リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~   作:ジャミゴンズ

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08. 嵐と爆発 2

 

 

 リオリールが苦心し、ようやく出来上がったロイヤルクラウンの解毒剤。

 

その薬効を試行しに、カスカルとリオリールの二人は、最も近隣のアサハレ村に向かった。

ユウバナ村の東に位置するこの村は、周囲の村落に比べると一番発展している。

三つ島にて、最も大きな町は"ふた島"にほど近いターラタラベという町であり、位置的にアサハレ村のさらに東に存在していた。

 

カスカルが引く荷車の中には所狭しと多くの雑貨や、 森で拾った食材や木材。

父ウータスが獲って来たばかりのみずみずしい鮮魚。

次女エルオネが放り込んだ数多の雑貨(ガラクタ含む)。

そしてリオリールが作った解毒剤などなど、フェルエクス家にとって不要になったが、まだまだ使えそうな古物を含め、山と積まれていた。

 

近隣の村に出かけるということは物々交換、あるいは金銭を入手する場でもある。

大人であっても子供であっても、自分の村から遠出をして違う村や街に赴く時は荷車をひいて目的地を目指すのが三つ大島の通例である。

 

そうして彼らが三つの島の物とお金を移動させるのだ。

三つ大島の経済と物流にとって、これは重要なことであった。

荷車を引いているカスカルはガラリと音を立てて、 山道を歩く。

 

「でも久しぶりだね、こうやって3人で歩くの」

 

一緒についてきた次女のエルオネが、荷車の端に座ってぼんやりと呟いた。

 

「歩いてないだろ。降りろ、エル」

「いーやー、歩くの疲れたー」

「はぁ……お前が載っているせいで余計に重たいんだけどなっと!」

「うわっっちょ、あぶなーい! 段差はもうちょっと丁寧に運んでよ! 商品が傷むでしょ、カスカル兄ぃ!」

「不満があるなら降りろって!」

「あはは」

 

リオリールはなんだかんだ言っても、荷車から妹を下ろさない兄カスカルを見て苦笑した。

少し捻くれた形で兄に甘えている妹のエルオネの姿が微笑ましい。

山道から覗ける海の青さと軽やかに吹き付ける潮風に、リオリールは少し昔の事を思い出していた。

 

エルオネの言うとおりこうして、兄弟揃って最寄の村に向かうのは久しぶりなのだ。

アサハレ村にはユウバナ村には無い学舎がある。

大陸から移住してきた学者さんが開いたもので、三つ島において初めて建立された学業の場であった。

 

子供はもちろん大人も自由に通えることができ、大陸に住む人々の文化や学問を学べる貴重な場所になるのに、そう時間はかからなかった。

 

距離があるため毎日というわけにはいかなかったが、母ユトネの方針によってフェルエクス家の兄妹たちは『三つ牛』の乗合馬車に揺られて何度も顔を出すことになった経緯があるのだ。

 

「でも本当に久しぶり。 元気かな~、キエーシャ先生~」

「元気だよー、この前会ったばっかりだもん」

「エルオネ、お前あんまりユウバナ村から出歩きすぎるなよ? 街道は割と安全だけど、モンスターは出ることもあるんだから。 母さんも心配していたぞ」

「わかってるって、お兄ちゃん。 でも今回は何を言われても帰らないからね。 リオ姉の解毒剤がちゃんと効いたら、一獲千金のチャンスだもん」

「もう、ちゃんとした値段で売るってば。 エルこそ、毒キノコを食べて苦しんでる人たちにどれだけ吹っ掛けるつもりなの?」

「あーはいはい、それは出発前にさんざん話し合っただろ。 良いからエルはおとなしく座ってなさい」

「はーい」

 

 リオリールに任せてしまえば、とんでもない破格の値段で譲ってしまうに違いない確信がエルオネにはあった。

そしてそれは、カスカルも同じく共感できる理屈でもある。

 

双子の妹ほど人の良いと呼べる人間をカスカルは知らないからだ。

良く言えばお人好し、しかし悪く言ってしまえば騙されやすい人である。

 

しかし、次女のエルオネに任せてしまえば今度は病気で苦しんでいる人に対して足元を見すぎて、要らぬ恨みを抱えかねない。

結果的に家族である妹たちに危険や中傷が及びそうになる可能性を、カスカルは放っておくことはできなかった。

 

次女のエルオネほど、お金に目が眩む人間を兄であるカスカルは知らないからだ。

 

妹たちの解毒剤に関する見解をまとめるとこうなる。

 

「うーん、だいたい50コールくらいで良いと思うなー……3個あるから、150コール! そうだ、小さい使い古しの釜が貰えるならタダでもいいかな?」

「何言ってんのリオ姉ぇ! 一つ2000コール~いや、5000コールくらいは取らなきゃダメだよ、お兄ちゃん! 薬師だったら解毒剤はそのくらいの額で売るはずだよね?!」

 

 凄まじい差額である。

 

ちなみに普通の薬師は1000コール~程で薬の売買を行うので、エルオネは相場の2倍~5倍近くの値段で売ろうとしていた事になる。

カスカルは効果次第ではあるがリオリールの作った解毒剤は700コール~800コールほどに定めることにした。

理由はさまざまにあるが、二人の妹の意見とカスカル自身の金銭感覚で言えばこの程度が無難である。

 

妹のエルオネが言うように、薬師の処方する薬は確かに値が張るのだ。

それを考えれば安すぎるとも言えるが、薬師と同じ値段で売り払ってしまえば別の問題が出てくる。

 

そもそも薬師ではないので、真っ先に信用問題があるだろう。

 

そして妹を信用していない訳ではないが、錬金術で作られたアイテムが試しても居ないので、どの程度の効用を持っているのか分からないのだから強気にはなれない。

 

しっかりと解毒の効果が発揮された場合、安い値段で売ってしまうことも問題にはなってしまうだろうが、そこは今心配していても仕方がない部分だ。

そもそも、三つ大島には錬金術がどういう物なのかという理解が浸透していない。

いやまぁ、カスカルもそれほど理解している訳ではないが、身近にいるリオリールのおかげで何となくは分かっている。

少なくともこの解毒剤を作るのは、かなりのコストが掛かっている事は間違いないのだ。

 

爆散した釜を始めとしたアトリエでの調合に必要な機材。

成功した時のリオリールの錬金術士としての名声と今後の展望、解毒薬を作るのに掛かる手間賃。

錬金術士としての知識が豊富なトルテからの調合アイテムに関するお金のアレコレや相場についての情報に、レシピの提供。

 

そしてこれが最も大きいが、未だに薬師は解毒することが出来ていない。

未知のロイヤルクラウンへの特効薬の可能性。

 

素材の採取と調合に費やした時間と労力……などなど、考えれば考えるほどにキリが無かった。

 

そういった様々な観点から、薬としては少し安いと言った値段設定が現状を鑑みて適切だとカスカルは判断した。

どう転ぶにせよ、まずは錬金術で作った解毒剤がしっかりと効果を発揮してからの話にはなるのだが。

 

値段設定にエルオネからは不満が出たが、彼女もどうしてその値段で良いと兄が決めたのかは理由を説明されて納得はした。

 

解毒剤以外の交渉は、エルオネが受け持つことを取り付けたからである。

カスカルとしてはリオリールにしてもエルオネの事にしても、妹の二人は非常~~~に心配の種しか無い。

 

「リオ、アサハレ村で解毒剤を試したら、その後はどうするつもりだ?」

「うーん……やっぱりキエーシャ先生のところに行くかな~。 久しぶりに本を読みたいし」

「リオ姉はキエーシャ先生のこと好きだもんね」

「だって、トルテちゃんが来る前は錬金術のお話ができるのがキエーシャ先生だけだったから」

「あー出た出た、お姉ちゃんの錬金術中毒。 質の良い装飾品とか化粧品とかもアサハレでは売ってあるんだから、そういう物に興味持てばいいのにね~」

「うーん、お洒落したい事もあるけど、錬金術をするのにオシャレって必要ないんだよねぇ……」

「お姉ちゃん、おっぱいも大きいし母さんと私に似て顔も可愛いんだからさぁ~、もっと男の人に振り向いてもらえるように努力しないと勿体ないぞ~」

「あははは、お世辞でも嬉しいよ~、ありがとね~エルオネ~」

「じゃあ一緒にお店巡ろうよ」

「うーん、でもキエーシャ先生とはお話ししたいから、ごめんね」

「ぶうぶーぅ、しょうがないなぁ~お姉ちゃんは」

 

 カスカルはエルオネがリオリールと一緒に居たいと暗に言っている事に気が付いたが、大人しく黙っていた。

 

 それに、リオリールが言っていることは本当のことで、キエーシャという学者は大陸に住んでいたため、錬金術を知っていた。

そして、大陸で普及しており国家が推し進めている学業の分野として、錬金術に関する本も持っていたのである。

件の学び舎を営む中年男性であり、子供が好きな穏やかな人であった。

 

数か月前にリオリールが初めて中和剤の調合を成功させる切っ掛けになったのは、間違いなくキエーシャの所持する初心者用の参考書のおかげだ。

 

「じゃ、リオとはアサハレ村で一回別れることになるか。 エルはそのままタラベ街まで向かうんだよな?」

「うん、そうだよ? お兄ちゃんは来るんでしょ?」

「仕方ないだろ、俺は喧しい妹どものお守りを母さんに頼まれてるんだからな、エルを放っておけない」

「護衛! 護衛って言ってよ! そのお守りって言うの、やめてお兄ちゃん」

「そうそう、そう言うところ。お兄ちゃんは無神経なんだから。 エルだって3年もすればもう大人なんだし」

「リオ、お前のお守りも入ってるんだからな」

「えぇ!? なにそれ!?」

「驚いてるけどさぁ、ゴメンだけど……リオ姉は否定できないと思うな、私」

「エル!? なんでぇ!?」

 

 他愛のない家族の会話を重ねながら、太陽が西日に傾いたころに兄妹たちはアサハレ村にたどり着いた。

解毒剤の効果は、トルテが保証した通り覿面であり、リオリールの解毒剤は瞬く間に話題となって、すぐに完売となった。

 

慣れない賞賛を受けてリオリールは目をぐるぐる回し、カスカルとエルオネは盛り上がっている商機を敏感に感じ取って薬以外の雑貨類も綺麗に売り捌いていく。

フェルエクス家の夕飯におかずが3品増えそうなくらいには、取引は順調なものになった。

 

リオリールが錬金術士として生まれたのは、このアサハレ村との取引が始まりであったと言っても良いだろう。

 

―――・

 

「リオちゃん、どうぞ」

「ありがとうございます、キエーシャ先生」

 

 リオリールは学び舎の先生であるキエーシャの自宅を間借りして一泊することになった。

こうしてアサハレ村で日を跨いで滞在するのは久しぶりである。

自然、キエーシャとの対面も久しぶりになるのだが、彼は嫌な顔を一つもせずにリオリールを迎え入れてくれた。

 

食事を終えて一息つくようにキエーシャは椅子に腰かけてリオリールの対面に座った。

リオリールはそんな彼の変わらない様子に頬を緩くする。

 

ユウバナ村の村長とほとんど変わらない年齢であり、背格好も似ているが綺麗に整えられた髭がたっぷりと輪郭に沿って生えそろっている。

細い目に眼鏡をかけて、垂れ下がったくたびれた白髪交じりの前髪がほのかに額にかかっていた。

どんな時も冷静に行動し、教鞭を取って子供たちを導いていくキエーシャは、頼れる大人の男性としてリオリールの目に映っていた。

 

「だんだんと陽が沈むのが遅くなってきたねぇ。 本格的に夏が近づいてきたかな? 暑い日々が始まりそうだ」

「そろそろ『みつ島』の夏にも、慣れてきましたか先生?」

「ああ、大陸の方の夏よりも暑いからね、ここは。 それにしても、リオちゃん、凄いじゃないか」

 

 解毒剤の話はキエーシャの耳にも勿論、すぐに届いていた。

錬金術士という職業に理解のある彼は、三つ大島には存在しないはずの錬金術士を目指すリオリールに関心を抱くのに時間はかからなかった。

アサハレ村に居ついてから、わざわざ大陸まで足を運んで錬金術の基礎になる参考書を購入して、学び舎に置いたのも殆どリオリールの為である。

 

そんな彼女が、今大きな問題になっているロイヤルクラウンの解毒剤の調合に成功したというのだから、キエーシャは自分の事のように喜んでいた。

当然、アサハレ村でお世話になっている人々が元気を取り戻せたことも。

 

「これも全部、先生のおかげです」

「ああ、ありがとう。 けれど、成し遂げたのはリオちゃんの努力の結果。 私はそのお手伝いをしただけなのだろう」

「謙遜しないでくださいよ~……私、先生がいなかったらきっとまだ、釜の前で右往左往してただけでしたから」

「君こそね。 私のしたことなんて、本当に些細なことなんだ……それに」

 

 話に聞くトルテという少女の方が、錬金術士としてはリオリールに大きな影響を与えているようだ、とキエーシャはつづけた。

 

リオリールはうんうんと大きく頷いて、嬉々としてトルテの事について話し始めた。

続く話題はトルテの事と調合に成功した解毒剤のレシピのこと。

 

大陸に住んでいて、アカデミーにも関わることが多かったキエーシャには分かった。

トルテは錬金術士として、アカデミーに在籍していても可笑しくない確かな知識と教養を持ち合わせているようである、と。

 

キエーシャ自身は、錬金術士ではなく純粋な学業―――特に海とその生物に関する知識―――を専門にしていたため、トルテという少女の真の実力は分からなかったが、彼の知っている錬金術の講師と言ってることはほとんど同じであったからこそ、そう判断できた。

 

「なるほど、リオちゃんは出会いの幸運に恵まれたかもしれないね」

「え?」

「君に足りないものを、トルテちゃんは持っているということだ。 同時に、トルテちゃんも君から学ぶことが多いのだろうな」

「うーん、どうなんでしょう。 トルテちゃんは錬金術のことは私なんかより、よっぽど知っていて、私に教えられることなんて―――」

「そうでもないと、私は思うよ」

 

 あくまでリオリールの話を聞いた上での推測になるが、トルテという少女には自由な発想力に乏しい。

参考書や理論はほとんど完璧なのだろうし、実践できる腕だって持っていることが伺える。

しかしだ。

錬金術を、調合を行うに当たってアカデミーの講師にまで上り詰めた者たちは口を揃えて言うのである。

 

閃きと発想、それに伴う調合を実践する時の感覚は個人の資質に大きく左右される。

 

それは錬金術士になくてはならないもので、理屈と理論だけでは真理に到達することは絶対にできない、と。

 

さしあたって、大陸とは違い恵まれないアトリエの環境で調合作業に挑戦し続けたリオリールはどうだろうか。

天性の才能も確かにあるだろうと思う。

しかし、トルテにとっての常識を打ち壊したリオリールには、間違いなく錬金術士としてトルテに劣っているものではないハズだ。

 

共に学びあえば、それこそアカデミーの錬金術士も目を剥くような道具を二人で作り出せるかもしれない。

多少の贔屓目はあるにしても、キエーシャはそんな予感を教え子から抱いてしまったのである。

 

「例えば、お互いに足りない部分を補うことが、錬金術の腕をもっと高める事に繋がるかもしれないね」

「二人で……お互いに……?」

「リオちゃんが失敗してトルテちゃんに学ぶように、トルテちゃんも君から学んでいるかも知れない」

「そう……ですかね?」

「せっかく出会えたお友達だ。そういう関係を築けることが出来れば理想だと、私は思うけど、どうだろう」

 

 リオリールは柔らかに微笑んでいるキエーシャの話に、思わず考え込んだ。

確かに、トルテから教えられたレシピの存在がなければ解毒剤を作り上げることができなかったに違いない。

でも、リオリールのアトリエの環境では、どうもトルテはうまく調合できない様子で爆発させてしまっていた。

 

環境が少し違うだけで、錬金術の成否は途端に様変わりしてしまうのだろう。

アトリエは錬金術士にとって、もっとも気を使って整備しなければならない場所である。

 

その事に気が付いたのはトルテの指摘のおかげだが、リオリールは表面的にしかその意味を理解しようとしなかったのではないだろうか。

 

「私も、トルテちゃんの役に立てることがあるなら嬉しいな……」

 

 気後れしてしまう部分はある。

トルテからはもう、数えきれないほど錬金術においてのイロハというものを教えてもらったし、本当にリオリールが教えてあげられることがあるのか分からない。

 

時にトルテの言葉は辛辣で、正直なところ頭に来ることも多いのだが。

でもそれは、すべてリオリールの錬金術の成功に繋がる物だったではないかと今では思う。

 

しっかりと作ることができた解毒薬の完成度。

その効力、そしてアサハレ村の人々の笑顔がこうして証明している。

人々に笑顔を取り戻したのは、リオリールではなくトルテだと言っても過言ではないだろう。

 

リオリールに自信はない。 それでも。

 

先生の言うことが本当ならば。

今度はリオリールが、アトリエの環境に不慣れな彼女へ調合におけるコツとアドバイスをしてあげる番なのだ。

 

二人でお互いの足りない部分を補い、学んでいく。

キエーシャ先生の言葉はリオの心の中に強く刻み込まれ、リオリールの決意を確かな物にしたのである。

 

「キエーシャ先生、ありがとうございます。 私、トルテちゃんにレシピをもらったお礼ができそうかもです」

「うん、そうしてあげるといい。 きっとトルテちゃんも、喜ぶさ」

 

 アサハレ村で決意を新たに、キエーシャから借りたベッドの中にもぐりこんだ。

満点の星空と淡く輝く月の光が窓から差し込んで、リオリールの顔をやさしく照らす。

やがてリオリールは、ゆっくりと目を閉じてベッドに身を沈めた。

 

この決意が、錬金術を高める事に繋がることを願って。

そして、少しでも立派な錬金術士に近づけることを祈って。

 

……そういえば、立派な錬金術士というのは何なのだろう。

 

私にとって 『立派な』錬金術士って一体……どういう物なんだったか。

 

リオリールは瞼の裏でうっすらと自らの初心について思考を深め、いつしか意識を落としていった。

 

そして瞳を閉じたリオリールが、月にかかった黒い影に気づくことはなかった。

 

 ―――・

 

「今日は半月か……」

『ケケケ、何年も土の下に居ると鈍って仕方ねぇよなぁ? 運動は大事だぜ、レッドマンさんよぉ』

「黙ってろクソ悪魔」

 

 深夜。

島の住人がほとんど眠り、夜行性の動物たちが静かに森林の中で騒ぐ頃にレッドマンは土の中からゆっくりと這い出てきた。

魔本の力によって事象を操る能力を持っているレッドマンは、居城から外に出ることは稀である。

なんといってもその外見のせいで途轍もなく目立ってしまう事が原因だ。

赤黒い体毛を揺らして闇夜に紛れてむっくりと起き上がる。

ひときわ大きな大木の根元に巨大な爪を食いこませて直立すれば、月に照らされた影が歪な形を描いて森の中に溶け込んでいった。

 

「……外界に出たんだ。 余計なことは喋るなよ、イービルズブック」

『おう』

 

 案外と素直に魔本はレッドマンの指示に従って沈黙する。

レッドマンがこうして外に出たのには、もちろん理由がある。

リオリールとトルテ。出会っているのは把握しているが、関係性はどうなっているか。

そして、レッドマンにとってこの二人が今後どのような成長を見せるか。錬金術を極められるかが最も気にかかる部分だ。

 

預言書はかなり細部まで今後の予定が記録されているが、実際に此処に居るリオリールがどのような行動を起こすのかは不明だ。

 

それに預言書には全てが記されているわけではない。

最後のページは 『この先は君の目でたしかみてみろ』 と刻印された文章が記載されており、途中でその道程は把握できないようになっている。

ましてやレッドマンは目立つ容姿をしているので(簡単に言えばモンスターとして)気軽に預言書の内容が真実なのか、その様子を観察することは出来ない。

 

 レッドマンが思いついた世界征服において閃いた一つの案は、悪の錬金術士として世界を動かすことであった。

魔本があれば、錬金術を勉強などしなくても悪魔的な錬金道具を作ることなど造作もなくできる。

リオリールとトルテの二人に悪魔の道具を処理させれば、二人の錬金術士としての腕前も上がっていくだろう。

その為には悪の錬金術士が必要である。

その悪の錬金術士を裏から操る、世界征服を目論む悪魔レッドマン。

いずれこの様な形で世界から注目され、人類に特大の迷惑をかけて視線を集めれば、大陸に居る多くの錬金術士がレッドを排そうと立ち上がるだろう。

 

……いや、もしかしたら大陸の国家を挙げての討伐隊などが組まれてレッドマンを殺そうとしてくるかもしれない。

実に理想的ではないだろうか。

今後もレッドマンは非人道的な行為を行い悪事となって糧となり、魔本も悪魔の道具から力を吸収するだろうが、ロイヤルクラウンのように不特定多数の不幸を避ける事にも繋がるはずだ。

まぁ、レッドマンからすればキノコ(特に食用で最も用いられる三つ大島ではポピュラーなロイヤルクラウン)は最初にこの世から消えてもらうつもりだったので問題はないのだが。

道具の効力はしっかりと考えなければ悪事の力の吸収の方が強くなるだろう。

 

 だが、長年の付き合いで魔本の扱い方をレッドマンは心得ているのである。

無から作り出す物質は、元からある物を改変するよりも多くの魔本の力を消費する。

 

結果的にレッドマンが最も期待しているのは、リオリールとトルテの活躍によって悪事に役立たない道具となり果てることだ。

効率よく魔本の力を削ぎ落すことができるのではないかと目論んでいるのだ。

魔本が弱れば、それと契約で繋がっているレッドマンも弱体する。

リオリールとトルテは魔本に生み出された悪魔の道具を撃退することで、錬金術士としての力をつけていく。

三つ大島や大陸に住む人々は、悪の錬金術士・それを手繰るレッドマンには否応なく非難の目を向けるに違いない。

 

 

すなわち、自らが死ねる状況にドンドン近づけるということになる。

 

 

 魔本の力を用いて月光を遮る物が無い空へとゆっくりと浮くと、レッドマンは三つ大島をぐるりとゆっくり見回した。

遥か先に黒雲が渦巻いている事に気付き、毛むくじゃらの手を水平に伸ばすと、やにわにほくそ笑む。

 

「くっくっく、良い夜だな……」

『ご機嫌じゃあねぇか、レッドマン』

「ああ、柄にもなく久しぶりの外で気分が高揚しているようだ。 鼻歌の一つでも歌いたいくらいにな」

『ケケケ、それで? そろそろ何をするのか聞かせてもらいてぇ物だけどなぁ?』

「良いから黙ってろ。 すぐに分かるさ、すぐにな」

 

 レッドマンは空を地面に見立て、軽く地を蹴るような態勢で三ツ島の夜空に浮かび上がった。

高く高く。

今までになく、レッドマンという自らの存在を誇示するかのように。

夜空に這う蝙蝠のように、レッドマンはしばらくの間、月光を背景にして三つ大島をぐるりと飛び回ったのだった……

 

 

 

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