リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
トルテが考えを放棄したのは海からのアプローチだった。 大渦の存在がどうしてもネックになる。
「地上からのアプローチしかないと思う。 思うんだけど……」
高低差が問題だ。
腕を組んで唸るリオリールの隣で、トルテもペンを置いて小さく息を吐いた。
幾つかの道具を組み合わせて、降りる道具自体は造れるかもしれない。
だけど、そこからどうやってツボを取り除けば良いのかが難しい。
物理的な破壊がそもそも可能なのか。
それも分かっていない。
「もう一回、素材から洗い直してみようよ! なにかまた発見があるかも」
「……そうだね」
二人の間にわだかまっていた見えない壁は、昨日の再会ですっかり溶けてなくなっているようだった。
再び肩を並べて問題に向き合えるようになったのをリオリールは素直に喜んでいる。
一人じゃ何もできない。
今も、何か問題が解決に向かって進展しているわけでもない。
むしろトルテの考えも行き詰ってしまっているようで、本来ならもっと不安になるべきなのだろう。
だけど、リオリールは前向きでいられた。
とはいえ、実際問題、ツボに向かう手段は見つからないままだ。
精神論で解決できない物理的問題が、大きく立ちはだかっている。
数時間、テーブルの上でペンを振り回したが。
「うぅ~~ん……私たち二人だけで考えてても、同じところをぐるぐる回るだけだね」
「確かに、ちょっともう良い考えが浮かばないよ……そうだ! それじゃ、今日は思い切って情報収集に集中しようか!」
「うん、それが良いと思う」
「よし、そうと決まればハチヤドの人達に色んな話を聞いてみよ!」
リオリールはパンッと両手を叩き、椅子から勢いよく立ち上がった。
子供の自分達だけでは無理であることを、素直に認められた。
そもそもカンカン山のミミガーデン村の問題だって、全員が協力してくれたからこそ『満月の急須』を無力化できたのだ。
職業を問わず、漁師や商人、旅人たち。
大人から子供まで。
様々な視点からの意見を集めれば、現状を打破するヒントが見つかるかもしれない。
「私は一度、オイゲンさんから資料をちゃんと見せてもらうよ」
「あ、そうだね。 その方が良いと思う」
「もしかしたら、新しい情報が入ってるかもしれない」
二人は手分けして、ハチヤドの街へと情報収集に繰り出すことにした。
二階の中央テラス。 展望台。
それらを巡ったリオリールは、今度は何処へ向かって話を聞こうかと考えていると、ふいにディーツハートの顔を思い出した。
昨日の雨の中、泥だらけになって泣いていた自分の背中を押してくれた彼。
ちゃんとしたお礼も兼ねて、一度顔を見せた方が良いだろう。
方言の強いバンダナを撒いた変な楽器持ったお兄さんはどこですか?
そう聞いたら一発で彼が宿泊している宿が判明した。
常に太鼓と弦楽器の賑やかな音が響き渡る宿、『祭り屋敷・響』だ。
音を好む彼らしい、とリオリールは薄く笑って駆けだす。
『響』の暖簾を潜ると、軽妙な太鼓の音とビニョーン、と変な音が混じりあってきてすぐに見つかった。
「ディーツハートさーん!」
「おお? やはー、リオちゃん。 随分元気になったみたいやん」
「はい、おかげさまで!」
ぺこりと深々と頭を下げたリオリールに、ディーツハートはからからと笑って良かったやんと楽しそうに、ツィンケルタールを叩く。
リオリールはリュックから、錬金術で作った上着を取り出した。
貝殻の画が混じった半纏だ。
「これ、良かったらどうぞ。 せっかく作ったんですけど渡す人が居なくなっちゃったから……」
「創ったって、リオちゃんが? 買うたんちゃうん?」
「えへへ。 錬金術で作ったんですよ! 本当はお兄ちゃん用だったんですけど……」
「ふぅん、錬金術で作った物なんやな」
その口ぶりに、リオリールは首を傾げた。
ディーツハートもアカデミー入学を目指している仲間だ。
錬金術で作ったなんてことは言わなくても分かるはずなのに。
「でも、肝心の海面上昇の問題なんですけど。 ツボの近づき方が分からないままなんです」
「ん? そうなんか、大変やね」
さらりと受け流されたものの、リオリールはディーツハートを見上げてじっと見つめたままだった。
その期待感を含む無垢な眼差しに、うげぇ、と顔を歪める。
「あんな、わしはなんも知らんといて。 錬金術のことも、海面うんたらも、関わるつもりはあれへんねん。 そもそも胡散臭いしや。 わしの幸せはそこにはあれへんのや」
「うぅ、そっかぁ……それじゃあ、知ってても教えてくれないですよね……」
がっくりと肩を落とすリオリールに、ディーツハートは空になったグラスをテーブルにコトリと置き、顎を掻きながら続けた。
実際、その場に居なかったしツボが海水を出すみたいな噂話しか知らない。
教会がどうも関係していて錬金術が使われてる事とか、シャイエルが二人いることとか、そんな裏の事情が見えそうな激ヤバ風の事情をちょっと齧ってしまっているが。
だからこそ関わるつもりはないし、認定証を手に入れて試験が有利になれば良いくらいの感覚でハチヤドに滞在している。 ぶっちゃけディーツハートは面倒臭かった。
とはいえ、リオリールは昨日の様子を見れば随分必死なのは分かる。
子供に頼られれば大人としては少しくらい助言は、示してあげるべきだろう。
その助言が合っているかどうかは、ディーツハートにとって大した問題ではない。
結果、気持ちが上向いてくれれば上々くらいの、軽い期待にすぎなかった。
「ツボに近づかれへんって言うけど、そんなんあれへん思うで。 絶壁やろうが大海やろうが、地面は繋がってん。 ほら、大陸から来たワイが三つ大島におるのも繋がってるからやん?」
その何気ない一言が、リオリールの耳の奥でチリッと小さな火花を散らした。
なんだか、凄く違和感が残る。
「繋がってる? 地面が繋がってる……う~~~ん?」
「いや、たとえ話や。 そんな真剣に悩むような物ちゃうで、リオちゃん」
「そうですか?」
「そうやねん。 もっと緩く構えりゃええよ。 わいも考えるの面倒くさいし」
「あはは……ディーツさんはブレないなぁ」
出会った時から一貫して、ヘラヘラとなんか軽い男である。
あっちへフラフラ。こっちへフラフラ。
そんな人なのに、考え方の根底にあるのは大人を感じさせるほどぶれない芯だった。
だからこそ、リオリールは彼に救われたのかもしれない。
とはいえ、問題の解決の目途は立ちそうもない。 彼ならもしかしたら、なんて勝手に期待していたのかも知れないけど。
「はー、こんなんじゃまた失敗しちゃう」
「別にええやろ。ヘタこいたって。むしろ何でもかんでも簡単に成功される方が気色悪いわ」
「……」
「な、なんなん?」
リオリールは驚いていた。
ちょっとした愚痴を拾われただけだけど、返って来た言葉を自分の中で理解すると自然と笑みが浮かんでしまう。 だって、ディーツハートは大好きな父であるウータスと同じ言葉で励ましてくれている事に気付いちゃったからだ。
「ディーツハートさんって、やっぱり大人なんですね」
「そらリオちゃんよりは長く生きてそうやなぁ……」
何を言ってるんだ、というように彼は肩を竦めて頭の後ろを怠そうに掻いた。
「さぁて、リオちゃんが元気になったのも見たことやし、十段峠に向かうかいな」
「え、ディーツさん、またどこかに出かけるんですか?」
「そそ。 どうも困ってる人らが居るらしいねん」
「はい! 私、困って――」
「嫌や」
「ひ、ひどい。 そんな即答で……」
いひひ、と笑いディーツハートは噂で聞いた困りごとの解決をして、認定証を貰えたら嬉しいという理由で足を伸ばすようだ。
飄々とした足取りで歩き出す彼の手には、愛用のツィンケルタールが握られている。 リオリールはその後ろ姿を見送りながら、また変な音を奏でながら気ままに歩いていくのだろうな、と恩人の背中を見送ったのだった。
茜色の空が見えた頃、合流したトルテと成果を報告し合ったが、結局どちらも具体的な解決策となるような良い話は聞けていなかった。
ハチヤド中を巡って冷えた身体を温めるため、二人は揃って大浴場へと足を運んだ。
ここに来てから随分と長く滞在しているのに、一緒にお風呂に入るのは初めてだ。
「そういえば、そうだね」
「ずっと皆、違う宿で過ごしていたもんね」
「そういえば、リオは潮騒亭ばっかりに泊まってるけど、何か理由があったの?」
「錬金術が出来るから……」
「……」
トルテはそれを早く言ってほしかった、と思った。
様々な宿を渡り歩いたトルテだったが、錬金術はずっと我慢を強いられていたのだ。
リオリールのように自分から積極的に、店主に話しかけるタイプではない。
迷惑になるからとじっと我慢していた。
「私も今日から潮騒亭に泊まる」
「あ、それじゃ二人部屋で取り直そうよ! 実はちょっと部屋を間違えて覗いちゃったことがあるんだけど、囲炉裏が一回り大きかったんだよね!」
「今日は爆弾作ろ」
脱衣所で年頃の少女とはかけ離れた話題で盛り上がりながら、湯気で白く煙る岩風呂の中に入っていく。
マグマの雫が岩を叩く心地よい鼓の音が反響している中、湯にそっと足をつけて二人で並んで息を吐いた。
肩までしっかりと硫黄の香りがするお湯に浸かって。
「はぁ~……」
「ふぃー……」
二人そろってだらしない声を漏らす。
ちゃぷちゃぷと静かに揺れるお湯の表面を、トルテが指先でずっとなぞっている。
「あ~~~、気持ちいいねぇ、これ」
「ねぇ、リオ」
「ん? どうしたの、トルテちゃん」
少しの沈黙の後、トルテがぽつりと口を開いた。
「海辺を歩いてたらね。 潮の結び目の樽を回収してる、地元の漁師さんたちに会ったの」
「へぇ! そうなんだ! 確かに、もう新年も開けてるもんね」
「うん。 それでね……」
トルテは少しだけ言い淀み、お湯の中でキュッと自分の膝を抱え込んだ。
湯気越しに見える彼女の横顔が、温泉の熱のせいか、ほんのりと赤く染まっている。
「うん、それで?」
「それで……あの、リオ。 ありがとう」
「へ?」
突然のお礼に、リオリールはきょとんと目を瞬かせた。
何かお礼を言われるようなことをしただろうか。
首を傾げるが、まったく心当たりがない。
だが、トルテの表情は真剣で、どこか照れくさそうで、そしてとても穏やかだった。
「えっと、どういたしまして?」
「うん」
よく分からないまま、リオリールは曖昧に笑って返した。
トルテが嬉しそうだったので、リオリールは気にしない事にした。
だいたい無自覚なまま礼を言われたり呆れられたりするのは、リオリールにとっては日常茶飯事だ。
どちらかと言うと兄に呆れられる割合の方がずっと高い。
変に理由を聞いて後悔したことも無限にある。
だから、喜んでいるならそれで良いと思った。
決して逃げた訳ではない。 無いったらない。
湯上がりの後は何時もの食事。
店主が朗らかな声で、入り込み、デロロロっとお皿の外まではみ出した新鮮なワカメが山盛りになって運び込まれてきた。
潮騒亭名物・ワカメ特盛の海鮮鍋。
なんだかんだ、リオリールが潮騒亭から離れない理由の6割、いや7割を占めている。
リオリールとトルテは、この宿の名物である海鮮鍋をつついていた。
出汁の染み込んだ柔らかな白身魚と、リオリールの大好物であるワカメがたっぷり入った鍋だ。
「どう、トルテちゃん。 ワカメおいしい?」
「魚がおいしい」
「うんうん、ワカメを引き立てる良い味してるよね」
「逆かな……?」
熱々のワカメを口に運びながら、リオリールの頭の中では、今日集めた様々な言葉の断片がふわふわと漂っていた。
トルテは、宝石貝を収集する漁師さんとの話を湯舟でしてくれていた。
海の底まで素潜りで、貝殻を集めてくる『宝石貝』はふた島の主要輸出物として有名だ。
ユウバナ村の漁師たちも、宝石貝の収入は羨ましいなんて話をよくしている。
残念ながらみつ島のユウバナ村は、海の底が深いので素潜りではとても海の底には辿り着けない。
トルテは潮の結び目流れてきた、ユウバナ村の樽を発見したことに感動していたようだが。
「夏場だったら、素潜りだけは出来るから宝石貝獲りとか教えてもらえたのかもね」
「ん……私はちょっと」
トルテは産まれてこの方、海で泳いだことはない。
波間で遊んだことはあっても、大概は錬金素材の蒐集の方に遊んでいる間に比率が偏っていく。
海鮮鍋を平らげたタイミングで、店主さんが次の料理を運んできてくれた。
「あれ? 頼んでないですよ、店主さん」
「ああ、いや。 今日はいつもより夜が冷え込みそうだからね。 何時も泊まってくれているリオちゃんにサービスだよ。 暖かいスープを作ったから、是非飲んで暖まっておくれ。 ささ、お友達もどうぞ」
「わぁ、ありがとうございます! 嬉しいです!」
「ありがとうございます」
立ち上がって礼を言っている間に、テーブルの上には二皿のスープがリオリールとトルテの前に置かれていく。
ポコポコと中央には泡が集まっていた。
見慣れないその料理に、トルテが珍しそうにスプーンで泡を突つく。
リオリールも料理に目を向けると『水の中に空気の層』で包まれた泡塗れの食材に驚いた。
「これ、なんだろう?」
「ああ、これは卵なんだ。 泡仕立てのメレンゲスープだよ。 本当はお魚も入ってるんだけどね」
今たっぷり食べたところだろう? と恰幅の良いお腹を揺らして店主は微笑んだ。
気遣いがとてもやさしくて、トルテはスプーンでそっと救うと口元に寄せる。
塩気の混ざった暖かくて柔らかな味が、口の中で広がった。
「おいしい」
「……泡……? あわ……」
「リオ?」
リオリールはむぅっと眉根を寄せていた。
口もつけずに、じっとポコポコと空気の膜を張ってスープの中、外に広がっている卵白の泡を見つめている。
「どうしたんだい、リオちゃん」
店主も不思議に思ってそう尋ねるが、リオリールの頭の中には火花が散っていた。
地面が繋がっていて
素潜りの漁師が宝石貝を獲っていて
海の底からワカメが獲れて
海上は大渦があって進めなくて
地上は高低差があって降りれない
でも地面は?
陸から海底まで繋がってる。
それこそ、三つ大島から大陸まで。
どこまでもずっと『海の底の地面』は繋がっているのだ。
頭の中でバラバラだったパズルのピースが、一気に一つの絵へと組み上がっていく。
「ああ! あわあああーーーーーーー!」
食堂中の視線が一斉に集まるのもお構いなしに、リオリールは歓喜の声を張り上げた。
立ち上がって、メレンゲのスープを持ち上げる。
「これだぁ! 海底を歩ける道具! 空気の膜を作って、海の底を歩ければ近づけるよ!」
「え? え? 海底?」
「十段峠に、歩いて行けるんだよ!」
驚いて目を丸くするトルテの手をガシッと握りしめ、満面の笑みで叫ぶ。
海底を歩く。
その突拍子もない、けれど錬金術なら実現できるかもしれない閃きが、行き止まりだった彼女たちの前に、新しい道をはっきりと照らし出していた。
メレンゲのスープの中で、泡が一つはじけた。
パァン! と大きな空気の炸裂音が鳴り響く。
ここは十段峠の山道。 切りだされた太い青竹に鉈を振り下ろし、真っ二つに割っていくのはカスカルだった。
瑞々しい竹の香りが、山の冷たい空気に混じって鼻をつく。
カスカルは『あみあみ手袋』をはめた手で、割れた竹の破片や細かいささくれを丁寧に拾い集め、邪魔にならない場所へとまとめていく。
ふぅ、と一息。
なんだか久々に身体を思い切り動かしたような気がして、晴れやかだ。
程よい疲労感が心地よかった。
十段峠の海側から少し内陸へ入った、木漏れ日が差し込む谷間。
そこでカスカルは、二人の少年と出会っていた。
「いやー! 助かるぜカスカル。 お前の三つ牛がいると運搬がすげぇ捗る!」
「一気に進んだもんな! 上手くいけば、すぐに俺たち認定証が貰えるぜ!」
泥と汗に顔を汚しながらも、白い歯を見せて笑う少年が二人。
二人ともカスカルと同じ『みつ島』出身。
オワンバシからやってきたフーベルト。
もう一人はタータラベ出身のケヴィン。
カスカルがクウを連れてこの山道に足を踏み入れた際、重い竹材を運ぼうと悪戦苦闘していた彼らに偶然出くわし、今日は丸一日中を彼らの『竹橋作り』を手伝うことにしたのである。
「にしても、妹さんと、そのお友達。 なんで別れてきたんだよ」
「そうだぜ。 っていうか、カワイイ? 女の子と一緒に旅してぇよ俺も」
「なんでって、意見が割れたんだ。 仕方ないさ」
「いや、お前は間違ってる。 女の子を放って置くなんて冷たい奴だ」
「そうだそうだ」
「なんでいきなり俺が悪者になるんだよ……むしろ、お前らは女に夢を見すぎだろ」
「くそが! モテる奴の持論だぜそれはよーー!」
「オワンバシの女は気が強くていけねぇ」
「タータラベの方が怖いぜ、ハンマー投げてくるんだぞ、あいつら」
「ケヴィンとフーベルトが着替えを覗いてるからだろ? 誰だって怒るぞ、そんなの」
気安く、年頃な彼らにはカスカルに遠慮が無かった。
同じ年。 同じ性別で、同じ目的に向かう同期の旅人。
今日一日、一緒に過ごしているが遠慮のない関係性をすぐに作れて、それはカスカルにとってとても新鮮で楽しい物だった。
谷間に架けられようとしているのは、器用に編まれた縄と、しなりに強い竹を幾重にも組み合わせた見事な橋だ。
カスカルがここで偶然出会った時にはすでに全体の八割方は完成しており、人が歩くための踏み板が次々と固定されている段階だった。
話によれば、この橋は近くの村人たちが山菜採りや隣村への交通に利用していたが、先ごろの大雨で崖崩れが起き落ちてしまったという。
大きく迂回すれば向こう岸へ渡ることはできる。
橋が無くても致命的な問題にはならないが、やはり在った方が圧倒的に便利だという、生活に根ざした道らしい。
そんな橋の再建を村人から聞きつけたフーベルトとケヴィンは、自ら名乗りを上げてこの一ヶ月間、ずっと橋作りに没頭してきたのだ。
「俺もオワンバシの橋を見たよ。 フーベルトはそこで育ったんだろ?」
「おう、俺の家は代々、橋職人だったんだ」
指先で割られた竹の一本をくるくると器用に回す。
トントンと地面に手際よく置いて、束にしていくと常人では出来ない動きを見せて一つの竹束を数十秒で組み上げてしまった。
「よいしょっとっお!
「すごいな」
「へへん、まぁ、こんな感じでな。 親父に仕込まれたってわけよ」
その竹束を渡されて固定していくのはケヴィンの仕事だった。
タータラベの炉の傍。 火元の近くで生まれ育ったケヴィンは器用に金属の環を繋げて行って、ジョイント部と固定の金属棒を差し込んでいく。
「まぁお互いに、作れそうだから丁度良いってなったよな」
「ていうか、親父も橋作ったって言ってたぞ。 成人の儀の旅の時に。 同じことしてんのかよ、俺」
「あははは、いいじゃん。 俺の父ちゃんは18歳まで帰ってこなかったって言ってたぞ」
「え……?」
雑談をしながらも建築と木工、鍛冶と金属のスペシャリストの卵がコンビを組んだのだ。
みつ島の異なる文化で培われた技術が、ふた島の山奥で結びつき、一つの橋を作り上げようとしている。 だが、気になったのは会話の方だった。
「お父さんが、3年間も成人しないで旅してたのか?」
「おう、カスカルそうだぜ。 長ぇーよなぁ? でもさ、ちょっと分かるのがムカつく」
「どうして、三年も成人しなかったのか、聞いたのか?」
「ああ、この旅って人と出会うチャンスだから、最大限活用しないと勿体ないんだってよ」
カスカルは素直にその事実に感嘆していた。 同時に気付く。
今、この瞬間に、ケヴィンとフーベルトに出会って、友人になれたのではないか。
カスカルは旅を始めてまだ二カ月も経っていない。 自分が焦っているだけ、なのかもしれないと頭を掻いた。
「……橋の方は、俺はあまり力になれないな。 二人の手際を見ていると」
「いや助かってるぜ。 っていうか、お前、あんまり謙遜すんなよな」
フーベルトの声に、ケヴィンも同調した。
「初歩とはいえすぐに覚えやがって。 器用な奴だっての、ったくよー」
「まったくだ。 ふざけやがって」
「なんで俺は怒られてるんだ?」
「そうやって嫌味が無いからだよ! 普通は時間をかけて学ぶんだ、天才ヤロー!」
「しかも女二人と旅してただとよ! 有罪を越えた有罪だ、馬鹿野郎がっ!」
「どっちだよ!」
スパンっとゼッテル用紙の束でツッコミが入る。
フーベルトとケヴィンが笑い合って、カスカルがつられて笑みを浮かべた。
成人の儀の旅、か。
カスカルは作業をしながら、額に浮かぶ汗を袖口でそっと拭った。
夜になって、十段峠の山道にひっそり立ち並ぶ村に入る。
村の入り口には、旅人や村人たちが暖を取るための大きな焚き火が燃え上がっていた。
その一角、切り株をそのまま椅子にしたような場所へ、カスカルとフーベルト、ケヴィンは輪になるように腰を下ろしている。
「へへへー、ほらカスカル。 これが『大人の味』だぜ!」
「ありがとう、ケヴィン。 酒か……」
「まさか飲めない訳じゃないだろ?」
「ああ、祭事で飲んだこともあるし、弱くはないと思うぞ」
フーベルトとケヴィンがおっしゃ! 飲むぜー! と機嫌よく声を上げた。
「大人がすぐに取り上げるからな! 酒をいっぱい飲む経験、大人になるなら必要だよなぁ?」
「おう、俺もそう思う。 酒付き合いなんて言葉もあるしよ」
「でも記憶なんて無くなるのか? 飲み過ぎただけで。 信じられないよな」
「へへ、それをこれから検証するんだ」
「ほどほどにな……」
カスカルは盛り上がる二人に釘を刺しつつ、なみなみと注がれた透明な液体から、ツンとしたアルコールの匂いを嗅いで鼻を鳴らす。
くっと煽れば、カスカルの喉に熱い液体が流し込まれて、顔を少しだけ赤くした。
焼いた鳥の肉を齧りながら、話題は自然と今日の立役者である『三つ牛』のことへと移っていった。
「いやぁ、それにしても三つ牛のパワーには感動したぜ」
「知ってたけど、実際に動くのを見ると圧巻だった。 流石に認めるしかねぇ」
「カスカルは牧夫になるのか?」
「いや、俺は特にそういう訳じゃない。 色々と相談した結果、借りただけさ」
「なるほど、賢いな……」
「でも高いだろ、三つ牛は」
「ああ、高かった」
目を輝かせて身を乗り出してくる二人に、カスカルは口元を綻ばせた。
その凄さに息を飲んだのはカスカル自身もだ。
ボーク牧場の跡取りであり、子供の頃からカスカルに気をかけてくれた尊敬するクラウスの人柄を紹介しながら、カスカルはクウの事に関して話をする。
「ああ、クラウスさんか。 見た事あるよ、あの人めっちゃかっけぇ大人だよな」
「オワンバシにも良く来るぜ。 オーエン牧場の連中は煙たがってるけどさ」
「ま、そういうわけだ」
「なぁ、カスカル。 俺達にも少し三つ牛のことを教えてくれよ」
カスカルはああ、と頷いて手元の杯をそっと地面に置き、立ち上がる。
「分かった。 じゃあ、先にクウの食事の用意をするついでにな。 少し教えるなら、荷物を整理して身軽にしてやった方が良いだろうし」
カスカルは焚き火のそばから離れ、村の木に繋いでいたクウの下へと歩み寄った。 ふう、と鼻息を鳴らすクウの首筋を撫でてやると、温かく硬い獣の毛並みが掌に擦れる。
「ボオォ」
「はは、すまん。 もう少し待ってくれ」
背負い鞍に固定していたロープを解き、重たい荷物を一つずつ地面へと降ろしていく。
その作業の最中、背嚢の隙間に挟み込んでいた『牛草』の束が数本、バラリと崩れ落ちた。
「あっと……」
風に流されてすぐ近くに置かれていた木桶の中へと吸い込まれるように落ちていく。
「しまったな」
カスカルは慌てて『あみあみ手袋』を装着し、木桶に手を入れた。
牛草は毒性が強い。
この桶に溜められた水は廃棄するしかないだろう。
指先で濡れた牛草を摘み上げ、水を切ろうと軽く引っ張った、その時だった。
「ん?」
違和感は牛草そのものだ。
強い反発力が返ってくる。 乾いた牛草は柔らかすぎるほどなのに、桶の中に入っている牛草は引っ張り上げた指先が食い込むくらいの強度になっていた。
不思議に思い、カスカルは両手で草の端を握り、ぐっと外側へ引っ張ってみる。
草はピーンと張るだけで全く千切れる気配がない。
それどころか、海水を吸って海面に浮いた状態の牛草はゴムのようにしなやかでありながら鋼のような強度を持っていた。
「なんだこれ? 牛草って、こんなに硬いのか?」
「なんだよ、カスカル。 どうした?」
「いや、三つ牛の飼い葉の牛草が、海水を溜めた桶に入っちゃってさ」
「ああ、牛草は海水に濡れるとなんだっけ? アレが最大になるって」
「はぁ? アレって?」
「なんだっけな~。 なんか聞いた事あるんだよ」
酔っぱらっているケヴィンとフーベルトはそんな話をしている。
恐らく、アレとは張力なのかもしれない。
漁師の村で育ったからこそ、ロープや網の強度には敏感だ。
この性質を上手く利用すれば、とんでもなく強靭な係留用の縄が作れるんじゃないだろうか。
錬金術でも使えるんじゃないか?
頭の中でリオリールの顔がよぎり、カスカルはふっと息を漏らした。
長年一緒に過ごしたせいで、随分と錬金術の素材の方に思考が引っ張られたことを自覚し、カスカルは自嘲した。
クウの世話の仕方を二人に教え終えると、夜もすっかり更けていた。
身体をたっぷり動かした心地よい疲労感と、アルコールの微かな酔いが、カスカルの思考を優しくぼやかしていく。
その夜、燃え尽きかけた焚き火の暖かさを感じながら、カスカルはここ数日の張り詰めていた感情を手放すように。
久しぶりにぐっすりと深い眠りについたのだった。