リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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05. 旅のお供のアトリエテント 3

 

 

 

 理論はこうだ。

 

 まずアトリエを外に持ち込むに当たって、テントの中を拡張しなくてはならない。

 多分、タルやポーチなど、採集の時に使うコンテナ──いわゆるカゴ──の容量の拡張と同じ感じで、たぶん良いハズ。

 それしか分からないともいう。

 

 ボコボコと温まった釜の中に、リオリールは使用予定のテントごと、豪快にぶちこんだ。

 

「っっと。 あちち、ちょっと跳ねちゃった」

 

 錬金溶液で満たされた釜の中は、高温で沸騰している。

 少しだけはみ出ているテントの足を、リオリールはオールで押し込んで釜の底に沈ませた。

 

 そのままぐるぐると掻き混ぜるが、たまにコツコツとテントの骨組に当たって硬い音が混ざる。

 

「う、う~ん……?」

 

 首を僅かに捻るリオリール。

 レシピを見返して、いや、大丈夫と自信を深める。

 なんか思った感じと違うが、とりあえずテントをコンテナに見立てることは間違いない筈だ。 

 

 せっかく錬金術でテントを作るのだから、組み立ても簡略化したい。

 そんな思いで綴られているレシピには、骨組み用のアイヒェ、金属類を素材に投入することが記載されていた。

 放り投げて、すぐにテントが自動的に組み立てられるのがベスト。 なので『クラフト』の要領で空気も、ありったけ詰め込む。 リオリールの予想では、ツヴァイナッツの殻を応用してコンパクトに畳んだり、テントを広げたりできる未来が広がっている。

 

 だんだん攪拌が滑らかになってきて、爆発反応もまるでない。 やはりイケル。

 

「えへへへ~、いいぞ~、これぇ~」

 

 手ごたえは、かなり良い。

 自信に満ち溢れ、唇を一舐め。 ぐるぐる~っと攪拌にも気合が入る。

 リオリールは額から流れ落ちてくる大粒の汗を、煤で汚れた袖口で乱暴に拭う。

 

 釜の中の液体が、青から赤へ、そして無色透明へと瞬きする間に変化するタイミング。

 思ったよりも早く完成の予兆がある。

 

 釜の光の渦の中心で、質量を持った液体が急速に収縮していく。

 

「やった! 成功したかも!」

 

 やがて、光が収束し、釜の底にそれは残った。

 

「……できた……?」

 

 恐る恐る、火傷しそうなほど熱くなっている釜の縁を覗き込む。

 そこに転がっていたのは、ほんのりと湯気を上げる赤色の分厚い布の塊と、それを包むようなラグビーボールくらいの植物の殻だった。 

 手に取ってみると、思ったよりも軽い。

 布地の感触もザラザラとしていないし、縁には金属のフレームがしっかりと張っている。

 

「よし! うまく行った!」

 

 リオリールは喜び冷めやらぬまま、早速調合したばかりのテントの出来を確かめるべく、居間の一番広いところにポーンと放り投げた。 

 

 バガンッ! 

 

 空気が爆発したような音と共に、衝撃波がテーブルを弾き飛ばす。

 ソファーはひっくり返って、纏めてあったゼッテル用紙は空中にばら撒かれ、ポットやコップははじけ飛び、リオリールも爆風に押されて身体ごとひっくり返った。

 

 一瞬でアトリエが、ひどい惨状になってしまった。

 

「い、いったぁ……うぅ、こんなに勢いよく広がるなんて。 くぅ、外でやれば良かった……頭打ったよぉぉお~~」

 

 ゴロゴロと床で横転すること4度。

 頭を抱えながらリオリールは立ち上がった。

 一度だけ辺りを見渡して……一つ頷く。

 

「まぁ、いったん今は忘れよう、うんうん」

 

 大事なのはテントなので、汚れた事は後回し。  

 錬金術に関わる失敗など、どれほどしてきた事か。 この程度のこと、何でもない。

 ちょっとだけアトリエ内がぐちゃぐちゃになり、言葉に形容出来ないほど悲惨な状態になることくらい、日常茶飯事である。

 

 そうして肝心のテントを見れば、一応しっかりと構想通りにテントが立っていた。

 しかし、出来上がったテントは、リオリールが思い描いた持ち運べるアトリエとはほど遠い。

 

 なんだか見た目はみすぼらしい。

 布地は一部が破れており、焦げたような跡もいくつか見られる。

 テントのフレームもぐにゃりと曲がったりして、がたつきが激しいし。

 

 どう見ても品質は悪そうだ。

 

「う、うーん……まぁ、機能としては動けばいいし……」

 

 リオリールは額に手を当てて唸った。

 

 投げ入れた素材の質が、意図した効果に対してやや心許なかったのかもしれない。

 いや、反省は後だ。

 リオリールの理論上、テントが広がっていれば成功である。 あと、内部は外側のみすぼらしさと違って素晴らしい世界が広がっているかもしれない。

 きっとそうだ。

 

「うんうん、大丈夫! ちょっと見た目が変でも使えればいいもんね! ではではー! 中をご検分~~!」

 

 リオリールは自分を励ますように言い聞かせ、意気揚々とテントの入り口である布を捲って中に突入。

 

 

 シュッポンッ! という小気味の良い音と共に。 

 

 

 リオリールは無事に アトリエテント の中に【収納】された。

 

アトリエテント作成者:リオリール
レシピ:アイヒェ・インゴット・(布)・ツヴァイナッツ
効果特性
・実用性に長ける・貫通力
・空間を広げる・軽い
・たくさん入る・引き合う力
・人が入る

 

 

 

 

 

 

 ドラとも別れを済ませ、帰り道にイッチとも別れてしんみりとして帰って来たトルテは、アトリエの玄関を開けて数秒固まった。

 これはなんだろう。 トルテは目を覆いたくなるのを堪え、アトリエの中へと一歩踏み込んだ。

 そこは、まるで小型の竜巻が通過した後のようだった。

 テーブルは横倒しになり、その上のコップやポットは割れて散乱。 

 ソファーはひっくり返り、昨日皆で談笑していた時の温かい雰囲気が微塵も感じられない。

 

 中央にある異物の存在が無ければ、盗賊に荒らされたのかとも思えるほどだ。

 

 部屋の真ん中に不格好に立っている焦げ跡と破れのある赤い布製の物体──―リオリールが作ったであろう謎のテントだった。

 そして、そのテントの前にはリオリールの姿が無かった。

 

「リオ? リオ、どこ?」

 

 2階にも声を掛け周囲を見渡すが、リオリールからの返答はない。

 床に散乱したゼッテル用紙を拾い上げると、そこには『旅のお供のアトリエテント』と大きな文字で書かれている。

 トルテは、そのテントの入口の布をそっとめくった。

 

「リオ、中にいるの?」

 

 足を一歩、踏み出した次の瞬間。

 

 

 トルテはめでたく、アトリエテントの中に無事に『収納』された。

 

 

 シュポンッ! 

 

 

 

 

 

「なにも出来ないよぉ、どうしよぉぉぉ」

 

 小気味よい音と共に、世界が反転した感覚。  

 上下の感覚が消え失せてトルテの身体はあるべき場所へと『固定』された。

 

「……え??」

「ふぇぇ~~ん、誰かたすけてぇ~~!」

「り、リオ……? 何してるの?」

 

 トルテの目の前では逆さまになって(なぜかスカートは捲れてない)頭が水の入って無い鍋の中に突っ込まれているリオリールが存在した。

 

 テントの内部は、確かに空間が広がっているようである。 床はアトリエの床がそのまま続いているような板目。 

 おおよそ2畳半ほどの広さで灯りが無いため薄暗い。

 錬金釜の代わりの小さな鍋は、火種となる小さな焚火の上にある。 座れるような木箱と収納用と思われる小さなタルも設置してあった。

 

 確かにアトリエに見える。 

 

 小人や妖精ならきっと錬金術を使えるだろう。

 人が使うには少しばかりミニチュアすぎる。

 

「え、トルテちゃん? トルテちゃん、居るの!?」

「り、リオ……なに、遊んでるの?」

 

 トルテは呆れたように言いながら、背を向けたリオリールに手を伸ばした。  ──伸ばそうとした。

 

「……あれ?」

 

 動かない。 

 指先一つ、ピクリとも動かせない。

 まるで全身を見えない何かで固められたかのように、トルテの身体は空中に固定されていた。

 脚を動かそうとしても、手を動かそうとしても──―体がまったく動かなかった。

 

「な、なにこれ? 動けな……」

 

 そこで初めて、トルテは自分の状況を客観的に認識した。

 テントに入って、多分リオリールも動けなくなった。 

 

「ううぅ~……ごめんね、トルテちゃん……」

 

 鍋の中から、くぐもったリオリールの謝罪が響く。

 

「失敗しちゃったみたいなのぉ~~~」

 

 鍋の奥で響いた音が反響して、無駄に間延びした声が耳朶をつく。

 アトリエテントに入る前に覗いたレシピを思い出し、顔を青くした。

 

 トルテは冷や汗を流そうとして、それすらも重力に逆らって額に留まる感覚に震える。

 これは、アトリエではない。

 

 人間すらも収納する保存用コンテナだ。

 

「リオ……まずいよ、これは禁忌って書いてあった。 調合物規約違反って書いてあった。 作成者は1年間の禁固刑・及び罰金って書いてあった。 王国法違反、錬金術士資格のはく奪って書いてあった」

「え、ええええぇぇぇ~~~!?」

「確か過去に事故があったっていう話。 コンテナに人間を入れちゃいけないの」

「ち、違うんだよぉ~! テントだったの~~~!」

「……しかし、実際これは……」

 

 どうしようもない。

 リオリールも、トルテも 『人』 という素材として収納されていて、身動き一つできずに空間に固定されている。

 トルテの頭の中は冷静であろうとしたが、状況を把握するにつれて焦燥が勝ってくる。

 

「どうしよう、リオ」

「わ、わかんないよぉ……! ねぇ、トルテちゃん、どうすればいいかな?」

「理屈上、コンテナの特性と性能しか付与されてないから、これは間違いなくコンテナだけど……えっと、コンテナなら……誰かに出してもらうしか?」

 

 リオリールは逆さまになった状態で泣きそうな声を上げている。

 その様子は、事態の深刻さとは裏腹に、どこか間抜けで妙な悲壮感が漂っている。

 トルテは冷静になろうと深呼吸を試みたが、固定された体ではそれすらも思うようにならない。

 

 結局、これは自力脱出が不可能な類の物だ。

 

「誰か……誰かに、このテントから『人』を素材として出して貰わないと」

 

 トルテは外に目を向けようとするが、テント内部は光がほとんど入らず薄暗い。

 そもそも動けないから振り向けない。

 外の様子は全く分からない。

 もし、このまま誰も気づかなければ──見つからなければどうなるんだろう。 多分腐ると思う。 

 生理反応は? あるかも知れないがどうにも出来ない。 

 空腹? 分からないが、食材はコンテナ等に入れておくと腐るから、時間の経過で餓死や渇きによる死はあるかも。

 後は衰弱死だろうか? 

 

 

 様々な死の形がトルテの頭の中で高速に描かれる。

 

「リオ」

「な、なに?」

「リオは人を殺す道具を創る才能があると思う」

 

 トルテは思わずリオリールに称賛の声をあげた。

 

「なんてこと言うのトルテちゃ────ーん!」

「リオ、落ち着いて」

「うぅ……そ、そうだよね……凄い事言ったのはトルテちゃんの方だと思うんだけど」

「すごいものを作ったのはリオでしょ」

「あうぅ、返す言葉もないよぉ~」

 

 その時、外から微かに足音と妹であるエルオネとミルミスの声がくぐもって聞こえてきた。

 

『うぅ……冷たかったぁ……早く暖炉の前にいこぉよぉ、エル姉ぇ』

『もう、ミルミスは弱虫なんだから! って、あれ? なんかリビングがぐちゃぐちゃ……ははーん、またお姉ちゃんがやらかしたか~~!』

『うわぁ、汚い』

 

 二人の声が、テントに近づいてくる。

 

「エルとミルミス?」

「うそ! だめ、近づいちゃ!」

 

 リオリールは今度こそ顔を蒼白にして叫ぶ。

 が、 コ ン テ ナ の 素 材 からの声なんて、外に居る人間に聞こえる訳がなかった。

 

「うぅ……エルオネぇ、ミルミスぅ、こっち来ちゃだめだよぉ~~~!」

 

 リオリールは鍋の中に頭を突っ込んだ姿勢のまま、精一杯叫んだ。

 しかし、声はテントの布地に吸い込まれ、外に届かない。

 

 最悪だ。

 

 だってこれはきちんと、テントとして部屋の中に立っている。

 テントが張ってあれば、誰かが中に居ると勘違いするしかない。

 だめだ、トルテの言う通り、これはなんてひどい殺人コンテナなんだ。

 

『エル姉、テントの中にお姉ちゃんが居るんじゃないの?』

『んー? テントが置いてあるね。 リオ姉の新しい道具なのかな?』

 

 エルオネが興味深そうにテントの布地を触る音がした。

 

「中に入っちゃダメ……!」

「来ちゃダメだよ! お願い! 気付いて!」

 

 リオリールもトルテも、声にならない声で叫んだ。

 

 次の瞬間、テントの布地がめくられ、エルオネの顔がひょっこりと現れる。

 目を見開いたエルオネの視線の先には、逆さまになって鍋を被ったリオリールと、宙に固定されて身動きできないトルテの姿。

 

「……うわっ! なにこれ、リオ姉、変な遊びしてるの!?」

「エルオネ、入っちゃだめぇぇええっ!」

 

 リオリールの叫びも虚しく、エルオネは好奇心に勝てず、足を一歩踏み出した。

 

 シュポンッ! 

 

 小気味よい音と共に、エルオネの体はリオリールとトルテの隣の空間に固定された。

 

「……え? なに、これぇ……動けない!?」

 

 最後に、エルオネの背後からミルミスの小さな顔が覗き込んだ。

 

『エル姉、どうしたの? お姉ちゃんたちが居るの? 私も、遊びた……』

「ミルミス! 入っちゃだめぇぇぇえええええええええええ!」

 

 リオリールとトルテ、そしてエルオネの三人の悲鳴が、小さなアトリエテントの中に響き渡った。  

 

 シュポンッ! 

 

 絶望を告げる間の抜けた音が響き、4人の少女が収納された。

 

『あら~?』

 

 ついでに幽霊も一人、ふよふよと浮かんで首を傾げていた。

 

 

「……」

 

 静寂。  

 薄暗いテントの中、二畳半のアトリエテントの空間に少女達が綺麗に整列して逆さまに吊るされていた。  

 

 左から順に、リオリール、トルテ、エルオネ、ミルミス。  

 まるで出荷を待つ人形のような……いやユウバナ村で言えば干物の天日干しのような光景だ。

 どうやらテントに入った順に自動整頓されているようであり、リオリールはどんどんテントの一番奥に追いやられている。

 

「……リオ姉」

「リオ姉……」

「うぅう、ごめんなさぁい」

「これ、なんの遊び?」

「ごめんね、ごめんねミルミスぅぅぅ!」

 

 リオリールが鍋の中で半泣きになりながら謝る。

 エルオネは状況を把握し、顔を引きつらせた。

 

「信じらんない! リオ姉、また変なもん作ったでしょ!? どうしていつも変な物を作っちゃうの!」

「うぇぇん、違うんだよエルぅ~~!」

「それより、今は命の心配をした方が良さそう」

 

 トルテが冷静に指摘する。

 

「え? どういうこと?」

「……息苦しくない?」

 

 そういえば、とリオリールは気付いた。

 身体が妙に熱いのは、家族を巻き込んだのも原因だが、さっきから浅い呼吸ばかり繰り返している自分に。

 

 鍋が覆いかぶさってるせいで息苦しいのかと思っていたのに。

 

「もう私がコンテナに入ってから小一時間くらい……」

「リオ姉の馬鹿──ー! 死にたかったの──ー!?」

「してないよぉぉぉ! だれか、誰かたすけてぇ~~!!」

 

 リオリールは恐怖した。

 自分の失敗で、大切な妹たちまで巻き込んでしまった。

 このままでは全員、ここで酸欠で終わってしまう。

 

(お願い……誰か……誰か気付いて……お兄ちゃんっ!)

 

 薄れゆく意識の中で、リオリールは唯一の希望、頼れる兄の姿を思い浮かべた。

 

『えーっと、私が助けに呼んだ方がいいのかしらね? も~、しょうがないわねぇ』

 

 ふわふわ浮いてるパメラの暢気な声が、アトリエテントに響き渡った。

 

 

 

 ふいに、風も吹いていないのにアトリエの扉がガタガタガタっ、と大きく響き渡った。

 カスカルはその物音に気付いて振り向いた。

 アトリエで何かやっているのだろうか。

 そういえばそろそろ夕飯時でもある。 

 カスカルは外でしていた荷造りを途中で止めて、いったん妹達を飯に誘おうと立ち上がった。

 

 玄関を開けて1秒。 彼はつぶやいた。

 

「なんだこれは」 

 

 カスカルはアトリエの居間の中央。

 ドデンと鎮座する珍妙なテントに対して、まるで強大な獣と相対したかのような悪寒を感じて警戒していた。

 

 そもそも、リオリールが持って行ったテントを返して貰おうと寄ったら、姿形の変わったテントが目の前に現れたのである。

 双子として生まれてきて、一緒に過ごして15年。

 誰が言わなくても、何も説明されなくても分かる。

 

 かつてユウバナ村を燃やした時のような──―やばすぎる失敗──―を確信させるオーラがあった。

 すれ違ったエルオネとミルミスの気配がまるで無いのも、おかしい。

 

 まず彼はテントには近づかず、周囲に散乱したカップの破片やゼッテル用紙などに目を向けた。 カスカルは錬金術のことはよくわからない。

 ただ、大陸の発展に役立ち、素晴らしい技術であることだけは道具を使ってきた事で体験して理解しているくらいである。 だからこそ。

 

 だからこそ、扱い方を間違えれば危険な物になる事も 体験 しているのだ。

 

「……」

 

 カスカルは一枚のゼッテル用紙を拾い上げた。

 妹の字で、錬金術のレシピが書いてある。 

 かなり雑に書きなぐっており、こういう時の妹は勢いに乗っている時だ。

 

 リオリールが勢いに乗ってる時……言い換えればテンションが上がった時はだいたい何かを見落としている。 普段の生活でもそうだから、分かりやすいと言える。

 それから、カスカルは他にもゼッテル用紙を集め、一枚一枚をゆっくりと精査した。

 

 そして、10分くらい慎重に立ち回っただろうか。

 

「よく分からないが、コンテナと同じ構造にしたのか……?」

 

 理論は意味不明だが、レシピの類似性と機能からコンテナと同じ構造であることが分かった。

 一度、確認のためにアトリエで使っている本来の素材用コンテナを開け閉めして、手を入れる。

 スポリと間抜けな音を立ててコバルト草を手に掴んだ。

 

「なるほど……」

 

 カスカルは意を決してテントに近づき、入口の布に手を掛けた。

 そして 『手』 だけを入口に差し伸べ、グッと掴む。

 

 力強く引っ張ると、まずミルミスが。

 エルオネ、トルテ、最後にリオリールがシュッポン! シュッポン! とドンドン引き抜かれてカスカルの上に覆いかぶさった。

 

「うわっ!」

 

 カスカルは悲鳴を上げ、四人分の重みに耐えきれず、床に尻もちをついた。

 引き抜かれたリオリールは逆さまになったまま、顔だけを鍋から出し、カスカルの顔の上に落下した。

 

「うわあああん、お兄ちゃん!!」

「ちょ、リオ! 重い、重いってーの! どけ、お前ら!」

 

 四人分の女の子が重なり合った雪崩状態。 カスカルは両手で顔にかかったリオリールを剥がそうとするが、手が空中で滑る。

 リオリールも涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、混乱したまま謝り続ける。

 

「お兄ちゃん! 大変な事になっちゃったぁ!」

「お、重い、ごめんカスカル。 肩かして」

 

 トルテは一番上からカスカルの肩を掴んで、どうにかバランスを取ろうとする。

 

「お兄ちゃん、ありがと……パメラも」

『うふふ、良かったわ~無事で~』

 

 ミルミスは騒いでる兄姉を尻目に、こっそりパメラにお礼を言っていた。

 

「お兄ちゃんのバカー!」

「なんでバカなんだよ!?」

 

 エルオネは助かった安堵感からかカスカルを責め、ミルミスは抱きついて離れない。

 

 騒然とする居間に、玄関の戸が開く音がした。

 

「おお!? なんだいなんだい! 君ら遊んでるのかー?」

「ま、マルグレートさん?」

 

 リオリールが慌てて起き上がろうとするが、カスカルの腹の上に乗ったままでは身動きが取れない。

 

「ん! ははーん、なるほど! そのテントで遊んでるとみた! 私も混ぜろ──ー!」

「いや、違っ! マルグレートさん!」

 

 カスカルの制止の声などで、止まる彼女では無かった。

 一直線にテントの中へと入っていって、自ら殺人兵器の口の中に飛び込んでいく。

 

 シュッポン

 

「ああああっ、また人が入っちゃったぁ!」

「リオ姉ぇ! まさかマルグレートさんを亡き者にしようと……! やかましいのはいらないからって!」

「違うよ!」

 

 エルオネが、リオリールを指差しながら叫ぶ。

 ようやく立ち上がったカスカルが、リオリールに遠慮なしの拳骨を叩き込んだ。

 

「ふぎゃあ! 痛ったぁーい!」

「旅立ちの前だってのに、騒ぎを起こすな!」

「はい、すみませぇん!」

「ちゃんと全員に後で謝っとけよ」

「ううぅ、なんでこんなひどい目にぃ……」

 

 リオリールは泣いた。

 良かれと思った事の全てが裏目に出たうえ、色んな人を巻き込んでしまったのだ。

 発想こそ手応えありだったのだが、とんだ失敗作を生み出してしまった。

 

 床は割れた陶器と水浸しになったミルク、散らばったゼッテル用紙でとんでもない状態になっていた。 

 カスカルが周囲を改めて見て、嘆息する。

 

「俺達が出発する前に、このテントはなんとかしないと。 これじゃ旅にも持っていけないだろ!」

 

 カスカルは、荒れた息でテントを指差した。

 その言葉に、リオリールは再び興奮する。

 

「そ、そうだよ! まだ完成してないの! 最高の持ち運べるアトリエにしないとっ!」

「リオ姉、懲りてない!」

「でも、確かにアトリエが持ち運べるのは便利。 良い発想だから、頑張ってみるのはアリ……」

 

 エルオネの非難に、リオリールはしょんぼりとした顔をしたが、トルテの声にすぐに顔を上げた。

 

「そうだよね、トルテちゃん! どこでも錬金術ができないと!」

「とりあえずマルグレートさんを出すぞ」

 

 カスカルは先ほどの要領でシュッポン! と取り出すと、飛び出してきたマルグレートに押しつぶされた。

 

「うははは! いや、おもろい! 動けなくなるコンテナって、思いっきり違法じゃん!」

「すごい、なんてメンタル」

「よし! もう一回やろうぜ!」

 

 トルテの称賛に気を良くしたマルグレートが飛び込もうとした矢先。

 

 カスカルは叫んだ。

 

 

「お前ら、今すぐ表に出ろ! このテントは燃やせぇ!!!!!」

 

 兄の絶叫が、雪が積もったユウバナ村に響き渡った。

 隣のロモイ婆さんの家まで、がっつり響いた怒号だったと言う。

 

 

 カスカルの怒りっぷりに、流石のマルグレートも素直に引き下がり、全員がアトリエの外へと避難した。  雪が積もったユウバナ村の空の下、アトリエの玄関先でテントは燃やされ、妙な匂いと共に生暖かい風が頬を撫でていく。

 

「はぁ……まったく、とんでもない一日だった」

 

 カスカルが深い溜息をついてぼやくと、遠くの空から聞き覚えのある力強い羽音が近づいてくるのを、マルグレートが見つけた。

 

「お? あれは……鳥くんじゃん」

 

 バサバサと大きな影が落ちてきたかと思えば、一頭のアードラーが舞い降りてきた。  

 つい先ほど、涙ながらに見送ったはずのドラである。

 

「ドラ……?」

 

 トルテが呆然と呟く。  

 ドラはと上機嫌な声を上げ、迷うことなくトルテの胸に飛び込んだ。  

 その勢いに、雪の中にトルテは突っ込んでいった。

 

「……戻ってきちゃったの?」

「グアアアアッ!」

 

 外の世界を一通り飛び回り、満足して家に帰ってきたのだろう。  

 野生に返すはずが、完全にお散歩扱いである。

 

「……」

「あー……こりゃ、親離れは出来そうにないな」

 

 カスカルが苦笑いしながら肩をすくめる。  

 トルテは胸に顔を埋めて甘えるドラの温もりを感じ、困ったように、けれど少しだけ嬉しそうに眉を下げた。

 

「……おかえり、ドラ」

 

 結局、トルテは折れてドラを迎え入れた。

 リオリールはアトリエテントが大失敗に終わり、即日焼却。  

 トルテも決意のドラの野生回帰は即日撤回。

 リオリールも、トルテも、なぁんにも上手くいかない一日になってしまった。

 

「あはは……」

「うん……本当に」

 

 二人は顔を見合わせ、雪の中で小さく笑い合った。  

 思い通りにいかないことばかりだけれど、それでも隣には誰かがいる。  

 

 

 そんなユウバナ村の日常が、旅立ち前の二人の胸に、温かく刻まれたのである。

 

 

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