リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
ジャラジャラ、ザアザア、カァーンカァーン。
最近は起きるとこんな音が毎回響いている。
リオリールは寝惚けた眼を手で擦りながらふあぁ、と大きな欠伸を一つ。
シヒテンフィルターを作り上げてから、もう4日。
リオリールはミミガーデン村に滞在して指を折って数えると、11日目に突入したことに気付いた。
あれからシヒテンフィルターの挙動を確認すれば、しっかりとろ過装置として機能し、継続して無効化し続けている事が分かっている。
ケモノたちの採掘道具もしっかりと使えており、道具が壊れることもないようだった。 身の回りの準備を終えて講堂への扉を開ければ、兄カスカルが朝食が出来ているとテーブルを指さした。
「さっきクラウス兄さんが部屋に来てな。 明日を目途に出発するって」
「あ、そうなんだ。 うぅ~~~ん! そっかぁ、旅の再会だなぁ!」
背伸びをしながら暢気にそう言う妹に、カスカルは苦笑してから
「昼にアウディさんから話があるみたいだから、旅の準備をしながら待とうぜ」
「うん、分かった! トルテちゃんは?」
リオリールはテーブルに着く前に、トルテのベッドの方を振り返った。
トルテは既に起きていたようで、毛布を畳み終え、身支度を整えているところだった。
「起きてる。 旅の準備……だね」
そう言ってトルテは、ねこさんポーチの中身を机の上に広げ始めた。
「あー、トルテちゃん、朝ごはんにしようよー!」
「その前に、これを見ておきたい」
リオリールの呼びかけにも応じず、トルテが広げたのは、カンカン山で採集した鉱石のサンプルや、シヒテンフィルターの調合時に使った残りの素材、そしてゼッテル用紙の束だった。
「カンカン山の鉱石、改めて見ても素晴らしい品質なの。 少し貰いたい」
トルテは手のひらに乗るほどの緑紋石の欠片を、日の光にかざしてみせた。
「この強度と輝き……まるで宝石だよ。 タータラベの人があれほど欲しがるのも納得」
彼女の表情には、安堵と共に、錬金術士としての確かな手応えが浮かんでいた。
「これで、ケモノの採掘道具も、心配なく使えるってことだね」
リオリールもいくつか用意されている朝食用のパンや野菜をいくつか更に盛り付け、ようやく食べる物が決まったのかテーブルの椅子に座りながら、トルテの方を振り返って言った。
「うん」
トルテは頷いて、リオリールに視線を移す。
「リオの発想は本当に頼りになる」
「えへへ、ありがとう、トルテちゃんもね!」
珍しくストレートな褒め言葉に、リオリールは頬を緩めた。
カスカルはそんな二人を見ながら、パンをスープに浸して口に運ぶ。 正直、その声は期待に膨らんでいた。
「シヒテンフィルターのおかげで、村の雰囲気もすっかり明るくなったし。 これなら俺達、認定証を貰えるよな?」
「がんばった」
「貰えなきゃ困るよ~~! これ以上の事は出来ないもん」
「アウディさんへの挨拶にもなるし、昼に会う時は失礼のないようにしよう」
「分かった~」
トルテは整頓していた荷物をそっとまとめ、テーブルへと向かった。
講堂はもう、賑やかさを取り戻していた。
数人の村人が朝食を取りながら、シヒテンフィルターの効果について熱心に語り合っているのが聞こえる。
「あの毒液、本当にただの水になっちまったんだとよ!」
「ああ、ケモノたちも掘りやすいのか、いつもよりペースが良いってな」
朝食を終える頃、奥の扉からアウディが姿を現した。
彼の顔には疲労の色が残っていたが以前のような重苦しさはなく、晴れやかな笑みを浮かべている。
「おはよう、リオリールさん、トルテさん、カスカル君。 よく眠れたかい?」
「はい! アウディさんも、お疲れ様です!」
リオリールが元気に挨拶すると、アウディはテーブルに近づき、三人の頭を順番に優しく撫でた。
「君たちのおかげだよ。本当に感謝している……って会うたびに言われたら気まずいかな?」
「あははは、大丈夫です! でも、ちょっと照れくさいです!」
「そうか、正直だね」
「えへへ。 でも褒められるのはすっごく気持ちいいです!」
「そ、そうか、ほんとに正直だ」
「それで、昼に話があるって……」
カスカルが尋ねると、アウディは頷いた。
「ああ。君たちの成人の儀の認定証だ。 だが、それは昼食後に改めて渡したい。 それまで、君たちにお願いしたいことがあるんだ」
アウディの声に三人は顔を見合わせて、快諾した。
アウディのお願いは、フラーラに錬金術を教えてくれないかというものだった。
ソラリスにも頼んだらしいのだが、彼女の新式錬金術は機材が特殊であり、ちゃんとしたアトリエの環境を整えないと教えるのは難しい。
ということで、より原始的で実践的なリオリールたちにお鉢が回ってきたのだ。
早速、リオリールとトルテは厨房のお鍋を一つ借りてフラーラに簡単な錬金術……基本中の基本である中和剤を作る事になった。
「いい? フラーラちゃん、まずは釜の声を聞くんだよ」
「か、釜の声?」
「リオ、釜の声なんて聞こえてるの?」
「ううん、聞こえないよ」
スパンっとゼッテル用紙がリオリールの頭の上で閃いた。
「うぅ、トルテちゃん違うよぉ。 ちゃんと釜の音とかコポコポとか、聞かないとうまく出来ないから~~」
「リオは感覚的過ぎて指導者に向かない。 私が教える」
そう言って、トルテはフラーラと目線を合わせて指を立てて口を開いた。
まず、中和剤を調合する目的を明確にする。
中和剤は色によって属性が別れ、これは用途によって作る中和剤が明確に異なるからだ。
赤・青などの種類は主に属性で別けられる。 中和剤は基本にして究極の錬金術だ。 細かく言えば中和剤とは境界値問題であり、色相つまりは属性だが、これによる相互干渉の浸透も付随する。 違う色の中和剤を混ぜることは厳禁。 中和剤を極めることを怠るのは錬金術士としてうんぬん──かんぬん──って書いてあった。
まるでどこかの参考書を丸写しして言葉を繰り出すトルテ。
フラーラは言葉の洪水に晒されて目を回し始めた。
スパンッ、とゼッテル用紙がトルテの頭の上で良い音を立てた。
「ストーーーーップ! トルテちゃん! フラーラちゃんが目を回しちゃってるって!」
「あ、あはは、私には少し難しいかもです」
「なんで……? 大事なのに……」
「とにかくやってみようか! まずコレとこれを、はい! 素材を用意したから鍋の中に入れて見て!」
時にリオリールが感覚的に、横でトルテが理論を交え、フラーラは慣れない手つきで初めての錬金術に頑張って挑んでいた。
真剣な顔で、グツグツと煮立つ鍋を睨みつけ初めての錬金術を学んでいる中、リオリールはふと気になってフラーラの夢について聞いてみた。
彼女も妹のエルオネと同い年なら、2年後には成人の儀に挑むことになる。
「ねえねえ、フラーラちゃんの夢って、なんなの?」
「私の夢……ですか?」
フラーラはかき混ぜる手を少し緩めて、遠くを見るような目をした。
「私は、色んな場所に旅をして、その時に見て経験して感じた物を本にしたいんです。 ミミガーデン村だけじゃなくて、三つ大島のあちこちを見て回って、物語を書きたいなって。 だから、成人の儀の旅にはとっても興味があって……」
「あ~、だから私たちに会った時に、成人の儀の旅の事を聞いたんだね?」
「はい、私……ちょっと盗み聞いちゃって、認定証を集める旅があることを知ってしまったから……」
悪い子なんです、と自分の頭を叩いて顔を俯かせた。
確かに、認定証のことは子供たちには秘密だった。
リオリールもトルテもカスカルも、旅立つ日が近づいてその時に教えてもらったのだから。
まぁきっと、大人たちの話を思いがけずに聞いてしまっただけだろう。
フラーラはこんなにも素直で良い子だ。
そんな彼女を見ながらトルテが小さく呟く。
「錬金術も、その体験を書く為に経験したかった?」
「はい! あと、錬金術がちょっとでも使えたらインクとか、自分で作れたら便利かなって思ったからで……錬金術士を目指すわけじゃないんですけど……」
「うん、良いと思う」
「素敵な夢だね! フラーラちゃん!」
そんな話をしていて集中力を欠いたのか、鍋の中身がボコボコと怪しげな泡を吹き始めた。
「あ、あれ? なんか色が……」
「フラーラちゃん、それジャカジャカしちゃってる! 混ぜすぎ!」
警告虚しく ボォン! と変色液体が爆発反応を示して、鍋の中で見事に産業廃棄物が転がる音が響き、黒い煙が厨房の中に蔓延していった。
黒煙が晴れると、そこには驚いて尻もちをつき、顔を真っ黒にしたフラーラ。
同じく煤だらけになった、リオリールとトルテが立っていた。
「あはは、し、失敗すると爆発するんですね……びっくりしましたぁ……」
少し涙目になってそう言うフラーラに、リオリールは煤を払いながら満面の笑みで親指を立てた。
「すごいよフラーラちゃん! 初めてでこんな良い爆発をさせられるなんて、才能あるよ!」
「えっ、そ、そうなんですか?」
「うん! 私なんて子供の頃から爆発させまくってきたからね!」
胸を張って褒めるリオリールを見ながら、トルテもまた、爆弾や爆発には一家言がある。
黒くなった顔でうむうむと頷いて、合格とばかりに親指を立てた。
「いい音だった。火力も十分」
「えへへ……そ、そうですか?」
二人に褒められて、フラーラが照れくさそうに頬を掻く。
だが、そんな和やかな空気を、後ろから冷めた目で見ていたカスカルが冷酷に切り裂いた。
「散乱しているゴミと産業廃棄物をとっとと片付けろ。 昼飯前には終わらせろよ」
「はぁい」
「手伝って」
「断る」
慣れ親しんだ兄の声に、リオリールは元気よくホウキと塵取りを取りに。
トルテはフラーラに産業廃棄物の処理方法を教える。
これが『錬金術士』の日常なんだなぁ、と手馴れた二人のお姉さんを相手にフラーラはそんなことを思ったのであった。
掃除も終わり、顔も洗い流してさっぱりとした昼食後。
アウディとクラウス、そしてタータラベへ帰る直前のウサミミおじさんが待つ広場へリオリールたちは呼ばれた。
「さて。 今更だがミミガーデン村の代表者として、このアウディ・クラウドメイデスが、君たちを立派な大人と認め、認定証を送る」
~~~~●●三つ大島 みつ島認定書●●~~~~~
▼ ミミガーデン村 村長 アウディ・クラウドメイデス
カンカン山における所作・行動を鑑み成人の儀における旅の経験を以て。
立派な大人としてここに認定する。
名前 カスカル・フェルエクス
名前 リオリール・フェルエクス
名前 トルテ
~~~~●● ミミガーデン村 ●●~~~~~
アウディから手渡されたのは、ミミガーデン村での滞在で社会経験を通じて大人であることの証明書。
左端にはアウディ・クラウドメイデスのケモノを象ったであろう印が押されていた。
これは半版であり、もう一つの半版は中央島に送られている。
半版同士を合わせて一つの認証印になることで、アウディから送られた認定証が本物だと認められることになるのだ。
「わぁ、かわいい。 青い毛皮だから、キューピーさんなんですね?」
「はは、今回初めて認定証を送るからね。 半版をキューピーに手伝ってもらって作ってみたんだ」
「工芸品……そういえばガーデン村にも落ちてた」
「うん、昔は木材を鞣して木彫り細工を旅人に売るのが主要な収入源の一つだった。 鉱石業に移ってからは、趣味で続ける人だけが今も作っているんだよ」
リオリールとトルテは、皮で出来た紙の重みを掌で確かめる。
これが、自分たちがミミガーデン村で成し遂げたことの証。
成人の儀に必要な、一枚目の認定証だ。
「旅の道中に失くさない様に気を付けてね。 紛失したらここまで戻ってくればまた発行するけど……二度手間になるから嫌だろう?」
「おう、そろそろ良いか? おめぇら! 俺はスベル・ブローザーハンズだ。 俺からはコイツを渡すぜ」
ウサミミおじさんが、ぶっきらぼうに何かを放り投げた。
カスカルが慌ててキャッチすると、それは美しく加工されたハンマーの絵が描かれているバッジだった。
「そいつは俺の炉に出入りできる通行証だ。 タータラベに来た時は俺の店に寄ってくれ! 歓迎するからよ!」
「あはは、ありがとうございます、スベルさん」
「ありがとう! ウサミミおじさん!」
「ウサ……おいおい、ちゃんと名前で呼んでくれよ。 これでもタータラベじゃ名の知れた職人なんだぜ?」
スベルは苦笑しながら、自分のハゲ頭をペシっと叩いた。
そして思い出したかのように、ああ、と爆弾発言をかましてくれた。
「あの合金棒は特別に1万コールで良いからな! 忘れるなよ!」
「ええーーーっ!」
「お金とるの?」
「そりゃそうだろ。 何を驚いてんだ、なぁ兄ちゃん」
「そういえば、説明するのを忘れてましたね……ごめんなさい。 リオ、トルテ。 つまり、そういうことなんだ」
「じ、事前に聞いてたの? お兄ちゃん、相談してよ!」
「そうだよ」
「いや、お前ら錬金術で忙しそうだったしな……邪魔しちゃ悪いと思って。 悪かったよ」
「ウハハハ。 まぁ、これ以上はまけられねぇよ。 俺もカカァに怒鳴られちまうし。 よし、挨拶も済んだ。 鉱石も積んだし、俺達はタータラベに帰る。 成人の儀、頑張れよ!」
なんとも快活で明け透けな人柄だった。
彼は部下たちを引き連れ、三つ牛に鉱石を積んだ木箱をたっぷりと乗せて、颯爽と去っていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで、リオリールたちは手を振り続けた。
ちょっとだけ、勝手に決めてしまったカスカルへ小言を漏らしながら。
そうして迎えた翌朝。
今度はリオリールたちの旅立ち。 その出発の時が来た。
カァーン! カァーン! と音が鳴り響く。
村の入り口には、アウディやフラーラ、そしてソラリスも見送りに来てくれていた。
「ソラリスさんは、この後どうするんですか?」
「私、もともとは鉱石が欲しくてカンカン山に来たんですよぉ。 だから、もう少しだけこの子たちと一緒にミミガーデン村でお手伝いして、緑鉱石を譲ってもらおうと思ってますね~」
「そうだったんだ」
「リオリールさん、トルテさん、カスカルさん……またアカデミー入学試験の時によろしくお願いいたしますぅ~~」
ソラリスはポメラニアンとシマリスを両手で抱きながら、ぺこりと頭を下げた。
リオリールたちもぺこりとお辞儀を返す。
新式錬金術を使う人に初めて出会ったステキな大人の女性。 ちょっと抜けてるけれど、一緒に満月の急須に立ち向かった仲間だ。
たくさんたくさん、勉強をさせてもらった。
カァーン!
頭を上げたリオリールは、アウディとフラーラに向き直って、同じ様に頭を下げた。
「お世話になりました!」
「こちらこそ。 君たちの旅の無事を祈っているよ」
「リオリールさん、トルテさん! 私、お姉ちゃんたちのこと本に書くから!」
「はは、懐かれたな……俺の事も忘れないでくれよ」
「あ、はい! もちろんカスカルお兄さんの事も!」
本にしてくれるのは純粋に楽しみだ。
カスカルはフラーラの頭を撫で、リオリールとトルテに振り返った。
「じゃあ……行くか」
「うん」
「行こう」
リオリール、トルテ、カスカルは、再び旅の一歩を踏み出した。
ソラリスが三つ牛の乗り合い場所までついてきてくれて、他愛のない会話に興じながら成人の儀の旅は続く。
「グアァッ」
ドラの鳴き声が雄大な山脈の空から降り落ちる。
カァーン!
歩き出した音に、反響してカンカン山が足音を返す。
カァーン!
打ち付けるケモノの採掘道具が、カンカン山の空にこだまして。
「クラウス兄さん、お待たせしました」
「サン、クウも、また麓までお願いね!」
カスカルたちが三つ牛に乗り込む時。
クラウスに向けてソラリスが声をかけた。
カァーン! カァーン!
「ねぇクラウスさん。 この甲高い音」
「ん?」
「歩いて跳ね返ってくる音なんですかね~? それとも、採掘に叩いてる音なんでしょうか~?」
「はは、そんなの──」
クラウスはクウに乗り込むリオリールとカスカルの背中を見つめて。
それから少しだけ空を見上げた。
カァーン! カァーン!
「子供たちが未来を歩く音だろ。 まったく、良い音しやがるぜ」
クラウスはそう言って、短く別れを告げてから三つ牛に乗り込んだ。
カァーン! カァーン!
背後からは、カンカン山の採掘音が、いつまでも響いていた。
それは、ミミガーデン村が生きている証。
カンカン山に響く音は、今日も高らかに、未来へと続いていく。
第4章 中央島へ向かえ~カンカン山~
完
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次回の投稿再開は、2026年9月07日を予定しています。