リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
ザアァァァ……
……ザアァァァ
まるで押しては引かれる波の音のように、妙な音と共にリオリールは体を起こすことになった。
眠りにつくのが遅くなったせいでかなり眠い。
しばらく起き上がったまま目を擦ったり、長い髪をかき上げているとまた波の音が聞こえてくる。
海が近くに在るユウバナ村に住んでいたから違和感が無かったが、目がちゃんと覚めてくると山の上にあるミミガーデン村から聞こえるこの音は一体なんなのだろうか、と疑問を覚えて立ち上がった。
扉を開けて広い講堂へと出ると、人の気配がまるでない。
ここ数日、滞在していると朝起きた時には数人の村の人たちが集まって、仕事の打ち合わせをしたり食事をしていたり、その食事を作っていて騒がしい事が殆どだったのに。
そんな時、中央広場へ向かうドアが開いてリオリールの兄であるカスカルが顔を現した。
「リオ、起きたか?」
「むぅ、お兄ちゃん……おはよう。 みんな何処に行っちゃったの?」
「外だよ。 今日は月に一度の鉱石仕分けの日なんだってさ」
「鉱石仕分け?」
カスカルが指差した開け放たれた扉の向こう、中央広場の方から、またザアァァァ……という音が響いてくる。
リオリールはカスカルに促されるまま、まぶしい朝の光が差し込む外へと足を運んだ。
一歩外に出た瞬間、リオリールの目は大きく見開かれた。
「うわぁ……!」
そこには、昨日見た静かな広場とは全く違う光景が広がっていた。 広場の中央、キャンプファイヤーのすぐ横に、人の背丈ほどの櫓のような木製の道具が立ち並ぶ。
円錐状の網のようなものが設置されており、上から下へ何枚もの鉄の網が巡っていた。
広場にはミミガーデン村の人たちが──恐らく、ほとんど全員が集まって──大人も子供もその道具の傍で緑色の鮮やかな鉱石を広げている。
普段は採石場の中や岩などの影、建物の奥に引っ込んでいて姿を見せないケモノたちも、中央の広場で日向ぼっこに興じて居たり、くるくると子供たちの周囲を駆け巡っていた。
まるで祭りのような雰囲気で、ざわざわと人の喧噪の声が耳朶を震わせている。
「すごいすごい! この波の音は、鉱石の音だったんだ!」
「お、リオちゃん。 起きたか? それなら、その、なんだ、あれ、つまりだな……」
「ん?」
どうにも歯切れの悪いクラウスに、リオリールが首を傾げると、頭を掻いていた顔を上げてクラウスはリオリールの胸の辺りを見ながら冷静に指摘した。
「とりあえず、着替えてきたほうが良いと思うぞ」
「あ、クラウスお兄ちゃん。 着替えって……あっ!」
クラウスの視線で自分の恰好を見下ろせば、リオリールはまだ薄手の寝間着のままだったことに気付く。
顔を真っ赤にしてすぐ戻るね! と叫ぶと、脱兎のごとく講堂の奥にある客室へと駆け戻った。
バタバタと慌ただしく着替えを済ませ、愛用の旅装に袖を通す。
早くあのお祭りのような輪に加わりたくて、気持ちばかりが先走る。
こんなことならちゃんと早く寝て置けばよかったとちょぴり後悔しながら、ベルトやケモミミを装着する時に、机の上に置いてあった昨晩の木彫りの人形を弾き飛ばして床に転がしていく。
急いでいたリオリールはその事に気付かず、扉を勢いよく開け放つと朝の光が降り注ぐ広場へと元気いっぱいに飛び出していった。
ザアァァァ……
……ザアァァァ
「さぁ、さぁ、こっちにおいで」
「ほら、ここに入れるんだぞ」
ミミガーデン村の子供たちが、大人たちに導かれて平べったい鉱石が一杯に入った籠を持ち上げ、小型の櫓に石を放り込んでいく。
そんな一幕を眺めながら、リオリールは兄であるカスカルとトルテが同じような装置の前で、アウディと一緒に居る所へと近寄って行った。
「ここに持ち手がある。 これを両手で持って、体重を掛けて押すと──」
「なるほど、ぐるぐる回せるんだな」
どうやらこの『鉱石仕分け』を体感できるらしい。
トルテが籠の中に入っている沢山の陽ざしに輝く鉱石を入れて、カスカルが指導通りに絡繰りを動かすと、周囲に響く音に重なった。
ザアァァァァ……!
大量の小石が網の上を滑り、擦れ合う音が、まるで波の音のように響き渡る。 大きな石は上の網に残り、小さな石は網の目を抜けて下へ落ちる。
落ちた石はさらに目の細かい二段目の網で振るわれ、さらに下へ、下へと落ちていく。
段階に分けて網目の穴が調節されているようで、甘竹だろうか。
丈夫な樋を通って別々の木箱に自動で選別される仕組みだった。
「すごい! 大きな滑り台みたい!」
「ああ、これは一種の祭りみたいだよ。 ほら、ソラリスさんとフラーラもあそこに居るし、村人全員でやってるんだ」
指を向けられて視線を向ければ、ソラリスが櫓を押し出そうとしてすっ転んでいる所を丁度見てしまった。
「ねぇ、お兄ちゃん! 貸して! 私もやるー!」
「あ、おい。 俺もやってるんだぞ」
リオリールは眠気も完全に吹き飛んで、カスカルから櫓を奪うと道具を押し出して──ソラリスと同じ様に盛大にすっ転んだ。
「あははは、リオリールさん。 力はそんなにいらないですよ」
アウディに笑われて、リオリールはあうぅ、と恥ずかし気に声を上げて土を払ったのである。
作業は活気に満ちていた。
カンカン山の厳しい自然の中で生きる彼らにとって、この鉱石こそが糧であり希望。 大人も子供も、ケモノも一緒になって鉱石を集めては流し込んで別けていく。
仕分けを終えた場所では、ケモノを抱えて飲み物を振る舞ったり、子供とケモノが鉱石を弾いて一緒に遊んでいる様子が散見できる。
ミミガーデン村の設立以来、月に一度の鉱石仕分けは大事な仕事であると同時に、一緒に暮らしているケモノと総出で交流を深める行事にもなっているのである。
「これが私たちの仕事と生き方というわけだ。 緑鉱石は山肌に露出している部分は少なくて、人間がツルハシを使って削れる場所がごくわずか……」
「ケモノがいなければ、成り立たない産業なんですね」
「そうなんだ。 それにとても緑鉱石は硬くてね。 ツルハシの鋼鉄の方が何回も叩くと欠けてしまうくらいなんだ」
カスカルと共に村の在り方を学んでいくリオリールは、改めてケモノを見た。
青くて丸くて可愛らしい毛皮の中に、そんな硬い鉱石を削る程の研ぎ澄まされた爪を持っているのだ。
なによりカスカルですら追えないほどの俊敏さ。
これがモンスターとしてリオリールに襲ってきたら、きっと何も出来ずにボロボロにされてしまうに違いない。
「強くて可愛いなんて、ケモノは凄いね……あれ? トルテちゃん、何してるの?」
「ソラリスからこれ貰った」
トルテが両手で抱えるように持っていたのは、見覚えのある小さな器だった。
その中には湯気が立ち上ってお湯が満たされているようだ。
遠くでソラリスはケモノたちに同じような器に満たされた何かの液体を配っている。
ケモノたちは木のお椀に入ったその液体を、ペロペロと夢中で舐めていた。
「これは『ユウバナしだれ』だね。 君たちの出身であるユウバナ村から獲れた、ユウバナの実を割ってその中にお湯を入れると、少しだけ甘みのある液体になる」
「あ、そうか。 これユウバナの実を半分に割った容器なんだ!」
「ユウバナの実が……」
「もしかしたら、君たちがお世話したことのある実かもしれないね」
アムースコ村長がお小遣いをくれるから、という理由でユウバナの実の生育を手伝う子供たちは多い。
そうして出来た果実が、他の村でこうして使われている事にリオリールとカスカルは驚きを覚えながらも、育てる意味という当たり前の事に改めて気づく。
トルテが一口含むと、独特の甘酸っぱい香りが漂った。
アウディが言うにはケモノたちにとっては、人間でいうお酒のように作用するらしい。
あちこちで、飲み干したケモノたちが気持ちよさそうに目を細め、フニャフニャと脱力してキュゥと鳴いている。
陽ざしを受けて青い毛皮が艶をだしていて、ビローンと地面に伸びていたり俊敏なはずなのにノロノロ千鳥足でふらつく姿は確かに酔っ払いの様だった。
「うふふふ、可愛いですぅ~。 動物の可愛い姿は癒されますよねぇ」
「あ、ソラリスさんこんにちは! なんかボロボロですけど……大丈夫ですか?」
「はいぃ、この子たちに噛まれたり鉱石踏んで躓いたりしてますけど、慣れた物ですので~」
「慣れてるんだ……」
一匹のケモノが、酔った勢いなのか、ソラリスの足元にすり寄ってきた。
彼女が連れているポメラニアンのポポやシマリスとも仲良くなっているようで、一緒になってソラリスのローブの裾に潜り込もうとしている。
「ああん、もう、くすぐったいですよぉ~」
ソラリスは困ったように笑いながらも、満更でもなさそうだ。
小動物に好かれるオーラが出ているのだろうか。
一方、トルテが黙々とユウバナしだれを配膳していたせいか、彼女の周りにも数匹のケモノが寄り添っていた。
くるくると肩に乗りこんだり、ふとももをパシパシと叩いていたりして、トルテは眉根を顰めていた。
「こら、配りにくいよ。 邪魔かも……」
トルテが淡々と言っても、彼らは離れようとしない。
ドラに触れる機会が多い彼女には、普段はまったく近づかない。
ユウバナしだれはそんなにケモノにとって魅力的なのだろうか。
同じくケモノと触れ合いたくても全然近寄ってきてくれないリオリールは、良い事を思いついたとばかりに、ソラリスからユウバナしだれを受け取った。
両手に持てるだけ持って、少し離れて固まっている4匹のケモノの傍にじりじりと近寄っていく。
「ふふふ、こっちおいでー! ユウバナしだれだよー! 美味しいよ~~!」
満面の笑みでウェルカムポーズをとり、ユウバナしだれを見せつけるリオリール。
近くにいた数匹のケモノが、ふと顔を上げ、リオリールの方を見た。
つぶらな瞳と目が合う。
リオリールは期待に胸を膨らませた。
リオリールまであと数メートルという距離で、ケモノたちが初めて出会った時のように俊敏な動きで四方に散っていく。
ユウバナしだれにも、リオリールにもまるで目もくれず、一目散に逃げだした。
「ええっ!? なんでぇ!?」
ガーン、とショックを受けるリオリール。
その様子を見ていたカスカルが、苦笑しながら近づいてきた。
「嫌われたな……リオ」
「うそぉ! 私、何にもしてないよぉー」
「まぁ、狼の匂いとか残ってるのかもな。 動物はそういうのに敏感だし」
「えぇ~、ボン様なんて私の傍にいることの方が珍しいのに……そんなこと、無いよね……?」
ザアァァァ……
肩を落として落胆するリオリールの背に、鉱石の波の音が響き渡った。
「アウディ、来たぜ」
「ん……ああ、そのようだ」
鉱石仕分けのお祭りの音も静かになってきた頃だ。
村の入り口にある三つ牛の係留場所が、やにわに騒がしくなった。
彼らは一様にがっしりとした体格をしており、無骨な雰囲気を纏っている。
何よりも目立つのはケモミミをつけた場所……頭部だ。
三人とも、見事なまでのスキンヘッドだったのだ。
太陽の光を浴びて、つるりと磨かれた頭がピカピカと輝いている。
つるつるの頭には、少々窮屈そうにゴムバンドで固定されたケモミミが乗っかっており、男たちが歩くたびにピョコピョコと揺れていた。
ウサギの耳をつけた男がリーダーのようで、彼らの下に近づいていったアウディと話しを始めている。
「ハゲの……いえ、スキンヘッドの方たちですねぇ」
ソラリスが興味深そうに眼鏡の位置を直して呟いた。
「ソラリスさん、知ってるんですか?」
「ええ。 私が最初に認定証をもらいに行ったのがタータラベの街だったんですけど、あそこの職人さんたち、ほとんどあんな感じの髪型だったんですよぉ」
「タータラベってハゲることが掟の街?」
「いや、流石に違うはずだぞ。 俺が聞いた事があるのは……」
カスカルは腕を組んで否定し、タータラベの特徴をあげる。
鍛冶の街であり、至る所で炉が動いている場所だ。 場合によっては一日中、高温の炉の前で金属を作っている事もある為、髪が長いと暑くてやってられないらしい事。
火の粉が飛んで燃え移ることもあり、安全性の面でも重要なことなのだそうだ。
「だからハゲなんだ」
「なるほどぉ。 それでハゲなんですねぇ」
「というか、ハゲハゲ言ってたらダメだよ、みんな。 私がヘーゲ兄さんに髪が薄い事に気付いて『ハゲてきたね』って言ったらすっごく怒られたんだから! ハゲって人に言ったらダメなんだよ!」
リオリールが得意げに大声で注意を促した。
その声は、静まり返りつつあった広場によく響いた。
先頭を歩いていた、一際体格の良いハゲ……ウサギ耳の男がジッとこちらを見ている。
そしておもむろにウサギの耳の位置を直し、スキンヘッドの頭を撫でてから、ニッと笑顔を見せた気がした。
「……リオ、謝った方が良いんじゃないか。 見られてるぞ」
「ひゃああ、ごめんなさい!」
「リオ、ハゲハゲ言ってたらダメだよ」
「うぅ、なんか理不尽な気がする……でも……なんか笑ってたような気がしたんだけどなぁ」
下げた頭の横で、トルテの注意をそっと受けて、リオリールは頬を膨らませた。
視線の先ではアウディ、クラウスと共にタータラベの者たちがその背をついていき、講堂の中に入っていく。
リオリールたちだけでなく、その動向を鉱石仕分けで集まった村人とケモノたちが視線で追っていた。
頭の輝きとは裏腹に彼らが纏う空気はピリピリと張り詰めており、一気に広場の空気が緊張感に包まれたのである。