リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
「くそ、ダメだ。どうやっても開きそうにないぞ」
落とし穴は完全に石畳みで閉じられており、繋ぎ目を破壊することも石畳みに穴を開けることも硬度が高すぎて無理だった。
入口もダメ。落とし穴に繋がる石畳を開けるのも無理となれば、思いつける方法は殆ど無い。
背嚢から、ナハトバッハ幾つかの掘削用のショベルを取り出す。
結局、最終的に頼るほか無いのは、物理的手段である。
「道が無いなら作るしか無い」
「こんな場所に来てまで、穴掘りかい?」
「確かに、地下に落ちたってことは掘れば良いって話かもしれないけど……」
ゼルマとカスカルは気の乗らない様子で口にするが、他に良い方策も思い浮かばなかった。
仕方なしにカスカルがナハトバッハからショベルを受け取り、その軽さに少しだけ驚く。
大きさはカスカルの腰ほどまであり、鋼鉄としか思えない素材で造られているのに、紙の様に軽かった。
「調査の為に錬金術士に作って貰った道具なんだ。普通のスコップよりは、疲れないと思う」
「すっげぇ。 こんな軽いなんて……うわ、反動も全然ない! やばいってこれ!」
試しにカスカルが地面に匙の部分を突き刺してみれば、まるで大地の土が滑らかなバターを割くように、力も居れていないのに突き入れられた。
この広大な廃墟が土砂で埋まっていても、掘ってみようという気力を取り戻すくらいには、カスカルのやる気を復活させてしまっている。
カスカルは驚きとともに、錬金術の可能性にここで大きな衝撃を受けることになる。
「こんな道具が大陸では一般的な物なのか? とんでもないな……」
「大きく普及している訳ではない。 何だかんだ、錬金術で作られる物は値段が高いからな」
「三つ大島も、錬金術が広まったら開拓できる自然が多くなりそうですね」
「ああ、王国が積極的に動いてるから、そうなる日も近いかもしれないぞ」
「確かに……」
こうして救出活動は再開され協力して穴を掘ることになった。
交代で行われる作業の最中にナハトバッハはカスカルへと歩み寄って頭を下げた。
「カスカル君、すまない。 君の妹を巻き込んでしまった」
「いえ、ナハトバッハさん。 そりゃ心配ではありますけど……でもそれは、ナハトバッハさんも同じじゃないですか」
「いや、マギーは死んでも死なないような奴だから心配はあまりしてないんだ。 世界の裏側に飛ばされても、果てしなく他人に迷惑を掛けて図々しく生き残るだろうな」
「はは、何ですかそれ」
「冗談じゃないんだぜ」
「想像がつきませんよ」
カスカルは苦笑を交えて、不器用に慰めてくれているのかと思った。
後に確かにナハトバッハの言う通りだと頷く事になるとは、この時は考えていなかったのである。
ただ、不思議なのは落とし穴の仕掛けがリオリールとトルテを巻き込んだ後に、一度も反応をしなくなった事だ。 その事を何となく聞いてみれば、ナハトバッハは少しだけ心当たりがあるようだった。
「錬金術?」
「正確には、錬金術士かも知れないと踏んでいる」
確かに落ちてしまったのはリオリールとトルテだ。
二人とも共通している事といえば、年齢を抜かすなら共通点は錬金術士であることくらいだろう。
マルグレートも友人から教えてもらってお遊び程度に錬金術を嗜んでいるらしい。 もちろん、本格的に錬金術士としての勉強はしたことがなく、基礎となる中和剤も殆ど失敗するようで本当に趣味として楽しんいるだけであると言う。
錬金術適正試験ではマルグレートも適正資格ありと判断されており、ナハトバッハは無しと診断されている。
つまりだ。 この廃墟へ入る資格があるものは、錬金術士だけだったのかもしれない。
ナハトバッハの予測に、カスカルは曖昧に頷いた。
「口伝ですら伝わらないくらいに、昔には錬金術があったのかもな。 調査が進んだら、そういう歴史も紐解ける日が来るかもしれないが」
ナハトバッハの言葉に、カスカルは作業の手を止めて考え込んでしまった。
あまり三つ大島の過去に興味を抱く事は無かったが、こうしてナハトバッハと話して居ると確かに気になってしまう。
過去の遺跡から手掛かりが現出した以上、なぜ先祖たちは錬金術を捨てたのかという疑問が湧き出てくる。
歴史家、調査……遺跡。
カスカルは少しだけ想像してしまった。
自分が歴史家の道を選んだ時。 そして大きな発見をした時の事を。
幸い、カスカルにはリオリールとトルテという錬金術士が居る。
遺跡調査の為に道具を揃える苦労は、伝手の無い人よりも楽ではありそうだ。
妹たちが作ってくれた道具を有効に使い、三つ大島にある多くの遺跡や廃墟から過去を調べ上げ、大きな功績を手に入れる。
子供らしく妄想が広がって、カスカルは沢山の知り合いたちに賞賛を受けたり、王様から栄誉の証を戴いたり。
率直、その妄想は楽しかった。
カスカルは首を振った。
大切な家族が遺跡の中で遭難して、救出作業の最中に耽る考えではない。
ただ……魅力的なロマンを兼ね備えている職業であることは理解できてしまった。
「さて、そろそろ戻らないとゼルマさんに怒られそうだ。交代してくるよ。カスカル君は、もう少し休んでいてくれ」
「あ、ええ。お願いします……」
遠ざかるナハトバッハの背を見送って、カスカルは軽くため息を吐きながら周囲を見回した。
錬金術のショベルは確かに、凄まじい力を発揮しており、人力とは思えないペースで掘り進む事が出来ている。
だが、それでも何処までリオリールとトルテが落ちてしまったのか分からない現状では、急ぐに越した事は無いだろう。
そこでふと、カスカルはイッチが居ないことに気付いたのである。
『なに? みつ島の遺跡でリオリール・フェルエクスと逸れて危険だと? 何をしているんだ、怪人一号』
「申し訳ありません。 合流を急いでます。 しかし、一つ問題が」
ショベルを肩に掲げ、イッチはぷにぷにを模した通信機でレッドマンとの交信を行っていた。
主人公であり、レッドマンにとっても大事なリオリールに大事があれば、イッチは即座に命を落とすことになりかねない。
入口をレッドマンに与えられた力で破壊することも考えたが、流石に人間離れをしすぎていて、リオリールを救助した後の立ち回りが描けなかった。
古址街道の遺跡はゲームの中にも存在する。
この遺跡は本来、序盤では遺跡の中に入る入口はストーリーが進まない限り入ることは出来ない。 少なくとも成人の儀を終えていなければ道が解放されないのだ。
アカデミー入学後である中盤以降になって解放される採取地の一つであり、遺跡の内部には遥か過去の遺物が残っている。
だが、現実としてリオリールとトルテは遺跡の中に入り込んでしまった。
『その問題とはなんだ?』
「既に遺跡の外壁を破壊しています。中には過去の錬金術の遺物とモンスターが残ってて危険です。 そして……内部には入れるのですが、私は夜目が効きませんので、暗闇の中では救助活動が行えない」
『なるほど、視界が効かないのか。 仕方ない、お前の目を闇の中でも見えるように今すぐ造り替えてやる』
「ありがとうございます、レッドマン」
『他に必要な事があれば纏めて今から言っておけ。 こっちも王国への工作に手間取っていて時間が掛かっているんだ』
「ひとまずは夜目が効けば問題ありません。 リオリールは必ず助け出します」
『良いだろう。 不審な行動を控えて、リオリールの信頼を勝ち取るんだぞ』
「はい」
通信が切れると同時に、イッチは眼の奥に熱を感じた。
痛みは無いが、強烈な違和感。
三半規管にあたるような物が存在するのかは分からないが、激烈な眩暈に襲われた時の様に、ぐるぐると視界が廻る。
体が人間の物であれば、とっくに嘔吐していそうな程、上下左右が揺らいでいた。
思わず両手で瞼を抑え、蹲る。
殆ど同時に、何かが額に当たった感触と、硬質な音が響いた。
殆どが石のような物で構成された、スラグとも呼ばれる機械生命たちが内部から飛び出してきていた。
ようやく造り替えられた瞳が開き、状況を確認できる状態になると、イッチの周辺には5体ほどの敵が、取り囲むようにして動き回っていた。
「スラグ? 小型な物だけど……もう出てくるのか」
襲ってきた相手を確認していると、横合いから鋭い空気を裂く風切り音が響いて一体のスラグを貫いた。
大きな獣の骨で造られたような、長弓を構え、高所から撃ちはなっているのはナハトバッハだった。
イッチは冷静に、そういえば彼は弓も装備することが出来たな、と感心していた。
90メートルほど離れた場所から正確にモンスターを貫いた腕は、ゲーム内と同じく本物だろう。
「何をしてるんだ!」
「大丈夫かイッチさん!」
弓矢を構えたナハトバッハの援護を背に、ゼルマが雪崩れ込むようにイッチの前へと滑り出て、スラグを巨大な斧を振り下ろし叩き潰していた。
「居ないと思ったら、こんな場所で遊んでるとはね。 怪我は?」
「大丈夫です、ゼルマさん」
ゼルマに同意するように、カスカルも追随した。
「俺も一発当てたのに、まるで効いてなかったですよ。 アイツらなんだったんです……?」
「鋼鉄の身体でしたからね、機械でしょう」
「いや、冷静に解説してくれてるけど、それめちゃくちゃ危なかったって事だぞ、イッチさん」
「それは……申し訳ありません。 ですけど、ここに遺跡の中に入れそうな穴を見つけて調べようと思ったんです」
イッチの言葉に、カスカルとゼルマはお互いに顔を合わせて、建物と思わしきものが露出している場所を覗くと、確かにイッチの言う通りに穴が開いていた。
すごい、お手柄だ! と素直に喜ぶカスカルに、ゼルマは冷ややかな視線をイッチへとぶつけた。
構造上、自然に作り出されるような穴ではなく、周囲には掘削の後が見られる掘られたばかりの土の山が残っている。 入口の近くに散乱している『ガラ』は明らかに遺跡の入口を作る為に、破壊された形跡が残っていた。
一見すると、自然に出来た穴のように思える。
だがしかし、過去、大勢の調査に入った人たちが見つけられなかった入口がこんな簡単に見つかるはずがない。
「……まぁいいさね。救助が先だ。 入口が出来たなら、準備をして中に入ろうか」
「そうですね! よし、ナハトバッハさんも呼んでこよう」
「あ、ボクが呼んで来ますよ。 準備を進めて置いてください」
「ああ、ゼルマさん、カンテラの火種は足りてますか?」
イッチはゼルマから突き刺さる視線から逃げるようにして、ナハトバッハを呼ぶ役を志願した。
多少強引だったが、突破口は開いた。
この遺跡の内部はゲームの中でも結構複雑だったが、モンスターの数はそう多くなかったはずである。
そもそも、ちらっと覗いた遺跡内部は真っ暗闇。
光源を持っていないリオリールが遺跡の中で動き回る事は、そうは無いだろう。
急いで合流すれば、モンスターの脅威に晒されることなく、保護することが出来るに違いない。
イッチは内心の焦燥を必死に抑えつつ、リオリールの無事を祈りながらナハトバッハの下へと急いだ。
「あれー!? 同じところの柱に戻っちゃった!?」
「だからさっきの道は、見たことあるって言ったのに。 リオちゃん、あんた方向音痴なんだね」
「さっきマルグレートさんの案内に従ったら、3回も同じ場所に戻って来ちゃったじゃないですか! そりゃ私も……よく方向音痴って言われるけど、マルグレートさんだってそうじゃん!」
「そうなんだよ! こいつぁまずいぜリオちゃん! こういうのは無限ループってやつだ!」
「無限ループ?」
「そう! 永遠に同じところを彷徨ってしまう、構造上トラップにアタシ達はどっぷりと嵌り込んだってことさ! もう生きて戻る事はできねぇかも知れねぇ……」
「そ、そんな!? マルグレートさん! どうすればいいんですか!?」
「でもこういう時は、前に進めば何とかなるさ。行くぞ──ー!」
「ま、待ってくださいよ! もう少しちゃんと考えてから行きませんか?」
「うひひひひ、考えても無駄だってば! 活路を開くには前進あるのみ! 何のために目は前に付いてるんだ? 前に進むからさ! さぁ、元気出して行こ──!」
再び、およそ30分ほどの時間をかけ、びくびくとモンスターが出したと思われる物音に怯えながら進むと、リオリールとマルグレートはぐるりと一周するような形で再び同じ場所に戻ってきていた。
その衝撃の光景に、リオリールはついに心が折れるようにして地面に尻もちをついた。
「やだー! また見覚えのある出発地点の柱がある──ー!」
「アッハッハッハ、参ったな―こりゃ! やっぱり無限ループに嵌ってるね!」
「うう、お腹もすいてきたし、誰も助けに来てくれないし……どうなっちゃうんだろう」
「リオ、安心して。 アタシがついてるよ」
「マルグレートさん……」
「アタシはこれでも遺跡調査のプロフェッショナル(になる予定)大丈夫だってば!」
ニカっと笑うマルグレートの表情はまるで陰ることなく、リオリールを励ました。
もともと性格的に前向きな、立ち直ることも早いリオリールは、彼女の力強い励ましに微笑み、そうですよね! と気を取り直す。
「無限ループに嵌った時、対処法があるの」
「そうなんですね! も、もぉ~、それを早く言ってくださいよぉ! プロが居て良かったぁ~~……それで、その対処法って何ですか?」
「前進する!」
「え? えっと……?」
「とにかく歩き続ければ、何時の間にか知らん場所に着いてる事があるのさ! かのアマシンダ・モードレット氏も無限ループに嵌った時、ひたすらに前へと歩いたという自伝を出しているわ! さぁ、分かったら立って立って! 新たな未知の世界を求めてレッツラゴーよ!」
「あ、アマシ……誰ぇ!? な、何にも解決になってないよー! やだ────! 誰か助けてぇぇぇ──ー!」
この流れはトルテが調合を終えて扉を開くまで続くことになるのだが、幸いなことにイッチの不安の種であるモンスターとの遭遇は、避けれているのであった。