リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
01. 不協和音と告げる少年
みつ島とふた島を繋ぐ、潮が引いた時だけにできる海の道。
陸地であれば7kmの道程は三つ牛にとって苦ではないが、さすがに海の上となると勝手が違う。 カスカルは慣れない海路で操縦が不慣れだった。 とはいえクウは何度も通ったことがある海の路なのか。 カスカルが間違えても自発的にルートを修正してくれている。
水深はクウの太い脚の脛あたりまであり、力強く進む足音に合わせてリズミカルな水音を立てながら三つ牛は悠々と歩を進めていく。
「おーい! 気をつけてな! 今日はちっとばかり潮が高いぞ!」
「あ、はい! ありがとう!」
「ははは、成人の儀の旅か! 頑張れよ!」
向かい側からやってきた、荷物を山のように積んだ三つ牛に乗る男性がすれ違いざまに声を張り上げた。 非常に安定して荷物を高々と積み上げている。
彼の乗っている三つ牛は防水布などもしっかりと張られて。 この三つ牛を使っての運搬や渡海にも様々な工夫を凝らしているのが分かる。
「頑張りますーす!」
リオリールが元気に手を振り返すと、相手の牛がボオォ、と返事をしてくれた。
自分たちの故郷、みつ島へと物資を運んでいく彼らに、リオリールは満足そうに笑顔を見せてトルテへと振り返った。
「すごいね、あんなに沢山荷物が載ってるよ」
「歩いて渡れるからこそ、なんだね」
もちろん、浅瀬を通れる小舟などを使って行き来している人たちも多い。 流石に徒歩で渡る人は少ないが。 往来する人たちが途切れないことから、二つの島を行き来する物流の要所である事が良く分かる。
リオリールたちの他にも、数頭の三つ牛や、ズボンを膝上まで捲り上げて大きなカゴを担いで歩く健脚な旅人の姿がちらほらとすれ違った。
「歩いて通るのも楽しそうだよね~」
「うーん、そうかな?」
リオリールの声に、トルテは途中で景色にも飽きそうだし、疲れるだろうからやだな、等と感想を抱く。 実際、リオリールが歩いて渡ろうとすれば途中で疲れて泣き言を言うだろう。
カスカルも苦笑して同意する。
「確かに、そうかも……」
「それより、ほら。 やっと陸地がはっきり見えてきた。 朝出発だったのに、もう陽が高くなったな」
手綱を握るカスカルが、前方を顎でしゃくる。
視線の先には、赤い岩肌が少しだけ露出して、麓にへばりつくよう砂浜が広がり、近くには作られた木造の港町が広がっていた。 ミツフタ港と殆ど変わらない構造だ。
あそこが、目的地の『ふた島』のフタミツ港。
どこか乾燥した赤土の匂いと、硫黄のような独特の香りが潮風に混じって漂ってくる。
「なんか空気が向こうとは違うね」
「フロジストン……じゃなくて硫黄かな?」
「ああ、どこかで嗅いだと思ったらフロジストンかぁ」
「港の桟橋の方に三つ牛が集まってるよ」
「ああ、向こうの方に行った方が良さそうだな」
トルテが指差した先には、海に向かって突き出すように伸びた長い木製の桟橋があった。
「ん~……?」
近づくにつれ、リオリールは耳をそばだてた。 波の音に混じって、奇妙な音が聞こえてくる。
ボロロン……ボロロン、と。
たまにブエーェェン……ビビョニュン……と形容しがたい音が響く。
「な、なんの音だこれ」
「きもい」
トルテの率直の感想いわく、キモイ音が何処かから鳴っていた。
弦楽器のようだが、調律が狂っているのか、それとも弾き手が絶望的に下手なのか。
不協和音を奏でる存在は、逆光で黒いシルエットになっていたがクウが近づくにつれてハッキリと姿が見えてきた。
つばの広いその帽子が、海風を受けてパタパタと揺れている。
薄手の草色のキャリックコートにシャツ、裾を大きくまくり上げてふくらはぎを見せるような黒のパンツ。 ボロン、ギョギギ、と手に持っている音を奏でて騒音をまき散らしていた。
ひどく注目を集めている騒音に、顔を見合わせてからリオリールが少し身を乗り出して尋ねた。
「こんにちはーーー!」
「やぁ、こんちはー。 もしかして、聴きに来てくれたんかい?」
「ううん、不審な音が気になっただけだよ、お兄さん!」
「不審て? わははは、こら手厳しい! 初対面やのに遠慮があれへんな、お嬢ちゃん」
「えへへ、すみません! 私、リオリール・フェルエクスです! こっちがお兄ちゃんのカスカルで、こっちがトルテちゃんです!」
「よろしゅう。 俺はディーツハートや。 大陸から来て三日前くらいから、ふた島におるんやんな」
「どうも」
「よろしく」
珍しい語り口で話すディーツハートと名乗った男は、細い目で見上げてきた。
リオリールとトルテはクウが止まったのを確認すると、砂浜に足を降ろす。
糸目で大陸特有の方言だろうか、語り口が独特な男性だ。
それも随分リオリールとトルテよりも年上のようだ。
「大陸から来たんだ」
トルテの質問に、鍔の広い帽子をくいっと上げてディーツハートは頷いた。
「そやね。 長い船旅やったわ。 船酔いで三回くらい死ぬか思たで」
「ええ、大袈裟だなぁ~」
「ほんとほんま。 一回リオちゃんも乗ってみたらわかるわ、船酔いはきっついで~」
「船には何度も乗ったことがあるよ! 私、船酔いは大丈夫みたい!」
「ええな~……羨ましいで」
快活に笑いながら、手に持っていた弦楽器を構える。
複雑な装飾が施されて、形も独特な見たことの無い楽器だ。
ボロロン、と音を鳴らして、ワシはもう二度と乗らんわ。 などと、どうやって帰るつもりなのか分からない発言をかましているディーツ。
なんとも軽薄な印象だが、トルテが少しだけ眉を動かした。
彼女はリオリールの後ろからひょこっと顔を出し、ディーツハートの手元をじっと見つめる。
「どうしたの? トルテちゃん」
「むぅ……」
「なんやなんや? そないに見つめて、なんかある?」
「その楽器……錬金術?」
おっ、とディーツハートは嬉しそうに手元の弦楽器を少しだけ持ち上げた。
トルテの指摘に、リオリールも目を丸くして楽器を覗き込む。 錬金術で作られた楽器は初めてだ。
「いやぁ、すごいわ。 良い目しとるやん」
「すごいね! 錬金術の楽器なんて初めて見たよ!」
パッとリオリールは笑顔になった。
「分かるってことはあんた錬金術士志望か? くくっ、船では見かけへんかったけど、候補生なん?」
言いながら、ディーツハートは上着のポケットから一枚の羊皮紙を取り出して見せた。
リオリールとトルテは顔を見合わせ、その内容を読む。
王立アカデミー 第97期 冬季特別入学試験
見出しにそのように書かれた内容は、リオリールとトルテが目指す成人の儀の旅のゴール。 中央島でのアカデミー入学試験について書かれた物であった。
「候補生……ソラリスと同じってこと?」
「ああ、確かに。 ソラリスさんと一緒だね! ディーツハートさんはソラリスさんは知ってるの?」
「うーん、よう分からへんけど、とりあえず……」
ディーツハートはふと空を見上げた。
太陽は真上にあり、ジリジリとした日差しが容赦なく降り注いでいる。
お腹を抱えてぐぅぅ、と音を恥ずかし気もなく鳴らした。
「話が盛り上がんのはええことやけど、腹が減ってはなんとやら。 そこのおにいさんも所在なさ気やし、ここいらで飯にせえへんか?」
彼はポンと自分の平らな腹を叩き、カスカルにウィンクを飛ばした。
カスカルも苦笑しながら、自分のお腹に手を当てる。 同時に、彼の気づかいに少しだけ頭を下げたのだった。
朝から移動しっぱなしで、確かに空腹を感じていたから。
港のすぐそばにある大衆食堂。
壁のない吹きっさらしの店内で、潮風を感じながらの昼食となった。 テーブルには焼きたての魚料理や、貝のスープが所狭しと並べられている。
ここに来てからディーツの定番の昼食ということで、リオリールたちは揃って同じ物を食べることにした。
塩味の効いた魚がとても美味しい。 味はウマハギに近かったが、違う様だ。
「じゃあ、ディーツハートさんも認定証を求めてるんですか?」
リオリールは焼き魚の骨を手際よく除きながら、目を輝かせて身を乗り出した。
ディーツハートが大陸から来た理由。 それはやっぱりリオリールたちと同じ、三つ大島の中央島で開催されるアカデミーの試験を受けるためだったのだ。
そして、同時に認定証集めにも参加しているそうである。
何でも、試験官側からテストに関して有利になるとかならないとか。 三つ大島の伝統である成人の儀の為の認定証が、どうして王国のアカデミーの入学試験に関係しているかは謎だった。
「せや。 ワイみたいな凡人がアカデミーに入るには、こっちの試験の方が倍率低いんちゃうかと思ってな」
「あはは、そんなことないと思いますけど~……ね、トルテちゃん!」
「うん、ライバル」
ソラリスの使っていた新式錬金術。 ミックスフィールドとその力はカンカン山で十分過ぎるほどの衝撃をリオリールとトルテに与えていた。
大陸の錬金術士、その候補生ともなれば彼も同様の使い手なのだろうことは容易に想像できる。
トルテは貝のスープをスプーンですくいながら、じっとディーツハートを見つめる。
同じ目的を持つ仲間であり、競争相手。 だが、不思議とピリピリした空気にはならないのは、彼の飄々とした人柄のせいだろうか。
そもそも新式錬金術を使う為の『ミックスフィールド』という器材も見当たらないが……
「私たちも同じ試験候補生のソラリスさんに会ったんですよ。 認定証のことは聞かなかったけど」
「ほーん、ソラリス? きいたことあれへんなぁ」
「そうなの?」
カスカルが名前だけじゃ伝わらないかもしれないだろ、と会話に入って特徴を告げた。
青い髪で片目が隠れがちな長い前髪。 眼鏡をかけていてとても大きな胸をしている。 一番の特徴はシマリスとポメラニアンを連れていて、よく噛まれる事があること。 少しおどおどしていて、気弱な性格だったこと。
短い間の交流だったが、印象的な人だった。
そうカスカルは顎に手を当てて思い出しながら伝えると、ディーツハートはポンと手を打った。
「おーん、船で見かけたわ。 頭にリス乗っけて、犬連れて歩いとった変わった子ぉやな。 話したことはあれへんけど、インパクト強かったから覚えとるわ」
「やっぱり知ってたんだ~」
「ソラリスも、同じライバルだね」
「ま、同じ船で来たんやからな……それにしたかて、お嬢ちゃんらも候補生かいな。 こら、試験は賑やかで楽しくなりそうやな!」
ディーツハートは暢気に笑いながら、木製のジョッキに入った酒を飲みほした。
盛り上がるリオリールとトルテに、カスカルは一歩引いて食事を終えて眺めていた。
リオリールは目を回したり輝かせたりと忙しく、トルテは静かに闘志を燃やしている。 そんな三人の様子を、カスカルは少し離れた位置から眺めていた。
錬金術の事は分からない。
話の腰を折るのも、なんだか悪かった。
そっと席を立つと、隣に座っていたリオリールが気が付いた。
「お兄ちゃん、もう行くの?」
「港を見て情報でも集めてくるよ。 別に話していてもいい。 ディーツハートさん、ちょっと席を外しますね」
「うん! お兄ちゃん、気を付けてね!」
リオリールは屈託なく手を振り、トルテは片手をそっとあげる。
カスカルが食堂の出口に向かうと、その背中に独り言のような呟きが微かに聞こえた。
「あの子も来る頃やし、カスカル君気をつけてな」
「……?」
誰か待ち合わせでもしているのだろうか。 少し気になったが、話の熱中具合からして水を差すのも野暮だろうと思い直し、カスカルはそのまま店を出た。
フタミツ港の匂いは独特だ。
硫黄混じった潮の香りがする。 整理された道は砂の混じったもので多くの人通りがあった。 荷揚げ場では、屈強な男たちが怒号のような声を掛け合いながら、木箱を三つ牛に積み込んでいるのが見える。
街の奥は坂道と階段が入り組んでいる。 その高低差が街に立体感を与えていて、あまり浜辺から離れると迷子になりそうだ。
「……ん?」
カスカルはそんな街のちょっと開けた広場に、看板を近くに立てて片手には資料の紙のような物を抱えて、そして声を張り上げている小さな影があった。
周囲の喧騒にかき消されそうな、けれど必死な少年の声。
この明るく陽気な港町で、そこだけが少し、色が違って見えた。
「聞いてください! ただの満潮ではありません!」
「何を言ってるんだ?」
聴衆はいない。
いや、お爺さんが一人、ベンチに座っているが話を聞いているわけではないようだった。 誰にも相手にされない中、何かを叫んでいる姿にカスカルは惹かれて、足を少年の方へ向ける。 近づくにつれ、その声はあまりにも鬼気迫ったものだと気付く。
大陸では広く知られる聖職者の装束だが、カスカルはそのことは知らなかった。
誰もが足を止めることなく、関わり合いになるのを避けるように通り過ぎていく。
それでも少年は、誰もいない空間に向かって、手に持った紙束を振り回していた。
「見てください! 水位を示すデータなんです、たった一ヶ月でこんなにも海面は上昇してます!」
「水位の上昇?」
その言葉は、もしも本当ならユウバナ村も無関係ではない。
漁師としての薫陶をカスカルは受けた事は無いけれど、海と共に生きる者にとって潮位の変化は生活のすべてに直結すると言っても良い。 ユウバナ村の満ち引きの時間なら肌で覚えているくらいだ。
もしこの少年の話が真実なら、という前提になるが……さきほど渡ってき『みつ島』と『ふた島』を繋ぐ海の道も潮が引く時間が短くなれば、物流は止まり、島は孤立することになる。
こんな深刻な問題を、同じく海と共に暮らすフタミツ港の人達がまるで気にしていないのも、カスカルには不思議だった。
「はぁ……はぁ……」
「叫び疲れたのか? 大丈夫かな」
「わぁっ!」
少年が肩で息をして膝に手を突くと、カスカルは声を掛けた。
声を掛けられると思っていなかったのか、少年が飛び跳ね抱えていた紙束が数枚、地面に滑り落ちていく。
カスカルは散らばった物を拾いながら、驚かせて悪い、と一言だけ謝って紙を見た。
どうも潮位の上昇を示す図解が描かれているが、専門知識もないのでカスカルには読めなかった。
「あ、あの、話を聞いてくれるんですか?」
「まぁ、気になったから聞くけどさ。 これ、本当の事なのか?」
少年は目を丸くした後、慌てて自分の持っている紙束を突き出した。
整った顔立ちをしているが、その瞳には切迫した色が宿っている。
「あの、これです。 えっと、この紙」
「あ、ああ」
「誰も信じてくれないんです。 でも、神父様がちゃんと計算した結果が、ここには纏められています。 港の危機なのに、今じゃ誰も……」
「嘘だと思われてるってことか。 その神父様っていうのは?」
「大陸から試験的に教会を、ふた島に建てて貰ったんです。 僕らが来たのは半年くらい前なんですが、神父様が海面の潮位の異常に気付いて……」
名はカデルエイ神父と言うらしい。
フタミツ港の浅瀬が数年もすれば、三つ牛で通れなくなるほどに深くなってしまう事が描かれていた。
なんとも言えない違和感。
こんな大問題、フタミツ港の大人たち……いや、ふた島の大人が放って置く訳がない。
彼らが無視しているのなら、疑うべきは神父様の方な気もする。
「なぁ、君の名前は?」
「僕はシャイエルです。 シャイエル・フローティエルスタリア……」
「俺はカスカルだ。 一応、君の話は心に留めるけど、俺に出来そうなことは何もないかもな」
「は、はい。 良いんです、知ってくれるだけでも!」
でも。
シャイエルと名乗った少年は、カスカルが紙を捨てずに読んでいることに、縋るような視線を向けて、彼の信じる真実を告げた。
「本当に、海が飲み込もうとしているんです。 このふた島を」