リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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11. 日常に戻って

 

 

 

「ありがとう。 君たちのおかげで、無事に妹を助けることができた。 感謝する」

「アタシからも感謝するわ。 兄貴だけじゃ、さすがにちょいと今回は厳しかったわね~!」

 

 あれから、全員の無事が確認されてすぐに、古址街道の遺跡からは撤退することになった。

終わってみれば、当初の予定通り、フィールドワークにあてる期間丁度ピッタシである。

殆ど突発的に遺跡内部へと入り込んだ割には、全員が無事に乗り切れたことに皆が安堵することに。

 

 ゼルマが道案内・救助の交渉で、ナハトバッハにかなりの額を請求してマルグレートが騒いだり、そのことでゼルマの猛烈な説教が始まったり。

リオリールとトルテはボン様の言葉が錬金術士にしか聞こえない事に気付いて、色々とユウバナ村に戻る際に騒ぎになる事を考えて対策を練ったり。

全身をモンスターの返り血で染まったイッチに、カスカルが慄きながらも川に案内して洗うのを手伝ってあげたりしつつ。

 

 リオリール達はアサハレ村を発って、ユウバナ村に戻ることになったのである。

 

 

 カスカルが道すがら、ナハトバッハへと声をかける。

 

「それで、マルグレートさんもナハトバッハさんも、ユウバナ村に来るんですね」

「そりゃ錬金術士が居るなら、そっちを拠点にした方が良いじゃん。まみどり大森林って場所にも遺跡があるっていうし、楽しみだわー!」

「カスカル君……妹がすまない……マギー、頼むから暫くは大人しくしていてくれ。 これから向かうユウバナ村にまで迷惑を掛けたら、俺達は居場所がなくなってしまう」

「なぁに言ってるのよ。どうせ戻れないトコまで来てるんだから、前に進むしか無いっしょ兄貴。功績さえ上げれば罪は軽くなるはずっていうか、逆に称えられるわ! 危ない橋はとっとと渡り切れってね! じゃなきゃ、私たちアイツを探す事なんて出来ないわよ」

「分かっているが、危ない橋は渡らないでくれよ……ああ、今更ながら後悔が押し寄せてくる。俺は何故、妹を止めれなかったんだ」

「いやいや兄貴!大丈夫!アタシはナータン・マルグレートよ! 世界にその名を刻む、稀代の歴史家なんだから! どんな障害が立ちはだかろうと、アタシは負けないわ! 御国なんてくそくらえ!」

「マギー……俺はお前が妹であることに涙を禁じ得ない」

「おっとぉ、感動しちゃったか~~! 兄貴は相変わらず涙もろいなぁ!」

「あはは……この行動力とポジティブさだけは、本当にスゴイですけどね……」

 

 マルグレートがユウバナ村を拠点にする! と言い出したのは、ゼルマが古址街道に暫く人を近寄らせない方針を出したからだった。

 カスカルやイッチはゼルマの方針に賛同し、納得していた。

 今まで入口が無かったことで表には出なかったが、イッチが囲まれていたダイアラビットを初めとしてスラグなどの遺跡内部のモンスターが古址街道をうろつくようになったのだ。

 

 古址街道に現れるモンスターの危険度が一気に跳ね上がってしまったのである。

 

妹のリオリール達を救出する為に仕方が無かったとはいえ、カスカルは問題をアサハレ村に持ち込んだことで申し訳なさを感じていた。

 

 ゼルマはしばらく、力自慢の戦士たちをアサハレ村で雇って、古址街道のモンスターの間引きを行うと言っていた。

モンスター退治には費用だってかかる。

少なくない負担がアサハレ村に伸し掛かるだろう。

カスカルはゼルマに協力を申し出たが。

 

「おいおい、アサハレ村の人間だって、子供に頼るほど落ちぶれちゃいないさ。 そもそも其処のプロ()兄妹が持ち込んだもんだ。カスカルには関係ないし、ユウバナ村だって大変だろ? こっちは気にせず、アンタは成人の儀の事だけ考えときゃ良いんだ」

 

 どうせいずれ、向き合わなきゃいけない問題だったろうしね。そう嘯いて、ゼルマはじっとナータン兄妹へと視線を戻した。

 

「だが、そこのは手伝いなよ。 ただ働きになるが、文句はないだろ?」

「しゃーない。 兄貴、頼んだわ」

「……ふぅー……」

「アッハッハッハ、マギー。 お前もだ。 強制な」

「んなっ! アタシは戦えないっていうのに、戦わせるのかい!?」

「囮にはなるだろ。 じゃ、そういうことでな」

 

そう快活に笑って踵を返したゼルマの姿が忘れられなかった。

 

「う~ん、ゼルマさんは非常識だね。 皆もそう思うだろう? 囮作戦なんて、よくないぞー死んじゃうぞー! ったく、いっそ無視して逃げちゃおうか? どう思う、みんな」

「妹も必ず連れて行くから安心してくれ、みんな」

 

 マルグレートの声にナハトバッハがすぐさま反応して周囲が苦笑する。

 遺跡の中で自分を囮にする作戦を立ててた事を思い出し、リオリールは心の中でゼルマとナハトバッハを凄く応援するのであった。

 

 

 それはともかく。

 大陸の調査団が中央へ申請していると言う話がある。

 彼らが正式な手続きを踏んで、古址街道の遺跡の調査に乗りこめば、錬金術士もきっと参加していることだろう。 その可能性は高い。

 今回の様な事は、ゼルマの言う通りいつか起こり得たかもしれない。

 モンスターが解放されるのが、それが少しだけ早くなったといえば、それまでではあるが……

 

「救助してくれたのは本当にありがと」

「ああ。せめてもの償いだ。無償でモンスターの間引きに参加させてもらう」

「ナハトさん。 俺にも声を掛けてくれれば、その時は手伝いますから」

「カスカル君を連れて行ったら、ゼルマ氏に拳骨を食らってしまいそうだな」

 

 ふふっと薄く笑いながらそう言うナハトバッハ。

そんな兄と兄のやり取りが、なんだかとても親しく見えたリオリールは、随分と仲が良くなったんだねーと暢気に呟いた。

 

「そりゃ遺跡の中で何度も助けられたからさ……リオ、ナハトさんの弓の腕はヤバいぜ。 暗闇の中をピュンって行ってモンスターを一刺しだ、カッコよかったな」

「それはこっちの台詞さ。その若さで銛を使ってモンスターとしっかり戦えるなんてね。近づいてきたモンスターを仕留めてくれて、何度も危険を救ってくれたのは君の方だよ、カスカル」

「いや、そんなこと。 俺なんて……ナハトさんが弓で機動力を削って無きゃ何も出来なかったですよ」

「ふっ……」

 

 褒め合いながらお互いに恥ずかしくなったのか。 テレテレとし始める兄である二人の姿。

なんだか見た事のない兄の様子に、リオリールはマルグレートと顔を合わせてクスクスと笑った。

 

 

 

 アサユウ街道を通り、ユウバナ村に向かう道すがら。

リオリール達は野営をする為の道具が欠けていた事から、ボーク牧場に軒先を借りることにした。

 

 ボーク牧場にはリオリール達の兄貴分であるクラウスが率先して迎え入れてくれて、下手な宿に泊まるよりも豪華な客間へと案内されたのである。

夕食には最高級の三つ牛が振る舞われ、マルグレートはあまりの美味しさにテンションが上がり、しこたま酒を浴びて早々にダウンしていた。

 

 ちなみに、クラウス兄さんはしっかりと彼女の飲み食い分を勘定していて、ナハトバッハが請求書を見てまたまた悲鳴を上げている。

 お金が溜まらないのはマルグレートさんのせいなんだろうな、とリオリールはそこで確信した。

 

そんな最中、リオリールとカスカルの可愛い二人の兄妹分に食事を楽しみながら話を聞いていたクラウスは、息を吐きながら言った。

 

「まったく。お前らスゴイ冒険をしてきたんだな。 そんな大事になっていたなら、俺もついていくべきだったぜ」

「兄さんは仕事だったんだから、しょうがないですよ」

「あははー、でもさ。クラウス兄さんが居てくれたら、心強かったかも!」

「はは……そうだな、リオが無事でいてくれて良かった。 ああ、トルテさんも」

「ありがと。 でも錬金術が役に立ってホッとしてる」

「それ! 本当に錬金術をやってて良かったよね!」

「錬金術士だから、トラップに嵌ったのにか?」

 

 クラウスの言葉に、リオリールとトルテは苦笑してしまったが、それはそれだよ!と脇に置かれて肩を竦めた。

 

実際、あの落とし穴は錬金術士にだけ反応していたのである。

普通の人間と、錬金術士である人間とをどうやって選別しているのかも分からないが、遺跡を塒にしていたボン様が言っていたのだから間違いないのだろう

まぁ、錬金術士で無ければ遺跡の中で今もまだ遭難していたと思うと、やっぱり錬金術を使えて良かったとしか言えないのだが。

 

ちなみにボン様の言葉が錬金術士にしか聞こえないらしいのは、首輪が関係しているらしい。

そして遺跡の中は工場であり 『人間』 を作ろうとしていたのは、事実だと言う。

何故、そんなことを遥か過去の存在が試みていたのか、どんな考えをしていたのかはボン様は知らないというのだから、肝心なところはまったく分からなかったのだ。

 

知れば知るほど謎が増えて行くので、リオリールとトルテは深く考えることを止めていた。

こういうのは専門家に頼るべきである。

ナハトバッハとマルグレートは、遺跡の調査にボン様を連れて行きたがっていたが、にべもなく拒否られていた。

 

 もちろん、望むというのであればリオリールとトルテは彼らを錬金術でサポートをしてあげるつもりだが。

 現段階で分かることと言えば。

 

「……そういえば、リオは依頼を受けてたよね」

「へ? なんの話?」

「ほら、オーレンジスさんの」

「あ! 確かに……人間にそっくり……人間を作ろうとしていた。 うん、共通点が一杯あるかも!」

「そうだよね? 色々一致しているし……」

「うん、そうだよ! トルテちゃんが作った扉の鍵、螺子になったっていうし、アデーレさんと関係があると思う」

「一回、オーレンジスさんに会いに行った方が良いね」

「そうだね~……出来れば、まみどり大森林にあるっていう遺跡も、一度見て確かめたいよね」

「ナハトバッハさんやマルグレートさんがユウバナ村に来るなら、専門家だし……遺跡の事も分かるかもね」

「それも良いかも! トルテちゃん、ありがとう! オーレンジスさんの助けになれるかもだね!」

「フィールドワークの練習にもしたいし、成人の儀の試験もある」

「あ、それも忘れちゃダメだね、あははは」

「オーレンジスの奴と何処か行くのか? なぁ、二人とも。 俺にも手伝える事があれば何時でも言ってくれよ。 こう見えても、結構強いんだぜ」

 

 二の腕に力こぶを作り、ニカっと笑うクラウスにリオリールは是非とも、と歓迎した。

 

 

 

 

 そんな夜。 クラウスはカスカルを自分の部屋に招いた。

リオリールたちと食事を取った後だ。 目線と指で明確にカスカルへと合図を送っていたのである。

 

「……っと、遅くなっちゃいました。クラウス兄さん」

「来たか、カスカル。 悪いな……リオちゃん達は寝れてたか?」

「ええ、リオリールもトルテも食べた後はすぐに、ぐっすりですよ。色々あったから、よっぽど疲れが溜まってたのかも」

「そうか……大冒険だったもんな。 ゆっくり休んで、元気になってくれると良い。 カスカルも疲れてる所なのに呼び出してしまって、すまないな」

「俺は大丈夫です。 兄さんに誘われたら、断れないですって」

「はは、成人してたらお前にも酒を振る舞ったんだが……」

「水で大丈夫だよ、兄さん」

 

 言いながら椅子を進めてきたクラウスに、会釈をしながら座り込む。

質の良い皮バリの、高級な椅子の感触に、カスカルは何となく座りが悪く、居住まいを何度か正すことになった。

 

 クラウスがわざわざ、秘密裏にカスカルを呼んだのは、リオリールの事であるからだ。

 

ボーク牧場はみつ島で最も裕福な家庭と言っても差し支えない。

そんな跡取り息子であるクラウスには、当然周囲の目線は大きく集まっている。

具体的には、誰を嫁に取るのか、という少しだけ俗物的で。だけどとても大事な話でもあった。

広いみつ島にある、多くの村や街から有力者の娘たちと見合わせよう、という話に枚挙に暇がない。

 

 そんな話の中にリオリールという貧しい漁村のなんでもない娘の名前が挙がるのは、違和感があるだろう。

母親は大陸の貴族ではあるが、ユトネ自身は自分が高貴な身であることは吹聴していないので、殆どの人がその事実を知らない。

知っているのはユウバナ村に住む、アムースコ村長やロモイ婆さんなど、一部の人たちだけだ。

 

「前も言ってましたけど、リオの事は本気なんですか、兄さん」

「本気じゃ無かったら、わざわざお前に言うもんか。 俺はリオちゃんが好きなんだ」

「見合いも全部断ったって訊いてたけど……本当だったんですね」

「名前も顔も知らない奴より、身近な女の子の方が気になるのは当然だろ。 キエーシャ先生の学校で会った時から、リオちゃんが良いなって思ってたんだ。 カスカルだって、そうじゃないのか?」

「うーん……俺はまだ、誰かを好きになるっていうのが、まだよく分からなくて……」

「可愛い妹が多くて羨ましいぜ。 俺は一人息子だからさ。 逆にずっと妹たちの面倒を見てたから、お前は女に飢えて無いのかもな」

 

 だが、内心でクラウスは焦っていた。

聞けばリオリールには大陸のアカデミーからスカウトがやって来たと言うでは無いか。

 

本来は成人の儀を終えるのを待って、ゆっくりとリオリールの気持ちを汲みつつ、彼女が大人になったと認められた日を契機に

 

 一旦―――まずは正式に文通から。

 

段階を踏んで仲を深め、デートを数回に及んで実行し、そして機を見て告白をする。 

場所は三つ牛牧場の近くの景観の良い小高い丘……クラウスが物思いに耽る時によく使うムードが出る場所を予定していた。

少しずつ。

じっくり。

交際を段々と深め、リオリールという女性と男女のお付き合いを進めて行こうと考えていたのだ。

 

 ところが、成人の儀を終えると同時にアカデミーに。

つまり、王国の首都であるメーテルブルクに向かってしまう可能性が高くなったと言うでは無いか。

それは三つ大島から好きな女性が居なくなってしまう、ということだ。

 

 見合い話を断っても、父親が強引に話を進めないのはクラウス自身が好いている人を口説き落としたいという言葉に頷いてくれたからだ。

リオリールがアカデミーに入学すれば、すぐに見合い話が舞い込んで、父は結婚を進めてくるだろう。

だけど、それはクラウスは嫌だった。

自分の好きな人と結婚がしたい。

 

そもそもユウバナ村は近いけれど、遠い場所だ。

普段の三つ牛の世話という仕事がある以上、クラウスも自由気ままに行動できる訳ではない。

リオリールとカスカルの成人の儀は、もうすぐそこまで迫っている。

その間に、あと何度リオリールと出会う切っ掛けがあるだろうか。

 

「それで……カスカル。 頼んでいた事、どんな感じなんだ」

「えっとそうですね、リオには何となくクラウス兄さんの事を進めてますけど、特にどうって感じじゃないかな……?」

「ま、マジかよ……脈なしなのか?」

「いや、リオは兄さんの事は好きだと思いますけどね。 あ、でも胸を見て話すのはやめて欲しいとは言ってたかな」

「くっ……それは……努力はしているが、好きな子の胸の谷間が視界の高さの関係上、見えてしまうと、つい……」

 

 本来、立場の上で女性との付き合いが少なくないクラウスだが、どうにもリオリールを前にすると照れてしまって正面から顔が見れなかった。

ハッキリ言ってしまえば、シャイなのだ。 悪意ある言い方なら惚れた女の前では途端にヘタレ化してしまうという事でもある。

とにかく、まともに向かい合って好きな人の顔を見るのが恥ずかしい。

すると注視してしまうのは、自然と視線を下げた先の胸になってしまう。

いかん、とは思いつつも悲しい男の性か。 

どうしても癖になってしまっていて治らなかった。 でもリオのパイオツはどちゃくそエッチで好き。

 

「いっそ、告白してみたら良いんじゃないですか? ちゃんと考えて応えてくれると思いますよ? 結果が良ければ、俺も兄さんが家族になるのは嬉しいですし」

「馬鹿野郎、いきなりそんな大それた事をしたら、リオちゃんが困るだろうが」

「でも、もう成人の儀が終わったら、すぐに会えなくなるかも知れませんし……」

「……くあああああっ! まったく、アカデミーの奴等、もう少し待ってくれても良かったじゃ無いか!」

 

 立ち上がっていきなり大声をあげるクラウスに、カスカルは困ったように笑った。

実際にリオリールの気持ちを聞かない事には、きっと話は進まないとは思うのだが、クラウスの気持ちもまぁ、分かってしまう。

カスカル自身に意中の相手というのはまだ居ないが、それでも恋というのは悩んでしまう物なのだろう。

普段は絶対に隙を見せない快活な兄貴が、こうして頼ってくれるのはカスカルにとっては嬉しいやら困ったやら、何とも言えない感情ではあった。

 

 やがてクラウスは、自分の世界から戻ってきて咳ばらいを一つ。

自分の椅子にゆっくりと腰かけると、冷静さを保つ為に何度か深呼吸を行って。

 

「なぁ、カスカル。 お前も大陸に行くのか?」

「俺は……分かりません。 まだ、自分の未来が……その」

「ああ、なるほど。 大丈夫さ。 カスカルの夢はその内絶対に見つかるぜ。 俺が保証するよ」

「はは、気休めでも嬉しいです、兄さん。 ありがとう」

「いや、普通に心配してないけどな。 お前は頼りになる奴だから。ああ、本気で困ったら俺のところの牧場でも良いんだぜ。 カスカルなら大歓迎だ!」

「牧夫かぁ。 確かに、クラウス兄さんが一緒ならめっちゃ楽しそうで、魅力的だなぁ」

「へへ、それに三つ牛も可愛いだろ? でも急いで決める必要も無いからな。 職業を探すって言うなら、一回マジで大陸に行くのはアリなんじゃ無いか?」

「それもまぁ、そうかも」

 

 三つ大島では見つからない、カスカルにとっても未知である職業。

そんな物も大陸にはきっとあるだろう。

もしかしたら、自分の夢はそういった見た事も聞いた事も無い職業に、熱意をぶつけられるのかもしれない。

クラウスの言葉には納得性があって、カスカルは少しだけその気になった。

 

「リオちゃんは妹だし、大陸で一人送り出すのも心配だろう? 俺の頼みでもあるが、もしカスカルが良ければ、一緒に大陸に行ってリオちゃんを見てあげてくれないか?」

「それは、もしそうなれば、はい」

 

 考えてはいた事だった。

職業の事を抜かしてもカスカルは大陸に一度は行ってみたかったし、首都のメーテルブルクを観光もしたかった。

そして何より、母の実家であるアストリア家には一度顔を見せた方が良いのでは無いかとも思っていたのだ。 貴族というものに馴染みがないので、どう会えば良いのかはまったく分からないけれども。

 

成人の儀を無事に終えてリオリールがアカデミーに向かうなら、その時は一緒に行ってみる良い機会になることだろう。

 

「そして願わくば、俺以外の男の毒牙からリオちゃんを守ってやってくれ」

「えっと、それは……」

 

 どうにもならないんじゃないか。 

カスカルはとても口に出したかったが、物凄く真剣な顔をして頭を下げるクラウスに、何も言えなかった。

 

「もしリオちゃんが大陸で暮らすって言うなら……よし、決めた。 俺は大陸にボーク牧場の支店を出すぞ」

「え、兄さんまでメーテルブルクに?」

「俺は本気なんだ。 リオちゃんと結婚したいと思ってる……カスカル。 俺の味方でいてくれ、リオちゃんを逃がしてしまうと思うと、怖いんだよ」

「はは、俺が出来る事なら……って感じになると思いますけど」

「ああ、それで十分だ。 ありがとうな、カスカル。 くぅっ~~~~! 辛いぜ!」

 

 胸の辺りを抑え、眉根を寄せてしかめっ面をするクラウスに、カスカルは笑みを浮かべることしか出来なかった。

経済力もある。カスカルが敬意を抱くくらいにクラウスは気が良くて大人で、そして格好いい大人の一人でもあった。

子供の時に自分たちの面倒を見てくれて、何事に怖気ずに率先して双子を導いてくれたクラウスを見ているから、余計にその思いは強くある。

 

 妹のリオリールに大きな好意を寄せていたのは、随分と前から打ち明けてくれたが、こんなに入れ込んでいるとは。

こうして悩んで苦しんでいる姿を目の当たりにすると、カスカルは思わずにはいられなかった。

 

 

 恋って、怖いんだな。

 

 

 カスカルはぼんやりとそんな学びを得て、クラウスの肩を叩いて励ましたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな一幕を経てリオリール達がユウバナ村に戻って暫く。

 

 白狼が新たに加わり、アトリエがモンスター動物園になっていくのでは……という村民の噂が流行りつつ、少しだけアトリエの日常が変わった。

 

 

 二階の使われていない部屋を客間とし、ここにはナハトバッハとマルグレートが一時的な宿として利用する事になった。

 宿賃として毎日20コールほどを取っていて、イッチがしっかりとお金の事は管理してくれている。

 家具は、ありあわせの材料だけでヘーゲが作ってくれた粗雑なベッドとテーブルしかないが、二人とも文句なく使ってくれている様だった。

 

 ボン様とドラは顔を合わせた最初だけ剣呑な雰囲気になったが、リオリールの顔を立てた白狼が身を引き、トルテがドラを諫めた事で何とか事態は収束している。

やっぱりモンスター同士でも色々とあるのだろう。

お互いに自分のナワバリ意識は強いようで、ピリピリとした雰囲気を出すモンスター達には困ってしまったが、とりあえずは争いも無く一安心である。

 

そして一週間以上、アトリエを留守にしていたせいか、依頼掲示板にはゼッテル用紙が束になるほど張り付けられていた。

 

 

 

「依頼、ずいぶん溜まっちゃったね、トルテちゃん」

「数の多い物から済ませちゃおうか」

「うん、その後は個別の依頼を済ませて~」

「試験の為に勉強だね。 よし、やっちゃおう、リオ」

 

 イッチがゼッテル用紙を捲り、カスカルがナータン兄妹のユウバナ村を案内する中。

 慣れた手つきで錬金溶液を手に取り、リオリールとトルテはそれぞれの錬金釜の前に立った。

 

 彼女たちの釜の音を聞きながら。

 

 アトリエの日常が戻って。

 

 

 

 成人の儀の為に、中央島へ向かう日がもうすぐやってくる。

 

 

 

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