リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
作り上げたカンテラを片手に、リオリールは室内の探索をおもむろに始めた。
フラムで作った光源で、ある程度は把握していたが、この部屋は長方形に長く前後に扉がある形状だった。
正面には上の遺跡の入り口に見られたような、壁画が描かれている。
流石に暗すぎて、全体を把握することは出来なかったが、狼のような動物が刻まれていたので、それほど違いは無いのだろう。
一通り室内をぐるりと廻ってみたが、燃えカスが転がっているだけで特段目を引くような物は無かった。
出入口と思わしき場所は、半端に開かれており、奥の通路へと続いている。
どうやら、火災の煙は、この扉が換気口として機能していたようだった。
扉を開けて部屋を出ると、すぐに分かれ道となっていた。
緩い円を描いている様に曲がっており、苔のカンテラでは先を見通すことが難しい。
「とりあえず、迷わない様に目印を……うーん、目印に成りそうな物って何かあったかな……? こういうのも、錬金術で作っておけば便利だったかも」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、リオリールは探索をゆっくりと進め始めた。
ドアの徴をつければ、一度通った場所かどうかはすぐに分かるんだろうなぁ、とか。
遺跡は暗いから火種はどれだけ用意しても足りないくらいで丁度良いかもーなど。
誰にというわけではない。
どちらかというと、暗闇と孤独感、そして不安と恐怖が彼女の口を動かしていた。
少しだけ開けた場所に出た。
リオリールは周囲を見回すが、この遺跡の中は随分と広いらしい。
入口から落ちて、今では地下になってしまっているが、遺跡の中は土砂で埋まっている訳でもなく、空間がしっかりと確保されている。
「こんなに広いと、動き回るのは良く無いのかな……」
「まぁ、そこが問題の一つだ。出口を見つけるのが大変だし、かといって待っていても光明が見えるとは限らないから」
「確かに……出入口は落とし穴が仕掛けられていた入口しか、今は分からないもんね」
「そうそう。しかも物理的に開くことが出来る扉もあまり無くて食料も底をついたっていうね。アハハハハ、いやー困った困った!」
「そうですよね……って、ええ!? 誰ぇ!?」
「あははは、ノリが良いなー! このこのっ! 大きな物音がしたからもしかしたら、って思ったら、やっぱ同じ罠に掛かってた人だったね! うん、おもしろいね!」
思わず尻もちをついて見上げれば、腰に手を当てて笑う長身の女性の姿。
ぜんぜん面白くない、と内心で毒付きながら、リオリールは何時の間にか隣で独り言に答えてくれてた人を見上げた。
まさかとは思いつつ、それでもやっぱり心当たりは一つしかなくて。
名を尋ねれば、探し人であるナータン・マルグレートその人であった。
ナハトバッハの言う通り、長身な体躯で茶色の長い髪。兄と同じような服装でケープを着込んでいる。
話の差異があるとすれば、片側の目だけ隠すように、特徴的なマスクを着用していた事だろうか。
「す、すごく元気ですねっ……え、なんで? 遭難してるのに、こんなに元気があるなんておかしいような~」
「うひひひひ、まーこんな家業に付こうってならさー、サバイバル系はもとより色々と知識を詰め込んどかないと死んじゃうからね。極限状態でしか役に立たない事も覚えてるってワケ!あ、救助に来てもらったのは分かってるよ、お礼はちゃんとするから安心してね!」
「ノリが軽い……それより、この遺跡の中、真っ暗でしたけど。 どうやって移動をしていたんですか?」
マルグレートはマスクを撫でながら、よくぞ聞いた! 秘密はこの仮面だよ、と教えてくれた。
古代遺跡や廃墟などの調査を行う際、建物の内部などに入り込む時には光源を準備する必要があるのは言うまでもないことだ。
松明やカンテラを用意するのが普通だろう。
リオリールのように、急な事故で真っ暗闇の中に落ちてしまう可能性は幾らでも考えられる。
そもそも人の手を離れた、もしくは入っていない場所に、進んで入り込もうというのだ。
太陽が沈んで夜になるだけで何も見えなくなる場所だって、三つ大島には多く存在する。
マルグレートは遺跡調査用の道具に、いくつか個人的資産を注ぎ込んで手を入れて準備を進めていたのだ。
着用しているマスクもその一つで、真っ暗闇の中でも視界を確保できるという錬金術で作った道具であった。
「作成料で手持ちのコールは吹っ飛んだけど、この状況になるとやっぱ作っておいて正解だったなーって。 昔の私もなかなかやるわ、ちょっと自分が怖いわね!」
「大陸の錬金術士が作ったものなんですね、スゴイですっ!」
「あ~そりゃどうだかねぇ? コイツを依頼した子はアカデミー出たばっかりでアトリエを持って駆け出しだから、あんまり信頼はしてないんだけどね、アハハハ! ま、格安なのが利点だねぇ、うんうん」
あまりな言い様に、リオリールは苦笑して返すことしか出来なかった。
「そんなことより、この遺跡は大当たりだよ誰だか知らない君。 こんな状況だから行けそうな場所しか巡って無いけど、ここは古代の工場だぜ!」
「え、古代の工場? へぇ~~、ってことは、此処では何かが造られていたって事ですか?」
「そうだね! 3日間ほど行けるとこをぐるっと廻って見たけど、造られてるのは人間だね!」
「人間!? 人を作る工場なんですか?」
「うむ! 大小さまざま。 赤ちゃんまで居たんだから、間違いないわ!」
マルグレートは何でもないように言って、リオリールを驚かせた。
ただ彼女が言っている事に嘘や偽りは全く無く、人間を模したパーツが至る所で散見されており、それらはかつて管理されているような形跡が見られたという。
実際のところ、リオリールには歴史家などの専門家の話は殆ど理解が及ばないところだ。
ただ、自信満々で話を聞かせてくれた(恐らくプロフェッショナルの)マルグレートの態度には、説得力と納得性が伴っていた。
何より、勢いが凄くて素人のリオリールはなるほど、と頷くことしか出来ない。
みつ島で最も大きな都市と思われていた街道の廃墟は、巨大な人間作製工場の跡だったのだ。
いや、それはそれで何だか恐ろしいな、とリオリールは思った。
判明しているのは製造していた物が恐らく人間に等しい何かであること。
大きなガラクタから小さなものまで、それを確信させる様々なパーツが証明している。
「でも、そんなに人と同じ姿をしたものを作って、一体何をしようとしていたんだろう?」
「さぁ?よく分からないけど、人恋しいとかなんじゃない?」
「そ、そんな理由ってあるかなぁ~?」
「うひゃひゃひゃひゃ、そんな細かいとこ分からんことは分からんのよ。理解なんて一旦は棚上げしといた方がこういうのは上手くいくわけ。悩む時間は勿体ないの。建設的なのは分かる所から理解しようとすること! これ、ペーパーテストとかでも重要だから覚えて置いて損はないわよ」
「そうかな……そうかも。じゃあ、とりあえず私たちは遺跡の入り口に帰る方法を探さないと、ですね」
「そうだね!けど、まったく出口が見当たらないんだな、これが! 実際、今のところ完全に脱出不可能なんだわ! あっはっはっは、困ったね~!ま~あ~兄ちゃんが上手くやってくれりゃ何とかなるっしょ」
「うわ、なんで物凄く危険な状況で底抜けに明るいんだろう、この人……数日この遺跡の中に閉じ込められてるはずなんだよね……?」
リオリールは別の意味で彼女に恐怖を抱いたが、そうした機微をマルグレートは一切、察してはくれなかった。
何にせよ、出口を探すにはこの場所に留まっているだけでは進まない。
リオリールを促し、マルグレートはゼッテル用紙に作りかけのマップにペンを走らせながら、何気なく聴いた。
「あ、そだ。 リオちゃんって、強い?」
「え? 弱いですよ!」
「そうなんだー。いやー、この先に変な奴がちょろちょろ居てさ。何度か襲われたから気を付けてね」
「ええっ、も、もモンスターが居るんですか?」
「うん」
「う……あの、マルグレートさんが守ってくれたりは……」
「あたし戦うのって、てんでダメなのよね。でも大丈夫! 逃げるのと罵声を浴びせるのは大得意だから」
「あぅぅ、どうしよ。やっぱり下手にこの場所から動かない方が良いんじゃ……」
「あははは、何とかなるって!安心しなよ、リオ! 遺跡調査のプロフェッショナルなアタシがついてるわよー!」
「一人で逃げ出さないでくださいね!置いてったら恨んじゃいますよ!」
「おっ良いね!囮作戦! ヨシッ! もしもの時はそれで行こう!」
「行くなーーー!」
たまらずリオリールは大声で突っ込んだ。
トルテは建物の何処かから、くぐもった女性の声に気付いて作業の手を止めた。
「会話……? どこかでリオが誰かと合流したのかな?」
無事に気絶から復帰したトルテは、僅かな手元の灯りを下に、探索に乗りだして数時間。
落下した場所を起点とすると、トルテが行けそうな場所は3か所であった。
精巧な人の形を成した部屋。
その奥にあった扉は開き、手前にあった扉は開くことができなかった。
奥の扉には三つの祭壇のような物が並んでおり、建造物の由来や使い方はまるで不明。
祭壇の脇には土砂で埋まってしまっている通路。
その反対側にはトルテくらいの小柄な少女が通れるくらいに道が続いていて、奥まで来ると大仰な装飾が施された扉のある大きな部屋へと出たのである。
そこには入口で見られた壁画と似た物が存在していた。
太陽を象った物。
その下に集う、民衆を現したであろう人の姿。
そして、狼はそれを山?崖? の上から見上げ、口に螺子を咥えている。
「よく見れば、その下には窪みがある。これが恐らく、鍵かな」
トルテはカンテラを掲げて、両ひざを抱えて窪みを覗き込んだ。
この壁画の窪みは、明らかに何かをはめ込むように出来ている。
上の遺跡の入り口を調べていた時にも思っていた事だ。
トルテが気付いているくらいなので、カスカルやナハトバッハたちも同じように窪みに何かを嵌めこめば、扉が開くと予想することだろう。
あの魂の無い人を模した物質。
数多に存在していて恐ろしさ程を覚える光景だったが、トルテは人形の姿に一つだけ気付いた事があった。
その瞬間から、トルテはあの人形が恐怖の対象から、調べ得なければならない知識に変わったのだ。
そう、あの部屋に在った人形は全て、錬金術が関係している。
みつ島の歴史や、三つ大島がかつて錬金術で栄えていた可能性など、それほどトルテにとって興味のある物ではなかった。
重要なのは、ここで見つけた全ての素材、そして全ての物が、トルテにとっては参考書等では知ることができなかった錬金術で造られた物で溢れているということだ。
もうその瞬間から怖い、ではなく識りたい、に思考が切り替わったのである。
この扉と一体化している、壁画もそうだ。
「近くで見ても気づけない。壁画が大きすぎて全体を見れないから」
逆に遠くから見ても、鑑定すべき場所から遠すぎて、それが錬金術で作り上げた物質であることが分からなくなる。
だから、トルテもリオリールも、この壁画が錬金術を使って作られていた事に気が付かなかった。
「さて……始めるよ」
この壁画は扉だ。
錬金術で造られたもので、壁画に開いている窪みは鍵穴だと思えた。
もしかしたら、全部トルテの勘違いで、壁画の扉の鍵などでは無いかもしれないが、どうせこの暗闇の遺跡の中。
出口も見当たらず、行ける場所も3か所だけの狭い世界の中で野垂れ死ぬくらいなら、試せることだけはしっかり確かめておきたかった。
用意するのは鍵。
元々の形は分からないが、錬金術なら窪みに嵌めこむ形を作るのは可能だ。
おとーさんから貰ったねこさんポーチの中に手を突っ込んで、取り出したるは小さな鍋。
フィールドワークの実地では何が起こるか分からない為、念のために外でも錬金術が使えるようにとリオリールと相談して一式を持ってきているのは幸いだった。
ポーチの中からトルテ自身が作成した錬金溶液を取り出す。
カンテラの灯りを頼りに、身に着けている試験管を取り出して僅かな臭気を漂わす液体を慎重に移し替える。
トルテが知識の奥から引っ張り出してきたのは、錬金粘土だ。
素材のネックは『神秘の力』カテゴリの素材だったが、それはこの場所で手に入れることができた。
「あの部屋にあった人形の指。これは神秘の力にカテゴリされる素材になる」
恐れを抱いた物が錬金術で造られている事に気付いた時から、人形は怖い物ではなくなったトルテ。
しっかりと鑑定し、あの人形のパーツが素材になることに気付いてからは、むしろ興奮して一人で笑い声をあげてしまったくらいだ。
適当な木くずを燃やし、錬金溶液で満たされた鍋が煮立つと、トルテは慣れた手つきで素材を放り込む。
錬金粘土はその名の通り、あらゆる形に変形させることが可能な道具として知られている。
最終的な『形』を選ばないこのアイテムであれば、窪みの鍵穴として使うには、最適な道具の一つになるだろう。
そして、先ほど手に入れたばかりの花を一つ、トルテはポーチから取り出した。
「『ドンケルハイト』……まさか伝説の花が生えていたっていうのにも驚いたけど、こうしてすぐに使う事になるとは」
薬の材料・毒の材料として現在判明している中でも最大級の効果を引き出す(エリキシル)にカテゴライズされている物だ。
咲く場所が限定的なのか、大陸でも滅多にお目に掛かれない、伝説とも言われるこの花が、まさか三つ大島の遺跡の中に自生していたのは驚きだ。
勿体ない、という気持ちが沸かない訳でも無かったが、トルテは首を振ってドンケルハイトを鍋に投入した。
そして中和剤・道中で拾ったアイゼン鉱と混ぜ合わせ、じっくりとコトコト攪拌していく。
やがてただの水の溶液は形を伴った粘性を帯びた物に変化していった。
「よっし、出来た! 粘土を作るのは久しぶりだったけど……」
出来上がった調合品を指で押してみれば、形をぐにゃりと変えて、まるで液体の様に自在性を包容している。
指を離せばその形を固定したまま、今度は個体の様に固まっていく。
小さな力でも水の様に形を変え、手を離せばそのままの形で固形物として安定する。
そんな錬金アイテムが、素晴らしい高品質でトルテの前に現れたのであった。
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●錬金粘土 作成:トルテ
あらゆる形に変形する固形物。弱い力で変形するが、品質の良い錬金粘土の強度は鉄筋コンクリートに匹敵する。
確かな知識と投入順序など細かい手順が要求されており、素材を揃える難易度も高いため、アカデミーでも難易度が高い調合アイテムとなっている。
レシピ:(エリシキル)・(中和剤)・(鉱石)・(神秘の力)
● 効果 ● 特性
・無限変形 ・とてもクサイ
・硬い ・出来が良い
・希少な一品
・自己修復
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こうして出来上がった完成品を持って、トルテは疲れた体を起こし、窪みに合わせて粘土の形を慎重に整えて行った。
すると出来上がったのは、一本の螺子。
多くのレリーフで狼が咥えていたので、予想通りと言えば予想のとおりだった。
そして、明らかに大きな解錠の音が遺跡の内部に響き渡って。
扉が開かれた先でトルテが最初に見た物は、カンテラの灯りに映し出された、一体の大きな大きな白い狼であった。