リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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14. 人とアデーレ

 

 

 今日も朝から錬金釜はポコポコと音を出して、火が点けられている。

 

 

「よぉーし、解毒剤の追加分はこれで終わりだね。 トルテちゃん、コンテナの中にクロースって余ってた?」

「あるよ。さっき作り終わったのが、ひと締め分。 でも、それが終わったら素材は無いから気を付けて」

「分かったよ、ありがとう。 そっちは素材は足りてる?」

「インゴットが足りないかな。 リオは持ってる?」

「ごめん、さっき使い切っちゃったばっかり。 また調合するようだね」

「それなら、インゴットはこっちで作っちゃうよ」

 

 パタパタと釜の前とコンテナを二人の少女が行ったり来たり。

 少し前まで日常的に見られた風景が戻ってきている。

 ボン様が、数人座れる一番でっかいソファーを占領してそんな様子を眺めていた。

 

 そんな中、カスカルがナータン兄妹と共に階段から降りてくると、彼らは装備を固めて出かける準備を終えていた。

 

「リオ、トルテ」

「あ、お兄ちゃん出かけるの?」

「ああ、俺達まみどり大森林の遺跡をもう一度、下見をしてくるからな。 火元に気を付けろよ」

「わかったー! 行ってらっしゃい、お兄ちゃん! 螺子があったら、教えてね。 気を付けて~~」

「カスカル、行ってらっしゃい。 ねぇ、リオ、ちょっとレシピ貸してもらっていい?」

「良いよ! あ、中和剤切れてる! しまったなぁ~……」

 

 ボン様がソファーの上で欠伸をひとつ。

 ドラが鳥かごの中で、自分の毛づくろいをしながら、ギャアと吠えて。

 

 リオリールとトルテのアトリエは、がっつりと稼働中であった。

 

 そして、リオリールはオーレンジスの依頼品も、その中で作っては失敗し、何度も挑戦をすることに。

 トルテに相談はしたものの、自分だけの独力で何度もレシピを練り直して8日間。

 錬金粘土を筆頭に、素材の作り方を教わり、実践し、更に7日間。

 秋口が深まり、まみどり大森林の木々が様々に色付いて、秋の色彩が深まった頃。

 

 ようやく集め終わった素材で再び挑戦し、リオリールついに辿り着いた。

 流石に古址街道の遺跡で作れたような品質は、代替した素材の関係上、作る事は出来なかったけれども。

 

 あちらこちらに散らばった素材の中で、リオリールは出来上がったばかりの螺子を一本、錬金釜の中から取り出した。

 

 自分だけの力で作ったレシピで、依頼の調合物を完成させる事に成功したのである。

 

 ・──────────────────────―●

 ●アデーレの螺子 作成:リオリール

 

 古址街道の遺跡で見つかった『なにかの金属』を素材にして出来上がったオートマタの動力確保用の螺子。

 オーレンジスがオートマタの動力として予測しているため、再起動の為に螺子をお願いされていた。

 見た目は変わらないが、使っている素材は大分アレンジされている。 

 

 レシピ:錬金粘土・(インゴット)・(金属)・古獣の爪(ボン様)

 

● 効果            ● 特性

 ・パタパタ回る        ・マスターキー(アデーレ)

 ・硬い            

 ・柔らかい          

 

 

 リオリール「見た目はそっくりになったね! 初めて自分で作ったレシピ……頑張ったゾぉ──ー!」

 トルテ「にしても、予想より大きくなっちゃったみたいだね。こんな物を付けてアデーレの頭がふらついたりしないかな?」

 リオリール「確かに、結構な重量もあるし……ボン様から頂いた爪が原因なんだよね、重たいの」

 トルテ「これを頭につけて、しかも回すんでしょ? そういえば遺跡には首もいっぱいもげてたなぁ」

 リオリール「怖い事言わないでよー。そんな首が取れるなんて……事になっちゃったらどうしよう」

 トルテ「最悪、取れたら遺跡まで行けば拾って来れると思う」

 リオリール「うぇぇ、なまじ現実味があるからやめてー! 頭だけ拾うのって、それもうホラーだって!」

 ●──────────────────────―・

 

 

 

 リオリールはオーレンジスの小屋へと訪れていた。

 一緒に来てくれたのは、トルテとカスカルとイッチという何時ものメンバー。

 そして素材の回収などで『まみどり大森林』で採取を手伝ってくれた、ナハトバッハとマルグレートだ。

 まぁ、この二人は遺跡目当てだったので勝手について来たような物だったが、アデーレの螺子を作る為に素材の蒐集が捗ったのは彼らの協力があったからというのも間違いでは無かった。

 

「ようこそ。 連絡が来てから待ちわびてたよ、リオ君。トルテ君」

「こんにちは、オーレンジスさん」

「依頼の品、持って来た」

「どうぞ」

 

 トルテに促されて、紙に包装した荷物をリオリールが受け渡す。

 素材・レシピ・そして調合。

 その全てをリオリールが自分の手で作り上げた、自分だけの力で完成させた道具だった。

 

 手に取ったそれは、思ったよりも大きく重量がある。

 

 銀色に鈍く光を反射する、金属で出来た螺子。

 

「っ……はぁ。 これはすごいね。 専門外の僕でも見ただけでわかる。 この螺子は、元々アデーレに付いていた物と殆ど変わらない物だ」

「流石に全部再現は無理だろうね。使われてる素材が違うんだと思うよ」

 

 トルテの声に、リオリールは捕捉するように説明した。

 

「そうそう、当時に使われていた素材を見つけるのは難しいんじゃないかなってトルテちゃんと話してたの。 出来る限り、同じ物は使いたかったんだけど……ごめんなさい」

「いや、十分だよ。 これを使えればきっと動力になるはずだ。 もしかしたら……アデーレは再起動ができるかもしれない」

 

 オーレンジスはアデーレの事について錬金術に関わりがあると見たが、こんなに早くリオリールたちが動力源となるだろう螺子を用意してくれるとは思っていなかった。

 失礼なことを言えば、つい半年ほど前まで爆発ばかり起こしていた彼女たちとは数年のスパンで長く付き合っていくつもりだったのだ。

 だが、望外なほど早くにオーレンジスに依頼に応えてくれたことに、思わず目尻が潤んでしまう。

 

 夢の為に、ようやく最初の一歩を進めるかもしれない。

 

 ひと島でアデーレと出会ったのが10年以上も前。

 そこから描いた大樹の謎への挑戦。

 故郷の誰にも理解されず。

 それどころか馬鹿にもされて。

 夢を追い始めて、0からの努力を続けてきて、散々に迷走しながらやっと掴んだチャンス。

 心の何処かで、人生を棒に振ってガラクタを弄っている変人として生涯を終える事もありえない話ではなかった。

 だから、こんなに早くアデーレの再起動に辿り着けたことにオーレンジスは感謝の念しか沸いてこない。

 

 思っただけで、感慨深い思いに捕らわれそうになってオーレンジスは首を振った。

 まだ何も始まっていない。

 いや、失敗する可能性の方が高いのだから。

 アデーレが仮に復活できたとしても、夢の為に追いかけている『変わらない大樹』のことについては、きっとスタートラインに立っただけだ。

 怪訝な顔で首をかしげているリオリール達に、オーレンジスは曖昧に笑って。

 

 

 隠れてそっと目じりを指で拭った。

 

 

 

 そして彼は小屋の外へと。 正面玄関とは反対側の裏庭にリオリール達を案内した。

 この日になってオーレンジスが依頼していた品物を持ってきてくれるという話を聞いていたので、あらかじめアデーレを日当たりのいい小屋の裏庭に移動させていたのだ。

 ここは森林の中で、ちょうどぽっかりと日差しが当たるオーレンジスのとっておきの場所である。

 

 オーレンジスは動かないまま椅子に座らせているアデーレの頬の輪郭を、そっとなぞる様に撫でた。

 

 アデーレは、物を言わぬただの機械だ。

 人間とまったく変わらない姿をしていて、見た目からは年の若い少女にしか見えないが、動かした所で意思を持たぬ人形でしかない可能性も覚悟している。

 人の身体ではないと察せられる箇所は、髪の色が人間ではありえない明るいヒスイを思わせる翠色であることだけだろう。

 

 ひと島で見つけた時から、これまで彼女を保護し、機械であることを知ってからメンテナンスを怠らなかったオーレンジスが誰よりもアデーレの事を知っている。

 文字通り、隅から隅まで全てを整えてきた。

 だから。

 

 アデーレは機械だ。間違いなく。

 

 もしもアデーレが意思を持って再起動したとき、どうなるかは読めない。

 

 あの枯れない一本の木の前で、見守る様に寄り添っていた彼女は、この場所で目覚めた時に暴れだすかもしれない。

 もしかしたら、人間という存在に敵対している可能性だってある。

 オーレンジスはいろんな想像をしてきた。 きっと他人が思っているよりずっと情熱を持って。

 

「だけど人の形をしていて、口もあって。 それで意思の無い存在だなんて、思いたくないよね。 君との邂逅が、良い物になることを僕は願っている」

 

 オーレンジスは普通に喋っているつもりだったが、その声は誰が聞いても震えていた。

 

「オーレンジスさん……」

「螺子を……回してみるよ。 君たちは、少し離れていてくれ」

 

 自覚のない恐怖心に、アデーレの頭部へと手を伸ばして。

 そこで一端、彼はリオリールたちから受け取った螺子を落としてしまう。

 誤魔化すようにオーレンジスは頭を掻いて、気を取り直してアデーレの螺子を持ち、そこで彼は初めて自分の手が震えている事に気付いた。

 

 リオリールの作った螺子を一つぎゅう、と握って、息を吐く。

 

 ゆっくりとアデーレの頭部、螺子の先端が挿入され。

 思ったよりも力が必要な事に驚きつつ、オーレンジスは両手で螺子の突端を掴んで──―慎重に回した。

 

 カラカラと音が鳴る。

 少しずつ。 だけど確かに螺子はアデーレの頭部で回転していき、オーレンジスが動く力を加えていく。

 

 アデーレへと。

 命を吹き込んでいく。

 

 カラカラカラカラ。 カラカラカラカラと。

 

 

 ゆっくりと、ゆっくりと回されていく螺子に反応するように。

 

 アデーレの瞼がゆっくり。

 本当にゆっくりと持ち上がっていった。

 

 

 

 

 ……。

 真っ暗な世界の中。

 ぼやけた光が差し込んで蠢いた。

 

 歯車と螺子の音に混じって、擬態された魂と鼓動が動き出した。

 

 

 

 ──────―私たちが求めているのは 『人』 だ。

 人と会うまで、オートマタは生き続けなければならない。

 何故ならば、人が居なければ人の為に造られたオートマタの存在する理由が無いからだ。

 

 

 

 懐かしい言葉がカラカラと異音の鳴る音に混じって、聞こえてきた。

 

 軋む身体の絡繰り音を響かせながら、人を謳う。

 酷く乾いた感情の中で『人であれ』という願いを成す為に。

 

 何が原因で人が滅び、失われたのかは分からない。

 一つ確かな事は、この島に人間は隅から隅まで探しても、消え去ってしまったという事実だけだった。

 

 島に残されたのは『人』に仕える為に産みだされたオートマタ。

 決して島の外に出る事が許されていない、オートマタ。

 居なくなってしまった己の存在理由に、彼らは絶望を見た。

 消えてしまった『人』が産まれて来ない事に、彼らは終焉を見た。

 長く稼働を止めていた彼らが再び動き出した時。

 目的は一つだけだった。

 

 機械が主を求めて ただひたすらに 『人』 を産みだそうとすることだった。

 

 

 ──―私はオートマタとして生まれた。

 

 しかし、多くの同胞と違って付けられた名は人を模倣した、アデーレという名前であった。

 オートマタに作られた、ただの機械人形に求められた事。 製造番号だけではなく、名を預けられた事。 

 製造された理由であり、存在する意義。

 

 それはオートマタであるアデーレは、ただ 『人』 で在れという矛盾でしかない命令であった。

 

 ──―私は人ではありません。人であることを求められても、分かりません。

 

 アデーレの声が届くことは無かった。 機械である彼らは最初から受け入れようとしていなかった。

 

 魂は、人の物と変わらない。 人の錬金術では、そうであれば、それは人と変わらない。 故に、アデーレは人であり、我らの仕えるべき主である。

 

 それは狂信か、妄執に過ぎなかったが、何も分からないまま……或いはアデーレも気付けないまま、彼女は産まれた時から『人』を演じることが存在意義として定義された。

 

 人として生きる。 

 代替として人であることを強要されたアデーレは、文献やオートマタの間でしか伝わらない電文や信号だけを頼りに知識を仕入れ、そして飾る。

 会ったこともない人間という種の模倣。

 間違っていることしか出来ないはずなのに、間違っていない様に振る舞うようにアデーレは『人』として生きることになった。

 

 オートマタはそんなアデーレを主とし、仕えた。

『人』として生まれてきたという前提で、アデーレが守るべき御姫様であるかのように。

 彼女は常に、機械人形たちに囲まれて長い年月を『人』として無為に過ごした。

 

 矛盾を孕んでいることすら分かっているのに、人に仕えるという擬態を得て動き続け──―やがてゆっくりと、ゆっくりとアデーレ以外の存在はオートマタとしての軸が壊れて行った。

 

 

 最初から何もかもが狂っていたのだ。

 

 

 もしかしたら『人』を模して錬金術を再現しようとした瞬間から、彼らの終わりは始まっていたのかも知れない。

 

 島の全てを材料と見做し 『人』 を得ることだけを目的にオートマタは環境を全て破壊していった。

 アデーレのように不完全な『人』ではなく、完全なる人間の制作を機械たちは望んだ。

 

 動物も、植物も。鳥も。空も。海も。全てが不完全な『人』を生み出す為に利用されていく。

 

 圧倒的に間違った方向に進んだ機械の行使する錬金術は、文字通り全てを滅ぼした。

 狂った生産活動は止まることなく、それはオートマタという『種』の破滅を導くのに、そう時間は要らなかった。

 

 彼らオートマタの生産、そして活動を支えてきたのも全ては島にある資源だったからだ。

 何もかもを絞り尽くした行きすぎた行為は、やがて島すべてを文字通り大地から引き剥がしていく。

 捲れ上がった大地は完全に枯れて、海洋は汚染し、雨は降らなくなった。

 

 みつ島は、枯れた。

 

 そうして

 島が枯れ果てたころ。

 

 アデーレは狂ってしまったオートマタ達の元から離れることを選んだ。

 長く『人』を演じた彼女を引き止める存在は亡くなったから。

 役割を失ったから。

 人の代替品であるという役目は、既に望んだはずの彼らからアデーレは無視されていた。

 

 もう『人』を得る為に彼らは動いていない。 

 島にあるかもしれない『人間の材料』を探すことだけしか出来ないほど壊れてしまった。

 メンテナンスのような維持活動さえ行っていない彼らは、そう遠くない未来に朽ちるだろう。

 

 それは、アデーレ自身も。

 

 そんな彼ら……製造してくれた壊れた親を見続けるのは、アデーレは耐えられなかった。

 

 だから、アデーレは枯れ果ててしまったけれど。

 なにもかも無くなってしまったけど。

 最後に自然の みつ島の姿を一人で見に行こうと思ったのだ。

 

 

 カラカラ。 カラカラと音がした。黒い闇の中に光がぼんやりと浮かんでくる。

 

 頭の奥で螺子が廻って。

 カラリと音が鳴る。

 

 

 そうしてアデーレが見つけたのは一本の大樹だ。

 

 

 からからに乾いた大地の中、草葉すら失われた砂だらけの荒廃した土地に根付いていて、瑞々しさを保ったまま立って居た。

 そこだけまるで、時間が止まったように。

 アデーレは不思議に思った。

 こんなに目立つ場所に、こんな大きな大樹が生えていれば、人の材料を求める壊れたオートマタ達に絞り尽くされる。 その格好の餌になるというのに。

 どうして、ここには瑞々しい木が、根すらも生やせない大地に立して『在る』のか。

 

 興味を引かれて調べてみたが、この大樹の謎はまるで分からなかった。

 一つだけ確かな事実として、この大樹は誰かの手で錬金術で作られた物だったという事だけだ。

 アデーレにとって時間の感覚は希薄なものであったが、それでも長い期間をかけて調べ尽くして、唯一分かった事実は……この大樹が、人間の錬金術士によって作られたという事実だけだ。

 

 

 アデーレはその事実を発見しただけで満足した。

 

「私は 『人』 を見つけた。 この大樹こそ 『人』 の証左。 人は、ここに居た」

 

 それから、アデーレは己の活動が限界を迎え朽ち終えるまで、大樹の傍に寄り沿って、ただただ人間の存在を発見した『木』を見つめ続けていた。

 一歩も動かず。

 決して動じず。

 もしかしたらアデーレの製造者であるオートマタが木を破壊してしまうかもしれないと思ったが、不思議なことに彼らが大層目立つこの大樹に気付くことは永遠になかった。

 

 そこから変化は無かった。

 木は葉も、実もつけることはなく。

 巡る季節すらも無くなった乾いた大地にただただ立ち、そして枯れる事無く。

 失われた青空へと向けて枝を風に揺らしていた。

 

 それだけで良かった。

 救われたのだと思う。

 アデーレは人の事は知らない。

 アデーレは人を演じた。

 だけど、本当に大事なのは。 オートマタにとって大事にしなければならなかったのは。

 

 人が残した、この大樹に寄り添う事だったのだと、乾いた大地に緑を齎す木の下で、アデーレはそう思った。

 

 からり、からり。

 螺子の音が消えるまで。

 

 アデーレは大樹の下で。

 陽すらも射さない分厚い雲と共に。

 

 ひたすら寄り添って。

 

 からり、からり。

 オートマタの動力が完全に止まる、その時まで。

 

 からり。からり。

 

 ずっと。

 ずっと。

 

 からりと、役目を負えて螺子は止まった―――

 

 

 

 

 

 

 ──―止まっていた螺子の音がカラカラと鳴る。

 

 

 

 絡繰りで作られた心臓が鼓動を取り戻す。

 凍り付いて止まったままの体内の計りが、軋みを上げてくたびれたまま刻み始めて。

 

 頭の奥で鳴る、懐かしい音に身を任せてみれば、自然と瞼が震えて眩い光が視界に満ちた。

 視界に広がる見た事も無い濃い緑の世界。

 太陽の陽の反射。

 キラキラとした視界の中に。

 その中に在る一際大きな影が動いた事に気付くのに、アデーレは少しだけ時間が掛かった。

 

「──―動いた! やったぞ!」 

 

 実に20分以上はひたすらに螺子を回し続けていただろうか。

 慎重に回し続けたからなのか、それとも起動までに人力ではその位の時間が必要なのか。

 それは分からなかったが、オーレンジスは自分の力とは違う『動き』を敏感に感じ取って、喜びの声を上げた。

 

「アデーレ、僕だ! わかるかい?」

 

 急いで彼は、アデーレの目の前に立つと、小屋の方で待たせているリオリール達一向に親指を立てて笑顔を一つ。

 じっとりと張り付いていた汗に、髪をかき上げてアデーレの開いた瞳と目を合わせた。

 瞑り続けていたアデーレの瞳は、宝石のようだった。

 いや、事実、何かの鉱物を加工して仕上げられた物だろう。 だが、吸い込まれるような赤い瞳にオーレンジスは息をのんでしまっていた。

 

「私は、アデーレ。 大樹の下で朽ち、人として生きたオートマタです。 あなたは?」

「っ……! ああ……その、僕は。 いや、オーレンジスだ。 スレイオールレイ・オーレンジス。 君に会えて本当に嬉しい」

 

 頭の螺子が高速で廻っていた。

 先ほどまで力づくで動かさなければ、まるで固着して動かない螺子だったのに。

 今では彼女の意思でくるくると軽快に廻っているようだった。

 

「スレイオールレイ・オーレンジス……あなたは、何ですか?」

「何って……いや、ああ、うん。何ていったら良いのかな。君のようなオートマタ? ではなく、僕は普通の人間だ。もしかして、君を起こしてしまったら迷惑だっただろうか」

「人間……本当に……!」

 

 アデーレはまるで前兆なく、人には出来ない動きで立ち上がった。

 突然、人間には絶対に不可能な挙動で直立した姿に驚いて、オーレンジスはうわっ、と身を引いてしまう。

 意外と背が低い。

 そんな場違いな感想をオーレンジスは抱く。

 驚いている彼に詰め寄って、アデーレはオーレンジスの顔を掴むと、わしゃわしゃと両手で確かめるように動かした。

 

 機械なのに、すごく原始的な確認の仕方をするんだね。地味に痛いよアデーレ。

 片眼鏡と髪型が大変な事になりつつ、オーレンジスは戸惑いの中で、やっぱり妙な事を思っていた。

 

 気が済んだのか、アデーレは一歩下がって距離を取る。

 それを見て、オーレンジスが声を掛けようと口を開き、片眼鏡をしっかりと直し始めると。

 

 突然だ。

 彼女は己の指を自分の目玉に突っ込んで、先ほどオーレンジスが間近で見て衝撃を受けていた綺麗な宝石の瞳をぶち抜いた。

 驚愕に声すら出ないオーレンジスを置いて、アデーレは引っ張り出した瞳から何かの液体らしきものを穴の開いた目元からぶちまけた。

 そして、何事もないように引っ張っていた目玉を元に戻し。

 

「嬉しいです。 私は、与えられた宿願を果たすことができました。 人間……オーレンジス様という『人』に会えて、とても喜びです。 涙です」

「そ、そうか。僕も凄く嬉しいよ、アデーレ君……それにしても、意外とザックリな設計と構造なのかなぁ? 多分あれだろう? 今のは感涙の表現みたいな。 ああそうだね、思ってたのと大分違うけど、うん。これはこれで面白いよ。うんうん」

 

 面白い。

 人が涙を流すという感情表現を情報として知っていたアデーレは、自分の模倣が間違っていないと保証された気分だった。

 そう目の前の初めて邂逅した人間に評価され、アデーレは照れるようにして両手を頬に当てて身体を捻った。

 

「ありがとうございます。 アデーレは嬉しいです」

 

 ギシッギシッと錆び付いた身体が音を立て、結果的に全身で歓喜を表現することになったのである。

 一頻りのやり取りは驚愕の連続だったが、最初に戻ってきたのは口を開けっ放して見ていたナータン兄妹の方だった。

 

「いや、スゴイ。 期待はしてたけど、こりゃー凄い物を見た! 兄貴! これは凄いわよ!」

「ああ! こんなに完全な形で、古代の遺物が復活するなんて! 錬金術で作った自律して意思がある機械人形だって? あぁ、大陸だったら大騒ぎじゃすまないっ、今日はまったく何て日だ!」

「大チャンス到来だわ! おーい! オーレンジス君! この子、アタシに貸してくれない!? 悪い用にはせんからさー! ねっ、良いでしょ?」 

「なっ、待て待て! アデーレは僕のだ。 遺跡の調査や素材集めを手伝ってくれたのは感謝してるが、マギーに貸したら壊れてしまうだろう!」

「壊さないわよ! こんな最高の功績と未知と出世の為の塊を! 純金を幾らだって巻き上げられる金塊みたいなもんよ、この子は! 私だって繊細に扱うわ! 借金だって返せるもん!」

「頼むから俗物の極みみたいな思想をひけらかして、僕の感動を汚さないでくれないかな!?」 

「分かりました。『人』こそ、私の存在理由です。 この錆び付いた身で良ければ、どうぞアデーレをご自由にお使いください」

「アデーレ君!? 気をしっかり持つんだ! 君はいきなり悪い人間に騙されようとしているぞ!」

「悪いってつけないでよ、悪いって。 もう、まるで私が悪い人みたいじゃないのさ!」

「いや、悪いだろう!? もうちょっとで良いから君は自分を省みなさい! この子は僕の物なんだから、手を出さないでくれないか! 前から思ってたがマギー君は大概、非常識だねぇ!」

「うぐ、俺達の事はまったく否定できないが、歴史的な大発見なのは間違いないですよ! 本当にスゴイ事だ! ああ、くそ、感動だよオーレンジスさん!」

 

 興奮した面持ちで飛び出したマルグレート。

 普段はそんな彼女を止めるはずのナハトバッハも、テンション上げながらオーレンジスへと詰め寄っていく。

 アデーレを背中に守る様に、片眼鏡を上げながら手を広げて立ちはだかるオーレンジスがワァワァと騒ぎ出す。

 

 リオリールはマルグレート達の行動に一瞬だけ呆気にとられたが、人間同士が突然騒ぎ出して、困惑しきりに周囲を見回していたアデーレの視線とぶつかると。

 彼女を落ち着かせるように、リオリールは笑みを作って手で大丈夫だと教えてあげた。

 

 どうも、アデーレはその行動の意味が分からず、首をかしげて……傾げすぎて地面まで頭を擦り付けてしまい、その挙動に若干引き笑いになるリオリール。

 

 未だに騒いでるオーレンジスを見てから、それでもまぁ、良かったなぁ~~~とリオリールは嬉しくなって優しく微笑んだ。

 

 オーレンジスという青年がどれだけの覚悟と、意思を持ってアデーレの復活の為に頑張って来たのか。

『ひと島』で成人してからすぐに故郷を飛び出し、螺子一本の情報だけで『みつ島』にあるユウバナ村に単身で来るなんてよっぽどの決意だ。

 彼は研究者という言葉を使っていたが、きっとそれはアデーレの事だけを考えてついた建前なんだろう。

 それを少しだけでも知っているし、彼が理由を告白してくれたから、きっと気付けた。

 

 

 オーレンジスは今も笑って泣いている。

 

 

 顔にこそ涙は浮かんでいないが、くしゃくしゃに震えた声でナータン兄妹とヤケクソの様に騒いでいるのは、きっと。

 

「ふふ……ほんと、良かったね、オーレンジスさん」

「ああ、本当に嬉しそうだもんな。 なぁ、リオ」

「うん?」

「お前の錬金術って、すごいな」

 

 兄の素直な称賛を受けて、リオリールも胸の奥底に溜まっていた喜びが突いて出た。

 

「えへへ~~、やったね! 褒められちゃった! どうだい見たかーっ! あははっ、なんてね、なんてね!」

「……うん、良かったね、リオも。オーレンジスさんも……おめでとう、リオ」

 

 トルテの言葉に大きく頷いて、リオリールは胸を張った。

 今回ばかりは、リオリールが最初から最後まで『自分だけの力で』成し遂げた事だから。

 それが出来たのは、色んな人の協力のおかげだけど。 

 

 木漏れ日が溢れる森の中、めいっぱいに深呼吸して。

 空を見上げて目を開く。

 

 リオリールはぐっと胸を張って言った。

 

「お爺ちゃん。 私……ちょっとは立派な錬金術士に、近づけてるかな?」

 

 

 ユウバナ村の──―オーレンジスの夢の為に、少しだけ役に立てた事へ大きな達成感と喜びを。

 

 そして、ちょびっとだけ自分の錬金術に自信をつける事が出来た、リオリールであった。

 

 

―――…………

―――……

 

 

 

「モスフォイ学園長。 貴方にこんな場所に直接ご足労いただき申し訳ない」

「アーテムハイド伯爵、久しいですな。 王様直々に指名されるほどじゃ、よほどの事件かな?」

「残念ながら、その様です」

 

 王国首都・メーテルブルクの郊外で起きた事件に『赤色騎士団』のアドラウス・インヴェルン・アーテムハイドが派遣されていた。

 数百人規模におよぶ住人の行方不明。 そして町にはモンスターの襲撃の痕跡などが見られたせいだ。

 インヴェルンが現場に辿り着いた頃には、人の居なくなった廃墟と化していて、調査を進めていく内に錬金術が悪用された疑いが濃厚となったのである。

 

 原因と思われる中央広場に設置された噴水に案内をすると、モスフォイ学園長は幾つかの手順を踏んでその水質を調べ上げた。

 

「うむ、錬金術じゃな。 悪意に満ちておる」

「具体的には?」

「人の生活に欠かせぬ水を変容させているのぅ」

 

 調査の結果、飲み水に含まれる成分に混乱・幻覚といった効力を発揮させる成分が混じっていた。

 少しくらいなら人体に悪影響は少ないだろうが、一杯も飲み干してしまえば十分効力を発揮してしまう濃度で。

 モスフォイ学園長は噴水近くのモニュメントを眺め、不自然にならない程度に取り付けられた蛇口に近づいた。

 

「これじゃな。 ふぅむ……なんとまぁ、これは見事な出来である。 生半可な錬金術士が作った物ではないじゃろうなぁ」

「付近に残った痕跡に、これみよがしに名前が残されています。 錬金術士・レッド。 聞き覚えはありますか?」

「アカデミーに在籍している者で同名は何人か居るが、ここまで洗練された調合品を作れる人物に心当たりはないのぅ」

「では……」

「うむ、偽名じゃろう」

 

 錬金術士が悪意を持って、その能力を発揮することは王国の法に違反する。

 今までに前例が無かったわけではないが、これほど堂々と大規模に事件を起こした者は存在しない。

 行方不明となった住人が生きているのか。 周囲を部下たちに捜索させているが、今のところ見つかっては居なかった。

 

 また、町の至る所に見られた破壊の痕跡は、猛獣の爪や牙の跡がくっきりと残っており、襲撃を予感させる。

 これも錬金術士が起こした事なのかは分からないが、同じく珍しい事件であると言えた。

 

 ほとんど一夜にして人が居なくなった街に、馬の蹄の音が響く。

 

「団長! ああ、団長、ここに居られましたか」

「クラーク。 進展があったか?」

「いえ、それどころでは無いですよ。 先ほどメーテルブルクから早馬が参りまして……失礼、モスフォイ学園長」

 

 『赤色騎士団』の副団長、シュヴァル=クラークが馬から勢いよく飛び降りながら、懐にしまった書をインヴェルンへと渡す。

 フィンデラーンド王国の国王の印で封されており、勅令であることが封書の外観からすぐに理解できた。

 

「王国首都、メーテルブルクの時計塔が爆破? 建物は全壊……管理者含めて死傷者が5人も。 アカデミーの壁に犯行声明の書き置きだと」

「なんと……そんな大それたことを」

「犯人の名は、錬金術士レッドだそうだ」

「錬金術士レッド? そんな馬鹿な。 この町から馬でも2,3日はかかる距離だ。 移動だけならともかく、警備を掻い潜って首都にテロなんて出来るほどの時間はないはずですよ」

 

 騎士達が驚きに混じった会話を交わす中、脇に抱えた書を開きながらモスフォイ学園長はいくつかのページを手で捲った。

 素早い移動を可能にするアイテムはいくつか存在する。

 例えば『空飛ぶホウキ』

 品質や効力を引き出す為に、素材には気を使わなければいけないが高性能な物になると、それこそ『街道をひとっとび』で移動できるような物が存在する。

 それ以上の物になると、『トラベルゲート』があるが……これは現在、作成できる者が確認されていない。

 過去に存在していたアイテムであることは歴史書で判明しているのだが、レシピが失われている為である。

 実物はアカデミーの保管庫に数個、保存されているが盗み出されては居ないはずだ。

 

 もし、『トラベルゲート』を作成できるというのなら、いよいよ錬金術士レッドという存在はアカデミーでも少数しか存在しない、マイスタークラスの腕前を持っている事は確実になるだろう。

 そんな錬金術士は―――

 

「……モスフォイ学園長、来たばかりで申し訳ありませんが、メーテルブルクに戻る様に命令されております。 ご一緒に来てください」

「うむ、もう少し詳しく調べたかったが―――仕方なし。 アカデミーで調べ物も増えた。 戻ろうかの、アーテムハイド伯爵」

「は。 クラーク、捜索隊を一部残して俺達は先に引き上げる。 人員の配備はお前に任せるぞ」

「はい、お任せください、インヴェルン団長」

 

 街道を馬車で揺られながら、メーテルブルクに戻るインヴェルンとモスフォイ学園長はお互いに馬車窓から沈む太陽を眺めながら、同じことを思っていた―――

 

 

 

 

 

「―――錬金術士・レッド……」

「……」

「素晴らしい成果だ。 これから大陸の連中はお前の作り上げた道具で大騒ぎになるだろうな。 連中の慌てる様が目に浮かぶようだぞ」

 

 目の前で膝まづく壮年の男。真っ黒な革製のロングコートに、片目だけが見える不揃いな仮面。散髪をしていないせいで長く伸びた青い髪が、隙間から入る風で僅かに揺れている。

 

 悪の錬金術士として仕立て上げた、グリード・エングルード・リードの成果に、レッドマンは満足して労いの声を掛けていた。 

 何かが拍動する音が、真っ暗な室内に響いている。

 

「後は適当に魔本でモンスターを操り、細工を仕掛けた町を襲えば王国に混乱は広がっていくことだろう。 お前という悪を血眼になって捜索することになる。 錬金術士・レッドの悪評は瞬く間に王国中で広がるだろうな」

「悪魔……」

「うん?」

 

 リード……いや、錬金術士・レッドは胸元を抑えながら、唸るような低い声でレッドマンを睨んでいた。

 彼はコートの下に何も着けておらず、開けた上半身には剥き身の『心臓』がドクン、ドクンと脈打っていて。

 

「お前は必ず、いつか滅ぼす」

「ほう。 クックック、良いじゃ無いか。 滅ぼして欲しいものだ。 期待に胸が張り裂けそうだぞ」

 

 レッドマンは自分を殺すと宣言されて嬉しくなり、自然と笑みがこぼれた。

 テンションが上がったまま錬金術士・レッドの目の前まで近づいて、剥き出しになった心臓を掴む。

 ぐぉぉ、と声にならない声を上げ、レッドは苦しんだ。

 心臓は形を変えてグニャリと歪に歪んでいく。

 彼の足元には、ヌルリと広がる円形の血液が、溜まりとなって広がって。

 何度も何度も、心臓を潰すように手を動かし、赤い血で床を満たしていく。

 

 錬金術士・レッドは死ねない。

 魔本によって身体の一部を造り替えられ、本物の心臓は丁寧に箱に仕舞われ、レッドマンの手中に収められている。

 このリードの本物の心臓がレッドマンの手元にある限り、錬金術士・レッドは不滅の存在になってしまったのだ。

 

「悪魔の俺に命を握られている気分はどうだ。 もっと俺を恨むといい。 怨めば良い。 悪魔の俺の望みとお前の望みが一致していることは良いことだ。 何時でも俺を殺しに来てくれ」

「がぼ……ごぼぼっ……」

 

 口から噴き出した血をレッドマンは優しく拭ってやった。

 苦しむリードの耳元に、囁くように顔を寄せて。

 

「だが、俺を滅ぼすにも準備が必要だろう? さぁ、錬金術士・レッドよ。 大陸での工作はこれで一段落。 お前に次の役割を与えようじゃないか」

 

 

 この日。

 

 三つ大島に住む『主人公』リオリール・フェルエクス。

 

 まだ錬金術士として駆け出しの少女の名が、レッドマンから告げられた……

 

 

 

 

 





〇評価、感想など頂ければ嬉しいです。


ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
次章以降はまたキリが良い所まで書けたら投稿します。

年末くらいにお出しできれば良いな~と思ってます。
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