リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
カスカルがリオリールたちの待つ軒先村の宿へと戻ってきたのは、別れてから六日が経過した頃だった。
「ただいま。 いやぁ、往復すると結構な距離だな」
「お兄ちゃん! おかえり!」
宿の入り口で出迎えた妹たちに、カスカルは肩の荷物を降ろしながら苦笑する。
道中のウィッシュは発見当初の気怠げで疲れた様子とは打って変わり、峠道を抜けてオワンバシ街が見えてくると随分と元気を取り戻していたらしい。
なんでも、本来の彼女は思ったよりもずっとお転婆だったそうだ。
三つ牛の乗り心地と利便性に感動し、わざわざオーエン牧場まで足を運んでマディーに挨拶しに行くと言い出したほどだという。
「マディーさんへのお土産を持たせて、ようやく別れてきたよ。 あいつも現金なもんだ」
「そうなんだ~。 でも綺麗な人だったよね」
「髪が綺麗だったね」
「ちゃんとお手入れしてるんだろうな~」
女の子らしい会話に、カスカルはああ、そうだと思い出した。
ウィッシュはリオリールとトルテに渡し忘れた物があった。
「これ、ウィッシュから二人へだって。 体調不良で渡すのを忘れたらしい」
「え、私たちに?」
「地図も貰ったのに……」
「俺もそう言ったんだけど、どうしてもって言われてな。 でも、きっと喜ぶぜ」
「そうなの? なになに、気になるよー!」
カスカルから手渡されたのは、手のひらに乗るほどの木製の小箱だった。
装飾はシンプルだが、側面に小さな覗き穴がついている。
カスカルに促され、リオリールは箱を持ち上げてその穴を片目で覗き込んだ。
「わぁー、夜……ううん、星空?」
リオリールが小箱の中に広がる世界に圧倒された。
この小さな箱の中に、闇夜に輝く満天の星空が敷き詰められていたのだ。
ただの絵ではない。 奥行きがあり、星々が瞬いているようにさえ見える幻想的な光景。
くるくるとその場でリオリールが回ると、星空も同じ様にくるりと回る。
「なにこれ! おもしろーい! ねぇこれ、どうやって作ってるんだろう?」
「貸して……」
トルテも興味を引かれたのか、腕を引っ張って強引にひったくる。
あ、ちょっとまだ見てるのに! とリオリールの抗議の声を無視して、トルテは無言でくるくる回った。
「すごいよな。 ふた島にあるウィッシュの故郷の『星読み村』の特産品らしいんだ」
「これ、どこの星空?」
「この小箱はウィッシュの故郷から見える星空を模しているらしい。 俺が貰ったのはひと島の何処かの村って言ってたな」
カスカルの説明によると、他にも三つ大島の至る場所の星空を再現したシリーズがあるらしい。 コレクションしている人も居るくらいだという。
色んな派生品があるらしく、アイマスクのように目を覆うことで、真昼間でも夜の静寂と星空を満喫できる高級品もあるのだとか。
「どう作ったらこんなの再現できるんだろう?」
「錬金術でも難しいかも……」
「光を使ってるのは分かるんだけど……詳しくは教えてくれなかったからな」
何度も代わる代わる箱を覗いてはしゃぐ妹とトルテに、カスカルは目を細めた。
一通りお土産話に花を咲かせた後、カスカルは二人の顔を見回して切り出した。
そっちはどうなんだ、と。
その言葉を待っていましたとばかりに、リオリールとトルテは顔を見合わせてからふっふーん、と笑った。
カスカルは嫌な予感がした。
リオリールがドヤ顔で得意気に胸を張ると大抵はロクな事がない。
だが、今回のリオリールは違う。 よくぞ聞いてくれた、といったところだろう。
この6日間、軒先村でリオリールは薬師エル婆さんの、トルテは独自の研究に集中していたのだ。
特にリオリールは、トルテをして知らない事を知っている人と言わしめたエル婆さんの指導を受け、その薫陶を見事に形にしていた。
「じゃぁーん! 見て見て! 私が開発したお薬だよ!」
・――――――――――――――――――――――――――――――――●
●すごい効く粉 作成者:リオリール
粉末状の飲み薬。
キノコ風味であり、くどくなく爽やかな口当たりが特徴的。
粉なので劣化や腐敗もしないが、水と一緒に飲まないと咽たり、くしゃみをする原因にも。
レシピ: セイタカトーン・(キノコ)・中和剤(青)・なにかの卵
● 効果 ● 特性
・粉 ・出来が良い
・HPMP中回復+ ・祝福された
・栄養豊富 ・回復力促進++
・治癒力向上 ・効果安定
・貫通力+
リオ「キノコ印の栄養満点ハーブのお薬だよ! 健康な人が飲んでも元気がでるよ!」
カスカル「お、おう。 いや聞きたいのはそういうことじゃなかったが」
トルテ「でも効果は凄かった」
カスカル「なんだ、自分で試したのか?」
トルテ「ん」
リオ「結構自信作だぞー、ほらお兄ちゃん、褒めても良いよ!」
カスカル「……がんばったな」
リオ「そう、頑張った! がんばったんだよ……エル婆さん、厳しいんだもん……!」
●――――――――――――――――――――――――――――――――・
リオリールは身震いした。
最初に試作品を見せに行った時のことを思い出したのだ。
品質にダメ出しをくらった時、エル婆さんはクワっと目を見開き恐ろしい形相でテーブルを叩き、やり直しだ! と大声で一喝された。 涙目になってエル婆さんの家を飛び出したのをよく覚えている。
あんなに鬼気迫る顔で迫ってこなくてもいいのに。
過去の恐怖に震える妹を横目に、想定よりも大分マシな道具が出てきたなと安堵しながらカスカルは視線をトルテに向けた。
彼女もまた、自信ありげにじっとこちらを見つめている。
「カスカル、突っ込んでもいいよ?」
「はあ? なにをだよ」
「ほら、いつもやってる。 これ」
真顔のまま、トルテがぶんぶんと手を虚空に振る。
ゼッテル用紙の束を丸めてスイングする、いつものカスカルのツッコミ動作の模倣だ。 ああ、とカスカルは合点がいった。
カスカルは苦笑しつつ、懐からツッコミ用のゼッテル用紙を取り出した。
「よく分からんが、とりあえずな」
パシッ!
乾いた音を響かせ、軽くトルテの頭を叩いたその瞬間。
小さいハンマーのような物体が飛び出してきた。
それも一つではない。
6個ほどが一気に、群れを成してカスカルへ向かって飛来する。
「うわっ!?」
驚愕し、とっさに身を引くカスカル。
だが、ハンマーたちはまるで意思があるかのように空中で軌道を変え、カスカルの後頭部へと殺到した。
\ピコピコピコピコピコピコピコピコ/
間抜けな音が連続して響き渡る。
痛みは全くない。 単純に鬱陶しい。
頭を抱えるカスカルの前で、トルテはそっと自分の手をぐっと握って小さくガッツポーズをした。
「えぇー、トルテちゃん、何それ!」
「ふふ、いつも突っ込まれる時に頭を叩かれるから、自衛用のカウンターアイテムを作った」
・――――――――――――――――――――――――――――――――●
●ミニピコハンマー 作成者:トルテ
キノコ主軸にハンマーの形に加工したピコピコなるハンマー。
トルテに危害が迫ると勝手に飛び出して、加害者を追跡して頭を叩く。
シーバーシー大講師の自動防御を見てからずっと研究を続けてようやく出来上がった。
レシピ: (キノコ)・粘土泥・ヘビの抜け殻・動物の化石
● 効果 ● 特性
・ハンマー ・品質上昇+
・打撃ダメージ(微) ・威力固定化
・キノコの鉄槌 ・増殖
・食べれる ・回数補正+
・生きている
トルテ「自動飛び出しの仕組みには苦労したけど、なんとか出来た」
リオ「ねぇトルテちゃん、その仕組み私も知りたい!」
カスカル「まったく痛くなかったから何も言わんが……物騒な物にするなよ」
トルテ「うん、いつかは爆弾を目一杯、相手に飛ばす」
カスカル「やめんかっ! ってうわ、また出てきた!」
リオ「おおー。 これでお兄ちゃんのツッコミに反撃できる!」
トルテ「毎回頭をペシペシされるのも、嫌だったしね」
リオ「トルテちゃんって天才!」
カスカル「……」\ピコピコピコピコ/
●――――――――――――――――――――――――――――――――・
頭の周りを飛び回るピコハンを手で払いながら、カスカルは大きなため息をついた。
6日間の留守中に、妹たちは逞しく、そして少しだけ厄介な方向へと成長していたようである。
「そっちはどうか、っていうのは売上と今後の旅支度の話だったんだけどな……」
「そっちの準備も大丈夫!」
そう言ってリオリールは小さな袋の中にみっちり詰まったコールを見せつけてきた。
1万コールはあるだろうか。
なんでもエル婆さんという人のお墨付きが出たおかげで、リオリールの薬『すごい効く粉』はあるだけ売れたらしいのだ。
「えっ、すごいなリオ! たった6日でそんだけ稼いだのか!」
「えへへ~、エル婆さんがね、『これは良い薬だよ、私が認めちゃる』って言ってくれたおかげで、軒先村の人がみんな買ってくれたんだよ! 薬師のお墨付きってすごいんだね!」
得意げに笑うリオリール。
「地元の薬師さんが認めたのか? やるな! それにしても……なるほど、それなら村の人は信用するだろうな」
「もちろん! この6日間で、軒先村のキノコを使った新しい調合を色々と試したよ」
「爆発は6回した」
「トルテちゃんと合計でね! 合計で!」
「5回はリオ」
「もう! 言わないでよ!」
「振ったのに?」
「振ってないよ!」
わいわい会話が弾みながら、リオリールが新たなレシピのメモを広げ、トルテがその成果物をテーブルに並べていく。
「軒先村の素材は面白いよ。 特に『ヤミヨタケ』や『ぬめりキノコ』のキノコ類は独特な特性を持っていて、幅が広がった」
トルテの横には、軒先村での滞在中に作り上げた調合品の数々が並べられている。
カスカルが手に取ったのは一つの玉だ。 掌に乗るくらいの球状で、赤黒い。
・――――――――――――――――――――――――――――――――●
●ドライボール 作成者:トルテ
湿気対策が必要だね、という話し合いから生まれた乾燥専用のボール。
投げると当たった地面を中心に周囲を一気に乾燥させる。
少しだけ熱いので火傷してしまうかも? 取り扱い注意!
レシピ: ヤミヨタケ・四つ葉の詰め草・カーエン石・エアロライト・ぷにぷに玉
● 効果 ● 特性
・乾く ・範囲を広く++
・炎ダメージ(微) ・威力固定化
・壊れやすい
・クサイ
トルテ「原理的にはフラムを弄ったから、構造は単純」
リオ「洗濯物を乾かすのに役に立つかもね~」
トルテ「燃えない様にすぐに使う方がいいかも?」
カスカル「……聞いてる限りでは便利そうだが、服が全部燃えたりしないよな?」
トルテ「……多分平気」
リオ「服が無くなっちゃったら旅が出来なくなっちゃうね……」
●――――――――――――――――――――――――――――――――・
新たな道具の名称を聞きながら、カスカルはふむ、と頷く。
「まぁでも、安全に使えるならドライボールは助かるな」
「でしょ? それとね、これはお兄ちゃんにも役に立つと思う旅の安全対策!」
リオリールが差し出してきたのは、見たことのない形状のアイテムだった。 小さな円盤状で、中央にネジが切ってあった。
「これはクウの為の道具でもあるよ~、ここをクルっと捩じると、ちょっとずつ螺子が動くの」
「つまり、時計か?」
「うん! クウの管理に時間が曖昧になると困るよね?」
「操作の仕方を教えてくれ」
「うん、えっとね!」
・――――――――――――――――――――――――――――――――●
●あんしん時計 作成者:リオリール
着用者が調節できるタイマー機能を備えた時計。
普通の時計としての機能はネジの日時計部分でしか使えない。
ただ、ネジを巻くことで一時間、二時間と調節できる。
時間が来るとライデン鉱のピリピリした刺激が数十秒続いて知らせてくれる。
カスカルを含め、クウの管理に使えるように三人分用意してある。
レシピ: ライデン鉱・ネジ・なめし革・ハチの巣
● 効果 ● 特性
・ピリピリ ・範囲を狭く
・命中率アップ ・信念の絆
トルテ「試してみたけど、気持ちいいくらいの刺激だよ」
リオ「最初はすっごく痺れたよね。 お兄ちゃん早く帰ってきてほしかったもん」
トルテ「うん」
カスカル「危ない所だったな」
トルテ「思い出したらムカついてきた」
リオ「え、トルテちゃん? あいたた、いや、痛くないけど!」\ピコピコピコピコ/
●――――――――――――――――――――――――――――――――・
「……そうか。まぁ、使えるならいいか」
不本意ながらも、妹たちの成長と成果を認めざるを得ない。
これで、路銀の心配もなく次の目的地であるミツフタ港への準備は整った。
「よし、準備万端ってわけだな。 明日の朝、ミツフタ港へ向けて出発するぞ!」
「うん!」
「いつでも大丈夫」
三人は顔を見合わせ、夜の軒先村に響く滝の音を聞きながら、次の旅路へと心を躍らせた。
軒先村の瀑布と水のカーテン。 岩の傘と埋まった大木。
お世話になった宿に別れを告げて、旅の手向けとして大きなロイヤルクラウンを貰った。
クウに乗り込んで、目指すはミツフタ港。
峠道を下りきると、広がるのは見渡す限りの平原だ。
北側にはカンカン山脈の雄大な威容が広がり、南側も山が見える。
ここは 『トジカ大平原』 と呼ばれている。
広大な開けた平原が続いていて、薄っすらと人通りのあることを示す踏み固められた道がどこまでも伸びていた。
一匹のアードラーがそんなリオリール達の背中をゆうゆうと空を泳いで追っていた。
「グアアァ」
「あ、ドラ、こっちおいで」
「うーーーん! いい天気だねー!」
リオリールはクウの背中の上で大きく伸びをした。 軒先村は幻想的で素敵な場所だったけれど、やっぱり太陽の光を浴びないと体がカビてしまいそうだった。
降り注ぐ日光が身体に沁みるようだ。 とても気分が良い。
ドラが久しぶりに会ったトルテに甘えるように突っ込んでくる。
リオリールとトルテの間に挟まって、グワワと羽で包み込んできた。
すっかり成長したドラの体高は、他のアードラーと比べても随分大きい。
野生の獲物を自由に喰らい、狩りを楽しんでいるのかストレスもなさそうだった。
「くすぐったい」
「ふふ、ドラは偉いね~! それにしても大きいなぁ、ドラ。 変異種ってやつなのかも?」
「そうかも」
「でも大きいけどカワイイよね。 ほらほら~」
リオリールも首筋を撫でると、グルグルと気持ちよさそうにドラは目を細めた。
「クウも、ドラの事を分かってるみたいだな。 本当に賢いな、三つ牛は」
「ドラも賢い」
「そうだな……」
カスカルが御者の席で器用に態勢を変え、褒めながらクウの耳の裏を掻いてあげる。
「ボオォー」
ふすーと鼻息を漏らしてクウも喜んでそうだった。
リオリールが動物たちを見比べて、楽しそうに笑って言った。
「賢い子たちだし、もしかしてドラもハンドサイン覚えられるんじゃない?」
「……ハンドサイン」
「今度一緒に試してみようよ、トルテちゃん」
「ん……やってみる」
「それにしても、目立ちそうだな。 それ」
そんな話を聞きながらカスカルが振り向き、湿気ったスカートをパタパタ仰いでいるトルテに行った。
エル婆さんから貰った立派なキノコが三つ牛の尻のあたりから生えている。
荷台からはみ出さんばかりに鎮座する巨大なキノコ。
お化けサイズかとカスカルは思ったが、これでも小さいほうらしいというのだから驚きだ。
「ありがたいけど、三人で食べきれる量じゃないぞ」
「保存食にするしかないかも?」
「売れば?」
トルテの端的な一言に、双子が顔を見合わせた。
それも手だ。 錬金術用の素材分だけ切り分けて、後はミツフタ港で売りさばいて路銀にしてしまう。
カスカル達と同じように成人の儀の旅を続けている同期、ウィッシュやエーゴンはもう3枚目を手に入れるだけだが、自分達はふた島、ひと島と旅は続く。
貰いものを売るのは若干気がひけたが、カスカルはリオリールの肩を叩いていった。
「成人の儀の旅を応援してくれた気持ちが、このロイヤルクラウンなら、売ってもエル婆さんを裏切った事にはならない……だろ?」
「う、うん……」
「それにしても……エル婆さんか」
妹のエルオネを思い出してカスカルは手綱を握りながら苦笑する。
リオリールも同じようで、お兄ちゃんの考えてる事分かっちゃった、と同じように嘆息していた。
「だって、エルなんて、ね?」
「まぁ、そうだな……」
「ふふ」
平原の風は穏やかで、草花が揺れる音だけが響く平和な旅路。
オワンバシから軒先村への険しい峠道とは違い、ここから港までは比較的平坦な道のりが続く。
道中、お化けサイズのロイヤルクラウンは、なんと8500コールで売れてしまった。
ミツフタ港についたのは、軒先村を飛び出してから10日目だった。
道中『にがり落葉池』南側で、とんでもないモンスターの群れに遭遇したが、クウに全員が乗っていたことで、交戦せずに逃げることが出来たのは幸いだった。
トルテが、人が居たような気がするけど。 という言葉にはドキリとしたが、あのモンスターの群れの中に飛び込むのは、命知らずがすることだ。
仮にトルテの予感が真実だったとしても、カスカル達に出来ることは何もなかった。
たとえ、クウが居てもだ。
大事なクウもクラウスからの預かりもの。 モンスターとの遭遇は避けれるならそれに越したことはない。
「そもそも勘違いかも」
トルテも自信は無いようで、忘れた方が良い、という結論になったのである。
そんな一幕を終えて、進行方向の遥か彼方。
うっすらと水平線が見え隠れし始めた。
みつ島の東端。
ミツフタ港がある海だ。
「ミツフタ港だ……長かったな」
「アサユウ街道を通れなかったから、時間がかかっちゃったね」
街並みが近づいてくると、海が間近に潮の匂いを運ぶ。
ミツフタ港は活気にあふれていた。
三つ牛が何頭も行き来し、荷揚げや運搬で忙しなく働いている。
オワンバシ街やタータラベに比肩すると言われるだけあって、人と物資の往来が激しい。
リオリールたちは港の端までやってきた。
ここから、海の向こうに見える『ふた島』へ向かうのだ。
「ここから歩いて渡れるはずだ」
「海の上を歩くなんて、不思議な感じだね」
「いよいよ、ふた島……」
「ちょっと待ったーーーー!」
カスカルが手綱を引きクウを海へと進めようとした時、あどけない声が響き小走りで少年が近づいてきた。
10歳くらいだろうか。日焼けした肌に、元気そうな短髪。
彼はクウの前に立ちふさがり、両手を広げて制止した。
「なんだ? どうした?」
「おにーさん、おねーさん! あんたら死んじゃうよ! 潮がまだ引いてないんだからさー、今は歩いていけないんだ!」
「えっ、そうなの?」
「うん。 お兄さんとお姉さんたちは初めて渡るの?」
「そうだよ。 君は渡ったことあるの?」
リオリールが無邪気に尋ねると、少年は呆れたように肩をすくめた。
「なに言ってるの? 無いよぉ~」
リオリールの頭に兄のツッコミが入った。
「あいたぁ! なんで叩くのおにいちゃん!」
「当たり前だろバカ。 成人の儀が終わるまで、子供は島外に出ちゃいけないんだから」 「あ……そ、そうだったね、あは、アハハハ」
「リオ……記憶が……」
「あるよ! ちょっとうっかりしただけだもん!」
トルテが憐れみの視線を向ける。
あまりのボケっぷりに寸劇を始めていると、少年は可笑しそうに笑って名乗った。
「あははは、仲が良いんだねお兄さんたち。 僕はベツル・ツリー。 ここに住んでて、大人たちのお手伝いをしてお小遣いを稼いでるんだ」
「へぇ、偉いな。 俺も昔はそうだったよ」
カスカルはアムースコ村長のユウバナ畑を手伝っていた頃を思い出し、親近感を抱いた。 ツリー君はクウの荷台を指さして、さらに指摘する。
「それに、その積み方じゃダメだよ。 海を渡っていくのに、それじゃ全部荷物が濡れちゃう」
「なに、そうなのか?」
「へへへ、お兄さんたちに海渡りの為の縛り方を教えてあげるよ! 荷揚げの時、父ちゃんから教わったから!」
今の積み方では波しぶきがかかるし、三つ牛が足を取られれば荷崩れもしかねない。
そう指摘されては、海の浅瀬を渡るという特殊な環境を知り尽くしている、地元の子に素直に頼った方が良いだろう。
カスカルは分かった、と頷く。 ツリーに笑みを浮かべて手を差し伸べ……
「そういうことなら手伝ってくれるか?」
「いいよ! お手伝い料は1万コールね!」
「高ぇよ!」
そのままゼッテル用紙の束でスパンっと思わずツリーを叩いてしまう。
リオリールも目を丸くした。
「1万コール!? 子供のお手伝い料じゃないよ!」
「チェッ、だめかー! やっぱりアホそうな人じゃないと引っかからないかぁ」
「誰がアホそうだ!」
「いやぁ、エルオネ姉ちゃんに教わった通りにしたんだけどさー、ダメだった!」
あははと屈託なく笑うツリー。
彼の口から飛び出した名前に、三人の動きが止まった。
「エルオネ?」
「なんだ、妹の知り合いなのか?」
リオリールが食い気味に聞くと、ツリー君は悪びれもせずに答えた。
なんでもアサハレ村のキエーシャ先生の学び舎に連れて行かれた時、たまたまエルオネも居て出会った事があるらしい。
面倒を見てくれて、とても楽しかったと笑ってツリーは言った。
「小遣い稼ぎなら人の好さそうなアホを捕まえて高額でふっかけて、徐々に値段を下げてお得感を出しなさいって教わったんだけどね」
「……」
「エルが」
カスカルは無言でおでこを叩いて天を仰ぎ、トルテが呆れた声を出した。
リオリールは頬を膨らませて地団駄を踏む。
「もうっ! エルのやつ~! 子供に変なこと教えないでよ!」
「というか、お兄さんたちってエルオネ姉ちゃんのお兄さんたち? あちゃー」
呆れつつも、どこか懐かしい名前を聞いて緊張が解けたのか、カスカルたちはツリー君と笑い合った。
結局、適正なお駄賃で交渉成立。
荷台の積み直しをツリー君と一緒に手伝いながら、海を渡るためのノウハウを教えてもらう。
「明日の朝一番なら、潮が一番引く時間帯だよ。 その時ならきっと濡れずに渡れるはずだぜ」
「ありがとう、ツリー君。 助かったよ」
「はい、これ! ツリー君、今度エルに会ったら渡しておいて!」
「手紙? いいよ。 なんて書いてあるの?」
「子供で遊ばない事! ってね!」
「あはは、エルオネ姉ちゃん、怒られてやんの」
ツリー君は手紙を受け取り、元気に手を振って去っていった。
そうして、翌朝。
太陽が顔を出してすぐの、暁の時間帯だ。
リオリール、トルテ、そしてカスカルはクウの背中に乗って海岸線に立った。
東の空が白み始め、水平線から少し霧がかかったような白い靄の中、ふた島が浮かび上がっている。
道程は僅か7km。
だけど、海の上を歩く……話には聞いていたけど、少しだけドキドキとした高揚感にリオリールは包まれていた。
初めてのふた島。
みつ島以外の、外の世界。
潮は大きく引いており、海の向こうまでうっすらと道ができているように見えた。
「行くぞ!」
カスカルの声に、リオリールたちがおー! と元気よく叫ぶ。
朝焼けの向こうへ。
海に浮かぶ黒いシルエット……ふた島を目指して。
クウの蹄が、チャプンと海面を叩いた。
旅章 朝焼けの向こうへ
完
〇評価、感想頂けると嬉しいです。
5章は10/1から投稿予定。お楽しみいただけますと幸いです。