リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
ミミガーデン村の朝は、音と共に始まる。
凍てついた空気を震わせる風の音。
ゴウゴウと24時間ずっと燃えている広場の炎の音。
そして軒先に吊るされた鉱石細工が触れ合い奏でる、涼やかな音色。
それらの生活音に、今日は全く別の音が重なっていた。
今朝早くから運び込まれた大きな鉄鍋が二つ、どっしりと鎮座している。 本来ならば温かいスープやシチューで満たされるはずのその鍋には『錬金溶液』が満たされている。
グツグツグツグツ……と釜が水を泡立てる音が講堂の食堂にまで響いていた。
その鍋の前でリオリールは長い髪の毛が邪魔にならないようにしっかりと頭巾をかぶる。
トルテはエプロンをきつく締め直していて、ピンで髪留めをしっかりとつけていた。
食事をとる食堂のテーブルで見守っているのは、初めて錬金術を間近で見ることになるクラウスとアウディ。
その奥のカウンターにはタータラベからきたウサミミの男たち。
村人も数人、腕を組んで壁際に並んで静かにリオリールとトルテを見守っていた。
(失敗できないよね……うぅ~、緊張するぅ~!)
ぎゅっと目を瞑ったリオリールは首を振ってプレッシャーを振り払う。
リオリールは大きなオールを掴んで、ぎゅっと力を込めた。
「き、機材展開完了してますぅ……! がんばりますぅ……!」
少し奥では新式錬金術の調合道具。 ミックスフィールドを広げたソラリスが眼鏡を持ち上げて準備が整ったことを伝えてくる。
トルテも同じ様に、かき混ぜ棒の杖をくるりと一つ回して、胸に手を当てて深呼吸をしている。 きっと緊張しているんだろう。 リオリールもそうだから気持ちは分かる。
なんて思っていたら、トルテと目が合って彼女はいつもの調子で声をかけてきた。
「リオ」
「トルテちゃん、なに?」
「変な顔してる」
「ええ!? そ、そうかなぁ?」
「ソラリスも」
「えええ! へ、変な顔ですみませぇん……」
もともと緊張していつも肝心なところで実力を発揮できないソラリスは、とたんに顔をふにゃふにゃに歪ませて小さくなっていく。
リオリールは頬に手を当てながらムニュムニュ揉んでいると、トルテがふっと微笑んだ。
「アカデミー入学試験も、大勢の人の前で調合するんでしょ?」
「あ、そういえばそう言ってたような……」
「そうですねぇ。 それで、いつも失敗しちゃうんですよねぇ……ううぅ、辛い記憶が……」
「だから、これはその練習」
そう言ってトルテは釜の温度を確かめるように、杖を入れてぐるりと一つ攪拌した。
「やるよ」
トルテの声に、リオリールは確かに背中を押された。
ぐっと一つ深く頷いて。
リオリールはすぅーっと深く、講堂の冷たい空気と蒸気の熱気が混ざった空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
心臓の鼓動が早鐘を打っている。
握りしめたオールの感触が、緊張を孕んでいた。
後ろで見守る大人たちの視線が熱い。 でも、ちょっとだけ怖い思いが無くなっている。
リオリールは溜め込んだ空気を、決意と共に吐き出した。
「うん、やろう! いっくぞーーー!」
「おー」
「お、お~~」
こうして、注目の中での錬金術が始まったのであった。
朝の静けさはどこかにいった。
そう思わせる位の慌ただしさが厨房を包んでいる。
煮え立つ釜の音と少女たちの声を背にして、アウディは肩に乗せたケモノの女王キューピーと一緒に、講堂の扉を閉めて外へと出た。
扉一枚隔てた外には、先に出ていたクラウスと、タータラベの代表であるウサミミの男が並んで立っていた。
「ボーク牧場のせがれが居るなんて、何かと思ったが」
「せがれっちゅうのは止してくれよ。 クラウスって言ってほしいぜ」
「あー……悪かった、クラウスさん」
ウサミミの男が、どこかバツが悪そうに、しかし認めるように口を開く。
クラウスは帽子を目深に被りなおしながら、淡々と返した。
「実際、あんたらに三つ牛を貸しているのは俺らだからな。 本当は三つ牛を条件に力技で諦めさせる予定だった」
「そりゃあ参るぜ。 三つ牛がいねぇと鉱石を運ぶ伝手がなくなっちまう」
男は苦笑して肩をすくめた。
タータラベのミミガーデン村への介入は、需要が跳ね上がって切実な問題であったのは確かだ。 彼らにも生活があり、守るべき街がある。
とはいえ、村の設立からアウディと共に成人の儀に挑み、この7年間の苦労を誰よりも知っているクラウスは、何としてもミミガーデン村を守りたかった。
しかしボーク牧場を継ぐことになるクラウスは、タータラベとの関係も深い。
彼が牧場主になる時は、いつか必ずやってくる。
そうなれば、みつ島はおろか『三つ大島』でも有数の権力者の座につくことになるのは明白。
当然、ボーク牧場から一番近くて最大の顧客であるタータラベとは友好的な関係を築かねばならないし、クラウス自身が注目を集めその発言力は絶大な物になるだろう。
だからこそ、アウディはギリギリになるまでクラウスを頼りたくないと思っていたのだ。 友人の未来を、自分の村の問題で縛りたくなかった。
だが、その本音を今ここでクラウス自身があっさりと、タータラベ側に暴露しているとは。
アウディは、友人の不器用な優しさに胸が熱くなるのを感じた。
「力技かもしれないが、俺にはこれしか思いつかなかった……けどよ」
「ああ、あのお嬢ちゃんたちには参ったぜ。 結局、一点物の登山棒も取られちまったしよ」
ウサミミのおじさんが、バンと膝を叩いて笑った。
その顔には、先ほどまでのピリピリとした対立の空気はなく、どこか憑き物が落ちたような清々しさがあった。
錬金術。
アウディもクラウスも、タータラベ側のウサミミおじさんも名前だけは聴いている。 王国と合併が進められている三つ大島。
それを知らされた時、同時に錬金術によって栄えた大陸の歴史を知ったからだ。
その技術を、成人の儀に挑む子供たちが学び実践している事実は、職人であるタータラベの男たちには衝撃だった。
今の問題を全て解決できるかもしれない。
そんな大口を切ったリオリールの熱意に、男は自慢の棒を手放すことになったのである。
「だが、私たちに何も出来ないわけではない」
「おう、アウディ……様子はどうだ?」
「さっき鍋から跳ねたお湯に当たって騒いでたが……大事はなさそうだ」
「ははは、豪快だもんなぁ、錬金術ってのは思ってるよりよぉ!」
ウサミミおじさんは思い出し笑いをした。
自分の自慢の一品である合金の棒が、グツグツ煮えたぎる鍋に躊躇なくぶち込まれ、あり得ない速度で飲み込まれていくのを目の当たりにした時、彼は怒るどころか爆笑してしまったのだ。
リオリールがえいっ! と放り込み、何故か鍋の容積以上の長い棒がズルズルと沈んで見えなくなる現象。
それは物理法則を無視しているように呑み込まれていく。
職人としては不気味に映ったがそれ以上に痛快な光景でもあった。
同じような感想を抱いたのか。
クラウスとアウディもうむうむ、と分かり合うように頷き合う。
今のところ、彼らには錬金術は『よく分からない物』であった。
「さて、こうして話していても仕方ないな」
「おう、鉱石を守らなきゃいけねぇ。 その為には、俺達が動く必要があるぜ」
クラウスとウサミミおじさんの声に、アウディは頷いた。
錬金術はともかく。
大事なのは子供たちのことだ。
リオリールやソラリスの話を聞いて、大人たちができることは錬金術に関わることじゃない。
彼女たちは錬金術にかけてはもしかしたら天才なのかもしれないが、それを使うための舞台を整えるのは、また別の力が必要だ。
悪意の滴……満月の急須から垂れ落ちる赤黒い液体を『ろ過する道具』なのであれば、その道具の設置の為に道を切り開いてあげることが、必要だと推測できた。
「頼んでいた準備は出来ましたか?」
「ああ、採掘場まわり……表面は殆どもう死んでた」
「鉱石の黒化だがよ。 1分に数ミリ単位で侵食が進んでる。 計算させたら一日に5~6メートルってとこだ。 つまり明日か明後日には主鉱脈にまで及ぶ見立てになる」
ウサミミおじさんがメモを取り出して、ページを捲りながらそう言った。
クラウスが時間を示す懐中時計を懐から取り出し、やにわに首を振る。
「明後日なんて余裕はないな。 恐らく、明日の夜がリミットだ」
「実際、どの程度だ。 間に合うのか?」
「分からない。 急ぐしかない」
「そうかよ……」
タータラベの者たちも地下のスタジアムで、侵食が進む鉱脈を見たのだろう。
この講堂の裏手にある採掘場近くの露出した緑鉱石は、半分ほど変色が進んでしまって真っ黒になってしまっている。
タイムリミットはあと丸一日くらいだった。
「道具を設置するための道を作ってやらないとな。 頼むぜケモノたち」
クラウスはアウディの肩に乗っているキューピーへ、拳を突き出す。
アウディは頬を擦りつけてきたキューピーの頭を一つ撫でると、クラウスの拳を軽く叩いて踵を返した。
「俺も牛の面倒を見てくる。 アンタはどうする?」
「鉱石仕分けで別けられた石の検品だな。 タータラベに持ち返る分を見ておかねぇとよ」
「オッケーだ、じゃあまた後でな!」
クラウスとウサミミおじさんもその場から離れて解散となった。
亀裂の中に埋め込まれている満月の急須は、物理的に動かす事が出来ない。
であれば、その下にある僅かな隙間に、リオリールたちが作る浄化装置を設置しなければならないことを意味する。
危険な岩盤を掘り、道具を設置できるように道を作る必要がある。
自分たち大人が入れない狭さだとしても、入り口までは確保して道具を入れられるようにしなくてはならない。
大人が入れるほど穴を大きく広げるなんてことは時間的に無理だ。
ミミガーデン村の村人に声をかけて有志を募る必要もある。
ぐっと拳を握り込んで、アウディは息を吐いて大股で歩き出した。
「皆にも、ケモノたちにも苦労を掛けてしまう……だが、ここが正念場だ」
そんな大人たちを、アウディの部屋から見守る小さな人影がひとつ。
フラーラ・クラウドメイデスは、アウディたちが裏手の採掘場へと去っていくのを見届けてから、決意を秘めた瞳でそっと窓から離れたのであった。
三つ牛の係留所へ、息を切らせて走ってくる影があった。
「クラウス兄さん!」
「おう、どうしたカスカル」
三つ牛のサンの手綱を点検していたクラウスが、弾かれたように振り返る。
カスカルは膝に手をつくこともなく、真っ直ぐにクラウスを見据えて叫んだ。
「サンとクウを出せるかな? リオたちが素材が足りないって言ってて、急遽取りに行くことになったんです」
「おっしゃ、三つ牛の出番か! で、何が足りないって?」
クラウスの手が素早くサンの鞍を固定し直す。
カスカルは手短に『きいろじゅうたん』のヒマワリ畑の土が必要なのだと端的に伝えた。
濾過された水を受け止める受け皿には、衝撃を吸収しつつ水を優しく保持する特殊な土台が必要だった。
滴を受け取る物として適しているのは庭先街道で見かけたヒマワリ畑特有の、スポンジのように空気を含んだ土しか思い浮かばなかったのである。
手持ちの分では、巨大な筒を満たすには到底足りない。
「きいろじゅうたんか……あそこはここからかなり距離があるぞ」
クラウスは空を見上げ、太陽の位置と時間を計算する。
段々構造のカンカン山を上り下りすることを考えると、普通に考えれば一日は時間を取って進む道のりだ。
だが、それは人間を基準として考えての話。
三つ牛の最高速度のベースであれば、数時間で往復自体は事足りる。
「三つ牛でかっ飛ばせば4時間くらいだな。 だが、突っ走ることになる」
三つ牛は平坦な道であれば時速60kmを越える。
しかもその体力は無尽蔵に等しい。 少なくとも半日は止まらずに走れる事が分かっている。
ニヤリと笑って、クラウスはカスカルへ挑発的な視線を投げた。
カンカン山の段々構造を、全速力で駆け下り、また駆け上がる。
はっきり言って、素人には出来ない芸当だった。
「お前、ついてこれるのか?」
問われたカスカルは、一瞬だけ講堂の方──必死に釜に向かう妹たちのいる方角を見た。 そして、ふっと肩の力を抜いて笑ってみせた。
「最近気づいたんですけど、俺って結構器用らしくて。 何でも割と出来るみたいなんですよ」
普段は謙遜して遠慮がちなカスカルの、ふでぶてしいほどの返答に、クラウスは思わず腹の底から笑いがついて出た。
「ハハハハッ! 良いぞ、カスカル! 三つ大島の男になってきたじゃねえか!」
「あはは、ちょっとは格好つかせてよ、兄さん」
「なら行くか! 置いてかれて泣くんじゃねぇぞ!」
クラウスがひらりとサンの背に飛び乗る。
カスカルもまた、負けじとクウの背へと軽やかに跨った。
「行くぜ! サン! ちっとばかり頑張ってくれ!」
「クウ! 頼んだ!」
「ボオオオォォ──────!」
クラウスとカスカルの掛け声と共に、ハンドサインに従って二頭の巨獣が大地を蹴った。
爆発的な加速。 景色が一瞬で後方へとすっ飛んでいく。
雪煙を巻き上げながら、二人の男と二頭の牛は、山頂から麓へ向かって弾丸のように駆け下りていった。
「分量は大丈夫。 これで攪拌するだけ……」
トルテは慎重に杖を突き入れて掻き混ぜた。
既に7時間が経過して、この道具の作成の最終工程に入っている。
素材は旧ガーデン村の跡地でいくつか拾っていた動物の皮と骨。
今にして思えば、この皮と骨は間違いなくケモノの死骸から獲れたものだったのだろう。
大きさを比較しても、きっと彼らが残した遺物に違いが無いのだ。 だからこそ、この道具はケモノの新たな『爪』にふさわしい筈である。
人間の勝手な気持ちなのかもしれないが、過去の仲間の亡骸が新たな爪になることを受け入れてほしい。
「……ひとつ……ふたつ……」
くるりと回して。
もうひとつ反対側に回して。
ぐるぐると攪拌する中、少しずつ錬金溶液が薄く光っていく。
釜を攪拌するトルテの声にこたえて、ブシュウっと一つ大きな煮立った音と蒸気が噴き出すと、音を立てて釜の底にはケモノの新たな『爪』が生み出されていた。
「よし! やった!」
「わぁ、凄いです! こんな即興でレシピを作って作成を実現させるなんて……私の錬金術の常識の外ですよ!」
ソラリスの興奮した声に、トルテとリオリールは顔を見合わせてぐっと拳を握り合った。
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●ケモノの採掘道具(装着) 作成者:リオリール・トルテ・ソラリス
レシピ: インゴット(フィリオダイン)・ケモノの皮・ケモノの骨・自然鉱物油*5
● 効果 ● 特性
・どちゃくそ硬い ・とても軽い
・折れない刃 ・強烈な破壊力
・ケモノに馴染む ・みなぎる生命力
リオ「できたぁ──ー! これでケモノさんが傷つかなくて済むね!」
トルテ「効果も特性もちゃんと乗ってる……うん、自信作」
リオ「みんなで考えた物が形になるって、こんなに嬉しいんだなぁ~」
トルテ「リオ、実際にケモノたちに使ってもらうまでは油断しちゃだめ」
リオ「あ、そうだよね。 作って、それで終わりじゃないもんね」
● ──────────────────────―・
「すごい……」
鉄の鍋の中に転がったケモノの採掘道具を見て、混じり気なしの称賛をあげたのはソラリスだった。
鈍い銀色の輝きを放つ爪は、フィリオダインというタータラベの職人の技術の粋を集めた合金を素材にしながらも、まるで生き物のように滑らかな曲線を描いている。
繋ぎ合わされたケモノの骨は留め金などになっており、金属などで代用せずケモノの身体を傷付けないように配慮されていた。
リオリールとトルテ、この二人は道具を使う者にまで配慮しているのだ。
ソラリスは自分の胸元をギュッと握りしめた。
正直に言えば、衝撃を受けていた。
リオリールとトルテが『ミックスフィールド』を見た時の驚きよりも、ずっと深く、根源的な衝撃かもしれない。
新式錬金術しか学んでいないソラリスは、新式錬金術で出来ない事は旧式の錬金術でも出来ないと勝手に考えていたからだ。
アカデミーで推奨されている最新の技術。
安定性、速度、正確さ、そして自動化。
誰が扱っても一定の成果が出せるし、大量生産にも向いている。
今回の調合でも、自然鉱物油の生産力で、ミックスフィールドが活躍してくれた。
それはソラリスの──新式錬金術の力なのだろう。
自分の得意分野で貢献できたのだから、誇らしいことである。
でも目の前の二人の少女が行ったのは、それとは次元の違う。
まさしく創造だった。
現場で拾った骨や皮を使い、即興でレシピを組み上げ、釜の中の液体と対話しながら、未知の素材を一つの形にまとめ上げる。
新式錬金術には、『発想』を形にするまでの、この圧倒的な速さと柔軟性がない。
もちろん、理論上は無数にある調節弁やダイヤルを完璧に操作すれば、同じことができるのかもしれない。
けれど、そんな神業ができる人間が、果たしてアカデミーに何人いるだろうか?
恐らくだが、ソラリスに錬金術を教えてくれたお師匠も、たった一週間で形にすることなんてとても出来ないだろう。
(私たちは、レシピと仕様書……それがあるから、その通りに動かすことばかり考えてたんだ……)
決められた手順をなぞるだけの錬金術。
ソラリスはポメラニアンのポポと、シマリスのシスをぎゅっと抱いて口を結んだ。
リオリールとトルテの錬金術は生き物を相手にしてる様だった。
間近で見たからハッキリわかる。
釜の中の状態に合わせて、直感と経験・知識と理論でリアルタイムで戦ってる。
攪拌中でも瞬時に微調整を行い、トラブルすらも味方につけてしまおうという貪欲ささえ見えてしまった。
旧式錬金術の方が、はるかに自由で、可能性に満ちている。
今まで自分が必死に学んできた新式錬金術が、間違っていたわけじゃない。 悪いものでも、劣っているわけでもない。
でも、彼女たちの錬金術には、新式が失ってしまった熱があったし、それを感じた。
ソラリスははぁ、と息を整えて声をかけた。
10歳以上も離れているのに、こんなにも満ち溢れた才能を目の当たりにするなんて。
「あのぉ、リオリールちゃん、トルテちゃん」
「ん? どうしたの、ソラリスさん」
「何か問題?」
キョトンとする二人に、ソラリスは曇った眼鏡を指で押し上げ、居住まいを正した。
「私、お二人のこと、尊敬しますぅ……! お二人とも、天才ですよぉ!」
「ええ!?」
「む……」
「こんな即興でレシピを作って、素材を組み合わせて……私の錬金術の常識の外ですよ! すごいです、本当にすごいです!」
ソラリスの言葉に嘘偽りはない。
年下の、しかも独学で学んでいるという二人の少女。 けれど、その背中はソラリスにとってどんな有名な教授よりも輝いて見えた。
「えへへ、そんなに褒められると照れるなぁ~」
「こんなに早く調合が出来たのは、ソラリスが素材を作るのを急いでくれたから……私たちだけだと、器材が足りなくて難しかった」
トルテもまた忖度なく新式錬金術を認めてそう言った。
同じ様に一緒に調合したからこそ、この新式と旧式、二つの錬金術がなくては出来ない事だと認めていたのだ。
「そ、そんなこと……私は大した事してなくて……」
「ううん、事実は認めないと」
「いやでも、でもでもですねぇ……」
「だめ。 これは事実だから」
「もう、二人とも! 謙遜しあってないで、話を進めようよ!」
リオリールが諫めると、ガァン! と講堂の扉が勢いよく開け放たれた。
夕方の冷たい風と共に、湯気を立てるほどの熱気を纏った大柄な男が飛び込んでくる。
「待たせたな! 注文の品だ!」
クラウスが背中から床へと下ろしたのは、大人一人がすっぽりと入れてしまいそうな巨大な麻袋だった。
その袋の口からチラリと覗くのは黒々としたスポンジのように柔らかそうな土塊。
ヒマワリ畑特有の、空気をたっぷりと含んだふかふかの土である。
「クラウスお兄ちゃん! おかえり!」
「早かったね」
「わぁ、良い素材ですねぇ! これがあればフィルターの受け皿が作れますよぅ!」
作業の手を止めたリオリールたちが駆け寄ってくる。
クラウスは額の汗をぬぐいながら、ニカっと白い歯を見せて笑った。
「急ぎだっていうから急いだぜ。 久々になかなかスリルのある操縦だったな!」
リオリールはクラウスにタオルを渡しながら、彼の背後──開け放たれた扉の向こうを覗き込んだ。 外はすでに陽が傾き、西日がカンカン山の雪面をオレンジ色に染めている。
「あれ? お兄ちゃんは?」
一緒に行ったはずのカスカルの姿が見当たらない。
リオリールは扉から外に出て、誰もいない夕暮れの広場を見渡した。
「クラウスお兄ちゃん、お兄ちゃんは一緒じゃ無かったの?」
振り返って尋ねると、クラウスは水を一杯飲み干してから、やれやれと肩をすくめた。
「一緒さ。 安心しな、そのうち戻ってくるよ」
「そのうちって……」
「幾ら器用なカスカルだって、流石に俺の全速力にはついてこれねぇさ。 年季も違うしな」
三つ牛によるダウンヒル。
ボーク牧場の跡取りとして、幼い頃から三つ牛の背中で育ったクラウスの技術は、三つ大島でも右に出る者はいない。
いくらカスカルが何でもそつなくこなすと言っても、本気を出したクラウスの背中を捉え続けるのは至難の業だったようだ。
とはいえ、安全面はきちんと確保している。
段々構造が落ち着く山頂付近までは、振り切ることはしなかった。
なにより。
「なんだぁ、お兄ちゃん置いてかれちゃったんだ」
「はは、まぁな。 ただなぁ……アイツは凄いぜ」
そこでクラウスの雰囲気が変わった。
先ほどまでの頼れる近所のお兄さんといった柔和な表情が消え、職人として。
いや、一人のプロとしての超真面目な顔つきで腕を組んだのだ。
引き離すつもりで走ったのに、いくら操縦性の良いクウに乗っていたとはいえ、途中までしっかり食らいついてきたカスカルを思い出すように言った。
「冗談じゃなく俺の牧場に欲しいな」
それは、クラウスの口からは滅多に聞くことがない、心底からの称賛だった。 学校の後輩としての贔屓目でも、年下への慰めでもない。
カスカル・フェルエクスという男の実力を、純粋に認めた言葉。
リオリールは兄に対する評価に、嬉しくなって笑った。
「えへへ、それ、お兄ちゃんに言ってあげればいいのに」
「男が面と向かって褒めるなんて、気まずいだろ」
「別に気にしなくても良いと思うけどぉ……」
「ま、その話はあとだ。 カスカルが戻るまでに土の準備をしてやろうぜ」
「うん! ありがとう、クラウス兄さん!」
リオリールはクラウスと共に巨大な土の袋を引きずって、待っているトルテとソラリスの元へと運んでいった。