リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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06. ユウバナ 2

 

 

 

「良い? 錬金術は釜の中に異物が―――それこそ、髪の毛一本入ってしまうだけで想像も出来ないような結果になってしまうこともある」

「はぇ~、そうなんだ」

「そうなの。 なのでリオのように、長い髪を纏めることすらせずに錬金釜の前に立つのは、そもそも非常識極まりないの」

「う、うん……あ、でもトルテちゃんも縛ってないけど」

「調合をする時は頭巾を被るよ。 あなたとは違うんです」

「そうなんだぁ。 う~ん、頭巾かぁ。箪笥の中においてあったかなぁ?」

 

 お兄ちゃん、あったっけ? などと暢気な顔で問いかけるリオリール。

カスカルはアトリエに備わっているソファーでぼんやりと二人の少女を眺めながら、首を振った。

子供の頃ならばともかく、成人間近となった今。

妹の箪笥の中は間違えて開けてしまった時以外は覗かない事くらいわかってほしい。

 

「でも助かるなぁ。 私、ずっと一人で錬金術をやってたから、トルテちゃんが色々教えてくれて嬉しいよ~」

「教えてる訳じゃない、リオの調合は突っ込むところが多すぎて……それに、私が森を突っ切って戻るのには爆弾が必要だから」

 

爆弾を作るには釜が置いてあるだけの、みすぼらしいと言う言葉すら哀れに思えるこの倉庫のアトリエが必要だ。

 

でもそれにしたってこのアトリエは酷すぎる、とトルテは思う。 

このアトリエの環境を見たら多くの錬金術士は嘆き悲しみ、自殺するほどのショックを受けるに違いない。

 

「む? いやこれは実は名案なのでは……リオのアトリエを覗いて勝手にショック死する錬金術士、手間がかからない……」

「さすがにショック死はしないと思うけど……もう、トルテちゃんは酷いなぁ。 それに、私もだんだん爆発しないで調合できるようになってきたし……」

「いま中和剤の調合で爆発させた人は?」

「う、それはまぁ……その、それはそれってことで、アハ~アハハハ~~」

「そもそも中和剤は―――」

 

 リオリールの家に居候として過ごして一週間。

この間、トルテが何をしていたかというと初めての山登りと採取作業を終えて疲労困憊になった身体の回復に努めていた。

ついでに、リオリールの調合作業に横槍し、駄目だしと指南と指摘とアドバイス、そして煽りと喧嘩を随時行っていた。

 

トルテにとって錬金術士は誰であろうと、おとーさん……つまり、悪魔怪人レッドマンの敵である。

自然と対応には棘が含まれ、ユウバナ村の子供たちの中でも飛び抜けて温厚な性格であるリオリールも、トルテ相手に何度も喧嘩してしまった。

 

しかし仕方ないのだ。

満たされた環境で錬金術士として育てられたトルテにとって、リオリールのアトリエは途轍もなく我慢なら無い作業環境であった。

ここで錬金術を行使しているリオは、存在そのものがトルテにとって非常識である。

 

調合に使っている錬金釜は、爆発に耐えうる専用の釜ではなく何の変哲も無い陶器製の大釜で、しかも若干ひび割れている。

調合の失敗と爆発を繰り返せば錬金術に使えなくなる欠陥品であり、器具に至っては歪にゆがんだ自作の物しかない。

素材を纏めて置いておくコンテナは無く、その代わりにはその辺にある木を削って作っただけの木箱が数点。

 

せっかく錬金術で作った樽はコンテナかと思いきや 『すごく沢山入る』 などの特性が無い、ただの置物だ。

 

カテゴリに分けられている訳でも無く、乱雑に素材が放り込まれているだけで作業効率の点を考えても保管状態は最悪に等しい。

そもそも中和剤一つとってもトルテの常識からは考えられなかった。

中和剤の色分けは、まぁ、効果によって纏められていると考えればまだ納得はいく。

 

しかし、その管理方法が杜撰にすぎる。

青の中和剤を入れてあった石で作られた試験管(トルテは断じて試験管とは認めていない)物を、水で洗い流しただけの状態で赤の中和剤をぶち込む。

素材は半分だけすり鉢で潰し、残り半分は床に放り投げられていた。

 

極めつけは失敗して出来たゴミや産業廃棄物は一箇所に纏めてアトリエの外に放置している状態である。

 

「私はアレを見てしまった時、地獄の光景というものが何なのか理解したから」

「確かに、ゴミの処理は大変なんだよな……海に捨てるわけには行かないし、掃除も毎回、手間だからな……」

 

 話を聞いていたカスカルも、思わずトルテに同意を返す。

トルテは簡単に処理する方法なら、一つだけあると思っていたが……

 

「海には捨てないの?」

「捨てれるわけないだろ。俺達にとって海は生活の糧なんだから」

「まぁ……それもそうか……」

 

 一言でトルテは納得してしまった。

リオリールは苦笑しながらその意見には頷くしかない。

アトリエの掃除は日課と言えるレベルで毎回行っているが、ゴミの量も最近は格段に多くなってしまっていたから。

海にゴミを捨てるのは漁村に暮らす者として選択することはあり得なかった。

 

「燃やすとすっごいクサイんだよね。 埋めるのは大変だし遠くで燃やすっていうのもゴミを運ぶのが大変だし……ゴミの処理は本当にねぇ……」

「母さんも煩いからなぁ、部屋が汚いのだけはダメだって」

「うん、とっても大変だよ。 お母さんを怒らせたら、錬金術禁止になっちゃうもんね。 お兄ちゃん、いつもありがとうだよ~」

「一緒になって怒られる身になってみろ。 そうじゃなきゃ、とっくにリオに全部掃除させてる」

「もう、それって私が掃除するのが下手に聞こえちゃう」

「そう言ってるんだが」

「なにー!」

 

 双子のやり取りに、トルテは呆れたように口を開いた。

結局のところ、話は最初に突っ込みを入れたところへと戻っていくじゃないか。

 

「そもそもリオ、アレだけの量の廃棄物を出すとなると、調合失敗の頻度が伺えるから」

「あぅぅ、それは……でもでも、しょうがないんだよ。 今作ろうとしてる解毒薬がどうしても出来なくてすぐゴミが溜まっちゃうの……レシピも悪いんだろうけど……」

「この環境で調合を行えば成功するも何も……しかし、解毒薬の調合のレシピか……リオ、ちょっと見てもいい?」

「うん、いいよ」

 

 机の上に置かれた、使いきりのゼッテル用紙の束を掴んでトルテは視線を走らせた。

リオリールが考えた解毒剤のレシピと作業工程をざっと眺める。

 

用いる素材に 『妖精の日傘』 がピックアップされているのを見て、おや? と顎に手を当てて、思わず考え込む。

トルテが知っている解毒に関するレシピでは 『蒸留石』 と 『朝露の雫』 が抜けているが『妖精の日傘』を用いているレシピを見るのは初めてだった。

代用しているのは『朝露の雫』とだろう。 

素材が違う為、一度『妖精の日傘』から液体カテゴリに抽出するだけ手間は掛かるが、特性を引き出すという点で考えると手間を掛ける価値はあるかもしれない。

 

『妖精の日傘』は特徴として水系とは抜群に相性が良いし、効果や特性の幅も広がる上に癖も無く、香りも良い物がつきやすいのだ。

解毒の効果として主役となる素材は、『はぐるま草』の方になるが、薬の飲みやすさ等を考えれば苦味を中和できる妖精の日傘を使うことは悪くない発想である。

薬の特有な味が苦手な人や、小さい子供でも苦労なく使える薬というのは、実際に使用することを考えると意外と重要な要素であったりするのだ。

 

『朝露の雫』の代替品に『妖精の日傘』を使う、効力としてメインの薬効効果を引き出す『はぐるま草』は必須。

最後に薬効成分を高めやすい『蒸留石』を厳選すれば、理論的に解毒薬としては上等な物が作れるであろう。

なんにせよ『妖精の日傘』をレシピに加える発想は斬新で面白い。 抽出という工程は手間はかかるが効力が高そうだ。 

なるほど、これは盲点だったかもしれない。

 

固形物ではなく液体としての薬を作る……つまり『蒸留石』を溶かす作業が入ることを考えると、爆発反応を抑える為に最初に投入するのが良いだろう。

そうなるとリオリールが今行っている調合は、素材の投入順序が根本から間違っている可能性がある。

ここは早急に修正すべき点のはず。

『はぐるま草』の成分を抽出する作業は時間もかかる。

これはできる限り作業工程の中でも最後に投入するべきなのだろう。

 

釜の温度を調節する為には二度焚きになるが、手順を省略すれば失敗確率も当然上がる。 

面倒臭がらず、火力の調整はしっかりこなすべきだ。

 

 

 

 トルテは頭の中で理論をまとめ構築する。

何時の間にかゼッテル用紙に持ち歩いていた筆を取り出して、トルテはレシピをごくごく自然に修正していた。

その速度と来たら。

 

デメリットとなりそうな抽出作業で気をつけるべき要素、投入間隔や予想されるタイミング、釜の温度の調節などを箇条書きにして要点をまとめておく。

リオリールのアトリエで出せそうな錬金釜の耐久性など、彼女の作業を見たことによって予測して淀みなく書き込んでいったのである。

 

錬金術士となるために幼児の頃からアトリエの中で軟禁されていた彼女にとって、こうしてレシピを構築する作業は普遍的な日常の一つだった。

そんな自然体でトルテの作るレシピと書き込んだ内容を、横から覗いていたリオリールとカスカルは感嘆に声が漏れた。

 

「すごい……」

「見事なもんだな」

「あ、しまった……こんな事をするつもりは……」

「すごい! すごいよ、トルテちゃん。 こんな簡単にレシピが作れるなんてっ!」

「蒸留石なら、ユウバナ畑の近くの納屋で見たぜ。 さっき貰ったコール(お金)でアムースコさんに交換をお願いできれば、素材は一通り揃いそうだな」

「うん! すごいすごい! 本当に凄いよ!天才だよトルテちゃん! 天才!」

 

 リオリールは心底、トルテの行ったレシピの修正作業に感動して語彙力を失った。

自分では絶対に出来ないことを、さらっと成し遂げたトルテに対して目をキラキラとさせ、羨望すら抱いてしまったのである。

超基本知識以外は実践と経験だけが全てのリオリール。

 

彼女にとって錬金術において確かな知恵を持つトルテは、錬金術士として自分よりも遥か高みに居ると認めた瞬間だった。

彼女なら、ロイヤルクラウンによる毒を消す、解毒薬が作れるに違いないと。

 

「このレシピなら、解毒薬が作れるんだ! トルテちゃん、あの……私の代わりに作ってくれないかな!」

「は? なんで?」

「なんでって……今、ロイヤルクラウンがすっごい変なキノコになっちゃって、大変なの知ってるよね。 トルテちゃんの力が必要なんだよ」

「悪いけど、私は手を貸さない。 この件については手を出すつもりはないし、そもそも私は自分以外の錬金術士に手を貸すつもりもない」

「そんな……」

 

 肩を落としてがっかりするリオリールをしばらく眺めてから、カスカルはソファーに腰掛けて一度天井へと視線を向けてから口を開いた。

 

「いいじゃないか、リオ。 その作り方っていうか、レシピを教えてもらえたんだろ? お前が作ってみろよ」

「お兄ちゃん……でも私、さっきの話じゃないけど失敗ばかりだから……」

「レシピがあっても失敗したなら、それこそトルテに作ってもらえばいいさ。 お前なら作れるんだろう?」

「カスカルお兄ちゃんは話を聞いていたの? 私は手を貸さないよ」

「そうか? そりゃ残念だな。 リオを手伝ってくれたら、家に居候していた間の家賃と食費は無しでも良かったんだけどな」

「え"」

「え?」

 

 呆けた顔で聞き返す二人の少女に、カスカルは呆れたように小さく笑った。

トルテがなにやら事情を持って居そうな少女であることは、この一週間も交流すれば、カスカルじゃなくたって殆どの人が気付くだろう。

 

実際問題、山の中で出会った少女が今まで一人で三つ大島で生きてきたなどと言った瞬間から、カスカルはトルテの素性については疑っていたのである。

 

当然だが、三つ大島には人が住む村や街―――いわゆるコミュニティが存在する。

それと同時に、冒険家や探検家など特殊な技術を持つ人でなければ寄り付けないほどの、雄大な自然にも囲まれても居る。

先祖を含め、大人たちが必死に汗水垂らし、開拓して築き上げた村や街などのコミュニティから離れて、子供一人での生活が成立するほど三つ大島の自然は優しくない。

ましてや錬金術士という職業は、大陸の方では盛んであるが、三つ大島に錬金術の存在が広まったのは数年前の話。

 

しかも錬金術士は今のところ双子の妹のリオリールしかこの『三ツ島』で確認されていない筈だった。

 

カスカルやリオリールの祖父が夢見た職業であることを、残された遺記から窺い知ることができたから、今のリオリールが居るのである。

 

「そんな話は今、初めて聞いた。 お金を取るの?」

「そりゃな。 三つ大島に住む子供は成人が近くなれば自立を目指すのが常識だろ。食事も寝床も、ついでに妹のアトリエも山で遭難して家? かどうかは分からないけど、そこに帰れない人に提供してるんだ。 これは、少しくらい俺達はトルテに対価を求めたって変じゃないんじゃ無いか?」

 

 流石にこの辺の三つ大島での常識は、トルテでも知っていた。

 

子供が自分の特技や特徴、その他もろもろ色んな状況で個人的にお金を稼ぐことは三つ大島で一般的な光景である。

15歳の成人を迎えれば、たとえ親しい人同士でもお金を払って協力を頼むのが普通だし、子供の頃であってもお金のやり取りは認められている。

三つ大島の大人たちは子供が失敗して損を被るのも貴重な経験と考えるし、成功体験を得ることも重要なことだと考えているのだ。

 

実際にカスカルやリオリールの妹であるエルオネは、12歳にして既に荷車を引いて村を歩き、行商という労働を行っていたりする。

 

トルテは頭の中でさっと所持金を思い出す。

旅立ちにあたってレッドマンから支給されたお金はある。だが、手持ちには無かった。

あのあばら屋とも言えない廃屋に置いてきたままだったからだ。

 

額はおおよそ3000コール。

三つ大島の一般的な宿屋の値段は40コールなので、一週間で換算すると300コールほどの損失だ。

カスカルの提案はおかしくないものだ。

 

三つ大島ではお金が無いのであれば、お金の代わりに物品を納める方法もある。

今回で言えばそれが、解毒剤の調合ということになるのであろう。

 

「というわけで、トルテ。 俺からお前に依頼するよ。 リオがお前のレシピで解毒薬を作れなかったら代わりに作ってくれ」

「……それで?」

「代金はここで今まで泊まった分をチャラ。 ついでにこれからしばらく家に泊まっててもタダ、それにリオのアトリエ使って調合しても良いってことにしよう。妹が錬金術で解毒薬を作れたら、レシピを教えてくれた料金ってことで宿泊費と食費は無しでいい」

「わかったよ、それで良い……」

「おう、それじゃ交渉成立ってことで」

 

 トルテは不服そうな顔を上げて、そのままアトリエから出て行ってしまった。

 

カスカルは肩を竦めてソファーに身を任せ、リオリールは急に始まった交渉に戸惑ってばかりであった。

何とも言えない顔でカスカルに、奇妙な顔を向け続ける双子の妹。

そんな視線を受けて、カスカルは一つ息を吐いて頭を掻きながらソファーから身を起こし、声をかけた。

 

「なんだよ?」

「……う、うん。 えーと、色々と思うところはあるけれど……お兄ちゃん、いくらなんでも行き倒れて家に帰れない人に、お金を要求するのはちょっと酷くないかなぁ?」

「あのな……俺もお前も、もうすぐ成人だぞ。優しいことは人として正しい事だと思うけど、それだけじゃ生活できないんだぜ」

「そ、そうだけど……」

「どうやって日々の暮らしの為の金を稼ぐかっていうのは、大人になるんだから俺達はちゃんと考えないとダメだろ」

「そうだけどぉ、トルテちゃんは……」

「同じ錬金術士だからって? そんなのは誰だって同じだよ。父さんや母さんが元気なうちは甘えたって良いんだろうけど、何時までも甘えていられない。 俺たちは大人になるんだから」

「…………うん」

「お前、錬金術士になって食って行けるのか?」

「それは! そんなの……わかんない」

「俺だってそうさ、漁師の息子だけど……父さんから漁のことなんか全然教えてもらってないし。情けないけど自分がちゃんと大人の男として稼げるようになるかは不安なんだ」

「情けないなんて、そんなこと思ってないよ……?お兄ちゃんは私と違って何でもできるし、器用だし……」

「……何でもか、俺はそんな……ああ、いや、まぁとにかくだ」

 

 リオリールの声を無視してそれに、とカスカルは続けた。

 

「解毒薬のレシピは貰ったんだ、お前が頑張って作ってみろよ……将来の為にやれることはやろうぜ」

「う、うん。 それはえっと……ありがとう、お兄ちゃん」

「……お前も、あんまり他人に頼りきりになるなよ。 リオが目指したのは、爺ちゃんの言う立派な錬金術士なんだろ」

「え?」

「錬金術士として自立しろってことだよ、俺が何時までもお前の面倒を見る訳にもいかないんだ」

「あ、お兄ちゃん……」

 

 戸惑いも露に声をかけるリオリールと同時に、カスカルも踵を返してアトリエから出て行ってしまった。

 

リオリールもまた、トルテという少女が自分よりも優れた錬金術士であること以外は何も彼女の事を知らない。

調合やアトリエ、錬金術に関わる話ならばともかく、他愛の無い世間話には一切興味を示してくれないし、彼女は身の上を話してくれないのだ。

しかし、だからこそ仲良くなりたいし、トルテという少女を知りたいと思っていた。

 

初めて出会った自分以外の錬金術士。

興味を持つなという方が無理である。

 

そんな彼女が残したゼッテル紙を手元に寄せて、リオリールは改めてトルテに書き足されたレシピを眺めた。

 

双子の兄の言う通りなのだろう。

リオリールは錬金術士として確かな知恵と知識を持つ少女を目の前にして、初めから解毒薬の作成を投げ出そうと思ってしまった。

出来る人がいるんだから、と自分で試しもしないで甘えようとしていたのだ。

成人の日を迎えるまでもう、そう遠い話ではない。

 

そういう事を、兄は伝えたかったのだろう。

 

「最初から出来る人に頼りきってちゃダメ、お兄ちゃんが何時までも居る訳じゃない……か。 うん、そうだよね……よぉーし見てろよぉ~、私だってできるもん!」

 

 リオリールは袖を巻くって、手近な布を手繰り寄せると頭にかぶって帯を締め。

 

 気合を入れて大釜を両手で掴んだ。

 

「うぎゃあーーーーっ、あっっっつ"いーーーっッッッ!!!」

 

 すぐさまアトリエ内を転げまわることになった。

 

―――・

 

 なんだか気分が悪くなるほど、頭の奥が煮えたぎっている。

 

そんな持て余した感情を自覚しながら、ジャラリジャラリと耳障りな過度な装飾品の音を引き下げて、トルテはずんずんと村の高台に向かって歩いていた。

カスカルが言ってきた事は道理が通っているし、納得だってできるものだ。

だというのに、理由の分からない憤りが身体の中を駆け巡っていて、どうにも言う事を聞いてくれない。

 

こんな風に村の中を歩き回っていても、体力を消耗するだけ、意味が無いこと、と脳みそは訴えているのに。

トルテはどうして自分が感情的に動いてしまっているのか、まったく分からなかった。

 

 風が吹く。 強い潮の匂いを乗せて。

 

そんな彼女が高台に上りきって顔を上げれば、そこには日暮れが海の描く水平線の向こうへと、大岩によって二つに裂かれ、花弁が開くようにして沈んでいくところであった。

 

日暮れの花が少しずつ開いていき、夕焼けの優しい光が海から陸地へ降り注ぐ。

目の中に飛び込んできた、絶景と呼ぶにふさわしい、そんな光景と潮風が鼻の奥を擽る匂いに自然と足を止めてしまった。

ムカムカとしていた腹の中の感情は新しく生まれた感嘆に即座に塗り替わり、嘘のように怒りは霧散してじっと見つめて立ち尽くしてしまう。

自然が作り出すこのような華美な光景を、トルテは知らなかった。

 

「きれい……」

 

 赤く焼けた空。

薄暗くなった海面を仄かに照らし、やがて花開いた夕暮れは大地と砂浜と海に新しい色を与えていた。

色彩がオレンジ色に染まり、照らされた自然物の照り返しがまた、違う色を返して世界を彩る。

 

時間を忘れて立ち尽くし、食い入るように景色を眺めていた少女の背中に、最近聞きなれてきた声が掛かる。

 

「ユウバナ村。 この村がそう呼ばれるのは夕陽が海に浮かんでる、あの大岩に当たって、赤い光が花を開くように沈んでいく絶景が見れるから名付けられたんだってさ」

「カスカル……」

「まるで赤い陽の蕾の華弁が開く様……昔ユウバナ村を訪れた詩人がそんな歌を唄ってたらしくて残ってるんだ。まぁ~、村に住んでると見慣れた普通の光景になっちまうんだけどな、夕日の花は」

「……」

「トルテ、お前って錬金術士なんだよな。 一体どこで覚えたんだ? やっぱ大陸から来たのか?」

「……」

 

 カスカルは夕暮れに見惚れていたトルテの近くにある木柵に、体重を預けると苦笑して尋ねた。

トルテが大陸から来たというのなら、なるほどと納得はいく。

三つ大島に住んでいたというのなら、トルテが錬金術士であり、その知識も深いという事実には無理がある。

妹のリオリールが錬金術を成功させるまで、錬金術で作られる道具がどういう物なのかをカスカルはおろか、リオリール本人だって知らなかったのだから。

 

いや、この双子の兄妹だけではない。

人生経験が豊富な父ウータスや、村長のアムースコですら錬金術に関しては余り知っていない様子だったのである。

トルテはカスカルと同い年だ。

彼女の年齢で錬金術を詳しく知っているのであれば、大陸に居なければ可笑しい。

 

ただ―――

黙り込んでいるトルテに、カスカルは頭を掻いて言った。

 

「まぁ、それはどうでもいいか。知られたくない事だって人にはあるしな」

 

 言いたくないことは誰にだってあるから。

カスカルはそう気持ちを区切って、苦笑して言った。

 

「それより、さっきは悪かったよ」

「わるい?」

「少しズルい言い方になっちまったかもって。 母さんやリオはお前が居ると嬉しそうだし。 それに、お前も嬉しそうだから。あと半年もすれば、新しい家族だって増えるんだから、実際に一人や二人くらい居候が増えたってどうって事ないんだ」

「……嬉しい? 私が?」

「ああ、錬金術の話なんて俺を含めて家族のみんな勿論、村の奴らも分からないからな。リオの奴、嬉しそうだなって思ってお前と会話してるところを眺めてたら気付いた。トルテもさ、時折嬉しそうに話してたのが。なんていうか、笑顔が自然だったから……自覚は無かったのか?」

「嬉しそう……?」

 

 そこでようやく、黙り込んで夕陽を眺めていたトルテは真顔でカスカルに向き直った。

自分の頬に手を当てて、身につけていた装飾品がかちゃりと音を鳴らす。

 

「そんなことは無い。 それはカスカルの勘違い」

「そうか?」

「そうだよ。 それに、別にお金は払っても良い。それは私の甘えだったし勘違いだったから」

「そうか……で、勘違いって?」

「別にカスカルは知らなくてもいい」

「相変わらず、良く分からない奴だな、ほんと」

 

 そう言ってトルテは視線を苦笑しているカスカルから外して、夕陽が沈む海の方を眺めた。

 

どんどんと岩影に沈んでいく太陽の光は遮られて赤から青へ、今にも夜の帳が落ちてきそうである。

なんでトルテは先ほどまで自分が怒っていたのか。

カスカルと話していて初めて気付いた。

彼の言うように嬉しそうにしていたか実際のところ分からない。

 

子供の頃からトルテはレッドマンとイービルズブック以外に知る者はおらず、初めて出会って話をした他人は彼ら。

リオリールとカスカルの二人であることに間違いはなく。

二人との会話には少なくとも、今までに無い刺激と興奮をトルテは覚えていた。

 

錬金術士であるリオリールは爆殺対象である。

 

だが、そんなリオリールと錬金術に関しての話を楽しんでいなかったか、と問われると自信が無い。

 

いや、違うんだ。

認めよう。

カスカルには否定したけれど、多分、彼の言ってる事は正しいのだ。

 

錬金術に関連した話をできる彼女との会話は、確かに楽しかった。

だって初めてなんだ。

 

応えが返ってくる相手と錬金術をするのは。

 

同時に、トルテはカスカルとリオリールの仲の良い双子の兄妹に。その人間性に興味があるのだ。

 

初めて外に出て見る景色や、初めて見る他人との触れあいに、トルテは心に惹かれている。 

刺激を受けている。

他人との繋がりが形成されていく、今まで知っているというだけで見たことも無い物を見るのに浮かれてしまっている。

 

このユウバナの光の華の光景を見て感動しているのがそれを証明しているんだ。

それは、きっと嘘偽りの無い心からの本心だと思える。

 

素直な心情を胸の内で自覚してしまえば、トルテは先ほどまでの怒りはただの我がままで甘えだった事に気付いてしまう。

事実を指摘されて癇癪を起すなんて小さな子供と一緒だ。 

とても恥ずかしい事のように今では思えてしまう。

 

遠くを見やって沈む夕陽を眺め。

物思いに耽るトルテの背中に、カスカルは何となく同じように夕暮れを見詰めて口を開いた。

 

「なぁ、トルテ。 やっぱりお前も将来の夢って錬金術士になることか?」

「将来? さぁ……そんなもの特に考えたことはないよ……なんで?」

「別に、ただちょっと気になっただけだ」

「ふーん? でもカスカル。そもそも、私はもう錬金術士だから」

「へぇ、なるほど……決まってるんだな」

「うん、そう。 カスカルは?」

「……俺は―――」

 

 口を開いたところで、これまた最近になって聞きなれてしまった調合失敗の爆発音が耳に響いてくる。

僅かに揺れる大地。

太陽が大岩によって裂かれて花開く陽に照らされて、トルテは自然に口角を上げてカスカルへと言った。

 

「私はあなたの妹とは違う」

「ははっ」

「? なに」

「別に。 ただ、お前が言ってたこと、やっぱり俺の勘違いじゃないかもなって話だよ」

「意味が分からない」

 

 真顔を張り付けて、トルテは首を捻った。

 

「さ、そろそろ帰ろうぜ。 あいつまた爆発させやがって、帰ったらまたアトリエを片付けないとなぁ~」

「私も手伝うよ。 筋肉痛って言うのも治ったし」

 

 完全に陽が沈んだのを見届けてから、カスカルは木柵から勢い良く離れてトルテを促した。

自然にトルテはカスカルの隣に並んで歩いて、またもや不思議そうに首を傾けた。

 

「でも、どうしてレシピがあって爆発するんだろう。 謎すぎる」

「錬金術をして爆発するのって、やっぱ普通じゃないのか?」

「まぁ、調合の過程で爆発反応が高まるのは普通だけど……」

 

 それまでの工程でミスが無ければ、よほどの事が無ければ早々爆発はしないのに、とトルテは口には出さずに心中で零した。

 

 

 

 

アトリエに戻ると、ソファーの上で 「いーだぁーいーっ! お兄ちゃんーーーー!」 などと叫んで大げさにゴロゴロと床を転げまわるリオリールと出くわした。

 

調合が失敗して爆発した際に、釜が爆散して破片の一部がおでこを打ったらしい。

大きなたん瘤をこさえて涙目で唸るリオリールに、トルテが何時ものようにお説教を始める。

 

カスカルはトルテのボヤキと妹の唸り声に苦笑しつつ、涙目で痛みに耐えるリオリールのおでこに氷嚢を作って押し付けたのだった。

 

 

 

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