リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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12. カンカン山に響く音 8

 

 

 リオリールは手先が少しだけ震えているのを自覚していた。

 トルテと交代しながら調合を続けていたが、直感的にこれからが最後の仕上げになることを手応えに感じたからだ。

 朝から続けて陽が暮れて。

 今は深夜のいつごろか。

 また朝日が昇るまで、それほど時間はもう無いだろう。

 

 満月の急須。

 その形状からそんな風に呼ばれているが、この道具は考えれば考えるほど悪露的な意図しか感じられないものだ。

 どんな理由、どんな論理、どれだけのフォローをしようと決して覆らない、人を不幸にするだけの道具。

 

 リオリールだけではなくトルテやソラリスもあの満月の急須は錬金術で作られた物と認めていた。

 

 

 

 本来、錬金術とは。

 

 

 そんな大それた事を考えたことは、リオリールのこれまでの人生で一度もない。

 いつだって自分と、その周りだけが全てだったから。

 家族と、ユウバナ村のみんなが幸せに暮らせればそれでよかったし、錬金術がこの世に無かったとしてもリオリールの根本はきっと変わらないだろうと思う。

 

 おじいちゃんが遺してくれたレシピ。

 リオリールが錬金術に触れた切っ掛け。

 立派な錬金術士になって、ユウバナ村を助けたい──祖父の残した手記の言葉は、そのままリオリールにとっての人生の指標となったのだ。

 

 それに真っ向から根本をへし折る様に現れたのが、満月の急須だ。

 一目見てまず驚いた。

 そして悔しかったし、悲しくなった。

 絶対に間違っていると思ってしまった。

 人の不幸を願うだけに作られたのであれば、それはもう道具の方が可哀そうだ。

 

 自分の人生で一番多くの時間と情熱を注いできた錬金術が、間違っていると言われたみたいで、なおさらに深く胸の奥に突き刺さったのだ。

 リオリール・フェルエクスという一人の人間、そして一人の錬金術士の人生において。

 満月の急須は、明確に彼女の根幹とは逆を行く、相容れない存在だと感じてしまったから。

 リオリール一人では、この満月の急須に対する道具を作る事なんて出来なかった。

 

 ロイヤルクラウンの解毒剤の頃から、いつだってその知識でリオリールの背中を押してくれたトルテが作ってくれたレシピを片手に、リオリールはオールを掻きまわす。

 新しい知識を運んでくれたソラリスの作ってくれた大量の中和剤。 最後の一本を投入してリオリールは額に張り付いた汗を袖口で拭う。

 

「まだ……まだ……」

 

 集中を切らさずにぐるぐーるとオールを回していく。

 一つ唇を舐めて、ふっと息を吐きだしてからまたぐるぐーると攪拌する。

 

 この場所についてから、この道具を作る為に全員が必死だった。

 ミミガーデン村の人も、アウディも、クラウス兄さんも、人間ではないケモノや、来たばかりのタータラベのオジサン達だって。

 鉱石が黒く染まっていく中で絶望に染まらずに素材を集めて、みんなの想いが詰まったこの調合を無駄にすることなんて絶対に出来ない。

 リオリールはグッとオールに力を込めて、釜の中身をぐるこん回す。

 

 今から何時間だってかき回せそうだ。

 リオリール一人だけでは無理だけど、トルテとソラリス。 そしてこのミミガーデン村に関わる全ての人が背中を押してくれている。 それを感じることが出来ている。

 だから、この調合は不思議と失敗する気がまるでしなかった。

 

 リオリールの伸ばしたオールが、カクンと急に力を失った。

 

 

 その瞬間、釜の底から迸る光が視界を奪った。

 

 

 白く、しかし水に反射してきらめく様な『青い光』が鍋の縁を乗り越えて噴き出し、講堂全体を一瞬だけだが昼間よりも明るく照らしだす。

 湯気や熱気は一瞬で光の中に飲み込まれ、まるで時間が止まったかのような静寂が訪れる。

 その光は、リオリールがこれまでに見てきたどの完成品の光とも違っていた。

 

 それは単なる発光現象ではなく、無数の小さな反射光の粒が視界の中で明滅して、ちょっぴり幻想的な美しさを放っている。

 

「ま、眩しかった! で、でもこれ……」

 

 リオリールは思わずオールを放り出し、釜を身を乗り出して覗き込んだ。

 釜の底で、一つの物体が静かに形を成していくのが光を通してリオリールには見えた。

 光が収束し残ったのは静かに湯気を上げる鉄の釜。

 鈍い白色の巨大な1メートル40センチほどの筒が鉄鍋の中に立っていたのだ。

 

 それは、リオリールが木彫りの人形から着想を得た、多層式ろ過筒の完成形。

 

 ウサミミおじさんの作り上げた魂の合金を核として。

 ヒマワリ畑の土、甘竹の密、大量の中和剤を幾層にも重ねたフィルターを内蔵。

 溶解と呪詛の悪意を無害化するための成分分離にフロストによる氷結機構とエアロライトを使用した『氷結と風』によって分離構造が中央に設置されており。

 最下層の『清められた万年氷雪』で成分を抽出した布を底に張って。

 

 満月の急須を無害化するよう設計された、ミミガーデン村の希望の道具だった。

 

「……できた……っ!」

 

 リオリールが、その筒の輝きを見つめて、震える声でつぶやいた。

 声に気付いたのか、仮眠を取っていたトルテと、ソラリスが緩慢とした動きでリオリールの方を覗いてくる。

 

 リオリールは笑顔と共に大きく息を吸い込んで、飛び跳ねた。

 

「で、できたぁっ────ー!」

 

 全員の願いと、三人の錬金術士の知恵と技術が、今ここに結晶したのだ。

 

 

 

 ・──────────────────────―●

 ●シヒテンフィルター  作成者:リオリール・トルテ・ソラリス

 

 

レシピ

 インゴット*5・ふかふか土*20・甘竹*4・エアロライト*3

 ライデン鉱*5・万年氷雪・クロース・蒸留水・黒いクズ石

 

 ● 効果         ● 特性

 ・清められた        ・効果安定

 ・溶けない         ・会心の出来

 ・成分を氷結分離      ・ネガティブリスク

 ・永久機関         ・貫通力++

 

 リオ「完成したよ! シヒテンフィルター!」

 トルテ「あ、名前はそれにしたんだね」

 リオ「なんか一番格好いい響きだから……ソラリスさんって名前つけるの上手いよね」

 トルテ「確かに、リオの『絶 対 綺 麗 筒』とかよりは百倍マシだね」

 リオ「……ひゃくばい」

 ソラ「あのあの、判りやすくて良いと思いますよぉ~……なんて……」

 リオ「いいもん、名前はなんだって。 大事なのは、使えることなんだから!」

 

 ● ──────────────────────―・

 

 

「よし、それじゃあ早速──」

 

 リオリールは勢いよくシヒテンフィルターに手をかけた。

 巨大な鉄の筒。

 見た目の重厚さにたがわず、その重量に振り回されて、わあっと声を上げながら態勢を崩してしまう。

 

 喜びと興奮で集中力を欠いていたリオリールは、力を込めすぎて筒の上で手を滑らしたのだ。

 

「うわわわわっ!」

「リオちゃん、危ない!」

 

 ソラリスが悲鳴のような声を上げトルテが慌てて駆け寄る。

 間一髪、リオリールは釜の縁に手を突いて、倒れ込むのを防いだ。

 

「は、はは……あ、危なかった────!」

「リオちゃん、落ち着いて!」

「……興奮しすぎだよ、リオ」

 

 肩で息をするリオリールに、トルテが鋭く指摘した。

 ソラリスは胸に手を当てて、青い顔で深呼吸を繰り返している。

 

「ご、ごめんね、二人とも。 つい嬉しくて」

「気持ちは分かりますぅ……でも、リオちゃん、ずっと作業をしてたでしょ? もう、顔色が真っ青ですよ」

「え?」

 

 ソラリスに言われて、リオリールは自分の袖口で頬を触ってみる。

 確かに、熱を帯びていたはずの肌はひんやりと冷たくなっていた。

 現金なもので他人に指摘されると、ため込みまくった疲労感がドッと押し寄せてくる。

 

「シヒテンフィルターの効果を確認したい気持ちは分かりますが、この道具は重いです。 設置には体力がいるはず……今は一旦、休むべきですよ」

「私たちも殆ど寝てないから……仮眠しよう」

 

 トルテがリオリールのオールを受け取り、釜の隣にそっと立てかける。

 

「でも、時間がないよ? 満月の急須が……」

「朝になれば誰かが来る。 それまでは寝ておこう?」

「そうですよ~焦っても、いい結果には繋がりませんしぃ……」

「う、うん……分かった。 ありがとう、トルテちゃん、ソラリスさん」

 

 リオリールは不満を顔に出しながらも、二人の言葉に従い、ふらふらと客室へと戻った。

 ベッドに飛び込めば、ふかふかの土のような安堵感。 全員の想いを形にできたという、強烈な達成感。

 その心地よい感覚に身を任せながら、リオリールはそっと目を瞑った。

 

 どれほどの時間が経っただろうか。

 

 意識が浮上する。

 瞼の裏が、オレンジ色に染まっていた。

 

 カァ────ン。

 

 重く、甲高い金属音がどこかから鳴っている。

 

 カァ────ン。

 

 ミミガーデン村の大地が、力強く鳴り響く。

 微睡んでいたリオリールは、ガバッと上体を起こした。

 

「ああっ!」

 

 部屋を覗き込んだ西日の光が、目に突き刺さるように眩しい。

 陽はもう傾き、空は鮮やかな橙色に染まっている。

 窓枠から差し込む柔らかい光と対照的にリオリールは青ざめた。

 

(うぎゃあ! 寝すぎたぁ!)

 

 たしか、クラウス兄さんが言っていたタイムリミットは、今日の夜だったはず。

 もしかしたら既に設置も終わってるのかも知れないけど。

 リオリールはベッドから飛び起き、顔を洗うことも忘れ、客室を飛び出した。

 

 カァ────ン! 

 

 音は、村の裏手にある採掘場の方から響いていた。

 

 カァ────ン! 

 

 リオリールが息を切らせて駆けつけると、採掘場は緊張感のある熱気に包まれていた。

 夕陽の色を反射した緑紋石が壁一面に広がる中、リオリールたちが寝ている間に、大人たちは着々と準備を進めていたようだ。 急ごしらえのキャンプファイヤーが赤々と燃え盛り、辺りをオレンジ色に照らしている。 その火の粉が、リオリールの頬に汗が張り付いていることを教えた。

 目の前にはリオリールが作ったばかりの巨大な筒──シヒテンフィルターがどっしりと置かれていて。

 ミミガーデン村の村長アウディが、その筒を抱え込むようにして立っていた。

 

「リオリールさん、起きましたか」

「アウディさん! もう、こんな時間まで! 起こしてくれればよかったのに!」

「ああ、気持ちよく寝ていたから……それに、君たちが頑張ってくれたんだ。 後は、私たちがやるさ」

 

 アウディの足元では、タータラベのウサミミの男が、目を爛々と輝かせながら、岩盤のひび割れに耳を押し当てていた。 その横には、ミミガーデン村のアルソーニがケモノの削った鉱石クズを引っ張り上げている。

 

 そして、その中心。

 青い毛皮のケモノたちが、目にも止まらぬ俊敏さで岩を削っていた。

 カン! カン! と、その鋭い音は、まるでカンカン山そのものが発する鼓動のようだ。

 ケモノたちの四肢に装着された、リオリールたちが作ったばかりのケモノの採掘道具が振るわれて、ぶつかる度に青白い火花を上げていた。

 

「あれが……新しい爪」

「すごい速さだ」

 

 誰かの声が響いて、誰かの感嘆の息が漏れていた。

 リオリールとトルテが作った道具は、人間のツルハシなどとは比べ物にならないほど速く、鉱石を強力に削り取っていた。

 それまでケモノでも削り取ることしかできなかった硬質な緑紋石が、白い粉塵となって舞い上がり、見た事も無い速度で穴が広がっていく。

 キュイキュイと喉を鳴らすケモノの声が飛び交っていき、瞬く間に通路を確保していくのだ。

 

「こりゃすげぇ。 良い道具じゃねぇか……やるな! お嬢ちゃんたち!」

 

 ウサミミおじさんがその光景に声を跳ね上げて称賛した。

 岩盤を駆け回り、垂直の壁さえも足場にして飛び跳ねるケモノたちの指揮を執るのは、岩盤の高い位置に陣取った女王キューピーだ。

 彼女が一声吠えるたびに、ケモノたちはさらに深く、正確に掘り進めていく。

 

「ケモノが満月の急須の真下まで、通路を開けようとしてくれているんだ。 結構な時間経ってるが、それでもまだ届かない……時間との勝負だな」

 

 クラウスがリオリールの隣に立って、採掘の様子を説明してくれた。

 彼の視線の先、ケモノたちが掘り進めた道の先には、満月の急須の影が不気味に揺れている。

 ケモノの採掘道具は狙い通り、彼らの身体を傷つけることなく、最大の力を引き出しているようだった。

 

「良かった……ちゃんと、使えてる」

 

 トルテは安堵の息を吐き、じっと採掘作業を見守っていた。

 リオリールはアウディが持つ、シヒテンフィルターをじっと見つめた。

 

 そうだ。

 作って終わりじゃないってトルテも言っていたじゃないか。

 これが設置されて、効果が発揮して、ようやく完成なのだ。

 リオリールは、今この場にいる全員の期待を背負っていることを改めて自覚し、きゅっと唇を噛みしめた。 採掘場に辿り着いて少し時間がたった頃。 夕陽が遠くの地平線に消えかけている時になって、一際大きな声が上がった。

 

「アウディさん! 女王に作業を止めさせてくれ! 開通したと思う!」

「よし! 間に合いそうだな!」

 

 アウディが筒を持ち出して、穴を開けた場所まで慎重に運んでいく。

 途中でアルソーニがアウディを手伝って、男二人で引っ張り上げ、満月の急須への入口へとたどり着いた。

 

「……こ、これは」

「角度がなさすぎるぞ!」

「横のスペースが足りない。 筒が通らない」

 

 アウディが顔をしかめて言った。

 満月の急須の真下、その岩盤にケモノたちが懸命に掘り進めて開けた穴は、シヒテンフィルターの巨大な筒を垂直に立てるには狭すぎた。

 

「せめて、もう少し筒を傾けられれば……」

 

 ウサミミおじさんが岩盤に手を当てて唸る。

 

 筒の高さは1メートル40センチ。 その直径は細身の人間の胴ほどある。

 ケモノが掘り進められるサイズで、岩盤の強度を保ちつつ、この巨大な筒を設置するには、どうにも無理があった。

 おまけに縦穴を開けたことで、急須の口から垂れる赤黒い液体が、岩盤の亀裂を通って穴の入り口付近にまで滴り落ちてきている。

 

 ポタリ。

 

 小さな一滴が、岩肌をジュウと音を立てて焦がした。

 

「いかん、このままでは掘った穴まで侵食されてしまう。 筒を入れる方法を考えねば」

 

 アウディが焦りを露わにする。

 物理的な破壊も、受け止めることもできなかったあの液体だ。 この場所で触れることは自殺行為に等しい。

 

「アウディさん、この絶対……いや、シヒテンフィルターは……曲がらないんですか?」

 

 アルソーニが問いかける。

 視線の先で、タータラベの合金を核として作られた銀白色の筒は、硬質な輝きを放っていた。

 

「ああ、無理だ。 曲げたら折れるぞ」

 

 ウサミミおじさんが断言する。

 合金の強度も無理に曲げれば亀裂が入ってしまうだろう。 そうなれば『ろ過装置』としての役目が果たせるとは思えない。

 

「穴の入り口も、これ以上広げるのは無理だ。 岩盤が崩れて崩落の可能性がある」

 

 八方塞がりだ。 このままでは、せっかく作り上げた希望の道具を、設置することさえできない。 リオリールとトルテは、顔を見合わせた。

 自分たちが考えた対策が、まさかの物理的な制約によって阻まれるとは。

 

「トルテちゃん、どうしよう……」

「……一つだけ」

 

 思いついたが試していない事はある。

 

「これ……なんだけど」

 

 トルテが取り出したのは、フラムだった。

 爆弾による発破。

 

「あ……!」

「緑鉱石は硬すぎて、多分私たちのフラムだと砕けないから言わなかったの」

 

 そうだ、一つだけ試していない。

 三つ牛の圧倒的なパワーでも砕けなかった鉱石の塊を、破壊する為の物理的な破壊手段。

 だが、変質し黒いクズ石に代わってしまった物は、タータラベの職人が見ても『鉱物にならないクズの石ころ』と判断された物だった。

 

「フラムでクズ石を砕いて穴を開ける! それだよトルテちゃん!」

 

 

 

 

 穴に爆弾を放り込んで、発破する。

 

 リオリールの提案に、アウディは一瞬だけ空を見上げた。  

 西の空に沈みつつある太陽が、山肌に最後の光を投げかけている。  

 この光が消えれば、作業の難易度は跳ね上がる。 ましてや、侵食のタイムリミットもすぐそこだ。

 

 彼は深く息を吸い込み、そして決断したように力強く頷いた。

 

「よし、やろう!」

 

 アウディの号令と共に、現場は再び慌ただしく動き出す。

 リオリール、トルテ、ソラリスはポーチの中から持っているだけのフラムをかき集めた。 旅の途中で調合したもの。 モンスターを警戒して最初から作ってあったもの。

 赤く、丸い爆弾たちが次々と錬金術士の少女たちから手渡され、リレー形式で入口まで村人総出で手渡されていく。

 

「カスカル、手伝え。 俺と一緒に投げ込むぞ」

 

 爆発の余波が飛ぶ危険な投擲役を買ってでたのは、クラウスだ。

 アウディとアルソーニが手元の中継役となり、他の全員は安全のために離れてもらう。

 十分に距離が離れたところで、アウディは声をあげた。

 

「いいか、ケモノたちを含めて全員退避だ! できれば岩の陰に入って身を守れ!」

「おらぁ! お前ら! 聞こえたな! 身を隠せ!!!」

 

 捕捉するようにウサミミおじさんが大声を上げ、ケモノたちを安全な場所へと誘導する。 リオリールたちも、大きな岩の影に身を隠し、耳を塞いでその時を待った。

 穴の入り口に立ったクラウスとカスカルが、互いに目配せをする。

 

「行くぞ、カスカル!」

「はい!」

 

 二人は息を合わせ、手にしたフラムに火を点けると次々と開けられた穴の奥深く──筒が引っ掛かってしまう狭い空間を目掛けて投げ込んだ。

 ジジジと導火線が燃える音が穴の中で響いて、転がっていく。

 

 次の瞬間。

 

 お腹の奥まで響いてきそうな轟音と共に、穴の奥から赤い閃光が噴き出した。

 爆風が砂煙を巻き上げ、周りの空気を震わせる。

 衝撃波がリオリールたちの隠れる岩にも伝わり、地面がビリビリと震えた。

 

「うぅ、すごいっ!」

 

 リオリールは目をギュッと瞑り、爆風が通り過ぎるのを待った。

 砂煙が少し晴れるのを待って、クラウスたちが恐る恐る穴の中を覗き込む。

 脆い『クズ石』に変質していた黒い岩盤部分だけが綺麗に吹き飛び、スペースが確保されていた。

 正常な緑鉱石の部分は、フラムの爆発を受けても傷一つ付かず、ビクともしていない。

 

「やった! 狙い通りになってるぞ!」

 

 カスカルの喜びの声に、ミミガーデン村に歓声と喝さいが響き渡る。

 リオリールは両手を上げて飛び跳ね、トルテは小さくガッツポーズを胸の前で作った。

 

「やはり爆弾。 爆弾はすべてを解決する」

「うん!」

「よし、後は穴の奥に、このシヒテンフィルターを設置するだけだ」

 

 アウディはもう一度、筒を持ち上げた。

 しかし、確かに穴はかなり広がったし、筒を持ち上げるスペースもありそうだが、人が開いた穴の中に入らないと垂直に立てられそうもない。

 

 悪意の滴が一粒落ちてビタリ、と跳ねる音が奥から聞こえた。

 

 誰かが入れば、あの滴の脅威に晒されることになる。

 しかもクズ石の部分だけしか剥がれ落ちてないので、大人は相変わらず入る事ができない。

 火に照らされたアウディの横顔は歯を食いしばる物だった。 なんとか捻じ込もうと四苦八苦するが、角度を変えただけではどうにもならない。

 

「あの、アウディ叔父様」

「……フラーラ? それに、君たち……ここは危険だ。 はやく戻って」

「その穴の中、私たち子供なら入れます!」

「何をっ……だめだ! 危険すぎる!」

 

 殆ど反射的だった。

 アウディの声が、フラーラの申し出を即座に拒絶していた。

 

「危険なのは分かってるよアウディさん!」

「村長、僕らも手伝いたい!」

 

 子供たちの声がわぁわぁと騒ぎ出すが、アウディは子供たちの前に立ちはだかった。

 村の大人たちも、誰もがアウディと同じ思いだった。

 未来ある子供たちを、あんな毒壺の真下へ行かせるなんて正気の沙汰ではない。

 

「ケモノか子供じゃないとこの穴は入れません!」

「だからといって、子供を行かせるわけにはいかないんだよ、フラーラ! 分かってくれ」

「アウディ叔父様!」

 

 フラーラが一歩前に出た。その瞳は、炎の明かりを受けて強く輝いている。

 

「私たちだって、ミミガーデン村の一員なんです! ただ守られているだけの子供じゃありません! 私たちだって、この村が大好きなの!」

 

 彼女の背後には、同じくらいの背丈の子供たちがずらりと並んでいた。 誰一人として、怯えて逃げようとする者はいない。

 アウディは隣に立つアルソーニへと視線を向けるが、彼も難しい顔をして唸っているだけだった。

 

 困り果てたアウディとアルソーニの間に入ったのは、クラウスだった。

 

「なぁ、フラーラちゃん。 あの液体が一滴でも肌につけば、骨まで溶けるかも。 顔にかかれば二度と見られねぇ顔になるかもしれないぞ。 一生モンの傷を背負って生きることになるんだ……分かってるんだよな?」

 

 その言葉に、子供たちは一瞬だけ身体を強張らせた。

 恐怖がないわけではない。

 けれど、フラーラは拳を強く握りしめて言い返した。

 

「でも、村が無くなっちゃうよりマシです。 私たち、ミミガーデン村に住んでいるんですから」

「そうだぞ!」

「この村が好きだ!」

 

 子供たちの声に、クラウスはニカっと笑ってしまった。

 両手を上げて降参したように一歩下がって。

 

「おい、クラウス」

「いや、降参だ。 だってこいつら、7年前に出会ったガーデン村のお前にそっくりだぜ」

「な……そ、そうか……」

 

 7年前。 先行きがなくなったガーデン村。 女王を救ったことが切っ掛けでミミガーデン村として新たな口火を切るきっかけを作ったのは、まだ子供だったアウディの熱意と情熱だった。

 寒空、闇夜に浮かぶ月を見上げるように、アウディは空を見つめた。

 7年前のあの時、アウディが見たのはカンカン山の雄大な景色。 だけど、ミミガーデン村の子供たちが見ているのはこの山頂からの、降って来そうな星空の下だ。

 

「……分かった。 やろう」

「だ、そうだ。 フラーラちゃん……任せていいな」

「は、はい! 頑張ります!」

「ただし、安全の配慮は最大限する。 1分間隔で外から秒数を数えていくから、それを聞き、20秒前までに設置できなければ、戻ってくると約束してくれ」

「そうだな。 後、命綱を全員に巻き付ける。 20秒以内に戻れないと判ったら、大人たちで引っ張り上げるぜ。 多少の怪我は覚悟しろよ、いいな、フラーラちゃん」

 

 クラウスとアウディの注意点は真っ当なものだ。 子供たちは真剣な表情で頷いていた。

 

 その時だ。

 キュウウゥゥ──ーッ!!

 穴の真下で待機しているケモノたちの声だ。 数匹のケモノが大声で鳴いている。

 

 主鉱脈を見張っていた住人の一人が、採掘場の入り口から顔を出し血相を変えて叫んだ。

 

「村長! 主鉱脈に浸透しそうだぞ! 時間が無い!」

「フラーラ!」

「はい! みんな、筒を持つよ! 重いから気を付けて! 綱を巻き忘れないで」

「子供たちよ、私がミミガーデン村の村長として約束する! もし誰かが傷ついたら、私が一生面倒を見る。 君たちの未来の全てを、私が背負うからな!」

 

 アウディの声が震えた。

 それは恐怖ではなく、決意の震えだった。

 自分は若造だ。 頼りないかもしれない。 だけどそんな自分を村長と呼んで付いてきてくれている人がいる。子供たちが居る。

 だからこそ責任だけは取る。 どんな結果に成ろうと。

 

 そんな決意の宣言だ。

 

「行ってきます、村長! みんな、行くよ!」

 

 フラーラの号令と共に、子供たちがシヒテンフィルターに取り付いた。

 1メートル40センチの巨大な筒。

 子供一人では持ち上がらない重量だが、何人もの手がそれを支えズルズルと穴の中へと引きずり込んでいく。

 

「せーのっ! よいしょっ!」

「47! 46!」

「もっと右だよ!」

「36! 35!」

「くそー重たいな! それに暗い!」

 

 狭い穴の中、粉塵と熱気が充満する薄暗い空間を子供たちは進んでいく。

 先頭を行くフラーラの視界に、不気味に脈打つ『満月の急須』が見えた。

 

 その注ぎ口には、今にも零れ落ちそうな赤黒い一滴が膨れ上がっている。

 

(落ちないで……まだ、落ちないで!)

 

「あと少し! 奥まで押して!」

「25!」

 

 ケモノたちが掘り広げ、フラムで爆発させて広げた空間。 その中心……滴の真下に筒の底を合わせていく。

 最初から子供たちの間で合図を決めていたのだろう。

 ミミガーデン村の子供たち全員が、フラーラの合図で大声を上げて合奏する。

 

「みんな! 良い! いーち!」

「いち!」

「にぃ!」

「さーん!」

 

 掛け声と共にフラーラが筒の先端を掴み、子供たち全員が力を合わせて渾身の力で持ち上げる。

 重い。

 鉄と土と、みんなの想いが詰まった重さだ。

 

 腕の筋肉が悲鳴を上げ、歯を食いしばって、中には言葉にならない絶叫を上げる子もいた。

 

 震動が原因だろうか。

 限界まで膨れ上がった赤黒い滴が、一分を経たずに重力に負けて離れた。

 

 

 ポタリ。

 

 

 スローモーションのように落ちてくる死の雫。

 フラーラの顔の、すぐ目の前へ。

 

「──ぅぅう!」

 

 最後の力を振り絞って筒を垂直に押し込んだ。

 乾いた音がして、落下してきた滴はフラーラの顔ではなく、持ち上げられたシヒテンフィルターの開口部へと吸い込まれていった。

 

「立ったぜ! 姉ちゃん!」

「やったぁー! これで助かったんだよな!」

「いえーい! 見たかー!」

 

 騒ぎ始める子供たちをしり目に、フラーラは筒……シヒテンフィルターの底をじっと見つめた。

 暗くて良く分からないが、少しだけ時間が経った後。

 ポタ……と滴が落ちてきた。

 垂れた雫はまったくの無色で、直下にいたフラーラの頬をうつ。 驚いたが、痛みはまるでない。 ただの水になった。

 ろ過装置が機能しているのだ。

 

 次々と狭い穴倉から出てくる子供たちを、大人たちが迎え入れ拍手と歓声で出迎える。

 

 小さな英雄たちに、称賛の言葉は降りかかっていた。

 

 

 

 

 最後に一番奥に入って筒を押し上げたフラーラが、泥だらけの恰好で引っ張り上げられると、アウディに抱きしめられる。

 

「無事だったか?」

「はい! 私、役に立てました! アウディ叔父さん!」

「はははは! なんて子だ! よくやったぞ!」

 

 歓声は、夜の闇に響き渡った。

 

 大人たちに肩車され、抱き上げられたミミガーデン村の子供たち。

 彼らは誇らしげな笑顔で、自分たちが成し遂げた偉業の喜びを噛み締めていた。

 誰もが小さな子供たちに惜しみない拍手を送ったのだ。

 

「やったな、フラーラちゃん! よくやった!」

「みんな、ありがとう! 私一人じゃ、できなかったよ!」

 

 フラーラは涙を浮かべながら、満面の笑みで村人たちの称賛に応える。

 彼女の顔は煤と埃で汚れ髪は乱れていたが、その瞳は希望に溢れて。

 

 その光景を、リオリール、トルテ、カスカル、そしてクラウスもまた、温かい眼差しで見つめていた。

 

「良かったなぁ……」

「うん。私たちの道具が、ちゃんと役に立ったのは収穫」

「なんかすごいドライな感じ……トルテちゃんも嬉しいくせに~」

「む、私は最初から成功すると思ってたし」

 

 トルテは小さく頷きながら、安堵の息を吐いた。

 彼女の表情には、これまでの緊張と疲労、そして達成感が入り混じっていた。

 

 

 

 やがてアウディが広場の中心へと立ち、静かに手を挙げた。

 

「みんな! これで私たちは、また未来を手に入れた! ありがとう! 俺達は乗り越えたぞ!」

 

 再び沸き起こる大歓声。 アウディは深く頭を下げ、リオリールたちを中央に招き入れた。

 

「リオリールさん、トルテさん、ソラリスさん。 心から感謝します。 あなた方がいなければ、私たちの村はきっと何も出来ずに、大事な鉱脈を失っていたでしょう」

「いえ、そんな! 私たちだけで出来たことじゃありません!」

「一人じゃできなかった」

「ええ、ホントに~……トルテちゃんとリオリールさんが居たからこそですぅ」

 

 リオリールは照れくさそうに笑い、トルテは冷静にそう返した。

 その時、タータラベのウサミミおじさんが、一歩前に出た。

 

「お嬢ちゃんたち。 そして、アウディ村長。 今回の件では、俺らも学ぶことが多かった」

 

 彼は深く頭を下げると、懐から何かを取り出した。

 シヒテンフィルターにも使われたインゴット。 フィリオダインに加工された鉱石だ。

 

「よくやってくれた。 その礼だ。 受け取ってくれ」

「わぁ……ありがとうございます!」

 

 リオリールは感激して石を受け取った。

 

「成人の儀の途中なんだろ? 大人の事情に付き合わせちまって悪かった。 アウディからしっかり認定証を貰って、中央島に向かってくれ。 応援するぜ、リオリール、トルテ、カスカル君」

「ウサミミおじ……いえ、タータラベの皆さん……ありがとうございます!」

 

 頭を下げたリオリール。

 隣のトルテも同じ様に下げた後、そっと夜空を見上げた。

 

 冷たい風も、今は頬を撫でて気持ちがいい。

 少し離れた岩に腰かけ、クラウスとカスカルが肩を叩き合っているのが見えた。

 そんな夜空に浮かぶ『本物の満月』を見上げていると、チラチラと白い粉が降ってくる。

 

 

「あ、雪」

「え? 本当だ、降って来たね……」

 

 粉のように舞う白い色どりが、星降るような夜空を彩り、ミミガーデン村の危機を脱した祝福をしてくれているようだった。

 

 リオリールとトルテはしばし、喝采に沸く声を聴きながら。

 

 二人並んで雪降るカンカン山の夜空を見上げていたのだった…………

 

 

 

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