リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
翌朝。
リオリール達が一晩お世話になった教会を発ち、シャイエルに見送られている時だった。
三つ牛の蹄の音が遠ざかり、街道の向こうへと消えていく。
それを見計らったかのように、ボロロン、と間の抜けた音が海風に乗って響いた。
「まいど、シャイエルくん。 海面の問題はようさんの人に聞いて貰えたかいな?」
ツィンケルタールをトントン叩き、時に指で弦を弾きながらディーツハートがひょっこりと現れる。
シャイエルは遠ざかる三つ牛の背中を見ていた顔を、すっと無表情な真顔に変えた。
視線を交わし、一泊を置いて頭を下げながら笑みを浮かべる。
「どうも、ディーツハートさん。 おはようございます。 朝の散歩ですか?」
「散歩ちゅうか君らを探ってん。 どうもきな臭いんやんな。 ほら、その笑顔やら」
「? ぼくの笑顔が変ですか?」
「君って生きてるん? ちょいとニュアンスがちゃうねん。 幸せそうに見えへんで~」
ディーツハートは弦を指で弾き、ボロンと鳴らした。
視線をシャイエルから外し、教会の二階から、ちらちら見える物が気にかかる。
寝泊まりする居住区なのだろうが、その窓へと向ければ朝日を受けてぎらつくガラスの向こう側に人影が見えるのだ。
反射で見づらいが、目の前にいるシャイエルと同じような、小柄なシルエットがゆらりと揺らいでいる。
「ここ数日、近くでテント張らして寝かせてもうてた。 それで気付いてんけど、礼拝堂は常に空っぽで人が住んでる様子があれへん。 ちゅうより、あんたしかおれへん」
そもそも目の前のシャイエルには神父様は教会に居る、と聞いている。
が、その神父様がどこにも居ないのだ。
加えて少年の影は二つ。
ついでに海面上昇という大きな環境変化の兆しに気付いたのなら、三つ大島の中央自治区へと真っ先に報告するべき物だろう。
社会問題を子供に喧伝だけさせる大人がどこに居るという話だ。
違和感の塊でしかないのだ。
「な、怪しいやろ? あんたもそう思えへん?」
まるでゴシップ好きの近所のお兄さんのように、ディーツハートは怪しいと本人に向けて気軽に同調を求めた。
「それは……あの、ぼくは怪しまれてるんですか?」
「そやさかい、それが気になったんやって」
シャイエルの答えなど期待していなかったのだろう。
ディーツハートはシャイエルの頭をポンポンと軽く叩くと、その横をすり抜けて礼拝堂の扉へと向かっていく。
足取りは軽く、忘れ物をしたから家に取りに行くような気軽さだ。
礼拝堂の木製の扉に手をかけて、押し開ける。
ギィ、と音を鳴らして入口に身体を滑らせ中に入ると、ディーツハートは帽子を取って一礼した。 フラウセス教会の信徒ではないが、大陸に住む者として最低限の礼儀作法は心得ているからだろう。
そのまま脱いだ帽子を指先でくるくると回しながら、誰も居ない礼拝堂の石造りの床を踏みしていく。
その後ろを、シャイエルは追うようについていった。
祭壇に立つと、彼はゆっくりと室内を見渡した。
「神父様が見る光景っちゅうのはこういうんか。 こんな光景は三つ大島に来なかったら見れへんかったやろうなぁ~」
社会科見学に来た学生のようなノリで言いながら、彼は祭壇の台座に置かれていた書類の束に手を伸ばした。
三つ大島の中央自治区を示す印と紋が刻まれた羊皮紙だ。
ペラっと捲ってみれば海面上昇の事と、その経緯が記載されているようだった。
『三つ大島・中央自治区――公文書――』
スッ、と細められていたディーツハートの瞼が、僅かに開く。
日付は昨日のものだ。
ヒラヒラと一枚の羊皮紙を置いて、ディーツハートは少し無精ひげが生え始めた顎をさすった。
「なるほど」
何かを理解したのか。 彼がそう呟いた時だった。
祭壇の更に奥にある、連絡廊下に繋がる扉が開き、声が掛けられた。
「珍しいな、礼拝かな?」
「ん? ここの神父様かいな?」
「……ここには普段、誰も立ち寄らないからな。 奥まで入ってくると思わなかったんだ」
カデルエイ神父になりすましていた男――錬金術士レッドは、ハンガーラックに掛かっているコートを羽織ると、その顔に片目だけが開かれている不揃いな仮面を装着しながら言った。
「大陸から来た候補生だったな。 わざわざ寄らなければ良かったものを。 敬虔な信徒というわけでもあるまい」
「いやぁ、神父様。 確かに言う通り信徒ちゃうくても敬意は持ってるつもりでっせ。それより、『カデルエイ神父』、ごっつイメチェンしたみたいで。 顔まで変えるなんて、魔法みたいちゃいますか、アハハハ」
ディーツハートは肩を竦めて、冗談のつもりでそう言った。
カデルエイ神父とは、ふた島についた初日――まだ船酔いで目が回っている時に一度だけ挨拶をしている。
背格好や姿形がこんなに変わるということは、別人なのだろう。 おそらく、教会関係者の別人が神父様の代わりを務めているとか、代行みたいな……そんなところか。
祭壇の脇に固定されている、司祭用の立派な革張りの椅子。
そこに腰かけようと、ディーツハートが体重を預けようとした瞬間だった。
見えない何かが空気を引き裂くような破砕音を響かせながら、彼の被っていた帽子を弾き飛ばした。
「おぉん?」
かぶり直したばかりの黒い帽子が部屋の奥にすっ飛んで行く。 一拍遅れて、視界の隅で木片が舞い散るのが見えた。
間抜けな声を上げて、ディーツハートは硬直したのも刹那。
座りかけた態勢を直して、椅子を背凭れに器用に後ろに回り込みながら仮面の男から距離を取る。
「いま、なんかしたんか。 ちょい待ってな、そんな怒るようなこと言うた?」
「運の良い男だな」
錬金術士レッドが、つまらなそうに呟く。
その左手が軽く振られると、何も無いはずの空間からジャラリと重たい金属音が鳴った。
光の屈折が歪み、空間に溶け込んでいた『透明な鎖』が、シュルシュルとレッドの手元へと巻き取られていくのが見える。
「わぁ、とんでもない地雷やったわ」
「排除しますか?」
背後から、氷のように冷たい声が響く。
振り返れば、いつの間にかシャイエルが祭壇の影から音もなく進み出ていた。
その瞳にはさきほどまでの愛想の良い少年の色は欠片もなく、ただ無機質な光だけが宿っている。
「こらあかん、逃げさせてもらうで」
剣呑な雰囲気に、愛用のツィンケルタールを大事そうに胸に抱え込むと、脱兎のごとく駆けだした。
普段の飄々とした態度からは想像もできないほどの逃げ足の速さで。
ギィ、と礼拝堂の入り口の扉が開かれるのと、ディーツハートが飛び込むのはほとんど同時。
扉を開けて入ってきた怪人一号と、正面衝突しそうになりながらもディーツハートは身を翻して横をすり抜ける。 その際、彼は足を止めずに怪人一号の肩を乱暴に叩いて外に飛び出した。
「あんた逃げた方がええで、ここは神父様おれへんわ!」
親切心からの警告を叫び捨て、ディーツハートはそのまま教会の外へと走り去っていく。 見送ってから扉を閉めて、静寂を取り戻した礼拝堂に扉の音が虚しく響く。
「逃がしたな。 捕まえられただろう」
「排除する方が手間でしょう? どうせ、あの男に何もできませんよ」
「そうかな? どうも意図的に逃がしたように見えるが」
「偶然ですけど、どう捉えても構いません」
「まぁいい。 どうせ神父役もそう長くないからな」
面倒そうに踵を返すレッドを尻目に、床に落ちている帽子を拾った。
少しだけ小さくため息を零す。
ディーツハートの『なんでもかんでも気軽にトラブル』に飛び込む性格は、ゲームの中とさして変わりが無いことに。 今となっては彼の持ってくる無軌道な制限時間付の依頼品に苛立たしさを覚えた事も懐かしいものだ。
ただ、まぁ。
アカデミーに入学するまで彼は『錬金術士』ではない。
だから、錬金術士レッドへの返答に嘘は含まれていないのだ。
何も出来ないことに、変わりはないから。
フラウセス教会を背にして数キロメートルほど南下すると、それまで続いていた殻貝街道の硬い感触が、ふっつりと途絶え視界が開けた。
潮の香りが、これまでよりもずっと濃厚に鼻孔をくすぐる。
見渡す限りの海。
青い空に、白い雲。
ここは『奏で海浜』
途切れがちに木造の桟橋が散見されて、大小の船が波に揺蕩って浮かんでいる。
遠浅で三つ牛が歩いて渡れるフタミツ港とは違い、ここは波打ち際からすぐに水深が深くなっているのだろう。
「ねぇ、海だよ!」
「一応、二手に道が分かれてて、丘を越えてく道もあるけど」
「いや、こっちから行こうよ。 晴れてるし、気持ちいいし!」
三つ牛のクウの背中の上で、リオリールが言いながら大きく背伸びをした。
海面がキラキラと輝き、リオリールの翠色の瞳の中に光の粒を映し出す。鞍の上から、リオリールはふと、その下の砂浜を見下ろした。
白く乾いた砂が、砂に紋を描くように風で流されている。 大きなツボのような貝殻から、タコ足がでろっと飛び出していた。 崖のようになっている草むらの上から、ぷにぷにが砂浜に落ちている。 沖合には海面の真ん中から、妙な泡がボコボコと噴き出して。
寄せては引く波打ち際は、白い線を青に塗してザアザアと音を奏でていた。
大きな海原に浮かぶ船。 ユウバナ海岸を思い出さずにはいられなかった。
「ねえ、お兄ちゃん……お兄ちゃん?」
「ん、ああ。 なんだ?」
「どうしたの、ぼーっとしてて、考え事?」
少し上の空だったカスカルに、トルテがそっと御者台を覗き込んで尋ねた。
カスカルは一瞬だけ、躊躇いなような物を見せたが、ボソリと呟く。
「いや、教会では何も無かったな……と思って」
「何が?」
「俺達、成人の儀の旅をしているからか、何処かに立ち寄れば何も言わなくても誰かが教えてくれただろ? その、場所の由来とか、何でこの教会が出来たのか、とかさ」
言われて気が付く。
確かにカスカルが言う通り、立ち寄った場所ではその都度、大人たちが楽しそうに自分たちの仕事や成り立ちを教えてくれていた気がする。
むしろ率先して、職業体験をさせてくれていた。
それが無かった。
「うーん……でもさ、ちょっと忙しかったとかじゃないかな?」
「……まあ、そうかもな。 気にしすぎなのかも」
「うんうん、それでさ! 私、ちょっと歩きたいな」
「歩く? もうすぐ次の街……ハチヤドだぞ?」
「でも、なんか地面を踏みたくなっちゃって。 ユウバナ村だと、家からすぐに砂浜だったの思い出しちゃった」
リオリールの言葉に、地図を広げていたトルテが顔を上げる。
指先で辿って周囲の地形を見回す。
「次の目的地までは近いから、私は歩いてもいいよ」
「そうか、まぁたまには歩くのも良いかもな」
カスカルは器用に御者台として鞍から降りると、クウを止めて鼻先を撫でてやる。
たまには、身軽なまま一緒に歩くのも悪くない。
三人が地面に降り立つと、クウは身軽になった背中をブルブルと震わせた後、カスカル達が自分達で歩くことにしたのに気付いたのか。 尻尾をひとつ、ふたつと振って砂埃を巻き上げた。
背中に人を載せることに文句ひとつも言わないが、身軽になって嬉しいのだろうか。
とん、とん、とリオリールは岩肌を慎重に降りると、ザクザクという砂を踏みしめる音にすぐに変わる。
足裏を押し返す反発。 沈み込む爪先。
ちょっと屈んでみれば、素材の『白砂』を手で掬えた。
「採取も少しだけできそう」
「うん」
クウを引きながら、カスカルはゆっくりとリオリールとトルテの後ろを歩いてついていく。
「旅のことを考えると三つ牛の上は楽なんだけど、やっぱり自分の足で歩くのって気持ちいいね」
「そうかな? 疲れるだけだよ、効率も悪いし」
「否定はしないけど、そんなにキッパリ言われると風情がなさすぎるよ~」
苦笑するリオリールの横で、トルテは淡々と歩を進める。
その視線は、街道の先にある街の方角へと固定されていた。
「地図には鼓奏村って書いてあるけど、フタミツ港でも教会でもハチヤドって言ってるよね」
「あぁ、そうだよね。 コレカナデって読むらしいよ?」
「俺が聞いた話だと、昔は小さな村だったって。 今はふた島でも大きな街になったらしい」
街の成長に合わせて、周囲から呼ばれる『ハチヤド』という通称の方が有名になっていったという。
それはつまり、発展と成長を意味している。
多くの人が行き交い、呼び名すら変えてしまうほどのエネルギーを持つことになった、という事だろう。
「あぁ、そういえばハチヤドって……」
カスカルはポケットの中に仕舞っておいたチケットの存在を思い出した。
旅立つ直前に、ヘーゲ兄さんから貰って一枚のチケット。
表面には燃えるような真紅の宝石のイラストが描かれ、真紅という文字が記載されている。
リオリールがカスカルの真横まで小走りに近づいて、興味津々といった様子で覗き込んできた。
「お兄ちゃん、そういえばヘーゲ兄さんから何か貰ってたね」
「私は貰ってない」
「私もだよ」
「まぁ、一枚で皆が使えるタイプなんじゃないか?」
「そうなの?」
「いや、分からない。 でも、いい経験になるとか、勉強になるとか……」
器用にクウの手綱を腋で支えながら、カスカルはチケットを陽ざしにかざしてみた。
ヘーゲはそろそろ18歳になる青年だ。 カスカルたちの3年前に成人の儀の旅に出て、中央島で洗礼の儀を終えた、いわば旅の先輩でもある。
きっとハチヤドには、大きな衝撃を受けたような思い出があったのかもしれない。
「ハチヤドに着いたら、ここに行ってみようか。 せっかくだし」
「えー、お兄ちゃんだけズルイ! 私も行きたい!」
「いや、そう言われてもな……みんなで使えるかもしれないだろ?」
「真紅……」
トルテはその名前に、何とも言えない引っかかりを覚えたが深く追求はしなかった。 昨晩、教会で見つけてしまった赤い毛の記憶が、まだ脳裏の隅にこびりついていたからかもしれない。 ポーチをそっと手で寄せた。
砂浜の道が終わりを告げ、目の前に唐突に切り立った崖が現れた。
道はその崖を縫うように、急勾配の坂となって上へと伸びている。
「あ、なんか見えるよ、上の方」
リオリールが海風に髪をなびかせながら、坂の上を見上げた。
木造の屋根がちらちらと見え隠れしていて、湯気……だろうか。 白い煙が活気のあるざわめきと共に立ち昇っている。 時刻は昼。
炊飯の煙が上がっているのだろうか。
えっちらほっちら坂を上る途中、まるで楽器の弦のように張り巡らせた草弦が、幾重にも重なるアーチとなって出迎えてくれた。 それが入口まで続いている。
シャラシャラと涼やかな音を立てるそのゲートを潜ると、むわりと湿り気を帯びた温かい空気がリオリール達の頬を撫でた。
白い湯気の正体はこの鼓奏村の最大の特徴である『温泉』からの贈り物だった。
「わわ、地面からも白い湯気がたってる」
「匂いが濃い」
「ああ、潮よりも地熱の匂いの方が強いな、これ。 それより……えーっと」
リオリールとトルテが鼻をひくつかせている間に、カスカルは周囲を見渡して厩舎を探した。
村の中に三つ牛を入れるわけにはいかないが、どうやら村の外縁に旅人の為の預かり所があるようだった。
「へい、そこの君たち!」
「はい? なんですかー……って大きいですね!」
声を掛けられて振り向くと、そこには巨木のような男が立っていた。 いや、大きすぎて誤認していたが、胸の膨らみがある。 女性のようだ。
身長は優に2メートルはあるだろうか。
「私が出会った女の人の中で一番大きいかも!」
「ハハハ! よく言われる! 俺はナラーザ、牧夫だ。 よろしくな!」
話を聞けばナラーザさんは、みつ島のボーク牧場から出向で来てる牧夫なのだそうだ。
ふた島の鼓奏村の三つ牛管理代行を請け負っている商売をしていて、ここに来てからは4年目だという。
クラウス兄さんの事も当然のように知っており、心当たりもあって声を掛けてくれたそうだ。
「あんた、リオリールだろ」
「え、なんで名前を!?」
「ブリの人形なんて頭につけて歩いているのは、君くらいだもんな」
「なるほど……兄さん、心配性だな」
ナラーザの言葉にカスカルが薄く笑った。
彼のリオリールへの気持ちを知っているカスカルは、きっとこうして他の牧夫たちにも連絡しているのだろう、と察したからだ。
「成人の儀の旅の特別価格で30%値引かせてもらう。 どうだい」
「それは助かります、ナラーザさん。 クウをよろしくお願いします」
「おう! 任せろぉ! ハハハハハ!」
カスカルは二つ返事で頷いた。
旅の資金は有限だ、少しでも浮くならありがたい。
ナラーザが手慣れた様子でクウの手綱を受け取り、飼い葉桶が並ぶ厩舎の奥へと引いていく。 そこにはすでに何頭かの三つ牛が並び、のんびりと食事を楽しんでいた。
身軽になった三人は、いよいよハチヤドの中へと足を踏み入れる。
村の入り口付近には、鼓奏村の行政や管理事務所といった質素な建物が並んでいるだけで一見すると地味だった。
だが、門を通ってフリーマーケット場を抜けると一変。
宿泊エリアへの関所を通り、一人30コールの入場税兼宿賃を支払って中に入ると、その光景は劇的に変化した。
「すご……」
「橋が二階に掛かってるよ、お兄ちゃん!」
トルテは圧倒され、リオリールは歓喜の声をあげた。
すり鉢状になった地形の中心には、もうもうと湯気を上げる巨大な源泉の池があり、それを囲むようにして、大小様々な木造建築がひしめき合っている。
中央の池が有名な温泉なのかと思えば、これはただの池だというのだから驚きだ。
多くの人々が立体的な宿泊エリアの中で、おもい想いに過ごしている。
コンコン、タンタン、と喧噪に混じって自然の音が聞こえてくる。
誰かが演奏しているわけではない。 人に聞いてみれば、これはこのハチヤドの温泉。
山の大地から降るマグマの水滴が、岩を叩く音だと言う。
「えぇー! マグマが降ってきているの!?」
「話じゃ1000年も前からずっとらしい。 それが本当なのかは分からないけどね」
「1000年……スケールが大きくて想像もできないね」
カスカルとトルテも、その活気に目を奪われる。
視線を上げれば、建物と建物の間を繋ぐように二階部分に橋が渡され、提灯や色とりどりの旗が風に揺れている。 中庭の池のほとりでは湯上がりの客たちがベンチに座り、火照った体を冷ましながら談笑していた。
「ねぇ、あっち見て! あそこから海が見えそうだよ!」
リオリールが指差したのは、共用の展望デッキへと続く階段だった。
三人が誘われるように屋上へと足を運ぶと、視界が一気に開けた。
眼下には活気あるハチヤドの街並み。
そしてその向こうには、先ほど歩いてきた『奏で海浜』の白い砂浜が広がっている。
湯気越しに見る海は、どこか幻想的。
旅の疲れを忘れさせてくれるような、美しさがそこには広がっていた。
「ハチヤドは初めてか? 満足するまで居てくれよ!」
「おっ、成人の儀か? 頑張れよ若者!」
「いい景色だろ? ゆっくりしていきな!」
近くにいた人たちが、あからさまにはしゃいでるリオリール達に声をかけては去っていく。
この街全体が、旅人を歓迎してくれているような温かさがあった。
トルテが深呼吸を一つ。
「良いところだね」
「うん、なんだかワクワクしてきちゃった! ねぇ、ハチヤドなんだから色んな宿があるんだよね!? 見て回ろうよっ!」
リオリールは瞳を輝かせ、眼下に広がる八つの宿――それぞれ全く異なる趣を持つ建物たちを指差した。
ここでの滞在が、楽しいものになると信じて疑わずに、夢中になって歩き回ったのだった。