「…………」
「…………」
食いにくい。散歩ついでに外で食おうと思って持ってきた軽食を食おうと弁当箱を開いたはいいけど、近くの木の陰から芦毛のウマ娘が隣でジッと見てくる。心なしか、よだれが垂れているようにも見える。いや、実際に垂れてるな、こいつ。
「…………」
弁当の中に手を伸ばそうとすると威圧感が増していく。同時にどこから出したのかと思いたくなるほどの大きさの腹の音が聞こえてくる。その様子は生前の俺を見ているようでイラつきすら感じる。
「……食うか?」
軽くため息を吐き、サンドイッチの入った弁当箱をその子のほうに差し出す。ピクリ、と大きく肩を揺らし、恐る恐ると俺に近づいてきた。
「い、いいのか?」
「あぁ。食え。全部食っていい」
「ありがとう。いただきます」
芦毛のウマ娘はゆっくりと弁当箱の中身を見る。中には卵、ハム、チーズがそれぞれ挟まれているサンドイッチが所狭しと並んでいる。それをゆっくりとした動作で1つ掴み、小さく口に入れた。
「っ!おいしい……!」
1口食べると芦毛のウマ娘は目を輝かせて残りを一気に口に放り込んだ。おいしそうに笑みを浮かべて咀嚼し、飲み込むと次のサンドイッチを手にして1口で食べた。結構な大きさがあるはずだが、それをものともせず次々とサンドイッチを口に放り込み、気が付けばあっという間にサンドイッチは無くなっていた。
「ごちそうさま。ありがとう、とてもおいしかった」
「おう」
丁寧に弁当箱を蓋して笑みを浮かべて返す芦毛のウマ娘。腹は減っているが、あぁも物欲しげに見られながらだと食えるものも食えない。そう心の中で言い訳して弁当箱をカバンにしまうと、腹の鳴る音が辺りに響いた。まさか、と思い音のしたほうを見るとさっき食べたばかりのはずの芦毛のウマ娘が腹が減ったと言わんばかりに腹をさすっていた。
「……まだ腹減ってるのか?ちゃんと飯食ってるのか?」
「うん。だけど、お腹いっぱいは食べたことがない。私がよく食べるからか、家が貧乏なんだ」
そういう芦毛のウマ娘は視線を腹から違う方向に変える。釣られて同じ方向を見ると、そこには築60年は経ってそうなほどにボロボロのアパートがあった。
「お母さんは遠慮せずに食べていいって言ってるんだ。でも、お母さんはあまり食べないんだ。だから、我慢してるんだ」
また腹が鳴った。さっきほど大きな音ではないが、それでもかなりの音を響かせていた。鳴った腹をさすって笑みを浮かべると芦毛のウマ娘はありがとう、というとフラフラとした足取りでアパートのほうへと歩みを進め始める。
「……おい。この後暇か?」
その後ろ姿に思わず声をかけてしまう。あぁ、イライラする。親からは愛されているけど、空腹に悩まされているその姿は昔の俺を見ているようでむかっ腹が立つ。
「?」
突然呼び止められたことに不思議そうな表情を浮かべてこっちを見る。呼び止めたはいいが何を言おうか一瞬迷ったが、どうせ言うことは1つか、と深くため息を吐く。
「飯、作ってやる。家に来たら飯食わせてやる」
「っ!本当か?でも、さっき言った通り私はよく食べるぞ?」
「いくらでも食え。腹減らしてるやつ見てるのイライラするんだよ」
イライラする。その言葉に間違いはない。でも、同時に俺の中に生前お世話になった先輩の言葉が頭に浮かんでいる。俺は、お世話になった先輩と同じようにできているだろうか。
ベンチから立ちこっちに来いと首を振って家へと歩く。その後ろから待ってくれということが聞こえ芦毛のウマ娘のほうを見ると、ひょこひょこと歩きづらそうにこちらに向かってきた。
「……足、悪いのか?」
「うん。でも、お母さんのおかげでよくなってるんだ」
「……そうか」
ひょこひょことゆっくり歩く芦毛のウマ娘のペースに合わせて歩く速さを遅める。
しばらく歩くと俺が住んでいるマンションに着いた。立派なマンションに芦毛のウマ娘は驚きで目を丸くしていたが、俺が歩くのを見ると慌てて俺の後ろに移動する。エレベーターに乗り、自分の家の階まで着いたらそのまま家へと歩き、一緒に家の中に入る。家の中はいつもと同じように静かで家電の稼働する音しか聞こえてこない。中へ案内し、リビングで座って待っているように言うと芦毛のウマ娘は指示されたとおりに座った。
「何食いたい?嫌いな物とか食べられないものとかあるか?」
「大丈夫だ。私は何でも食べられるぞ」
「わかった。そこで待ってな」
好き嫌いもなく、アレルギーもない。これで偏食だったりアレルギーを持ってたりしていたら食事ができる範囲が減ってしまう。ただでさえ貧乏なのに食べれるものも限られてくると余計な出費を強いられる可能性もある以上、何でも食べられるのはとてもいいことだ。
それに、貧乏にとってウマ娘はもう1つ問題がある。
「ウマ娘って、結構食うんだったっけ」
実際に見たことはないがウマ娘が健啖家だと言うことは聞いたことがある。あまり食べないウマ娘でも中学生ぐらいになれば炊飯器1つ分なら平らげるとも。子供の量とはいえ、1人前のサンドイッチを平らげた挙句まだ腹減っているとなると胃袋も大きく平均以上に消化も早いんだろう。
「まぁ、2人前ぐらいでいいだろ」
とはいえ相手はまだ小学校に入る前だ。いくら食べるとはいえ2人前ぐらいを食べたら十分だろう。そう判断して空になっている炊飯器を開けて大皿をいくつか準備し、俵を召喚する。
「お米がドーン」
俵から米が炊飯器に入っていく。
「山の幸がドーン」
続いて俵からキノコや山菜、肉が次々と大皿に乗っていく。
「海の幸がドーン」
最後に魚介類、海藻が大皿に乗っていく。大量に、とは言ってもせいぜいが2人前を少し超える程度だが、召喚した食材はつやがよくこれだけでもうまそうに見える。
俵から出した食材を整理し、調理していく。とは言ってもそんなに時間をかけられないから水洗いした山菜、海藻からサラダを作り、魚、肉を捌いて刺身や簡単に焼いていく。味付けは塩とシンプルなものだが俵から出た食材はそれだけでも十分にうまい。
「できたぞ」
「っ!」
大皿に乗せられたものを見て目を輝かせる芦毛のウマ娘。無意識なのか口からわずかによだれが溢れてきている。
「こんなにたくさん……!本当に食べていいのか?」
「今更だな。いいから食べな」
「う、うん。いただきます」
俺の言葉に恐る恐ると魚の乗った大皿に箸を伸ばす。そのまま焼き魚を掴み、輝かせた目でそれをじっと見た後、大きく口を開いて一口でそれを食べた。
「っ!!」
驚いたかのように、実際驚いたのか咀嚼を止める。まさか苦手なものだったのか?と若干の不安が沸いてきたが、ゆっくりと咀嚼を再開しはじめてだんだんと本当に噛んでいるのかと思うほどに次々と大皿から焼き魚を持っていくのを見ているにそれも杞憂だったようだ。
「おいしい……!」
ゴクリ、と焼き魚をすべて平らげた後で口の中のものが無くなった後で本当に感動したのかさっきよりもさらに目を輝かせてそんなことを呟いてサラダの乗った大皿に箸を伸ばす。2人前はあったはずの大皿の上の飯は、5分かかったのかどうかという具合で瞬く間に消えていった。
「まだ、あるかな?」
「まだ食えるのかお前……。ちょっと待ってな」
2人前の飯を食ってもまだ腹が減っているのか、申し訳なさそうな雰囲気を出しながら恐る恐るとそういう芦毛のウマ娘に若干の呆れを感じつつも大皿を回収して軽く洗った後、水気をふき取って再び使えるようにした後で炊飯器を確認する。
「米は、炊けるのに時間かかるな……。とりあえずおかずだけでも作っていくか」
まさかあんな短時間で全部平らげた上でまだお代わりを要求するとは思っていなかった。とりあえず俵から贖罪を追加して、今度は肉を焼いていく。時間をかけていくわけにもいかないから細かく切った肉を塩と胡椒で味付けしただけで焼いていく。その間に山菜を水洗いして千切り、サラダにして今度は大きいボウルに入れていく。焼き終わった肉を大皿に乗せ、まだ残っていた米をどんぶりに入れて大皿の上で山ができるほどの肉を焼き終えた後でサラダと一緒に持っていく。
「ほら。食ってろ」
「うん!」
芦毛のウマ娘の前に置くと待ってましたと言わんばかりに大きな声で返事をしてどんぶり片手に箸を伸ばしていく。
「……うわぁ」
気が付けば細かった体だと思っていたのに腹がポッコリと膨らんでいた。顔立ちが整っているだけあって幼女と言っても問題ない年齢の子供の腹が妊婦のように膨らんでいる様を見ると、なんだか犯罪を犯しているように思えて仕方がなかった。
「もうやめとけ。さすがに食べすぎだ」
「?こんなにおいしいんだ。まだ食べられるぞ」
まだ食えんのか。嘘だろ外から見てもわかるっていうレベルじゃないほどに腹膨れてるんだぞ。こいつの胃袋どうなってんだ。
「もしかして、ご飯なくなってしまったか?」
「……まだあるけどそんな腹膨らませておいてまだ食うと体に悪いだろ」
心配するところが違うだろう。と言いたくなったが、こいつがまともに食えない、もしくは満足に食べられることができないぐらいには貧乏な家なのだろう。ここで食べられるだけ食べて栄養を蓄えようと無意識にしているのかもしれないと思った俺はそれを飲み込む。食っている様子を見ているとこいつの場合食費だけで給料の大半が無くなっていくから貧乏なのだろうと思えてくるのは、まぁ仕方ないだろう。
「ありがとう。こんなに食べられたの、生まれて初めてだった」
膨れた腹をポンポンと叩き、満足そうにほほを緩める。そのまま深々と頭を下げ、そのまま帰ろうとするそいつを引き留める。
「ちょっと待て」
「?」
引き留められたことが不思議だったのか、不思議そうな顔を隠そうともせずにこちらを向く。食休みを含めて休んでろとソファに指さして座るように指示し、しばらく待つように言う。再び不思議そうに首を傾げるも、おとなしく俺の指示に従ってソファまで移動してそのまま座る。それを確認した俺はキッチンに戻り、俵から食材を大量に出してその1部を調理する。炊き終えていた米と調理し終えたものを大量にタッパーに入れて部屋から持ってきた背負いカバンに入れ、生物の食材を氷と一緒にジップロックに入れて大きい袋に入れる。さすがに量が量だからものすごく重い。これをあの公園の近くのボロアパートまで持っていくのはキツイから、とりあえずそれらをもってソファで待っている芦毛のウマ娘のところまで行く。
「お前んち案内しろ」
それだけ言って背負いカバンを渡して家を出ることを伝えるが、芦毛のウマ娘はオロオロとしたようにカバンと俺を交互に見て不安そうな顔をする。
「?えっと、それは?」
「お前の母さんに渡す分だ」
「!」
それだけ言うと驚いたような表情を浮かべてまた交互にカバンと俺を見る。しばらくした後で顔を輝かせるが、それもすぐに引っ込んで申し訳なさそうなものに変わった。
「あの、えっと、なんて言ったらいいのか……。ありがとうとしか言えない……」
「気にすんな。余計なおせっかいしてるだけだ」
それだけ言うとさっさと行くぞと玄関に顔を振る。それを見てコクリと頷いてソファから立ち上がり、案内すると言ってヒョコヒョコとした足取りで家に向かっていく。
それが俺と芦毛のウマ娘、オグリキャップとの最初の出会いだった。最初は自分の過去を思い出してイラついた結果の衝動的な行動だったが、料理して妊婦みたいに腹を膨らませるほどにうまそうに食う姿を見て、これからも差し入れとして持っていくのもいいか、と頭の片隅に置いておくことにした。
なお、大量すぎる料理と食材を見たオグリの母からは悲鳴にも似た声が上がり、金は払うと言って財布を取り出す様子を見て逃げたのは蛇足だろう。そしてオグリに聞いて家まで来て金を払おうとするのを必死に拒否し、なんとか条件付きで帰ってもらうことができたのも完全な蛇足だろう。