リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
オワンバシ街を象徴する、お椀の形をした湾岸部。
その中心に浮かぶ小高い丘の離島へ向けて、陸地から2本の巨大な端が架かっている。
そんな橋の上を歩いているのは、リオリールとトルテだ。
トンテンカン、と橋の補修をする大工さんたちが、湾にそって浮かぶトロッコに乗り込んでいた。 内側の時計回りの海流を利用している海上トロッコのようで、大きな荷物や建材、道具を纏めて東側に輸送するのに使っているらしい。
丘の上から見た時は食器のお箸のように見える橋は、海面よりも高い場所に位置しており、いくつものアーチ状の形で連なっていて、波の抵抗を逃がしていた。
この巨大な橋こそ、オワンバシ街のランドマークであり、住民たちの生活の大動脈として機能しているのだ。
リオリールは橋の欄干から身を乗り出して、アーチの下を覗き込んだ。
「白い点々が地面にあったから不思議だったけど……」
「海鳥の巣だね」
トルテが隣で覗き込むと、石組みのアーチの隙間や橋の影になった部分に、海鳥たちが器用に巣を作っているのが見えた。
海からの風を避けられ、外敵も近づきにくい橋の裏側は彼らにとって絶好の住処となっているようだ。
人間が作った建造物を、動物たちが賢く利用して共存している。
海鳥たちを見つめ、トルテはふとこぼす。
「そういえば、ドラ……しばらく見てないけど、大丈夫かな?」
「大きな街に居ると警戒しちゃうのかもね」
「ん……」
「心配?」
「だいじょうぶ。 ドラは賢いから」
言ってトルテの視線が、橋の上へと戻される。
まっすぐと中央に浮かぶ島に向かって伸びる橋。
北側から伸びるこの橋は賑わいの中心と言っていいくらいに、人々が潮風に揺られながら歩いていた。
誰もが自由に商いをすることができる、フリーマーケット。
両端には所狭しと露店が並び、色とりどりの布が日よけや風にはためいた。
右も、左も。
橋の終わりまで殆ど隙間がなくさまざまなお店が立ち並ぶ光景は、ここがユウバナ村やアサハレ村とは規模が違う、大きな都市であることを実感させる。
地元の漁師が獲れたての魚介類を売る店の前で、リオリールは足が止まった。
「うわぁ! 瑞々しくて大きなワカメだぁ! お、美味しそう……」
ウマハギやブリが並んでいるのに目もくれず、店の軒先に吊るされている大きくて長い立派な海藻に目を奪われる。
自分の『シンボル』として刻むくらいには、大好物。
トルテが制止する暇もなく、リオリールはハチマキをしているおじさんに声をかけた。
「おじさん! わかめください!」
「おお、元気だね! 獲れたてがあるぞ!」
「わああ、美味しそう!」
「……リオ、先に行ってるからね」
これは止めても無駄だろう。
露店の主と思わしきおじさんへ一直線に向かったリオリールを置いて、トルテは目的地を目指す。 橋の上には幾つかの大きな看板が設置してあって『Cのう』などの場所の目印があるのだ。
今日の目的は、このフリーマーケットで錬金術で作った道具の販売である。
オワンバシ街に辿り着いて5日目。
いつでも次の目的地に出発できる準備を終わらせた後に、路銀を稼ぐ為の一手として滞在中にたくさんの道具を用意してきた。
露店を開く許可・登録は昨日のうちに済ませてある。
貰った許可証兼販売証の札に視線を落としながら、トルテは歩いていくと、自分達が使える販売スペースが見えてきた。 『Fのち』 札と同じ場所だ。
「リオはどうせ、後から来るだろうし」
背負っていた荷物を降ろして、トルテはぐぅっと両手を広げて伸びをひとつ。
橋の上で、販売の為に用意した大きな布を広げる。
重しを載せて動かない様に固定しながら、トルテは思った。
「こういうの、どう並べると良いんだろう?」
海鳥の声、波の音、そして人々の話し声。
興味深そうに様々な店の前で足を止めて賑わうお客さんと店主。 トルテは少し覗き見るが、大きな看板やノボリなどはすぐには用意できそうもない。
露店の為の飾りつけは、とてもシンプルで大した準備は出来ていないのだ。
きっとエルオネが見たら叱ってくることだろう。
道具を並べ、トルテは『そよ風のアロマ』にそっと火を点した。
「ん、これでいいや」
ふわっと爽やかな潮の香りとは違う清涼な空気が広がっていく。
橋の上を吹き抜ける海風、アロマの香りを載せて客引きしてくれるだろう、という考え。
エルオネとの付き合いが無ければ、トルテにはきっと思いつかなかったに違いない。
オワンバシ街のランドマーク、大橋の露店通りで錬金術による調合アイテムの販売が幕を開けたのだった。
オワンバシの北側の出入口。
別行動をしていたカスカルはクウのお世話を済ませた後、リオリールたちの下に合流する予定だったが、入口近くの厩舎の向かいにある古びた建物の前で足を止めた。
最初に訪れた時には気づかなかった。
数日この厩舎の前を通って、ちょっとだけ気になった。
そんな建物だ。
周囲と比べて一際古く見えるその場所は、外壁を何度も補修されているような跡が見える。 周りは石造りの立派なつくりなのに比べて、ここだけ木造で、かなり古めかしい見た目なのだ。
オワンバシの街全体で見ても、放置されているような印象すら抱いてしまう場所。
通るたびに美しい街並みにポツンと建っているこの場所の違和感が増していた。
「朝も夜も、いつ通ってもここは入口のドアが空いてるんだよな……」
気になっている最大の要因はこれなのだ。
まるで不用心で、木造のドアがずっと開いたままなのである。 かといってこの周囲は汚れているわけではない。
ゴミが落ちても居ないし、壊れた物が放置されてたりもしない。 明らかに人の手が入って清潔に保たれていた。
「行ってみるか……時間はあるしな」
カスカルは好奇心に言い訳をしながら古びた建物に近づいた。
周囲を少し見回す。 妙な物は特になかった。
開いてるドアを押して入口を開くと、ギィギィと錆び付いた蝶番の音が響く。
室内は暗く、入口からすぐに廊下が伸びているようだった。
「すみません! 誰かいますか!?」
声を張り上げるが、返事はない。 無人なのかもしれない。
外観の見た目からは分からなかったが、廊下を少し進むと奥に階段が見える。
カスカルは少し悩んでから、奥へと足を進めた。
階段は地下に続いていて、土だけで作られた螺旋状のものだった。
一体、このオワンバシの街に何のために作られた建物なのか。
誰かの家だったら、申し訳ないなと思いつつもカスカルは地下へと足を進めると、少し開けた場所に出た。
地下らしく、少し埃っぽい。 紙のような匂いも漂っている。
「おやおや、珍しいね」
「わ!」
カスカルは急に声を掛けられて驚いた。
誰も居ないと思っていたが、扉の前には壁で仕切られ小窓がある部屋があり、そこに老婆が立っていたのだ。
「あぁ、驚かしてしまったかな、すまないね。 お客さんが来るとは思ってなかったんだよぉ」
老婆は申し訳なさそうに謝った。
「いえ、こちらこそ。 此処がどうしても気になって、入ってきてしまいました」
頭を下げてからカスカルは尋ねた。
「ここは一体、何のお店なんです?」
「あぁ、ここはお店ではないよ。 そこの扉を開けると、歴史があるんだ」
「歴史?」
「そう、オワンバシの街……その最初の立ち上げから、今に至るまでの歴史。 まだ中央島が自治区になる前の、この街の始まりからの記録が眠っているんだよ」
カスカルは思わず老婆が指さした扉を見つめた。
オワンバシの街の歴史は古いことは知っている。 『みつ島』のなかで最も古いかも、なんてユウバナ村でも言われていた事を聴いた事がある。
「中身は自由に見れるよ。 興味がおありなら、覗いておいで」
老婆に促されて、カスカルはそっと扉を開く。
そこは古びているけれど、整理整頓された本棚が並んでいた。
まるで小さな図書館だ。天井も低いし、飾りつけも無い。
読書用の小さなテーブルと椅子がいくつか並ぶだけの、狭い部屋だった。
卓上に設けられたランプを点けると暗くなく、けど明るすぎない灯が優しく室内を照らす。
カスカルは一番手前の本を一冊開いて読んでみた。
そこにはランドマークである橋の建設の記録と資料が並んでいる。
建設の計画、その意図……また、建造中の行方不明者や死者などすら記載があった。
「……」
カスカルはそっと元の場所に本を戻して、少し奥の本を取ってみる。
街の議事録のまとめのようだった。
その隣は海上トロッコのこと。全ての冊子に丁寧にまとめられている。
パタ、と本を閉じた際。
足下に縒れて変色して茶色くなった本に目が合った。
屈んでその本を開くと、日付がなんと550年前だ。 過去の津波の災害、劇の公演行事の計画。
湾の中央の小島が地震の後に現れた事も記載されている。 最初はオワンが無かったみたいだ。
そこにも行方不明者が一名、出た。 カスカルはその名前を見て、一瞬だけ手が止まった。
『レッド・ウォンスタークス』
「レッド……」
イッチの師匠、トルテのおとーさん。
全然関係ないはずだが、何となく思い出してしまったカスカルがじっと見つめていると、老婆がそっと近づいてきて袋に入った棒のような物を指しだしてきた。
「橋飴だよ。 良かったら食いねぇ」
「あ。ありがとうございます……お婆さん」
「うん?」
「ここは、この場所は、町を作ってきた人たちの歴史と戦った記録なんですね」
「うん、うん。 そうさね」
ニコリと皺くちゃな顔に笑みが宿り、カスカルは貰った棒状の飴を口に含んだ。
「塩辛くておいしいですね。 この飴は?」
「最初に作ったオワンバシの街の特産品。 棒塩飴だよ。 今は二本入れて橋飴として売られてるんだ」
「なるほど……」
橋ができる前からあった飴が、橋の名を冠して今も愛されている。 今、口の中で味わっているこの飴一つにも、歴史が詰まっているのだ。
好奇心で入ったこの小さな場所をカスカルは気に入った。
街の賑やかさと隔絶され、人の営みを詳細に記載し、街を形作ってきた歴史が積み上がったこの小さな部屋は、もっと大切にされるべきだ。 そう感じた。
老婆に礼を言い、見送られながら階段を上がる直前に、豪華な台座のような物が目に入る。 少し場違いな雰囲気の、装飾がこらされていた。
本を飾るものだったようだが、今は何も置いていなかった。
「……」
そのまま階段をあがり、外へ出ると陽はかなり高く昇っていた。
活気のある街を見渡して、何となく過ごしていた日々と違う風に街が見える。
「ユウバナ村にこういう歴史を記す場所を作るのも、ありかもな。 過去を記す、か」
カスカルは空を見上げた。
日差しが差し込む太陽が眩しくて、少しだけ目を細める。
「リオたちの作った道具、売れてるといいけど」
なぜか無性に込み上げるワクワクとした思いに息を吐き出しつつ、カスカルはリオリールたちが待つフリーマーケットに足を向かわせた。
『Fのち』
そう定められたスペースに、リオリールとトルテが座り込んでいる。
カスカルが周囲を見渡すと、その販売スペースの貧相さに圧倒された。
見事に閑古鳥が鳴いていた。
「あ、お兄ちゃん! 遅いよ~~~!」
「カスカル、何してたの?」
「いやちょっとな。 それより……」
カスカルは周囲を一度見回してから。
「暇そうだな……」
「お客さんぜんぜん来ない!」
「そのワカメは?」
「買ったよ! 夜に食べよ~ね!」
「そうか……」
ニコニコと満足そうな笑みを浮かべる妹を手で物理的にどかして、布の上に置かれた商品を見る。 リオリールとトルテがせっせと作っていた錬金術のアイテムが並んでいた。
カスカルは錬金術の調合の事はサッパリだが、実験台にされることも多かったので並んでるアイテムを見て、そのラインナップは売れ筋になっても可笑しくない物があると思う。
ただ、錬金術を知らない人たちにとって、一目見てどういう道具なのかなんてわかるはずがない。
『生きてるナワ』は見た目は完全にただのロープだ。
商品として並べているのだろうが、布の敷かれた床の上に置かれているからか、布を抑える為の重しと誤認されているだろう。
ユウバナ村でも日常的に使われる『洗濯用中和剤』 旅路でもお世話になっている『ホットストーン』 開発したばかりの香りの良い『そよ風のアロマ』など、日用品としても人気が出そうなアイテムたち。
アロマの香りに釣られてきても、あまりにもディスプレイが悪すぎて、人々が一瞥するだけで通り過ぎていく場所になってしまっていた。
「エルオネが見たら気絶しそうな飾り付けだな……」
「うぅ、だって準備してないもん……ここに来てから気付いたんだよね。 看板くらいは欲しいけど、用意してないよ~」
「道具は自信があるのに」
「そうだな……でも、せめて値札くらいはつけないか? 流石に値札が無いのは商品なのかどうかも分からないぞ」
「いくらで売れば良いか分からない!」
カスカルは頭を抱えた。
商才が乏しいとは思っていたが、まだカスカルは自分の妹を高く見積もっていたようだ。
錬金術ばかりに傾倒していた弊害だろう。
「いや、私もこのくらいかなぁって思う値段はあるんだよ? でも使ってくれた人には満足して欲しいから、そうなると幾らくらいが適正なのか全然わからなくなっちゃって……」
「私はお金ほしい」
リオリールの言い訳に、トルテがそっと言い足す。
恐らく、安値を望むリオリールとお金が欲しいトルテの意見がぶつかり合ったまま決まらなかった……ということだろう。
少しだけ橋のアーチの底を眺め、カスカルは少し思いついて言った。
「まぁ、ほら。 これでも食べておけよ」
「ん? これなに、お兄ちゃん」
「茶色い棒?」
「橋飴だ。 オワンバシの街の特産品だって」
「へー、欲しい欲しい! 美味しい?」
「じゃあそっちに座って。 トルテも」
「ん……お行儀が悪い気がする」
「いいから」
さきほど老婆から貰った飴を一つずつ配って、カスカル達は横に並んで袋を開けて飴をほお張った。
塩辛い味が口の中で広がって、リオリールが美味しそうにずっと口に含んでいる。
目立つ場所で橋飴を食べてれば、少しくらいは興味を引いてくれるだろう。
3人の子供で並んで口を動かしているのは、確かに少し愛嬌があった。
モキュモキュと口を動かして飴を食べ、橋の上で座りながら過ごしていると数人の男たちが足を止めて彼らを覗いた。
「お、橋飴か! うまそうに食うな!」
「首からぶら下げている札があるってことは成人の儀か。 どうだい、この町は。 楽しく過ごせてるか?」
「これから露店でも開くのかい? 何を売ってるんだ?」
「あ、えっと! いらっしゃいませ!」
「あん? もう店が開いてるのか?」
「そう。 錬金術の道具を売ってます」
「錬金術ぅ~?」
「なんだい、そりゃ」
リオリールとトルテが立ち上がってお客さんの応対に走っていく。 慣れない説明をするために、アタフタしていた。
あえてカスカルは何もせず、口の中で橋飴を転がしながら景色を眺めた。
リオリールとトルテの商売を手伝うことだってできるだろう。
だけど、しない。
明日は軒先村峠へ向かう予定だ。
その先はミツフタ港を通って、ふた島に向かう。
そして、認定証を得る為の成人の儀の旅は続く……その間は。
少しずつ、商売のことも学んでいければいいんだろうな、と空を見上げた。
錬金術のことは錬金術士が。
カスカル自身は自分の夢を見つける為に。
こうするのが、きっと健全だ。
カスカルはぐっと一つ伸びをして、歴史あるオワンバシの街の橋の上から見える景色を一人楽しむのだった。
稼いだお金は滞在費、錬金術の素材とワカメに消えて儲けはあまり出なかった。
橋上フリーマーケット 売上
生きてるナワ 6個 びよよぉん合板 1個
そよ風のアロマ 1個 ケモミミしっぽ 3個
ホットストーン 5個 洗濯用中和剤 13個
合計 5775コール。