リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
「足元に気をつけて。 ここからは少し狭くなる」
アウディの声を先頭に、リオリールたちは村の裏手に隠されていた古い井戸のような入り口から垂直に伸びる梯子を下りていた。
人間が一人通るのがやっとの狭い穴倉で湿った土の匂いと、どこからか吹き上げてくる温かい風が頬を撫でる。
梯子の冷たい感触を確かめながら、数分ほど下っただろうか。
急に視界が開け、リオリールの足が大地に触れた。
ちょっとした暗がりに来たことで、リオリールの腰にぶらさげた『光苔カンテラ』が周囲をパッと虹色に照らし始める。
「わ、わあぁ……」
「ここが、カンカン山の鉱石源……」
入口こそ土の暗い空間だったが、そこの狭い穴倉の先に広がっていたのは、信じがたいほど雄大な天然の空間だった。
見渡す限り、全てが緑色に輝いていて、カンテラの光すら必要が無い。
太陽光と鉱石そのものが光って輝いているから、むしろ眩しいくらいである。
壁も、床も、天井も。
この巨大な空洞を形成しているのは、ミミガーデン村を彩っていたあの美しい緑紋石の原石そのものだった。
巨大なドーム状の空間は、まるで巨人が山の中腹をスプーンでくり抜いたかのような自然が生み出したスタジアム。
重苦しい唸るような音も聞こえるが、歩くたびに跳ね返る甲高い足音が、大自然の合奏のように聞こえてきた。
「見て、天井……」
トルテが震える指で頭上を指さす。
遥か高い天井を覆う緑紋石は、氷のように薄く、半透明に透き通っていた。
その向こう側に、白く積もった雪の層が見える。
時折、黒い影がポツポツと動くのが見えた。
地上の光を浴びて浮かび上がるそれは、ミミガーデン村を歩く人々の足跡だ。
太陽の光が雪と鉱石のフィルターを通して淡く降り注ぎ、地下空間全体を神々しい翡翠色の薄明りで満たしている。
「明るい……それに、暖かいな」
カスカルが周囲を見渡して呟いた。
その熱源は、視線を下げた先にあった。
広大な空間の端、切り立った岩盤の裂け目から、ドロリと重く流れる紅蓮の光が見えたのだ。
「マグマ……?」
「ああ、この山の血脈さ」
振動を通じてなのか、微かに重い音を鳴らしながら赤い模様が落ちていくかのように崖下へと下っていく。 透き通った緑色の鉱石と静かに流れる赤色のマグマ。
二つの輝きが混ざって、黄色の柔らかい光となって空間を染めていた。
まるで幻想の中のスタジアム。
これがケモノが住処として選んだ場所。
「こんな……場所があるんだ」
「素敵」
カンカンとリオリールとトルテの足音を響かせながら進めば、少し先を歩くアウディが振り向いた。
「こっちだ。 紹介するよ」
促されてアウディの隣を通り抜けると、少し開けた先に一匹のケモノが堂々たる姿で座って居た。
ドーム状の空間に、まるで表彰台のような凹凸ができており、そこの中心には金銀に彩られた玉座のようなものが誂えられていたのだ。
「ケモノの女王、キューピーだ」
「キューピー……それが名前ですか?」
「ああ、彼女を助けた時、咄嗟に名付けて……それからキューピーになっちゃったんだ」
数匹のケモノを歩哨のように立たせ、その中心で待っているケモノの女王はアウディが近づくと尻尾をぶるるんと振り始めた。
奥の方では、数匹のケモノが俊敏な動きで垂直に近い壁を駆け上り、天井近くの突起から身軽に飛び降りている。
硬い鉱石の床に、彼らの鋭く丈夫な爪が当たるたび、澄んだ音が楽器のように鳴り響いていた。
「さて、キューピー。 4日ぶりくらいか。 今日はお客さんを通すけど、構わないね?」
手を差し伸べるとキューピーは待っていたとばかりにアウディの腕から背中を駆けのぼり、ぐるりと回って顔へと寄せ合った。
三人は、少し戸惑いながらも愛らしい名前の女王へ深く頭を下げた。
キューピーはアウディの頬に鼻先をこすりつけていた動作を止め、つぶらな瞳を細めてキュイッと短く鳴いた。
どうやら歓迎してくれているらしい。
本来なら獰猛なモンスターであるはずのケモノが、こうして人間と意思を通わせている。 その光景は、ミミガーデン村の特色を強く表している様だった。
「んじゃ、女王様の許可も得たし、さっそく用事を済ますとしようぜ」
クラウスが本来の目的、侵食の度合いを調べるように促すと、全員がお互いの顔を見合わせて頷く。
天井や壁面を見回しながら、アウディへと尋ねた。
「なぁ、場所の見当はついてるか?」
「ああ、表の採掘場の真下は向こうの方だ」
アウディの肩からひらりと飛び降りたキューピーが、トトトッと軽快な足音を立てて先頭に立ったのだ。
彼女は振り返り、こっちだと言わんばかりに尻尾を振る。
どうやら女王も事態を正確に把握しているらしい。
「向こうのようだ、行こう」
キューピーの先導に従って歩けば、ほどなく開けた空間から細い通路──クラウスは中腰にならないと通れない──その奥に向かう途中のT字の路で、キューピーは立ち止まっていた。
「ここか……」
「おい、アウディ、俺にも見せろ」
そうして一人ずつ確認をするたび、息を飲むような嘆息が盛れる。
縦に深く伸びる亀裂痕。
美しい緑色の輝きを汚すように、どす黒いクズとなった石が一本の亀裂のように走っていた。
「3~4メートル、ってところか」
クラウスが指を目印に目測でだいたいの値を出す。 それはある程度信頼できる数値だろう。
地下から確認すれば、被害の深刻さが浮き彫りになる。
天井の岩盤からは、今も滴り落ちる満月の急須の黒い液体に侵された証拠のように、地面にクズ石が混じって散らばっていた。
「見たところ、あの管は地表の表面にだけしか無いようだ。 そこは安心した」
この鉱石の芯とも言うべき場所には、管が這っていなかった。
唯一の慰めと言えるだろう。
ビチャっとこの空間では聞き慣れない音が響いた。
またひと雫、垂れてきたようである。
黒の亀裂が肉眼では殆ど確認できないくらい、僅かに動いたのをリオリールは見過ごさなかった。 リオリールは、スウっと垂れた場所から視線をずっと下げて。
「……アウディさん、もっと下の方って行けるんですか?」
「道はある。 文字通りケモノ道だから通れるか分からないが、行く必要があるのか?」
リオリールは座りこんだままアウディに向き直って、透き通った足下を指すと、マグマの道が通っていた。
「あそこに到達した時って、マグマが出ちゃったりとか……」
「……キューピー……あそこには行けるかい?」
女王の案内で再び地下へと潜っていく。
だんだんと太陽光が射さない場所にまで下っていくと、クラウスが言った。
「俺はこれ以上、進めないな」
「ああ、俺もだ」
大人の男たちが、なんとか身体を捻じ込もうとしているが幅が足りないようで、腰や肩で突っかかっていた。
クラウスもアウディも、180cmを越す大柄な体格だ。
無理に進むことを素直に諦め、クラウスはカスカルへ向けて声をあげた。
「アウディ、素直に任せよう。 カスカル! 頼んで良いか!」
「ああ、何とか入れるから、行ってくるよ」
「キューピー、子供たちを頼む」
「キュイ!」
先頭を最も小柄なトルテに任し、リオリールはその後ろを。
最後にカスカルが幅を確認しながら鉱石の突起や縁を掴んで追いかける。
特にカスカルは身体を半身にすることで、ようやく通り抜けられるくらいのギリギリの幅だ。
ケモノの掘り進めた複雑な地形は、縦と横に縦横無尽に広がる迷路のようである。
女王のキューピーを守る様に、数匹のケモノが先を行っているようで、その後ろをリオリールたちが必死についていく。 リオリールはゴチ、ドカ、と鈍い音をたて、トレードマークのヘアバンドの上のブリ人形が、ブルンブルンと揺れていた。
「あいた……うぅ、頭も気を付けないと、コブができちゃうよぉ」
「服とかも突起に引っかけると破れちゃう。 くらげの尻尾が……」
トルテの尻尾は尾が別れているせいであちこちに引っかかって半分切れているものもあった。
坑道は極端に狭い場所もあり、布を当てないと擦り傷だらけになってしまいそうだ。
リオリールは狭くなった場所になると、胸が引っかかってんぐぅ、とうめき声が勝手に漏れてしまう。
自分で胸を手で歪ませて、無理やり擦り抜ける。
「ふぅ……ふぅ、リオ、大丈夫?」
「ちょっと引っかかる事もあるけど、ん、大丈夫……はぁ」
先頭を行くトルテはスルスルと余裕で抜けていくのを羨ましく思いながら、リオリールはグングンと穴を通って下山していった。
やがて言葉は少なくなり、暗闇が深くなる。
縦穴を通る時は特に体力を消耗し、喋る余裕を三人から奪っていく。
虹色のカンテラに照らされ、小一時間も穴を潜った頃だろうか。
ケモノになったみたいだね、とリオリールが軽口を叩こうとした瞬間だった。
カァ──ーン!!
突如、耳鳴りがするほどの大きな金属音が響き渡ったのだ。 閉鎖空間での反響音は凄まじく、鼓膜を直接叩かれたような衝撃が走る。
「うわっ!?」
「きゃっ!」
三人が驚いて思わず耳を塞いだ。
音の出どころは少し先の空間だった。
ケモノの女王が居る王城には及ばないが、天然のスタジアムより規模が小さい物の、人間が建って歩き回れるくらいの広さがあった。
「ぷはぁ! やっと解放されたぁ! 広いのってこんなに開放感があるんだぁ~!」
「っ、かなり、きつかったな」
「かなり下山してきたけど、ここは……」
虹色の光に照らされたその場所には、数匹のケモノが鉱石を削っていた。
恐らく、採掘を任されている子たちなのだろう。
時折鋭い爪を突き立て、カンっと甲高い音を立てている。
肝心のマグマの通り道は、この空間の下の方であった。
「透明で、真下だから良く分からないけど、かなり深いみたいだな……」
カスカルは真下に見える赤い帯を見つめて屈みこんだ。
ふと、真横から流れる冷たい風に気付いて視線をそちらに向けると、密閉されていたと思われた鉱石の空間には穴が空いていた。
空気を確保する穴だろうか。
ヒュウっという風の音と共に、何かが漏れ聞こえてきた。
「ヒィ~……」
やや上ずった妙な声のように聞こえる。
穴は外と繋がっているようで、カスカルはさらに奥を覗けば視界を真っ白でモコモコな妙な物体に遮られてしまう。
一瞬、毛皮にも見えず何かの泡かと思ってカスカルが手を伸ばせば、瞬間的に手の甲に熱い痛みが走った。
「いっ、て、なんだ!? 何かいる!」
身を引いたカスカルの足元──股の間を──を、白い何かがシュンと通りすぎていく。
カスカルが慌てて振り向いた時には、ガリガリと何かがぶつかり合う音を残して、青と白の残像だけしか見えなかった。
「ケモノさん!」
「なに!?」
リオリールやトルテの声は困惑に染まっており、同時にカスカルはケモノ達が応戦したことを知る。
「リオ、トルテ! 壁際まで下がってろ!」
カスカルは銛を構えると、周囲を見回す……が。
硬質な爪と爪がぶつかり合い、暗い坑道に火花が散る光を残して、前後左右から獣同士の鳴き声が聞こえるだけで姿を捉えることができない。
近くの壁面から鉱石の削れた破片が飛び散り、天井でぶつかり合った音がカァンと響いたと思えば、次の瞬間には地面が爆ぜて青と白の線だけが残った。
弾け飛んだ小さな鉱石の粒が、運悪くトルテのおでこに直撃した。
トルテが涙目で額を押さえて蹲る。
「こ、こいつら速すぎるぞ……こんな狭い場所だと、目が追い付かない」
下手に銛を突き出せば、味方であるケモノを傷つけかねない。
カスカルは歯噛みしながら、少しでも戦況全体を見渡そうと、リオリールやトルテが縮こまっている壁際へと後退した。
背中を預けたその壁こそが、先ほど白い物体が飛び出してきた穴のある場所だった。
「お兄ちゃん、何か聞こえるよ!」
「リオ、後にしろ!」
「違うよ! 人の声が聞こえるの!」
驚いたカスカルが耳を澄ますと、殺伐とした戦闘音を切り裂くように間の抜けた情けない女性の声が、穴の奥から響いてきている。
少し音が籠っていて聞き取りずらいが、確かにリオリールの言うように声が聞こえた。
『ふぇえーん、ポポぉ、なにしてるのぉ~~、戻ってきてぇ~~~』
「アウ!」
暴れまわっていた白い影がピタリと動きを止める。
そしてケモノたちの追撃をひらりと躱すと、凄まじい速度でカスカルたちの目の前。
つまり穴の前に立つカスカルの足元に舞い戻った。
穴の入り口を塞ぐように仁王立ちするその正体。
それは、真っ白でフワフワな毛並みを持つ、愛らしい小型犬──ポメラニアンだった。
「い、犬? おい、外にいるアンタ! 飼い主なのか!?」
「わぁぁ! 人ですぅ! 良かったぁ! 助けてくださぁぁ~~~い!」
「はぁ!?」
カスカルは思いもよらない言葉に、思わず持っている銛を取り落としそうになったのである。
「ヒぃン……ポポぉ、もうだめぇ……お腹すいたよぉ……」
リオリールたちは一旦引き返し、狭い通路で待機していたアウディとクラウスに事情を説明すれば、遭難者の発見ということで、すぐにクラウスが三つ牛で救助に出かけることになった。
ちょっと愚痴も零していたので、救助者はクラウスにこっぴどく叱られる事になるだろう。
「お兄ちゃん、怪我は大丈夫そう?」
「ああ、浅く引っかかれただけだから。 でも……」
何も出来なかったな。
カスカルは口を閉じて、ケモノとポメラニアンの底知れぬ強さに一人、悔しさを滲ませていた。
「あうぅ、暖かいよぉ……生き返りましたぁ、皆さんありがとうございますぅ~」
「言いたい事はたくさんあるが、生きてて何よりだ」
ミミガーデン村の講堂。
暖炉の前には、分厚い毛布にくるまり、ガタガタと震えながら温かいスープを啜る女性。
その足元には、ポメラニアンと橙色のシマリスが彼女の周囲に纏わりついて、忙しなくこの講堂を見回している。 まるで護衛の騎士といった感じである。
「カンカン山を徒歩で、しかも冬に登るのは自殺行為だよ?」
「いや、それはもう散々言った」
アウディがそんな彼女に声を掛け、クラウスが即座に止める。
わんわんと泣いた女性を宥めるのに苦労をしたので、また泣きだされてはたまらない、という顔をして。
「うぅ、ごめんなさいぃ。 あんな断崖だったなんて、知らなかったんですぅ」
「……今後はやらないように」
彼女は鮮やかな青髪は片目が完全に隠れるほど。
眼鏡の奥で自信なさげな瞳が潤んでおり、俯いて謝られると、アウディも思わず言葉を続けられず頬を掻いて誤魔化した。
服はあちこち破れており、帽子に至っては穴まで開いている。
なによりとっても巨大な二つの柔らかな女性の象徴が、目に眩しい。
「……落ち着いたら、改めて話をさせてもらうよ。 その前に、これを」
アウディが取り出したのは、掟を知らない人の為に用意してあるお客様用のたぬき耳であった。
「はいぃ……あのー、これは? よく見れば、皆さんも耳をつけていますね……」
「うちの村のルールでね。 獣の耳をつけてもらう事になっているんだ」
「そ、それはそれは……エキゾチックな風習? ですね……すみません、貸して戴いて」
曇った眼鏡を押し上げながら、たぬき耳のヘアバンドを装着すると、思い出すように彼女は言った。
「あ、申し遅れました……あの、私、ソラリス・ソラミアと言います。 えっと大陸からアカデミーの入学試験に来てまして──」
「アカデミー?」
「大陸から来た? もしかして錬金術士?」
「ハッ!」
リオリールは驚きながら、続くトルテの質問を聞いて肩を跳ね上げた。
不審な行動に、思わずトルテもリオリールへと向き直り、首を傾げる。
すると、突然リオリールはトルテの背後に回ってぎゅっと抱き着いた。
「……なに?」
「トルテちゃん、ダメだよ。 爆殺したら」
「ば、爆殺!?」
ソラリスは不穏な単語に慄いた。
「ん。 大丈夫。 まだ」
「まだ!?」
続くトルテの言葉に、不穏な空気は増した。
ソラリスの気弱そうな顔が歪んで、指が震えたのか。
スープを持っている皿を取り落とし、ごめんなさい、と騒ぎ始める。
ソラリスは今年で27歳になるとクラウスは聴いていたが、年齢相応の落ち着きどころか子供たちよりも挙動が不審だ。
あちこちで困惑し、周囲を見回し、小さくなって、動揺する。
まぁ、流石に今の会話は酷い流れだったが。
クラウスはリオリールたちに指を立て黙らせると、ソラリスに向き直った。
「ったく、話の腰を折るなって。 それで、ソラリスさんはアカデミー試験を受ける為に大陸から来たんだな。 錬金術士になるためか?」
「は、はい! 私は錬金術士になるために、試験を受けに来ました。 実はもう後がなくて……実家からは結婚をしろと迫られ、この子たちも小柄なのに良く食べるから生活費もギリギリでぇ……」
目の前に居るシマリスを抱きながら、はぁ~~っと深いため息を零す。
試験の加点になる、それが試験要項に記載された旨を見て、少しでも実技点を稼ごうと認定証を求めていた事。
質の良い鉱石は、ソラリスにとって求めていた素材の一つであることをきっかけに、カンカン山を目指した、という事だった。
「でも途中から登る道もなくなっちゃうし、寒いし、錬金術が出来るほどの場所もなくて、散々でしたぁ、ふえぇん」
ポロポロと涙をこぼし、足元のポポに手を甘噛みされている……と思いきや、ポメラニアンはガッツリと口を開けて鋭い牙を突き刺した。
「きゃあっ、痛ぁぁい~~~」
「うわ、噛んだぞ!」
「だ、大丈夫か」
「だ、大丈夫ですぅ! ふええ、お腹が空くとこの子たち、噛むんですぅ!」
確かに、ポメラニアンだけでなく、シマリスもソラリスの肩の辺りをカジカジと噛んでいる。 慌ててリオリールがテーブルの上からパンを取り出すが、ソラリスが手を挙げて止めた。
「あ、あの、この子達、錬金術のお菓子しか食べないの。 だから、ありがたいんですけど、少し待っててくださぁい……アゥ! 痛いって~、ちょっと待ってぇ~~」
リオリールとトルテは顔を見合わせた。
錬金術で作るお菓子なら、この講堂の奥にある大きな鉄の鍋を使えば作れるが……ソラリスは自分の荷物の中でも最も大きい、タルのような形状が三つ連なっている物へとノロノロ近寄って行った。
大型のナップサックかと思っていたが、どうやら違う様だ。
いくつか細かい手順があるようで、カチャカチャと大きなタルについてるレバーやボタン、ベルトを弄ると。
「少しだけ、周りの物をどかしますね。 ごめんなさいぃ」
「あ、ああ。 手伝うぜ。 ところで、何をするつもりか聞いて良いか?」
「あ、錬金術でお菓子を用意するんですぅ。 機材を広げるので、ご迷惑をおかけしてしまいますがぁ」
ソラリスはアウディやクラウスに手伝ってもらい、道具を広げるといよいよ彼女がやりたかったことが分かってくる。
「ねぇねぇ、トルテちゃん。 あれってもしかしてさ」
「新式……かも」
「やっぱりそうだよね!」
「あれが、新式錬金術の機材……」
「あ、これは『ミックスフィールド』っていう外でも出来る機材でしてぇ……あ痛ぁー! 噛まないでぇ!」
時折ソラリスはポメラニアンとシマリスに催促されているようで、ガブガブと噛まれては痛いよ~と泣き言上げて、説明もそこそこにお菓子作りを始めてしまった。
どうやら一番大きなタルは左右に開く構造になっているようで、中は座れるように台がついている。 ソラリスはそこに座り込むと、三つの小さなタルを展開した。
かなり複雑な機構をしており、アームも幾つも伸びている。
もともとがコンパクトに収納されていると言っても、中身は明らかに容量以上に入っている事から、器材そのものが空間を広げている『コンテナ』の理論を応用して作られているのだろう。
まるで大道芸を見つめるお客のように、リオリールもトルテも新式錬金術の実践に夢中になってしまう。
ソラリスは懐から幾つかの素材を手早くタルの一つに入れると、何かのボタンとレバーをさっと引いて、錬金溶液を筒の中に入れていく。
更にハチミツのような液体、砂糖と思われる粉をソラリスの足元近くの容器に入れ蓋を締めると、ボタンを一つパチっと押していく。
最後にソラリスが胸のポケットから折り畳み式だったのだろう、棒を瞬く間に杖に変えて、彼女の目の前にある丸形の鍋の蓋を開ける。
棒をくるくると回すと、ボフンと空気が爆ぜる音。
水蒸気だろうか。 ブシュウウゥ、と煙が室内を満たして薄く広がって換気窓に吸い込まれていった。
そこから出る匂いは、とても甘かった。
「で、出来ましたぁ。 ほら、これご飯だから~~」
真ん中の丸い容器の中から現れたのは、湯気を上げて出来たてを示すクッキーである。
ソラリスの身体を駆けあがって、お菓子に群がる小動物を尻目に、彼女は酷い目にあいましたぁ、と瞼を指で擦っていた。
「なに……これ」
「すごい……」
ミックスフィールドという機材を展開するのに6分ほど。
お菓子作りは僅か2分ほど。
ソラリス自身の手際もそうだが、あまりの完成速度にリオリールはおろか、トルテも大きな衝撃を受けていた。
「なぁ、一つ貰って良いか」
「え、あ、はい。 どうぞ。 作りたてで熱いので、火傷しない様にしてください~」
「あ、ああ」
カスカルはこれでも、リオリールとトルテの錬金術を一番間近に見てきた人間である。
妹たちよりかは断然マシだが、それでもソラリスの錬金術は衝撃的なものであった。
だから、このお菓子に興味を持ったのだが。
「う、うまい……! うまいぞ、これ!」
「お兄ちゃん、私にもちょうだい!」
「私も……」
「お口にあったようで嬉しいです~……お菓子作りだけは、この子たちの『せい』で一番上達しちゃったんですよねぇ……」
複雑そうな顔で落胆しながら、ソラリスはクッキーをそっとポメラニアンの口元に寄せたのであった。