リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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05. ユウバナ 1

 

 

 世界征服を企む悪の総帥・怪人レッドマン。

三つ大島の中央に存在する『中央島』の地下深くに潜伏している彼の、最終的な目的は昔から変わらずに魔本・イービルズブックの消滅だ。

魔本を破壊すれば、契約の魔力で繋がって生きているレッドマンもまた、死を免れぬであろう。

そんなレッドマンには恐れていることがある。

手に持っていた一冊の本。

悪魔の契約時、同じ倉庫の中に眠っていたこの世界の預言書に書かれていた一文。

それが、レッドマンに恐ろしさを与える。

 

「……」

 

 もう読まなくても全ての内容を暗記しているレッドマンであったが、ぱらぱらと本を捲り、やはりその一文を見て眉を顰める。

不安の元凶となる、猛烈に不吉な文章がどうしても目についてしまうのだ。

 

―――やっぱり世界を救うのには、もう飽きた。

 

 レッドマンにはあずかり知らぬ事であったが、アトリエ世界を代表するようなフレーズの一つである。

不安だ。

とても不安な一文だ。

 

「ある程度は派手な行動を起こして世界征服を狙う悪魔である……錬金術士どもにレッドマンという存在をプッシュしていかないとまずいな……」

 

 特に主人公と大々的に表紙を飾っている少女、リオリール・フェルエクスには注目されなくてはならない。

不倶戴天の敵として、彼女の前に立ちはだかるのも吝かでは無いが、匙加減は難しそうだ。

今、相対したとしても非力な漁村の娘に過ぎない彼女が自身を止めれるはずもない。

まかり間違って殺してしまえば残るのは絶望だけである。

 

本を閉じて目頭を手で押さえるレッドマン。

現地の人間は出来るだけ殺害しないように気をつけているつもりだが、主人公とやらが現れて本格的に物語が始まった今。

目に見える脅威として認識されなければ、隠れ住んでいる自分を殺しに来てくれないかも知れない。

レッドマンが目指しているのは、建前だけとはいえ世界征服である。

世界を救ってくれなければ困るのだ。

 

なによりクソ悪魔の本の力を少しでも削ぐためにも、魔本の力は使っていかなければならない。

レッドマンから見ても、ロイヤルクラウンの改変は多大な魔力を消費していると見えたが、魔本・イービルズブックの力に翳りは見えない。

悪事を行うことそのものが魔本の餌ともなるからだ。

レッドマンは悪事のレベルを調節しながら、消耗するように魔本の力を少しずつ削ぎ落としていかなければならない訳だ。

魔本が弱体化すれば、契約者として繋がっているレッドマンの弱化にもつながる。

 

契約者が死んだ時、魔本の力は殆ど無くなってしまう。

だからやはり、レッドマンが殺されるのが一番手っ取り早い方法である。

今回の『普通のキノコを悪魔のキノコに摩り替える』という悪事は、規模と被害者の数が大きすぎて餌としての吸収分も大きすぎた。

魔本の力は、レッドマンが想定したよりも消耗が激しくないようである。

 

「目に見える脅威、か……モンスターを改変して主人公の近くを襲わせるか……?」

 

 目に留まったのはモンスターの情報が書かれたページ。

ぷにぷに、と書かれた最初期に登場する絵柄のモンスターであった。

実際に三つ大島でも遥か昔から存在している原生生物なので、レッドマンもよく知っている。

このモンスター達も、魔本の力を使えば根本から存在を造り替えることができるだろう。

レッドマンが望むままに。

 

「……しかし、モンスターを作り人間を脅かすというのは、やはり安直かもな。悪魔レッドマンという俺の存在を押さねばならぬのだし……突然変異ってことで切り捨てられるだけか……」

 

 魔本に餌を与えないように、人間を滅ぼさないように、主人公の錬金術士の少女が成長するように、レッドマンが主犯だとわかり易いように……

ああでもない、こうでもないと顔を顰めてメモ用紙に予定を書き込むレッドマン。

この時の為に考えていた作戦はあるのだが、いざ実行しようと想像すると躊躇われる要因が無数に出てきて困っているのが実情だった。

 

そういえば放り出したトルテの様子も気になるが……などと育てた娘の事に思考が及んだ時に筆を止めて天井を眺め、レッドマンはふと面白い発想をつかんだ。

それは具体的な内容を伴わない、形のない閃きであったが、とても良い考えのように思えた。

気付けば衝動のままに綺麗で気品のある封筒と、良質な紙とペンを魔本の力で手元に呼びよせていた。

 

 

彼の世界征服(自身の滅亡)への道は、まだまだ遠い。

 

 

 

    

 

 

 

 三ツ島の北西端にある漁村・ユウバナ村。

ちなみに名前の通り 『ユウバナの実』 という食材にも加工品にも、調合素材にもなる植物が、大陸から輸入されて植えられ栽培されている。

陽が高く上って雲もほとんどない快晴の空を見上げて、カスカルは頬を伝う汗を拭った。

 

「さって、アムースコさん。 俺はそろそろ帰ります」

「ああ、お昼時の暑い頃にありがとうな、カスカル君。 おかげでユウバナの実も随分と実ってきたよ……さぁ、少ないけど受け取ってくれ」

「ありがとうございます」

 

 流れた汗を拭きとって、カスカルは一口水を飲んだ。

アムースコと呼ばれた男は、ユウバナ村の村長である。

 

人口100人に満たない漁村であるユウバナ村。

そこから獲れる鮮魚を他の町や村、そして大陸との貿易をしている中央島へと卸すことが彼の仕事である。

もちろん、ユウバナ村の施設や設備。 漁に使う船の管理や村の方向性、住民たちの諍いや不満などをコントロールするなど、多岐に渡ってマネジメントしているのだ。

 

栗色の少し草臥れた髪質に白髪が混ざり始めた40歳を超えた中年男性。

長身ではあるものの漁師ばかりが居るユウバナ村で、一際細身のアムースコは漁師としての適正が無かった。

 

「君も随分立派な体つきになってきたね。 そろそろ成人だったかな?」

「ええ、冬を迎える頃ですね。 ちょうど、母さんのお腹から子供が生まれてくるかも」

「ああ。 ユトネ君は妊娠していたんだったね。 そうか、そうか。 それに君たちも儀が終われば大人になるし、目出度い話ばかりで結構なことだよ」

「ありがとうございます……アムースコさんには、色々とご迷惑をおかけしていますけど、これからもよろしくお願いします」

 

 カスカルは真面目な顔をしながら頭を下げた。

家が隣にあったこともあり、アムースコには子供の頃から面倒をかけている。

やんちゃをしていた自分自身はもちろんのこと、錬金術にのめり込んだ妹からはそれはもう、数え切れないほど。

 

「うんうん……ああ、それと時間のある時で良いから、貸し出していた花火を返してくれるかい?」

 

 言われてカスカルは思い出した。

大陸で使われることがある花火という道具を、珍しいからとリオリールに見せる為に村長から借りていたことを。

 

「ええ、判りました。 ただもう少し借りていても良いですか? 妹や居候の子が結構気になってるみたいですし……それにしても、結構な数を仕入れてましたよね。 花火というのは、何に使うんですか?」

「ふふふ、まぁ今はまだ内緒だよ。 実際に使うのは、もう少し先の話だしね」

 

 何に使うかは判らないが、祭事に使うものであることをカスカルは聞き及んでいた。

ユウバナ村を挙げてのお祭りをどこかで開催するつもりなのかも知れない。

 

アムースコ村長は文字通り、村の長である。

意味も無く無駄な予算をかけて、村の役に立たない物を購入する男では無いことも知っている。

 

引火する物だという花火の話もソコソコに、話題は成人間近のカスカル兄妹の話に自然と移り、そのままカスカルとアムースコは暫し、昔話に花を咲かせた。

錬金術でやらかした爆発事故が自宅の納屋だけでなく周囲に類焼し、アムースコの家は勿論、ユウバナ村全焼の危機となった曰くの話。

 

家屋に燃え移って赤々とした夕闇を作り出したユウバナ村炎上事件はカスカルを初め、この村の住人たちの誰にとっても忘れられない記憶だ。忌まわしい意味で。

 

「はは、懐かしいね。 確かにあの時は大変だったね。 でも、お蔭様で火災に強い建築方法と延焼を防ぐ技術、防災の教訓を学べたからね」

「……そういって頂けると、ありがたいです」

 

かつて妹が仕出かした―――カスカルにも罪が無かったとは言えない―――苦い思い出である申し訳なさがぶり返してきて、肩を落とす。

そんな彼の消沈した様子に気がついたアムースコは、話題を切り上げることにした。

 

アムースコ村長は子供がお金を得る『労働』という行為を学ばせる為に、という名目でユウバナ畑の手伝いをさせて小遣いを与えてる。

カスカルだけじゃない。

村の子供たちは少なからずアムースコ村長に、労働にてお金を稼ぐ体験をさせる場を用意して貰っていた。

 

「それじゃ、アムースコさん。 俺はそろそろ行きますね」

「ああ、最後に一ついいかな? これから先、君たちが成人を迎えたらユウバナ村は今よりももっと活気付くだろう。

 カスカル君は、何をしたいのか決めてるのかい?」

「いえ……まだ特には」

「そうか、まぁ焦らなくても良いことだからね。 じっくりと考えると良いよ」

「はい、ありがとうございます……もし決まったら、すぐに教えますね」

「うん……君が何を目指すのか、楽しみにしている」

 

 村の子供たちは私にとっても子供のようなものだから、と朗らかな笑みをアムースコに向けられ、わずかに顔を伏せてカスカルは一つ礼をしてから踵を返した。

 

わざわざアムースコ村長が将来の事を聞いたのは、三つ大島にある仕来り事があるからだろう。

 

成人の儀を執り行い、試験と洗礼を受けて初めて子供から大人になったと認識される。

これは三つ大島では遥か昔の古くから行われている儀式であり、文化であった。

晴れて大人と認められれば就労することが義務付けられ、若者達はそれぞれの進路を歩んでいくことになる。

 

この時、もしも希望の職業が決まっているならば、中央島でそれぞれ専門的な教育を受けられる事になっている……らしい。

 

だから三つ大島で育った子供たちは、大半が10歳を超えた頃に自らの将来をぼんやりと思い描いていく。

将来、何をして生計を立てるのか。

 

その問いに対する明確な答えを、カスカルは持っていなかった。

 

勝手な想像ではあるが、妹達には夢があるのだろう。

双子の妹であるリオリールは、言うまでもなく錬金術士を目指し邁進していくに違いない。

もし順調に話が進めば、いずれ錬金術が盛んである大陸に向かい三つ大島を離れて、別れの日が来ると無意識に感じている。

 

次女のエルオネは、動機はともかくお金を稼いで大陸首都に飛び出し、都会で良い旦那様を捕まえる為に行商人の真似事を始めていた。

三女のミルミスからは特に何も聞いていないが、人形が好きなので裁縫の勉強を母から教わっている。

 

 では自分はどうしたい。 何をしたい。

 

自分の父のように家業を継いで、このユウバナ村で漁師になるのか。

そんな未来を思い描いたこともあったが、ウータスはカスカルを海へ連れて漁に出ることは一度として無かった。

 

同じユウバナ村に住む漁師の男達は、自分の子供へ漁の何たるか、海で生きることがどういう物なのか、を教えていることもあるのにだ。

 

昔はそのことに不満を覚えたこともあったが、いつしかカスカルも気にすることが無くなった。

きっと父は、カスカルを漁師という家業を継ぐことに固執していないのだ。

成人の義を終えて一人の大人として認められた時に漁師になりたいと言えば、父は嫌になるほど厳しく手解きしてくれるだろう。

 

カスカルは厳めしい父親の顔を思い出して、一人苦笑した。

 

「将来か……俺は何になりたいんだろうな―――」

 

 単純に何かの職業を選び、働いている自分。

想像することは出来るが、将来のビジョンを明確にすることはできない。

子供らしい悩みを抱え、家の玄関を開けようと手を伸ばした時だった。

 

大きな衝撃、そして音と共に、前に体重をかけていたカスカルの身体が浮かんだ。

 

「げほぅっ、ケホっ! ちょ、ちょっと、どうして素材を投入してからイキナリ釜の温度を上げるのっ!?」

「ケホケホ、だって後ろでずっとトルテちゃんが火力が足りないってうるさいからーっ!」

「タイミングを考えるっ!」

「ちゃんと測ったもんっ!!」

 

 甲高い金きり声と、噎せ返った咳の音を混ぜて少女達の怒鳴り声が耳朶を打つ。

カスカルは溜息を吐いた。

トルテという、妹と同じ錬金術士が居候をしてから一週間も経つが、リオリールのアトリエでは騒音が絶えなくなった。

釜が爆発する頻度は激増し、口論を繰り返し、喧嘩を止めたと思ったら、また何時の間にか一緒に錬金釜を囲んで顔を合わせているのである。

 

出会ってから日が浅いのに、仲が良いのやら悪いのやら。

そんな彼女たちの言葉の応酬を治めるのは、何時の間にやらカスカルの役目になってしまっていた。

 

 なるほど、三つ大島では15歳となって成人の儀が終われば就労が義務付けられる。

 

しかし、夢を持たない若者達は自分の進路を決めるに当たって中央島から5年間の猶予が与えられるのだ。

20歳までに仕事に就いていればいいのである。

つまり。

 

「……このまま妹のお守りを続けて仕事を探す……って事にはならないようにしたいぜ」

 

 今までと同じように妹たちの世話を焼く生活を続けることだけは、リアルに今後も想像できてしまって身震いするカスカルだった。

 

 

 

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