リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
空気中に含んだ水分をたっぷりと吸って、ちらちらと白く村を染めていく。
海の風に気ままに揺られ、しとしとと雪が大地を染め上げていた。
ここはユウバナ村。 本格的な冬季を迎えると降雪することも多くなる。
「思ったよりも、雪が降るんですね」
12月を迎えて、イッチはアトリエ二階の窓から白く染まった外を眺め、そう言った。
「私も、初めて見た」
その隣で起床したばかりのトルテが、温めたばかりのミルクを手に同じ様にして窓を覗く。
暫くイッチと二人でトルテが外を眺めていると、フェルエクス家から双子の兄妹が仲良く並んでアトリエへと向かってくるのが見えてきた。
雪を見るのは初めてだが、知識としては知っている。
気温もぐうっと下がり、吐く息が白くなって窓を暈すのは、少し楽しい。
トルテは思わず、指でなぞっておとーさんの顔を窓に描いていた。
「落書きは後に残るのでほどほどに、トルテさん。 あと寒いので竈の火は絶やさない方が良いでしょう。 薪が不足しているので、ボクはイモールさんの所へ向かいますね」
「あ、うん、気を付けて。 いつもありがとう」
「気にしないで。 アムースコ村長とトルテさんのおかげで、ボクは此処に居られてるんですから」
イッチはそう返しながら一階へと降りて行き、見送る形でトルテもその足を階下へと向けた。 マグカップを両手で持ちながら降りていくと、毎日の光景だった錬金釜の姿が見えてくる。
トルテは何となく静かに佇む火の消えた釜をしばらく無言で眺め続けてしまった。
時間が静かに過ぎ去って。
雪道を歩いてきた双子とイッチがすれ違う声が耳朶に響いてくる。
「うぅー、さむぅさむぅ~~~っ!」
「お、イッチさん、出かけるなら足下に気を付けてくれ。 結構滑るぞ」
「ええ、少し薪を補充しに行きます。 暖炉は温めてあるので、休んでいてください」
「気が利いて助かるぅ~……あ、トルテちゃんおはよー」
「おはよう、リオ、カスカル」
「後でアムースコ村長も来ると思う。 その前に、腹ごしらえをしとこうぜ」
母のユトネが用意したと思われる紙の包みを持ち上げて、カスカルはテーブルの上に並べて行く。 簡単につまめるサンドウィッチやスコーンが広げられ、リオリールが紺色茶葉にお湯を注いでいた。
「……こんな大雪になっちゃうなんてね」
「ユウバナ村は雪が降る場所ではあるけど、めちゃくちゃ雪が積もる──って感じじゃなかったんだよね。 これだけ積もるのはほんと、珍しいんだよ~」
「なんだか、肩透かし」
「はは、まぁ、そうだな。 なんか最初から躓いちゃったって感じではある」
リオリールの補足に、トルテは素直な感想を吐露するとカスカルは苦笑交じりにそう返した。
本来であれば今朝、三人は成人の儀に向かう旅に出る予定だったのだ。
ユウバナ村の皆も、その為に準備をしてくれていたのだが。
カスカルはスコーンを摘まみながら、眉根を寄せて言った。
「クラウス兄さんはどうしてるんだろう。 こっちに向かって来てるのか、どうなのか」
「わざわざ来てくれたのなら、申し訳ないなぁ」
「案内人だっけ?」
「そうそう、ヘーゲ兄さんが成人の儀に向かった時も、クラウス兄さんが案内人になってくれたんだ」
「その前の案内人はアサハレ村のゼルマさんだったんだぜ」
「私はその辺りの事を良く知らない」
とりとめのない話を始めていると、また玄関でドアを叩く音。
アムースコ村長と案内人であるクラウスが一緒に、アトリエを訪れた。
ボォーという鳴き声も聞こえてきたので、クラウスは三つ牛を連れてきているようだ。
二人はアトリエの中に入ってくると、子供たちへと声をかける。
「カスカル、リオ、待たせた」
「トルテ君も一緒に聞いてくれ、さ、クラウス君」
案内人であるクラウスはアムースコ村長に促されて一つ頷くと、口を開く。
「本来は今日、俺が案内人となって君たちを引率する予定だったが、見ての通り大雪の為に中止になった」
再出発はだいたい1週間後くらい。
アムースコ村長の見立てに従って、改めて出発日は教えられるから、それに備えるようにと続ける。
クラウスは残念だったな、と笑うが、子供たちは曖昧に笑い合うだけだった。
「俺の案内は最初だけだ。 後はお前らだけで中央島を目指すことになるからな」
15歳になった三つ大島に住む男女は、必ず中央島に向かって『試練』と『洗礼』を受けなければならない。
既に知っている事だが、大事な伝統、そして行事だからこそリオリールたちも姿勢を正し、クラウスの話を真面目に聞いていた。
クラウスはリオリール達を見回し、アムースコが頷いてから、懐から三枚の木札を取り出した。 特に変なところはなく、簡素な木の札であった。
リオリール、カスカル、トルテはそれぞれ札を受け取ると、まじまじと眺める。
札の端に穴が空いており、そこから輪っか状の紐が付けられていた。
「そいつはお前たちが『みつ島出身』であることを表わす札だ。 旅の間は好きなところに付けてて構わないが、中央島に着くまでは身につけておくこと」
大事な物だから失くさないように。
そこまでクラウスが言ったところでトルテから手が挙がる。
「案内人は、何をするの?」
「確かに、ヘーゲ兄さんが案内された時も、クラウス兄さんは割とすぐ戻ってきてたし、ちょっと気になるな」
「はは、まぁ何でだ? って思うよな。 だってみつ島の中だったら、お前らだってそれなりに移動して分かってるもんな」
リオリール達に限らず、子供たちは活発である。 行動範囲は大人が想定している以上に広く、成人前に他の島へと足を運んでしまう者も、ときおり現れてしまうくらいに。
「私たちも『ミツフタ港』くらいまでなら、足を伸ばした事も何度かあるよね? お母さんと一緒だったけど」
リオリールは不思議そうに案内人制度について首を傾げたが、クラウスは頬を掻いて肩を竦めた。
「そりゃな、普通はいらないと思うぜ。 でも、成人の儀の時だけは別だ。 認定証を集めなくちゃいけないからな」
「認定証……?」
言いながらクラウスは人差し指を一つ立てた。
「お前たちは立派な三つ大島の成人に値する。 その認定を示す書を集めるんだよ」
「なるほど……認定証か。 それを貰えるところまで、クラウス兄さんが案内してくれるってことですか?」
カスカルの声に、クラウスはニヤリと笑う。
「ああ、一つ目はな」
「一つ目?」
クラウスの指が三本に増えた。 三人の視線が彼の手に向かう。
「言ったろ、認定証を集めなくちゃならないって。 集めなきゃならん認定証の数は3つだ」
「もしかして……」
「あっ、つまり、三枚!?」
トルテは何かに気付いたように顔を上げ、彼女の声に反応してリオリールも気付いた。
「そう。 みつ島、ふた島、ひと島で合計3枚の認定証が必要になる。 勿論、一人3枚ずつだぜ」
「まさか、最初から港から中央島を目指しても……」
「認定証がなければ何処の港からも、中央行きの船便に乗せて貰えることは絶対にない。 そういうことさ」
そうか、と納得する様子を見せたのはカスカルだけだった。
カスカルは三人の中で最も成人の儀に向き合っていた。
それは考え方や向き合い方だけでなく、リオリールやトルテと違い、自分にだけ明確な夢の形が無かったからだった。
今でも自分が何の職業を選び取るのかは分からない。 分かっていない。 未来の自分が何を掴んで誓いを立てるのかも不透明だけれども。
人知れず拳を握って、カスカルは説明を続けるクラウスを姿勢を正して見つめた。
最初からまともに中央島へ向かうことが出来るとは考えていなかった。
予想していたことだから、動揺はない。
どちらかといえば、どんな自分であろうとも今は自分を信じられる。
背中に刻んだシンボルが、後ろから押してくれてるように感じられるからだ。
「さて……だいたいの説明は終わったか。 出発は一週間後だ。 せっかく与えられた猶予を活かすかどうかはお前ら次第だ。 準備を万端にしておけよ」
クラウスの発破をかけるような応援に、リオリールたちは全員が声を揃えて答えた。
「はい!」
アムースコ村長はそんな子供たちを、眩しい物を見るかのように目を細めていたのである。
数日が経過し、つもりに積もった雪景色のユウバナ村では、除雪作業が行われていた。
その主役はクラウスの2頭の三つ牛だ。 主要な広場と居住区、アサユウ街道への道のりを、その巨体で雪を掻き分け切り開いている。 豪快で力強く、人間なら丸一日かけても終わりそうにない区間を、瞬く間に掻き分けて行った。
クラウスが三つ牛の上で、大振りにサインを送れば右へ、左へ。 アトリエの中から見ているのに、振動が響いてきそうなほど迫力満点で雪を脇道へ押しやっている。
そんな姿をアトリエで眺めながら、トルテは感嘆を吐き出した。
「すごい。 普段はボーっとしているけど三つ牛って、あんなに力強いんだ」
「クラウス兄さんは三つ牛を完全にコントロールできるんだよ、何度も見た事あるけど、凄いよなぁ……」
アトリエの窓を呆けたように覗き込むトルテに、カスカルは自分の事の様に誇らしげにそう言った。
思いがけない大雪で足止めをくらい、拍子抜けしたのも事実だがクラウスの言うように準備期間が伸びたのは心の準備を整えるのには丁度良かった。
成人の儀の旅。
その出発が伸びた事に、少しだけほっとしている事をカスカルは自覚している。
ただ、隣のトルテは初めて見る自然現象にちょっとだけ違う感情を抱いていた。
「クラウスさんの事は良く分からないけど……雪は綺麗だね」
「そうか? まぁ、綺麗といえば綺麗か……雪解けすると、待ってる作業はけっこう大変なんだけどな」
「……そう」
肩を竦めてそう言ったカスカルに同意を返し、トルテは持っている一枚の便箋を大事そうに指でなぞった。
これはクラウスが出発日の遅延を告げた後に、トルテへと手渡したものだ。
郵便や宅配も担うボーク牧場に届いた手紙であり、『レッドという人から』と聞いて、すぐにおとーさんからだと気付いた。
中身はもう何度も読んだ。 父の手紙は嬉しさとプレッシャーを同時に与える内容で。
何度も表面をなぞっては戻し、また指先で手紙に触れるトルテに、カスカルは気付いて苦笑にも似た柔和な笑みを浮かべて言った。
「……良かったな、トルテ。 お前の父さんからの手紙だったんだろ?」
カスカルはトルテの事はずっと気になっていた。
だが、手紙を受け取った姿を見て安心したのだ。 彼女にちゃんと家族が居て、連絡を取り合えている。 それが分かっただけで良かった。
トルテはカスカルへ顔を上げ、薄く笑う。
「うん。 成人の儀をちゃんとこなせって。 私がアカデミーを目指しているのも、知っていたみたい」
「そうか……てっきりトルテは大陸から来たのかと、最初は思ってたんだけどな」
「私はちゃんと三つ大島に居たよ。 どこに居たのかは……分からないんだけど」
トルテは正直にそう告白した。
初めて外に出た時、中央島に放り出されていたので、普通に考えればレッドマンの居城は中央島にある……はずだが、トルテ自身はみつ島を目指せという指示に従って用意されていた船に乗っただけなのだ。
「船の使い方なんて知らなかったから、乗ったら勝手に動き出していたし……考えてみるとあれも錬金術だったのかもしれないね」
「ふぅん……いや、なんだか複雑そうだな、お前も」
「うん、そう……なのかもね。 よく分からない」
トルテはカスカルの困惑したような声を聞きながら、自然と視線をソファーへ向けた。
アムースコ村長たちと談笑し、屈託なく笑っているリオリールの姿をじっと見つめる。
レッドマンからの手紙の内容はとてもシンプルだった。
成人の儀をきちんと終える事。
アカデミーに行くなら、しっかりとそこで錬金術を学ぶこと。
最後にちょっとしたエール。成すべきことをすると良い、とだけ書いてあった。
トルテが、成すべきこと。
錬金術の知識はともかく、どんな失敗にも諦めずに前を向く推進力は本物だ。
トルテがリオリールから学んだものはきっと多い。
ぼんやりと見つめていると、大きな羽音を響かせて鳥かごの中にいるアードラーがギャアと鳴いた。
「ドラ……」
「そういえば、何時いくんだ?」
「そうだね……二、三日後かな?」
「まぁ、雪解けしてからの方が良いか」
カスカルの声に頷く。
成人の儀への旅立ちにあたって、ドラは野に放つことになっていたからだ。
本来は昨日には別れる予定であったが、急な降雪のために延期となった経緯がある。
トルテは立ち上がって鳥かごに近づくと、そっと手を伸ばす。
なんの抵抗もせず、ドラは喉元に伸びるトルテの手に近づいて、気持ちよさそうにグルグルと喉を鳴らした。
「ええ!?」
唐突にアトリエの中に響いたのはリオリールの声だった。
トルテやカスカルの視線も思わずそちらに向くと、一枚の紙を覗き込んで狼狽する彼女の姿が見えた。
驚きで目を見開いたリオリールはゆっくりと座り、マグカップの中のお茶を一口飲んで落ち着かせようとするが、動揺は隠せない様だ。
「まだ六十万コール以上も私たちのアトリエ、借金があるんだ……」
リオリールは手渡された用紙をずっと見つめながら、ぐぬぬ、と唇を結んだ。
アトリエの負債は、100万コールである。 そのうち、60万コール以上残っているのは、多いと見るべきなのだろうか、それとも良く稼いでいる方なのか。
リオリールには判断が出来なかった。
アムースコ村長は、リオリールの気持ちを察したように、優しく続けた。
「リオ、カスカル、トルテ君。君たちは今は成人の儀が優先だからね。 村長として負債額を伝えはしたけれど、あまり気にしないでくれて大丈夫だ」
「でも、やっぱり気になりますよぉ。 私たちのアトリエのことだもん。 それにユウバナ村だって……」
「大丈夫さ、子供に心配されるほど切迫はしていないよ」
アムースコは薄く笑ってリオリールの肩を励ますように何度か叩いた。
カップを握りしめていた手から、力が抜ける。
リオリールは錬金術士として名を上げることが、遠回しにでも村の復興に繋がるかもしれない、という想いがあった。
しかし、村長はそれよりも彼女たち自身の未来と、錬金術士としての道を確固たるものにすることに集中して欲しい、と願っていることが伝わってくる。
「……まぁ、やるべきことをやれって、そういうことですよね。リオ、シンプルだ。悩む必要はないさ」
何時の間にかリオリールの隣まで来ていたカスカルは、シーバーシー大講師からの支援のこともあるだろ、思い出させてくれた。
リオリールがアカデミー試験に合格すれば、アカデミーで創った復興のための錬金アイテムは船で送り届けられるよう、しっかりと手配してくれると確かに約束してくれている。
その言葉に、リオリールはマグカップをそっとテーブルに置き、村長の顔を見上げた。
「……うん、頑張るよ。 早く大人にならないとね」
彼女の決意に、カスカルとトルテも静かに頷いた。村のことは心配だが、今は自分たちにできる最善の道に集中する。
それが、大人たちの期待に応える道だと理解したのだ。
どうも気負いしているな、とアムースコは内心で苦笑したのであった。