リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
カツン、と足元の石を意図せずに蹴っ飛ばしてしまい、コロコロと坂道を転がっていく。
トルテは思わず石の行方を目で追ってしまい、崖下に落ちていくのを眺める。
「……」
翌朝。 変わらず良好な天候に恵まれて、冬独特の冷たい空気と乾いた風の中の庭先街道を歩いていく。 荷物を全て三つ牛が運搬してくれてることが有難かった。
山小屋の麓から少しずつ景観は変わっていき、山らしく雄々しい木々が生えそろっていた。
そっと座り込んで蹴飛ばしてしまった石と同じようなものを手に取って眺める。
錬金術士として見ても特別な石ではないが、ここの石はどこも品質的な意味で考えると古址街道や庭先街道で見かけた石よりも悪い。
ボロボロと崩れていて、硬度も足りない。
「カンカン山は、良質な鉱石があるって話なのに……」
「トルテちゃーん、見て見て。 あそこの植物、ねぇ凄いよ! すごい真っすぐ立ってるの! 直線だよ直線!」
リオリールが少し先で、腕を上げて指さす植物は、確かにまみどり大森林などでは見かけない物だった。
本で見た知識をひっくり返すと、葉の部分から小さな蛇口の様に開いて液体を垂れ流している事から『甘竹』という植物だろうとトルテは辺りをつけた。
「甘竹だね。 葉っぱの先から垂れる密がとっても甘いんだって」
「おぉー、甘いお菓子作りに役立つかもね。 どれどれ~」
ペロリと葉の先を舌で掬うリオリール。 トルテが止める暇も無かった。
「うぇぇ~、に、苦いよぉ~! 嘘じゃん! 水っ、水ぅ!」
「熱処理しないと甘くない……って書いてあった」
「もぉぉ! 先に言ってよトルテちゃん!」
「言う暇もなかった」
道中、リオリールはユウバナ村近くに無い物を見つけるたびに、歓声を上げたり喜んだり、愚痴を言ったり。 忙しなく百面相を披露しながらウサギの耳と尻尾をピョコピョコ揺らした。
緩やかな坂が続く道──地形が複雑だが確実に山に向かって登っている──を三つ牛の力を借りながら、リオリールたちは順調に足を伸ばす。
雪解け水で増水した小川の上も、三つ牛に乗り込んでしまえば、遠回りをせずに抜けていくことができた。 ザァーっと川の流れの強い場所も、大きな荷物や人間を載せているにも関わらず、まったく体幹を揺らさずに、三つ牛がのっしのっしと歩いていく。
冷たく済んだ水しぶきを上げながら、力強く簡単に渡河してしまった。
「カスカル、だいぶ慣れたようだな」
「はい、まだ少しこの子達を迷わせちゃいますけど」
「いや、大したもんだ。 大体の奴は数カ月くらい掛かる。 三つ牛の操縦は一緒に居ればその人のハンドサインの癖も牛たちが汲み取ってくれるんだが、その前に形になってるのはお前の才能だよ」
最近、兄のカスカルはクラウスに三つ牛の事について熱心に学んでいる。
リオリールはそんなカスカルの横顔を眺めていると、トルテが三つ牛の背中から川を指して声を上げた。
「まって。 ちょっと止まれる?」
「どうしたの、トルテちゃん」
「川の中に渦。 それと妙な音」
言われてウサギの耳を澄ませば、川の一部がまるで小さな雷雲を閉じ込めたように、パチパチと青白い火花を散らしている。
さらにその少し下流では、水面の上に小さな竜巻のような渦が巻いていた。
「わぁ、不思議だ。 これって何?」
「分からないけど、水の中で反応してるってことは素材だと思う」
「なら見て見たいね! クラウス兄さん、手袋を貸して貰っていいかな?」
クラウスに頼んで少しだけ三つ牛を止めてもらい、二人は川辺へと降り立った。
あみあみ手袋を装着し、慎重に音が鳴る鉱石を拾い上げる。
濡れた手袋越しに、微かな痺れが伝わってくる。
「うひゃ、ピリピリする! これ、なんだろ?」
「えっと、これはライデン鉱かな? こっちで渦を作ってるのはエアロライトみたい」
「ライデン鉱とエアロライト?」
「雷と風だよ。 属性として分かりやすい分類」
トルテがねこさんポーチの中に素材を詰め込みながら解説すると、リオリールもなるほどね、としたり顔で頷いた。
その反応にトルテは胡乱な目線を送ったが、口には出さないであげる。
ビビッと音を立てながらファスナーを閉じるとき、リオリールは昨日の失態──ヒマワリ畑でのボヤ騒ぎ──を思い出していた。
「そういえばさ、トルテちゃん。 私、ちょっと考えたんだけど」
「なに?」
「フラムって凄いけど、やっぱり森や山で使うと危ないよね。 だから、燃えない攻撃アイテムってないのかな?」
「燃えない物? 爆発が一番手っ取り早い」
「いや、そうじゃなくてさ~」
「うーん、燃えない物なら……」
トルテは採取したエアロライトを眺め、ポーチにしまいながら、少し考え込んでから口を開いた。
「今拾ったライデン鉱からは結晶化させることで雷の力を発生させることができるよ。 後はリオが作っていたウニもそうだしね。 雪解け水やコバルト草があるから、フロストなんかも作れると思う」
「ふむふむ、氷とか雷とかかぁ。 ウニは自分で投げる時チクチクするからやだなぁ」
ウニはたまに自分の指に刺さって痛いのだ。
そういえば、クラウスから借りている三つ牛用の手袋はかなり分厚い幾重もの布と皮で作られている。
これを装着していれば、ウニも怪我をせずに投げれるかも知れない。
トルテの教えてくれた知識を反芻しながら、リオリールは素材から創れる道具のアイデアが頭の中で広がっていく。
火を使わずに敵を撃退する方法。
考える切っ掛けを自分の中で消化できた途端、リオリールは無限にその可能性を閃いていく。
新しい素材、新しい場所。
アトリエの中に籠っているだけじゃ出来ない発想が、確かにあることをリオリールは実感していた。
こうなると、自分の中の創作意欲が燃え滾ってきてしまう。
「よぉしっ! 今度休憩する時に、レシピを書いてみよ!」
「おーい、そろそろ行くぞ」
「あ、はーい! 待たせちゃってごめーん!」
オールを持ち直して走り出すリオリールの背中を、トルテはゆっくりと追っていった。
三つ牛の上に戻り、クラウスが指さす方向を見上げる。 緩やかな傾斜の坂道を登り切ったその先。 木々が開け、ポッカリと空いた空間が広がっていた。
そこには、朽ち果てた建物の残骸や、崩れた石垣が静かに佇んでいる。
かつての人の営みを感じさせる、しかし今はもう誰もいない場所。
ガーデン村の跡地だ。
「ここで休憩……というより、一泊する」
三つ牛から降りて、手早く手綱を近くの杭に結び付けながらクラウスがそう言った。
だが、カスカルが頭上を見上げれば、まだ太陽は高く昇っている。
雲の切れ間から差しこんでくる光は強く、これならあと数時間は明るいまま進めそうだった。
「兄さん、まだ陽が高いよ」
「いんや、ダメだ。 ここまでは庭先街道だけど、これから先は街道を逸れて本格的にカンカン山に登る事になるからな」
クラウスは指を山頂の方角へ向ける。
山の麓から見上げたのでは分からなかったが、そこに見えるのは、これまでのような緩やかな坂道ではない。 巨人が階段を作ったかのような、垂直に近い断崖と、その上に僅かに広がる平地が繰り返される、異様な山肌が続く光景であった。
形としては、砂時計に近い。
何かに抉られたかのような反り返った地形の上に、山頂が乗っているようにも見える。
カンカン山が恐れられるのは、通常の山の常識に加えて、遠目からでもわかる程の段々構造。
しかも今は雪が降雪した後で、足場も悪い。
「高低差が激しいところだと、5mくらいにもなる。 脅しじゃなく、三つ牛を使わないと通れないような場所もあるんだ。 舐めたら死ぬぞ」
死ぬ。
クラウスから飛び出たその単語はとても重苦しく感じた。
実際にこうして目の当たりにすると、冗談でも何でもないことがハッキリと分かる。
カスカルとリオリール、トルテの三人は素直に三つ牛から自分の旅の荷物を下ろし始めた。
「この廃墟を利用して、テントの準備でもするか」
カスカルが幾つかある建物の残骸、その中でもマシな場所に目星をつけて、道具を引っ張り出した。
テントの設営準備をする中、トルテはふらりと一際大きな廃屋へと近づいた。
最初から気にはなっていたのだ。
屋根の大半が抜け落ち、柱も傾いているが、その土台の広さからかつては立派な建物だったことが窺える。
トルテが腐りかけた柱にそっと手を触れると、後ろからクラウスが声をかけた。
「ここは宿屋だった」
「え?」
「ガーデン村の大工、ウオン・トーターって人が作り上げた、木組みだけの宿だったんだ」
クラウスは足元の雪をブーツのつま先で払い、何かを拾い上げた。
それは、泥と雪に塗れた、小さな木彫りの人形だった。
手足が欠け、顔の判別もつかないほど風化しているが、かつては誰かの手によって丁寧に彫られたものだと分かる。
「こんなに風化していても、泥を払えば立派なもんだ。 だが、報われなかったんだな」
「報われない……」
努力が必ずしも報われるわけではない。
社会の厳しさを物語るその光景に、トルテは静かに建物の梁を見上げた。
「どんなに良い物を作っても、時代が変われば人は来なくなる……厳しいもんだよな」
「……」
「錬金術は何でもできる。 俺もそう聞いている。 でも俺はちょっと思うんだよな」
大陸を発展に導いた原動力、という話を聞いているからこそ思う。
錬金術は凄い技術で、きっとこの三つ大島で一般的に普及するなら、とても大きく役立って発展だってするのだろうと。
だけど、一方でガーデン村のように、忘れ去られてしまうものも出てくるのだろう。
クラウスは寂しげに笑い、その木彫りの人形を窓枠だった場所だろう所へそっと戻した。
そんなクラウスの背中に、トルテは尋ねた。
「クラウスさんは、ガーデン村に詳しい気がする」
「ん?」
「何かあったの?」
意外に思ったのか、クラウスは少しだけ目を丸くしてトルテを見つめた。
そして一つ頭を掻くと、肩を竦める。
「7年前、俺はお前らと同じ様に成人の儀に挑んだ。 最初に訪れたのはここガーデン村だ」
「……」
「その時に、忘れられない体験をした……いろいろあってな。 だから、少し感傷的になる場所だよ、ここは」
「そうだったんだ」
「ま、機会があったら話すこともあるだろう」
そんな少ししんみりとした空気が流れる中。
リオリールは一人、別の廃屋の隙間を覗き込んでいた。
なんだか視線を感じて、ふっと振り向く。
崩れた石垣の影、雪が積もった瓦礫の隙間。
そこに、何かが動いた気がしたのだ。
じーっ、と目を凝らしていると、瓦礫の奥から見たことの無い顔が現れた。
「……あ」
リオリールと目が合う。
尖った耳に、つぶらな瞳。
体長は40センチほどだろうか。
全身を美しい藍色の毛並みで覆われ、リスのようにくるりと丸まった長い尻尾を持っている。
話に聞いていた特徴と一致する。
ケモノだ。
お互いに、きょとんとして見つめ合う。 敵意はないように見えた。 リオリールという珍しい侵入者を観察しているような、そんな無垢な黄色い瞳がつぶらで何とも言えない。
「わぁ、かわい……わぁぅ!!」
リオリールが声をかけようと手を伸ばしかけた、その瞬間。
ケモノは弾かれたように身を翻すと、驚くべき跳躍力で瓦礫を蹴り壁を駆け上がった。 その動きは疾風の如く速い。
あっという間に廃屋の屋根を飛び越え、カンカン山の登山道の方角へと姿を消してしまった。
「おい、どうした、リオ!」
「う、ううん、何でもない! なんか、青い毛の小っちゃい動物と目が合っちゃったの!」
「青い毛? それってケモノかもな」
「うん、たぶん! すっごく可愛かったよ~! 目がクリクリしてて!」
ほんわかとした表情で頬を緩めるリオリールを見て、カスカルは深く息を吐き、構えていた銛を下ろした。
「ばかリオ。 可愛いとか言ってる場合か。 噂じゃ、かなり手ごわいモンスターだって聞いてるんだが」
「えー、そうかなぁ? 今の子は、全然怖くなかったよ?」
「何事もなくて良かったけど、気を付けろよ」
「うん、気を付けるよ……でも可愛かったなぁ」
廃村に住み着く小さな住人・ケモノ。
リオリールはすっかり愛嬌のあるこのモンスターに、心を奪われている様だった。
そうして、今日の陽もゆっくりと山間に沈んでいき。
「さて、飯の時間にしよう。 今日は俺から、成人の儀に挑むお前らへのご祝儀だ」
クラウスはそう言って、焚火の上に置いた金網の上に、三つ牛から降ろした袋の中から取り出した。
お肉だ。
布の中に丁寧に厚紙で包装されている。
一切れ中身を取り出して、リオリールとカスカル、トルテによく見えるようにして金網の上に乗せると、じゅううう、と脂の弾ける官能的な音が鼓膜を震わせ、直後に暴力的なまでに食欲をそそる香ばしい匂いが周囲の空気に溶け込み、リオリール達の鼻孔の奥を突く。
網の上で黄金色に焼き上がる肉の塊を、言葉を忘れたように見つめていた。
「うわぁ……美味しそうぅ」
「これって、まさか、三つ牛のお肉か?」
三つ大島において、三つ牛の肉は単なる食材ではない。それは特別な祭事や、村を挙げた祝儀の席でしかお目にかかれない「誉れ」の象徴だ。
リオリールやカスカルのような村の子供にとって、その味を知る機会は片手の指で数えるほどしかないと言って良い。 実際に三つ牛を食べた事があるのは随分前だ。
「へへ、三つ牛は凄まじい能力と人間と共生できる大人しい動物だけど、その寿命は8年間だけだ。 これに例外はなくてな」
肉を焼いているクラウスは、トングを器用に使いこなして、一枚一枚を丁寧に焼いていった。
「生きている三つ牛を殺すことは出来ても、寿命を迎えずに死んだ牛の肉はとてつもなく硬くて食えないんだ。 寿命を迎えて自然に還る時にだけ、この肉は極上品となるんだぜ」
説明をしてくれながら、クラウスは三人の皿の上に順番に焼き上がったお肉を振る舞っていく。
「いただき、ますっ!」
「おう、良く噛めよ」
リオリールが口に運んだのは、適度に厚みのある赤身。
噛みしめた瞬間、歯を押し返すような弾力がありながら、次の瞬間には繊維が解けるように解け、閉じ込められていた濃厚な旨味が溢れ出した。
「んっ……お、美味しいよぉ~~~!」
「くっ、これやっぱ本当に……物が違う」
カスカルは一口目から目を瞑って味わってしまった。
幸せを絵に描いたような顔で頬を押さえるリオリール。
隣では、普段は冷静なトルテが、初めて体験する味覚の衝撃に目を見開いていた。
「……すごい。硬くないのに、ちゃんと噛み応えがあって……脂が、全然しつこくない」
熱された肉の汁がじゅわりと口の中に広がる。 なのに重すぎず、熱くなく、噛むたびに溶けるように深く濃い肉の味が染みわたる。
気付けば三人とも、喋る事も忘れて口の中に二切れめ、三切れ目と放り込んでいた。
「いい喰いっぷりだな。 どうだ、三つ牛は最高だろ」
「最高!」
「こんなに美味しいの、初めて」
リオリールとトルテの称賛に、カスカルもうんうんと頷いて同意を示す。
極上といえる三つ牛の肉をひたすらに味わい、胃袋に詰め込まれて。
感謝や歓喜の言葉は、クラウスの胸に響くものだった。
「へへ、ありがとうな」
「クラウス兄さん? 何がありがとうなの?」
少し落ち着きを取り戻した頃に、クラウスは肉を焼く手を止めてそう言いながら自分の口にも運んで、満足そうに咀嚼した。
「美味しいって言われると嬉しいのさ」
子供たちの想い思いに紡ぐ会話を聞きながら、クラウスは同じ様に『牛草』を飼桶に首を突っ込んで食べている牛たちの下へ歩み寄ると、口を開く。
「三つ牛のこと、最初に質問したよな。 あの時のお前たちの答えは、間違っていない」
コップを口に含みながら、唐突に話を始めたクラウスへと視線が集う。
集まった視線を確認してから、クラウスは牛の腰を叩いて。
「サン、クウ。 もう知ってるだろ、こいつらの名前だ」
三つ牛は産まれてから死ぬまで、8年間の寿命の中で必ず生を完結する。
ボーク牧場で育まれる牛たちは、その全ての期間で全力で人間を助け、寿命を迎えれば人の血肉になる。 その8年間を一緒に過ごす事が、ボーク牧場に努める牧夫の仕事なのだ。
「こいつらは今5年目。 俺がずっと世話をしている奴等で……あと3年間の付き合いだ。 別れれば誰かの生きる糧になって、また新しい命を運んでくる」
寿命を迎え死ぬことで初めて柔らかく、絶品の味に変わる肉。
それは、一生を終えた三つ牛が、最期に残す自分達への感謝の印のようにも思えた。
「だから、美味しく食べて欲しいんだよな。 むしろ、食べてあげることが、こいつらを本当の意味で弔うって感じるんだよ。 だから、ありがとうって言いたくなる」
リオリールは、今食べている一口の重みを感じて、胸が熱くなるのを覚えた。
ただの『足』として牛を扱うのではなく、その命の始まりから終わりまでを真正面から受け止め、深い愛情を注ぎ続けているクラウス。
その覚悟と優しさが、焼けた肉の匂いよりも強く、リオリールの心に届いたのだ。
「クラウス兄さん。 今の話、すっごく格好良いいよ!」
「……命を大切にするって、こういうことなんだね」
リオリールが真っ直ぐな瞳でそう告げると、トルテも静かに頷いた。
思わぬストレートな称賛を受けたクラウスは、一瞬きょとんとした後、火の光に紛れさせるようにして頬を赤く染めた。
「……俺は牛を好きなだけだ。 まぁ、だからこそ分かって欲しい気持ちもある。 ありがとうな」
照れながらも、まっすぐに受け止めてクラウスは三つ牛の腰から、最後の振る舞い品を取り出した。 布袋から出てきたのは、暗い夜の中でも焚火の火で照り返す、白い円盤状の塊。
「デザートとして、サンとクウの乳で作ったボーク牧場で作ってる三つ牛チーズだ」
「わぁ、美味しそう!」
「チーズ……」
腰元からナイフを取り出し、丁寧に切り分けるとリオリールたちに手渡していく。
受け取ったリオリールは、鼻を近づけて嗅いでみると、濃厚なミルクの香りがツンと響く。
トルテが口に入れると、雪のようにふわりと溶け、後味には草原を吹き抜ける風のような爽やかな甘みが残った。 その衝撃は……まるでメッチャー・ウマイネンのチーズケーキを初めて食べたような物に近かった。
「んんっ! 美味しい……! お肉の後なのに、いくらでも食べられそう!」
「……コクがあるのに、しつこくない。これも、三つ牛の『力』なんだね」
リオリールとトルテの笑顔を見て、クラウスは今度こそ満足げに笑った。
三つ牛が繋ぐ命の循環。
その豊かさを噛み締めながら、一行は静かに、しかし確かな活力を得て明日の本格的な登頂へと備えるのだった。
「ま、このチーズの本領というか、本当はワインや地酒があると最高なんだが」
「……クラウス兄さん。 成人の儀が終わったら、俺と一緒にどうですか」
「お、いいなカスカル。 成人を記念に一杯やるか!」
「あ、それなら私も行きたい! トルテちゃんも一緒に、みんなで成人の乾杯式にしようよ!」
「お酒……美味しいのかな?」
こうしてカンカン山への前、子供たちは小さな社会勉強を終えて、翌日に備える為に寝袋の中に入る事になったのである。