リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
01. ふた顎のなだら坂で
カンカン山を降りて旧ガーデン村跡地を南下すると、広がるのはなだらかな上り坂だ。
勾配はきつくないものの、坂道をひたすら登って行く。
庭先街道は分かりやすい道があるわけではなく、数十メートル置きに目印となるロープが太い木の幹などに巻かれているだけで、これを見失うと広大な山の中の森林で迷ってしまう事になる。
たまに山菜取りやキノコ狩りなどで山に入る人はいるため、最低限の目印はボランティアによって維持されているらしい。
徒歩だと疲れ果ててしまうような長い長い上り坂も、三つ牛に乗って移動すると観光気分で歩けてしまう。
リオリールとトルテは、山の中を歩く三つ牛の上で揺られて――やはり気になるのは素材のこと――右に左に景色を楽しんでいた。
しかし、その会話の中身は15歳の少女としては可愛らしいものではなかった。
「――つまり、爆弾ってことなの」
「言われてみると確かに説得力があるのかも……」
あらゆる物事は爆弾によって解決したという理論を展開するトルテ、リオリールはむぅぅ、と頷いてしまう。
「シヒテンフィルターを設置できたのは?」
「フラムで爆発させたから……でもさ、その前にケモノさんとかウサミミおじさんが、頑張って穴を開けてくれたからだよね?」
「うん、そこは大事だと思う。 でも最終的にはやっぱり爆発させたから間に合った」
「いや、うん……うぅぅぅ」
「それに、私たちは爆弾を使う提案をしてから、何もしていない」
「いや、そん、そんなこと……はぅ、そういえばそうだよ! 見てるだけだったよ! だって、あんなの口を挟めないしぃ……」
「だから、最後は爆弾だった」
「……たしかに」
どうしよう、反論ができない。
リオリールは三つ牛のゴワゴワとした毛皮を無意識に撫でながら、唇を尖らせる。
なんか何時の間にか議論になってしまっているが、別にリオリールはフラムの活躍を否定したいわけじゃない。
だけどすべてが爆発によって完結し、それが最大の功績となるのは間違っていると思った。 思ったんだけど、リオリールがトルテに理論で戦うには口下手すぎた。
何でこんな会話になってるんだろう? と思いつつ、切り口を変えてみた。
「トルテちゃん、でもさ。 爆弾は水を汚したり木を壊したり……そういう物だよね?」
「む……破壊と再生は対……って書いてあった。 古い建物を壊して新しい物を建てる時にも使う……確かおとーさんも灰にした物はどうせすぐに建つみたいな事を言ってたし……」
「トルテちゃんのおとーさん、過激だよね」
吹く風にどこか甘い花の香りが混じり始めている。
なだらかな坂道の先、視界が開けつつあるその場所から漂ってくるのだろうか。
三つ牛がのんびりとボォオ、と鳴き、その振動がリオリールのお尻に直接伝わってくる。
爆弾最強論を続けるトルテに少しだけ飽きてきたリオリールは、視線を前方に向けた。
いつの間にか周囲の植生は鬱蒼とした山林から、色彩が鮮やかな開けた雑木林へと変化していた。
「あ、トルテちゃん、見て見て!」
リオリールの瞳が輝いた。さっきまでの不毛な爆弾談義はどこへやら。
踏み固められていない草むらには、花の群生が風に揺れている。 その様はまるで緑の絨毯へ、綺麗にデコレーションを施しているみたいだった。
リオリールの指先に釣られて見たトルテも、おぉ、と声を思わずあげている。
人の手がまったくつけられていない、素材の宝庫。
これは三つ大島に錬金術士が居ないということが、大きく関係していた。
「すごいでっかいよ、あのウニ! 森キャベツも根元に生えてるし、あれって野生だよね!?」
「リオ、身を乗り出しすぎると落ちるぞ」
「あ! あはは、ごめん、危なかったね!」
カスカルの注意にリオリールが頭を手で抑え舌を出す。
錬金術のことになると危うさが増す妹に溜息一つ。 そんな注意を受けてもリオリールの興奮は収まらなかった。
三つ牛の上でジタバタするリオリール。
トルテも腰元のポーチに手をやっているので、採取に時間を割きたいのだろう。
「クラウス兄さん、少しだけ時間取れるかな?」
「んあ? ああ、構わないぜ。 どうせもうすぐ今夜泊まる山小屋も、見えてくるからな」
実が弾けるのではないかというパンパンに膨れ上がったツヴァイナッツ。
近くに生えているロイヤルクラウンとイビルズキノコも一緒に袋詰めして詰め込んでいく。
トルテは苔むした倒木をハンマーで砕いて枝を集め、磁鉄石の磁力を金属で確かめてからポーチにしまいこんだ。
「しっかし、錬金術っていうのは素材が大事なんだな。 こういうのも素材になるのか?」
クラウスが目の前の赤い花を根ごとむしり取ると、カスカルがあっと短く声を出す。
「ん? なんだよカスカル」
「ああ、いや。 草木は茎で折る様にって口酸っぱく言われたから、つい。 なんか、植生を維持しながら手折るのがルールみたいなんですよね」
「そ、そうなのか……ん?」
クラウスは根っこを毟しり取った赤い花を持ったまま、リオリールやトルテの視線がこっちに向いている事に気付き、ポリポリと頭を掻いた。
「その花は根っこを傷つけると枯れちゃうから、また来年採るために茎で切るんだよ」
リオリールが胸を張ってトルテに教えられた事を思い出しながら、クラウスへと注意すると、彼はバツが悪そうに頭を素直に下げた。
「すまん、知らんかった」
「ふふーん、よろしー!」
錬金術に関してはまったくの無知だったクラウス。
どうも採取に関していえば子供たちと立場が逆転してしまうようだ。
「やれやれ、俺じゃ助けになれそうにないな。 サンの上で寝てるから、終わったら起こしてくれよ」
そうして小一時間、なだら坂で採取に励んだリオリールたちは、手持ちのカゴ一杯になるまで素材を集めまくったのだった。
ようやく長い長い上り坂が終わった。
不意に大空が広がったと思えば、下方に広大な大地が広がる。
峠道の頂点から、視線は自然と西の空へと吸い寄せられた。
「うっわあぁぁ! なにあれ何あれー! でかすぎ!」
「でっっかぁ……」
トルテが珍しく素っ頓狂な声をあげてしまう。
西側の大地の隙間を埋めるように鎮座していたのは、巨大な死骸だった。
全身を苔や蔦に覆われているが、そのシルエットは明確に生物のそれ。
体高は優に二百メートルはあるだろうか。巨大なトカゲのような怪物が、山肌にその身を預けて眠っている。 何より目を引くのは、天を仰ぐように大きく開かれたその顎だ。
数十メートル規模の高さで上下に開かれた顎は、空をかみ砕こうとして永遠の時の中に固まったまま、動かなくなってしまったようである。
カスカルが先ほどリオリールに注意したのも忘れて、三つ牛の上でバランスを崩してしまうほど身を乗り出していることに気が付いた。
慌ててクウの手綱を握りしめて、しかし視線は巨獣に向いたままだ。
「なんて大きさなんだ。 あんな怪獣が昔には居たのか……」
「きょ、巨獣にしたってでかすぎるよ! ねぇクラウス兄さん! あれってなに!?」
「ははははっ、予想通りの反応で嬉しいぜ。 あれが庭先街道の名物、二つ顎の巨獣だ」
風化し植物に侵食されながらも、その骨格は白く朽ちることなく。
生々しい質量を持ってそこに在り続けていて、その存在感と言ったら唯一無二だろう。
美しい花々、雄大な自然を切り裂いて現れるこの二つ顎の巨獣は確かに異質で、圧倒されるほどの迫力があるランドマークだ。
上下の顎の間を西陽が通っていて、なんとも幻想的に映る美しい光景と言えた。
「ここは『ふた顎なだら坂』って通称があるんだ。 実際、この後も坂は緩やかで長く続く……その間、あの二つ顎の巨獣はずっと見えるんだよな」
「圧倒されちゃうなぁ……」
「構造的に、どうやってあの巨体を支えていたのか不思議なくらい」
トルテは遠目からじっと目を細めて観察していたが、ふっと視線を引き戻して気が付いた。
「あ、山小屋」
トルテの指差す先、巨獣の顎を見下ろすような位置に、こじんまりとした山小屋が建っていた。
「ああ、今日はこの二つ顎の巨獣が見える山小屋で一泊だ。 そしてな」
三つ牛を小屋に寄せながら、クラウスは言った。 三つ牛から降りて続いた発言は、リオリール、トルテ、カスカルに向けて。
意味ありげに切った言葉の続きを告げた。
「俺の案内人の役目はここまでだ」
クラウスとの別れだ。
山小屋で過ごす為の準備を終え、旅人のルールに則って、手順を踏んで休息の準備を終える。
陽が沈みかけて夕闇が広がる中、山小屋の外の焚火でホットストーンを割って、リオリールとトルテが鍋を温めて調合の準備をしている。 カスカルはそんな彼女たちの背後で薪を割りながら、三つ牛のサンとクウの体を洗い、世話をしているクラウスへと視線を向けていた。
――案内人の役目はここで終わり。
そう言ったクラウスの言葉の意味は、そのまま今まで頼りにしてきた三つ牛との別れを明確に示すものだ。
同時に、本当に子供だけでの旅が始まることを意味する。
奥に広がる二つ顎の巨獣が、沈みゆく陽の大きな影を作っている。
カスカルはしばらくその陽の沈む姿を眺めてから、置いてある薪めがけて斧を振り落とした。
バガッ! と大きな音がして、歪に分かれ……弾き飛んだ木片がクルクルと地面に回転しながらやがてコロリと倒れた。
「……一緒に過ごしたのなんて、ほんの数週間だけなのにな」
「ん? お兄ちゃん、何か言った?」
「カスカル、どうしたの?」
「いや……調合の調子はどうだ?」
割った薪を紐で結んで、脇に抱えるとカスカルはリオリールとトルテの横に、汗を拭きながら座り込む。
焚き火の明かりに照らされた鍋の中では、赤い液体がコポコポと音を立てていた。
「今はフラムの補充。 大型の爆弾はこの鍋じゃ作れないけど……」
トルテがカスカルの持ってきた薪を一本、焚火にくべながら
「あと、発破用のフラムを作ろうって」
「そうそう。 ミミガーデン村の穴にフラムを投げたら石が壊れたよね? だから普通の鉱石とかを採取する時に、発破用のフラムがあったら便利だねって話してて、それで作ることにしたんだよ!」
リオリールはレシピを懐から取り出して、カスカルにぐいっと押し付けてきた。
カスカルはそれを見ながら、なるほどな、と短く返す。
「うん。 あと、今回は素材に少し工夫をして、燃焼時間を延ばしてみようかと……」
トルテの説明が続くが、カスカルの相槌はどこか曖昧だ。
視線は鍋に向けられているものの、焦点が定まっていないような、どこか上の空な様子。
リオリールはそんな兄の横顔を不思議そうに覗き込んだ。
「お兄ちゃん、なにか元気ないね?」
「ん? そうか?」
「ちょっと落ち込んでる?」
双子の妹からの指摘に、カスカルはそうかな、と顔を擦った。
でも、そうかもしれない。
気にしないようにしてたけど、ミミガーデン村を離れる時もそうだった。
少ししか滞在していない村の暖かさ、人との触れ合いが離れてしまった時に実感できている。
いや、実感しているんだろう。
「なんか……少し寂しいのかもな」
「あー! 分かるよ! あんなに騒がしい村だったから、静かだよね!」
焚火の小さな音と、自然の風がそよぐ音。森の中の虫たちの鳴き声。
決して無音ではないけれど、今はもうミミガーデン村が奏でていた鉱石の音が物足りなく感じてしまう。
「そう思うと、確かに静かだね」
トルテもかき混ぜ棒の手を止めながら、周囲を見回しながら同調した。
自然と子供たちの視線が、クラウスの背中に向けられる。
夕暮れの中、牛草を大量に運んで餌やりをしている姿が影を作っていた。
旅の最初からずっと一緒だった頼もしい背中が、明日からはもうない。
その事実を改めて突きつけられ、リオリールも、急に胸の奥がキュッとなるような、後ろ髪引かれる思いがこみ上げてくる。
「そっかぁ……そうだよね」
「明日から、大変」
「そうだな……」
しんみりとした空気が流れる中、三つ牛の世話を終えたクラウスが戻ってきた。 濡れた手をタオルで拭きながら、どかっとトルテの横に腰を下ろす。
「なんだぁ? お前ら、随分辛気臭い顔をして。 ははーん、さては調合が失敗したな?」
「違うよ。 お兄ちゃんがね、クラウス兄さんたちと別れるのが寂しいんだって」
「おいリオ……いや、別に間違ってないんだけど」
バツが悪そうに妹の頭をゼッテル用紙で叩くと、クラウスはハハハハっと笑って
「なんだ、カスカル。 可愛げがあるじゃないかよ」
「う……ちょっとだけそう思っただけで……」
「いや、恥ずかしい事じゃねぇよ。 俺だってそうだった」
クラウスは笑みを収め、焚き火の炎を見つめながら静かに言った。
「出会いと別れを学ぶのも、成人の儀の旅の意義ってやつなんだな。 誰もがこうして経験を積んでいくんだ」
「ええ……最初から分かっていたつもりなんですけど」
「そのうち慣れるしな」
感情と理解は別物だ。
分かっていてもどうしようもない気持ちに苛まれることもある。
「まぁ偉そうには言えねぇけど。 実は俺もあまり分かっているとは……ただ、自分の中で消化できていれば良いのさ」
「……心の整理、か」
「まぁ成長痛みたいなものだし、あんま気にしても仕方ねぇよ、アッハッハッハ」
豪快に笑うクラウスに、カスカルたちの湿っぽい空気も吹き飛んでしまった。
そのまま食事の準備を終えて、談笑を交えながら片づけを済ませると、クラウスが三人の子供を呼び止めて、一度振り返って三つ牛を眺めた。
「そろそろ小屋に入ろうってとこだが、少しだけ時間をくれ」
「え、何かあるの?」
「お別れの挨拶とか?」
「いや、これから大人の交渉タイムだ」
「え?」
キョトンとするリオリールたちの前で、クラウスは優しい兄貴の顔から、商売人の顔へと切り替えた。 彼は親指で、のんびりと反芻しているサンとクウを指さした。
視線が三つ牛に集まったところで、クラウスは続けた。
「今までの旅を思い出してみな。 ボーク牧場を出発してから、庭先街道の悪路、ヒマワリ畑への往復、そしてカンカン山からここまでの道のり。 三つ牛は頼りになっただろ?」
一も二もなく、リオリールたちは頷いた。
そんなの当たり前だ。
ただの移動手段としてだけではない。
悪路をものともしない走破性。
人を含め重い荷物を軽々と運ぶパワー、そして長距離を進み続けるスタミナ。
モンスターも三つ牛を恐れてか全然近寄ってこないし、徒歩では庭先街道を通るだけで、とんでもなく疲れただろう。 乗って移動する快適性は類を見ないほどだ。
「兄さん……まさか」
「ああ、俺の案内人の役目は、この山小屋についたことで終わりだ。 一枚目の認定証を手に入れたお前らが、安全が確保できるエリアまで移動したからな」
「もしかして、宣伝だった?」
クラウスはニヤっと笑った。
この旅路そのものが、クラウスにとっては三つ牛という商品のプレゼンテーションでもあったのだろう。
案内人の役目は、大人としても大事なことだ。
クラウスを案内人として導いたのはアサハレ村のシャボール=ゼルマだった。
彼女に案内されたクラウスも、物や技術をこうして持ちかけられたものだ。
ミミガーデン村で築かれた高床式の家屋に使われた木材は、全てアサハレ村から調達したものだったのだから。
「子供たちの健闘を祈って送り出す……だけなら、ただの近所の兄ちゃんだ。 俺はお前らを認めているからこそ、『大人として』三つ牛の貸し出しを提案しているってわけさ」
クラウス・ディートボークは三つ大島の物流を支えるボーク牧場の後継者で、三つ牛を中心とした商売を行う若手のビジネスマンでもある。
子供扱いのおんぶにだっこはここまで。 ここから先は、大人の商談。
「うぅ、商談……」
「それで、三つ牛を借りるとどうなるの?」
商談という言葉に怯えるリオリール。
トルテのまっすぐな問いに、クラウスは片方の手を広げて
「成人の儀の終わりまで、お友達価格で5万コールってとこだな」
「5万コール! そんなお金持ってないよぉ!」
「当然、借りたならお前らのアトリエにつけとくぜ。 ああ、旅の中で払えなかった金は自分の村に請求が行くから覚えとけよ」
「つ、つけ……つまり借金」
「ま、また借金!? やだよー! 借金やだよー! スベルさんの1万コールもあるのに! そういえばあの1万コールも、ユウバナ村にお金払えって行ってるの?」
「まぁ、そうだろうなぁ」
「っ……手持ちじゃ勿論、そんなに無いし……でも、荷物もあるし……」
リオリールが頭を抱えて立ち上がるが、トルテは三つ牛を借りたら楽だ、と牛の背中に大量に乗っけられている荷物を見て唸っている。
「さて、成人の儀の旅のお供にウチの三つ牛はどうだい? 頼れる奴なのはもう分かってるだろ?」
パンっとサンの尻を叩いてクラウスは子供たちを見回した。
リオリール、カスカル、トルテの三人は気圧されるように身じろぎし、お互いの顔を見回していく。
その中でも最もクラウスの言葉に圧されたのはカスカルだった。
彼は必死に考えた。
道中の管理は当然、借り手のカスカルやリオリールたちの責任だ。
だが、三つ牛を借りるメリットは大きい。
成人の儀の旅は平均して1年ほど、と言われている。 1年間、三つ牛を貸し出せば相場は10万コールに及ぶということを考えると、間違いなく破格だ。
移動に荷物の運搬に、モンスターとの遭遇に。
アトリエにつけられるなら、もともと60万コール以上の借金だ。 少しくらい増えても構わないとさえ、考えてしまいそうになる。
いや、まて、とカスカルは口を手で覆うようにハッと気付いた。
牛草の扱い方をボーク牧場で習った時から、ここでの提案に全部が繋がっている事に気付く。
クラウスの大人としての抜け目のなさに、カスカルは身震いする思いだった。
最初から最後まで、クラウスは全部考えていたのだろう。 別れが寂しくなるこのタイミングで交渉を持ち出すのも巧みだ。
何より、この提案はクラウスの大きな善意とギリギリの値段設定で成り立ってると、カスカルは思った。 ボーク牧場の跡取り息子として、今回以外はありえない料金設定なのだ。
隣の妹が、ブリをまた1万匹必要だ、と頭を抱えているがそれで済むなら本当に安いと思える。
悩む子供たちに、クラウスは沈んだ西の空を見上げて言った。
「まぁ、明日の朝に出発だ。 その時までに相談して決めておけ。 借りずに苦労するにしろ、それはそれで勉強になる……三つ牛の上じゃ見えない物もあるかもな」
口元に水筒を寄せて、クラウスは水で喉を潤してから続けた。
「勿論、借りて楽をしてもいい。 三つ牛は大人だって頼りにしてる。 恥ずかしいことじゃなく、コイツに頼るのは誇ることでもあるんだぜ」
リオリールは、双子の兄をそっと見つめた。
少し考え込んでいたトルテも、やがて視線がカスカルの方に向く。
カスカルはぐっと唇を結んで、即決を避けた。
「……明日の朝までに、相談して決めておきます」
「ああ、良いだろう。 それじゃ、小屋に戻って寝るか!」
そう言ってクラウスは大袈裟に寝る事を宣言して小屋の中に入っていく。
その後姿を見送って、ドアがバタリ! と音を立て閉まると同時にリオリールの手が上がった。
「はい! 私、借金増えるのやだ!」
「じゃあ……お前、歩きたいのか?」
カスカルの即座のツッコミに、リオリールは今日ちょうど通った『なだら坂』の登り道を咄嗟に思い出す。 すごく長くて大変そうな、長い長い坂道だった。
今こうして、陽が沈む前に山小屋に到着できた上に、道中で採取に時間をとっても辿り着いたのは間違いなく三つ牛のおかげで……
「え……歩くのもやだ……」
「私は借りても良いと思う。 素材もかなり多く集めちゃったし、ポーチも一杯……」
「うう、確かに素材が多くて夢中で集めちゃった……でもでも、5万コールを返すのって大変だよ! まだアトリエに残ってる借金は60万コール以上もあるんだよ? 半年以上も頑張って、半分も返せてないのに借金が増えると……そうだよ、ユウバナ村の復興が遅れるってこともであるんだよ」
「ユウバナ村の復興か……確かに、その視点は大事だ。 俺達の旅を楽にすることが本当に大事なのか、村に迷惑をかけないのかっていうのは、考えないと駄目だよな」
「う、それを言われると」
「歩く事で見えることってクラウス兄さんも言ってたし、ちゃんと考えないと……トルテ、意見はあるか?」
「……うーん」
ユウバナ村の復興だけに限らず、ユウバナ村にあるアトリエを建ててもらったのはトルテが言い出しっぺだ。
言葉が詰まったタイミングで、三つ牛が ボォォー、と鳴いた。
三人が思わずサンとクウを見つめて、沈黙が流れる。
「俺達が、後悔しないような選択をしよう。 全員が納得するまで、きちんと話し合うぞ」
「うん……」
「わかった」
カスカルがそう言うと、リオリールとトルテは真剣な顔つきで頷き返した。
三人は固まって夜が深くなるまで、焚火を囲んで話し合いを続けることになったのである。