リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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03. 出会う二人

 

 

「もうっ、なんなのここ」

 

 『三ツ島』 の北西部には深い森が延々と続いている。

地元からはまみどり大森林と呼ばれており、その面積は『みつ島』以西の4割を覆うほどであった。

 

そんな広大な森の中を、無謀にも地図を持たず歩いていたトルテは憤りに悪態をついた。

 

雄大な自然を持つ三つ大島の中でもこれだけの深い森林が続くエリアは珍しく、その分ロイヤルクラウンによる環境の変化は著しい。

森の中に撒き散らされた胞子は目に見えないはずなのに、空気中の粒子に反応して薄く赤い塵のようなものを巻き上げていた。

通り雨が降ったせいで空気はじめじめと湿っており、地面はぬかるみ、纏わりつく赤い胞子が気持ち悪かった。

 

 初めて入る深い森の中。

ざわめく野鳥や野獣の唸り声が遠くから聞こえてきて、無駄に不安を煽ってくる。

実際にこの森の奥には凶悪なモンスター。森の主が居るという噂もあるが、幸か不幸かトルテは知らず恐れを抱かない足取りで坂道を歩いていた。

 

木々に着けた葉が掠れて揺れる音も、枝が落ちて硬い岩に打ち付けられる音も、いきなり発生するためその度にビクつくことになるのも気に食わなかった。

実際のところ、彼女の服の至る所に身につけている装飾品の擦れる音の方が煩かったが。

 

「もう我慢できない、爆破しよ……」

 

 不快な原因を取り除くために悪魔の根城に引きこもっていた錬金少女トルテは、ねこさんポーチの中から爆弾を取り出した。

躊躇い無く点火し、二次災害の事などまったく考えずに無心で爆弾を蹴飛ばした。

爆弾を投擲ではなく、蹴飛ばせば良いことに気付いたのは数日前である。

坂道であれば、なお距離を稼げてヨシ、だ。

 

とはいえ、キック力もあまり無い事に気付いてもしまったのだが。

 

勾配があったのか、転々とトルテ特性フラムは坂路を転がり、やがて空気が伸縮して爆発した。

爆風に煽られて一気に霧散する赤い塵と湿った空気。

嗅ぎなれた独特の火薬のにおいが森の中にうっすらと広がって、トルテの鼻をくすぐった。

 

「やっぱり爆弾が一番」

 

 調合も一番簡単だし、嗅ぎなれた硝煙の匂いが落ち着く、などと思うトルテ。

それにしても、と彼女は思う。

 

トルテは監禁されていて外に出る事は無かった身ではあったが、ロイヤルクラウンは錬金素材でもあった為、どういう物であるのかは詳しかった。

 

カテゴリで分類すればキノコ・香料・中和剤。

中間素材として有用な中和剤に変化することが容易であり、ちょっと効果の抽出を頑張れば宝石カテゴリにも顔を出せる、一風変わった特性も持ち合わせている。

 

属性は水に分類されて、錬金器材の『ろ過器』を用いることで濃縮された特性を液体カテゴリで抽出できたりもする。

三つ大島では錬金素材としてみればとても優秀なキノコであった。

 

ところが、トルテが世界征服を企む父レッドマンに送り出された直後にこの有様である。

ロイヤルクラウンの異常は世界征服に当たって対錬金術士としての作戦の一つに違いないのだろう。

それは分かる。

おとーさんはキノコが嫌いだった。

つまり世界征服を狙うおとーさんにとって、明確な弱点なのだ。

しかし、トルテもまた錬金術士なのである。

結果として調合の幅が狭くなることは、あまり嬉しいことではない。

 

毒キノコがまた新たな調合用の素材になるかもしれないとは、今のトルテには考えられなかったのであった。

 

「まぁ、おとーさんの考えだろうから、しょうがないけど……」

 

 なんにせよ、とトルテはポーチの中から爆弾を取り出した。

すぐに纏わりついて気持ち悪い、このロイヤルクラウンに変わって生まれた毒キノコの胞子だけは何とかして欲しいと爆弾を蹴飛ばす。

爆発し、霧散する空気。

雨が降ったおかげで延焼し辛いことを幸いに、爆弾を蹴り飛ばしながらトルテは初めての森の散策を楽しんだ。

 

時折、調合素材になる虫や土、植物を採取しながら。

 

 

―――・

 

 

「リオ」

「う、うん。 お兄ちゃん、これって……何の音なんだろう?」

「普段の森じゃ、馴染みの無い音だな」

「どーんっ、どーんっ、って……なんだか段々と音が大きくなって行くような……うぅ、不気味だよぉ」

「つい最近、村に散々聞こえてきた音に似てるけどな。釜でどーんどーんって」

「お兄ちゃん、やめてよもー!」

 

 調合の失敗続きで、爆発しまくった音に言及されて憤るリオリール。

まったく成功の兆しが見えない、解毒剤の調合を続けて、ついには『はぐるま草』の在庫が底をついてしまったのだ。

彼女は仕方なく慣れないフィールドワークに出て、採取地へ素材の補充に出かけることにした。

 

水泳を除くすべてにおいて壊滅的な運動神経。 脅威の方向音痴。

そして戦闘能力皆無のへっぽこ三重苦とユウバナ村の人々に評価されたリオリールだ。

 

護衛役+案内役+荷持つ係りとして兄、カスカルは当然の様に妹に引っ張られて『はぐるま草』の群生地へ向かっているのが現状である。

 

「ロイヤルクラウンの異常といい、赤い塵が舞っている事といい……何か森に起こってるのかもな……リオ、俺から離れるなよ」

「う、うん」

 

 警戒を強めて進む双子の兄妹は、幸いな事に道中険しい地形を無事に越え、魔物や爆弾魔に出会うことなく目的地へと到着した。

 

群生地なだけあって、少し森が開けた草原地帯に所狭しと『はぐるま草』は生え揃っている。

短い茎を精一杯伸ばして、太陽の光を浴びようと大きな花と葉が横にぐぅーと広がって地面に黄色い絨毯をつくっていた。

降り止んだ雨のしずくを反射して、はぐるま草はキラキラと光って輝いていた。

 

そんな花の絨毯と化している光景に誘われたのか。

白や黒、蒼や黄色など、色とりどりの蝶が飛び交い、小さな虫が音を鳴らして地面の草を食む。

錬金少女のトルテは監禁されていて物理的に外に出ることは無かったが、リオリールはへっぽこ三重苦のおかげで採取地には全く出かけていなかった。

 

だから、この光景は本当に美しくて。

 

リオリールもトルテも、はぐるま草の群生地の見せる力強い自然の光景に、暫し呆気にとられ見惚れてしまった。

鼻をくすぐる花弁の匂いも独特で、それすらも感動の一部になって。

 

「わぁ……すごぉーい」

「すっごい……きれー」

 

「あれ?」

「ん?」

 

 呆けたような感嘆する声が重なり、その後の疑問符も見事に重なった。

違和感にリオリールが視線を巡らせば、ちょうど真横の方で同じように顔を見合わせる少女の姿。

年のころは少し背が小さいけれども、恐らくリオリールや兄のカスカルと同じくらい。

桃色の綺麗な髪を後ろでまとめており、前髪が少しだけ垂れている。

リオリールと同じように森道を歩いてきたのか、少しだけ草臥れた顔と木っ端を服につけてリオ達を見詰めていた。

 

「すごい格好だな。 いくらなんでも、森を歩くには無駄な装飾品が多すぎるんじゃないか」

「ちょっと、お兄ちゃん。 失礼だよ」

「……」

 

 しばしお互いに微妙な距離のまま見詰めあったが、やがて過度な装飾品を身に着けた少女トルテはジャラジャラと音を立てて『はぐるま草』に向かって歩き出した。

リオリールもあっ、と思い出したかのように背負っていた籠を降ろして『はぐるま草』へと歩き出す。

 

「……どうして籠を降ろしてるの?」

 

 トルテが不思議そうな顔で腰を下ろしたリオリールを見て尋ねた。

思わず首を傾げるリオリール。

 

同じように『はぐるま草』に向かって腰を下ろしたのだ。

採取するからに決まっているのだと思うのだが。

 

顔を傾げたリオリールに、トルテはおもむろに口を開いて尋ねた。

 

「もしかして、あなたは錬金術士?」

「え? あ、はい。そうなんです~。え?そう聞いてくるってことは、あなたも錬金術士ですか?わわ、すごい! 私、同じ錬金術士の人に初めて会いましたっ!」

「ということは、あなたはおとーさんの敵ですね。爆殺します」

「え? え?? なになに?」

 

 はぐるま草を採る為に屈んでいた体勢をぐいっと起こして、トルテはポーチの中に手を突っ込んだ。

言葉の意味を理解できないリオリールは、勢い良く立ち上がったトルテを前に不思議な顔を張り付けるだけで精一杯だった。

 

 そして顔を歪めて突如唸る少女。

 

「くっ」

「?」

「……無い」

「え? 何が??」

「森を歩いてたら爆弾なくなったの……運がよかったね、錬金術士」

「えっと……??」

 

 そうして再びしゃがみ込んで、錬金素材の蒐集を始める少女。

流石のリオリールも森で出会った不思議な少女の様子に不審な目を向けて、兄であるカスカルへと近寄って耳打ちする。

 

「どうしよう、お兄ちゃん。 変な人にあっちゃった」

「まさかと思うが、今の発言……森の中を爆弾を使って、爆発させながら歩いてたのか?」

「ええ!? そんな危ない事、普通しないよ!?」

「そう……だよな。在り得ないか、そんなこと……ん、いやまぁ、それより早く素材を取っちまおう。暗くならない内にさ」

「あ、そうだね。 ごめんね『はぐるま草』さん、えいっやっ!」

 

 ある程度の量を毟り取ったトルテは、ポーチの中に質の良い新鮮な『はぐるま草』を詰め終わったようでカスカルとリオリールのやり取りを眺めていた。

 

父の敵である錬金術士。

こんなに早く出会うとは思わず、爆弾を使い切ってしまった事を悔やんでいた。

気持ちを切り替えて、爆破目標である少女を観察することにしたトルテ。

 

暫く採取の様子を観察していたが、何を考えているのか、あまり状態の良くない素材も妙な掛け声と共に、根こそぎ引っ張って持っていくことに気がついた。

自然、その光景を見ていた 『錬金術士としてのトルテ』 の眦は危険な方向へと曲がった。

 

トルテがアトリエで読んでいた参考書には、素材の採取の手順を纏めた物も数多くある。

自然の恵みを採取する際、その採取量には細心の注意を払ってしかるべきだ。

だというのに目の前の錬金術士は暗黙の了解とも言える禁忌を簡単に犯し、あるだけ根こそぎ採取しているように思える。

いや、採取している。

 

同じ錬金術士としては、とても見逃せない愚かな行いだった。

 

「ちょっと」

「え? なんですか?」

「そんな一杯採取したら駄目。 あ! しかも根っこごと……なんて事をしてるの?」

「え? えっとー? ごめんなさい? 少しだけだと足りないので多めに採ってるんです。それと、草木は根っこごと採るのが普通なんじゃ……」

「『はぐるま草』は根っこが無くなると自生できなくなる……って書いてあった。茎を折って採るのが基本……って書いてあった。そもそも、薬材料としては品質が良い物を選べば二つか三つで十分な薬効を抽出できるのが、はぐるま草だよ。それだけ大量に採るなんて非常識すぎる」

「そ、そうなんですか……うう、ごめんなさい。私、実は錬金術士としては駆け出しで……」

「言い訳なんて見苦しい……あぁ、やっぱり錬金術士は爆殺すべき存在なんだね……おとーさん」

「そ、そこまで言わなくても……お父さん?」

「煩い、聴いて? 『はぐるま草』は地中に球根が埋まってから約4年半の歳月をかけて花を開かせる、と書いてあった。

 つまり錬金術として花弁の部分を使えるのは一つの『はぐるま草』につき4年半もかかるの、と書いてあった。

 茎を折るだけならば、根っこが再び大輪を咲かせるまでにかかる期間はおおよそ9ヶ月で済む、と書いてあった。

 例えば調合するアイテムの必要量が多ければ……と書いてあった。 ……………と、書いてあった」

 

 リオリールの手が止まり、見慣れない少女と白熱した良く分からない素材の議論を始めてしまったので、カスカルは暇になって空を見上げた。

話が盛り上がるのは結構なこととはいえ、時間も押している。

森の異変は目に見えて分かるものだし、モンスターが現れないとも限らない。

長居するのは危険だろう。

どうやら見知らぬ少女も妹のリオリールと同じ錬金術士……なのかは不明だが、埒の明かない話を採取地で話し込んでても仕方ないだろう。

 

「リオ、そろそろ戻るぞ。 あんたも暗くなる前に帰った方が良いんじゃないか」

「お兄ちゃん……うん、私もう帰る、すぐ帰るよぉー!」

「ちょっと待つ。 幾らなんでも錬金術士として無知すぎる、と書いて……いや、これは書いてなかった」

「わぁぁ、私が悪かったです、許してくださーい!」

「はぁ……まぁ、そういうわけで妹も白旗を上げてるんだ。君も同じ錬金術士?で話が弾むのも分かるけど、今度にしてくれないか」

「む……別に楽しんでいない。 今日は爆弾を使い切って爆殺できないだけ……あ」

「どうした?」

「もう爆弾がない」

「……それがどうかしたのか?」

「爆弾がないと、私は森の中を歩けない」

「うん?なるほど……?」

「……」

 

 無言のまま、じっと見つめられたカスカルは根負けするように尋ねた。

 

「……な、なんだよ?」

「連れてって」

「なんだって?」

 

 カスカル兄の護衛対象が二人に増えた。

 

三ツ島最北端のユウバナ村に辿り付いた頃には、妹リオリールの体力は慣れない採取で燃え尽きて、息も絶え絶えと言った様子である。

出会ったばかりの少女トルテに至っては、生まれて初めての登山が影響したのか、しばし歩いた後に疲労困憊となり、ついには意識を失い昏倒した。

 

そのタイミングで森の中から『うさぷに』相手に立ち回る事になってしまったカスカル。

この日の出来事をもって、兄カスカルは出来るだけ採取にリオリールを連れて行かない様に説得する方針を固めたという。 

 

 

 

こうして。

 

お爺さんの手記から始まった独学と、生来持つ才覚だけで錬金術士の一歩を踏み出した魚村の村娘、リオリール・フェルエクス。

 

悪魔の根城で幼児の頃から暮らしの中で、最高の環境下で錬金術に触れてきた爆弾魔の少女、トルテ。

 

 

二人の錬金術士の少女たちは、概ね悪魔怪人・レッドマンの想定通りに運命の出会いを果たしたのである。

 

 

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