リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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08. カンカン山に響く音 4

 

 

 普段は客間として使われているその部屋には、簡素だが清潔な三つのベッドが並んでいた。

 出入り口の扉は二つ。一つは講堂のホールへ、もう一つは裏庭へと繋がっている。

 部屋を照らすのは、枕元に置かれた小さなカンテラの心もとない明かりだけだ。

 

 その一番奥のベッドで、トルテは目を瞑ることなく、冷たい窓ガラス越しに山頂の景色を眺めていた。

 視線の先、裏庭に生えている低木の傍で、ドラが小さく丸まって眠っている姿見える。

 

 ──成すべきことを、成せ

 

 おとーさんであるレッドマンからの手紙に書いてあったことは、使命を指している。

 

 成人の儀の完遂。

 そして、世界征服の為の錬金術士の爆殺。

 

 もし、今すぐにソラリスを殺したらどうなるだろうか。

 ひとりぼっちにはならない。

 ドラがいるから。

 でも、きっとドラもトルテも殺されてしまうだろう。

 

 今は、とても考えられない事だ。 殺害すること、爆殺すること、だけではなくそんな覚悟が決まらない。 だから、考えられない事は後回しにする。

 

 アカデミー97期、冬季特別試験……その候補生であるソラリス・ソラミアと出会ったことにトルテの思考は移っていった。

 

 窓から視線を外し、天井の木目を見つめて。

 

『新式錬金術』と『ミックスフィールド』

 

 トルテはソラリスへの質問と、自身の考察を頭の中で反芻する。 あの大きな一つのタルと三つのタルが連結した奇妙な装置。

 中央の大きなタルは、旧式錬金術でいうところの錬金釜だ。 だが、その中身は全く異なる。

 

 ミックスフィールドは、あらかじめ登録されたレシピに従って、半自動的に調合を行う装置だと思えた。

 登録外の成果を出すには、無数にある繊細な調整弁……ダイヤルやツマミを完璧に弄る必要があるのだろう。 或いは同じ調合でも、調整を細かく変化させるだけで、効果や特性すら変える事が出来るのかもしれない。

 

 後は素材をポンっと入れるだけで、終わり……のように見えてしまった。

 実際に学ばなくては苦労は分からないが、見ているだけだと簡単に思える。

 

 

 通常、リオリールやトルテが行う調合は、すり鉢で砕き、鍋で煮込み、ヘラで捏ね、素材の成分と効果を丁寧に練り分ける工程が必要だ。

 だけど、それらを自動でミックスフィールドは完了してしまう。

 動力源は熱と液体と圧力。 ソラリスはそう言っていたが、蒸気圧の仕組みとパワーをよく知らないトルテは、この事はよく分からなかった。

 

(速くて、正確すぎる……)

 

 長い年月をかけて指先に覚え込ませる感覚やコツといったものが、あの機械の前では無意味化してしまう。

 値段は1000万コールだと言っていた。

 目の玉が飛び出るような金額だが、その性能は確かに革命的だ。

 あれは、錬金術士の腕前を素材との対話から、機材の調整へと強制的に移行させる代物。

 

 道具によってどのような調整を加えるかで、完成品の性能すら変化させる機構。

 あまりに手軽で、合理的で、そして冷徹なまでの効率化。

 

 錬金術士としての在り方を根底から揺さぶられるような不安が、トルテの胸に重くのしかかっていた。

 

 

 

 

 

 そんなトルテの横でリオリールもまた、むくりと上半身を起こしていた。

 毛布の衣擦れの音が静寂に響く。

 彼女もまた、隣で小さく丸まっているトルテと同じように、眠れない夜を過ごしていたのだ。

 

 リオリールはベッドから降りると、部屋の隅に備え付けられている簡素な椅子と机に向かった。 卓上に置かれていた木彫りの工芸品を、何となく手に取って転がす。

 月明かりの下、古びた木の手触りを確かめるように手の中でくるくると回しながら、リオリールは溜息をついた。

 

 眠れない理由は、やはりソラリスのことだ。

 

(あんなに凄い人が、10年も試験に落ち続けてるなんて……)

 

 ソラリスは極度の緊張しいで、実技試験で毎回ドジをやらかすと言っていた。

 リオリールはその言葉を素直に信じたが、それ以上にあれほどの手際と知識を持つ人が結果を出せないという事実の方が、よほど怖かった。

 

 かつてトルテと一緒に挑戦したチーズケーキ作りを思い出していた。

 レシピ本を片手に、二人で粉まみれになりながら何時間も、いや、何十時間もかけて試行錯誤したもの。

 帰還祭以来、ヘーゲに何度か試食してもらった時の、あの微妙な顔。

 ……努力は認めると言われたけれど、美味しいとリオリールもトルテも一度も言われなかった。

 

 だというのに、ソラリスはあの不思議な機械を使って、わずか数分。  あっという間に、誰もが絶賛する美味しいクッキーを作り上げてしまった。

 

(あんな魔法みたいなことができる人が、アカデミーには入れないなんて……)

 

「うむぅ……」

 

 リオリールは机に突っ伏し、何か大きな筒を縦に持っている木彫りの人形と睨めっこをした。 ここ最近はついてきていた錬金術の自信が、一気に瓦解してしまったような感覚だ。

 

「……リオ」

「あ、トルテちゃん……起こしちゃった?」

「ううん、起きてた。 ……リオも、新式錬金術のことを考えてた?」

「え? うーん、どっちかっていうと、ソラリスさんの事の方が気になったかなぁ」

 

 リオリールの隣にある椅子を引いてトルテは腰かけ、すっかり眠る気分でもなくなった二人は、カンテラの淡い光の中で自然と話し込むことになった。

 

「リオは……あの新式錬金術、ミックスフィールドという機材を見て、どう思った?」

 

 トルテがどこか探るような、不安げな声色で問いかける。

 リオリールは木彫りの人形を置き、腕組みをして天井を見上げた。

 

 どう思ったか。

 

 1分ほど、うーん、うーん、と首を左右に傾げてから素直な感想を口にした。

 

「凄いよね。 錬金術の可能性がたくさん詰まってる、すごい機材だと思ったかな?」

 

 あまりにあっけらかんとした答えに、トルテは拍子抜けしたように瞬きをした。

 

「え? ……それだけ? リオは怖いとか、悔しいとか、今までの自分たちの釜の錬金術が否定されたとか……そういうことは思わないの?」

「え? 別に? だって、私に出来るのは釜を回す事だけだもん。 あんなの構造も理屈も分からないよ」

 

 単刀直入にさっぱりさっぱり、と宣言するリオリール。

 そのあまりに単純で開き直ったような言葉に、トルテの中に渦巻いていた毒気のような不安が、スゥッと抜けていくのを感じた。

 

「錬金術に重要なのって、やり方じゃないと思うんだ」

 

 リオリールは再び人形を手に取り、筒の部分を何となく指でなぞって。

 

「そりゃあ、良いなって思ったり羨んだりすることはあると思うよ。 でも、大事なのは私が自分に出来ることで『立派な錬金術士』になることだから……今は知らなくても、別に恥ずかしくないよ」

「……そう、だね」

 

 トルテは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。

 確かにそうだ。

 自分は何を焦っていたのだろう。

 道具に使われることや、技術の差に怯えて、本来の目的を見失いそうになっていた自分に気付く。

 

 トルテは自分の未熟さを振り払うように、ブンブンと首を振った。

 

「トルテちゃん、どうしたの? ドラの真似?」

「うるさい」

「えぇ、ひどいよ」

 

 リオリールの軽口に、トルテは少しだけ口元を緩めた。

 

「でも、リオ。 新式錬金術は凄いよね」

「うん、それは凄くそう思う。 ていうか、あれだけちゃんと出来るソラリスさんが落ちる試験の方が私は怖いよぉ」

「ああ、リオの悩みってそれ……」

「いや、普通に怖いと思うんだけど……なんでトルテちゃんは自信あるの?」

「合格するし」

「……」

 

 何も言えなくなったリオリールが見上げてくる。

 トルテは苦笑して、自分達もちゃんと錬金術士だから、と元気づけた。

 

 そして、一拍を置いてから続けた。

 

「……新式錬金術、私は少しちゃんと向き合おうと思ってる。 もちろん、すぐにではないけど」

 

 旧式の錬金術も、新式の錬金術も、十全に極めることには変わりない。

 道具が進化するなら、学べば良いだけの事だ。

 

 だって、自分は──

 

「私は『最高の錬金術士』になるんだから」

 

 あの大嵐の日、リオリールと一緒に宣言した初心を繰り返す。

 リオリールは立派な。 トルテは最高の。

 

 錬金術士になるために。

 

「うん! 頑張ろうね、トルテちゃん」

「頑張ろう」

「でもね、私も深刻な悩みがないわけじゃないんだよ」

「リオが? 珍しいね」

「本気のことなの。 色々あって忘れてたけど、大事なんだよ? 聞いて、トルテちゃん」

「あ、うん……」

 

 トルテは居住まいを正し、リオリールへと向き合った。

 いつになく、調合をしている時より真面目な顔をしていたから。 何を悩んでいるのだろうか。 凄く深刻な顔で、何度も顔を上下させ……ブリ人形が震えた。

 たっぷりと時間をかけ、リオリールはついに口を開いた。

 

「カンカン山には、わかめがないんだよ、トルテちゃん」

「わかめ……」

 

 トルテは思った。 確かに、山にはわかめは無い、海藻だから。 リオリールはユウバナ村に居る時は、毎日欠かさずわかめを食べていた事は知っている。

 記憶の限り、食卓にわかめの料理が並ばない日は無かったと思う。

 そこまで真剣に考えてから、顔を上げてリオリールを見た。

 

 彼女は眉根を顰め、悔しそうにこぼした。

 

「わかめが食べられないなんて、耐えられないよ」

「……そう」

 

 トルテは頷いてあげた。 多分、リオリールにとってはトルテの新式錬金術と同じくらいの悩みなのだろう、と察せたからだ。

 猫さんポーチから、トルテはスッ、と取り出した。

 

「スルメなら、ある」

「わかめが食べたい」

 

 二人はしばらくの間テーブルの上の木彫り細工をいじりながら、未来の話やアカデミーのこと、大陸から来た候補生。 そして成人の儀の旅とわかめ……そして何となく触っていた工芸品の裏に、フラーラと文字が打たれているのに気付いたことなど。

 

 窓の外では風が少し吹いているのか、窓がカタカタと音を鳴らして。

 

「あぁ……リオ、いい加減そろそろ寝ないと明日に響いちゃう」

「あ、そうだね。 ちょっと寝ておかないと、寝不足で怒られちゃいそう」

 

 二人は顔を見合わせて小さく笑うと、それぞれのベッドへと潜り込んだ。

 

 今度は、すぐに眠れそうな気がし、実際に瞼を閉じれば程なくして少女二人の寝息が室内に響くことになった。

 

 

 

 

 

 

 ──―そうして眠ったリオリールとトルテの横。 講堂側の端のベッドに包まっていた影が動く。

 カスカルは話し合っている二人の声を、最初から最後まで聞いてしまっていた。

 最初は無視して寝ようとしたのだが、話を聞いている内に完全に目が覚めてしまったのである。

 

 少女たちの話し声が止み、やがて規則正しい寝息が聞こえ始めたのを確認してから、カスカルは二人を起こさないように、そっとベッドを抜け出した。

 講堂のホールへと続く扉を音もなく開け、静まり返った広場へと出る。

 暖炉の火は落ちて、熾火がチロチロと赤い光を放つだけの薄暗い空間。

 カスカルは流し台へと向かい、用意されていた桶の水を手ですくうとバシャリと顔に浴びせた。

 

「……ふぅ」

 

 冷たい水が、思考の熱を冷ましていく。

 錬金術士として、それぞれの悩みと向き合い、道を突き進もうとしているリオリールとトルテ。

 そんな二人の姿を見ていて、カスカルはふと、自分の「夢」が無いことを思い出してしまったのだ。

 

 一番身近だったのは、父ウータスと同じく漁師になること。

 錬金術士の助手をイッチから勧められた。

 アムースコ村長からユウバナ畑のお手伝いをした時に農はどうかと問われ、エルオネの保護者としてムーエン夫婦との話の中、商才もありそうだと認められた。

 林業を営むイモールさんからは斧の扱いや伐採のセンスを褒められ、ミルミスと共にロモイ婆さんに教わった裁縫は、今やボタン付けもお手の物だ。

 ナハトバッハからは遺跡調査の面白さを教わり、ヘーゲ兄さんからは大工職人の弟子の真似事を褒められ、料理も今ではそこそこの腕前だと母に認められている。

 

 そしてクラウスからは、牧夫に誘われて三つ牛の操縦を褒められた。

 

(俺は……何にでもなれるし、何にもなれないのかも知れない)

 

 カスカルは、器用になんでも出来てしまった。 少なくとも誰からもそう言われるからきっと事実だ。 生来からの恵まれた才能と言えるだろう。

 何でも中途半端に出来てしまうからこそ、一つに絞る強烈な動機が見つからず分からなくなったとも言える。

 

 不安があるわけじゃない。

 いや、不安があったのは過去だ。

 父が刻んでくれた自分の『シンボル』が、背中を押して不安や迷いをやわらげてくれる。

 

 実際に何を選ぶのかなんて、重要な事では無いのだ。  

 どんな職業を選んでも、自分がシンボルに込めた意味──『強い男』として自立できればいい。

 誰かを守り、誰かの役に立ち、自分の足で立つ。

 それさえできれば、職業なんてただの手段でしかない。

 

「でも、分からない……何かに熱く情熱を傾けるのって、どうすれば出来るんだ?」

 

 目標や夢が無い事は、少しだけ心に引っかかりを残す。 明確な「頂」を目指すリオリールたちが、少しだけ眩しく見えるのは事実だ。

 カスカルは再び水をすくい、何度も顔を洗った。

 そして備え付けの粗い布で、ゴシゴシと乱暴に顔を拭く。

 

 ふと顔を上げて、壁に掛かった小さな鏡に映る自分の姿を眺めた。

 そこには、ただ水に濡れただけの、何者でもない自分の顔があった。

 カスカルはため息をつき、近くの壁際の椅子に腰を下ろした。

 ぼんやりと、高い天井を見上げると、アウディの部屋から微かに声が漏れ聞こえてきた。

 

「……結局、心の整理が大事だって事は分かってる」

「ああ、そうだな」

 

 アウディと、クラウスの声だ。 二人で酒を飲んでいるのだろうか。

 その声は穏やかだが、どこか深い響きを持っていた。

 

(心の、整理……か)

 

 その言葉が、今のカスカルの胸にストンと落ちた。

 なんだか自分に必要な事のような気がして。

 カスカルはそのまま天井を見上げたまま、壁の角に体重を預ける。

 

 低い大人たちの声を背に、ぼんやりと体重を壁に掛けたままカスカルの目はやがてゆっくりと落ちて瞑られた──

 

 

 

 

 

 ──カラリ、と氷が解けてグラスの中のワインが僅かに揺れた。

 アウディ・クラウドメイデスはそのままコップの中をじっと見つめ思考に耽っている。

 かなり呑んでいるのか。

 クラウスやアウディの顔は赤く、窓枠にあるカウンターに座りながら、ミミガーデン村の中央広場を見つめている。

 

「あの広場の巨大な焚火。 あれを最初に作ったのを、まだ覚えてる」

 

 クラウスはグラスを傾けて喉を潤しながらそう言った。

 中央広場の真ん中には、24時間絶えず巨大な火が立ち上る大型のキャンプファイヤーの施設だ。

 ゴウゴウ、パチパチという静かな夜を彩る音が、風に揺られてさまざまな形に変わっていくのを見つめて。

 

「三つ牛がいなければ、この村を作ることは出来なかった。 君に会えたのは幸運だったんだよ」

「もう7年になるのか」

「まだ7年だよ、クラウス」

「はっ、そうだったな」

 

 クラウスとアウディの二人の出会いは、成人の儀が切っ掛けで彼らは同い年だ。

 まだガーデン村が存在していた頃、アサハレ村のシャボール・ゼルマを案内人に、旅を始めたばかりのクラウスが立ち寄った事で、アウディと出会ったのである。

 ケモノの女王との共生、ガーデン村の外貨獲得と食料の危機、カンカン山の山頂に眠る巨大かつ高品質な鉱床。

 

 クラウスはそんな時期に三つ牛を用いて、ガーデン村の移設に協力した過去がある。

 

 だが、それを誇れるような功績として。クラウスが胸を張ることはなかった。

 なぜなら、アウディの父と兄を奪ったのは、他ならぬクラウスだったからだ。

 三つ牛の制御を誤って、移設作業の最中に段々構造の崖から落ちた。

 当時は命こそ無事であったが、アウディの兄は下半身に障害が残り、彼の父は4年前にその怪我が悪化して、亡くなってしまったのだ。

 

 規格外の生物である三つ牛が常に傍にいる環境で育ったからこそ、15歳のクラウスは何でもできると、大きな自信と慢心があった。

 若かった頃はもっと傲慢で、物事に対して思慮深く無かったのだ。

 

 間違いなくクラウス・ディートボークはミミガーデン村設立の立役者。

 同時に、彼にとって最も大きな過失と負い目を背負った場所でもある。

 

「もう三頭の三つ牛を常駐させてくれてるんだ。 これ以上は過分になるし、やっかみの元にもなってしまう」

「そうだよな……ボーク牧場の跡取りだからな、俺は。 贔屓しているとなっちゃ問題だ」

「……結局、心の整理が大事だって事は分かってる──君も、私も」

「ああ、そうだな」

 

 そして、そんな思い入れがあるミミガーデン村だからこそ、満月の急須による鉱石の侵食は許せないものだ。

 アウディは立ち上がって、中央広場に積み上げられた緑鉱石を纏めてある箇所を見やった。 ミミガーデン村の主産業は、ケモノの採掘した鉱石によって支えられている。

 もともとの住処を広げる必要は無いのに、女王のキューピーがわざわざケモノ達に掘らせてくれているのだ。

 

「……明日は一ヶ月に一度の『鉱石仕分け』の日だ」

「ああ、あの筒を回すやつか」

「とりあえず、ユウバナ村から君に案内された子供たちには、参加してもらおうと思ってるよ」

 

 クラウスは頷いた。 もともと、成人の儀は社会と規律、自分の住んでいる村では経験できないことを子供たちに学ばせて、大人になることの意義を知ってもらう為の物だ。

 認定証を3つの島で1枚ずつ集めること。

 これを知った15歳の子供たちは認定証集めを面倒に思う事も多いが、その意味を彼らは旅を通じて知って、そして次世代に意義を伝えていくことになるのだ。

 

 三つ大島が長年続けた文化と伝統。

 

「成人の儀は、本当に大事なものになるからな」

「お前とも出会えた」

「ああ、こっちもそうだよ。 クラウス」

「……話は変わるが、アウディ……タータラベの連中が来るって聴いたぜ」

「ん。 そうだな。 明日か明後日か……そのくらいに来るはずだ」

 

 2ヶ月に一度くらいの頻度で、タータラベの街に住む者たちは緑鉱石の買い付けにミミガーデン村へと足を運ぶ。

 タータラベは武器を初めとして鍛冶を主幹に営む街で、みつ島最大の人口と発展している大きな街だ。

 そんなタータラベはカンカン山から採掘できる巨大で超良質な鉱石を、険しい山を登ってでも確保したいのである。

 

 だが、難しいのはタータラベ側は、もっと大きな採掘規模を求めているということ。

 ケモノが削り取る量はどうしても少量であり、人間の手を入れてもっと大規模に採掘して量を確保したい。

 そうした事を村長のアウディに訴え続けている。

 アウディはケモノとの共生こそが村の存続に直結することであり、ケモノの大事な住処でもある鉱脈を破壊することを望んでいない。

 

 ミミガーデン村の設立から7年。

 設立以来、カンカン山から獲れる緑鉱石は彼らが喉から手が出るほど欲しいものであることに変わりなく、常に規模の拡大を望んでいる。

 

 アウディもなるべく角を立てない様に最大限譲歩してきたが、昨年あたりからタータラベ側は自分たちで採掘隊を用意し、ミミガーデン村に頼らない意思を見せ始めており、ピリピリした交渉が続いていたのだ。

 

 クラウスは三つ牛の貸し出しを介して、その事を知っていた。

 

 カウンターから立ち上がって、クラウスはアウディが見つめる中央広場のキャンプファイヤーを隣に立って眺めた。

 空には大きな丸い月が、闇の中にぽっかりと光り輝いて浮かんでいる。

 

 ケモノと鉱床、タータラベの問題に成人の儀に挑むリオリールたち、悪意に満ちた満月の急須と、鉱脈の危機。

 

「アウディ、困った時に素直に助けを求めるのは、間違った事じゃねぇよ」

「……分かっている。 ありがとう、クラウス」

「タータラベとの交渉の席には、同席させてもらうぜ。 良いよな?」

「ああ。 実際、この問題は行き詰ってるんだ。 力を貸してくれると嬉しいよ」

 

 

 夜はこうして更けて行った。

 

 空に浮かぶ月は、山頂のミミガーデン村と。

 

 ポタリと雫を落とし、鉱石の中に沈む満月の急須を静かに照らしていた……

 

 

 

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