リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
ドォォォン!
重々しい音が山に響く。
縦軸に揺られて、一瞬の隙間を開けて括りつけられた荷物が下に落ちる。
さらにワンテンポ遅れて、もう一つ。 ドォン! と重苦しい音が地面を盛大に揺らした。
「気を付けろ! 近すぎるぞ!」
「ご、ごめん! 兄さん!」
ここはカンカン山。
庭先街道と同様に、登山道を歩きながら錬金術の勉強、フィールドワークを兼ねて考察や発想、レシピの考案……なんてことを考えていたリオリールの安易な予想は完全に覆された。
最初は良かった。
雲が重く垂れ込めるカンカン山の登山道は確かに緩やかだった。 しかし、中腹に差し掛かった辺りから、その様相は一変する。
遠目から見た段々構造は、登山道と呼ぶにはあまりに過酷すぎる。
こんなところを通って、村なんて本当にあるのだろうか。
そんな疑問を抱く――暇すら与えられないほど、リオリールは恐怖を覚えていた。
「わ、わわわっ! ひゃあああぁっ!」
リオリールは三つ牛……サンの背中で、クラウスの分厚い背中にしがみつき、必死に目を瞑った。
三つ牛の真骨頂は、その巨体に似合わぬ運動能力。 跳躍力も数メートルもの断崖を、上へ、時には下へと、巨体を揺らしながら軽々と跳んでいくのだ。
五トン近い積載を物ともせず、悠々と五メートルを超える高さを跳び越えるそのパワーは、まさに規格外。
同時に、人間の身体能力の矮小さを、嫌というほどリオリールに自覚させた。
三つ牛はのっそりと見えても、その一歩は人の数倍の距離を稼ぐ。だが、揺れもまた凄まじい。
「怖い怖い怖い! クラウス兄さん、落ちる! 絶対に落ちちゃうよお!」
「リオちゃん、しっかり掴まってろ、手を離すなよ!」
「うぅぅううー! 掴まってるよぉーーー!」
ドォン、ドォン!と二頭の三つ牛が力強く大地を踏みつける。
命綱として腰に巻いているロープのなんと頼りないことか。 飛び跳ねるため、緩く巻かれており、イマイチ信用できない。
リオリールに周囲の景色を楽しむ余裕なんて、一欠片もなかった。
それどころか、標高が上がるにつれて気温はぐんぐんと下がり、凍てつく風がけもみみの隙間から入り込んで体温を奪っていく。 フードすら被れないのだから、この入村の掟は見直すべきだと頭の隅で考えてしまう。
ふと視界の端に映る、並走するもう一頭の三つ牛『クウ』
そこには、クラウスからこれまでにない厳しい怒声を飛ばされながら、必死に手綱を握るカスカルの姿があった。
「カスカル! 肘を張るなと言っただろう! 牛が困ってるぞ! 重心を後ろに置け!」 「くっ……わ、判ってる、兄さん……!」
一歩間違えれば、牛もろとも崖下へ真っ逆さまだ。
クラウスの指導で怒鳴る事なんて今まで、一度も無かった怒声がカスカルに飛んでくる。
厳しくなるのも、それだけこの場所が命の瀬戸際であることを物語っていた。
一際広い平らな大地に来ると、クラウスは短く休憩を告げた。
カスカルは額から流れる汗を袖でふき取り、リオリールとトルテは三つ牛から降りる際にバランスを崩して、その場でしゃがみ込んでしまう。
揺らされて、平衡感覚が少し狂ってしまったようだ。
「15分だけ休憩するぞ。 俺は牛のストレスチェックに入る」
小休憩を取ることになった時、一行は全員が憔悴しきっていた。
激しく流れる雲を見て、クラウスが険しい顔で告げる。
「カスカル、天候が荒れるかもしれねぇから、この後は少しペースを上げる」
「わ、判った……でも、兄さん、少しだけいいかな」
手短にな、と言いながら了承を示すように手を挙げたクラウスに、カスカルは聴いた。
「兄さん、跳ぶ瞬間のハンドサインが……どうしてもワンテンポ遅れる。落ち着かせる時のタイミングも、感覚が掴みきれないんだ」
必死な兄の姿に、リオリールは声をかけることさえできなかった。
まだ心臓がドキドキと高鳴っていて、高所から今まで辿ってきた道を眺める。
白い視界にガーデン村跡地が遠くに見えた。 上下の断崖がずっと続く登山道。 ここで何かが起こって三つ牛のサンとクウを失ったら、帰れない。
登山口から登り始めて数時間。 今までにない程の緊張と恐怖感から、寒気とは違う悪寒が全身を蝕んでいる。
チラっと覗いたトルテも同じように震えていた。
いや、リオリールよりも現実的な問題が襲い掛かっているようだ。
自分の両手をじっと見つめて座ったまま動いていない。
「あの……トルテちゃん、大丈夫?」
「……指が、動かない。握力が、戻らなくて……ジンジンするの」
冷気と緊張で、彼女の細い腕は限界を迎えていた。
リオリールが近づいてみれば、確かに彼女の腕は震えていた。
顔色も青白くて、今にも倒れてしまいそうだ。
もちろん、顔色についてはリオリールは人の事は言えないだろうが……
「クラウスお兄ちゃん! ちょっと来て!」
「どうした、リオちゃん」
リオリールの話を聞いたクラウスは、トルテの腕に触れて少しだけ触診した後、即座に編成の変更を決断した。
「カスカル、リオちゃんはそっちに移動しよう。 トルテちゃんは俺が乗っけてく」
「ああ……トルテ、大丈夫か?」
「……う、うん」
「安心しな、負担がないように乗るからよ。 カスカル、リオちゃんを頼むぞ」
「リオ、ごめんな」
「ええぇっ!? 謝らないでよお兄ちゃん!」
僅かな休憩でも、休憩は休憩。
体力も気力も暖かいお茶を飲むことで少しばかり回復し、一行は力強く山頂に向けて三つ牛を繰り出した。
再出発してしばらく、段々構造の起伏が一番激しい場所を抜けると同時に、突風と雪が吹き荒れ始めた。
視界はいっそう白く染まり、吹き付ける雪が頬を叩く。
カスカルはリオリールの体温を背中に感じながら、死に物狂いで三つ牛を制御した。
幸いなことに、クラウスが言った通り『クウ』はとても利発だった。
ハンドサインを間違えた時でも、自分の意思でぐるりと危険な場所を旋回して回避したり、クラウスが乗る『サン』に当たらない様に避けたりしてくれたのだ。
垂直に近い崖を最後の一跳びで越えた瞬間、急に足元が安定した。
そこは、山頂へと続く緩やかな坂のゾーンだった。
カンカン山は麓、そしてその山頂付近は非常になだらかな坂で形成されており、段々構造地帯の中腹だけが剣難な場所である。
ここまで来れば後は激しい登山道もなく、むしろ山を歩いてるとは思えないほど広々とした『道』が続くのだ。
「……抜けたか……よし、ここからは気楽に行けるぜ!」
クラウスの安堵した声が響く。
リオリールは、カスカルの背中から顔を上げ、震える声で感想を漏らした。
「ふえええ、良かったよぉーーー! もう絶対に登りたくない!」
「はぁ……確かに、ハードだった。 兄さんも、スパルタだな……」
カスカルの同意の声。
「よくやったな、カスカル」
「はは……疲れましたよ、本当」
ぼやきながらリオリールが三つ牛から降りると、大地が跳ねた。
カァーン!
そう文字通り、音として。
「え?」
リオリールが驚くが、トルテやカスカルも三つ牛から降り立つたびに、大地が震えたのだ。
カァーン! カァーン! と。
困惑する子供たちに、クラウスはハハハと笑い、足を踏み鳴らす。
一つ、二つと足を下ろすたびに音が跳ね返っていく様子を見せて。
「カンカン山。 その名前の由来は、この音がその正体なんだぜ」
トルテは驚きながら、爪先だけを上げて落としてみる。
カァン
トルテはしゃがみ、そっと地面の表面を撫でれば緑色の透き通った石が姿を現した。 これは、間違いなく鉱石だ。
麓で見たクズ石とは比べ物にならない、凄まじい量の鉱石が、薄っすらと積もった雪の下に眠っているのだ。
「すごい……」
「面白い! これ、面白いよ!」
カンカン、カンカン。
歩くたび、跳ねるたび。 少しだけ音を変えて、それでもダイレクトに足下から響くカンカンと跳ね返る音。
カンカン山の真実に、リオリールとトルテは足下から響く音にしばし酔いしれた。
「段々構造の時に、妙な音が聞こえてきたような気がしてたけど、この跳ね返る音だったんだな……」
カスカルも三つ牛の操縦で必死すぎて気付かなかった。 クラウスは腕を組んで笑った。
「な、良い音だろ。 この辺は特に良質な鉱石があるらしくてな。 ガーデン村がこんな辺鄙な場所に移設を決めたのは、鉱業が出来ると確信したからなんだよ」
山頂への移設。 その苦労はいかほどだったか想像もできなかった。
「ユウバナ村の中だけじゃ、気付けなかったけど……」
「うん、凄いよね……」
カスカルとリオリールの声に、トルテは追随した。
「生きるって、大変なんだね」
雪がチラチラと降る中、円を描くような緩やかな道を少し進むと、雪と雲空の隙間を縫って灯が見えてきた。
本当にあったのだ。
疑っていた訳ではないが、こんな険しい山の上に、村を築いている。
目的地である、ミミガーデン村だ。
驚く事に、入口近くではリオリール達の乗る三つ牛とは別の、3頭の三つ牛が放し飼いにされていた。
「わぁ、三つ牛がいるよ」
「ミミガーデン村にはボーク牧場から、3ヶ月周期で3頭ずつ貸し出してるんだ。 こんな場所だからな」
クラウスが理由を説明し、サンとクウを繋ぎ場所に係留させると振り返って言った。
「さぁ、着いたぜ。 ここがミミガーデン村だ」
こうしてリオリール達は、無事にカンカン山を登頂したのであった。
村の木造の門をくぐって、最初に飛び込んできたのは異様に高い家屋だった。
並び立つ家屋のほとんどが高床式だ。
「ユウバナ村やアサハレ村とは全然違うな。 これってなんでわざわざ、高くしてるんだ?」
「ほんとだね。 こんなに高いと、家に入るのにわざわざ梯子や階段を使わないと入れないのに」
リオリールとカスカルが建物を眺めながら言い合って、トルテは家屋から基礎へと繋がる柱を見つめた。
「ふとい……」
地面から太い柱で持ち上げられた居住空間は、分厚い木材で組まれているだけでなく、壁や柱の随所にキラキラと輝く鉱石が埋め込まれている。
緑や赤、黄色といった色彩豊かな石が、窓枠や扉の装飾として惜しげもなく使われており、それが雪の白さと相まって、まるで宝石箱の中を歩いているような錯覚を覚えさせた。
「すっごい……」
「……綺麗」
「ミミガーデン村が高床なのは、地面が原因だ」
クラウスは一頻り、子供たちが観察を終えたのを確認すると、足の爪先を何度か落としてカンカンと音を鳴らした。
「ここはもう鉱石の上だ。 その上に薄い土と雪が積もってる……冬だからな。 これが夏になるとどうなるか、想像できるか?」
カスカルが少しだけ近づいて、眺めて見れば建材として鉱石が使われている柱の下、基礎はそのまま鉱床が使われていた。
クラウスが説明しなくても分かる。
「もしかして……夏は暑い?」
「そう、ここは山頂で夏の陽ざしが強いと強烈に照り返す日差しで、家の中が蒸し風呂のようになって猛烈な酷暑になる。 だから、地面から離してるんだ」
「なるほど……あ」
リオリールが家の真下に潜り込んで建物を見上げれば、陽を遮るような外付け用の板が仕舞われていた。
「文字通り、カンカン山の夏はカンカン照りなんだな」
そうして締め括って、納得顔でリオリールたちはミミガーデン村を見渡した。
どこの家も鉱石袋のようなものが吊り下げられていて、キラキラと陽ざしを返している。
これはミミガーデン村が鉱石の村であることをアピールしている、ということだ。
入口近くの建物を見ただけで分かるくらいだ。
ユウバナ村も漁を営む村として、漁で獲れる沢山の魚の見本品をオブジェクトとして村の入り口に飾っているから、分かってしまう。
「品質が凄く良い……錬金術でも簡単に扱えそう」
地面の薄く積もった土を払って、鉱石を触っていたトルテが感嘆の息を漏らす。
ここには、厳しい自然と共存しながら、生活を豊かに彩ろうとする遊び心が溢れていた。
ふと、建物の影が動いた気がした。
リオリールが目を凝らすと、高床の下や、雪を被った草木の隙間から、鮮やかな青い毛並みが見え隠れしている。
以前、廃村で見かけたあのケモノたちだ。
彼らは警戒する様子もなく、むしろ興味深そうに見慣れない人間――特に頭につけたけもみみをじっと観察しているようだった。
人間とケモノが、当たり前のように同じ空間に居る。
その不思議な距離感が、この村の平穏さを物語っていた。
村の中央に進むにつれ、周囲の気温が少しだけ上がった気がした。
広場の中央で、ゴウゴウと音を立てて燃え盛る巨大なキャンプファイヤーが夕焼けに染まるミミガーデン村を力強く照らし出している。
その炎を囲むように、村の家々の屋根からは無数の煙突が突き出し、白い煙を空へと吐き出している。
冬の山頂という過酷な環境下で、人々が知恵を絞り、火を絶やさずに暖を取り合って生きている証だろう。
「こうして歩いてるだけで、色々と分かるね」
「山の山頂だもんな。 火がないと文字通り、命に係わるんだ」
「うん、それにほら、ここでも歩くとカンカン音がして楽しい」
「良く学んでいるようで宜しい。 まぁ村を眺めるのも良いが、まずは一番大事な事を済ます」
「一番だいじなこと?」
「ああ、宿の確保。 そして村長へのあいさつ。 旅の鉄則だ、覚えておきな」
「うん、分かった! 村長さんはどこにいるの?」
クラウスは指を指してリオリールに教えた。
広場の正面の、一際立派な建物。
村民が自由に使える多目的ホールを兼ねた、村長の家だ。
「アウディっていう奴だ。 堅物そうに見えて意外と気さくだから緊張しなくていいぜ」
その言葉を聞いて、リオリールは率先してドアの近くまで行くと、ノッカーである装飾を掴んでガンガンと叩いた。
「おい、リオ。 そんなに力をこめるなって」
「あはは、思ったよりも大きい音が出ちゃった」
カスカルがたしなめていると、扉の向こうからカチャリと鍵を外す音。
ギイィ、と重厚な音を立てて扉が開く。
暖かい風と独特な香りが頬を撫でる。
「こんにちは、アウディさん! 私、リオリール・フェルエクスです。 ユウバナ村から来ました!」
「どうも、同じくカスカル・フェルエクスです」
「トルテです」
扉から現れたのは意外にも、若い青年だった。
作業着の上に上質な厚手のコートを羽織り、眼鏡をかけている穏やかな顔つきだった。
頭には花冠に大きなケモノ耳と、村長らしく豪華な飾り付け。
「はは、元気が良いですね。 っと、おや?」
アウディは眼鏡の位置を直しながら、目の前の大男を見上げる。
次いでパッと表情を明るくした。
「クラウスじゃないか!」
「おう、半年ぶりくらいだな!」
親し気に肩を叩き合う二人。
どうやら堅物そうに見えて気さく、というクラウスの事前情報は本当だったらしい。
村長と呼ばれていたので、もっと年配の厳格な人物を想像していたリオリールは、少しだけ拍子抜けしつつも、その優し気な雰囲気に好感を抱いた。
「お二人は知り合いだったんですね」
「ああ、そうさ。 7年前、成人の儀の時に知り合ってから、友人関係を続けさせて貰ってるんだ」
クラウスがそう言うと、アウディはリオリール達に改めて向き直った。
子供たちが胸元から、あるいは首にかけている木札を見てなるほど、と頷く。
「成人の儀の旅をしているんだね」
「ああ、今回の成人の儀に挑むリオリール、カスカル、トルテだ」
紹介を受け、リオリール、トルテ、カスカルの三人は居住まいを正した。
そして、三人の頭に乗っている、手作りのけもみみを見て、彼は目を細めて微笑んだ。
特にトルテの森くらげを模した耳と尻尾は今までにない衝撃だ。
「ようこそ、ミミガーデン村へ。 歓迎するよ。 さぁ、中に入って暖を取ってください」
アウディは一歩下がり、講堂の中へと招き入れるように手を広げた。
アウディの言葉に甘え、リオリールたちは講堂の中へと足を踏み入れた。 中に入ると、外の寒風が嘘のように暖かい。
中央には巨大な暖炉が赤々と燃えており、その周りには数人の村人が談笑していた。
彼らもまた、頭の上にチョコンとけもみみをつけていて、それが何とも暖かい光景だった。
「おうおう、この寒い時期にお客さんなんて珍しい!」
「ほら、こっちに来て。 暖かいソラマメのスープを用意するよ!」
「カンカン山を登るのは大変だったろう」
「成人の儀か? どこだって、え? ユウバナ村から? なるほど!」
「いやぁ、大変だぞ、これから。 なんたって俺の時はな、もう22年も前だがよ」
「その話は何回目だよ、やめてくれ!」
冬季のミミガーデン村に訪れる人は珍しいのだろう。
あっという間にカスカル達は囲まれてしまい、話題の中心になってしまう。
過酷なカンカン山を越えた先に待っていたのは、奇妙な掟と、想像以上に温かい人々の営みだった。
「やれやれ、お前への挨拶は、少しだけ遅れそうだ」
「ははは、クラウス、良いんだよ。 なぁ、後で一杯やろう。 久しぶりに飲み交わしたい」
「ったく、酒好きめ。 ちゃんとミツフタ港からワインを仕入れてきてるよ」
「流石だ、君と友人で良かった」
「現金な奴」
子供たちが囲まれてる中で、クラウスとアウディはこっそりとじゃれ合った。
平和なひと時――かと思っていたが、外からの大きな声に一瞬だけ喧騒が鎮まる。
一体何が。
困惑の空気が流れ周囲が固まる中、誰よりも先に外へと飛び出したのは、村長であるアウディだった。
「アードラー!?」
「グアアァァッッ!」
その視線の先、講堂の中での時間ですっかりと夜になったミミガーデン村を照らす満月の光を背に旋回しているのは、紛れもなく一羽のアードラーだった。
「アードラーだ! モンスターだ!」
「撃ち落とせ! 弓を持って来い!」
村人の一人が石を投げようと振りかぶる。
ケモノたちもキュイキュイと騒ぎ出し、建物の奥では爪をむき出しにして吠えていた。
アウディも険しい顔で懐から護身用のナイフを取り出そうとした――その時だ。
「ダメ! 待って!」
鋭い声が響き、小柄な影がアウディの前に飛び出した。
トルテは両手を広げて村人たちを制止すると、空に向かって大きく手を振った。 ジャラジャラと旅人とは思えない装飾品が、大きな音を鳴らす。
「ドラ! 降りてきて!」
その声に呼応するように、アードラー――ドラは「グアァッ!」と一声鳴くと、攻撃の意思がないことを示すように翼を畳み、トルテの少し離れた地面へと着地した。
ザッ、と雪煙が舞う。
至近距離で見る巨大な猛禽類の迫力に、村人たちがどよめきと共に後ずさった。
「騒ぎを起こしてごめん、ドラは私の子なんです!」
ドラの傍まで走って、トルテは両手を広げて守る様に立つと叫んだ。
困惑に揺れる広場の真ん中、村に降り立った巨大なアードラーはじっとトルテの背中で動かない。
アウディは村人を代表してトルテの下までゆっくり近づき、尋ねる。
「君の子供?」
「は、はい……その、ユウバナ海岸で卵から孵って……えっと、その時親が死んでいて」
「そうか。 なるほど……ちょっとビックリしたが」
そう言ってアウディはドラを見上げるようにして目を細め、猛禽類の鋭い目と目が合う。
敵意が無いことを、ドラは丸まって小さくなることで示し、アウディはそっと手を伸ばしてドラの体に触れる。
首だけを少しだけ動かすが、特に拒否はされずにアウディが手を振れるのを許していた。
「そうか……危険はない、ってことで良いんだね」
「はい、約束します。 ドラ、良い。 ここの人を襲っちゃダメだからね」
「……みな、騒がせた。 大丈夫のようだ! このアードラーは、ケモノと一緒だ!」
アウディはトルテを信じてくれて、村人へ向かって声を張り上げてくれた。
トルテはホッと息を吐いてドラに歩み寄ろうとする。
普段なら、ドラは甘えるように身体を寄せたり、頭を伸ばしたりするはずである。
だが、今夜のドラは違った。
「グアッ! グアアッ!」
トルテが伸ばした手を避けるように飛び退き、鋭く鳴き声を上げる。
そして再び飛び上がると、村の奥――切り立った岩壁の方へ向かい、また戻ってくるという動作を繰り返した。
「何してるの?」
トルテが首を傾げた。
今までにない落ち着きのないドラの様子に眉根を顰めて。
「トルテちゃん!」
リオリールが駆け寄ってくる間も、ドラは同じ様に村の奥。 もっといえば山頂付近の村を一望できるような岩場に降り立ってはトルテの下に戻ってくることを繰り返していた。
「リオ、ドラがなんか……」
「うん、ちょっと変だね。 何かあそこにあるのかも?」
「それを伝えようとしているのかな?」
再びトルテの下に降り立ったドラを、トルテはギュっと首を捕まえて抑えた。
「グアァ」
「……ドラ、何か教えたいの?」
トルテはドラの様子を改めて観察し、勘違いではないと思った。
ただの挨拶じゃない。
何か、あの岩場の方で起きた事態を伝えようとしているのだ。
「アウディさん、あそこの岩場には何が?」
「あの下にはケモノの坑道があるはずだが……」
「行ってみよう。 アウディさんも、着いてこれますか?」
カスカルが旅装に戻し、銛を背中に持ってそう言った。
「分かった、数分くれ。 すぐに準備する」
そうして一行は、松明を掲げて、ドラの先導に従って村の裏手からケモノの採掘場へと向かった。
村の煌びやかな明かりが届かない、採掘区画のさらに奥。
ドラが着地したのは、岩盤の裂け目のような場所だった。 興奮した様子で、嘴で地面の一点をカンカンと激しく突いている。
「あ、あれは……」
松明を掲げてリオリールが山肌を照らすと、赤黒く染まった露出した鉱石が現れた。
「これは、いったい……」
顔を青褪めさせたアウディの震える声。
岩肌から露出しているのは、ミミガーデン村が誇る美しい緑色の鉱石――緑紋石の鉱脈だ。 だが、その表面に、赤黒い血管のような管がへばりついている。
まるで心臓のように脈打ちながら、その管は緑色の鉱石に根を張っていた。 人間の肌から薄く見える血管のように、上部へと何かの液体が昇っている。
アウディが腰を落とせば、鉱石の周りには灰色のクズとしか言えない石が落ちていた。
ドラが一際高く吠え、嘴をガツンと当てる。
その部分にクラウスとカスカルが岩肌を登り、松明の光を当てると、その正体が浮き彫りとなった。
「光っている……円形の……何かだ。 満月を模した、道具か?」
「これって……錬金術かも」
カスカルは直感的に、その道具が錬金術の調合道具なのではと感じた。
遅れて登ってきたリオリールとトルテが、悪意の塊を発見して。
カスカルの直感が正しいことを証明した。
リオリールが一歩踏み出し、その赤黒い管とそこにある道具を見つめれば。
まがりなりにも錬金術士のリオリールの直感が告げている。
誰かが意図的に作った、そして設置した錬金術の道具に違いなかった。
管が集まって送られてくる液体を、丸い急須のような形をした口からポタリと赤黒い雫を落としていたのだ。
「鉱石を……クズ石に変える道具……? なにこれ、ひどいよ!」
「……ドラ」
トルテがぽつりとつぶやいて、ドラは首先をようやく何時もの様にトルテの顔へと押し付けて甘えた。
ドラが見つけたのは、村の生命線である鉱脈を殺すために仕掛けられた、明確な悪意。
人知れず、見上げる悪魔の道具を見つめ、アウディはぐぅっと拳を握った。