リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
山の朝の空気は凛と冷えて澄み切っていた。
起き抜けは靄がかかっていたが、陽がしっかりと登り始めると朝露と共に霧も晴れていき、三つ牛が飼桶を揺らして草を食む音だけがガンガンと鳴っている。
そんな小屋の中で、リオリールとトルテの二人は錬金術の準備に追われていた。
「うん、後はこっちで……」
昨晩の焚火跡から燃え残った灰と薪を取り除き、そこへ簡易的な炉として作る。
熱源はトルテが錬金術で作ったホットストーンだ。
小石などで周囲の高さを合わせ、料理用の網を上に置く。
そして錬金術の釜の代わり、小さなお鍋を置いて準備は完了。
「なんか懐かしいな、こういうので錬金術をするの」
「うん、久しぶりだね」
「でもほら、今は私たちにはコレがあるもんね~~!」
数日振りの錬金術。
ともなればリオリールとトルテは根っからの錬金術士でもある。
テンションが上がらない訳が無かった。
錬金溶液をポーチから取り出して、詰めていた溶液を鍋の中に放り込む。
何度か叩いたホットストーンをその下に敷き詰めれば、バチバチという音と共に一気にお鍋周辺の温度が上がっていった。
「いやー、このホットストーンって便利だね! すぐ温度が上がって……トルテちゃんのこれ、オリジナルレシピでしょ?」
「うん、役に立つでしょ?」
「すごいよ、本当に! 私もな~、そういうのが作れればなぁ~」
真っすぐに褒めてくるリオリールにちょっとだけ照れくさそうに、トルテは頷いた。
同時にリオリールと昨日から考えていたレシピを開き、素材を並べていく。
ミミガーデン村への入村に必要な通行手形。
けもみみの作成だ。
クラウスから借りて調べたケモミミは、構造自体はシンプルだった。
カチューシャの土台になめし革で耳の型を作り、装飾するだけ。
裁縫や服飾を嗜んでいる人であれば、ある程度の時間を掛ければ錬金術に頼らなくても、簡単に出来てしまうだろう。
「試験用に、特性の移し替えを意識しないと」
「そうだね、せっかく練習だし。 持ってきたクロースだと、どれがいいかなぁ」
大きな荷物の中から、リオリールとトルテは中身をひっくり返しながら素材の選別大会が始まった。
鍋が小さいこともあって、あまり大きな布になると入りきらないだろう。
使えそうな物をえり分けて、リオリールが選んだのは真っ白なクロースである。
ボン様の毛を拝借してユウバナ村で作って持って来たものだ。
これを選んだ理由は、ケモミミを着けるということはフードなどを被れないから寒くなりそうだな、という単純な理由だった。
ボン様の毛で作ったクロースは品質もよく、肌触りも良いし、暴風を防ぐ。
かといって通気性が悪いわけでもないので、リオリールが創ったクロースの中ではかなりの完成度を誇っている。
トルテが選んだのは、薄い青色のスカーフのような布だった。
こちらはユウバナ海岸で採取した貝類と砂などが混ざっているものだ。
手触りはざらついているが、肌を傷つけるわけでもなく、少しだけ透明性があるのが特徴であった。 当然、品質も特性もトルテによって選別されている。
「うーん、どうせ耳を作るなら、やっぱり尻尾も欲しいよね?」
「尻尾? 別にいらないんじゃない」
「そうかなぁ。 ケモノと共生してる村なんでしょ? だったら、全身なりきった方が向こうの人達も喜んでくれるんじゃないかなぁ~って」
「む……」
リオリールの唐突な提案に、トルテは少しだけ黙考。
「一理あるかもしれない。 じゃあ、尻尾も作ろう」
「うん、決まり! えへへ、楽しみだなぁ!」
盛り上がる錬金術士の二人を、銛の刃を研いでいたカスカルが不安気な視線を送りながら口を開く。
「お前ら、はしゃぐのは良いけど失敗するなよ。 小屋を汚したら、行く前に掃除するようなんだからな」
「あははは、確かに……爆発しないように気を付けないとね」
「大丈夫、まかせてカスカル」
「うーん、それで大丈夫だったことは今のところ半々なんだが……で、素材は足りるのか?」
「えっと、なめし皮だけは足りないかな?」
トルテがレシピを確認しながらつぶやいて、リオリールは袖をまくって笑って言った。
「よし、それじゃあ現地調達だね!」
ビシっと指を立て、モンスター退治がいきなり始まる事になった。
――数十分後、ヒマワリ畑の入り口付近。
背の高いヒマワリの隙間から、種を食べていた一本角の生えたウサギが顔を出す。
リオリールは見つけると同時に、用意していたフラムに火を点けた。
「ウサギが居た! えいっ!」
豪快に振りかぶって下から投げたフラムは、角ウサギ目掛けて珍しく一直線。
赤く輝いて膨張し、フラムがその爆発力を発揮する。
ドォンッ! と、お腹の底に響くような爆発音と共にヒマワリがはじけ飛んで黒い煙が立ち上る。 角ウサギは目を回してひっくり返った。
が、乾燥した草木があったのか、爆発の余波で火がゴウゴウと燃え盛ってしまった。
「わわ、しまった、水を用意してないよ! 火事になっちゃう!」
「馬鹿、リオ、どいてろ!」
三つ牛に乗って着いてきていたカスカルがハンドサインを送って指示を出す。
あまり大きな炎上になってないとはいえ、動物ならば本能的に避けたがる炎に向かって一直線に三つ牛が突撃していく。
燃え上がっている草の上で大きく跳躍すると、大地を文字通り揺らしながら踏みつけた。
圧倒的な質量による消火活動だった。
おそらく、周囲の土もめくれ上がって類焼を防いだのだろうが、あっという間の出来事であり、残ったのは煤とペラペラに圧縮されたヒマワリだったものだけであった。
「す、すごいなぁ~」
感心するリオリールの頭を、ペシリと柔らかい物が叩く。
振り向くと、カスカルが呆れ顔で立っていた。
「お前な、もうちょっと遠慮しろよな。 お前の作る爆弾も、少しずつ威力が上がってるみたいだから」
「うーん、爆弾使うことなんて殆ど無かったから……今でも爆弾作るのはちょっと苦手なんだけどね――」
ドォンッ!
遠くの方でリオリールが投げたフラムと似たような、一際大きい爆発音が聞こえてくる。
恐らく、トルテの物だろう。
リオリールとカスカルは続いて響いた大地を踏むような音に、クラウスとトルテの方も似たようなやり取りをしていることに確信を抱いて、気まずそうにリオリールは笑ってごまかした。
もう一度、軽いゼッテル用紙の束でペシャリと頭を叩かれて、カスカルは言った。
「フラム以外に、何かないのか。 こういうの」
「うぅ……私はトルテちゃんに爆弾作りを聞いただけだから。 山とか燃えやすい場所だと使い方も考えないとだよねぇ。 トルテちゃんなら、きっと知ってると思うんだけど」
「ま、とりあえずその話は後にしよう。 さて、悪いけど仕留めるか」
言いながら、カスカルはひっくり返っているウサギを銛で一突き。
無事に素材の調達ができた。 夕食にもなるだろう。
その後、カスカルが手堅く狩ってきたウォルフや、山小屋の近くの水たまりに迷い込んでいた森林クラゲなども素材として確保し、調合が再開された。
グツグツとお鍋が煮える音。
ホットストーンの熱で温められた溶液に、角うさぎの皮、ウォルフの毛並み、そして森林クラゲのプルプルした部分を投入していく。
「えーっと、カゴの中に確か……」
リオリールがこっそり鍋の中に投入したのをトルテは目敏く見逃さなかった。
が、今は自分のお鍋の攪拌作業中。 何をしたのか気になったが、自分の調合に意識を戻す。
やがてリオリールとトルテ、殆ど同時に鍋の中がカッと光り輝き『けもみみしっぽ』が完成した。
| けもみみしっぽ | 作成者:リオリール・トルテ |
|---|---|
| レシピ:クロース・なめし皮・中和剤(青)・ぷにぷに玉 | |
| 効果 | 特性 |
| ・暖かい | ・品質上昇 |
| ・ポジティブリスク | ・攻撃性能が増す |
| ・サイズで強化 | ・HP強化+ |
| ・生きている | ・MP強化 |
「できたー! さっそく着けてみよう!」
リオリールが鍋からズルズルと引っ張り出したのは、長く垂れ下がったうさ耳とボンボンのついた丸まるしい尻尾。
トルテは半透明で少しプルルンと揺れ動く不思議な質感のクラゲ耳(?)と幾重にも枝分かれしている風変わりな尻尾が。
そしてカスカル用には精悍な狼を思わせる尖った耳とふさふさの一本の大きな尻尾が鍋から出された。
「どうだろ、変じゃないよね?」
「うん、悪くない。 きちんと狙った特性や効果が出てるよ」
「そうじゃなくて、ファッションの話だったんだけど」
「……わからない」
リオリールの不満はともかく試験の練習用としては申し分ない。 攻撃性能の上昇、基礎体力の向上などの最初からあった特性が、しっかり装飾品に引き継がれている。
慣れない環境でも、特性の移し替えが成功していることにトルテは満足していた。
ちゃかっと手早く装着する二人。 カチューシャを頭にはめ、腰のベルトに尻尾を固定する。
「どう? 似合う?」
リオリールがくるりと回ってみせると、その腰についた丸いウサギの尻尾が、まるで生きているかのようにブンブンと左右に振られた。
トルテの腰についたクラゲの尻尾も、ゆらゆらと意思を持ったように空中で揺らめいている。
「……動いてる」
「えへへ、そうだよ! ぷにぷに玉を入れて見たの!」
腰を右に左にクイクイ動かすと、その動きに合わせてリオリールの大きな白いボンボン尻尾が意思を持ったように揺れ動く。
「やっぱり動いてた方がかわいいと思う!」
「うん……そうだね」
「でしょー? 私、昔からゆらゆら揺れてる動物の尻尾を眺めるのが好きだったんだよー」
リオリールは舌をペロリと出して、お茶目に笑った。
時間の経過で活きの良さは失われてしまうので、あまり尻尾が動くことには特別な意味はない。 無いのだ。
だが、リオリールは嬉しそうなので、トルテは黙っていてあげた。
そこへ、三つ牛のハンドサインの勉強をしていたクラウスとカスカルが戻ってくる。
そして、クラウスは固まった。
ウサギ耳をピョコピョコさせ、尻尾をブンブン振っているリオリールを見て目を丸くして固まったのだ。
「あ、お兄ちゃん、クラウス兄さん! ねーねー見て見て! うさみみと尻尾、似合うかな!?」
リオリールの声には答えず、クラウスは小屋の外に行ってしまった。
「あれ?」
「どうしたの?」
トルテの疑問とリオリールの首を傾げた様子に、カスカルは何となく、ゼッテル用紙の束で二人の頭をペシャリと叩いておいた。
外に出てしまったクラウスは、胸に手を当て、数分間深呼吸を繰り返していたという。
――そんなクラウスの様子を、見逃すまいと目を凝らす人影が僅かに動いた。
山小屋の近く、木々が生い茂る斜面の陰。 雪と枯れ草に紛れるように。
イッチである。
彼は枯草や枝を巧みに組み合わせた、さながらギリースーツのような偽装を身に纏い、その姿を風景に完全に溶け込ませていた。まるで獲物を待つ熟練の狙撃兵のように、その視線は一点、眼下の山小屋へと注がれている。
その視線の先では、奇妙な光景が繰り広げられていた。
ウサギの耳をつけてピョコピョコと跳ねるリオリール。
半透明の奇妙な耳をつけて頷くトルテ。
そして嫌々ながら狼の耳をつけさせられているカスカルと、顔を覆って逃げ出す大男クラウス。
「……何やってるんだろ」
まぁ、いつも通り騒がしい中でおバカな事を、当たり前の様に繰り広げているのだろう。
これから過酷な雪山を越えようという時に、あんな暢気な装備を作ってはしゃいでいる。 平和ボケしているのか、それとも大物なのか。
だが、そんな彼らを影から守り、監視し続けるのが、イッチに課せられた任務だ。
『……――状況はどうだ、怪人一号』
懐に入れていた小石――ぷにぷにを模した通信機が微かに震え、重々しい声が響いた。 イッチは素早く周囲を警戒し、口元を隠して小声で応答する。
「……奇妙な変装道具を作成し、明日の出発に備えているようです」
『それで、目的地は?』
「カンカン山脈の山頂付近。 ミミガーデン村を目指すみたいですね」
「……良いだろう、仕込みをするとしよう」
「レッド……いえリード。 何を?」
「お前が監視と護衛を命じられている様に、俺もレッドマンに命じられているということだ」
一方的に通信が切れる。 レッドマンの思惑……リオリールとトルテに関することというのは分かるが、その真意は謎のままだ。
視界を山小屋に戻せば、アードラーの影が差す。
結局、トルテはドラと別れることを選べず、一緒に同行することを選んだようだ。
もう夕陽が差している。 それほど時間もかからず陽が沈むだろう。
あの様子なら、今日はカンカン山を登ることはなさそうだ。
イッチは息を吐いて、肩の力を抜いた。
レッドマンの思惑は分からないが、錬金術士レッドからはその役割を聴いている。
錬金術士レッドは、悪意ある試練を課すことを命じられているのだという。
リオリールとトルテ、二人の錬金術士に対してだ。
過去、アカデミーでも屈指の大天才。 マイスターの称号まで手に入れた錬金術士であるレッドが、彼女たちの腕を試す為に仕掛ける罠。
「……いざとなれば、直接出向く事にもなるか……」
どの程度の悪意をぶつけるのか分からないが、イッチとして見過ごせない規模の悪意ならレッドを止めなくてはならないだろう。
かといって、捏造したバックストーリーではレッドはイッチの師匠である。
「めんどくさいなぁ……寒いし」
草をかき集めてイッチは丸まって仰向けに寝転がった。
冬のみつ島、カンカン山の麓で見る星空はとってもきれいだった。
ミミガーデン村を見下ろす岩場に、黒いコートをはためかせる男の姿があった。
錬金術士レッド。
不揃いな仮面の奥にある瞳は、眼下に広がる平和な村と、そこを行き交う人間とケモノたちの姿を冷ややかに見下ろしていた。
「お前らに恨みはない……」
彼の胸元では剥き出しの心臓が激しく脈打っている。 自分自身の心臓ではない。レッドマンによって与えられた、呪いの鼓動。
本物の心臓を奪われ、意のままに操られる屈辱が、彼の内側でどす黒い炎となって渦巻いていた。
「だが、運が悪かった。 俺と同じようにな」
悪魔に目を付けられた。 ただ、それだけ。
レッドは右腕を掲げた。
そこには、異様な威圧感を放つ無骨なガントレットが装着されている。
レッドマンから支給された、悪魔の錬金道具。
魔本『イービルズブック』によって生み出された、錬金術士そのものを馬鹿にしたようなクソみたいな道具だ。
どういう力が働いているのか――リードの考察ではイービルズブックとレッドマンによる悪魔の魔力が直接的に物質の変換と変容を齎している――願った道具を指先を擦るだけで現実に呼び寄せるだけの道具である。
このガントレットはまさに悪魔の道具だ。
願うだけで思うままの道具を創りだすなど、まさに錬金術士に対する冒涜以外のなにものでもない。
「そして、俺がそれを使う……」
レッドは仮面の奥の顔を強烈に歪ませた。
なんという皮肉と悪意。 マイスターまで極めた錬金術士に、何でも叶える道具を与えるなど、屈辱と侮蔑を極限まで混ぜ合わせた拷問である。
ガントレットの指先が、空中に複雑な軌跡を描く。
本来ならアトリエで時間をかけて行う調合プロセスが、魔力によって強引に、かつ一瞬で短縮される。
ボトリ、と何かが落ちた。
満月の様な球体に口がついており、蓋がある。
奇妙な急須のような形をしている。 陶磁器で作られたように表面は美しく――しかし血管のような妙な管が走っている。
急須の口からは赤黒い液体がしたたり落ちて、レッドの足元。
鉱石と一体化している山肌を 『溶かしていた』
急須から滴った赤黒い液体が、緑色の鉱石に触れる。彼は躊躇なく、その急須を鉱脈の隙間へと捻じ込み、埋め込んだ。
ポタリ。 急須から滴った赤黒い液体が、緑色の鉱石に触れる。 ジュウウ……という嫌な音と共に、美しい緑色が僅かに濁りはじめて……やがて黒ずんだ。
怪人一号からの情報では、まだまだ駆け出し。
大陸ではなく、錬金術がまったく発展していない三つ大島という地で、独学で錬金術に辿り着いたという少女。
ハッキリ言えば、悪魔レッドマンが気にするような存在ではない。
だが、悪魔は間違いなく何処にでもいるような娘を指して特別なのだと断言していた。
何が特別なのか。 悪魔に魅入られた哀れな村娘。
いや、だからこそ特別なのだろうか。
いずれ、子供にすぎない彼女も巻き込まれるのだろう。
憐み半分、しかし少しだけの期待を込めながら、錬金術士レッドは薄く笑った。
「……リオリール・フェルエクス。 悪魔レッドマンのお姫様か。 まずはどう対処をするのか、見物させてもらおう」
風が吹き抜け、黒いコートがバサリと音を立てる。
コートが翻ると共に、黒い影と闇に呑まれていくように、錬金術士レッドはその姿が溶けて消えていった。
残された悪魔の道具が残す重い音だけが、静寂に響く。
ボタリ。
ボタリ、と。
誰もいない岩場で、悪意の種――赤黒い液体は静かに、しかし確かに。
その毒を広げ始めて鉱石を赤黒く染めていた。