リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
リオリールとトルテは小さな木箱に広げていた商品を片付けながら、今日の売上を計算していた。
二人の出立ちはいつもの動きやすい旅装束でもなければ、ハチヤドの宿で貸し出されている湯着のような軽装でもない。
朝から夕方にかけて『潮騒亭』の鉄鍋と持参した素材を使って調合に勤しんだ結果生まれた、お手製の試作品だった。
中央島に辿り着き、成人の儀を終えた後に挑むことになるアカデミー入学試験。
リオリールとトルテはその練習を兼ね、『クロース』から装備品の作成を一緒にこなしてしまう魂胆だったのである。
そこそこ良い品質の『クロース』で作られた上着は華やかだ。
リオリールはふんわりとした桃色の、トルテは落ち着いた藍色の、半纏振袖のような羽織ものを身に纏っていた。
貝や魚の絵柄が色付きで可愛らしく描かれていて、色合いもあってハチヤドでもよく目立つ。
トルテは最初こそ悪目立ちに恥ずかしがったものの、時間が経つと慣れてきたのか今では普段通りに戻っていた。
華やかな見た目だけではない。
少しダボッとしたシルエットの袖の裏側には絶妙な隙間が設けられており、ちょっとした素材や小物を忍ばせておける機能性も備えている。
布地をたっぷり使っている見た目に反して、肩に乗る感触は風を羽織っているかのように軽いのも特徴と言えるだろう。
「よしよし~……ちょっとだけ、ほくほく……」
リオリールが重くなった硬貨袋に幸せそうな顔で頬ずりする。
フリーマーケットのエリアに並べられた錬金術の道具は、ハチヤドの人や旅人に物珍しさもあったせいか、今までで一番、売れ行きが伸びた。
一番人気は宿でも使われる日常に根差した『洗濯用中和剤』
どこでも簡単に加熱できる『ホットストーン』が二番人気。
汎用性で右に出る物がない『生きてるナワ』が三番人気。
リオリールがエル婆の指導で苦しみながら頑張って作った『すごい効く薬』も数人の人が買ってくれた。
「上手に使って、役に立ててくれたらいいね」
「そうだね。 使い方を間違えないように説明はしたけど」
「でもなんで爆弾は売れないんだろう?」
トルテは新しい藍色の袖口を指先で軽く整えながら不満そうに、そう言うが顔は誇らしげだった。
錬金術が『価値』として認められて、商売が成り立っている事には満足しているのだろう。
「自分たちで稼いだコールって、なんだか特別な感じがするね~……同じお金なのにね?」
「うーん」
「それになんだか、ずっしりと重い……これが稼ぐってことなのかな?」
「重いのは物理的な質量が増えただけだと思う」
「そ、そうかな……」
なんだかリオリールが沈んだ顔をしてしまったので、トルテは慌てて付け足した。
「でも、気持ちの重さっていうのもあるのかもしれないね」
「そうだよねー、これ、想いが詰まってるんだよ! 重いのは思いが乗っかってるから! 良い言葉だね!」
「そうかな……」
トルテはいまいち良く分からなかったので微妙な顔で頷いて、空になった木箱を片付けた。
空を見上げれば、ハチヤドの源泉から立ち昇る白い湯気の向こう側で、鮮やかな茜色から、深い夜の青へと移り変わる美しいグラデーションを描いていた。
「それにしても、お兄ちゃんはまだ探しているのかな?」
「朝に別れてから一度も見てない」
「ちょっと探そうか?」
「ん……カスカルのも作ったし」
一日中別行動をとっていたカスカルの顔が思い浮かぶ。ヘーゲ兄から貰ったというあの謎のチケットの正体も気になるところだし、はんてん振袖を兄の分も作ってあるのだ。
リオリールとトルテは、新しい羽織の袖をパタパタと揺らしながら、カスカルを探して歩き出した。
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●はんてん振袖 作成者:リオリール・トルテ
貝や魚の絵柄が色付きで装飾されている派手な羽織。
桃色・藍色・赤色・黄色・灰色などのバリエーションがある。
大人から子供まで、ハチヤドでレンタルされている湯着の上に羽織るのに最適。
ドラの羽は毟られた。
調合で作れる別衣装枠としてゲーム内でも実装されている。
レシピ: クロース・(中和剤)・魔法の草・魔鳥の羽(ドラ)
● 効果 ● 特性
・ヘイスト ・ほんのり
・ダメージ軽減(小) ・ひんやり
・先制攻撃 ・調和の光(回避率)
・状態異常耐性(小) ・品質上昇+
トルテ「よし、貫通力がついてない!」
リオ「あはは、そんなに喜ぶことなの?」
トルテ「うん」
リオ「真顔で返されると、なんだか申し訳ないよぉ。 別につけるつもりで調合してないんだけどさぁ」
トルテ「私も頑張って特性消すのに注意を払ったよ。 身に着ける物だから」
リオ「あ~、クサイのは嫌だよね!」
トルテ「火薬の匂いだから私は気にならないんだけど……他の物ならともかく、せっかく着るものだから……」
リオ「トルテちゃんの作る道具の匂い、全部火薬のにおいがするんだもん」
トルテ「別につけるつもりで調合してない」
リオ「そうだよね……」
●――――――――――――――――――――――――――――――――・
ディーツハートはハチヤドの宿で貸し出されている湯着を身に纏い、湯上がりのようにほんのりと顔を赤く染めている。 トレードマークだったつばの広い帽子はもうない。
代わりに手拭いの布をバンダナのように巻き付けて、茶色い髪をラフに縛っていた。
そんな彼の視線は真っすぐ、二階の中央テラスに向かっていた。
行きかう人々のざわめきに紛れ、二人の男性が話をしている。
一人は恰幅の良い大柄な男。
ビシっとしたスーツのようなものに身を包み、蓄えた髭には白髪が混じっている。 頭髪は薄くなって、年相応の皺が刻まれていた。
もう一人は神父姿。 フラウセス教会の正装に身を包んだ男。
前に見た時と顔も変わっていることから、どうせカデルエイ神父の偽物だろう。
テーブルに置かれた冷めたカップの縁を指でなぞりながら、彼の細い瞳は少し離れた席で密談を交わす二人の男に注がれていた。
書類を見て、厳しい顔をする太ったおっさん。
ポリポリと頭を掻いて、ディーツハートは視線を逸らした。
「けったくそ悪い。 悪だくみに余念があれへんな」
誰に聞かせるでもなく、ディーツハートは小さく毒づいた。
恐らく、この世界でディーツハートだけは教会を陰に動く悪意に気付いている。
『みえない鎖』による躊躇いの無い攻撃。 帽子は失うは、逃げる時に大事な手を捻挫するわ、最悪だった。
湯着に隠されている手首は赤く腫れあがっているのだから。
とはいえ、彼に動くつもりは毛頭ない。
だって危険だから。
危険なんだから近づかない。
子供でも野生動物でも従う簡単でシンプルな法則である。
いやでも目に入ってくるところに来るのが今のところの問題点だが、スルーするだけで良い。 大人の対応と言う奴である。
「おん?」
気持ちを切り替えてカップの中身を煽ると、見知った顔を見つける。
カスカルだ。
彼はカーテンが垂れ下がる建物とそこにある看板を見て、自分の手元のチケットを確認しながらそっとカーテンの奥へと入っていく。
ヒュウ、とディーツハートは口笛を一つ。 誰も居なくなった場所へ親指を立てて静かにカスカルを見送る。
ディーツハートが口元に笑みを浮かべた直後。
カスカルと入れ替わるようなタイミングで、今度は目を引く衣装をまとった華やかな二つの人影が『真紅の吐息』の前に現れた。
桃色と藍色の、ふんわりとした半纏振袖。
魚や貝の可愛らしい絵柄を揺らしながら歩いてきたのは、リオリールとトルテだった。
少しだけ観察すると、兄を見かけたもののチケットが無いし『真紅の吐息』も知らない、と言った所だろうか。
右手を首の後ろに回し、コキコキと一つ骨を鳴らしてディーツハートは立ち上がった。
「おーい、お嬢さん方。 ちょいこっちでお話しまへんか?」
「ディーツハートさん! お久しぶりです!」
「そんなに久しぶりでもないけど、お久しぶりやな、お二人さん」
「どうも」
「ちゅうわけで、こっちこっち」
「え、ちょっとディーツさん、お兄ちゃんが――」
「分かってる分かってる」
半ば引きずられるようにしてテラス席の椅子に座らされ、リオリールは頬を膨らませた。 ディーツハートは勝手に三人分の温かいお茶を注文すると、悪びれずに笑う。
「すまんすまん。あんまり上の人らに目つけられたくないねん。 ほら、厄介事は嫌やしな?」
彼は顎をくいっと上げ、中央テラスの方を指し示した。
視線を向けると、恰幅の良い男性が数人の屈強な男たちを連れて慌ただしく移動していく姿があった。
「あれは?」
「さぁ?」
トルテの問いに、ディーツハートは肩を竦める。 ぶっちゃけ何も知らんと、へらへら笑った。
「ディーツハートさん、意味がわからないよ?」
「せやな。 ワシもたまに分からんわ。 でも自分の事なんて誰も分からんやろ」
「もーーー! 本当に意味が分からないってば!」
「何の問答?」
「気にせんで。 んで、おっさんから君らのお兄ちゃんが入った建物の説明をするとやな」
運ばれてきたカップから湯気と香ばしい茶葉の匂いが立ち昇る。
ディーツハートは話を切り替えた。
「真紅の吐息。 宿の名前やけど、パンフレットには無かったやろ? 年頃やから気になるのはしゃあないけど、まだ子供が入るとこやないで」
「お兄ちゃんは入っていったけど」
リオリールが口を尖らせると、ディーツハートはうんうん、と頷いた。
意味が分からなかった。
苦笑して、彼はリオリールへと両手でジェスチャーしながら言った。
「恋人、夫婦、あるいは一夜限りの遊び。色々あるけど、簡単に言うと男女が楽しむとこやねん」
「そ、それって……」
少しの間の後。 察したリオリールの顔が、耳まで真っ赤に染まる。
「遊ぶ?」
「……えっちな事だと思う」
首を傾げるトルテの耳元に身を寄せ、リオリールが小声で囁いた。
「そうなんだ」
「そうみたい……」
「カスカルは、子供が欲しいのかな?」
「え、聞いた事ないけど……うーん」
「リオは子供が欲しい?」
「え? うん」
唐突な質問だったが、リオリールは素直に頷いた。
兄弟に囲まれて、ユウバナ村の賑やかな食卓で育ってきた。
いつか自分が大人になったら、母親のユトネが自分達にしてくれたように、リオリールもたくさん兄弟を作ってあげたいと思っていた。
一人は寂しいし、錬金術しかできない自分がカスカルやエルオネ、ミルミスに支えられている実感もあるからだ。
それに、子供が一杯いるのは大変だろうけど楽しそうでもある。
「トルテちゃんは?」
「私も欲しいよ。 子供が出来たら錬金術を教えたいな」
トルテは生真面目な顔でそう言ってのけた。
だって、そうすれば、将来おとーさんを支える錬金術士が増える。
世界征服の後で、トルテが錬金術を再び伝え広げる夢にも直結しているから。
そんな二人の会話に、ディーツハートはニコニコと人の良い笑みを浮かべて傍観する。 踏み込みすぎるのは野暮というものだ。
「ええねー。わいは一人っ子やったしなー」
「ディーツさんも子供が欲しい?」
「まず相手がおらへんわ」
ディーツハートは矛先を向けられては叶わんと、二階のテラスへ視線を向けた。
先ほどまでいた慌ただしい人混みが、嘘のようになくなっている。
「ま、明日あたりは騒がしくなるな」
「騒がしくなるって、何がですか?」
リオリールが不思議そうに小首を傾げる。
「明日か、明後日か。 十段峠あたりに調査隊でも出すんやろな、って。 ほら、シャイエル君いたやろ? 君らが泊まってた教会の子や」
ディーツハートの声が、少しだけ低く、真剣な温度を帯びた。
同時に、トルテの顔がふっと影を差す。
リオリールは急に低い声を出したディーツハートへ向けて目を瞬かせた。
「海面上昇の原因かなにかの調査やろな」
「え? それって……」
話題逸らしに振ってみた話に、さっと顔を陰らせたリオリールに、ディーツハートはおや? と思った。
思っていた以上に深刻に捉えていそうで、不安を煽ってしまったのかもしれない。
――ディーツハートが考えるに、恐らく偽装された中央島の公文書。 そこに書かれていた真実の一端。
だが、ディーツハートはその全てを語ろうとはしなかった。
彼が手にした情報の中で、少女たちに伝えるべき部分は絞られている。
何故なら、アカデミー入学候補生である自分たちには関係ない話だ。
今はまだ何者でもない者が首を突っ込む事ではない。
自分はもちろん、リオリールやトルテのような子供は特に。
「海面上昇の原因……? 原因って、何か分かったんですか?」
「リオ」
「あ~、ええって。 君らは忘れてええ話や。 ほら、認定証を得る方が大事やしね?」
だから関わらない方がいい。
ディーツハートは冷めかけたお茶を一気に飲み干すと、リオリールとトルテの瞳を真っ直ぐに見据えて、静かにそう忠告した。
雰囲気が変わったディーツハートに、思わず二人とも頷く。
「ほな、今日の宿を探してくるわ」
意味深な忠告だけを一方的にテーブルに残し、そう言って早足に立ち去る男を見送る。
彼が席を立った後には、空になったカップと、僅かな不穏な空気だけが残っていた。
「ねぇ、トルテちゃん。 今の話ってどういうことなんだろう。 十段峠とか、シャイエル君とか……また教会に行けば何か分かると思う?」
首を傾げるリオリールが問いかけるが、隣に座るトルテからの返事はない。
不審に思って顔を覗き込んだリオリールは、ハッと息を呑んだ。
トルテの顔から、さきほどまでの笑みや楽しそうな雰囲気は消し飛び、血の気が完全に引いていたから。
青ざめた顔には焦燥感が。 膝の上で硬く握りしめられた小さな手は微かに震えて。
海面の上昇の原因や教会の事。 そしてレッドマンとの関係。
可能性に過ぎなくても、トルテの脳内で、バラバラだったピースが最悪の形で結びついていく。
フラウセス教会には間違いなくレッドマンの。 おとーさんの息がかかっている。
だめだ。 リオリールにこの問題を近づけさせてはいけない。
トルテだって、ふた島が海に沈んで多くの人が苦しむような惨状は想像したくない。
けれど、彼女の根底にある至上命題はいつだって、おとーさんの為に在る。
世界征服の計画を邪魔する事なんて絶対にできない。
「……忘れよう、リオ」
「えっ?」
「ディーツハートの言う通り。 私たちには関係のない話。 首を突っ込むべきじゃない」
カラカラに乾いた喉から、なんとか言葉を絞り出す。
成人の儀の旅の途中であること。
認定証を得る方法ややり方も、まだ見つかっていないこと。
重要なのは、中央島へ行くことで成人の儀。 そこでの洗礼と試練を成功させて大人として認められるという事だ。
どうにかしてリオリールの興味を削ぎ落とし、この話題から遠ざけなければならない。
トルテは誰の眼から見ても必死だった。
普段の冷静沈着なトルテがそこまで言うのならと、リオリールも頷きかけたその時。
カフェの少し離れた席で話し合う、ハチヤドの女性たちの声が幸か不幸か。
リオリールとトルテの会話の隙間に入り込んできた。
「――でね、調査隊が組まれるんですって」
「それで騒いでたの?」
「行き先は?」
「十段峠らしいわよ。 夫なんて、非番だったのに急に荷運びで駆り出されたってぼやいてたわ」
「なんで急にそんなことに?」
「なんでも、『錬金術』のせいらしいって彼が――」
木製の椅子が床を乱暴に擦る音が、響き渡った。
リオリールが弾かれたように立ち上がっていたのだ。
その顔には、先ほどまでの困惑は消え失せ、はっきりとした焦燥と困惑が張り付いている。
「ま、まって、リオ!」
「トルテちゃん……聞いてたよね? 錬金術って!」
今にも飛び出して行きそうなリオリールの真新しい桃色の袖を、トルテが掴んでいた。
「リオ! 待ってよ!」
「今の話は放っておけないよ。 シャイエル君に聞いた話が自然現象じゃなくて錬金術が引き起こしたっていうなら……本当に錬金術なら、無視なんて出来ない。 そうでしょ?」
トルテはふるふると首を振った。
頭を必死に回転させるが、言葉は出てこなかった。
リオリールを止める言葉を持っていない。 錬金術に関して嘘がつけないトルテも何も言うことができない。
それでも何か言わないといけない。
「だって、私たちが関わる問題じゃないって、さっき決めたばっかりで……」
トルテの声が上ずる。
リオリールのまっすぐ見つめてくる瞳に圧されるように、首を俯かせてしまう。
リオリールにとってもこれは嫌な予感が心中に満ちている。 ミミガーデン村を思い出す。 鉱石のクズ石化。 めぐりめぐって、みつ島全体の経済すら麻痺してしまう可能性を秘めた、錬金術の悪用の実践例。
自分たちが誇りを持ち、先ほどのフリーマーケットで人々に笑顔をもたらした『価値』あるはずの錬金術。
それが、誰かの悪意によって危険な問題を引き起こす道具として使われている。
島を沈めるほどの、脅威でもって。
そんな考えが浮かび上がると、もうダメだった。 リオリールは首を一つ振って、トルテに言った。
「私、行ってくる」
「リオっ!」
おとーさんの計画かもしれない。 そんな真実は絶対に口に出せない。
明確な理由を提示できないトルテの煮え切らない態度に、痺れを切らしたのはリオリールの方だった。
「トルテちゃんはここで待ってていいから!」
振り払うような強い力で、桃色の袖がトルテの手からすり抜ける。
リオリールは踵を返すと、今のお話、もう少し詳しく聞かせてください! と、大きな声を上げながら噂話をしていた女性たちのテーブルへと一直線に駆け出していった。
夕闇が迫るハチヤドの風が吹き抜け、残されたトルテの前髪を揺らす。
「あ……」
引き留めようと伸ばした小さな手は、ただ無情にも、夕暮れの冷たい空気を空振りするだけだった。
指先からこぼれ落ちたリオリールの背中が、ひどく遠く感じられた。