リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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12. シンボル 1

 

 

 

 ユウバナ村の復興は、中央島からの援助もあって漁が再開されたこともあり順調に進んでいたが、問題は山の様に積まれていた。

 あくまでも中央島で管理されている船舶であり、これらは期限が設けられて貸し出されているに過ぎなかった。

 期日が来れば船を返さねばならない。

 ユウバナ村にとって最も重要な船を得る為に、貸し出されている期間の間で自分たちの船舶を確保しなければならない状態であったのだ。

 

 そして船を得るのにまず、最初に立ち塞がったのは予算である。

 海の上で男たちは、その問題についての話を酒盛りをしながらしていた。

 

 その様子は、ユウバナ村では見せない姿でもある。

 大人たちに余裕はなかった。

 

「だめだな。これじゃあ」

「この時期は遠出して白夜島の方まで足を伸ばさなくちゃならない。漁の期間も長くなっちまうよ」

「ああ、それにあそこで獲れるのは値は高い物が多いが、量が足らねぇ」

「収入を増やすには、量を増やすしかないんだが……」

「いっそ多く獲るのはどうだ。 白夜島の裏まで足を伸ばせば獲れる量そのものは増えるぞ」

「そりゃダメだ。 ちょっとでも量を多くすると生態系が崩れてしまって、翌年以降に問題が起こるんだ」

「自然のバランスを崩してしまっては、結果的に未来の俺達が困っちまうぞ」

「くそ。 冬の間は潮流の関係で、白夜島くらいしか活動出来ないからな、俺達」

 

 ユウバナ村の収入の殆ど大部分は、漁を営む男たちの漁の結果と比例する。

 復興のためには外貨を稼がなくてはならないが、根幹である漁業だけでは難しいのが現状だ。

 土台があればこその取り決めであり、漁獲量の調整である。

 借り物の船を動かしている間に、どうやって自分たちの資産を増やすかが大きな論点だったが、問題がある。

 

「ひと島や、ふた島との協定もある。 魚だって無限に沸き出るものじゃないんだから、これに関してはどうにもならん」

 

 ひと島やふた島にも漁師は当然居る。

 そこのナワバリを荒らす訳には行かない。

 

 ユウバナ村の漁業範囲は、協定によって範囲が決まっている。

 お隣のアサハレ村の海域に足を伸ばせば、当然そこから抗議も来るだろう。

 

 一年に一度、各島々の代表同士・村落などでも話し合いを行って収穫の範囲を決めているが、お互いに美味しいエリアは暗黙の了解で振り分けているのが実情だ。

 例えば、ふた島近海などでは海底に住まう貝が大量に生息している。

 これらから宝石を獲ったりして、単純な魚の収穫以外にも収入を得ているのだが、この漁獲範囲はふた島だけが独占しているのだ。

 権益への横やりは、過去に三つ大島の先祖たちにとって大きな争点となったことから、みつ島もひと島も、この貝の獲れる範囲に船を入れる事は無かった。

 

「ふた島みたいに、副収入みたいなのが獲れれば、良かったんだけどな」

「もしかしたら、俺達の漁獲範囲の海底にも何かあるかも知れないからやってみるか?」

「はは、ふた島の連中みたいに潜るのか? ありゃスキルが身についてないと難しいぞ」

「まぁ、俺達には真似しろって言っても無理だぜ、素潜りは網とはちげぇよ」

 

 ユウバナ村では基本的に魚群を追い込んで投網による漁を行っている。

 魚群を見つけ、誘導し、効率よく獲物を手に入れる方法が主だ。

 ひと島やふた島よりも長けているのは、魚群の生息地を素早く発見することや習性を利用して追い込む術を海上から出来る事などだ。

 

「それは分かってるよ。 冬を越すまでは白夜島近くで漁をすることになる。 言いたいのは、副収入を稼ぐ手段がないと大変だってことだよ」

「まぁ、来年も大漁となるかどうかも分からんからな……」

「こればっかりはお天道様のご機嫌次第ってとこもあるからなぁ」

 

 話し合いに参加していたウータスは、岩のような顔を顰めて腕を組んで、同僚の漁師の会合の話をじっと聞いていた。

 アムースコが今までに築き上げたコネや貸しを全て使って、それでも500万コール以上の負債が残っている。

 その試算にしても、外洋に出る船を今まで通りに揃える事が前提。 

 

 ウータスも真剣に考えてはいるが妙案はやっぱり中々出てくるものではない。

 船の上で揺られ、窓から西日を見上げていると、船室の外からワッと大きな声が聞こえてきた。

 まだ成人したばかりの若い漁師が数人、網から引きあげたウマハギを持って騒ぎ立てながら入ってくる。

 

「へへっ、見ろよ親父、良いウマハギが獲れたぜ! こんなにデカイのは、久しぶりだろ!」

「俺達で獲ったんだ! どうだ!」

「ったく、そんなサイズで自慢なんかしに来るんじゃねぇ、恥ずかしいだろうが!」

「わははははっ、良いじゃねぇか! その調子で頼むぜおい!」

 

 微笑ましいやり取りに、ウータスは自然と口角を上げて子供たち……いや、若い青年たちのやり取りを眺め。

 

 ややあって真顔になったウータスは秋空に染まる夕陽を船の上で見つめながら、自分の子供たちの事に想いを馳せた。

 

 

 数日後。

 

 

 

 

 遠海への漁が終わりユウバナ海岸に停留した船から、多くの木箱が落とされて浜辺を賑わせていた。

 漁師の男たちが船の上から降りてくると、わっと声が上がって砂浜に集まっていた村人たちの歓声が響く。

 

 事故なく戻ってきた船、欠ける事無く戻ってきた家族たちをユウバナ村の人々は安堵して出迎えたのである。

 

 その中には、リオリールやカスカル達も含まれてる。

 1ヶ月以上に及ぶ航海を無事に終えてきた、父のウータスの下へ駆け寄った。

 

「お帰りなさい、お父さん!」

「父さん、お疲れ様」

「ああ、カスカル、リオ。ただいま」

 

 多くの人たちがそうであるように、ウータスもまた自分の獲って来た魚たちを、子供たちが作った浜辺の生け簀に木箱を下ろす。

 慣れた手つきでカスカルとリオリールは、簡易の生け簀を作り、そこへウータスが獲って来たばかりの活きの良い魚たちが放流されていく。

 ちなみにトルテも手伝いに来ていたが、右往左往するだけで結局なにも出来そうにないのでドラと一緒に素材集めへと向かってしまった。

 

「お~~、この時期のはやっぱり丸まると太っていて、美味しそ~~! 見て、お兄ちゃん! この大きいウマハギ!」

「ああ、丸々太って、油ものってそうで。 白夜島の近くだと良く獲れるみたいだし今回はウマハギが多いのかな?」

「そうだ、カスカル。 あそこはウマハギがこの時期に回遊するんだ」

「母さんも喜ぶよ、父さん。 リオも、ウマハギが一番好きだろ?」

「お母さんが好きなんだよ。一緒に食べてる内に、私も好物になっちゃったの。 でも一番好きなのはこれっ!」

 

 言いながら一番好きな食べ物である海藻のワカメをずるずると引き出していく。

 妹達に安い女だ等と揶揄われるが、ワカメが一番好きなんだからしょうがないじゃないか、とリオリールは思う。

 

 魚の味だけで言えば、今回多く獲れているウマハギが一番好きではあった。

 

 簡易の生け簀に放流された魚を器用に捕まえて、カスカルは幾つかに別れた木箱へと放り込みながら口を開く。

 箱を別けているのは出荷分と自分たちで使う物などを細かく別けているからだ。

 

「今日は俺も母さんといっしょに捌くの手伝おうかな。 最近、少しだけ料理も上手くなってきたしな」

「むう、双子なのにお兄ちゃんの方が手先が器用なのって不公平に感じちゃうなー」

「リオは本当に不器用だから……ドンマイ」

「くそー、言い返せない! はぁぁ、錬金術でも細かい作業とかになるとなぁ~! トルテちゃんが羨ましくなっちゃうし……何で私はこんなに不器用なんだろうね~?」

「釜の中にぶち込むだけなんじゃないのか」

「ぶち込む前の加工の事を言ってるんだよぅ! お兄ちゃんはなんにも分かって無いんだから黙ってて下さいっ!」

「なんで俺が怒られてるんだ……?」

 

 漫才を始める二人の子供たちをウータスは微笑ましく見守っていたが、差し込む日差しに目を細め、空を見上げる。

 後二回。

 いや、もう一度、海に出た頃には……ウータスは少しだけ感慨深い気持ちを抑え込むように、深呼吸を何度かすることになった。

 

 今年、ユウバナ村から15歳になる子供たちは、ウータスの子であるカスカルとリオリールだけだ。

 

 だが、この双子が拾ってきた子供……トルテがもう一人増えたので、結果的にユウバナ村からは3人の子供たちが成人の儀へと向かう事になる。

 

「……カスカル、リオ」

「ん?」

「どうしたの、父さん」

「今日の夜は、トルテさんを連れて、アトリエではなく食事を取りに家に帰って来なさい」

「え?」

「俺はもともとそのつもりだったけど……父さん?」

「話があるんだ」

 

 真剣な顔で問われ、リオリールとカスカルは戸惑いながらも父へと頷く。

 そして、ウータスは二人の顔をしっかりと正面から見据えて、宣言したのだった。

 

「今日、お前たちには『シンボル』を決めてもらおうと思っている」

 

 その言葉に、双子は驚いて身体を震わせた。

 

 

 シンボルは、成人の儀で用いられる物。

 明確な、旅立ちの日を実感させる事にリオリールとカスカルは顔を見合わせることになった。

 

 

 

 

 三つ大島では当たり前の様に、遥か昔から続けられている成人の儀。

 その儀式を受ける前に、ひと島・ふた島・みつ島……全ての島で15歳になる子供たちは己のシンボルを一つ、定める習わしがある。

 象徴を模し己を成す形と定めて、それを身体の一部に刻み込む。

 

 身体に己のシンボルを刻み、それを己の魂とする。

 

 リオリールとカスカルも、このシンボルを決定することの意味は分かっている。

 三つ大島では大人の証として、シンボルを戴くことが決まっているから。

 昔は刃物で直接皮膚を削るような、ちょっと痛々しいやり方が続けられていたが、今では墨を使って塗るだけで良いとされている。

 

 ちなみに、このシンボルを刻んだり塗る場所は何処でも構わず、その人が刻みたい場所に自由につけることができる。

 大ぴらに見せびらかすようにして目立つ場所にシンボルを誇示している人もいれば、誰にも分からない様にひたと隠す人も居て、その判断は個々人で様々であった。

 

 三つ大島に住む人々にとってシンボルの交換は渡した相手へ、最上級の信頼を示す手段であった。

 馬の合う人物や仲の良い友人、人によっては長年連れ添ったペットなどに刻んだり、教え合ったりしていたのだ。

 それもまた、かつての話。 

 何時頃から変化したのかは分からないが今では異性同士では結婚を誓う事と同義となっていて、そちらの側面の方が強いだろうか。

 

 リオリールも、このシンボルを一年以上前から決めている。

 円の中に象られた、不定形の線が下から上に伸びていて、これは当時から今でも大好きな好物のワカメである。

 そしてワカメに乗っかるような形で釜が乗っかっていた。

 まぁ、これを一目で錬金釜と分かる人は残念ながら居なかった。

 ちょっと形を作るのが下手っぴで、呪いの供物? などと村の子供たちに揶揄われたのを思い出した。

 

「むうぅ……なんか……思い出したら腹が立ってきたぁ! 幾らなんでも失礼じゃないかなぁー! 人が一所懸命作ったのに、もぉ~」

 

 錬金術にのめり込んでいて、当時は成功することも出来ずに爆発ばかり起こしていたから、呪いのシンボルとして馬鹿にされたものだ。

 もちろん、彼らが冗談で言っているのは分かっているが、リオリールにとって面白い思い出では無い。

 

 己のシンボルは自分が造らなければならない。

 だから、誰かに頼る事はできないし、不器用を自覚しているリオリールは苦心しつつも頑張って完成させたのに。

 

「はぁ……まぁ今更怒っててもしょうがないや。 ん──ー、気分切り替えてこう。 そういえば……」

 

 背を伸ばして嫌な過去を振り切る時に、ふと思い出す。

 一緒に成人することになるトルテのシンボルを、出会ってから間もない──―体感的にはとてもそうは思えなかったが──―から、知らないのは自然だが。

 双子の兄であるカスカルからは、まだ決めていないと言われて、以降すっかりと忘れてしまって居た。

 リオリールは兄のシンボルを知らないのである。

 

「お兄ちゃんも、トルテちゃんも、どんなシンボルなんだろう」

 

 

 

 カスカルは実家の自室にて、困った顔を浮かべていた。

 シンボルとは己の魂を刻むもの。 つまり、己自身を記号に込め、最大限の自己を表現するものである。

 引き出しの奥を探して、いつか作ったシンボルを引っ張り出して見れば、引きつった笑みを浮かべて苦笑してしまった。

 

「はは……そういや、悪ノリの権化だったな……これは」

 

 薄らとした記憶が、シンボルを見た時に鮮明に思い出されていく。

 ヘーゲやオーレンジス、クラウス兄さんといった大人の若者たちに、シンボルの参考にと聞きに行った時、カスカルは折り悪く彼らが酒盛りをしているところに突っ込んでいってしまったのである。

 結果、どうなったかというと。

 

「両腕を天に掲げてるような、筋肉もりもりなシルエットの男性……」

 

 イッチが居れば、コロンビア、と意味深な国名を言い出しそうなポーズを取った……筋骨隆々なシルエットをした雄々しいシンボルであった。

 カスカルは妹がシンボル作りを初めて間もなく、将来の夢のことが決まらない事から、意図的に自分の分を後回しにしていたのである。

 お陰様で、作り終わったら見せるという約束も果たせていない。

 

 いや、一応ユウバナ村で一番手先が器用なヘーゲが作ってくれた、この男性を映した奇妙なシンボルはかなり立派であり、ちゃんと手元にあるのだが。

 

「別に俺はすんごいマッチョになりたい訳じゃないし……何か、やっぱ違うような……」

 

 じゃあシンボルはどうするのか、という話になってしまう。

 カスカルは、中央島でシンボルを成人の証として刻まれると勝手に考えていたので、今日この日にシンボルを刻むと父から告げられた時は驚いてしまった。

 

「くそ、俺はなりたいものが分からないのに」

 

 父ウータスの下で勉強し、漁師としての道を歩む。 それなら父の様にシンプルに漁師と分かるようなシンボルが良い。 単純だ。

 ナハトバッハさんやマルグレートさんのように、三つ大島の遺跡を巡るのも惹かれた。 遺跡の事はよくわからないけど、これもシンボルは想像しやすい。

 錬金術士になろうと頑張っている家族の……妹のリオリールの為に、錬金助手を目指すのも悪くないと思っている。

 キエーシャ先生の学び舎で出会ったクラウス兄のことは尊敬しているし、彼のアドバイスの通り大陸にこそ俺の夢が落ちているんじゃないかって、それとなく導いてくれもした。

 冗談では言ったが、最近はイッチさんから教えてもらっている料理も、実際に始めてみると性にあっていたようで意外と楽しくて、ついつい続けてしまって居る。

 

 カスカルは自分が何をしたいのかずっと悩んでいる。

 そして答えが出ない事にも焦っている。

 だから、シンボルが定まらない。 ずっと、この繰り返しだ。

 

「はぁ……なんか……このシンボル」

 

 ぐるぐると自分の夢、将来の職業……自分の事。

 思考が同じ場所に行ったり来たりと巡っていく中、じっと見つめている悪ふざけで作られたはずの雄々しいシンボルが、なんだか格好良く思えてきた。

 なんの疑いも迷い無く、自身に満ち溢れた男。

 己が目指す 標 として、このシンボルを身体に刻み込む。

 

「……始まりは酔っ払い達の悪ふざけだったかもしれないけど……俺はユウバナ村の男として産まれて、いつか強い男になりたい……それは、多分そうなんだよな」

 

 いや、絶対、それは偽りの心じゃなく、本心のはずだ。

 もしかして、頼りになる兄貴たちは、カスカルの迷いを知ってこれを作ってくれたのではないだろうか。

 いや、それは流石にないか。 短い苦笑を零して、立ち上がる。

 どっちにしても、カスカルの心は決まった。

 

「ああ、決めたぞ。 俺はこのシンボルを刻もう。 強くなるんだ、男として」

 

 カスカルは力強く、シンボルをデザインしたアクセサリのような木型を掴み、自室から出て行った。

 

 

 

 

 

「私のシンボル? シンプルに、錬金術を使う時に攪拌するための杖にしたよ」

「あはは、やっぱりトルテちゃんも錬金術なんだね」

 

 他に何かあるの? とでも言いたげな顔で一つ首をかしげて、トルテは続けた。

 

「そういうリオは?」

「私はこれだよ。 ほら、ワカメと釜!」

「おー……ふ、ふうん。 なかなか良いデザインだね」

 

 トルテは禍々しさ溢れるリオリールのシンボルに、少しだけ感銘を受けた。 いや、正直いって格好いいじゃないか、と思う。

 リオが不器用なのは今までの暮らしや、錬金術の調合の最中で見せつけられていたので、思いのほか格好いいデザインで驚いたとも言う。

 ちなみにワカメと釜、で認識したわけではなく、邪悪なオーラを纏った錬金術士の殺害に適した釜として見ていた。

 

 一方、褒められるとは思っていなかったリオリールは嬉しくなって、トルテに抱き着いた。

 

「わ──ー、トルテちゃ──ん!」

「むぐっ、あ、暑苦しい! 急に何!?」

「褒めてくれたの、トルテちゃんだけだよ……うぅぅ」

「何でも良いから、離れてくれない?」

 

 体格上、押しても負けてしまうので、手でリオリールの顔の間に手の平を向け、隙間を確保しながら言い放つ。

 リオリールはニコニコしながら素直に離れて行って、自分のシンボルの木型を見せつけながら、嬉々として説明を始めた。

 ワカメは美味しいから好きで、錬金術は楽しくてみんなの役に立てて好きで。でも、本当はワカメを魚のブリにしようか1ヶ月くらい悩んでて。漁師の娘だから。

 などという、割とトルテにとってどうでも良い雑談に、曖昧に同意しながらトルテはぼんやりと顎に手を乗せて頷いた。

 

 ただ、リオリールの話を聞いている内に、トルテも自分の身体に刻み込むことになるシンボルが、ただのシンプルな杖で良いのかと疑問に思えてくる。

 適当に決めてしまったのは間違いがないので、もっとちゃんとリオリールの様に考えるべきなのかも知れない。

 少しだけ自省しつつ、トルテは自分のシンボルを手にとって眺めた。

 

「もっと私もちゃんと作った方がいいのかな?」

「え? うーん、そうだな~~~、でも。簡単なシンボルで済ませちゃう人も居るからね。 私のお父さんは、一本の錨だしね。 めっちゃシンプル!」

「そうだけど……なんか、やっぱり詰まらないかもって」

「あはは、そうだよね。 出来れば凝りたいよね、自分のシンボルだし」

 

 

 

 

 

 

 リオリールのように、やっぱり錬金術士なら追加するのは釜だろうか。

 だが、既に錬金術を示す杖をトルテは描いている。

 自分の存在を示す証としてシンボルを刻むとなると、トルテは錬金術のことだけしか考えられなかった。

 おとーさんの為でもあるし、自分の今の夢もそうだ。

 こうしてリオリールとアトリエを一緒に使っている事も、全ておとーさんが授けてくれた錬金術の知識があってこそである。

 

「他に私が、大事にしている物なんて……」

 

 ない。

 そう断言できる位には、トルテには錬金術にしか興味が無かったし、それ以外に目を向けていなかった。

 おとーさんが誕生日の時にくれたプレゼントは大事だけれど、自分を示す物かと言えばそれは少し違う気もするから。

 やっぱりデザイン的にはシンプルすぎるけれども、シンボルは杖だけにしようか。

 

 リオリールがギャアギャア騒ぎ出したドラへと餌をあげて、ボン様にスカートの裾を噛まれている(どうしてそうなったのだろう)所をぼんやりと見ていると、少しだけ思った。

 

「育てることになったのは成り行きだったけど、ドラは、大事にしないとだよね」

 

 切っ掛けは偶然だったが、トルテはドラに愛情を注いでいる。

 可愛らしさしかない雛であった頃とは、かなり姿形が変わって立派なモンスターらしく爪も牙もドンドン凶悪になってしまったが。

 まだ成長中ではあるけれど、掌に乗ってしまうくらい小さな雛鳥からずっと見てきたからか。

 ドラを失う事があれば、とても辛いのだろうとトルテは思ってしまった。

 

 もし別れが来てしまった時、トルテはきっと泣いてしまう。そんな予感があった。

 

「アードラーかぁ……」

 

 今は懐かしささえ覚える、レッドマンの居城から持ち出した僅かな荷物。

 その中に置いてあった自分のシンボルの木型を、天井に向けて手を伸ばし……しばし眺めて。

 窓の外を見て、陽がまだ十分に高い事を知ると、トルテは釜へとそっと近づいたのだった。

 

 そうして、夜。

 持ち出したトルテのシンボルには、猛禽類の爪が追加されていた。

 

 

 

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