎回、屋根の無い場所を広げようとするが、時間と予算の関係で結局は中断することに。
調査を続行する事が殆ど無理だったのである。
「古から存在しているのに一切、こんなにも広い範囲で何も分からない遺跡か。 普通に考えると、ただの街だったんだろうけど」
「いつか全貌が明かされて、ご先祖様の事がわかるかも知れないねぇ。 ま、アタシ達が生きている間はきっと無理だね」
「そう考えると、なんだか無性に過去の出来事が気になってきてしまいますね……」
「はははっ、考古学者にでもなるかい? カスカル」
「う、からかわないで下さいよ、ゼルマさん……でも、まぁ、そういう道もアリっちゃアリなのか……」
「うんうん、可愛いなー、カスカルは!」
「わぁっ! やめてくださいよ! 当たってますって!」
そんな雑談を聞きながら、グイグイと迫るゼルマに、兄のたじろいだ様子を見て笑いつつリオリールはトルテへと話しかけた。
「あはは、お兄ちゃんも大人のお姉さんが相手だと形無しだな~……さてっとと、記載されてる地図を確認すると、この辺だよね」
「うん、で、こっちが東で向こうが西だから~」
リオリールとトルテは、カンテラを使いながら『古址街道』の分かっている範囲で記載された地図を広げて場所の確認を行っていた。
その間に、カスカルはゼルマと一緒に寝床や雨風を凌ぐ即席のテントを張り、イッチは周辺の警戒と焚火の為の燃料を探していく。
そう時間を経たずに役割を分けた作業を終えて、焚火を囲んで食事となった頃。
すっかりと西日が落ちて、『古址街道』の夜が訪れていた。
「それで、錬金術に使えそうな新しい素材っていうのは、どういう物があるんだ?」
暖かいスープに喉を鳴らしながら、カスカルが聞いた。
「私が調べた限りだと『キーファ』や『苔むした倒木』『ツヴァイナッツ』などの植物カテゴリのものが多かったかな?」
「鉱石も多そう。多分、堆肥した土が盛り上がって形成された自然の中に、鉱物資源が混ざっていて露出したんだと思う」
リオリールとトルテの言葉に、カスカルはカンテラの光の中でゼッテル用紙に書き込んでいく。
鉱石の種類は様々で『ライゼ鉱』『緑紋石』や『岩ザクロ』など、表面に露出している量こそ少ない物の、多様に見られている。
子どもたちの会話を聞きながら、ゼルマはスープに口をつけて思い出すように言った。
「そういやね、光る石も昔は存在したみたいだ。 真っ暗闇の中でもボォーっと光るらしい」
「へぇ。それって石そのものが光ってるって事ですよね?」
「月明かりの無い場所でもハッキリ光って見えるというからね。 不思議な話だが……最近はとんと聞かなくなったねぇ」
「トルテ、どういう物か分かるか?」
「うーん……ハッキリと言えないけど、錬金術の素材で、石ってことで考えるなら『月晶石』かも。名前が地域で違うだけで『月光石』とも呼ばれてるけど」
「光る石か……」
トルテは頭を押さえながら知識を掘りだして、思い当たる素材の名前を挙げた。
他に思い当たるのは鉱石系の水晶だが、こちらは光を貯めこむ性質は無く、光源が無ければ真っ暗闇の中で光ったりはしない。
トルテがうんうんと考えてる中、イッチは少し顎に手を当ててから口を開いた。
「精霊の力が宿った物は、闇夜の中でも光るとも言いますね。過去はこの『古址街道』に精霊が存在したのかも知れません」
「ああ、『七色鉱』とか『精霊の涙』とかなら、確かにイッチさんの言う通りに光るかも! 神秘カテゴリから引っ張ってこれるなら幾らか候補は増えるし……うん、そうだ」
「はぇー、トルテちゃんも凄いけど、イッチさんも物知りだね」
「いえ、まぁ……一応、助手をやっていたので……」
「そういえばそうか。 なぁ、イッチの先生だったレッドさんって、どういう人だったんだ?」
「あ! そうそう! 錬金術士だったんだよね! 私も聞きたいかも!」
「私も。爆殺する事になるかもしれないし」
「うわでた、爆発! それは止めようよトルテちゃん!」
三人に詰め寄られて、イッチは苦笑した。
実際にゲームの中でも『古址街道』の奥地で入手できたアイテムを思い出していたら、言及されると困るところに話題が伸びてきてしまったからだ。
「そうですね……なんというか、すごく、すごい人でした」
「へぇー! 凄い人なんだね! いいなー、私もスゴイって言われたいなぁ……スゴイ錬金術士だって! うーん、ふふふ、私も凄いリオリールになりたいな」
「具体的に何が凄いんだ?」
「その、錬金術とかですかね……」
「……そう、凄腕の錬金術士」
カスカルだけは何も具体的な事を言及していないことに気付いていたが、リオリールとトルテは『凄い』『錬金術士』という言葉だけで自分の思考に入り込んでいった。
トルテの事もそうだが、イッチの背景も殆ど何も分かっていない事にカスカルは気付いている。
しばらく、困ったような笑顔を張り付けていたイッチを見つめていたが、カスカルは軽く嘆息して首を振った。
今更、出自がどうか等と関係はないからだ。
これまで一緒に行動を共にした仲で、カスカルはイッチが優しい人であることを知っているし、頭だって良く回る。
そして錬金術についてある程度理解をしている大陸の人であり、カスカルやリオリールたちの友人。
それだけ分かってれば、本人からの言葉が無い限りは詮索しない方が良いのだろう。
困っていそうに見えるなら、猶更だった。
カスカルは話題を変えてあげた。
「こう暗いと、夜の間に明日の準備をするのは現実的じゃないな」
「確かに……こんなカンテラの光じゃ周囲も殆ど何も見えないもんね。 ん? カンテラの光……強くなれば周囲を照らせる? う~~~~ん、何か……」
「おいおい、後にしろよリオ。 でもそうなると、朝は早く起きないとな」
そんな双子のやり取りに、ゼルマは頷いて同意してくれた。
「ま、そうさね。光源をしっかりと用意して調査に望む人たちも、大概は昼夜交代でやるような大人数での調査隊だから。個人で調査を進めるなら、朝早くに準備を始めるのが普通だよ」
「そういうものですか。ゼルマさんは、調査に同行することも多そうですよね」
「ああ。案内人を付けない事は危険に繋がるからね。もっとも、同行者が増えることを嫌う人たちも多いけど、そういう人達は遭難することも多くて二度手間ではある。救出となればお金は多く貰えるけど、安全を買って欲しいものだね」
肩を竦めてゼルマは、そう浅くない日を振り返って案内人をつけずに二人だけで『古址街道』へと足を踏み入れた人が居る事を教えてくれた。
かなりの重装備と背負っている大量の荷物から、調査人として経験を積んだ人であることが窺えたが。
「アサハレ村が最も近い拠点だけど、帰ってくる姿を見ていないんだ。だから、もしかしたらまだ、『古址街道』の調査を続けているのかもね」
そして翌朝。
ゼルマの協力を下に準備をしっかりと進めて、朝日が昇りきった頃だ。
いざ、フィールドワークへ! と足を進めたリオリール達は、すぐに足を止める事になったのである。
「すまない、助けが必要なんだ。 力を貸してくれないか」
ゼルマが案内したという、先に調査へと出かけていた人であった。
彼は、一人だった。
リオリールたちに助けを求めたのは、ナータン・ナハトバッハという背丈が180cmほどの20台半ばの男性だった。
つばの広い山高帽と、民族衣装にも見られる片側を留め具で抑えたサグムのような服に身を包んでいた。
もともと体毛が濃いのか、数日の間に髭がかなり伸びてしまっていた。
彼はよくこうした遺跡を調査しているのだろう。
背嚢には調査道具と思われる様々なアイテムが詰め込まれていて、幾つかの道具はリュックサックの口から飛び出している。
「すまない。話を聞いてくれて助かる」
「それより、見失ったのは何処だい。地図に乗ってる範囲にあると良いんだけどね」
「夜中の間に逸れてしまったんですよね?」
「ああ、そうなんだ。えっと、この地図は北がこっちか……」
ゼルマの広げた地図は、これまでに彼女が古址街道を案内してきた全てが記載されたものである。
アサハレ村が調査の活動拠点になることから、彼女の持っている地図ほど詳細に詰められた物は存在しなかった。
リオリールやカスカルも、広げた地図を覗き込んでナハトバッハが指先で辿る場所を一緒になって注視する。
「多分……この辺だ。過去に掘られた穴の奥を調べようと思って、近くにキャンプを張っていたんだ」
「こりゃ随分奥まで行ったもんだね。 それで、どのくらいになる?」
「え?」
ゼルマの声に、ナハトバッハは渋面を作って視線を外した。
リオリールの疑問に応えるように、ゼルマは経験則から推測を話してくれた。
遺跡の調査というものは、少なくても数日。
大規模な物になれば数カ月という長いスパンをかけて行う事が殆どだ。
そして、古址街道はユウバナ村からタータラベの海岸線まで続くほどに、広大に広がっている巨大な廃墟群である。
地図に記載されている場所も広範囲であり、ナハトバッハが示した場所はタータラベにほど近い。
今、リオリール達がいるアサハレ村の入り口からは随分と遠い距離であった。
救助を求めにこの場所へたどり着くまでも、2日は掛かっていると見て良いだろう。
「……連れと逸れてからは、もう5日以上。食料や水は多めに用意していたが、生きているなら後数日で尽きる頃だと思う」
「そ、そんな。それなら急いで救助に向かわないと!」
「居る場所は分かっているのかい? このキャンプ地の近く、ってだけじゃ難しい」
「その、逸れた場所は……分かってるんだ。遺跡の中に、落ちてしまったから」
「遺跡の中に入れたのかい!?」
驚いたのはゼルマだった。今まで、古址街道の建物の中を調べようと多くに人々が屋根を破壊しようとしたり、穴を掘ったりしてきたのだ。
それでも、ゼルマが知る限りで遺跡の中に入り込んで調査を出来た人は居なかった。
恐らく、偶然入口を見つけたのだろうが、古址街道の謎を追う上で大きな一歩になったことは間違いが無い。
「リオ、トルテ。ちょっと予定とは変わるけど、俺はナハトバッハさんを助けたいと思う」
「うん、もちろんだよ、お兄ちゃん」
「大丈夫。助けた後に、ゆっくり採取すれば私たちは良いから」
「ありがとう……感謝を」
「そいつはまだ早いよ。 お礼は助かってから頼む。 やれやれ。まぁ見捨てる訳にもいかんさね。 で、出す物は出すんだろ?」
「ああ、どうなるにせよ、金は払う……道中までは俺も案内が出来る。 頼む、力を貸してくれ」
──────・
ナハトバッハの築いたキャンプ地に戻るまでに費やした日時はまたまた丸2日ともなった。
朝から夕刻まで、ほとんど寄り道をせずに真っすぐに向かったと言うのもあるが、ゼルマの作り上げた詳細な地図によって道が分かっていたのも大きく影響しただろう。
ナハトバッハは殆ど直進してキャンプ地へ迎えるように、様々な道具を駆使して道を切り開いていた。
道中、何度かリオリール達にとっては見慣れないモンスターも現れたが、ゼルマもナハトバッハもとても強く、戦士としても頼りになってくれた。
一応、リオリールとトルテも自分たちの作ったフラムでモンスター達を追い払う成果を出している。
ほとんど強行軍と言った形で辿り着いたのは、彼が言う通りに入口と思わしき建物が、深い縦穴の底から顔を出している場所だった。
「すごいな、本当に入口だ。 遠くからじゃ、ただの窪地にしか見えなかったのに」
「この辺……植生が変わってる?」
カスカルが感嘆する様に遺跡の入り口を見ながら言うと、トルテが肩で息をしながら気付いた事を口に出す。
ほとんど地形と一体化している遺跡の入り口は、見慣れない崩れた柱がいくつも地面から生えており、扉と思われる大きな構造物にはレリーフが象られていた。
その周辺は、トルテが言うように今まで道中で見てきた植物とは違った種類の草木で覆われている。
ナハトバッハは顎に手を当てて首を捻っていた。
「本当だ。トルテさんに言われて気が付いたが……こんな色の木々は最初は生えてなかったはずだ……」
「え、ナハトさんも知らなかったの?」
「ああ、リオちゃん。助けを呼びに戻った時には、こんな木も……それに、この辺の石も。まるで変わってしまって居る気がする」
獲物である武器の斧を肩で担いで、ゼルマは一つ首を巡らして鼻を鳴らした。
「ふん、そういやタータラベ側だったね、この場所は。それなら、昔話の真実が分かるかも知れないね」
「あ、この前ゼルマさんと話してた、あれですか?」
「そうだよ、カスカル。まぁ、全然違うかもしれないけどね」
「えっと、とにかく。何があるか分からないから、準備しないとね。キャンプ地に戻って、救助する為の準備をしちゃおうよ」
救助者はナハトバッハの妹。 ナータン・マルグレート。
ナハトバッハと同じく山高帽にケープを着込んだ女性だ。身長もほとんどナハトバッハと変わらず、かなりの長身らしい。
「髪は茶。 かなり長いから、姿を見ればすぐに分かると思う」
「それで、逸れたのは此処で間違いないんだね? しかし、建物の入口で逸れるなんてこと、あるのかい?」
「分からないんだ。目を離したのは数分なのに、気が付いたらまったく姿が見えなくなったんだよ」
「遺跡の中に居ないってこともあるのかい?」
「いや、入口を調べていたのは間違いないんだ。周辺の探索は俺もしたし……きっと遺跡に入ったは良い物の、中から出れなくなったんだと思う」
そんな話を聞きながら、リオリールは道具をポーチの中に詰め込んだ。
トルテのねこさんポーチを参考に、こうした採取地ですぐに錬金アイテムを使えるように作ったものだ。
採取した素材を放り込むための、小さな背負い樽はイッチが持ち運んでいる。
持って来たのはヒーリングサルヴ、デニッシュやフラムと行った戦闘を想定したものが殆どだった。
他に代わった所持品と言えば、アトリエから離れた場所でもちょっとした道具を錬金術で作れるように持ち込んだ、小さなお鍋と錬金溶液くらいだろう。
「救助するなら、水は必要だよね。あと、お腹が空いてるかも知れないから、ご飯とか? う、うーん、デニッシュじゃ重いかなぁ?」
「衰弱しているようなら、シチューとかの方が良いかもね」
「そうだね~」
「あ、リオ、これ」
「ありがと、遺跡の中に入るならカンテラは必要だよね……あれ、でもこれって」
トルテも同じようにポーチの中にアイテムを詰め込んでいた中、リオリールに差し出したのは光源であるカンテラだった。
ただ、困ったことにカンテラはゼルマから貰った2つしかない。
一つはカスカルが腰にぶら下げて持ち歩いている。
もう一つは、今トルテが手に持っているカンテラだけだ。
「それはトルテちゃんが持ってて。私じゃ失くしちゃうかもだし」
「いいの?」
「うん。私はお兄ちゃんから離れないようにするから」
「わかった。それならポーチに引っかけたいから、紐とかある?」
「おっけー。あ、私、生きてるナワを一個持ってきてるから、それに使っちゃおうか?」
「私のもあるよ」
「トルテちゃんのは何があるか分からないから、取っておこうよ。とりあえず私ので準備だけしちゃおう」
リオリールがナワを取り出すと、早速するするとトルテの腰元に巻き付いていき、ポーチとカンテラをしっかりと結びつけていく。
その様子に満足そうな表情を見せるリオリールを見ながら、トルテは口を開いた。
「リオ」
「ん?」
少しだけ準備を始める前に覗いた、入口付近でトルテは石や木々を見て回っていた。
そこで気付いたのは、遺跡周辺の木々や石は特性が多く付与されていて、品質の良い素材が多かったこと。
また、普通の街道沿いには見られない素材も多く存在していたことだった。
トルテはその事実に気付いた時、思った。
遥か昔。
そう、古址街道が『みつ島』の都市として機能し、人々が多く暮らしていた頃は、錬金術が存在していたのではないかという疑いだった。
たまたま素材が入口周辺に堆積しただけ、という可能性はある。
だが、たまたま見つかった遺跡の入口にだけ、良質な素材が集まっているというのは何とも不思議な事。
普通は分布が偏る事は殆どない。 自然物で構成されているならまだ判るが、遺跡の入口などという人工的な手が加わっているのなら疑いは強くなってしまう。
「でもさ、トルテちゃん。三つ大島は錬金術のことなんて、知らなかったんだよ」
「最近になって大陸から伝わって、初めて三つ大島の人達は錬金術に気が付いた。でも、そのもっとずっと昔は?」
「昔は……それは、分からないけど」
在り得ないとは言えない。
三つ大島はまだ人が入り込んだことのない場所も存在しているし、古址街道のように廃墟となって風化してしまった歴史も存在している。
それでも、リオリールにとっては信じることは難しい話だった。
どれほど過去に遡れば、この三つ大島で錬金術が失われてしまう等と言う話になるのか。
自分で作っていても思うが、今さっき使ったばかりの『生きてるナワ』一つをとっても、利便さという物が凄まじい。
錬金術は多くの人々を助け、力になる。
大陸の首都・メーテルブルクに開かれた巨大アカデミーは、フィンデラーンド王国の発展を支える根幹の一つだ。
素晴らしい技術と、そして人類の英知の結晶。
錬金術というのはそういう物である。
トルテは何だかもやもやとした気分になりつつ、首を振った。
「ごめん、リオ。変なこと言って」
「う、うん。大丈夫。それより……マルグレートさんだっけ? 早く見つけて助けてあげないとね。 きっと寂しがってるよ」
「うん、そうだね。 絶対助けてあげよう」
そう締めくくり、リオリールたちは準備を終えて遺跡の調査を始めることになったのだった。