リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
バンッ、と少し乱暴にアトリエの扉が開かれた音と共に、冷たい風と雪の匂いが室内に流れ込む。
「おしゃー! 久しぶりの安息! いぇーい、マルグレート様が戻って来たぞ皆の衆~!」
「マルグレートさん!」
雪が積もったまま開け放たれたドアから、陽気な声が飛んでくる。
マルグレートは積もった雪を払うように、大袈裟に身を振って動物の様に体を震わせた。
「お帰りなさい。 久しぶりですね~」
「そう? そんなに久しい感じもないけどね。 にしても寒いねぇ! 大陸の北部もガンガン降るけど、ここも大分積もるんだなぁ。 まったくもう、冷え切っちゃってしょうがないよ」
寒さから着込んで膨れてたマルグレートが、バサバサとケープについた雪を払う。
その勢いで、アトリエの床には瞬く間に小さな雪山が出来上がる。
「マ、マルグレートさん! 床が水浸しになっちゃうから、まずはそこで払って!」
「ていうか、なんか服とかボロボロじゃないですか」
カスカルの声に、マルグレートは大袈裟に頷いて。
「良く聞いてくれたカスカル君。 あぁ、まったく! 囮に使われて最悪だったぜぇぃ。 ま、生きてるからオッケーだね。 それにモンスターの間引きが終わったら、遺跡内に案内してくれるっていうし、総合的に見ればプラマイ0ってとこだ!」
「相変わらず無駄にポジティブ……それに、マルグレートさんだけなの? ナハトバッハさんの姿が見えないけど……」
リオリールやトルテたちが素材採集の練習場として向かった古址街道。
そこから溢れたモンスターがアサユウ街道まで出てきたせいで、その間引きを手伝うためにゼルマに呼ばれていた筈。
マルグレートと一緒に出て行ったナハトバッハの姿が見えなかったが、どうやら彼はゼルマと共に一緒にアサハレ村に残ったようだ。
「雪が解ければ今は引っ込んだ魔物たちもすぐに戻ってくる、ってことでね。 戦えない私は一旦のお役御免になったって話なのよ」
ポットから無遠慮にお湯を注ぎ、あつあつのお茶に口をつけたり、つけなかったりしながらマルグレートはそう言った。 そうして思い出したかのように付け加える。
「あ、そういえばさ。 帰ってくる途中に雪の中をハゲが一所懸命にタルを運んでたけど、あれってなに?」
リオリールとカスカルが顔を合わせる。この時期にタルが必要な事と言えば新年の儀式だろうか。 彼女の疑問に、アムースコ村長が答えた。
「潮の結び目のことかな? ユウバナ村……というより三つ大島全体の新年行事だね」
「潮の結び目?」
そう興味を示したのはトルテ。
中央のテーブル近くに寄ってくるのを待って、アムースコ村長は人差し指を立てて説明した。
「知っての通り、我々の住む三つの島は、中央島を囲むように点在している。 そして、内海には島々を縫うようにして、常に『右回り』の強い潮流が存在しているんだ」
「右回り……」
「その通りだ。 この流れは正確でね。 ここ『みつ島』の内海から樽を流せば、潮に乗って次の『ふた島』へ。 そして『ふた島』から流せば『ひと島』へと運ばれる」
アムースコ村長の指が、カップの間をぐるりと回る。 みつ、ふた、ひと。名前の数字が減っていく順に、海流は巡っている。
ひと島に流れ着くか、中央島へ流れ着くか。
それは時と潮の流れに拠るのだが、外海へと飛び出してしまう事は稀であった。
「樽の中には、新年の挨拶や、島の特産品、あるいは遠くの誰かへの手紙を入れたり、その年の厄になった物などを捨てたり……その人が新年を迎えるに当たって今年の物を樽の中に入れて流すんだ」
それが海を旅して、次の島、また次の島へと流れ着き……最終的には『ひと島』の東海岸か、あるいは中央島の浜辺へと帰結する。
「海流任せなのは風情があるけど、ゴミにならないの?」
「昔からの決まり事だからね。 実際に何時から始まった伝統なのか、誰も知らないのさ」
「そうなんだ」
「でも、なんだかロマンがあって私はこの行事が好きだな~」
リオリールの声に、アムースコ村長は優し気に微笑んだ。
「樽を自分の島で止めるもよし、さらに手紙を書き足して次の島へ流すもよし。 島々の想いを『結んで』いくのが、この儀式の趣旨というわけだ」
「ひと島の人は終着点なんだろ? 次に流す島が無いじゃんか」
「『タルの火登り』という名前だったかな? 流れ着いた樽は新年の行事にしているそうだからね。 負担を押し付けてるだけじゃないはずだよ」
説明が一段落を終えた頃、アトリエの玄関口から先ほども話題に出たヘーゲの良く通る大きな声が聞こえてくる。
大きな物音が何度かしたから、きっと樽も抱えてきていたのだろう。
「おい、こっちに村長が居るって聞いてるぜ! ちっとドアを開けてくれねぇか」
ドンドンと扉を叩く音に、カスカルが応対した。
さすがにこの大雪の中では彼も家業が休みなのか、太い腕で大人でも抱えるのがやっとであろう大きな樽を持ち上げていた。 しかも半袖で。
「ヘーゲ兄さん、お疲れ様」
「おうカスカル。サンキュー。 村長、とりあえずこっち置かせてもらうぜ」
重たい音を立てて、ヘーゲは入口のすぐ横に樽を下ろす。
「ヘーゲ君、ご苦労だったね。 それにしても、その恰好は寒いだろう」
「まぁ、ちょっとな。 へっへ、動いてりゃなんてこと無いんだけどよ」
鼻を擦りながら、リオリールが差し出したタオルを受け取って、わしわしと顔を拭きながら彼は言った。
トルテは興味深く樽へと顔を寄せる。
「言ってくれれば、錬金術で樽を作ったのに」
「そうだよ、私たちで作っちゃうよ?」
「はぁ? あのな、いいかリオリール、トルテ。 毎年の『潮の結び目』に樽を作るのはイモールさんの仕事だぜ。 他人の仕事を奪うもんじゃねぇんだよ」
「別に奪うなんて」
「そういう風になるってこともある。 ま、これから学べば良いけどな。 リオの背負いタルは便利だし、評判もまぁまぁだ」
「え? えへ、えへへ。そう褒められると嬉しいなぁ」
「喜ぶのも良いけど、お前らも成人の儀ですぐ出発だ。 樽になんか入れて置けよ、忘れない内に」
「ああ、俺達の方が樽より先に旅立つから……」
「うーん、今年は何を入れようかな? ねぇ、もうちょっと後でも良い、ヘーゲ兄さん」
「ああ、今日中なら良いぜ」
「錬金術が仕事を奪う……」
年中行事の潮の結び目に、今年はどうしようか考える双子を尻目に、トルテが視線をずらして物思いに耽った時だ。
ちょうどその視線の先に、小さな影が走り込んでくるのが見えた。 瞬く間に近づいてきて、アトリエの中に飛び込んでくる。
「いぇーい! エッルオネっちゃんが、あっそびに来たぞぉ!」
「うぅ……冷たいよぉ……エル姉のバカぁ……」
雪だるまのように全身真っ白になって無邪気に笑うエルオネと、背中から雪を詰め込まれたらしく、ガタガタと震えているミルミスだった。
少し前まで雪遊びをしていたのは知っていたから、リオリールはすぐにアトリエの奥から真新しいタオルを持ってくる。 そろそろタオルが無くなりそうだ。
「二人とも雪まみれだよ。 ほら、身体が冷えちゃう」
「むしろ暑いって、動きっぱなしだったもん、ね? ミルミス」
「……リオ姉、寒い」
「あはは、相変わらずエルは雪玉当てるの上手いね、私もずっと負けっぱなしだし」
「まぁね。 ていうかリオ姉とミルミスが弱っちいんだよね。 私の相手になるのはお兄ちゃんくらいだもん」
エルオネが胸を張って言ってるが、カスカル相手だと彼女は全敗しているのを知っている。 ミルミスがタオルで雪を落としながら、リオリールの懐に飛び込んできた。
「一方的に投げられたの」
「よしよし。 辛かったよねぇ。 エル、あんまりミルミスをイジメちゃだめだからね」
「もっと強くなってお姉ちゃんを楽しませなさいよ~ミルミス」
ミルミスの背中に入った雪を払ってると、今度はのんびりとした足取りで、オーレンジスとアデーレが入ってきた。
まさに千客万来といった体だ。
広々としているアトリエの中が、すっかり人であふれている。
「おやぁ、随分と賑やかだ」
「こんにちは。 人間をたくさん検知しました。 すごいです、感動です」
クルクルと頭の上で回る螺子。 少しだけ雪が頭に被っているが、機構に異常はなさそうだった。
「オーレンジスさん、こんにちは。 ちょっと急に立て込んでます」
「村長が居るからね。 僕もアムースコ村長に話があって来たんだよ」
「アデーレ、調子はいい?」
リオリールがくるくると頭上で回る螺子を見ながら尋ねると、アデーレは微笑みゆっくりと頷いた。
「はい、良好です。マスターのオーレンジスによく整備をして貰ってますから。 雪道もへっちゃらです」
「ふふふ、彼女はどうやら足で歩くだけでなく、微妙に浮きながら移動できるんだ。 まったく、驚きの機能が満載で彼女の研究はこの上なく楽しいよ」
「マスターが一番驚いたのは、首が取れる構造です。 アデーレの得意技です」
そう言って、アデーレはいきなり自分の首に両手を当てて、持ち上げるようにして『頭を上に飛ばした』
シュポーンとおそらく空気が抜ける音が鳴り響いて、首がコロンと床に転がる。
目の前で見たトルテは古址街道の遺跡で見た人形と同じようなものである、と察して頷いたが、周りは悲鳴を上げることになった。
「う、うわっ!?」
「首がっ!」
エルオネは口を開けたまま言葉を失い、ミルミスはリオリールの腰を両手で抱いた。
ヘーゲは引きつった笑みをしながら、樽に手をかけ身体ごと仰け反っている。
「ぎゃははははっ、おもろっ! 何それ!」
一人だけ悲鳴とは違う感想を抱いた人がいた。
マルグレートは冷静に首を拾い上げて、まじまじと観察した後ニヤリと笑みを創る。
「うひゃー、これってパーツごとだったらさぁ、良い売り物になるかもしれないじゃない? ねぇ、オーレンジス君。 アデーレの身体、少し売ってみない?」
「アデーレ、今すぐ戻りなさい。 バラ売りされちゃうぞ。 怖い都会のお姉さんが狙ってるみたいだから」
「はい、マスター。 ちゃんと皆を驚かせるのに成功したと思います。アデーレは嬉しいです」
「オーレンジスさんの仕込みかよ……心臓にわりぃぜ、ったくよぉ」
ヘーゲの愚痴に皆が笑う。
アデーレの視界はどうなってるのか分からないが、しっかりとした足取りでマルグレートから首を受け取ると、胴に戻して一つ、二つ肩を回すようにカチャリとハメていた。
首が座ったのを残念そうに見つめるマルグレートにカスカルは苦笑した。
「あんまり人を騒がせるなよ、アデーレ。 オーレンジスさんも、茶目っ気はほどほどにしてくださいね」
「あはは、ちょっと悪乗りが過ぎたかな? でも僕も本当に驚いたからね、みんなにこの気持ちを共有したかったんだよ」
「了解です、カスカル。 次回からはしっかり予告してから実行します」
「いや、実行しなくていいから……」
カスカルのツッコミに、アトリエの中が再び笑いに包まれる。
「アデーレ、しばらく遊んでおいで。 さて、アムースコ村長、ちょっと真面目な話なんです、良いですか」
「ああ、良いよ。 こっちで聞こうか」
この短時間にワッと集まったせいで、普段は広々とした居間が窮屈なくらい賑わいに満ちていた。
ヘーゲが持ってきた樽を囲み、アムースコ村長とオーレンジスが話し合って、エルオネとミルミスは暖炉の前で毛布に包まりながら、近くで獲れた色とりどりの花をすり鉢で潰して遊んでいた。
リオリールとトルテはアデーレそのものが興味深い存在(錬金術的な意味で)で、この機会に触れあって、カスカルと共に椅子に座りながら談笑をしていた。
気付けば借金のことも、成人の儀のことも、すっかり忘れていた。
トルテもアトリエが包む暖かい熱気にあてられて、自分達が住み暮らしているこの場所に愛着が湧いているのを無意識で受け入れている。
アデーレの一発芸──それを可能にする構造──などを聞いて分離式の爆弾を思いつく。 リオリールとトルテが錬金術に応用できないか考え始めた頃、クラウスの除雪作業が終わった様だ。
「お疲れ様、クラウス兄さん」
「三つ牛ちゃんも、お疲れ様。 いつもの餌箱、持ってくるから待っててね」
「わりいな。 っと、あったけぇ~! 何の変哲もないお茶も、こういう日は沁みるね」
三つ牛による除雪作業は夕方前には殆ど終わったようだった。
一仕事を終えた牛たちは、クラウスが用意した餌にありつき始めると、ボォーっと妙な鳴き声を挙げながら満足そうに足を踏み鳴らした。
「あはは、可愛い」
「この牛、すごいね」
「そうだろ? うちの自慢の三つ牛だ」
トルテのシンプルな称賛に、クラウスはニッと笑って爽やかに笑った。
そうしてアトリエの中に入って、クラウスはアムースコ村長の方へと向かっていく。
そこでふと気づく。
アムースコ村長はヘーゲやオーレンジスとの雑談に興じながらも、周囲をゆっくりと見回していた。
「……村長、とりあえず道路の除雪作業はあらかた終わったよ。 で、どうしたんです? 何やら気になってるようですけど」
「ああ、クラウス君。お疲れ様。 いや、ちょっと気になっただけだよ」
「気になる?」
「……そういえば、クラウス君。トルテ君とイッチ君に手紙を渡していたね」
「うん? ああ、まぁ。レッドって人だったかな? そういや差出人の名前は一緒だったけど……それが何か?」
いや、とアムースコ村長は特にそれ以上は言及しなかった。
クラウスは何なんだ、と首を傾げていたが、オーレンジスに肩を叩かれて酒を差し出されると、ニヘラと笑って早速仕事終わりの一杯を楽しむことになった。
その様子を微笑ましく見守りながら、アムースコ村長は心中で思う。
(イッチ君の姿が見えないが……)
トルテの父、レッド。 イッチの師匠、レッド。
アムースコ村長が少しだけ引っかかった名前。
長年ユウバナ村に住んでいるが、これだけの大雪は随分と久しぶりの事である。
少し気になって探してみれば、イッチはどこにも姿が見えない。
勿論、アムースコ村長の家に居候しているので先に帰っている可能性もあるが、基本的にはアトリエ運営の補佐役を望んでいるので、普段はアトリエに居るというのに。
「……考えすぎかな。 私の良くない癖だね」
「村長! 悩んでるのも良いけどよ、酒は楽しく飲まなきゃな!」
独り言を聴かれたのか、ヘーゲが肩を寄せてコップを差し出してきた。 アルコールの薄い独特な匂いが鼻孔をつく。
アムースコ村長は苦笑した。
「はは、参ったな。 でも、その通りだ。 どれっ久しぶりに飲ませてもらおうか」
受け取ったコップをぐいっと傾けて一気に流し込む。
喉の奥を通り抜け、カッと熱くなった体に、アムースコ村長は久々に何も考えないで酒に酔うことになった。
──・
夜。
夜の帳が下りる頃、ようやく嵐のような宴は終わりを告げた。
今はもうみんな、自分の家に帰っていて、残っているのはマルグレートと子供たちだけだ。
「……ねぇ、本当にお母さんたち、怒らないかな?」
「だーいじょうぶだって! たまにはお父さんと二人っきりになりたいのよ、大人ってのはさぁ~」
「なにエルオネ、変な恰好で芝居して」
「もぉ、これが大人の女よ! マルグレートさんが言ってたわ」
「それはあまり参考にしない方が、お姉ちゃんは良いと思うなぁ……」
心配そうにするリオリールに、エルオネがませた口調で言い返す。
どうやらユトネは、久しぶりに夫ウータスとの水入らずの時間を楽しんでいるらしいのだが、エルオネの言う事なのでイマイチ信頼できなかった。
リオリールは苦笑しながら、ベッドにはしゃぎ疲れて眠ってしまったミルミスに毛布をかけ直していると、エルオネが呟いた。
「はぁ~~~、あと2年もあるの。 大人に早くなりたいなぁ」
「はいはい、もう遅いから寝るよ。 おやすみ、エルオネ」
「はーい。 おやすみ、お姉ちゃん」
やがてエルオネの寝息も聞こえ始め、アトリエの中は深い静寂に包まれた。
外では雪がしんしんと降り積もる音が聞こえるようで、心地よいリズムを刻んでいる。
妹達と川の字になって寝ていて、彼女たちの寝息が耳朶に浸透するようだった。
リオリールは胸がドキドキしていた。
(とても静かだなぁ……)
リオリールは一気に人が集まった昼の喧噪を思い出し、ゆっくりと瞼を閉じた。
なんというか、こうした日常は珍しくないけれど。
成人の儀の旅立ちに向かう前になるとなんだか特別な物の様に感じられる。
村の人たちが依頼用の掲示板にメモ用紙を張り付けていくのを見るのがリオリールは好きだった。
自分の力が役に立つことを一枚一枚、依頼を処理するごとに実感できる気がした。
トルテと一緒に大好きな錬金術を学んで、実践して。
大嵐の災害から時間が経って、村の皆がよく笑うようになっていく日々が戻って来た。
まだ建てられて一年もしていない、このアトリエの壁に、床に、明るい日常が染み込んでいるような気がしたのだ。
ヘーゲの大声、村長の穏やかな声、マルグレートの豪快な笑い、妹たちの無邪気なはしゃぎ声。 家族の愛情とトルテちゃんとの錬金術。
この村が好き。
家族が居て、友達が居て、応援してくれる人が居る。
背中をしっかりと押して支えてくれる人が居る。
ハッとしたように、リオリールの瞼が開いた。
これから、成人の儀の旅に私は出るんだ。
そうだ、ユウバナ村から離れるのが怖いんだ。
「うぅ……旅に出なくちゃいけないのに……」
大人になる為の旅立ちに、アトリエを使えない不安が急に現実味を帯びた気がする。
この暖かい場所から一歩踏み出して、自分の足で歩いて行くのに、錬金術が使えないと不安だ。
ベットの上で寝返りをうって態勢を変えれば、見慣れてきた天井が視界に映った。
アカデミーってどんな所なんだろう。
今までに何度も考えた事があるけど、改めて考えると大人ばかりの世界に飛び込む事になるんじゃないかと思う。
すごい錬金術士がたくさん居て、最新の設備がずらっと並んでいて。
新式とか旧式とかは、あまり良く分からないけれど、とにかく目新しい物が一杯なんだ。
本とか図鑑とかも沢山あって、もしかしたら自分も知らない一番大事な錬金術のコツとかが、分かるのかもしれない。
でも。
きっと、このユウバナ村のアトリエじゃないと無い物もある。
シーバーシーさんがくれた錬金釜も使い慣れてきたし、調合の為の道具のすり鉢やお椀、トンカチやルーペなんか自分用に調整した物もなくなる。
でも本当は分かってるんだ。 ぬくもりが、きっと無い。
……むくりとリオリールは起き上がった。
余計な事を考え込んでしまったせいで、すっかり目が覚めてしまう。
妹を起こさない様に慎重に立ち上がって顔を上げれば、不安そうな顔を張り付けた自分の姿を、窓が薄く映していた。
(錬金術を使えないと、私って何にもできないよ)
三枚の認定証も、どうすれば貰えるのか……基準が曖昧すぎてリオリールには良く分からなかった。
旅の間に錬金術ができればいいのに。
中央島へ向かう前、認定証を得る為に認められるのに、一番リオリールには分かりやすい。
三つ大島では錬金術があまり理解されていないらしいけど、リオリールが子供の頃はともかく兄のカスカルをはじめ、ユウバナ村では認められていると思っているから。
沸いたお湯をコップに注ぎ、お茶の気品のある香りがふわふわと鼻をつく。
ずずっと一口啜った彼女の目には、マルグレートが戻ってきた時の荷物が錬金釜の脇に置かれていた。
「マルグレートさんは、テントで寝泊りしてたって言ってたよね。ごはんもテントの中で炊いてたって……あれ?」
じっと見ていると、テントか、とリオリールは唸る事になった。
兄のカスカルが旅の為に、テントを用意してくれてることは知っている。
でも、かなり嵩張っていた。
実際、旅の途中でテントで寝泊りすることになるのは、リオリールも分かっていたけれど、考えてみるとかなり持ち運ぶのは手間だ。
頭に電球が光ったようだった。
テントの中で炊いていた。
それってお湯を使ったってことだ。
お湯を煮立てたって良いって事になる。
今でこそシーバーシーさんが贈ってくれた最高峰の性能の錬金釜を使っているけれど、小さいお鍋で子供の頃から毎日錬金術の練習をしていたリオリールである。
別に釜じゃなくたって良いんだ、小さいお鍋があれば調合はできる。
もちろん、素材によっては投入できないサイズのものだってあるだろうけど、全く出来なくなるよりはずっと良い。
「そっか……無いなら作れば良いんだよ。 何処へ行っても『私』で居られる場所……!」
それはリオリールにとって、まったく一分の隙も無い理論と共に舞い降りた。
「アトリエになるテント、作っちゃえばいいんだ!」
その言葉を口の中で転がした瞬間、リオリールの心から不安が消え、代わりにワクワクするような予感が胸いっぱいに広がっていった。
これはじっとなんかしていられない。
慌てたように椅子から立ち上がると、テーブルの上に移動してゼッテル用紙をさっそく捲る。
「少しくらい不細工だって良いもんね、空間と、調合ができるスペース。トルテちゃんだってコレが出来たら絶対喜ぶだろうし……すごい! 作らない理由が一つも無いよ! 良し、やってやるぞぉー!」
冬の寒い日だというのに、興奮したリオリールはその日、袖をまくって朝方まで机に齧りついて筆を走らせるのだった……