リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
「おらああ! 完成だぁぁぁ!」
「よっしゃあ! やっと終わった!」
翌朝。 山間の朝は木漏れ日が差し込む快晴だった。
朝一番から始めて、フーベルトとケヴィンと共に最後の仕上げを行い、頑丈な『竹橋』が見事に完成したのである。
踏み板の上で跳ねても軋まない、立派な出来栄えだ。
「三つ牛のおかげで2週間以上は速くなっただろ! くそー! サンキューカスカル!」
「マジで助かったぜ! 竹束を運ぶ方法だけは、どうにもならなかったんだよ!」
一ヶ月以上も橋を作る為に頑張ってきたのだろう。
谷間を繋げる『道』を作り上げたのだ。 それは偉業と言っても良いかもしれない。
フーベルトとケヴィンはテンションが高く、カスカルは彼らを手伝えたことを良かったと思った。
「なぁ、さっそく村長に報告に行こうぜ。 カスカルの分も、認定証を貰えるように掛け合ってやるよ!」
「ああ、きっと認定証を貰えるぜ!」
肩を組んで喜ぶ二人の申し出に、カスカルはゆっくりと首を振って笑った。
「いや……気持ちは嬉しいけど、遠慮しておく。 俺は終わりかけの少しを手伝っただけだからな。 この『道』はフーベルト、ケヴィンの二人の力で作り上げたんだ」
「なんだよ、格好つけやがって」
「スカしてんじゃねー」
「そういうつもりは無いっての。 普通に凄く尊敬してるんだけどな、やってる事は……」
「なんだと! じゃあ態度が悪いってのかよ! そうかもな……」
「うわあ、急に冷静になるな」
「ははははっ、まぁカスカルが嫌だっていうなら分かったよ。 しょうがねえな」
固辞するカスカルに、二人は顔を見合わせてもったいねぇと繰り返していた。
まぁ勿体ない気はするが……やはり、最後の一日を手伝っただけなのに功績を横取りするようで悪い、と苦笑いをした。
「じゃあ、俺達は村長に認定証を貰ってくるぜ」
「また会おうぜ、カスカル。 妹さんと友達によろしくな!」
「ああ、そうだ。 俺達のことをちゃんと紹介するんだぞ」
「そんなの何時決まったんだ?」
「今だよ!」
クウの背中に跨って、カスカルは騒がしい同年代のフーベルトとケヴィンを見送った。
きっと、旅はこうして続くのかもしれない。
一度、ハチヤドに戻って認定証を得られるような噂をもう一度集めてみよう。
残してきた妹たちは、どうしているだろうか。
カスカルは来た道を戻るべく、ゆっくりとクウの歩みを進め始めた。
――・
マグマ溜まり平原をボスボスと、クウの重たい蹄が土を真っ直ぐに踏みしめる音が響く。
竹橋を完成させた達成感を胸に、カスカルはハチヤドへ向けて進んでいた。
暫く進ませると、遠くから特徴的なツィンケルタールと人の影のシルエットが近づいてくる。
あれは、ディーツハートだろう。
「やはー、カスカル君。 奇遇やなぁ?」
飄々とした足取りで近づいてきて、パシっと片手をあげてくる。
軽薄そうな笑みを浮かべ、糸目の青年がひらひらと手を振る。
カスカルは相変わらず不思議な人だな、と思いながら挨拶した。
「どうも、ディーツハートさん。 どこかへ行くんですか?」
「いやぁ、この先に壊れた竹橋があって、それを直せば認定証が貰えるかもしれへんって噂を聞いてな。 一丁、手伝いに行ったろ思て来たんや」
「あ……それなら、今日の午前中に俺たちで完成させちゃいましたよ」
カスカルが申し訳なさそうに告げると、ディーツハートはあちゃぁー! と大げさに自分の額をパチンと叩いた。
「ちょい待ってくれとっても良かったのに、カスカル君」
「はは、結局は俺も認定証を受け取ることは無かったですから……ああ、そうだ。 もし引き返すならクウの背中に乗っていきますか?」
「おお、そやったら助かるわ。 お言葉に甘えさせてもらおっ」
ひらりと身軽な動作で、カスカルの後ろ、クウの広々とした背中へと飛び乗った。
体重を感じてか、振動と共にクウがボォ、とため息のような物を吐いて。
「あ、あのもう少しゆっくり乗ってください。 三つ牛にストレスを与えたくないので」
「あ、すんまへんなぁ」
素直に謝ったディーツハートに毒気を抜かれ、カスカルは自由な人だなと苦笑した。
再び歩き出したクウの揺れに身を任せながら、ディーツハートは背後から気楽な調子で話しかけてきた。
「そういやな、リオちゃん挨拶に来たわ。 前に雨ん中、えらい泥だらけになって泣いとったから、ちょっとだけお話もしたで」
「え、リオが?」
「ああ、最後はパァッとええ顔して、宿の方に走って戻りよったから、今はケロッとしとるんとちゃうかな。 心配いらへんで」
妹が泥だらけで泣いていたという事実に胸が痛んだが、立ち直るきっかけをくれたのはディーツハートだったのだろうか。
「妹がお世話になったようで。 ありがとうございます、ディーツハートさん」
「おーん……なんかなぁ?」
「え?」
「思うとったけど、カスカル君は硬いなぁ! もっと気楽にした方がええわ」
「……そうみえます?」
「おん。 あっち見て、こっち見て、肩肘張ってちゃ良うないねん。 人生楽しゅう生きな、幸せになられへんで」
「はぁ……そんなに、堅苦しいつもりはないですけど」
いんや、とディーツハートは首を振ってボロンっとツィンケルタールの音を鳴らす。
15歳の子供がずっと顰め面してたり、周りに気を使うのを優先してたり。
そんなのは健全じゃない、と彼は持論を展開し始めた。
「まず最初に見てあげんのはわしの事から。 周りは後から見回したらええ思うよ」
「……はい、忠告として受け止めますね」
「そういうとこやねん。 あ、そや、叫んでみぃひん? ちょうど良い広さやしな」
「いえ、大丈夫ですよ、ありがとうございます」
カスカルは手綱を握る手に力を込め、素直に礼を言った。
クウが一定のリズムで歩みを進める中、背後から漂ってくるほのかな安酒の匂いと、ツィンケルタールの微かな金属音を聞いているうちに、カスカルの思考はふっと冷ややかな方向へと滑り落ちていった。
ディーツハートという男は、何なのだろう。
思い返せば彼と出会うのは何時も唐突だ。
ミツフタ港での出会い。 シャイエルという少年がいるフラウセス教会の前での遭遇。 そしてハチヤド。
十段峠に調査隊が向かうという重要な情報をリオリールとトルテに与え、行動のきっかけを作ったのも、背後に座るディーツハートだったはず。
ゆらゆらと、まるで煙のように周囲に纏わりつき、要所要所に現れては決定的な『きっかけ』だけを与えて、すっと姿を消していく。
いや、ただの偶然だと、思いたい。
旅の空の下、同じ認定証を目指す者同士が何度も顔を合わせること自体は、決して珍しい話ではないのかも知れない。
でもそれを言ったら、目の前に『錬金術による悪意』が立て続けに出会うのも不自然だ。
ディーツハートは、大陸から来たと言っていた。 アカデミーへの入学を目指す候補生だとも。
それはつまり、錬金術を使えないなんて話が胡散臭いものになる。
「どしたん、カスカル君。 なんか怖い顔してまっせ」
不意に、後頭部へ直接吹きかけられるような声がして、カスカルはビクッと肩を跳ねさせた。
振り返らなくても、ディーツハートが細い目をさらに細めて、こちらの表情を値踏みするように覗き込んでいるのが気配で分かる。
「あ、いや、何でも……」
勝手に一人で深読みし、疑心暗鬼に陥っていた自分に焦り、カスカルは咄嗟に視線を逸らした。
動揺を悟られまいと、誤魔化すように腕を前に伸ばし、クウの首元の硬くゴワゴワとした毛並みを、意味もなく撫で続ける。
50分ほどの道のりを経て、カスカルとディーツハートはマグマ溜まり平原を抜けた。
――潮騒亭の客室は、深夜にもかかわらずランプの灯りが点いている。
テーブルの上には丸められたゼッテル用紙の山がいくつも築かれ、素材の一覧表が木のボードに所狭しと張り付けられていた。
海底を歩ける道具。
その発想は切り口を変える天啓だったが、レシピの構築はやっぱり難しいものだった。
だけど、少なくとも確実に進んでいる一歩。
地上から25メートルの崖下を目指すより、海上から大渦を突っ切ることを考えるよりも、一番現実的な案の一つであった。
海底にも渦の影響はあるだろうが、海上よりはよっぽどマシなはず。
「メレンゲのスープの気泡みたいに、空気の層が作れれば……」
「呼吸ができるための構造が作れないと、海底を歩くなんて出来ないから」
まずリオリールとトルテが考えたのは、空気の循環と穴、そして層の維持だ。
最初に注目したのは『マグマ溜まり平原の土』
モチモチした粘土質なのに、表面はサラサラな土は『空気』を運んでくれるはずだ。
多孔質な土を膜の内側に詰めて良ければ、それは出来る。
「供給源は『パチパチ水』で良いんだよね?」
「それしかないと思う」
ふんだんに酸素を含んだ水は、今リオリールとトルテが持っている中だとパチパチ水くらいしか候補が無い。
「でも、多分海中に長くいる為には、これだけだと酸素不足になるはず。 空気の量が足りない」
「むぅ」
トルテの冷静な分析に、リオリールはペンをくるくると回しながら頷いた。
イメージは『泡仕立てのメレンゲスープ』だ。
空気の中に自分が入るようなもの。 水中で呼吸が出来て、海底の歩行を可能にする。 浮力に対する重しも必要だ。
「海底の岩肌や砂地を滑るための板は手持ちの木材を加工して、金属を混ぜれば良いと思う」
「確かに、それなら沈めるよ!」
マグマ溜まり平原の土。
パチパチ水。
海底の移動のための金属と木材。
「これらを繋ぎ合わせるなら、ぷにぷに玉だね」
「海水に混ざらないし、カテゴリを考えれば適当」
「うん。 神秘の力のカテゴリだと、ぷにぷに玉しか知らないし……それに、アデラさんのとこに行けば、きっと協力してくれるから」
素材の調達の目途も立つ。
だが、問題はまだあるのだ。
どうしても足りないピースが残っている。
「酸素が足りない」
「海中で窒息はやだよね……」
「あと、水圧」
「潰れちゃうのもいやだよね……」
強力な水圧に耐えうる耐水性の膜となる素材と、持続的な酸素供給源。
その二つの核となる素材が、手持ちのリストのどこを探しても見当たらなかった。
ぐるぐると同じ思考の迷路を彷徨い、二人が深い溜息を重ねた。
酸素供給の条件を満たす素材さえあれば、試作品をすぐにでも作れるのに。
「リオ……もう一回、リストの中のカテゴリを、全部洗い出してみるよ」
「うん。 私は、もうちょっとしたら開くから、ハチヤドのお店を巡ってみるね」
歯がゆい思いをしながら窓に目を向ければ、朝日が昇り始めて、空を明るく照らし始めていた。
ハチヤドのお店を巡って、今までに注視してこなかった様々な道具や素材をつぶさにリオリールは観察していく。
お客さん達が入れ替わり、すれ違う中で真剣な顔でじっと見つめていた。
高壁山脈の方から仕入れたという、出店では見た事も無い素材が幾つか並んでいた。
だけど、水圧に耐えうるような膜の代わりや、酸素を供給できるような条件に適した物なんて見つからなかった。
そもそも、そんな都合の良い素材があるのだろうか。
不安が少しずつリオリールの首元から這い上がってくる。
「ううん、だめだ。 弱気になっちゃったら。 何かあるはずなんだから~」
ワシワシと両手で頭を押さえながら、ぶんぶんと首を振った。
「一回戻ろうかな……」
そろそろトルテが、洗い出しを終えている頃だろう。
錬金術の知識に関しては、アカデミーの大講師であるシーバーシーさんも太鼓判を押していたトルテだ。
何か、きっと、リオリールには想像もできないような形で答えを出してくれているかもしれない。
顔を上げて踵を返したリオリールは、駆けだそうとして足が止まった。
信じられないような顔で、リオリールの眼が大きく見開いて。
「お兄ちゃん!」
「リオ。 こんなところで何を見てたんだ?」
顔を出したのは、数日ぶりに見るカスカルだった。
ハチヤドに帰ってきたばかりなのか、服には泥がはねており、青々とした竹の匂いのようなものが漂っている。
「わぁあ! お兄ちゃん、お帰りー!」
「うわっ、急に抱き着くなって!」
いきなり興奮し始めたリオリールの頭を押さえて、カスカルは宥めた。
ディーツハートが言った通り、随分と気持ちは切り替えられたみたいだ。
店先の近くにあるベンチに座らせて、カスカルもその隣へと腰を下ろす。
落ち着いた頃合いを見計らって、カスカルはリオリールに声をかけた。
「ったく、それで……何か進展はあったのか?」
「うん! 海底を歩くことにしたんだ!」
「は? なんだそりゃ……」
「海底を歩く道具を作るの! そうすれば、あの壺に近づけるでしょ?」
リオリールの突拍子もない提案に、カスカルは目を瞬かせた。
相変わらず錬金術というのは、滅茶苦茶に便利なものを作れるらしい。
「それで、うまく行きそうか?」
「分からないの。 多分、ちゃんと素材が見つかれば何とかなると思うんだけど……」
深い水圧に耐えて空気の膜を作る素材。
十分な酸素を確保できるような素材。
この二つさえ揃えば、何とかなるのに見つからないのだ。 どこを探しても。
リオリールはおろか、トルテの知識を総動員してもこの場所で手に入る素材では膜と酸素を構築できない。
しょんぼりと肩を落とす妹の姿を見て、カスカルはふと背嚢に視線を落とした。
そして、ゴソゴソと手袋をはめて荷物の奥を探り、ある物を取り出して自分のズボンの上に置いた。
「これ、役に立たないか?」
カスカルが提示したのは、牛草と貝殻だった。
「牛草? トルテちゃんも検討してたけど、柔らかすぎてダメだって言ってたよ」
「ああ、確かに乾燥していると牛草は柔らかいんだけどさ」
十段峠の山道で出会った二人の同期。 フーベルトとケヴィンとの出会いをカスカルは語った。
本当にただの偶然だったが、牛草には海水に濡らさないと気付く事の出来ない性質が潜んでいたのだ。
「海水に濡れた時だけ、この牛草はとんでもない硬度を持ったんだ。 しかも、草だから自由自在に曲げられる」
「え?」
「張力が最大化するんだと思うぞ。 空気の層を作る膜に使えるんじゃないか?」
あみあみ手袋を渡して貰って、リオリールはそっと牛草を掴む。
張力の最大化……知らなかった素材の知識が、兄によって判明したことに驚いた。
「フーベルトとケヴィンが言ってたんだ。 表面張力だって。 確か、水に関係した話だったよな?」
「表面、張力……これ、膜になるかもしれない。 トルテちゃんにも確認しなきゃだけど……」
「んで、こっちの貝殻は前に話したクエス爺さんに貰ったものだ」
空泡貝殻。
漁師だったクエスシオン爺さんが、カスカルに礼としてくれたものだ。
沖合に群れをつくる習性があるらしく、素潜り漁では水位が深すぎて、なかなか採集するのが難しい貝なのだという。
海面を飛び跳ねて泡を作るくらい、殻の中に大量の空気を溜め込む性質があるのだ。
『奏で海浜』に初めて訪れた時、リオリールやトルテはその光景を見ている。
殻の中に大量の空気を溜め込むということは、酸素を供給してくれる貝ということだ。
「お兄ちゃん……」
「お前の話を聞いて、たまたま持ってたからな。 役に立ちそうなら、持って行ってくれ」
「お兄ちゃん! 大好き!」
「うおっ!」
リオリールが感極まって、カスカルの胸の中に飛び込んだ。
ベンチのバランスが崩れて、けたたましい音を立てて兄妹が草壇の奥へと転がっていく。
カスカルは器用に、ゼッテル用紙の束を取り出してリオリールの頭をはたいた。
「程度があるだろ、馬鹿!」
「えへへへ、ごめん。 痛いよ、お兄ちゃん」
「痛くしたんだ」
リオリールを引っぺがして立ち上がる。
同じように立ち上がったリオリールは、カスカルに向かって頭を下げた。
「お、おい。 どうした?」
思わず甘えてしまったが、リオリールは、思い出した。
双子の妹だけど、カスカルは大事な家族で、大好きなお兄ちゃんだけど。
三つ大島を歩く一人の十五歳の人間だ。
社会を学んで大人になるための、旅を続ける仲間。
甘えて頼るんじゃなくて、一人の人間としてしっかりと頼まないといけない。
それがリオリールが示す答えでもある。
「あのね、私、あの海面上昇の問題を、錬金術で絶対に解決したい。 だから……」
言葉を選ぶ。
断られても仕方ないし、当たり前の事だ。
自分の我が儘の為に付き合ってもらおうとしているのだ。
だから、精一杯の誠意と気持ちを込めて。
リオリールは、頭を深く下げて嘆願した。
「私の我が儘に、付き合ってほしいの! お願い、私を助けてください!」
「リオ……」
頭を下げたままの妹の小さな肩が、決意で微かに震えている。
家族という甘えを捨て、対等な一人の人間として協力を乞うその姿に、カスカルはふっと笑った。
堅苦しすぎ、というディーツハートの言葉がよぎり苦笑する。
「ああ、そういうことなら……遠慮するなよ」
「お兄ちゃん! いいの?」
カスカルの優しい声に、リオリールが恐る恐る顔を上げる。
「ああ、判った……いいよ、リオ。 付き合う。 海底を歩くのも楽しそうだしな」
そこには、いつもの少し呆れたような、けれどどこまでも温かい兄の笑顔があった。
ぱあ、とリオリールの顔が輝く。
カスカルは頷いた。
そして、飛び込んでくる妹の突進を、カスカルは真顔になって華麗に交わしリオリールは再び草壇の中に突っ込んでいった。
リオリール、トルテ、カスカル。
別れたはずの三人の路が、また一つに繋がって。
ハチヤドの街に、草っ葉を頭に乗っけたリオリールのブリ人形がブルブル揺れる。
避けるなー! というリオリールの大声が響き渡ったのであった。