リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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10. 古の白狼

 

 

 この世の中は、何はともあれ『人間』が中心になって廻る時期が来る。

 少なくとも、長く生きた世界の中で理を知り、それを執拗なまでに追い求めようとしたのは、この世界に数多消えては産まれる生物の中で、人間という種だけだった。

 愚かにも同じ種で争い合う事もある。

 愚昧に同じ過ちを犯し続けもする。

 だが、そのたびに何度も立ち上がって、何時の間にか同様の技術や理に至り、自らの種を存続・発展をしようと繰り返しているのが人間というものだ。

 

 最初の人間の滅びを見た時、それ見た事かと嘲笑った。

 出来ない事を出来るように望み、躍起になって追いかけて破滅する姿を滑稽に思えた。

 

 次の滅びを見た時、愚かに過ぎると見限った。

 

 そしてその次の滅びの時、人間はやがて真理に到達し、世界を統べる種となるかも知れないと考えを改めた。

 

 長い。永い。

 それは永い時をかけながら、一つ一つと頂に登ろうとする登山家の様に。

 起伏があって。

 何度も下って。

 それでも登って。

 ゆっくりと遠回り。

 迂遠にすら思える迂回をしながら。

 人間は己が種を滅ぼしては栄え、また滅んでは栄えて、そして気づくと着実に階段を上がっている。

 

 

『人間の錬金術士。また生まれたのか』

 

 

 相対するや否や、防衛本能が働いたのか。

 まるで現実とは認めないとでも言うかのように、すぅーっと真後ろに倒れ込んで気絶した人間のメスを、白い狼はただ見つめて思い出すように顎を上げた。

 

 いずれまた、人間の錬金術士と出会う時が来るとは思っていたが。

 

 

 

 真っ白な体毛に覆われた、この白狼は、爆発的大火山を経て形成されたカルデラ。

 その時に世界に産まれた『三つ大島』という地勢に程なく生まれ、『みつ島』すべての土地を塒にしてきて悠久の時を生きた存在である。

 言ってしまえば、この狼は、みつ島において歴史の生き字引とも言うべき生命存在であった。

 

 もとはただの狼。

 群れこそ無かった物の、獲物を狩り、生命を戴き、命を繋いでいた唯一匹の獣にすぎない。

 だが、転機が訪れたのは一度目の人間が知らず沸いた時だった。

 それまで獲物を狩るだけの立場から、狩られる立場にもなりそうであった狼は、人間という種を恐れた。

 人の種が手に入れたのは、世界の真理の一つ。

 

 

 当時、白狼すらも知らなかったその真理を人間は錬金術と呼んだ。

 

 

 人々はその錬金術を思うままに行使し、瞬く間に世界へと広がり──―白狼が人間が支配者になるのかと思った矢先。

 何故か勝手に利権を争い、数多の生命を燃やし尽くして勝手に滅びた。

 自然界に大きな変動があって、生態系が乱れ……結果、白狼の獲物が減って腹を空かす事が多くなったことは、何とも迷惑な出来事だった。

 

 

 再び人間が居なくなった時代を気ままに生きていると、やがてまた人間が気が付いたら増えていた。

 

 滅びたはずの人類と出会ったのは、白狼でさえも永いと感じる時間が過ぎてから。

 その人類は過去の人間を恐れていた。

 破滅を忌避し、恐れ、縮こまっていたのだ。

 かつて見た『狩る側』であった人間とはまるで違う。

 

 気紛れだった。

 

 白狼は一度目に出会った人間種のことを覚えていたので、真理に近づいた以前の人間、その技術等を親切心から教えてやった。

 その時に白狼は、錬金術という真理の一端に触れ、理解を深めた。

 

 人間達は白狼を神などと呼び、己が種で生命を絶ち合った過去を知るに至る。

 そして、愚行を二度と起こすまいと震えた。

 そんな二度目の人類は、ガラクタを作る事に腐心した。

 何か妄執的に、白狼の事を崇拝しながら、幾つかのガラクタを残して消えて行ったのだ。

 

 消えた理由は事故と言うのだろうか。

 真理を求める上で人間は無茶をする。そして、それは如何なる場合においても己の種を滅ぼす事に直結していた。

 

 狼は細かいことなど興味も無い。知る必要も実感しない。

 

 ガラクタを作り周囲がガタガタと騒がしい事や、自分に傅こうとする人間は煩わしいだけの存在に過ぎなかった。

 獣として生まれ、獣の定めを受け入れている白狼にとって、人間達がいう様に世界というものが大層な物で無い事を理解していたから。

 

 

 だから人が二度・自滅していく様を見て、生物として間違った歩み方を自ら推し進める愚かな存在だと認めた。 

 『種』そのものの有様、その辿る足跡と結末に興味が失せたのだ。

 どんな形で在れ、きっと人間は繁栄し、勝手に滅ぶ。

 

 人間が残した機械が狂い、この三つ大島を更地へと変え、白狼は火山の中でその様子を退屈そうに眺めていた。

 

 

 三度目。

『錬金術士』との出逢いだった。

 この大きな白狼の首に付けられた物が、人という存在について思い改める原因となった。

 

 時空を移動した等と嘯いた、錬金術士。

 あっけらかんとして、物怖じのしない少女を白狼は思い出す。

 

 あの忌々しい人間の雌である錬金術士の名前は何だったか。

 

 確か、なんちゃら……なんとか。

 そうだ。

 

 なんちゃら・かんちゃら。 そういう感じの。 喉まで出かかってるが、思い出せない。

 

 とにかく獣にとって人間の名前は長ったらしくて覚えにくい。短命であるため、覚えておく意味も殆どない。

 そもそも白狼には個体を示す名など必要なかった。

 だから、当時は覚えていても時代が過ぎればすぐに忘れる。

 記憶の限りではそんな感じの名前だったはずだとしか覚えてない。

 

 二度目で出会った人間とはまるで違う。

 出会い頭に己の牙が欲しい等と言い出し、いきなり山を変形させる爆弾を放り投げてきた、あの女。

 抵抗したが力及ばず。

 獣としての死を受け入れたと言うのに、生かさず殺さず。

 気付いた頃には牙を抜かれ、首輪を嵌められ、何時の間にか忽然と『三つ大島』どころか世界から痕跡も残さずに消え去った傍迷惑な人間のメスだった。

 幸いにも、牙は勝手に再生してくれたが、当時は獲物が食べ辛くなった事に大きなストレスを感じたのを良く覚えている。

 

 

 

 白狼はただ、獲物を食い、定められた理に沿って獣として生きていただけなのに。

 

 

 永き時間によって失われつつあった怒りが少しだけ、思い出と共に湧き出してきた白狼である。

 八つ当たりする様に、目の前で気絶して倒れている錬金術士(トルテ)に対して大きく鼻息を噴き付けた。

 

 

『俺様はもう、人間に関わるつもりは無い』

 

 

 白狼はトルテを前に悩んでいたが、過去の思い出が脳裏をよぎり、やがて目の前の錬金術士を喰い殺すことに決めた。

 人間との思い出もあまり良い物は無かったが、錬金術士との思い出はもっと良くない物ばかりだ。

 一概に全てが悪いとは言わないが、気持ちが良い物では決してなかった。

 獣としての観点では、迷惑の方が勝る。

 錬金術士が関わるとだいたい自然も歪になるし、狩りがやり辛くなるし。

 

 

 白狼はただ、一匹の獣だ。

 他の生命体に比べて、この三つ大島で永く生きていることは自覚もしているが、それだけとも言える。

 

『人間を喰らうのは、何時振りか』

 

 のっそりと立ち上がり、大きく口を開けた時。

 

 トルテが開いた入口の奥──白狼が塒にしている住処を挟み、反対側の扉が音を立ててゆっくりと開いた。

 

 構造上、一方の鍵が開くと、この部屋の扉は全ての鍵が解錠される。

 二回目の人間が作った建物で、白狼にとって鍵がなくても移動は容易い物だが、人間は跳ねたり跳ぶことが苦手なので鍵が無いと入れない場所だ。

 

 滅んだ人間の錬金術で造られた建物だから、白狼に詳しい事は分からないが、昔の思い出が刺激されるようにその事実を思い出した。

 

 白狼は人よりも何百倍も効く鼻を、スンと鳴らした。

 

 なんてことだ。

 錬金術を使役する人間の匂いが、この場に3人も居るではないか。

 

「うおおっ、で、でかっ!? デッッッッ!」

「ひゃああっ! ま、ま、マルグレートさん! ももも、もんすたー! 狼ですよ! いいき、生きてますよぉ!?」

『やかましいメス共だ……』

 

 キンキンと高い叫び声が暴力的に耳朶に飛び込み、聴覚が鋭い狼は機嫌を損ねた。

 トルテに向き合ってた身体を振り返り、ギロリと新たな闖入者に睨みを聞かす。

 

 リオリールは驚きに開いていた口を更に大きく開けて、再び叫んだ。

 

「しゃ、喋ったァ────ー!?」

「ふっはははは! リオちゃん!」

 

 その白狼の力強い生命力を認めマルグレートは、存在の強さと獣としての格に震えた。

 直感だけで生きているマルグレートにとって、この獣から逃げることは不可能であると本能で判断できたのである。

 更に言えば、戦いにすらならないほど実力に隔たりがあるのも一瞬で理解した。

 逃げることも戦うことも出来ない。

 そして敵意をこちらに向けている、言葉すら操る巨大な狼。

 

 マルグレートは潔すぎる決断をした。

 

「いやぁこれは無理! アタシは諦めた! 果報は寝て待てだ! だからもう寝る! 食べないでね狼さんっ、死にたくないから頼むぜ!」

「え!? は!?」

『……』

 

 親指を突き立て宣言すると共に、マルグレートは懐から何かの薬品の様な物を取り出し、自ら口に含んだ。 

 すると、どうだろう。

 トルテと同じように、そのまま真後ろに全体重を預けて音を鳴らしながら地面へとダイナミックに寝転んだマルグレートは、そのまま動かなくなってしまった。

 

 眠り薬の類を飲んで自ら意識を絶ったのである。

 

「ちょ、ちょっとマルグレートさん、起きてくださいよ! なにこれ!? 潔よいにもほどがあるって! ええ、えっと、あのあの──―ああっ! トルテちゃんも奥で倒れてる──ー!?」

 

 動揺も激しく、マルグレートの身体を揺さぶって起こそうとするが、目を瞑ったまま動かない彼女は死んでいるかのように反応しなかった。

 薬の力で全ての現実から逃避している。

 いや、案外マルグレートのことだから、言葉通りに寝て起きた時に状況が変わっている事を期待したのかもしれない。

 

 だが、それで取り残されて困ってしまったのがリオリールだ。

 白狼と眼が合って、気まずい空気が流れる中で、白狼を挟んで反対側に倒れ込んでいるトルテの存在に気が付いてしまう。

 

「あ、あはは、ど、どうもぉ……えへ……えへへへ~~……ああんっ! トルテちゃん、マルグレートさん 起きて! 起きてよ────! うぅぅ、ど、どうしよぉ~……」

 

 叫んでも、やはりトルテも目を覚ます気配がなかった。

 いや、もしかしたら既に襲われて死んでしまって居るかも……そうリオリールに思わせるには十分な光景である。

 

 白狼の方も、錬金術士が3人もこの場に現れたということは、由々しき事態でもあった。

 目の前に居る人間3人を食い殺すことは、容易いだろう。

 だが、錬金術士が3人も居るという事実は、人間がまた錬金術士を増やしてかなりの数が存在しているという事でもある。

 

 かつて自身を痛めつけるような、時空すらも飛び越える実力を持った錬金術士もポコポコ生まれてきてるかもしれない。

 短命だが、人間の繁殖速度は異常に速いことを知っているからだ。

 

 錬金術士は獣にとっては凶悪な存在だ。

 牙ちょうだい、爪ちょうだい、皮ちょうだい、などと言い放ち、爆弾などを投げてくる困った奴等の集合体なのである。

 

 錬金術士の数が多ければ多い程、獣にとって災害であることを白狼は経験から知っていた。

 

 対応に悩み始めた白狼を尻目に、リオリールは大きく深呼吸を重ねると、やがて意を決したかのように前へ歩み出た。

 

「お、お、おお、狼さん!」

 

 声を震わして叫ぶ。

 リオリールは一所懸命に笑顔を作っていたが、可哀そうなくらいに歯の音は震えて顔は引きつっていた。

 巨大な白狼が、リオリールを鋭い眼で睨みつけ、僅かにグォォォと地響きがするほどの声で唸って牙を剥く。

 

『なんだァ』

「おと、お友達に、お友達になりましょう!」

 

 会話できる。

 この一点のみを希望の灯として、リオリールは両手を広げて狼へと相対した。

 

 

 そして、遥か古代から生きている長命で博識な白狼は。

 

 

『良いだろう』

 

 

 

 意外とすんなり、リオリールのお友達になってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「こ、この首輪、スゴイ! なに、これ、なに! これ!」

「トルテちゃん、トルテちゃん、落ち着いて!」

「落ち着けるわけないっ、分かってるのリオ! 神秘の塊だよ! 賢者の石*n個にゼベドラゴンの舌・古獣の爪! 世界霊魂に多重暗黒水?」

 

 白狼がリオリール(正確には錬金術士)を受け入れたのには理由がある。

 かつて関わりの在った錬金術士に付けられた、気絶から戻ってきたトルテが騒いでいる原因でもある首輪の存在が大きかった。

 一見するとただの、茶色の帯状の皮に過ぎないが、このベルトは支配の力が働いている。

 悍ましい呪いの効力がズラリと並べられており、首輪を見せてもらっているリオリールもトルテも、そのえげつない力には絶句する他ない。

 

 普通の生物にこの首輪を取り付けてしまえば、瞬く間に生命を根こそぎ奪っていても可笑しくない代物だった。

 しっかりと固定された首輪は白狼から外すことは出来ず、癒着しているように見える形で完全に身体にくっついている。

 一体どれほどの素材と、錬金術士としての腕があれば、こんなえげつないアイテムを産みだす事が可能なのだろうか。

 

 その答えもまた、首輪のベルト部分に刻まれた文字によって、判明してしまった。

 

 見た事も聞いた事も無い素材のオンパレード。

 ゼベドラゴンとは? そんな生物が存在するのか。 少なくともトルテの知識の中には無かった。

 暗黒水と言えば三重苦だが、多重とは一体どれだけの呪いが込められているのだろう。

 『世界霊魂』なんてアイテムは聞いた事も無い。

 この世にあるのだろうか。

 そもそも、もしも作る事が出来れば超一流の錬金術士として認められる『賢者の石』

 それがこんなに簡単にレシピの中で──―それも複数個を要求するほど出てくるなんて。

 

 革帯に刻まれた文字には、壊れた時にすぐに作り直せるようにレシピを残しておきます、と何てことない用に書き残されている。

 

 こんなレベルの違う道具をポンポンと作り直す事は、普通の錬金術士では出来る訳が無かった。

 

 きっとそれこそ錬金術『師』と呼んで良いくらいには次元が違う。

 

 リオやトルテとは、遥かな差が在る事は道具を見て分かっているが、それでも余りに差が大きすぎて、どれほどの技量が必要なのか想像することさえ無理だ。

 

『この忌々しい首輪を着けた錬金術士は何処かに消えてしまったが……友となったリオリールには期待している』

「あはは。 えっと、この首輪を外した時、この狼さん、凄い事になっちゃうんじゃ……」

「し、信じられない……」

 

 嵌められ生きているだけでも奇跡を体現しているに等しいのに、首輪を外してしまったら白狼のモンスターはどうなってしまうのか。

 トルテはおとーさんの世界征服の壁になるような気がしているし、リオリールは正気を保とうとして水を含み、喉をゆっくりと潤していた。

 

 しかし、何時までもこの現実に逃げ続ける訳にもいかないだろう。

 リオリールは深呼吸を何度もしてから、改めて白狼に嵌っている首輪へと触れた。

 

 狼からとはいえ、これは依頼だ。

 

 白狼は首輪を外したいし、外してくれるならリオリールの友達になってくれるという。

 その為に、約束を交わしてしまったし、リオリールはこの首輪を外す為に錬金術を勉強していかねばならないだろう。

 

 ならば、しっかりとこの首輪の事を。

 何も分からないけど。

 何とかしてその取っ掛かりだけでも。

 首輪の事を理解しなければ、この場で殺されてしまうかもしれないから。

 

 瞬間、首輪に触れたリオリールの指先に、ピリっとした痛みが走った。

 同時に首輪が青白い光を放ち、部屋に一瞬だけ雷が走ったような光量が迸る。

 

「きゃあっ!? 何!? 一体、何が……」

「リオ、何をしたの?」

「わ、分からないってば!」

『お前が"飼い主"だ』

「ええ? 飼い主!?」

 

 ふと気付けば、首輪に触れたリオリールの中指の爪に変化があった。

 不思議な形の紋と茶色い帯のような模様が走っていて、中指だけはそこに塗料を落としたように朱色に染まっている。

 まるで首輪と同じようなデザインのまま、タトゥーとして刻まれたような。

 

 見た目的には、目立たないネイルを塗ったような感じである。

 

 

『かつての捕まった時、錬金術士はそれで俺様を縛っていた。ふん……だが、今度のは幾分は気分がマシだ。 解放される為に、飼い主を得たという事だからな』

「リオ……それ、多分、契約かも。狼さんが言う、何とかって人の意思を継いだってことに、なったと思う」

「う、うわぁ……何だか、大変な事になっちゃったなぁ……」

『これからよろしく頼む、リオリール』

「あはは……よ、よろしくお願いしますぅー……」

 

 マルグレートさんを助けに来ただけなのに。

 いや、もっと言えば、成人の儀で行われるアカデミー試験に備える為、フィールドワークの勉強をしに来ただけだったのに。

 こんな事になるなんて、とリオリールは引きつった笑みを浮かべながら困惑することしか出来なかったのである。

 

 その後の事は、とても意外な事にまったく苦労することなく入口に戻ることが出来た。

 

 リオリールと友人になった白狼──―名前が無いと不便という理由で、リオリールにボン様と名付けられた──―のおかげで、簡単に脱出することができたのである。

 塒にしていた部屋には、上の階層へと向かう絡繰りがあって、エレベーターのように地上に繋がる入り口前のエントランスまで一気に戻れたのだ。

 

 エントランス付近には小型のモンスターが多く住み着いて居たようだが、ボン様の姿を見るや蜘蛛の子を散らすように遺跡の奥に逃げ出して行ってしまった。

 更に言えば、表からはどうやっても開かなかった扉が、内側からだと力も殆どいらないまま簡単に開いた。

 

 太陽はすっかり沈み込んで真夜中。

 月光に照らされた花園に、多くの蝶々や虫たちが集まっていた。

 幾つかの道具が入り口付近に多く転がっている事から、カスカル達が救助のために悪戦苦闘していた事実が見えて来そうだった。

 

 リオリールとトルテは脱出できた安堵のため息を吐き出し疲れ切っていた。

 だが、対照的に救助された形のマルグレートはぐっすりと薬を飲んで眠ったからか、元気溌剌である。

 

「ふふーん、死んだと思ったけど生きてるなんて幸運だわ。 それに、苦難の末にようやく脱出できて何とかなったわね! うんうん、努力を怠らなければ世の中何とかなるもんだぁ!」

「マルグレートさんは、寝てただけなんじゃ……」

「そうかしら? そうかもね! でもまー細かい事は気にしない。 アタシにとっては無事に出れただけで、ひとまずOK! 生きてるって素晴らしいわ!」

 

 リオリールのツッコミを華麗に流して、腰に手を当ててふんぞり返り、マルグレートは上機嫌に笑った。

 実際に彼女にとっては、今までに誰も入ったことのない遺跡の内部を先んじて調査することに成功し、無事に生還できたのだから文句は無いだろう。

 それよりも、と指を立て、そのままリオリールの脇に佇む白狼へと指が向かう。

 

「その犬っころ、飼い主さんになったリオちゃんはどうするの? どっからどう見ても魔物だから、貴女の村に連れてくと騒ぎにならない?」

「ユウバナ村にはドラが居るから、ボン様が居ても大して騒ぎにならなそうだけど……」

「あはは、うーん、そうだね。 トルテちゃんの言う通り、ドラが居るから。 ちゃんと説明すればアトリエに住むのは大丈夫だと思うけど……ボン様、本当についてきます?」

 

『新しい塒は見てから決める』

 

 グルルと一つ唸り、ボン様は花園の近くに腰を下ろすと丸まる様にして寝そべった。

 リオリールは苦笑し、マルグレートは頷いて、白狼へと近づいた。

 怖じ気もせず、ボン様の体をバンバンと結構な勢いで平手で叩いて。

 ボン様は面倒そうに顔を向けた。

 

「ねぇねぇねぇねぇっ、アタシと一緒にこの遺跡の調査を手伝ってみたりして見ないかな~~っ! 君が居ればモンスターも寄り付かないみたいだし、めっちゃ捗りそうだよ! よく見たらめっちゃカッコいいじゃん君! 素敵な毛並みだし白くてデッカくて迫力あるぅぅぅ~~~! こりゃ雌犬が放っておけないイケメンだぜ! いよっ! 狼大将! ヒューヒュー! このこのっ~」

「リオ……この人……」

「言わないで、トルテちゃん……」

 

 どこまでも我を通す大人の女性であるマルグレートに、二人は顔を見合わせて肩を落とした。

 

 

 ちなみにボン様は終始、マルグレートを無視することに決めたようである。

 

 

 

 

 

 カスカルは、甘く見ていた。

 言っても、そんなに苦労することなく救助できると考えていたのだ。

 それは間違いだった。楽観的だったのだろう。

 

 この遺跡の内部はとんでもない広さだ。

 真っ暗闇の中でカンテラだけを頼りに捜索するには、あまりにも広すぎた。

 ただ広いだけならまだ良い。

 問題なのは、用途の分からない未知の絡繰りが、未だに作動していて床が動いたりする等、自分の位置が分からなくなってしまいそうなほど複雑だったのだ。

 

 イッチが先導してくれなければ、間違いなく迷ってしまい、二次災害……いや、三次災害となっていたことだろう。

 ミイラ取りではないが、そうなっていても可笑しくなかった。

 

 極めつけはモンスターだ。

 遺跡の外とは比べ物にならないくらい、多くの種類のモンスターが混在していたのである。

 特に岩にも見える機械生命。スラグと呼ばれているモンスターには歯が立たなかった。

 ゼルマの斧で、ようやく傷がつく位で、硬すぎたのである。

 

 

 タフさも力強さも段違い。一瞬たりとも気が抜けない危険地帯だ。

 

 

 

 カスカルだけではとても倒せそうにない大型の魔物も多く、ナハトバッハやゼルマ達が居なければ、良くて大怪我、悪ければ普通に死んでいた。

 リオリール達から渡してもらった体力回復用のヒーリングサルヴ。

 もしもの時の為のフラムなどは、全て使い果たしている。

 

 一度、アサハレ村まで戻って人手を増やした方が良いんじゃないだろうか。

 カスカルは内心ではずっとそう思っていた。

 モンスターと遭遇するたび、落とし穴に落ちてしまった、方向音痴で戦闘能力のない妹の事が頭をよぎった。

 

 こんなの、妹のリオに対応できるわけない。

 

 焦燥も、不安もどんどんと膨らんで行ったが、現実的にモンスターとの連戦で身体が疲弊しているのを自覚していた。

 故に、彼は言ったのだ。

 悔しさは無い。

 事実として、告げるしか無かったから。

 

「キャンプ地に戻りたいです。 このままじゃ、とてもリオ達の救助には行けません……正直、俺はこれ以上は無理ですっ」

 

 ゼルマもナハトバッハも、カスカルに同意するように頷いてくれたが、イッチだけは首を振った。

 しばしの間、互いに意見をぶつけ合ったが、話は平行線を辿って時間ばかりが過ぎてしまった。

 

「俺は戻ります。 今のままじゃ、戦力にもなれそうにないですから……」

「仕方ないですね。ボクはこのままリオリールさんとトルテさんの捜索を続けます」

「なぁ、全員で移動した方が良いんじゃないか。 アンタまで逸れたら、困っちまうよ」

「そうだ、イッチ君。引き揚げた方が、俺も懸命だと思うが……この場所はとんでもなく危険だ」

「お気遣いありがとうございます。ボクも無理はしませんよ……少しだけ先を見たら、戻りますから……大丈夫です」

 

 結局意見を曲げないイッチを説得することは出来なかった。

 そうした流れで、カスカルはゼルマ達と共に引きあげて、キャンプ地へと戻ろうとした。 

 

 

 

 そうして一人、遺跡の中に残ったイッチは、レッドマンから与えられた能力を一気に解放し、無双を始めた。

 襲い来るモンスターをちぎっては投げ、移動に邪魔な絡繰りを破壊し、スラグは胴体ごと引きちぎり、扉を無理やりこじ開けて、凄まじい猛進を始めたのである。

 

 だが、イッチはリオリール達を見つけられなかった。

 

 

 何故なら、カスカルが断念して引きあげた遺跡の花園で。

 

 大きな白狼の腹で眠りこけてる妹のリオリールとトルテ。

 そして要救助者であった筈のマルグレートを発見したからである。

 

 

 

 

 




●なんちゃら・なんとか さん

 とある砂時計で都合n度目の時空を超えてしまった錬金術士。
 人間や数多の動物を『獲物』として暴れている白狼を見つけて成敗し、安全のために飼う事にしたのだが、帰還用の砂時計を作る頃にはすっかり忘れて、白狼を放置したまま時空を渡って帰ってしまった。


●白狼(ボン様)

 新たな飼い主となったリオリールからボン様と名付けられた。由来は耳のところがボンボンになってるから。
 この世界の原初から存在する長命な生物だが、長生きしているだけのただの強いモンスターで在る事を選んで、自由気ままに獣の生活を続けていた。
 『みつ島』をナワバリにしており、まみどり大森林や古址街道の遺跡などを転々とし塒にして暮らしていたと言う。
 ゲーム内では『みつ島』の遺跡の奥にボスモンスターとして沸くが、季節によって塒にしている遺跡が違う。町や村で目撃された噂話などで存在を知ることができた。

●アイテムの使用

 カスカルは妹であるリオリールが錬金術士のため、道具の実験台になることが多い。
 その経験を活かして、錬金アイテムが戦闘中でも使える(ただし攻撃・回復ともに威力は本来の能力の60%に固定)
 本編のゲーム中では物理攻撃・盾役・アイテムによるブレイクや行動順序の調整などで活躍できた。
 
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