リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
講堂の奥の会議室として使われている部屋に、アウディとタータラベの人たちが籠っている中、鉱石仕分けが終わった村の子供たちや大人たちはそれぞれの家に戻っていく。
リオリール達も振り分け終わった鉱石の詰まった箱を運び終えて、講堂の中でへと戻り暖炉近くの遅めの休憩をとっていた。
ユウバナしだれで酔ったケモノたちがテーブルの上や床に寝転がって、可愛らしい寝息をたてていたり、ゴロゴロと床を転がっている。
奥の会議室の近くには、タータラベの人たちが持ってきた荷物がまとめて置かれていた。
リオリールが荷物からはみ出ている、鉄とも金銀とも違う金属で出来た長い棒に興味を抱いて覗き込んでると、カスカルに頭を軽く叩かれて連れ戻されていく。
「あはは、ケモノさんたちもお疲れ様ですねぇ~」
ソラリスは一匹のケモノになつかれたのか、膝の上から離れない子がキュルキュル音を立てている。
もともと彼女が飼っていたポメラニアンとシマリスも肩や椅子の横などに纏わりついていて、ソラリスが厚着をしていることも相まって彼女の周囲だけ、何ともモコモコしていた。
相変わらずリオリールの周りにだけは近寄ってこないが。
「いいなぁ……もふもふだなぁ……」
「リオ」
カスカルに突っ込まれつつ、羨望の視線はなかなか止められなかった。
このミミガーデン村に来てから一度もケモノに触れていないのは、リオリールだけである。
そりゃカスカルは触れたから満足だろう。 でもリオリールは触れていないのだ。 兄をじとっと見つめて、頬を膨らませてしまう。
「なんだよ」
「いーもん、べっつにー!」
「はぁ?」
「こうなったら、錬金術で無理やり触る方法を──」
ベシャっとゼッテル用紙でリオリールの頭が叩かれる。
そんな兄妹の漫才をしている横で、トルテは遅めの昼食の手を止めてじぃっとソラリスを見つめていた。
動物たちの背や顎を優しくなでていたソラリスは、そんな視線に気付くとなんだか慌て始める。
トルテはソラリスの大きな胸の下に視線が固定されていた。
「え、あの、あの、何かぁ……?」
「ちょっと見せて」
そっとケモノの前足を持ち上げ、肉球の先にある鋭い爪を確認する。
茶と黒の混じったケモノの鋭い爪が、肉球の中から生えていた。
しかし、その爪には罅が入っている。
右手も、左手も。 トルテは普段から持ち歩いているルーペを胸のポケットから取り出して、いくつも亀裂の入った爪を見つめた。
青い毛皮のせいで見にくいが、根本の皮膚は血の痕が残っているし左手の爪は根本近くまでひび割れが続いている。
「さっき鉱石仕分けの時に懐かれた子にも、怪我の跡が見えたから……もしかしたらと思っていたけど」
「これは、随分と痛んでいますね……」
「鋭いって言っても、大人の人間がツルハシを振るっても砕けない鉱石だもん。 大変だよね」
覗き込んだリオリールが、そんな感想述べる。
「……俊敏で力も強くて爪も鋭いけど、生き物だ。 こんな鉱石を毎日削っていれば痛いに決まってる」
「うん……」
気持ちよさそうに眠っているが、その手は確かに傷ついている。 彼らは人間と共存するために、自らの身体を削って貢献してくれているのだ。
カスカルはタータラベの人たちとミミガーデン村の人たちとの間にある、その問題がようやく見えてきた。
そもそもここの鉱石は誰が見ても一目で『良質すぎる』と分かってしまうくらいに素晴らしい鉱脈。 そしてタータラベは鍛冶の街だ。
鉱石に関してはプロの厳しい目で常に光らせていることだろう。
仕入れ先にだって当然、妥協はしていないと思う。
きっとタータラベ側は、もっと多くの鉱石を求めている。
採掘量の拡大を要求していて、それがミミガーデン村への圧力となっているのだ。
「きっと中で話してるのは、もっと鉱石を掘って寄越せって話なんだろうな」
「えっ、そうなの?」
「でも、ケモノたちにこれ以上無理はさせられないし、今だって無理して鉱石を集めているのかも」
「さっき仕訳けた鉱石の量だって、沢山あったよ。 それでも全然足りないってことなのかな?」
「俺達も登って来たから分かるけど、ミミガーデン村に来るのは大変だ。 それでも登ってくるんだから、きっとタータラベの人たちも切実なんだ」
「アウディさんは板挟みになってる……そういうことなんだと、思う」
カスカルの言葉を引き継いで、トルテがそう結ぶとソラリスが思い出したかのように天井を見上げて言った。
「確かに、私が立ち寄った時にも鉱石が必要な事を職人さんたちが話していたような……」
まず第一に、アサユウ街道などに溢れ出たモンスターによる治安の悪化と武器需要の爆発的な増加。
第二に金属の使い道は多岐に渡り、タータラベの生産が止まることはみつ島の街を止めることに繋がる。
家に使う釘、蝶番。リオリールたちが旅に持ち込んだ錬金術を使う鍋。 農作業に必要な鍬や鋤。 服飾からベルトやバックルといった小物、指輪などの装飾。
夜に火をともす為のカンテラなど、みつ島の人々の生活はタータラベの炉から生まれると言っても過言では無いのだ。
人口の多いタータラベやオワンバシ街など、みつ島の生活水準を維持するのに膨大な量の金属を消費している。
「ふた島っていう場所の鉱山が、一部閉山したっていうのが最大の理由らしいですけど」
「え、そうなんですか?」
「えっと、私も聞きかじった話なので……」
重い現実に沈黙が落ちる。
タータラベの問題は子供たちが集まってどうにかできるものではない。
いや、大人でもどうしようも出来ないことかもしれない。
ソラリスが空のグラスの中の氷を回して、カラカラと音を立てる音だけが響く。
沈黙を破ったのは、リオリールの素朴な一言だった。
「あのね、話は変わってあれだけど……ちょっと思いついたんだけどさ」
「どうしたの?」
「ケモノさんって、鉱石仕分けの時にカゴを持って歩いてたりしてたよね?」
「そういえば、手伝ってくれたりしてたよな」
「うん。 だから、道具が持てるなら採掘道具を錬金術で作ってあげれば、体の痛みはマシなんじゃないかなって」
話が錬金術となれば、スイッチが切り替わるのがトルテである。
それまで黙って考えていた事は一気に押し流されて、リオリールの発想に理論が混じる。
「ケモノが使うなら形状は考えないと……この手だと、抱えることはできても『持つ』ことは難しいと思う」
「あ、そっか……それじゃ、難しいのかな?」
「ううん、地下の採掘してるとき、ケモノは自分の爪を振り降ろしてたから……」
装着する形であれば、自然に振える。
「でもぉ~、あの、どちらかというと鉄さえ砕けてしまう此処の鉱石の硬さが、問題なのではぁと思うのですがぁ~」
「確かに。 普通の鉄じゃビクともしないぞ」
ソラリスの指摘にカスカルが追随する。
トルテはむっと、顎に手を当てて考え込む。
確かにソラリスの指摘はもっともだ。
採掘道具を作っても、普通のインゴットを素材にしてもすぐに道具の方が壊れてしまえば、錬金術で作る意味が無い。
いや、むしろ中途半端な強度なら装着する手間が増えるだけで、労力の方が増すだろう。
ノイエメタル・カークといった汎用的な鉱物で作ったインゴットはきっとだめだ。
もっと精錬されて強度の高い素材が必要だが……
トルテはリオリールに良い意見が無いか聞いてみようとして、彼女がじっと見つめてる物に気が付く。
リオリールはタータラベの人たちが(おそらくカンカン山の登山の為に使った)金属製の棒に視線が注がれていた。
「リオ、どうしたの?」
「ずっと気になってたんだけど、あの金属って何だろうって」
「待って」
トルテが席を立ち、タータラベの人たちの荷物を覗き込む。
リオリールもその背中を追いかけて、二人してじぃーっと他人の荷物に注視する。
加工されている状態では、何の金属なのかは分からないが……
そんな折、会議室からドアが開いてスキンヘッドの大柄な男性が、自分達の荷物の前で唸っている二人の少女を目撃した。
「ん? おい、そこの。 人の荷物を勝手に漁るんじゃない」
低い、威圧感のある声に、リオリールとトルテはビクッと肩を跳ねさせた。
「わああ、ごめんなさい!」
「……」
二人の少女が飛び跳ね、タータラベの代表団のリーダー、ウサギ耳のスキンヘッドの男性が近づいてくる。
彼らはちょうど話が一段落を終えたところだったようだ。
背後からぞくぞくとアウディやタータラベの人たちが出てきていた。
彼はリオリールとトルテの頭にあるけもみみしっぽを一瞥して、胸元にぶら下げている木札を見やると、ふんと鼻を鳴らした。
「成人の儀か。 ミミガーデン村の山頂までよく来たもんだ。 ……それで、何を覗き込んでいたんだ?」
リオリールは咄嗟に持っていたカップの中身を飲み干して、金属棒を指した。
「こ、この棒……何で出来てるんですか?」
「トルテ。 ちゃんと説明してやれ」
「……この金属が何でできているのか、気になりました」
トルテが簡潔に説明すると、男は片眉を上げた。
「ほう? なんだ、コイツに興味があるのか? なかなか良い目をしてるじゃないか!」
それまでの厳つい印象から一転。 ウサミミをパタパタ揺らして叔父さんは急に饒舌になった。
「こいつはタイタニウム、オルガナイト、フィリオダインの三つのインゴットを溶かして混ぜた物だ。 どれも良質な鉱石から作った一点物で、カンカン山を登る為に作ったもんなんだぜ。 良いか、カンカン山は山の中腹から段々構造になるが、あそこも鉱石の塊なんだよ」
棒を取り出して、道具が全貌が見えるようにしてくれる。
つなぎ目がいくつかあり、棒はその繋ぎ目から伸ばせるような構造になっているようだ。
「最大で10メートルまで伸びるんだ。 冬は三つ牛でしか来れないが、夏場はこいつを使えば簡単に登れる。 人が何人乗っても折れないし、ここの緑鉱石にも負けない強度だ! まぁ、こいつは登山用だが……ツルハシに加工すれば人力で砕けることは証明している」
よっぽど自慢の一品なのか、嬉々として説明してくれたおかげで、リオリールたちもハッキリと分かった。 この棒は緑鉱石の強度に負けない、ということが。
「へへ、どうだ。 俺がタータラベで作った自慢の一品なんだぜ」
その様子を後ろで見守っていたアウディは複雑そうな顔を向けて眺めている。
タータラベの人たちが自分たちでも採掘をする準備ができている、と今の会議で聞かされていたからだ。
そんな事情など知らないリオリールとトルテは、顔を見合わせて頷いた。
「やった! この金属があれば、錬金術で作れるよ!」
「ケモノの採掘道具。 用意できそうだね」
「あん? ケモノ?」
「おじさん、この棒を私たちに譲ってくれませんか!?」
「な、なに? こいつを譲れだぁ!?」
ぐっと詰め寄ってきたリオリールに、まったく頭の中に無い事を言われ、ウサミミおじさんは思わず身を引いて困った顔をした。
「むぅ、ぜんぜん譲ってくれなかったし怒られた……」
「残念」
「いや、お前らは交渉が下手すぎるだろ」
カスカルが肩を落として歩く、リオリールとトルテに力なく突っ込む。
錬金術が絡むと猛進してしまうことは良く知っているが、初対面の人間にいきなり大事に扱っている自慢の道具を無償でくれなどと言っても、譲ってくれるはずがない。
いくら成人の儀に挑んでいる子供であっても、個人の取引となれば別問題。
いや、成人の儀に挑む子供だからこそ、ウサミミおじさんも強く叱らなかったのだろう。
夕陽が差し込んできたミミガーデン村の裏手を、大人たちの後ろについて歩いていく。
彼らが会議を終えて出てきたのは『満月の急須』による鉱石の屑鉄化という、ミミガーデン村に迫る脅威の情報を耳にし、それを自ら確かめるためだった。
ミミガーデン村の生命線である緑紋石の鉱脈が侵されているとなれば、タータラベにとっても死活問題なのだ。
ほどなく目的地に辿り着くと、大人たちは黒く染まったクズ石を眺め始め、ソラリスはポメラニアンのポポとシマリスを抱きしめていた。
「うぅ……あれが、錬金術の道具なんでしょうかぁ……」
「ええ、ソラリスさん。あの道具をどうにかしないと、村が大変なんです」
カスカルは不安げなソラリスに声をかける。
リオリールとトルテも、一転して険しい顔に戻った。
錬金術士としてあの悪意に満ちた道具を前にして、何もできないでいる現状がもどかしかった。
タータラベの男たちは言葉を失っているようだった。
岩肌から露出した緑紋石の鉱脈に、赤黒い血管のような管が張り付き、その先で満月の急須が不気味に脈打っている。
急須の口から、ポタリ、と雫が落ちるたびに、緑色の鉱石が黒く変質していく光景は、誰の目にも異様だった。
「こ、これは……」
「くそ、こいつは俺達にとっても他人事じゃねぇよ。 鉱物を穢すなんて、許せねぇことだ」
ウサミミの男は、その光景に目を見張り驚きと怒りが入り混じった表情を浮かべた。
「あの道具のせいで、鉱石の品質が落ちているのか……!」
タータラベの男たちは、一様に拳を握りしめ、満月の急須を睨みつける。
これは単なる一つの村の問題ではない。
みつ島に生きる人々の産業を脅かす、明確な敵意なのだ。
「カスカルさん、あのぉ~」
ちょうど声が途切れたこの場所に、ソラリスの遠慮がちな声が響いた。
いやに大きく響いたものだから、アウディもクラウスも、タータラベの男たちの視線も全て彼女に注がれた。
「ひゃあ、ご、ごめんなさい! ごめんなさいぃ~! 差し出がましいですよねぇ!?」
「だ、大丈夫だよ、ソラリスさん! 落ち着いて落ちついて!」
衆目を集めて緊張したのか、飛び跳ねて後退るソラリスにカスカルは苦笑しつつ声をかけた。
「えっと、どうしたんですか」
「この道具『スモークテスター』って言うんですけど……こうやって擦ると煙が出てぇ……あれ? ちょっと待ってくださいね、あわわ」
カスカルは一人で挙動不審になって慌てるソラリスを何とか落ち着かせながら、彼女の説明を聞いて何とか理解できた。
スモークテスターとは強酸性や特殊な溶解液のように、試験紙を直接浸せない液体を分析するための道具である。
特殊な燻煙剤を焚いて、その煙を対象の液体に吹きかけ、変色する様子を観察して成分を分析するという用途で使われるものだ。
気体による反応分析。
どれだけ強い溶解性を持とうと、空気を溶かすことはできない。
ソラリスとしてはアカデミー入学試験候補生でも、一般的に知られている知識にすぎなかったが、三つ大島という閉じた環境で独学で錬金術を学んでいるリオリールとトルテにとって、大陸の体系化された技術は未知の宝の山であった。
「ソラリスさん凄いよ、天才!」
「煙で反応色を……思いつかなかった……」
それぞれ称賛と嫉妬のような物を浮かべながら、その瞳には希望が宿る。
一方でカスカルはソラリスから受け取ったスモークテスターを慎重に構え、満月の急須の口元へと近づけた。
「行くぞ!」
急須からポタリと滴り落ちた赤黒い雫めがけて、彼は躊躇なくテスターの底部を擦り付ける。
ジュウ、と音を立てて立ち昇った燻煙剤の煙は夕焼けの空の下で一瞬、鮮やかな紫色の塊となった。
その紫はすぐに深い青へと変わり、さらに赤黒い液体と混じり合うことで最後に血のような鮮やかな赤へと変色してから、風に煽られて夕焼けの空に溶けて消えていった。
ソラリスはその立ち昇る煙を、曇った眼鏡の奥で指と目で追っていた。
「……紫と、青……そして、赤……」
彼女は誰にも聞こえないくらいの微かな声で、まるで呪文を唱えるかのように言葉を転がす。
「酸性かな、強……溶解……うーん、紫色は暗黒水と類似の反応があって、固着してるからぁ……」
変色反応から得られた情報を、頭の中で必死に整理しているのだろう。 ソラリスは一度眼鏡を直して一つ頷くように首を下げた。
やがて、彼女は意を決したように顔を上げ、リオリールとトルテへと向けて震える声で告げた。
「あの液体には、溶解、変質、固着の要素が詰め込まれていますぅ……!」
分析結果を聞いて、トルテは即座に自分のゼッテル用紙を取り出し、その言葉を書きつける。
「溶解、変質、固着……」
リオリールもまた、自分のメモ用紙に大きく三つの要素を書き込んだ。
書いただけだと良く分からない。
「ねぇ、ソラリスさん。 これって、どういうことなの?」
「滴が落ちていくときは溶解。 触れた鉱石を溶かして穿った部分を固着して、変質する液体を浸透させている、だと思う」
「あ、はい。 トルテちゃんが言った通りだと私も思います~」
トルテが冷静に指摘しながら、その細い手が掴むペンの動きは止まらなかった。
錬金術は理論で構成できるものが殆どだ。
結果と原因、要素と構成は強く結びついていて、離れることはない。
その効果に見当がついていれば、対抗策は必ずあるはずなのである。
生まれて物心がついてから、トルテはレッドマンが揃えたアカデミーを越える最高の環境で軟禁され、錬金術を学んできた。 古今東西の参考書を読み、実践し、レシピを書き上げて。
瞬く間にゼッテル用紙は黒い文字と線で埋め尽くされていく。
「滴に含まれている溶解と変質の成分はこれで落とせるはず。 分離機としての機能を持たせれば……」
「成分分離なら、雫を受け取る為の受け皿が必要ですね~。 溶解に耐える素材がないと難しいと思いますぅ……」
「受け皿に中和剤は?」
「うーん、恐らく溶解力に負ける……かな? 中和剤をずっと注ぎ足すのは現実的じゃないですねぇ」
「なんでも溶かせる物を受ける皿なんてある? あ、まって。 ゼッテル用紙が切れちゃった」
「トルテちゃん、私持ってくる! ちょっと待っててね」
走り出したリオリールは興奮していた。
「すぐ戻るからー!」
ソラリスの成分分析と、トルテの理論構築。
リオリールにとって二人の天才が交わす言葉は専門的すぎて、多分半分も理解できなかったが、それでも希望の光が見えたことだけは分かった。
リオリールは夕暮れの村を疾走する。 何か──もう少しで。
もうちょっとで解決できるのかもしれない。
勘違いかもしれないけど、思い違いかもしれないけど。
でも、もしかしたら。
あの悪意ある『満月の急須』から、ミミガーデン村を守れるのかもしれない。
トルテとソラリスは本当にスゴイ。
自分には出来ない事をあっという間に形にしてしまう。
出会った時は笑顔だったけど、今では悔しそうな顔しかしないアウディも。
眉間にしわを寄せて、元気がなくなっちゃったクラウス兄さんも。
みんなが笑顔に戻れるかもしれない。
なにより、リオリールはトルテとソラリスの二人から、もっと学びたい。
そんな逸る思いと共に、リオリールは自分たちが宿として使わせてもらっている講堂の客室へと飛び込んだ。
「ゼッテル用紙! たしかバックの横ポケットにまとめて──あわぁ!?」
数歩歩いた先。 足の裏に、何か硬い感触があった。
踏んづけた何かが転がり、リオリールの体はバランスを崩して宙を舞った。
盛大な音を立てて、リオリールはお尻から床に突っ伏す。
「い、いたぁーい……っ!」
お尻をさすりながらヨロヨロと起き上がり、床に転がっているのは木彫りの工芸品だった。
朝、慌てて着替えた時に落としたままにしていたような……
「もぉー! こんなところに落ちてたの!? あいたたたた……」
リオリールは怒り半分、痛み半分でその人形を掴み上げた。
フラーラが作ったという、ケモノを模した木彫りの工芸品。
そのケモノが手に持っている、長く伸びた筒状の何か。
「……ん?」
最初は楽器かと思っていた。 縦に伸びる打楽器なのかな、と。
でも、よく見ると違う。 筒の中には、小さな段差のようなものが彫り込まれている。
「これ、鉱石仕分けの時に使った小さい櫓みたいな道具だ……」
今日のお祭りで見た光景が、脳裏にフラッシュバックする。
上から下へ、ザラザラと落ちていく石。
網目の大きさによって、段階的に分けられていく様子。
大きい物が上に残って、小さい物が『分離して』仕分けられる。
リオリールの視線が、人形の筒と、記憶の中を行き来していく。
トルテが『溶解』の力を中和するのにフィルターが必要なら、筒の中に一つだけじゃなく幾層も作れば、溶ける力は弱まるのではないか。
溶ける力が無くなったら『変質』を分離するもので取り除き、一番下で無害な水に変えてしまえば、ただ水が滴り落ちるだけになるんじゃないだろうか。
その発想は、ユウバナ村で時折行う水のろ過作業に似ていた。
濁った水を飲めるようにするため、砂や炭、布などを何層にも重ねた簡易的なろ過装置を使うことがある。
不純物を取り除き、飲むことができる水に変えるための知恵だ。
子供のころ、父のウータスにカスカルと一緒に学んだこと。
「そっか……!」
リオリールは顔を上げた。
「ろ過の仕組みを使えばいいんだ! 分かったよ、トルテちゃん、ソラリスさん!」
リオリールは勢いよく立ち上がると木彫りの人形をポケットにしまい、急いでゼッテル用紙の束を掴み取り部屋を飛び出した。
夕焼けに染まる広場を、リオリールは全力で駆け抜ける。
ポケットの中には、解決への最後の鍵が握られていた。
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●スモークテスター 作成者:ソラリス・ソラミア
レシピ: 蒸留水・(植物)・植物油・消し炭
● 効果 ● 特性
・煙があがる ・扱いやすい
・変色反応 ・鉄板の効果
リオ「すごい、ソラリスさん! 私たちだけじゃ何も出来なかったのに!」
トルテ「でも待って。 参考書にも載ってない道具なんだけど、なんで?」
ソラ「えへへ、そのぉ、褒められるようなものじゃないですけどぉ……皆知ってることですし……多分参考書に乗って無いのは、一般的すぎて省かれたのかと思いますぅ」
リオ「そっか。 じゃあ褒めない!」
ソラ「え、あ、そ、そうだよね。 褒められるようなことじゃないですから……」
トルテ「……」
ソラ「ああ、やっぱりそうですよね! 褒めてくれなくても大丈夫です! 大丈夫ですからぁ!」
リオ「むぅ、トルテちゃん。 やっぱり褒められたかったのかな?」
トルテ「そうかも……」
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