リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

5 / 62
04. たるの上のウニ

 

 

 

 『三つ島』の中で最も北西端にある海辺に寄り添うように作られた漁村・ユウバナ村。

 この村はリオリールとカスカルが生まれ育った、人口100人に満たない小さな村である。

 漁村であることから分かる通り、海に隣接している。

 

 浜辺へ繋がる大きな坂を上りきった高台に大きい建物が建てられていた。

 この場所は漁師であるリオリールの父・ウータスの仕事道具を保管している納屋……であった。かつては。

 

 今ではすっかりフェルエクス家の長女・リオリールが入り浸り、彼女のアトリエとして使われている。

 アトリエの隣に真新しい納屋が建てられていることから、父ウータスの仕事道具はこちらに移動したらしい。

 そんなリオリールのアトリエの前には作業中に立てかける看板と、雑多な置物、そして調合の失敗時に出来上がるゴミクズの捨て場があった。

 

「……」

 

 朝日が昇ってしばらく、そんなリオリールのアトリエの傍でぼんやり立ち尽くす村で見慣れない少女が一人。

 少し前からユウバナ村の住人の一人として見かけるようになった、出自不明のフェルエクス家の居候。

 

 名前はトルテ。

 

 トルテに与えられた使命は単純明快。

 レッドマンが世界征服を成すために、邪魔になるであろう錬金術士たちを悉く爆殺することである(トルテ視点)

 

 リオリールとの出会いは偶然の積み重ねであったが、こんなにも早く使命を果たすことが出来そうなのは僥倖という物であろう。

 話を聞いた限り、リオリールは2ヶ月前に中和剤の調合に成功したばかりの、駆け出しの錬金術士だ。

 

 幼少の頃から錬金術に明け暮れ、主に爆弾ばかりを作ってきたトルテにとって、彼女を爆殺することなど容易い。

 まぁ、今は爆弾の持ち合わせも素材も無いのだが、その気になれば何時でも爆殺できるのだから焦る事はないだろう。

 

「……たる」

 

 アトリエの外で物思いに耽りながら、トルテは目の前に置かれている樽に手を置いて呟いた。

 いくつか設置されている樽の中でも、一際大きい樽である。

 樽をたる、と言ったのに特に意味は無かったし、求めていない。

 

 強いて、わざわざ口に出して言った理由を挙げるとすれば、リオリールが時折。

 何かに気がついたかのように樽へと近づいて 『た~る!』 とか 『たるだよー!』 とか 『私のたるぅー』 などとキチガ……いや、キチガイみたいな声を掛けているのを見かけていたからか。

 

 しかし、だから何があったというわけではないのだ。

 実際に口に出してみれば非常に空しい行為である。

 今現在、やる事が無さ過ぎて暇なトルテは、こうした無為な考えを巡らす事しか出来ないでいた。

 

 リオリールにとって樽を見つけて声を掛ける行為は、何なのだろうかとトルテは首を傾げてぼんやりと考えた。

 

 もしかしたら、だ。

 

 トルテが知らないだけでこの世界の錬金術士の間では、樽に挨拶をすることが常識なのかもしれない。

 そんな錬金術士ばかりならば、やはり速やかに爆死させてあげた方が世界の為にも良いだろうし、世界を征服しようとするおとーさんが正しいという事になる。

 

 ついっと目線を挙げれば樽の上には刺々しい物体が、飾られるように鎮座しているのが判る。

 トルテはそのトゲトゲの物体をしばし観察し、これまた小さく呟いた。

 

「ウニ」

 

 ウニ。 

 鉱石を砕き、その破片を結合させて鋭い形状に組み合わせていく作業を行う事で、攻撃アイテムとして運用できる。

 上質な……できれば錬金術で作られた専用の鉱石と丈夫な乳棒・すり鉢を用意し、根気よく作業することで理論上では最強の『トゲトゲ』も作る事が可能なのだ。

 

 もちろんそれを釜の中で攪拌することで、特性や形状を細かく調節することにより、爆弾に比肩する強力なウニを作り出し錬金術士をトゲ塗れにして殺すこともできる。

 幼少の頃からレッドマンに与えられた数多の錬金術の参考書を読み込んできたトルテは、ウニのことも当然知っていた。

 

 そして、実際に鉱物から調合作業を行ってウニを作った事もある。

 だから、この樽の上に飾られているアイテムは間違いなくウニであった。

 錬金術士であるから、トルテはついついそのウニをじっと見つめて観察してしまう。

 

 これはウニだ。 ウニはウニだ。

 

 しかしながら、このウニは少しばかり妙である(錬金理論的に考えて)

 

 トルテが知っているウニは、カテゴリで区分けした場合 『鉱石』 でなくてはいけない。

 鉱物を元に調合を始めるのだから、これは絶対に間違う事は無い。

 一応、カテゴリが調合過程で変化することは知ってはいるが、どうやっても植物カテゴリに向かうルートは存在しないはずだった。

 

 なのに、この樽の上に鎮座しているウニをじっくりと観察すると、『植物』のカテゴリに分類されているようにしか見えないのだ。

 これは、一体どういうことであろうか。

 

 こんな事を真顔のまま突っ立って考えているトルテだが、勿論理由はある。

 初めて山の中を練り歩いて力尽き、全身筋肉痛で心身の回復に努めているトルテは、有体に言って暇だし動くのが難しいのだった。

 更に言えばあんまり体を動かすと、あちらこちらに痛みが走って不快になるのである。

 

 ウニや樽に興味を持ったのは間違いないが、ただ見続けることにも飽きてきたトルテは、部屋の中に戻ろうと身体の向きを変えた。

 筋肉が痛み、でもちょっとだけ気持ちいいような―――いや、やっぱ痛い。

 そんな絶妙な刺激を体に返して僅かにトルテの顔は歪んだ。

 

 そんな時、アトリエの扉が開いてリオリールの兄、カスカルがひょっこりと顔を出した。

 

「ん? トルテ? どうしたんだ、そんな所に微妙な顔して立ってて」

「……たると、ウニを見てた」

「たるとウニ? ああ……たるとウニか……」

 

 トルテは丁度良いところに現れたカスカルに疑問をぶつけることにした。

 

「どうして、あなたの妹はたるに話しかけるの?」

「は? さぁ……何でだろうな? でもリオが錬金術で作った物みたいだから、自分で作った樽に愛着があるんじゃないか?」

「このたる、錬金術で作ったの?」

「釜の中から出てきたっていうから、そうなんだろ。 最初は妹の頭がついにおかしくなったと思ったけどな」

 

 トルテは先ほどとは打って変わって、集中して樽を眺めた。

 なるほど、とトルテは頷く。

 先ほどは不可思議なウニにばかり注視してしまっていたが、しっかりと観察するとこの樽には特性がついているではないか。

 

 一番に目立つ特性は、デカイ。

 まんま見たとおりだが、周囲に並べられている樽よりも大きい樽であるのは事実だ。

 

 他にも丸いとか樽の形状についての特性が見て取れたが、強烈な違和感を感じたのは 『貫通力+』 の特性である。

 

 何故、対人・対モンスターなどに用いる攻撃用の特性が使い道の無いただの置物(強いてあげればコンテナ用)である樽に残しているのか謎である。

 そもそも調合で産みだしたコンテナに 『貫通力+』 の特性を付与することは出来ただろうか?

 トルテはさっと頭の中で特性の理論をまとめたが、彼女の知識に該当する物はなかった。

 

 もしかしてトルテの知らない工程を経てこの樽は生まれたのだろうか。 いやまさか、この大きな樽を素材にして何か作る……?

 しかし、仮に中間素材として利用するにしてもこの大きさでは無駄が多すぎる。

 こんな大きな中間素材、保管も作業も調合を大変にしてしまうだけだ。

 

 それに錬金術でコンテナ用として素材保管用の入れ物を作るのならば、樽の形状にこだわる必要は無い。

 ましてや余計な特性を組み込む必要も無いだろう。

 コンテナに重要な特性は、たくさん入る とか すごく沢山入る とか、羽のように軽い、などと言った空間や重力に作用する物、便利で扱いやすい特性を付与するべきだ。

 

 

 謎が、多すぎる。

 

 

 腑に落ちない様子で不思議そうに首を捻っているトルテの隣から、低い男の声が飛んできた。

 

「たーる」

「……ちょっと?」

「どうした?」

「なんで今、カスカルはたるに話しかけたの?」

 

 錬金術士だけではなく、三つ大島では『たる』に挨拶するのが常識なのだろうか?

トルテだって三つ大島に住む人間だ。

 レッドマンは外に出す事は無かったが、その常識は教えられていてトルテも知っている。

 たるに挨拶することは義務ではない。

 

 いや……待て。

 もしかしたら、この樽に付随している『貫通力+』の特性が、何か人体に影響を及ぼして挨拶をさせている可能性が?

 

 なんだかんだ、自分も確かにさきほど『たる』に声をかけてしまったし、とトルテは在り得ない可能性に少しだけ慄いた。

 

 不思議そうに唸ってカスカルへと向き合う。

 彼は肩を竦めて何でも無さそうな顔で口を開いた。

 

「いや、改まって真顔で問われると良く判らないけどな……まぁ、何か言いたかったからだな」

「そうなんだ」

「ああ」

「……」

「……」

「たる……」

「ああ、たる、だな」

「やっぱり意味がわからない」

「あれ? 二人ともアトリエの中に入らないで樽の前で何してるの?」

 

 家の中からアトリエに向かってきた明るく高い声がかかって、トルテとカスカルは振り返った。

 今話題になっていた謎を作り上げた錬金術士、リオリールである。

 

 貴女の作った、たるとウニが不可思議なんだよとトルテは心の中で突っ込んだ。

 

「トルテが樽を見てたんだ」

「……ウニも見てた」

「へぇー、そうなんだ。 えへへ、私が錬金術で作ったんだよ。 どうかなぁ?」

「どうって……なら聞くけど、どうして何の変哲もない樽を作ったの? コンテナとして使うには、容量を広げているわけでもないし……」

「容量を広げる? よく判らないけど、木材とか金属とか適当に入れてたら勝手に完成品の樽が釜から飛び出して来たんだよね~! あの時はホント、びっくりしたなぁ!」

「え……? えーっとじゃあ……この 『貫通力+』 はなに?」

「へ~、そんなの付いてたんだー?」

「ハァ?」

「え?」

「なにそれ……いや、それで、このウニは? なんで植物カテゴリなの? どうやって作ったの?」

「これ? これは森の入り口に落ちてたのを拾ってきたウニのウニだよ。ウニとウニを一緒に調合して作ったら出来たウニなんだ~……あれ? ウニはもともと植物だよね……?」

「ウニは森に落ちてない」

「ウニは森にいっぱい落ちてるけど……? ね、お兄ちゃん」

「うん? ああ、まぁ、ウニは森に落ちてるな、確かに」

「くっ、どういうことなの。 参考書が間違っていた?」

 

 トルテは混乱した。

 ウニは鉱石である。だが、ここにあるウニは間違いなく植物だ。

 もしこれがウニならば、棘の数をちゃんと数えればハッキリするが、現実的ではない。

 

 いやしかし、ウニは実際に自分も参考書を見ながら自分の住んでいたアトリエで完成させたことがある調合アイテムだ。

 爆弾ではないが、攻撃アイテムとして使用できる調合アイテムは、一通り作っている。

 

 これは経験としても得ている情報で間違いないのだから、錬金術で作るウニは『鉱石』のカテゴリに存在しなければおかしい。

 そんな調合アイテムであるウニが森の中に一杯落ちているなど、まるで意味が判らない。

 

 自然の森や大地が錬金術でも使ってウニを生産しているとでも言うのか。

 

「と、とにかく判った。 この樽の上に置いてあるウニは、調合したウニじゃない森の中にあったウニってこと」

「あ、違うよトルテちゃん。 森の中にあったウニと、森の中にあったウニを一緒に入れて作ったウニだから錬金術で調合したウニだよ」

「錬金術で作るウニは鉱石。 森にウニは生えてない」

「鉱石のウニ? ふーん、そういうのもあるんだー……錬金術って不思議で面白いね、トルテちゃん!」

「うぅ、助けておとーさん……頭がおかしくなりそう」

 

 リオリールとの錬金術に関する言葉の応酬に、トルテは白旗を挙げて逃げ出した。

 ふらふらと筋肉痛が色濃く残る体を引き摺って、辛そうに間借りしているアトリエの中へと入っていく。

 よたよたと移動していく少女を見送りつつ、リオリールは兄カスカルへと口を開いた。

 

「ウニは森の中にある植物だよね? 私、間違ってないよね?」

「ああ、そうだな……でも、あの様子だと錬金術で作るウニは鉱石ってことになるんじゃないか?」

「でも私は植物のウニを混ぜて作ったから植物のハズなんだけど……石なんか使ってないしなぁ~」

 

 リオリールはそう言いながら、じっとウニを見つめる。

 錬金術士として素材を眺めた時に、なんとなく判断できるカテゴリの区分けから見るに、このウニは植物としか言いようが無かった。

 

 ウニにウニを掛け合わされば凄いウニになるんじゃないかと思って作ったものだが、出来上がったのは普通のウニだった。 

 

 つまり特別おかしいウニではないはずである。

 

「ん~……うん、やっぱり植物だよね。 もうっ、トルテちゃんは何がわからなかったんだろうね、お兄ちゃん」

「あのな、俺が判るわけないだろ。 そもそも錬金術の事は俺に聞くなよ。 でもまぁ、色々あるんだな」

「そうだねぇ、奥が深いよ~……それで、お兄ちゃんはどこ行くの?」

「村長の手伝い。 大陸の方で祭事の時に使う"花火"っていう大きな玉を仕入れたらしいんだけど、数が多いから運ぶのを手伝ってくれっていう話でな」

「ふ~ん……そうなんだ。 どんな物なんだろうね」

「さぁな。 でも大陸の錬金術で作った物って話だから許可が貰えたら借りてくるよ。 珍しいだろうし、もしかしたら母さんは知ってるかもだ」

「おおぉ~~~! 大陸の錬金アイテム! 流石お兄ちゃん! 花火かぁ~、どんなアイテムなのか一層、気になるなぁ~」

「じゃあまたな、リオ」

「あ、うん! アムースコ村長によろしくね」

 

 そう言ってカスカルもまた村の方へと踵を返して歩いていく。

 しばしカスカルが言う花火の事。

 そして樽の上のウニの事に思考を巡らし、首を左右へ揺らしながら考え込んでいたリオリールだったが、やがてスパっと気持ちを切り替えた。

 

 判らないことに悩んでいても仕方が無いのだ。

 片手で何度か、樽の表面を撫でてリオリールは何度か首を縦に振って笑った。

 

 この樽は、最近作れたばっかりで最も見栄えが良かった樽だったのである。

 試行錯誤の内に気がついたら習得していた、錬金術で作れる樽と、そのレシピ。

 

 まだ錬金術士として調合を成功させることが稀であるリオリールにとって、この 『たる』 は数少ない貴重な成功体験の証左であった。

 まだまだ形が歪だったり、上手く立たない不安定な樽になってしまう事も多いが、何時かは堂々たる大きな大きな立派な樽を作成することも目指している。

 別に特別な理由は無い。

 強いて言えば、錬金術が成功して嬉しくなったから、量産したというくらいか。

 

 とにかく、この場所に置いてある大きな樽、その周囲の小さく不揃いの樽の多くは、リオリールがせっせと錬金術で作ってきた成功の歴史でもあったのだ。

 容量がうんぬんと言っていたから、トルテも錬金術で作る樽について何か知っているかもしれない。

 

 後でトルテにもう一度、樽とウニのことについて話を聞こうと決めて。

 

 リオリールは日課となっている挨拶を、大きく息を吸い込んで、実行した。

 

「た~るっ!」 

 

 元気よく踵を返してアトリエの中にリオリールは入っていく。

 ユウバナ村の朝は今日も平和に始まった。

 

 

 

 数時間後、アトリエの中でたるとウニに関しての質問攻めをされ、憔悴してお目々をグルグル回す少女トルテが、カスカル兄に保護されたのは余談である。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。